エイフェックス・ツインがついに帰還 時代を変えたテクノ伝説とデビュー32年目の現在地
Rolling Stone Japan / 2023年7月20日 17時45分
エイフェックス・ツイン(Aphex Twin)の5年ぶりとなる最新作『Blackbox Life Recorder 21f / In a Room7 F760』が7月28日に世界同時リリースされる。エレクトロニック・ミュージック史上最大の鬼才はどこへ向かおうとしているのか? 音楽ライターの小野島大にこれまでの歩みと最新モードを解説してもらった。
エイフェックス・ツインことリチャード・D・ジェイムスと言えば、90年代以降のエレクトロニック・ミュージックの潮流を決定づけ、テクノというジャンルの確立に多大な貢献を果たした音楽家である。
去る6月21日、5年ぶりの新曲「Blackbox Life Recorder 21f」を発表。同時に同曲を含む4曲入りEP『Blackbox Life Recorder 21f / in a room7 F760』を7月28日に全世界同時発売するという一報が流れた。その途端、日本盤発売元のBeatinkの公式サイトには予約が殺到し、一時的にサーバーがダウンするという事態になったのである(私も殺到したひとりだった)。言ってみればテクノという決してメジャーとは言えない音楽ジャンルの、それも50歳を超えるベテランが久々に4曲入りのEPを出すという、ただそれだけのことでこんな騒ぎになるのである。今年デビュー以来32年目を迎えたが、そのカリスマと影響力は依然衰えていない。
エイフェックス・ツイン、2000年頃の写真(Photo by Andy Willsher/Redferns/Getty Images)
1971年に生まれたジェイムスは地元英コーンウォールでDJとして頭角を現し、1991年のEP『Analogue Bubblebath』でデビュー。翌年のシングル「Digeridoo」がハードコア・テクノ全盛のダンス・フロアで大評判となり、同年末にリリースした1stアルバム『Selected Ambient Works 85–92』がNMEを始め各メディアで絶賛されて、一躍テクノの枠を超えるプロップスを得ることになる。90年代のジェイムスはエイフェックス・ツイン、AFX、ポリゴン・ウィンドウなどさまざまな名義を使い分けながら膨大な量の作品を発表し続け、そのつどシーンにセンセーションを巻き起こし時代の寵児として生き急ぐように疾走していた。
その過程で、初期の無垢で無邪気で内向的で夢見がちで謎めいてもいた天才少年のイメージは消え、いつのまにか冷笑的でシニカルで悪意に満ちた露悪的なトリックスターのイメージに変わっていった。3作目『...I Care Because You Do』(1995年)のジャケットに描かれた奇怪な自画像に始まり、「Come to Daddy」や「Windowlicker」での醜悪なまでに誇張されカリカチュアされたパブリック・イメージの増幅の果て、『Drukqs』(2001年)を最後にジェイムスは活動休止期間に入る。そして13年ぶりのアルバム『Syro』(2014年)でカムバック。2017年には20年ぶりにフジロックのステージに立ち、ロンドンのヴィジュアル・アーティスト、ウイアードコアによるスカムでジャンクな映像コラージュと絨毯爆撃のような激烈なテクノ・ノイズを合体し、常軌を逸して高揚したグロテスクなポップ・アート空間を圧倒的な強度で見せた。かつてのテクノの革命児は未だゴリゴリに尖った最先鋭であったし、その壮絶な現場はさながら、テクノがいつまで挑戦的で攻撃的で規格外の音楽でいられるかという闘いのようでもあった。
『Syro』収録曲「T69 Collapse」
デビュー32年目に辿り着いた「完成形」
しかしそうした過激でノイジーでラウドなイメージをもって『Blackbox Life Recorder 21f / in a room7 F760』を聴くと、拍子抜けするかもしれない。ライブで聴けるような破壊的で激烈な電子ノイズは影をひそめ、もっとシンプルでフラットで穏やかな音が鳴っているのだ。淡々と鳴らされるビート、ゆったりと浮遊するシンセサイザーの音色、簡素にも聞こえる音数の少ないアレンジは、ドラマティックな演出も過剰なエモーションも極端な刺激も排した、とりようによっては無機質で無表情な音の連なりにも聞こえる。その叙情的なサウンドは、最初期のアンビエント・ワークス時代のエイフェックスを思い起こさせたりもする。ライブの極限的非日常感に対して、その平穏な音は日常そのものですらあるのだ。
もっともこうした傾向は今に始まったわけではない。思えば2001年の『Drukqs』からそんな兆候はあった。両親のハッピーバースデイの歌声や、日常的な現実音のSEを随所に取り込んだその音は、それまでのジェイムスから打って変わり、プライベートで内省的で優しいものだった。徹底して過激でダイナミックで強烈なドリルンベースの刺激、次に何をやらかすかわからない狂気を、ぼくも、そして当時の多くのファンも彼に求めていたが、ジェイムスはそんな刺激のインフレ状態、果てしないセルフ・イメージとの格闘に疲れていたのだろう。このアルバムを最後に長い沈黙期間に入ったジェイムスはその間、結婚し、スコットランドの片田舎に引っ込み、子供をもうけ、友人と共に小さなプライベート・スタジオを建て、コツコツと楽曲を作りながらじっくりと時を待った。
『Syro』での13年ぶりの復帰のさいのファンやメディアや音楽家仲間の蜂の巣をつついたような騒ぎは記憶に新しいが、『Syro』はそうした熱い期待に対して「ほら、あんたらの聴きたいのはこんな音でしょ」と言わんばかりの、人々がエイフェックスに抱くイメージをあえてなぞって見せたようなアイロニカルな作品だった。その後、堰を切ったような怒濤のリリース・ラッシュが開始されるが、いずれもリアルタイムの音楽シーンの動向とは無関係に鳴っているような、せわしないシーンの流れやトレンドの移り変わりや時代を投影する意識のようなものから離れて屹立するエイフェックスの孤高さのようなものがくっきりと浮かび上がってくる作品だった。今作『Blackbox Life Recorder 21f / in a room7 F760』は、そうした流れをさらに押し進めたような、落ち着いた仕上がりとなっている。彼が家族と暮らす日常の空間の中から生まれてきた音楽であることを思わせる作品になっているのだ。
だが思えばエイフェックス・ツインとは、そもそもそんなアーティストではなかったか。14歳のころから自室のベッドルームでコツコツと録りだめてきた音源を集めた『Selected Ambient Works 85–92』は、いわばコーンウォールの片田舎で暮らす宅録少年の日常やさまざまに巡らしていたであろう空想や妄想、イマジネーションを具現化したような作品だったからだ。
もちろん30年がたって原点回帰した、というような単純な話ではない。30年前ともっとも異なるのは、その作り込みの徹底した細かさと緻密さである。小節単位での細かいエフェクトや音色(おんしょく)の練り上げ、シンセサイザーのレイヤー、打ち込みのリズムやパーカッションの作り方や組み合わせ方など、一見無造作に投げ出されたように聞こえる音も、よく聴けば繊細な手つきで編み込まれたものであることがわかる。エイフェックス・ツイン以外には作れない音だ。美しく優雅なメロディと練り込まれたエレクトロニック・ビーツの対比は、まさしくエイフェックス・ツインの音楽の完成形を思わせる。
ここで鳴るのは、新しさや刺激を求め流行と格闘するような音ではない。「テクノがいつまで挑戦的で攻撃的で規格外の音楽でいられるかという闘い」でもない。そのようなゲームからジェイムスはとうの昔に降りている。むしろジェイムスが求めているのは、移ろいやすい電子音楽の世界で、いつまでも古びることなく鳴る音色とリズムではないか。機器のパラメーターを時代の変化に応じて微妙に調整し変化させてアジャストする。そうすることでそのサウンドはエイフェックス・ツインらしさを失うことなく、かついつまでも古びることなく鳴り続ける。そうした作業をスコットランドの自宅のプライベート・スタジオでコツコツと続ける日常が、ここに刻まれているのだ。
THIS WEEKEND.
SONAR, BARCELONA, ES.
LOOK OUT FOR SOMETHING SPECIAL IN SONAR +D PROJECT AREA AND AT THE MERCH DESK. pic.twitter.com/qixVNJ1JdO — Aphex Twin (@AphexTwin) June 15, 2023
本作リリースのアナウンスに先駆け、エイフェックスは2023年6月9日コペンハーゲンを皮切りに各地の音楽フェスティバルに次々と出演、各会場では謎めいたインスタレーションが登場、全世界のレコード店にロゴが隠されたポスターが貼り出され、QRコードを読み取ることでエイフェックスのAR世界に入り込むことができるという、いかにも彼らしい販促戦略も展開された。そして新作はストリーミング・サービス全盛の時代など全く関係ないと言わんばかりに、限定版を含む計17種類ものフィジカル・アイテム(収録曲は全て同じ)が同時発売されるという、かつてのアイドル商法ばりの異例の販売形態を展開している。平穏で日常的な音の一方で、こういうトリッキーでエクセントリックな情報戦略もまたエイフェックス・ツインなのだった。
エイフェックス・ツイン
『Blackbox Life Recorder 21f / In a Room7 F760』
2023年7月28日リリース
国内盤CDは高音質UHQCD仕様
特殊パッケージの限定盤、日本語帯付き仕様LP、数量限定Tシャツ付きセットも発売
詳細:https://www.beatink.com/products/detail.php?product_id=13485
最新作に合わせて、名盤4タイトルが7月28日に同時リイシュー
大型ロゴ・マグネット(下掲画像)付き新装盤
『Selected Ambient Works Volume II』(1994年)
『...I Care Because You Do』(1995年)
『Richard D. James Album』(1996年)
『Drukqs』(2001年)
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