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安斉かれん『ANTI HEROINE』レビュー、J-POPと欧米サウンドの摩擦が生んだ極上ポップス

Rolling Stone Japan / 2023年5月9日 12時0分

安斉かれん

令和元年の5月1日にavexよりデビューを果たした安斉かれんが、2023年3月29日に、1stアルバム『ANTI HEROINE』と『僕らはきっと偽りだらけの世界で強くなる。』を2枚同時リリースした。『ANTI HEROINE』はUKやUSからトップ・プロデューサーを迎え、ハイパー・ポップ、ドリーム・ポップ、レトロ・ポップなどブランニューな極上ポップスを展開。一方『僕らはきっと偽りだらけの世界で強くなる。』は、デビュー時のサイバーパンクとY2Kを先取りしたサウンドと世界観をコンパイルしたヒストリカル・アルバムとなっている。

ドラマ『M 愛すべき人がいて』の主演女優(アユ役)を演じるなど様々な活躍を見せる彼女の1stアルバムを、書籍『わたしはラップをやることに決めた フィメールラッパー批評原論』の著者・つやちゃんがレビューする。

関連記事:1999年生まれの安斉かれんが語るJ-POPとロックンロール

浮足立ったJ-POPとエッジィな欧米サウンドが交差したいびつな音楽

安斉かれんがファーストアルバムとなる『ANTI HEROINE』をリリースした。『僕らはきっと偽りだらけの世界で強くなる。』とのアルバム同時2枚ドロップ(!)なのだが、本稿ではとりわけ『ANTI HEROINE』について論じたい。というのも、これがやけに面白い作品になっているからだ。率直に言うとヘンテコなアルバムで、いくつかの曲は中毒のように何度も聴いてしまう。それは恐らく、摩擦を起こしている作品だからではないか。時にすれ違ったり、時に滑ったり、時にぶつかったりしながら、忙しなく浮足立ったJ-POPとエッジィな欧米サウンドが交差し、いびつな音楽として成り立っている。



エッジィな欧米サウンドなるものを鳴らしているのは、クセのあるクリエイターたち。キャロライン・ポラチェック等のプロデュースを手掛けるダニー・L・ハール、スコットランド・グラスゴー出身エレクトロ・バンドのチャーチズ、ラウドロック・バンドPaleduskのギタリストDAIDAI、AdoのプロデュースでおなじみのTeddyLoid&Giga、レーベル・ササクレクト発のmaeshima soshi+OHTORA、そして説明不要のチャーリーXCXなど。しかし、だからと言ってこのアルバムは決してただのハイブロウでハイセンスなだけの作品ではない点が面白い。むしろ、非常に俗っぽい。ここには、軽薄なキメラ・ミュージックとしてのJ-POPの”わけのわからなさ”が散りばめられている。なぜそんなことが可能かというと、安斉かれんがきちんと自分らしさを出しているからだと思う。やりたいことをめいっぱい無邪気にやって遊んでいるのが伝わってくるし、そのちょっとズレた愛くるしい安斉かれんの感性と尖ったクリエイターたちの才能が掛け合わさった結果、自由奔放な表現が生まれている。

ちなみに、安斉かれんはこれまでに多くの曲をリリースしているが、あなたはその音源を聴いたことがあるだろうか。彼女は、アルバムコンセプトにおいて次のようなステートメントを綴っている。

安斉かれんって知ってる?
じゃあ、かれんの音楽、知ってる?
アタシ『に』歌なんて、必要ないのかな?
アタシ『の』歌なんて、必要ないのかな?
どうせ、アタシなんて……
またそれだ。
「どうせ」ってセリフを謙遜じゃなく
逃げ場にしちゃってる系。
悲劇なんて普通に転がってる。
自分くらいは自分の
リアルを生きるしかなくない?
安斉かれんなんて知らなくていいから
アタシの本性=音楽を知ってよ。

本人自ら「かれんの音楽、知ってる?」と問いかけるメタ演出が混乱を呼ぶが、このような調子で、ステートメントの時点から早くも彼女特有の独特なコミュニケーションは始まっている。本アルバムにはいくつかの曲に対して世界観を反映したVisualizerが公開されているが、既発曲のMVの映像も合わせて、その中から特に個性的な3曲を紹介したい。



「へゔん」



冒頭、いきなり所在なさげに映る安斉かれんの佇まいが気怠くて痛快だ。唐突に巨大な視点で「神様、ドコにいますか?」から始めるリリックも、J-POPらしい無邪気なスケール感が前のめりに出ていてキレ味がある。この曲の最大の見どころは、ダニー・L・ハールやジャスティン・トランターによるダンサブルなシンセ音が爆発するドロップ前~ドロップ部分(2:25~2:50)だろう。ここで安斉かれんは「なんで、ワタシこのカタチなの?/狭いのはセカイ?/それともワタシ?/セカイが私を視るから/ワタシもセカイを視る/セカイが私で出来てるなら/ワタシもセカイで出来てる」という素朴かつ壮大な歌詞を綴るのだが、デコラティブな赤いトップスが歌詞世界とオーバーラップする様子が面白い。衣装のフォルムが大仰すぎるのだが、こういうことをちゃんと大真面目にやれるチームはなかなかない。

「おーる、べじ♪」



福岡発、グローバルで活動するバンド・Paleduskのギタリスト、DAIDAIが作曲とプロデュースで参加。Paledusk色がしっかりと出ているが、そのポップパンク~トラップメタルの軽やかさとヘヴィさにつられて安斉かれんは秀逸なラップまでも披露。ヒョウ柄×サングラス×デニムというスタイルがロックミュージシャンのパロディになっているのだが、そのパロディ具合いが徹底していて胸を打つ。そして、ここでもまた歌詞が抜群の面白さを見せている。ロックの荒々しさを借りて「なんだってかんだってどうだっていい」と叫びながら「面倒な理不尽はkillして生きる」というパンチラインが出たかと思いきや、「全員野菜だと思お」「わんこがいるなら、まあいいけど」というシュールなラインまで飛び出す。しまいには「いま、どこ、わたしのバイタル正常どこ?」と俯瞰して自らを笑うかのようなツッコミも用意しており、視点の行き来が自由過ぎて目が回る。パロディに自らが振り回されるという予測不可能な展開。

「GAL-TRAP」



2020年にシングルでリリース済みだが、この曲には触れざるを得ないだろう。初めて本人が作曲に携わったというナンバーだが、筆舌に尽くしがたい魅力を備えている。タイトル通りトラップミュージックのリズムを歌唱に取り込みつつリップロールもまじえながらヒップホップのノリを表現しているが、そういった構造を基盤に置きつつ、ギターの音やメロディでポップスとのバランスを取る手法が絶妙だ。MVでは大きい熊のオブジェや衣装の塩梅も素晴らしく、例えばオーバーサイズのトップスはストリート感に加えきちんとスウィートな風合いも添えられており、ここでも辛いヒップホップと甘いポップスのミキシングが達成されている。ハイライトは2:18あたりからのサビで、J-POPらしいエモーショナルなメロディへの繋ぎが高揚感を煽る。

衣装や美術含めた安斉かれんチームの全力のクリエイション、彼女のオリジナリティあふれるワードセンス、さらにはどこかズレた自由奔放な感性、それらがカオティックなJ-POPとして立ち上がり、エッジィな欧米サウンドと交差した結果、いびつな作品として成立する――『ANTIHEROINE』はJ-POPの不可思議さが詰まった、愛さずにはいられない魅力的なアルバムだ。


<リリース情報>



安斉かれん
『ANTI HEROINE』
各配信リンク:https://kalenanzai.lnk.to/ANTIHEROINE
アルバムのコンセプト映像:https://youtu.be/huK4hULrH90



安斉かれん
『僕らはきっと偽りだらけの世界で強くなる。』
各配信リンク: https://kalenanzai.lnk.to/bokurahakitto
アルバムの再生リスト:https://youtube.com/playlist?list=PLxNSiCHWkNhdANonxj3WAIKalIB8xpOAF

安斉かれんオフィシャルSNS  https://linktr.ee/kalenanzai_official

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