「元カレ殺すかも」と歌い歴史的ヒット、SZAが熱烈な共感を得てきた理由
Rolling Stone Japan / 2023年6月6日 17時40分
アデル以来の快挙となる全米チャート10週1位に加えて、全米トップR&B/ヒップホップ・アルバム・チャートでは歴代最高となる18週1位を獲得。歴史的ヒットを記録したSZA(シザ)の2ndアルバム『SOS』の国内盤CDが先ごろリリースされた。今こそ知っておきたい彼女の歩みを、音楽ライター・渡辺志保に解説してもらった。
もしも付き合っていたかつての恋人が、新しい恋人と過ごしている姿を見かけたら、あなたはどのような行動を選びますか? SNSをブロックする? それとも裏アカを作って監視する? 共通の友人からこっそり情報を引き出す? それとも、二人とも殺しちゃうーー?
目下、ロングランヒットを続けているSZAの楽曲「Kill Bill」では、愛憎にまみれ、緊張感あふれるシーンが生々しく歌われている。”私には分かる。あの女のこと、本当に愛してるに違いない(I get the sense that you might really love her)”と自虐的に歌いつつ”だから、歌いたくなっちゃうの(Got me saying over a beat)”と綴るSZA。元カレに対する未練と憎悪が、そのままアーティストとしてのモチベーションになっていることが窺える。コーラス部分では”元カレを殺しちゃうかも、ベスト・アイデアじゃないけど。その次は現カノを殺っちゃうかも(I might kill my ex / Not the best idea / His new girlfriends next)”と繰り返し、最後には”元カレを殺しちゃった、ベスト・アイデアじゃないけど。その次は現カノに手を掛けた(I just killed my ex / Not the best idea / Killed his girlfriend next)”と妄想が現実になったことを示唆するリリックへと変化する。曲の最後はこう結ばれる。”独りでいるくらいなら地獄に堕ちるほうがマシ(Rather be in hell than alone)”と、どうしようもないやり切れなさが滲み出る内容だ。残酷で過激とも受け取れるこの「Kill Bill」だが、アメリカではビルボードの総合シングル・チャート(Hot 100)首位をマークしただけではなく、R&B/ヒップホップのジャンル別チャートでは21週にわたってNo.1を獲得するという前代未聞の記録を打ち立てたばかりだ。「元カレを殺しちゃいたい」というどこまでも赤裸々なSZAの告白は、これほどまでに多くの共感を得たという証左となる記録である。
SZAは1989年、ミズーリ州のセントルイスで生まれた後まもなく、ローリン・ヒルの故郷とも程近いニュージャージー州メープルタウンに引っ越し、幼少期から青春までを過ごす。ムスリムだった父親は保守的で厳しく、幼かったSZAが聴くことを許されていたのは、マーヴィン・ゲイやルイ・アームストロングといった限られたオプションのみだった。そんなSZAの音楽的好奇心を煽ったのは異母姉だったという。姉が聴いていたのはキャッシュ・マネーやリル・ジョン、そしてウータン・クランだった。SZAというステージネームは、ウータン・クランのリーダー的存在でもあるRZAからインスピレーションを得たものだ(そういえば映画『Kill Bill』のサウンドトラックでは、RZAが中心的役割を担っている)。かつ、学校やコミュニティ、当時彼女が打ち込んでいたスポーツ活動においては白人の学生が多く、SZAはどこに行っても「唯一の黒人生徒」だった。そんな環境において、同級生が聴いていたレッド・ホット・チリ・ペッパーズやビョークといったアーティストたちもまた、SZAが愛聴していた音楽の一つだという(ちなみに『SOS』にはリゾと共作したとりわけロック色の濃い「F2F」という曲が収録されている)。
兄の勧めで何となく歌手活動を始めていたSZAだったが、幼馴染のアシュリーと当時の恋人のアシストもあり、レーベル、トップ・ドッグ・エンターテイメント(Top Dawg Entertainment、TDE)のファウンダー、パンチと出会い、全てが急発進していく。2012年『See.SZA.Run』、2013年『S』とすでに2枚のEPをセルフリリースしていたSZAだったが、2013年にいよいよTDEと契約を結ぶ。当時のTDEはすでにケンドリック・ラマー『good kid, m.A.A.d city』やスクールボーイ・Q『Habits & Contradictions』、ジェイ・ロック『Follow Me Home』と西海岸ヒップホップの新時代を率いる重要作を次々とリリースしていた頃だ。初のシンガー、しかも女性アーティストであるSZAとの契約は、リスナーをも驚かせた。2014年にはTDEからのリリースとなるEP『Z』を発表し、同年にはニッキー・ミナージュとビヨンセが共演した「Feeling Myself」のライティングに参加。2016年には、リアーナ『ANTI』に収録された「Consideration」の制作にも名を連ねている。
そして、いよいよ2017年に待望のメジャーデビューアルバムとなる『Ctrl』を発表し、大きなインパクトを与えるのだった。『Ctrl』もまた、今回の『SOS』の礎となる内容とも言える。恋愛関係に対する不安な気持ちや嫉妬心を赤裸々に歌った『Ctrl』は新たなR&Bのフィールドを開拓し、結果、2018年の第60回グラミー賞において主要部門の最優秀新人賞に加え、最優秀アーバン・コンテンポラリー・アルバム、最優秀R&Bパフォーマンス、最優秀R&B楽曲、最優秀ラップ/歌唱パフォーマンス計5部門にノミネートされ、同年における女性最多ノミネート数を獲得するという快挙を成し遂げる。SZAの魅力はもはやジャンルを超えたユニバーサルなものとなり、『Ctrl』発表後もマルーン5やジャスティン・ティバーレイク、カルヴィン・ハリスといったポップ〜ダンス・フィールドのアーティストらと次々とコラボ楽曲をリリース。2018年には映画『ブラックパンサー』の主題歌になった「All The Stars」をケンドリック・ラマーとともに感動的に歌い上げ、さらにその名を世界へと轟かせ、2022年にはドージャ・キャットにフィーチャーされた楽曲「Kiss Me More」で第64回グラミー賞にてベスト・ポップ/デュオ・パフォーマンス部門で見事トロフィーを獲得した。
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『SOS』への道のり「孤独こそ伝えたかったこと」
こうして、着実にファン層を拡げていったSZAだったが、2ndアルバムとなる『SOS』への道のりは平坦ではなかった。度々メディアへのインタビューでも新作がリリースされることを匂わせていたSZAだったが、待てども待てども具体的なプランは発表されない。さらにはTwitter上でレーベルやパンチらへのフラストレーションとも取れる発言も飛び出し、SZAの身を案じるファンたちにとっては気が気ではない状態が続いていた。『SOS』の正式な(そして具体的な)リリース日が発表されたのは2022年12月3日に出演したテレビ番組「Suturday Night Live」内であり、その約1週間後である12月9日にいよいよリリースされると告げられたのだった。
『SOS』のアートワークに写る群青色の海は、美しくあると同時に、果てぬような底の深さを感じさせられる。飛び込み台の上にポツンと座るSZA。ホッケージャージを着て足元にはクラシックなティンバーランドのブーツが光る。アルバムのタイトルが示すように、助けを求めているようにも見えるし、世の中を諦観しているような雰囲気も併せ持つ。このアートワークに関してSZA本人は、1997年に撮影された故ダイアナ妃の写真がインスピレーション元だと明かしている。そこにSZAが感じ取ったのはまさに”孤独”だ。ラジオ番組に出演した際に「孤独こそ、私が最も伝えたかったこと」と明かしていたSZA。決して明るくポジティブな意図ではないが、だからこそ、SZAは、多くのリスナーの心をとらえた。『SOS』はビルボードのアルバムチャートにおいて、現時点(2023年6月2日)において、合計10週にわたって1位を獲得した。ちなみに同じ記録を持つアーティストはアデル(2015年『25』)がおり、女性シンガーによるR&B作品のアルバム・チャート10週1位は、マライア・キャリーの『Mariah Carey』(1990年)以来となる。さらに、R&B/ヒップホップ・チャートにおいてはすでに18週にわたって1位をマークしており、これはビヨンセ『Lemonade』(2016年)を抜き、アレサ・フランクリンが『Aretha Now』(1968年)で打ち立てた17週という最多記録をも抜いたことになる。
アルバムの幕開けを飾る表題曲「SOS」で、SZAは”おっきなお尻、天然モノに見えるでしょ。本当は違うけど(So classic that ass so fat / It looks natural /Its not)”とBBL手術(ブラジリアンバットリフト手術)について明かし、”私は自分のものが欲しい(I just want what's mine)”と繰り返す。SZAがとことん向き合っているのは、自分自身だ。「Special」では”グッチのお店から出てくるあの子みたいになりたかった(I wish I was that girl from the Gucci store)”と歌い出し、”私の肘も膝もカサカサ(I got dry skin on my elbows and knees)”と続けて”自分がスペシャルな存在だったら良かったのに(I wish I was special)”と歌う。世界中のステージに立ち、グラミー賞までを受賞したSZAがそれでも抱える嫉妬や孤独は、小さな部屋で毎日同じことを繰り返しているような私(たち)のそれと変わらないのかもしれない。
『SOS』にはこうしたSZAの小さなつぶやきが溢れている。なんてことない毎日の風景にチクっと刺さる棘のような言葉とメロディ。シルクのような滑らかさというよりは、肌に馴染むデニムのようなSZAの歌声。「Shirt」の歌詞にもあるように、完璧じゃなくていいし、理想の自分になれなくてもいい。『SOS』で語られるSZAの叫びは、我々を導いてくれるモールス信号になる。
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SZA
『SOS』
国内盤CD(全25曲)発売中
再生・購入:https://SZAsmji.lnk.to/SOS
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