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カッサ・オーバーオールを紐解く4つの視点 Tempalay藤本夏樹、和久井沙良、MON/KU、竹田ダニエル

Rolling Stone Japan / 2023年6月15日 17時30分

カッサ・オーバーオール(Photo by Patrick OBrien Smith)、(写真右・上から)Tempalay藤本夏樹、和久井沙良、MON/KU、竹田ダニエル

ジャズの未来を切り拓く鬼才ドラマー/プロデューサー、カッサ・オーバーオール(Kassa Overall)の最新作『ANIMALS』が大きな話題を集めている。今年10月には東京・大阪での来日公演も決定。ここでは藤本夏樹(Tempalay)、和久井沙良、MON/KU、竹田ダニエルの4人に、彼のアルバムを「どう聴いたか」寄稿してもらった。

※ジャズ評論家・柳樂光隆監修『Kassa Overall Handbook』より転載

▪️Index
P1. 藤本夏樹(Tempalay)
P2. 和久井沙良
P3. MON/KU
P4. 竹田ダニエル

【関連記事】カッサ・オーバーオールの革新性とは? BIGYUKI、トモキ・サンダースが語る鬼才の素顔



1. 藤本夏樹(Tempalay)


ベッドライトを買ってから、部屋が暖かくなって、そして影も増えた。しかし時おり、その影を見つめていると、かえってその暗闇が美しく感じることがある。その理由を解き明かそうとしながら、あと一歩のところでひとは眠りに落ちる。そのとき流れる子守唄。 Tempalayのドラマーとしても活動。





今回のアルバムでまず最初に耳にしたのは先行配信曲であるM5の「Make My Way Back Home」だった。楽曲自体は10+6拍子で進んでいるが、決してドヤ感のある変拍子ではなく自然と体を動かしたくなるようなグルーヴがあり、Kassaのリズム感に惚れ惚れしてしまった。

その後アルバムを頭から順に聴いてみたのだが、先行曲とはまた違うアプローチで楽しませてくれる楽曲群が並ぶ。10秒ほどの不穏なインストであるM1から続くM2は、冒頭から所謂ジャズ・ヒップホップ的サウンドとは一線を画したビートになっており、その後も多数のチョップやブレイクの連続で、フライング・ロータスやスクエアプッシャーに影響を受けたというのも納得の出来だ。ただそこにも確実にドラマーとしてのリズム感が反映されてるのがKassaの新しいところかもしれない。



M3では決して綺麗な音とは言えない、皮の伸び切ったようなドラムによるルーズなビート(自分の大好物)にキレのあるラップが乗り、これまた空間が歪んだような不思議な感覚が癖になる。

続くM4ではKassaのドラムプレイを存分に楽しめるのだが、これが彼にとって心地よくドライブ出来るリズムなんだと認識する事で、他の曲に感じる掴みどころがなく心地よい浮遊感に改めて納得がいく。この流れで聴くM5にはもはや身を委ねたくなるような安心感とポップネスを感じる。

そこから雰囲気はやや変わり、M6ではCR78、M7ではTR-808といったリズムマシンのサウンドが入ってくるが、どちらも揺れのあるKassaの人力プレイとホーンが上手く融合して全く飽きのこない楽曲に仕上がってる。バランス感が素晴らしい……。M8では急にゴシック調とでも言うべきか、メラニー・マルティネスやSub Urbanとも通ずるサウンドになっている。アルバムの中では難解さも少なくノりやすい楽曲だが、ラストのストリングスが途切れるタイミングにやはり捻くれを感じるのが面白い。

その後は終わりの始まりとも言うべきインストのM9から、ストリングスやピアノで構成されたM10になるが、これまた決して綺麗な音ではなくざらつきがあるところにセンスを感じる。中盤から入ってくる声の音の割れ方にはビックリしたが(笑)、恐らくiPhoneのマイクで録っているのだろう。M11もM10から続くようなピアノの旋律がメインとなっていて、そのままアウトロからM12に続いていく。

最後は、今までなかったような開けたサウンドと伸びのあるヴォーカルで少し胸の温まるような曲だ。映画のエンドロールのような美しさで終わっていくが、やっぱり最後の最後でお茶目な終わり方してて……本当に愛せる人だなぁ……。はぁ……緊張と緩和のバランスが素晴らしく、没頭しているとあっという間に終わってしまう。綺麗な物が全てじゃない。枠組みなんて必要ない。そんなサウンドが作品のテーマともリンクしているのかも知れない。

Kassaの"いびつさ"の美学を感じるアルバム。素晴らしい音楽をありがとう!

2. 和久井沙良


作曲家/鍵盤奏者。東京藝術大学音楽学部楽理科卒業。2022年に自身のソロ・プロジェクトを始動、同年に1stアルバム『Time Wont Stop』を発表。サポート・ミュージシャンとしての活動やレコーディングも行なっており、TK from 凛として時雨、一青窈、yama、新浜レオン、Mega Shinnosuke、さとうもか、Yasei Collective、中西保志、古川慎、映秀。、新山詩織、ずっと真夜中でいいのに。、さとうもか、Myuk、大比良瑞希などに携わっている。



これは背反する二つの感情を引き起こさせる、そんな印象を受けた。焦りと落ち着き、哀愁と鮮明さ。それはどこから来ているのか、そう考えてもう一度聴いてみたところ緻密さの中に大胆さを内包している手法の数々が散見された。例えば懐かしさを感じる音色や響きのアップライト・ピアノや、ホーン・セクションにモダンなヒップホップ、サンプリング・ミュージックならではの手法(オーディオに対するカットアップやピッチダウンなど)が使われている反面、オートチューンのかかったエッジーなラップ、Kassa本人が叩いているビートにフランジャーのようなエフェクターがかかっていたりと現代の手法とクラシカルな手法を往来しており、時代感が一つに定まらず、聴いたことがあるようで初めて聴くような不思議な感覚を味わった。

この音源は私たちに居場所があるということを提示してくれている。手法から見ると新地平にも感じられるが、サウンドスケープから見ると懐かしさを感じる。彼自身の精神的な葛藤から創造されるこの作品は何度も聴き返せば聴き返すほどに深みを増し、私をこの音源の虜にさせた。これには魔力さえも感じる。現代に生きる私に動物であること、人間であること、を考えさせられる一枚である。



3. MON/KU


2019年に初制作の楽曲「S I N K」をSoundCloudに公開。その先鋭的な音楽性が話題を呼び音楽ファンの間で注目を集める。君島大空やTHA BLUE HERBをはじめとしたアーティストと共演するなど、勢力的にライブ活動を行った後、2023年3月に1st アルバム『MOMOKO blooms in 1.26D』をリリース。エレクトロニカやアンビエント、ジャズなどの多彩な要素が散りばめられたジャンル越境的なこの作品は、各方面から高く評価されている。




『ANIMALS』におけるジャズにグリッチホップ、ソウルなどの音楽性を融合させるカッサのプロダクションは、前作から更に進化を遂げ、最早ジャンル間の境界は溶け合い、完全に攪拌されているように思える。その大胆な接続にある種のわざとらしさを全く感じさせない、カッサの編集者としての手捌きには、同じプロデューサーとして恐れ入るばかりだ。

例えば、収録曲の「Make My Way Back Home」は冒頭、シオ・クローカーによる印象的なトランペットのフレーズで幕を開けるが、曲中で滑らかにその役割をフルートやシンセへと移行させていく。そこへ悲痛さを湛えたピアノや、カッサ、ニック・ハキムのヴォーカル(時に過剰なピッチシフトやフォルマント調整、リバーブ、グリッチ的な処理が施されている)が有機的に絡み合い、ドラムが全体を包括しながらグルーヴする。

この曲をはじめとしてアルバム全体に見られる、種々の異なる要素を俯瞰的にレイヤードしながら巧みに交錯させ、結晶化させていく手付きは、彼が影響元として度々挙げているフライング・ロータスなどに通じる。しかしながら、聴き味としてカッサの音楽は(DAWを感じるエディット感がありながらも)より肉体的、身体的なリッチさが前面に出ていて親しみやすい。ここに、彼にしか生み出せない妙味があるように思う。



4. 竹田ダニエル


1997年生まれ、カリフォルニア州出身、在住。そのリアルな発言と視点が注目され、あらゆるメディアに抜擢されているZ世代の新星ライター。「カルチャー×アイデンティティ×社会」をテーマに執筆。「音楽と社会」を結びつける活動を行い、日本と海外のアーティストを繋げるエージェントとしても活躍。著書にSNSを中心に大きな話題を呼んだ文芸誌『群像』での連載をまとめた『世界と私のAtоZ』(講談社)がある。


不安定な自己アイデンティティ、静かに、しかし沸々と湧き上がる怒りや悲しみ、そして絶望。それらを受け入れ、前に進み続ける。カッサ・オーバーオールの今作は、彼らしい内省的なムードが漂う。『ANIMALS』というタイトルにも、「人間らしさ」を奪うような社会システムに対する批判、皮肉が込められている。既存の「当たり前」に傷つけられた一人のアーティストが、表現を通して自らをヒーリングし、その音楽が広がる過程において、リスナーも新たな目覚めを起こすだろう。躁鬱病と向き合わなければいけなかった経緯から、アメリカの投薬システムや「セラピー」のあり方についても考えてきたカッサならではの視点だ。タブー視されてきたメンタルヘルスについてパーソナルに打ち明ける行為を、「社会を革新する」ことを通して、彼は新しい基準を作っていく。

メンタルヘルスについて打ち明けることに対するスティグマがまだ残るジャズやヒップホップ・シーンにおいて、旧来的な「アーティストのあるべき姿」というステレオタイプさえも変えていく。さらに、トランス差別が激化している現在のアメリカにおいて、ノンバイナリーであるトモキ・サンダースやクィアであるJ. ホアードをアルバムやバンド・メンバーに起用しているのも、一つの「抵抗」という意思表明として受け取れる。アルバム収録に参加したアーティストたちで形成されるカッサ・バンドのライブは、NPR「Tiny Desk Concert」でも披露されたように、カオスでありながら音楽を通して連帯していく、アーティストたちの強い意志が感じ取れる。カッサは間違いなく新しいサウンド、そしてアーティスト性のパイオニアだ。



J. ホアードが参加したカッサ・バンドのライブ映像



カッサ・オーバーオール
『ANIMALS』
発売中
国内盤CD:ボーナストラック収録、歌詞対訳・解説書付き
数量限定Tシャツ・セットも発売中
詳細:https://www.beatink.com/products/detail.php?product_id=13345



Kassa Overall Japan Tour 2023

2023年10月19日(木)WWWX
サポート・アクト:TBC
OPEN 18:00 / START 19:00
前売 ¥7,000 (税込/別途1ドリンク代/オールスタンディング)

2023年10月20日(金)ビルボードライブ大阪
1部:OPEN 17:00 / START 18:00
2部:OPEN 20:00 / START 21:00
チケット:S指定席 ¥8,500 / R指定席 ¥7,400 / カジュアル席 ¥6,900

詳細:https://www.beatink.com/products/detail.php?product_id=13425

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