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クラウス・ノミの「異質さ」を再発見すべき理由 ボウイも魅了したLGBTQヒーローの歩み

Rolling Stone Japan / 2023年4月28日 18時0分

クラウス・ノミ(Photo by Impress Own/United Archives via Getty Images)

クラウス・ノミの没後40周年を記念して、1st『オペラ・ロック(Klaus Nomi)』(1981年)、2nd『シンプル・マン』(1983年)、ライブ・アルバム『イン・コンサート』(1986年)、ベスト盤『アンコール~ベスト・オブ・クラウス・ノミ(ENCORE.. Nomis Best)』(1983年)の4作品が本日4月28日、初のストリーミング解禁。6月16日(金)にはCDとヴァイナルでの発売も予定されている(国内盤CDは6月21日発売予定)。一世を風靡した奇才と改めて向き合うべき理由とは? 音楽評論家・岡村詩野に解説してもらった。

異質であればあるほどその存在の真意が伝わる。極端であればあるほどその発信源の重要性に気づかされる。そして、奇妙という感覚を残せば残すほどそれは時間をかけて抽象から具象へと形を変える。大衆音楽……今日のポップ・ミュージックの発展に欠かせなかったいくつかの要素のうち、おそらく最も軽視されがちなのは、こうした違和感、異分子性の苦悩と勇気を伴った表出ではないかと思う。他者との違いをどのように体現していくのかに苦悩し、迷い、試し、失敗し、また試す……そのプロセスを含めた表現の、誤解も含めた自由な拡大解釈が歴史を変えてきたことはおそらく誰もが気づいていることだ。あのデヴィッド・ボウイでさえ、今でこそ誰もが知るロックのヒーローだが、知覚しにくい自己の出自や欲求を知覚しやすいように形にしてきた異分子の走りのような存在だった。先達からの影響や敬意を手に、だが既視感の呪縛をいかに葬り去ることができるか。それはどんな表現者も最終的にぶつかる壁だろうが、そこを乗り越えるには、それこそいかに異質で極端になれるか、という側面も大衆音楽の進化には必要であってきたということだ。そして、見事進化させた場合、それは意図や狙いの元に達成されたものなどではなく、ただただ、本当にただひたすら「そうせざるを得なかった」結果であることが多い。

クラウス・ノミがまさにそんなアーティストだった。異分子になろうというよりも、もうこれしかできない、極端ではなくこれが自分にとってスタンダードであるという状況に唖然とする中で、それをただ実践していくしかなかったのではないか。ボウイさながらに知覚しにくいことを知覚できるようわかりやすくポップ・イコン化させようとした極めて純潔なアーティストだった。「世界で最初にエイズによって死去したミュージシャン」と紹介される記事も多々散見されるが、その真偽はともかくとして、この人は確かに終始自らのその異質性に向けられた偏見に屈しないできた。




1944年、ドイツ南部はインメンシュタット出身。その後、分断時代の西ドイツはベルリンに育った本名クラウス・シュペルバーakaクラウス・ノミは、マリア・カラスに憧れオペラに傾倒、自らファルセット・ソプラノで歌い始めたという。だが、そんな奇異なスタイルでオペラに挑むノミはなかなか受け入れられず、保守的なクラシック音楽の領域の中でアイデンティティを模索することに疲弊。そして、1972年にはニューヨークへと移住していく。それは、ノミがオペラと同じくらいにロックの影響も受け始めていたことが理由だった。もしかすると彼の頭の中にはヴェルヴェット・アンダーグラウンドとファクトリー周辺の猥雑で魅力的な空気が連想されていたのかもしれない。

しかし、72年、ルーはとうにヴェルヴェットを脱退しており、バンドもまさにその年に解散。ルーはロンドンへと移住し、ソロ・デビューも果たす。まさしくデヴィッド・ボウイ、ミック・ロンソンらと組んで『トランスフォーマー』、そして翌年には『ベルリン』をリリースしたソロ初期の黄金時代を彼はロンドンなどヨーロッパで過ごしているのである。アンディ・ウォーホルはといえば、セレブ、社交界、政治家や有名人のポートレートをシルクスクリーンでプリントするようになり、世界中で展覧会が開催される人気者になっていった。つまり、ノミがニューヨークにやってきた時、彼ら60年代アンダーグラウンドの重要人物の多くはもうそこからほぼ離れていたのである。

とはいえ、ニューヨークはゲイ・カルチャーのメッカ。実際に共演、交流があったかどうかはわからないが、アーサー・ラッセルも73年には故郷アイオワからニューヨークに移住していて、モダン・ラヴァーズのアーニー・ブルックスらとバンドを組んでいる。またパティ・スミス、トム・ヴァーレイン、ロバート・メイプルソープらもニューヨークの地下で活動開始していた頃……つまり、来るパンク~ニュー・ウェイヴの息吹が芽生え始め、異分子たちが相変わらず多く渦巻くこの地で、ノミもまた象徴的ヴェニューだった「Max's Kansas City」に出演するようになった。



しかし、その存在はパンク前夜のニューヨークでも異質だったという。自らはプラスチック製のマントを羽織り、2体のロボットを配し、黒いマスクをしたミュージシャンを従えて、クラシック・オペラとポップスとを織り交ぜたような……それは男でも女でもなく、そもそも生身の人間らしささえ徹底的に排除したような、さながら宇宙人のようなパフォーマンスだった。彼がゲイであることは周知の事実だったが、ファルセット・ヴォイスでオペラ歌手のように朗々と歌う姿が、彼の地においても相当違和感を放っていただろうことは想像に難くない。

78年頃になるとイースト・ヴィレッジ周辺で話題を集めるようになり、ヴィジュアル・アーティストのデヴィッド・マクダーモットとピーター・マクガフが企画したイベント「New Wave Vaudeville Show」では、ストロボや発煙筒などで幻想的な演出を施した中、サン=サーンスのオペラ『サムソンとデリラ』から「あなたの声に私の心は開く」を披露。この時に、ノミがさらに飛躍していく上で重要人物となる、マンプスのメンバーでもあったプロデューサーのクリスチャン・ホフマンと知り合っている。ノミの奇異な魅力に惚れ込んだホフマンは彼のために「Nomi Song」や「Tortal Eclipse」「Simple Man」といった曲を書き、ルー・クリスティ「Lightning Strikes」やレスリー・ゴア「You Don't Own Me」といったポップスのカバーをするようなアイデアをどしどし提案。これらの曲はノミのデビュー・アルバム『クラウス・ノミ』、2ndアルバム『シンプル・マン』に収録されることになるが、つまりノミのミュージシャンとしての原型はこのノー・ウェイヴ時代のニューヨークで形成されていったのである。


「New Wave Vaudeville Show」に出演したクラウス・ノミ(登場は2:50〜)

そんなノミが世界規模で注目されるようになったのは、79年、いみじくもデヴィッド・ボウイとの出会いによってだった。だが、それもニューヨークはトライベッカにあったクラブ「Mudd Club」でのこと。ボウイは自身が出演する予定の「Saturday Night Live」でのパフォーマンスのバック・メンバーにすぐさまノミを抜擢。ノミはボウイが『世界を売った男』で彼が着用していたスーツに似たものを新たにプラスチック製であつらえ、以降この衣装を好んで身につけるようになる。1stアルバム『オペラ・ロック』で白塗りにした本人が着用しているものがまさにこれである。




「Saturday Night Live」での一幕。一番左がクラウス・ノミ、左から4番目がデヴィッド・ボウイ。俳優/コメディアンのビル・マーレイ、ラレイン・ニューマン、ジェーン・カーティン、ギルダ・ラドナーの姿も。(Photo by Robin Platzer/Getty Images)

ボウイ人気に後押しされたこともあり、80年にノミはデビュー・シングル「Keys Of Life」をリリース。そして81年にはまさにその1stアルバム『Klaus Nomi(日本タイトルはオペラ・ロック)』を発表した。翌82年には2ndアルバム『シンプル・マン』をリリースし、その得体の知れない個性がさあいよいよ世界に向けて……といった矢先、エイズによる合併症で83年8月6日に死去。39歳という若さだった。火葬されたノミの遺灰は親友でパートナーだったジョーイ・アリアスによってニューヨーク市に撒かれている。

現世にまで受け継がれてきた「異質な存在感」

今年2023年はそんなノミの没後40年。LGBTQの権利の獲得がようやく世界規模で叫ばれるようになってきた現在、もしこの人が生きていたら、長く活動を継続させていたら、その表現者としての異質な存在感がどれほど多くの人々の指針になったことだろう、とまこと悔しい気持ちでいっぱいになる。もちろん、10年程度のキャリア、デビューから僅か3年での逝去にも関わらず、その特異な存在感は年々高まるばかりで、もはや音楽という領域を超え、ファッション、アート、さらには日本においてはお笑い芸人・ハライチの岩井勇気がコントで「塩の魔人」に扮した時の衣装がノミのあのプラスチックのタキシードそっくりだったりと、本人不在の中、その影響が年々各所に広がっていっている。その全てがノミの本質的な思惑に沿ったものであるかはともかく、異質であればあるほど、極端に表現すればするほど、存在のその重要性がデフォルメして伝わる、という真理、いや、もうこれしかできなかったという屈強な意志の強さは確実に現世にまで刻まれたままできた。

めちゃくちゃいい写真。#醤油の魔人と塩の魔人 pic.twitter.com/K8hwbRN27W — 岩井勇気 ハライチ (@iwaiyu_ki) September 26, 2020

今回、そんなクラウス・ノミの没後40年企画として、1stアルバム『オペラ・ロック』、2ndアルバム『シンプル・マン』(82年)、 79年のライブが聴ける『イン・コンサート』(86年)、ベスト・アルバム『アンコール~ベスト・オブ・クラウス・ノミ』(83年)という計4作のアナログ盤を収めたアナログ盤ボックス・セット『Nomi』が6月16日にリリースされる。また、それに先んじてそれぞれの作品が配信/サブスクリプション・サービスで4月28日に解禁されている(厳密にいうと配信に関しては一時的に下げられていたが改めてこのタイミングで配信に至った)。

4作品全てを紹介するのは紙幅の都合もあり割愛するが、特に聴いてもらいたいのは、やはり1stの『オペラ・ロック』だ。オペラの技術に裏打ちされたノミの声量の豊かさ、レンジの広い歌の領域を生かして昔ながらのポップ・ソングを再解釈したような作品で、あくまでノミの歌い手としての魅力をポップな側面から伝えようとする「Nomi Song」と「Total Eclipse」の2曲が突出していい。シンセサイザーを用いた音作りは、『スウィッチト・オン・バッハ』や映画『時計じかけのオレンジ』のサントラなどで知られる電子音楽家、ウェンディ(ウォルター)・カルロスに参照点を見ることもできるが、少々ディスコティークな「Wasting My Time」などはこの時期のZe周辺やそれこそアーサー・ラッセルの作品にも通じるところがある。そういえば、ノミはジェームス・チャンスとも交流があったという。

もちろん、スパークスのラッセル・メイルを思わせるノミのファルセットは白眉の一言で、前述のようにルー・クリスティ、レスリー・ゴーアなどポップスもカバー。一方、ヘンリー・パーセルの歌劇『アーサー王、またはブリテンの守護者』の独唱(アリア)のカバー「The Cold Song」や、こちらもデビュー前からとりあげていたサン=サーンスのオペラ『サムソンとデリラ』の「Samson and Delilah」(ライブ録音)はもはや水を得た魚のようにオペラとしての哀感がたっぷりだ。このあたり、まだ完全にオペラとポップスが融合しきれていない感じもして、逆にいえば、だからこそその奇妙な違和感が楽しめる1枚になっていると言ってもいい。ちなみに、この1stは80年に第二次世界大戦時のナチス・ドイツを描いた『The Long Island Four』を監督したスウェーデン生まれの映画監督、アンダース・グラフストロームに捧げられている(ノミもまたこの映画にナチスの役人という脇役で出演)。初期のノミのパフォーマンスを多く撮影していたアンダースは、この映画の完成から数ヶ月後に23歳という若さで自動車事故で亡くなっていた。




なお、今回のリイシューにおいて、『オペラ・ロック』『シンプル・マン』『イン・コンサート』の3作品は世界初のデジタル化、『アンコール~ベスト・オブ・クラウス・ノミ』は初の立体音響化(ドルビーアトモスと360リアル・オーディオ)となる。また、『シンプル・マン』に収録されているマレーネ・ディートリヒのカバー「Falling In Love Again」のMVが新たに公開されている他、映像も簡単に見られるようになった。映像といえば、2003年にはドキュメンタリー『ノミ・ソング』も制作されている(日本公開は2005年)。

当時は過激だったりストレンジだったが時間が経過するとともにそこまでではないように聞こえる……という音楽、作品は割と多い。だが、クラウス・ノミの作品は、何年経っても異質で極端で奇妙で不気味で、でも、どことなくユーモラスで愛らしさも顔を覗かせる、他には絶対にない唯一無二のものだ。それどころか、時間をおけばおくほど、どこに位置付けすればいいのかますますわからなくなる。生前、ノミはなにごとにもアウトサイダーである視点を持ち続けることをモットーとしていると語っていた。その上で、こんなセリフを残しているのである。

「Nothing is sacred to me. Who is making the rules anyhow?」(私にとって神聖なものなど何もない。一体誰がルールを作っているのか?)

没後40年の今年、このルールなき異質のアウトサイダーにぜひ向き合ってみてほしいと願う。





『オペラ・ロック(Klaus Nomi)』
再生・購入:https://KlausNomiJP.lnk.to/KNomiRS


『シンプル・マン』
再生・購入:https://KlausNomiJP.lnk.to/SManRS


『イン・コンサート』
再生・購入:https://KlausNomiJP.lnk.to/InCRS


『アンコール~ベスト・オブ・クラウス・ノミ(Nomis Best)』
再生・購入:https://KlausNomiJP.lnk.to/encoreRS


『Nomi』 (4枚組アナログレコード/BOX仕様)
2023年06月16日リリース

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