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ファッション業界の闇、性的暴行を告発し干されたモデルたちの悲劇 米

Rolling Stone Japan / 2023年4月27日 6時45分

DARYA KOMAROVA/GETTY IMAGES; NISIAN HUGHES/GETTY IMAGES; DARYA KOMAROVA/GETTY IMAGES; EASTERNLIGHTCRAFT/GETTY IMAGES

ファッション業界の実力者から性的暴行を受けたと名乗り出た代償を、4人のモデルがローリングストーン誌に激白した。

【画像】触る、舐める、挿れる、極悪非道なレイプ犯

米カリフォルニア出身の17歳の家出少女は世界有数のモデル事務所に見いだされ、世界的名声と富を得る夢は海を越えたパリにあると言われた。あそこならトップクラスのエージェントの家に居候しながら、モデルとしてのキャリアもサポートしてもらえると。若くて一文無しだったカレ・サットンさん(旧姓カレ・オーティス)はアメリカを離れ、当時エリート・モデル・マネジメントのヨーロッパ支部長だったジェラール・マリー氏と暮らし始めた。パリに到着するとすぐに、サットンさんは「ボス」に会いに行くよう言われた。当時スーパーモデルのリンダ・エヴァンジェリスタと結婚していたマリー氏は、挨拶がわりに10代のサットさんのお尻をぴしゃりと叩き、「俺が金を出してる以上、意見はするな。黙って言うことを聞け」と言った。

長い撮影を終えたある日、サットンさんはマリー氏のアパートに戻り、シャワーを浴びてベッドに入った。サットンさんの主張によれば、泥酔したマリー氏が寝室に入って来て――彼女をレイプした。

現在54歳のサットンさんはマリー氏を相手取った訴訟について、過去のトラウマが呼び起こされるので性的暴行の詳細を振り返るのは乗り気ではない、とローリングストーン誌に語った。

訴状によると、サットンさんは次第に「マリー氏から距離を置くようになったが、パリで生き残るにはマリー氏が必要だったので、言うことには従った」。マリー氏は「エヴァンジェリスタがアパートにいない時には必ず」「(サットンさんが)いいなりになるだろうとたかをくくり、数か月にわたりレイプを繰り返した」。

度重なる性的暴行が数カ月続いたあと、18歳になったサットンさんはマリー氏を度々拒むようになった。

「マリー氏は怒り、誰も自分には逆えないと言った」と訴状には書かれている。「自分にノーと言ったらどうなるか分かっているかと尋ねられ、彼女はイエスと答えた。彼女はすぐさまアパートから追い出され、ミラノに移された」

「告発したせいで、とばっちりを受けました。自分のキャリアを振り返るととても残念ですが、子どもだった私は『やめて、もうレイプはいや』と言った。そして仕事がなくなった。業界から干されてしまいました」とサットンさん。

サットンさんは2021年にニューヨーク州でマリー氏を提訴し、17歳当時ファッション業界の実力者だったマリー氏からたびたび性的暴行を受け、他の男性にも売春させられたと訴えた。CBSニュースによれば、彼女を含む15人の女性がマリー氏から性的暴行をうけたとフランス当局に通報していた。


カレ・サットンさん 2021年11月10日、ニューヨーク市にて(TAYLOR HILL/FILMMAGIC/GETTY IMAGES)

スーパーモデルのサットンさんは10代の頃、マリー氏の暴行に抵抗した。そして抵抗した直接的代償としてキャリアを棒に振った。モデルが性的不適切行為に遭い、それを告発すると、ファッション業界から目の敵にされる。「それが現実だ」とサットンさんはローリングストーン誌に語った。



#MeToo運動が起きてから5年以上が経過したものの、著名な実力者から性的不適切行為に遭ったと告発した複数のモデルたちによれば、ファッション業界は加害者に何もしていない。名乗り出た代償として、モデルたちは報復され、口止めされ、後ろ指を指されている。

「今の私の状況がまさにそうです。ブラックリスト入りです」とサットンさんは主張する。「言い回しや度合いは様々ですが、この10年私がうけたとばっちりは、ろくに仕事ができなくなったことですね。活動家として声を上げているのでHourglass Cosmeticsからは仕事をいただいていますが、それ以外はほぼ皆無です」。

カルヴァン・クラインの広告モデルを務めたこともあるサットンさんは、マリー氏の暴行を訴えた後、パリのアパートから追い出されて困窮生活を送らざるを得なかったという。10代でヨーロッパに出てきたアメリカ人は、時に騙され、見捨てられ、搾取され、人生に迷い、金銭的に自立することもままならなかった。加害者はサットンさんの生活の糧を支配していたも同然だった。業界からのサポートがなかったことに加え、性的暴行で受けた精神的ダメージが原因で、一時拒食症にもなったという。数年後に外傷後ストレス障害と診断されたが、その原因はモデルの世界での痛ましい経験だった。

「権力者からしっぺ返しされたことで、声をあげるとどうなるか思い知らされました。それは今も続いてます」とサットンさん。「業界内部からの告発者として、長いこと要注意人物として目の敵にされた。でもその時私はまだ17歳でした」

サットンさんが仕事をほされたのは、業界で影響力を持つ他の人々が手を回したからだとサットンさんは主張している。

「この業界には味方はほとんどいませんでした。とくにヨーロッパの事務所やエージェントの場合、権力者がショウを仕切るのが通常です。若い女性を守るためにエージェントが何かしてくれるとは限りません。もちろんモデルを大事にしてくれるエージェントも数人いました。最初に声をあげてくれたのが、エリートのシカゴ支部のトップだったマリー・P・アンダーソン氏です。彼女はモデルを守ってくれましたが、彼女もとばっちりを受けました」

1983年から1990年までエリート・モデル・マネジメントのシカゴ支部に勤務し、現在はモデル養成事務所Boss Babe Modelsを経営するアンダーソン氏は、モデルの不当な扱いを告発すると決心したが、その時の決断は今も昔も業界内部ではよく思われていないそうだ。

「長年、業界全般からのけ者扱いされてきました。文字通りわざわざ根回しをして、私がアメリカ各都市の事務所で働けないようにしたんです――あいつは『クレイジーで』『物事を大げさにする』とかなんとか理由をつけて。人脈作りのイベントに行くと、いろんなエージェントから、業界の闇について『黙っていろ』と言われました」

不当な扱いを告発しようかと迷っているモデルは、想定される結果を頭に入れておくべきだとアンダーソン氏は言う。

「業界にはプロらしからぬ慣習が相当残っています――言葉による虐待、身体的虐待、性的虐待、怪しげな金の出所など……加害者に対する責任追及はほとんどありません」とアンダーソン氏。「心に傷を抱えた犠牲者に対するサポートは、まったくといっていいほど組み込まれていません」



ヴォーグ誌の表紙を飾ったこともあるサットンさんは、パリのマリー氏のアパートから追い出された後、仕事が止まったそうだ。

「キャスティングにも行かせてもらえなくなりました。何か裏があったのは明らかです。キャリアで成功できたのはずっと先、何年も後になってからでした」と彼女は証言した。


2001年、エリート・モデル・マネジメントのジェラール・マリー氏(STÉPHANE RUET/GETTY IMAGES)

さらに彼女はこう続ける。「トラウマ専門のセラピストの助けで、10年かかってようやく自分の経験を口にし、これは普通じゃないと言えるようになりました。自分の経験が当たり前のように刷り込まれていたので、成功してからも有名フォトグラファーとの撮影で『僕にファックされているつもりになって。そういう目線をして』と言われることがよくありました。当時は20代後半から30代でしたが、何も言い返せなかった」。

マリー氏に対する性的暴行容疑は1980年代から90年代に遡るが、フランス検事局は2月13日、時効成立を理由に捜査を打ち切った。

マリー氏の弁護人を務めるセリーヌ・ビカーマン氏は、「ジェラール・マリー氏に対する訴えは取り下げられました。2年間ジェラール・マリー氏が被った破廉恥なメディア攻撃にもかかわらず、最終的に正義が勝利しました。今回の決定で、ジェラール・マリー氏が未来永劫無実であることが明らかになりました。ここからは償いをする時です」。

一方サットンさんの弁護人を務めるジョン・クルーン氏は、刑事訴訟の取り下げ決定に驚かなかったと言う。

「フランスの時効制度を考えれば、マリー氏不起訴の決定は想定の範囲内でした。フランスには、今後は同様の訴えが裁判に進展するよう法律を厳しく見直していただきたい。今回の決定が、カレさんの民事訴訟の行方に影響を及ぼすことはないでしょう」

ジョン・クルーン弁護士は、控訴を決めるまでの間、マリー氏に対する民事訴訟はいったん保留すると明らかにした。

「カレさんの訴訟は第2巡回控訴裁判所への控訴待ちです。下級裁判所は彼女の訴えがニューヨーク州の児童被害者法には該当しないため、時効が成立するとの判決を下しました。その判決に控訴します」とクルーン氏。「マリー氏は以前も時効を理由に起訴を逃れました。これだけ大勢の女性たちが暴行を通報していても、ごく最近暴行された被害者が出てこない限り、同氏が起訴されることはないでしょう」。

控訴裁判の冒頭陳述は5月10日、ニューヨーク州で予定されている。

マリー氏の弁護人を務めるセリーヌ・ビカーマン氏はサットンさんの主張を否定し、ローリングストーン誌にこう語った。「依頼人は、自らに対する誹謗中傷や虚偽の容疑に断固反論します。容疑が事実無根で、裏付けとなる証拠が一切ないにも関わらず、依頼人は2年間メディアから前例のない嫌がらせを受けました」。

被害者代表で2児の母親でもあるサットンさんは、ファッション業界でモデルが性的不適切行為を安心して告発できると考えるのは「まやかし」だと言う。モデルが声をあげようと決心した場合、それもまだ成功していないモデルの場合、「生き残る可能性はゼロ、もしくは限りなくゼロに等しいでしょう。権力の座にある人が告発してもとばっちりを食うのですから。間違いなくレッテルを張られてしまう。罰を受けるのは確実です。(自分の場合は)すでにダメージを受けています。後悔もしていません。娘もいますし、自分には倫理的・道徳的責任があります」とサットンさんは考えている。



「どれだけ多くの若者がこの業界に入りたがっているかを考えると、心が痛みます。金銭的にも、感情や精神的な面でも、実際に落とし穴や危険があることを知らないんですからね」とローリングストーン誌に語るのは、元モデルのブレット・ポールさんだ。「自分の場合、誰も何も教えてくれなかった。ただ撮影に日取りと場所しか教えてくれなかった。(すると)暴行が起きる。とんでもない話です」

ポールさんはファッションフォトグラファーのリック・デイ氏から性的暴行を受けた。2007年、デイ氏のアパートで撮影していた時だったそうだ。その時の撮影ではカメラマンがヘアとメイクを兼任し、ポールさんの髪や下着を整えた。撮影が進むにしたがって、デイ氏はポールさんにたびたび接触し、ローションを塗るついでに股間に触れたりした。そして着用していたスケスケのブリーフから勃起しているのを見せるため、自分の股間を触るようポールさんに指示した後、おもむろに近づいて跪き、ポールさんに手淫して、顔に射精してくれと懇願した。ポールさんはショックを受けた。


バレット・ポールさん 2017年2月22日、ニューヨーク市にて(PAUL BRUINOOGE/PATRICK MCMULLAN/GETTY IMAGES)

当時ポールさんは19歳の男性モデルで、童貞だったが、数年間口をつぐんだままだった。その後#MeToo運動が勢いを増すにつれ、ポールさんは当時所属していた事務所Qモデルマネジメントのエージェントに、デイ氏から性的暴行を受けたことを打ち明けた。

エージェントは冷たい反応だったそうだ。「君にどうこう指図することはできないが、おそらく君のキャリアに響くだろう」。

ローリングストーン誌はデイ氏とポールさんがやりとりした2018年2月7日付のメールを入手した。同年1月、ポールさんはモデル業界でゲイの男性であることの辛さをYouTubeで語っていた。

メールのやり取りでデイ氏はこう書いている。「君に伝えたい。僕はとても最悪な気分だ。申し訳ない。気味がそんな気持ちだったなんて、僕はこの先一生悩み続けるだろう」。これに対してポールさんはこう返信している。「もし額面通りすまないと思っているなら、少なくとも僕に説明するだけの心遣いを見せてほしい。なぜ撮影の終盤で、19歳だった僕に近づき、僕にヌかせるのが適切だと思ったのか説明してほしい。あれはあくまでも仕事上の環境だったはずだ。僕からモーションをかけたわけでもないし、僕はまだ子供だった」。その後デイ氏はお茶でもどうかと誘ってきた。ポールさんは返事をしなかった。

「こういうことは、完全に癒えることはないと思います。僕は19歳で、あまりにも恥ずかしくて誰にも言えなかった。本当に恥じていたんです。当時はクイアを公言していませんでしたから」とポールさん。「あの時はどうしても言い出せなかった。僕にとっては、男性とあんな風になったのも初めてでした」

2018年7月号のThe Advocate誌で、ポールさんを含む2人の男性モデルがデイ氏から性的暴行を受けたと打ち明けている。にもかかわらず、デイ氏は今もDNA誌やLOfficiel Italia誌、エスクワイア誌などで撮影を続けている。デイ氏はOnlyFansにもアカウントを持っており、「無修正画像や動画を日替わりで」購読者に届けると謳っている。中には「筋肉ムキムキ少年」や「ガリガリの子は必ずデカまら」といったきわどいコンテンツもある。同氏のTwitterやInstagramのページは、友達申請が必要な鍵アカになっている。

デイ氏に度々コメント取材を申請したが、返答は得られなかった。

「自問しました。自分はキャリアをふいにしようとしているんだぞ。簡単に引き受けられることじゃないのは分かっているだろう、と。仕事人生が変わることは間違いないのはわかっていました」とポールさんは付け加えた。

ポールさんが自らの経験を暴露すると、「暴行当事者がクラブで僕に近づいてきて、謝罪しました。でも。具体的に何についての謝罪かは決して言いませんでした」。

告発前夜、ポールさんは2019年にモデル業を引退することにし、ソーシャルメディアに活動の場を移してインフルエンサーになった。現在はTikTokで活躍している。

「モデル業界から足を洗うことにしたのは、ほとんどといっていいほど境界線が尊重されていなかったからです。自分の身体が自分のもののように思えず、この業界で成功するには魂と身の安全を犠牲にしなくちゃいけないことに気づきました。どちらもかけがえのないものです」とポールさん。「どんな夢も、安全を犠牲にしてまで叶える価値はありません。業界でいろいろ経験した末に悟りました。自分の夢はモデルになることではなく、真の意味でローモデルになることだと」



2020年2月、Guess?のモデルだったアマンダ・ロドリゲスさんはブランドのCEOを務めるポール・マルシアーノ氏から、ウェストハリウッドの「会議」で仕事について話し合おうと誘われた。ロドリゲスさんが現地に到着すると会議の場所はもぬけの殻で、ベッド以外は何の家具もないアパートの一室だった。ロドリゲスさんは裁判資料の中で、この部屋を「レイプ部屋」と呼んでいる。

ロサンゼルスで申し立てられた訴状によれば(当初はマルシアーノ氏からの報復を恐れて、原告名は匿名だった)、ロドリゲスさんが「レイプ部屋」に入ると、マルシアーノ氏が無理矢理キスをして胸元を開いた。「(同氏は)胸が痛くなるほど握りしめ、乳房に口を押し付けた」。

訴状にもあるように、ロドリゲスさんは「こういうのはやめてほしい」とマルシアーノ氏に言った。ファッション業界の重鎮は彼女の下着を下ろそうとしたが、本人が拒んだ。するとマルシアーノ氏はペニスを露わにしたという。ロドリゲスさんは「ショックを受け」、「まともに拒んだら、身体的にも仕事上でも何をされるかわからないという恐怖から」、強制的にオーラルセックスに応じたという。


アマンダ・ロドリゲスさん 2019年11月7日、カリフォルニア州ロサンゼルスにて(PRESLEY ANN/GETTY IMAGES)

ロドリゲスさんはGuess?モデルとして成功したが、マルシアーノ氏から性的暴行を受けたことを告発すると、すぐに仕事をほされた。告発したためにキャリアを台無しにされたと本人は考えている。

「私がされたことを公表したことが、キャリアに大きく響きました。当時2人のエージェントから、一体どうしたのかと聞かれました。何かおかしいと思ったんでしょうね。打ち明けるのは怖かったんですが、エージェントが詮索を続け、自分たちは知る立場にいると言い張るので、打ち明けても安全だろうと思ったんです」と彼女は胸の内を語った。

だが決して「安全」ではなく、その後すぐに契約を打ち切られたそうだ。

「表向きは、『依頼人との和解しがたい問題』という言い分で切られました」と彼女は言い、「心無い中傷を受けたようでした。まるで不意打ちでした。傷口に塩を塗られたようなものです。自分が罰せられているような気分になりました」

ロドリゲスさんとの契約解消について、モデル事務所newMark Modelsのジュールズ・ニューマーク社長は「(現役か否かにかかわらず)モデルや業者についてのコメントは控える」と述べた。

ロドリゲスさんは2021年にマルシアーノ氏とGuess社を提訴し、その後和解した。複数の女性がセクハラやレイプなど数々の性的不適切行為を訴えているにもかかわらず、マルシアーノ氏は今もCEOとして健在だ。スーパーモデルのケイト・アプトンも、18歳の時にスキャンダルまみれの重鎮から痴漢行為や嫌がらせを受けたと主張している。

マルシアーノ氏の広報担当者エリック・W・ローズ氏は数々の性的不適切行為の容疑について、「マルシアーノ氏はこうした訴えを全面的に否定します。訴えがあったのは何年も前で、すでに解決済みです」とローリングストーン誌に語った。


20217年6月5日、カリフォルニア州ロサンゼルスのFIDMミュージアム&ギャラリー・オン・ザ・パークで開かれたGuess社創業35周年展でスピーチする、ファッションデザイナー兼Guess?社創業者のポール・マルシアーノ氏

一方でロドリゲスさんは、業界復帰が難しいと感じている。

「声をあげてからと言うもの、以前のように仕事をもらうのが難しくなりました。告発する前は定期的にしょっちゅう仕事が来ていましたが、あんなことがあったせいで、今では明らかにいくつか地元の事務所から差別のような扱いを受けています。今の事務所にはとても感謝しています」

さらにロドリゲスさんはこう続けた。「それが理由で、私は名乗り出て告発するのを恐れていたんです。私たち(モデル)が思い切って名乗り出ると、疑いの眼で見られ、屈辱を受け、口封じされ、のけ者にされて批判される。ある意味、口を閉ざして見て見ぬふりをしながら生活するほうがずっと楽です。声をあげれば生計を失うかもしれないんですから。もう二度と使ってくれないブランドも出てくるでしょう」。



2015年3月、ニューヨーク市のイベントでハーヴェイ・ワインスタイン氏と会ったアンブラ・バティラナ・グティエレスさんは、当時ハリウッドでぶいぶい言わせていたプロデューサーとオフィスで打ち合わせしようと誘われた。グティエレスさんは当時22歳で、トライベッカにあるワインスタイン氏のオフィスで落ち合った。映画や『プロジェクト・ランウェイ』のプロデューサーだったワインスタイン氏はグティエレスさんのポートフォリオに目を通し、乳房が本物かと尋ね、近づいて胸をまさぐり始めた。またスカートの中に手を入れようともしてきたという。グティエレスさんはワインスタインを振りほどき、ニューヨーク警察署の性犯罪特別捜査班に通報した。ワインスタイン氏がまた会合を求めてくると、グティエレスさんとNYPDと計画を練り、盗聴器をつけて会話を録音することにした。

ニューヨーカー誌の記事によると、盗聴音声の中でワインスタイン氏は胸に触ったことを認めた。「そうか、すまない。うっかり手が滑った。いつもの癖でね。まあ大目に見てくれ」 すると彼女はこう切り返した。「いつもの癖?」 ワインスタイン氏がこう答える。「ああ。もうしないよ」。

のちに2度有罪判決を受けることになる映画業界の重鎮の性的不適切行為を告発した後、グティエレスさんは仕事をほされたとローリングストーン誌に語った。

「最初は、自分は正しいことをしたんだと言い聞かせていました。でも、夢が跡形もなく消えたことは受け入れられなかった。人生と折り合いをつけ、妥協しながら成功を収めている人は今までたくさん見てきましたが、自分は正しいことをしたせいで、いろんな問題に見舞われました。(ワインスタインを)裁こうとしたためです」とグティエレスさん。「しばらく仕事をほされました。数年ぐらいでしょうか。人生最悪の時期でした。以前はたくさん仕事が来ていたのに。当時は22歳でキャリアを歩み始めたばかりでしたが、誰かの誤った行為を公表することに決めました。そこから3年ほど仕事がもらえませんでした」。


2020年2月24日 アンブラ・バティラナ・グティエレスさん(TAYFUN COSKUN/ANADOLU AGENCY/GETTY IMAGES)

30歳になったグティエレスさんの話によれば、「大勢から声を上げるなと言われました。彼のような人間に歯向かうなんてバカだ、キャリアに傷がつくぞと言われました。告発した際には彼に加担するメディアから攻撃されました。『売女』呼ばわりされました。ニュース番組で私のビキニ姿の写真や、ランジェリー姿の写真を出し、私が売春婦だと攻撃したんです」。

2023年になった今も、セクハラや暴行を訴えるモデルは「いまだに後ろ指を指されている」と彼女はいう。

「今でもモデルは声をあげるのを恐れています。いとも簡単に別の誰かに取ってかわられますからね。一緒に仕事をしたことはありませんが、今も隠し事をしている人が大勢います。雑誌もクライアントも女性擁護を謡いながら、私が女性の権利を訴える活動をしていると知ると、うちのブランドにはふさわしくないかもね(と言う)。口先だけで正義を応援するのではなく、そうした人たちを雇うべきです」とグティエレスさんは正論を述べた。

元モデルのザラ・ジフ氏は、ファッション業界関係者を対象としたリサーチや方針変革を訴えるNPO団体「Model Alliance」を創設し、現在はエグゼクティブディレクターを務めている。2012年に組織を設立して以来、同団体が運営するサポートホットラインには、性的暴行などの被害を受けたモデルから「何度となく」電話が寄せられているとローリングストーン誌に語った。

「多くの場合、本来モデルから相談を受けるべき人々が問題に加担しています。こうした人々が暴行を野放しにしているんです。聞いた話では、実際にエージェントに報告しても『ああ、またか』というような無関心な反応ばかりだそうです」とジフ氏は言う。「仕事上での懸念を通報する正式なルートも、ましてや安全なルートもありません。業界の構造を見る限り、事務所は自分たちが抱えるタレントよりも、会社や影響力のあるカメラマンとの関係を維持しがちなのが現状です。実質的にタレントは口を閉ざして、波風を立てないよう求められているんです」。

ジフ氏とModel Allianceは2013年、未成年者の保護を義務付ける「児童モデル法」の可決に一役買った。例えばモデルが16歳以下の場合、撮影の場には両親または保護者が同席しなければならない。また同団体は他の団体とともに、ニューヨーク州の「成人被害者法」を働きかけた。この法律は、「暴行を受けた時期にかかわらず、事件当時18歳以上の性的虐待の被害者に、加害者を提訴するまで1年間の猶予を与える」というものだ。

「こうした問題の認知は高まっていますが、有意義な改革はごくわずかです」とジフ氏は正論を述べた。「この業界は両極端です。自分たちは多様性やインクルージョンやボディポジティブを標榜する前衛派で、有意義な進歩を続けているというメッセージを発信する一方、その裏の労働構造は90年代と基本的に同じです。ほとんど変わっていない。ある意味、前衛的な価値観でカモフラージュされているんです」

一方サットンさんは、大勢のモデルたちから話を聞き、自分と全く同じようなひどい経験をしていることを知らされた。

「全く違う角度で、大勢の人々から話を聞いていますが、みな自分では被害者だと気づいていない。問題はそこです。私たちの多くがこうした経験をしています。私自身、いまもPTSDに悩んでいます」とサットンさんはローリングストーン誌に語った。「大人になってからも、周りの人間は自分を傷つける、守ってくれない、信用できないと思いながら、苦しんできました。間違いなくこの業界は男性主体で回っているんだと。ですがそれは女性も同じです。私の知人の中にも、私の人生で起きた罪を野放しにし、共犯者として加担した人が大勢います」。

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