The Japanese Houseが語る、クィアとして音楽業界に思うこと、The 1975との信頼関係
Rolling Stone Japan / 2023年7月4日 17時45分
Dirty Hitとの契約やレーベルメイトであるThe 1975との関係性、そしてその唯一無二の静寂でありながら壮大なサウンドがたびたび話題になるザ・ジャパニーズ・ハウス(The Japanese House)ことアンバー・ベイン。6月30日にリリースされた2ndアルバム『In the End it Always Does』ではクィアな恋愛や壮大な失恋、人生の希望・絶望や自身のアイデンティティの模索などについて歌っている。最新アルバムの制作過程、クィアアーティストとしての音楽業界に対する意見、クィアなスペースや「居場所」を作ることの重要性、そしてDirty Hitとの信頼関係について聞いた。
※ザ・ジャパニーズ・ハウス来日公演、2024年1月に開催決定(詳細は記事末尾にて)
―はじめまして、高校生の頃からザ・ジャパニーズ・ハウスのファンだったので、インタビューできるなんてとても光栄です。新しいアルバムを聴かせていただきましたが、雨の日に聴きたくなるような、クリーンである種の魔法のようなサウンドが素晴らしかったです。同時に、核となるテーマは、誰かに恋焦がれたり、憧れたり、その人に「自分を見てほしい」という欲望の感情も感じられて。それが日本の観客にどう伝わるのか楽しみです。
アンバー:ありがとう。
―まずお聞きしたいのは、アルバムがリリースされることについて今どう感じているかということ。制作からリリースまでのプロセスはどのようなものでしたか? そしてそれが世界と共有されようとしている今、どのように感じていますか?
アンバー:面白いのが、このアルバムの多くを書いたのは、もう1年以上前のことなんです。ミックスやマスタリングをのぞいて、ほぼ完成させたのが去年の夏だったので、今になってリリースするのはあまり実感がわかないというか。アートワークを作ったり、いろいろ準備したりと、リリースするタイミングになるまでにやらなきゃいけないことがたくさんあるじゃないですか。それで今、こうしてリリース直前になった時(※取材は5月末に実施)、まるで自分の手を離れていくかのように、リスナーの気持ちで向き合えるのが気持ちいいですね。いったん時間を置いて一息つくことで、客観的に自分の作品を見つめられるのも良いなと思うし。当然、ミックスとマスタリングのプロセスが終わる頃にはあまりに何度も聴きすぎて、自分の脳にタトゥーのように刻み込まれた状態になってしまいますからね。
だから今は、この作品がリリースされることについてリラックスした気分でいられるし、最終的な仕上がりについてもすごく満足していて、今考えても何も変えるところはない。それってすごく開放的。だって、自分が作ったものに満足していることが一番大事ですから。
―『W』誌のインタビューで、3人カップルの経験についてや、それが最新アルバムに影響を与えていることについて話していましたね。その関係がいかに真剣で、心境に変化をもたらしたのかが伝わってきました。そして、その関係が解消される前後も、人生にとって大きな出来事だったそうですね。今は穏やかに生活できていそうですが、振り返ってどう感じていますか?
アンバー:その話題に興味を持ってくれるのは面白いですね。今回のアルバムはその3人カップルのことを書いたわけではなくて、1曲や2曲影響されているくらい。私自身、その恋愛の経験について話すのが大好きだし、結果的によくインタビューで触れてもらうことになるけど。
「Friends」という曲があるんですが、これはかなりはっきりとした歌詞で、シリアスな歌詞というよりも、恋に落ちた彼女が二人いる状況下で書いたもの。もう一つは「Over There」という曲で、相手に別れを告げられた時、相手が望んでいた人生を自分が生きていることを実感するような感情をテーマにしています。その曲は、3人カップル関係から一人が抜けた時に書きました。
振り返ってみて、本当にこの経験ができて良かったと思っているし、一切後悔もしていません。恋愛が発生している真っ只中の時も「これは特別なことだ」と理解していました。何かが特別な経験だったと理解するまでに時間が必要だったりするものだけど、この時は違ったし、みんなが経験できるわけじゃないことも知ってる。この経験からたくさんのことを学んだし、今の私を形成しているように思います。痛み、罪悪感、オープンマインドでいる重要性、そして直感を手放すということ。直感とか初期反応から一旦離れて、「なんでこういう気持ちになっているんだろう? この経験から得たいものは?」と考えることは、いい訓練になったと思います。今はその関係も終わってしまったし、比較的安定している気がします。初めてあんなふうにクレイジーなことをすると、まるで旋風に巻き込まれたような気持ちになるから。今はもう、そういうものは求めていません。
―あなたがその経験をオープンに語っているのは、とても興味深いです。私のクィアの友人たちの多くはポリアモリー(関係者全員の合意を得た上で、複数のパートナーと関係を結ぶ恋愛スタイル)の関係にいるのですが、彼らはよく、コミュニケーションがとても重要で、自分の気持ちにもっと直感的になり、自分の言葉に正直でオープンでなければならない、みたいなことを話しています。人間関係そのものではなく、人間同士のつながりや、異なる種類のつながりを探索しなければならないというような経験が、音楽へのアプローチの仕方に変化をもたらしたことはありますか?
アンバー:私の楽曲は基本的に、すべて実際の恋愛経験に基づいているので、どんな恋愛も私の音楽の形を独特なものに変えていきます。一緒にいる人たちや、その人たちと一緒に聴くことになる音楽が、自分のセンスに浸透していくのかもしれないし、恋愛を経験しているからこそ、香りの記憶やオーディオの記憶みたいに、特定のサウンドと感情、特定の人を結びつけたりして、それが作曲するときにも反映されるのかもしれない。
それと、曲作りや音楽に対するプレッシャーみたいなものが減って、オープンになったのは確かだと思います。自分の曲を完全に自分のものにしたいとか、何でも自分がやらなきゃいけないとか、そういう生得的な欲求はあまりなくなりました。プロデューサー、アーティスト、ミキサーといった役割のすべてを自分でこなさなくてもいいし、コラボレーションをしたり、アイディアを与えてもらうことにもかなり積極的になりました。クロエ(Chloe Kraemer:後述のジョージと共に最新作を共同プロデュース)と一緒に仕事をすることで、すべてが変わりましたね。他の女性と一緒に仕事しながらアイディアを出し合うことで、もっとクリエイティブになることができるし、気持ちがとても楽になりました。「この人といると安心できる」という環境づくりが大事だと思います。ジョージ(The 1975のジョージ・ダニエル)とも17歳の頃からの付き合いだから、同じような安心感があるんだと思います。だから、いろんなことを試してみても恥ずかしくない。
というのも、素晴らしい音楽は、「恥ずかしいもの」になる一歩寸前だっていう持論があって。いろんな恥ずかしいことを試すことで、初めて良いものに出会えると思うんです。例えば、アルバムの中に「Joni」という曲があるんですが、たまに聴くと、ちょっとやりすぎだなって思うことがあります。そして、この曲を胸が締め付けられるようなものにしているのは、それだけ真に迫っているということだと思う。あまりに曝け出していて、あまりに直接的なので、ちょっと恥ずかしくなることもある。でも、ぎりぎりのラインにするためには、一旦行き過ぎなければならない。
クィアの「居場所」を作ることの重要性
―私(竹田ダニエル)はザ・ジャパニーズ・ハウスのことを、マシュー・ヒーリー(The 1975)の秘密のプロジェクトじゃないかって噂されていた頃から追っていました。私は作家として働いていて、私の作家としての名前はみんな知っているけど、どんな顔をしているかは知らないし、性別も知らない。あなたも最初はそうすることで、アーティストとしての存在感を確固たるものにすることができたわけですよね。
アンバー:そうですね。
―新しいアルバムは、親密でパーソナルなサウンドであると同時に、サウンド的にも大胆で、ここ数年を通して経験してきた人間関係を表現しているような気がします。そして、アーティストとしての新たな章の幕開けのようでもあり、よりオープンになっているとも感じます。インタビューなどで「アンバーはもう隠れていない」みたいなアングルで描かれることも多いと思うんですが、ここでは一人の人間として存在感を確立させていますよね。とてもフレッシュに「新たな自分」を歌っているような気がします。
アンバー:そう言ってもらえてすごく嬉しいです。「よし、こんな感じのレコードを作ろう」みたいなのは本当に苦手で。スタジオにいるときは「これはなんだろう? 自分は何が好きなんだろう?」みたいなプロセスを踏んでいるので、コンセプトとかは特にないまま、ただ「自分らしいサウンド」が反映された作品が生まれがちです。当然、同じようなサウンドばかり作るのはよくないので、ジョージも私もクロエも、新しいやり方を受け入れることに積極的になっていると思います。以前は、リヴァーブやたくさんのシンセや加工されたボーカルが好きだったけど、今回の作品ではもっとミニマルな方向に傾倒して、裸の状態から徐々に要素を足していって曲を作る方針を取りました。
あとは、楽器を演奏するのは本当に楽しいし、大好きだけど、めちゃくちゃ難しい。だからアルバムを作りながら、もっと上手になるために学べるのはいいことだと思うし、ドラマーだったり、クロエはストリングスが得意だし、サックスを演奏する友達もいるし、作品に参加して歌ってくれた友達もいる。このアルバムには生楽器がたくさん使われているんだけど、そういうところが大好きです。ライブで演奏したら絶対最高になると思う。
―クロエ、ケイティ・ギャヴィン(MUNA)、ジャスティン・ヴァーノン(ボン・イヴェール)との仕事はどんな感じでしたか? 先ほどもクィアな女性として制作することについて少し触れましたが、その話題はボーイジーニアスもよく言及していますよね。ロック、エレクトロ、R&Bなど多方面で「クィアアーティスト」のルネサンスのようなものが起きている今、社会から疎外された人たちの声を聞き、連帯感を示し、お互いのアートに耳を傾けることがさらに重要視されつつあるように感じます。クィアな人たちと制作をすることで、サウンド的にどんな影響を受けましたか? クィア・ミュージシャンの多くが、ある種のレッテルを貼られがちですよね。セクシュアリティやジェンダーが、彼らの主なアイデンティティのように世間やメディアに認識されてしまう。クィアアーティストとしてのアイデンティティを土台として考えることはありますか? そして、そのようなクィアネスの中で、自分の音楽がどのように響いていると感じますか?
アンバー:そうですね、クィアな人たちと制作するのは人生を変えるような出来事だと思う。音楽業界で働いている白人の年寄りには、いろんなことを「理解できない」人がたくさんいる。そういう人に出くわした時、一緒に白目を剥けるような仲間がいることは、すごく大事なこと。自分と同じことを考えている人がいるんだって認識するだけでも全然違う。時々スタジオにわかっていない男が入ってきて、空気を全く読めないことをしでかし、うんざりすることもある。個人的には、クィア・アーティストというレッテルを貼られることに問題はないし、今現在自分のジェンダーがいったい何なのか、理解しているプロセスの最中でもある。「レディー」と呼ばれることは大嫌いだし、そもそも1500年代じゃないんだから。「レディー」という言葉に含まれるニュアンスも気持ち悪いし……まあ、この話は一晩中語れるからもうやめますけど(笑)。
あとは、クィアなアーティストでいることがクールだとされるのも、すごいことだと思う。この間、ガールフレンドと一緒にゲイナイトへ遊びに行ったんだけど、ストレートの友達も一緒に来て、クラブでストレートなのは彼らだけだった。彼らは「変な感じがする。ここにいてもいいのかな?」とか言ってて、それがすごく興味深いと思って。私自身は、そういう場所にいてようやく「居場所」を見つけられる気持ちになるし、クィアな人たちが集まるような環境に赴くと、毎回感情的になってしまう。自分にとってもクィアであることが大きなアイデンティティだから、毎回自分のライブでもそういうスペースを作れることは本当に最高なことです。
自分にとっては女性との恋愛を、主語を「彼女」とすることではっきりと明記しているし、大切にしていることのひとつ。子供の頃、一番好きだったアーティストがゲイであると知った時は人生を変えるほどの重要な事件だったし、もしそれが起きなければ今どうなっていたかわからない。自分がクールだと思う人、共感できる人がカミングアウトしてくれて、すごく安心しました。先日も3人の若い子たちがライブ後に会いに来てくれて、「あなたの音楽が親にカミングアウトする後押しになりました」と言ってくれて。そういうことが、音楽を続ける理由のすべてなのかなと。
―例えばフィービー・ブリジャーズのショーに行くとクィアな若い観客ばかりだし、みんなドクターマーチンを履いている。クィア・アーティストのライブは基本的にセーフスペースで、それはアーティスト自身が積極的に主張することで生まれた場所なのかなと。私自身もクィアですが、クィアという自認を持つためには、自分とたくさんの時間をかけて向き合い、人生や社会とも向き合って、「この構造に自分はどう当てはまるんだろう?」と考える必要がありますよね。その結果として、他者への共感や連帯も生まれやすいのかなと思いました。
アンバー:全くその通りだと思います。あと、「クィア」という言葉がメインストリーム化するまで、私たちのようなアイデンティティについて語れる言葉がなかったですよね。「ゲイ」というのは包括的な用語のようなもので、ジェンダーとか細かいことにまで達しない、ざっくりとしたものだった。でも今はちゃんと説明するための言葉が存在しているし、セクシュアリティってジェンダーと全く関係ないんだ、とか、もっと深い話を理解することができる。例えば同性が好きであることと、胸を切除したいことって、相関関係が全くないものですよね。でも昔は言葉がなかったから、「自分はゲイである」という認識しかできなくて、自分のジェンダーなどについて、心のなかで孤独に戦っていたのだろうと思う。だけど、クィアなスペースにいると、存在しているだけで「居場所」が生まれるんですよね。
―最後に、The 1975やDirty Hitとの関係について聞かせてください。あなた自身の成長を支えつつ、レーベルとしても飛躍的な成長を遂げている背景について、とても興味があります。レーベルからどのようなサポートを受けてきたのでしょうか?
アンバー:私はとても幸運でした。18歳くらいの時にレーベルと契約をして、それからしばらくアルバムを作らなかった。音楽的に好きなことをするのを許してくれて、いろんな冒険をするために多くの時間を費やしてきました。それに、どんなものを作っても、いつだって「リリースしようよ」と支援してくれました。彼らがいつも言うのは、どれだけ時間がかかってもいい、重要なのは素晴らしいアルバムを作ることだけだ、ということ。それが彼らの最優先事項なのです。彼らは、私が絶対に良い作品を作るということを、私自身が信じていなかったとしても、いつでも信じてくれる。特にマネージャーのマークとは本当にいい関係を築けていて、10年以上の付き合いになります。彼は私の親友の一人だし心から尊敬しています。
マティやジョージも同じで、長い付き合いだし、私のことをずっと見守ってくれています。彼らは私にとって家族のような存在なんです。130人の前で演奏していた彼ら(The 1975)が、今では2万人の前で演奏するようになった。とても素敵なことですよね。私は今でも彼らの演奏を観に行くし、大きいフェスに出る時は絶対に行く。「ジョージが大きな舞台に立ってる!」ってね。マティはいつでも私のキャリアを応援してくれるし、最近いろいろ話題になっているのはわかるけど、最終的にはいつも私を手放しで応援してくれる。私のデモを聴いて、感動して泣いている自撮りをたくさん送ってくれるし、たくさん保存してあります。そうやってレーベルから支援してもらえるのも、レーベルで最もビッグなアーティストが応援してくれるのも幸運なことだと思いますね。
ザ・ジャパニーズ・ハウス
『In the End It Always Does』
発売中
日本盤ボーナストラック「Super Trouper」(ABBAのカバー)収録
再生・購入:https://lnkfi.re/BCwl0p7v
ザ・ジャパニーズ・ハウス来日公演
2024年1月15日(月) 梅田クラブクアトロ
2024年1月17日(水)・18日(木)渋谷クラブクアトロ
公演詳細:https://www.creativeman.co.jp/event/the-japanese-house/
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