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女子高生失踪事件に進展、ペルーで服役中の第一容疑者をアメリカに移送

Rolling Stone Japan / 2023年5月30日 6時45分

オランダ国籍のヨラン・ヴァン・デア・スルート容疑者 ホロウェイさんの失踪から5年が経過した2010年、ビジネススクールの学生だったステファニー・フローレスさん(当時21歳)を殺害した罪で懲役28年を言い渡され、現在ペルーで服役中(ERNESTO BENAVIDES/AFP/GETTYIMAGES)

2005年に高校生のナタリー・ホロウェイさん(当時18歳)が卒業旅行先のアルバで行方不明になった事件で、第一容疑者のヨラン・ヴァン・デア・スルート氏がペルーからアメリカに身柄送検された。2010年にホロウェイさんの遺族を恐喝した件で起訴される予定。

【動画を見る】事件当時のナタリーさん

ホロウェイさんは2012年に死亡が宣告されたが、遺体は見つかっておらず、失踪の真相も謎のままだ。高校卒業前日の失踪は、未解決事件ということもあり、何年もメディアで取り上げられていた。

ニューヨークタイムズ紙によると、在ワシントンDCペルー大使館は今月10日に声明を発表し、失踪当夜にホロウェイさんと一緒に車に乗り込むところを目撃されたヨラン・ヴァン・デア・スルート容疑者の身柄を一時的にアメリカに引き渡すと発表した。グスタヴォ・メザ・クアドラ駐米ペルー大使は声明で、「娘のステファニーさんを亡くしたペルーのフローレス家と同じく、悲しみに暮れているホロウェイ家の皆様とホロウェイ夫人が、今回の措置で心の平穏を得られることになれば幸いです」と述べた。

5月10日、ベス・ホロウェイさんは地元TV局CBS 42で声明を発表し、ヴァン・デア・スルート容疑者の身柄引き渡しに尽力した複数の機関に感謝した。「幸いにも、人生で18年間ナタリーと一緒に過ごすことができました。娘がいなくなってから、今月でちょうど18年が経ちます」と、声明には記載されている。「生きていれば、娘は36歳です。とても胸が痛む長い道のりでしたが、大勢の方々の執念が報われつつあります。皆様のお力のおかげで、ようやくナタリーのために正義を果たすことができそうです」。

ヴァン・デア・スルート容疑者はステファニー・フローレスさんを殺害したとして、2012年より服役していた。2010年、当時21歳だったフローレスさんはホテルの客室で遺体で発見された。具体的に何がきっかけで身柄引き渡しに至ったのかは分からない。本来であれば、ヴァン・デア・スルート容疑者が懲役28年の刑をまっとうするまで身柄引き渡しは実現しないはずだった。



ホロウェイさんは2005年5月30日、アラバマ州の高校の同級生100人あまりとアルバを旅行中に姿を消した。失踪前の5月29日夜には、友人とオラニェスタットのバーに出かけていた(アルバでは18歳から飲酒可能)。FBIによると、ホロウェイさんは午前1時30分ごろヴァン・デア・スルート(同じく当時10代)と2人の兄弟(ディーパク・カルポー、サティシュ・カルポー)とシルバーのホンダで現場を立ち去るのが最後に目撃された。生徒は翌朝ホテのロビーに集合して空港に向かうことになっていたが、ホロウェイさんは現れなかった。彼女の所持品は客室で発見された。

その後大規模な捜索が行われ、メディアも大きく騒ぎ立てた。数時間も経たないうちに、ホロウェイさんの両親が捜索のためにプライベートジェットでアルバに駆け付けた。夫妻はたびたびメディアの取材を受け、真相究明を訴えた。当局はほどなくヴァン・デア・スルートとカルポー兄弟に目をつけた。当初3人の容疑者は、ホロウェイさんがサメを見たがったのでビーチに連れて行ったと供述していた。月日を重ねるごとに供述内容は二転三転したが、警察は証拠を見つけられず、ホロウェイさん殺害での起訴には至らなかった。

裁判資料によると、ヴァン・デア・スルート容疑者は2010年初旬に母親のベス・ホロウェイさんに連絡し、25万ドル払えばホロウェイさんの遺体の在りかを教えると約束した。検察の主張によれば、ベスさんは前金として2万5000ドルを払い、遺体が見つかった場合は残りを払うと取り決めた。ヴァン・デア・スルート容疑者は遺体を埋めたという島の一軒家にベスさんを連れて行ったが、後に嘘をついていたことを認め、ベスさんに提供した情報は「何の価値もない」とメールに書いている。その頃にはすでにペルーに移住していた。ヴァン・デア・スルート容疑者は2010年6月、ホロウェイさんの遺族から数十万ドルを恐喝したとして、電信詐欺および恐喝容疑で大陪審より起訴された。

起訴された同じ日、ヴァン・デア・スルート容疑者はビジネススクールに通うフローレスさんを殺害したとしてペルーで逮捕された。この裁判を担当した弁護士は、被告が殺害を深く反省していると述べ、ホロウェイさんの事件で第一容疑者に挙げられたトラウマが原因だったと主張した。裁判所書記官は2012年の量刑判決で、被告がフローレスさんの顔に肘鉄を食わせ、殴打した後、血まみれのシャツで絞殺した経緯を説明している。AP通信によると、書記官は「狂暴性・残忍性の加重要因を含む第1級殺人罪」と判断し、懲役28年を言い渡した。被告は刑期を務めた後、2038年に釈放されることになっていた。

ヴァン・デア・スルート容疑者がアメリカに送検されても、フローレスさん裁判で言い渡された刑期が終わるわけではない。ペルー検事局はCBS News宛の声明で、「公判が終了次第」ペルーに身柄を戻す予定だと語った。

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from Rolling Stone US




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