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ヤング・サグが1年以上勾留、ラップに対する人種差別的偏見が妨げに 米

Rolling Stone Japan / 2023年6月8日 6時45分

アトランタ市フルトン郡の裁判所に出廷したラッパーのヤング・サグ(本名ジェフェリー・ウィリアムズ)(NATRICE MILLER/ATLANTA JOURNAL-CONSTITUTION/AP)

ヤング・サグ、ガンナ、他26人の被告人が56件の容疑で起訴されてから、2023年5月8日でちょうど1年になる。アトランタ市フルトン郡地方検事局のファニ・ウィリス検事は、サグ(本名ジェフェリー・ウィリアムズ)がストリートギャング団Young Slime Life(YSL)のリーダーだと主張している。ウィリアムズは容疑をすべて否認しているが、2022年5月9日にアトランタの自宅でフルトン郡警察に逮捕されてからずっと勾留されたままだ。これまでに4度、直近では4月26日に保釈を申請しているが、彼が社会に対する危険人物だとするウラル・グランヴィル担当判事の判断で、すでに3度却下されている。

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だが、そうした考えはウィリアムズのラップの歌詞に影響されている部分もある。司法制度の人種格差を浮き彫りにする、言論の自由をめぐる問題だ。有罪が確定するまでは何人も無罪だとする「推定無罪」が、裁判を今か今かと待つウィリアムズや共同被告には適用されていないと批判する声も上がっている。だが、こうした災難に遭っているのはウィリアムズだけではない。収監制度に内在する人種的偏見が原因で、起訴された黒人や有色人種は本当の意味で「推定無罪」とみなしてもらえない。ジョージア州以外でも一般市民は過剰な取り締まりを受け、留置所はキャパオーバーだ。公判手続きの遅延により、無実の人々は罪人のように檻の中に閉じ込められている。

ウィリス検事は2022年10月、公判開始日を1月9日から3月27日に先延ばしする申し立てを行った。3TBを超えるデータが見つかったため、精査する時間が必要だというのが理由だ。グランヴィル判事はこれを却下したが、その際こう言い渡した。「被告の大半は保釈を認められていない。本件の公判開始日に関しては、裁判所にも負担になる。彼らには裁判を受ける当然の権利がある」。

陪審選任手続きは1月4日から始まり、気の遠くなるようなスローペースで今も続いている。グランヴィル判事の予想では6~9カ月はかかるとみられる裁判でのために、日程を空けられる陪審員12人を見つけるのは困難なためだ。5月19日までに1200人を超える陪審員候補が召喚されることになっているが、そこから12人に絞り込むことができなければ、さらに追加召喚される可能性もある。

元検事のニーマ・ラマニ弁護士いわく、陪審選任がなかなか進まないのは事件が広範囲にわたっているせいでもある。なにしろ10人の被告がいっぺんに裁かれるのだ。「この事件の問題点は、判事がすべての訴因をまとめて裁こうとしている点です。十数人の被告がいて、それぞれが弁護士を立てる権利を持ち、それぞれの弁護士が陪審員候補や証人1人1人に質問する権利を持っている。十数人の弁護士が陪審員候補や証人に質問していくので、通常なら数分で終わるのが何時間もかかってしまうのです」。

またラマニ氏いわく、事件の話題性が陪審選任に悪影響を及ぼしているという。「おそらくアトランタ市でも過去最大級の裁判です。市民権をめぐる裁判が世間をにぎわせている中でのことですから、既成概念をもたない陪審を見つけなくてはならないでしょう」。

陪審選任手続きは8月にもつれ込むと見られているが、そうなればウィリアムズ他13人の被告は15カ月間も勾留されることになる。ウィリス検事はYSL裁判だけでなく、2020年の大統領選挙絡みでドナルド・トランプ前大統領を恐喝容疑で捜査している真っ最中だ。これほど大きなヤマは、すでに枯渇しているフルトン郡検事局の財源に間違いなく響いているとラマニ氏は言う。

「ファニ・ウィリス検事はトランプ氏を捜査中です。選挙結果介入容疑で起訴すれば、アメリカ史上もっとも政治色の濃い裁判となります。現実的に考えても、他の事件は蔑ろにされるでしょう」

さらに同氏はこう続けた。「私は検事時代、麻薬や人身売買が専門でした。麻薬カルテルの事件に集中して、大麻や街の売人は相手にしませんでした。無意味ですから」。



死刑廃止派のブリジット・シンプソン氏は、アトランタを拠点とするNPO団体「Barred Business」の共同創設者で、受刑囚に住まいや法的保護を提供し、以前は社会復帰支援も行っていた。シンプソン氏は今回の事件について、「検察や裁判制度が抱いている考えのせいで、黒人がどれだけ頻繁に法の適正手続きを奪われているかを表しています」とローリングストーン誌に語った。さらに、「適当に刑を下し、適当に逮捕して、訴訟一覧に目もくれない。そのせいで(アトランタ市の留置所は)過密状態です。話題になっている事件のどれもがそうです。コンクリートの床の上で眠りながら裁判を待つ人々を見れば一目瞭然です」。

昨年9月には35歳のラショーン・ソンプソンさんが、フルトン郡留置所の監房内で死んでいるのが発見された。ソンプソンさんは生前トコジラミに食われていた。監房の衛生状態は最悪で、留置所職員が防護服を着て中に入ったほどだった。

非人道的な環境は過剰勾留の現れだ、とシンプソン氏は言う。彼女は他の団体とともに保釈金関連法の改正を訴えてきたが、その都度行く手を阻まれてきた。そのひとつが、州上院議会に提出された法案第63号だ。先日否決されたこの法案は、万引きや大麻所持といった軽罪に対する略式保釈を禁止するという内容だった。保釈保証人をはじめ、高額な裁判手続きで懐を温めている人々は行動を起こすつもりがまったくない、とシンプソン氏は言う。「彼らはロビー活動を続け、(略式保釈を)廃止するためにあの手この手で反撃し続けます。州レベルの法改正に向けて今も取り組んでいますが、『問題が起きているさなかに、なぜ解決策から先に取りかからなくてはならないのか?』(というのが議員の心情です)」。

ウィリアムズと共同被告に対するあまたの起訴容疑のひとつに、不正腐敗防止法(RICO)違反がある。もともとはイタリア系マフィアの撲滅目的で制定された法律だ。だがニューヨーク州では昨年、RICO違反で連邦起訴されたラルフ・ディマッテオというギャングが公判開始まで保釈が認められている。ウィリアムズとガンナ(本名セルジオ・キッチンス)は2021年4月、保釈金を自前で払えない30人の保釈金を肩代わりしたが、自らの保釈は認められなかった(キッチンスは懲罰刑を言い渡された後、釈放された)。被告の保釈を認めることで、検察の動きが大きく損なわれる場合があるとラマニ氏は言う。

「検事なら誰しも、保釈なしの勾留継続を望むでしょう」とラマニ氏。「当然ですが、釈放されれば被告は犯罪を重ねる可能性があります。(それに)一度自由を味わった後に罪を認めさせ、素直に刑務所に行かせるのは非常に困難です。勾留中のほうが、司法取引に応じるよう説得しやすい。検察が被告の勾留継続を望むのは、そうした戦略的理由からです」

勾留は検察にとっては賢い戦略かもしれないが、有罪が証明されるまで無実の人間を劣悪な環境にさらすことにもなる。昨年5月、ウィリアムズの弁護を担当するブライアン・スティール氏はフルトン郡留置所での処遇について、「独房監禁/完全孤立」「窓のないセメントの房にあるのは、ベッド1台とトイレと天井の照明だけ。照明は24時間点灯したままで、睡眠も休息も瞑想も不可」「メディアの閲覧は種類を問わず全面禁止」、さらに弁護士との面会以外は「運動、シャワー、他人との接触」が禁じられていると説明した。ブライアン・スティール氏が4月に申し立てた保釈申請書には、ウィリアムズがフルトン郡留置所で睡眠を奪われ、そのせいで裁判の準備ができずにいると書かれている。



ミリオンセラーのラッパーであるウィリアムズは保釈に関して、一般的な被告よりも複雑な事情に直面している。ラップに対する人種差別的な偏見が、推定無罪の妨げになっているのだ。検察はラップの歌詞を証拠として採用し、有罪の動かぬ証拠だとして裁判所で読み上げた。

YSL裁判をメディアがこぞって取り上げたことも、公平な陪審員集めに苦労している原因だとシンプソン氏は主張する。ウィリス検事はかねてより、YSLとYFNのギャング抗争が「アトランタ市史上例を見ない暴力事件を引き起こした」とし、起訴された28人の被告は「コミュニティを混乱に陥れている」と主張した。「こうした状況から陪審員(候補)を守ることはできません」とシンプソン氏は言う。「判事がTVで(ウィリアムズを)社会の脅威と呼んでいるのに、どうやって陪審を見つけろというんです? すでに有罪だと決めつけられているんですよ。うがった見方が広まっているのに、味方になる陪審を見つけられますか?」

シンプソン氏と一緒にBarred Businessで働くシャティーシャ・グリフィン氏も、同じ思いだ。検察はウィリアムズがギャングのリーダーだという考えを広めているが、アトランタ市に対する彼の貢献を十分考慮していない、と2人は感じている。グリフィン氏はウィリアムズを「コミュニティの癒し」と呼ぶ。彼はストリートの生活から足を洗うよう促すだけでなく、そのための手段も与え、数えきれないほどアトランタの若者の人生を変えようとした。

「彼は私の知人でもある少年に金を渡し、『おい、だめだ、だめだ。ストリートから足を洗え。今日の予定は? 今日はこれだけ金をやるから、スタジオに行ってレコーディングしてこい。お前には才能があるんだから』と言いました」とグリフィン氏。「彼の持つ力と(プラスの)影響力がどれだけすごかったか。それが彼のやろうとしていたことです……『あいつらを卒業させてやれるだろうか? ストリートから足を洗って有権者にさせてやれるだろうか?』 だからこそ、彼の家族が気の毒でなりません」

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