ジョージ・ハリスンを称える『コンサート・フォー・ジョージ』が不朽の名作になった理由
Rolling Stone Japan / 2023年7月26日 18時30分
いよいよ今週7月28日(金)よりTOHOシネマズ シャンテほかで公開される『コンサート・フォー・ジョージ』。本作の見どころを荒野政寿(シンコーミュージック)に解説してもらった。
2001年11月29日、肺がんと脳腫瘍のために58歳で他界したジョージ・ハリスン。彼の死から1年後の2002年11月29日、ロンドンのロイヤル・アルバート・ホールで開催された一夜限りのジョージ追悼オールスター・コンサート『コンサート・フォー・ジョージ』の映像が、初めて日本で劇場公開される。
この日の模様はコンサート全編を収めたディスク1と、ドキュメンタリーとして編集されたディスク2、2枚組のDVDとして2003年に発売された。今回上映されるのは後者にジョージの妻オリヴィアと息子ダニーからのメッセージを追加した〈コンサート開催記念20周年バージョン〉だ。筆者もDVDを何度も見てハイライトはすべて記憶しているつもりだったが、スクリーンで細部まで見ていくとそれまで見落としていたポイントにいくつも気付いたし、大音量で浴びるリマスター音源の臨場感にも唸らされた。確かにこれはシアターで”体感”すべき種類の記録映像だ。
しばしば”クワイエット・ビートル”と形容されたジョージだが、実際は非常に社交的なミュージシャン。『コンサート・フォー・ジョージ』にもジョージより2歳上の”ビートルズ登場以前”から活躍していたスター、ジョー・ブラウン(1941年生)から、アヌーシュカ・シャンカール(1981年生)まで、世代の上下に拘らず幅広いジャンルのゲストが次々に登場、顔の広さを伝えてくれる。
今は亡きロックスターたちの名演
ホスト役を務めるエリック・クラプトンが主役の曲以外にも、いずれ劣らぬ名演が盛り沢山。悲しいことだが、今は亡くなってしまったロックスターたちによる渾身の名演をとらえた映像作品という意味でも、本作の資料価値は高い。
まず、ジョージ、ボブ・ディラン、ロイ・オービソン、ジェフ・リンといった先輩たちと共にトラヴェリング・ウィルベリーズを結成して活動したトム・ペティは、ザ・ハートブレイカーズを従えて2曲で登場。ビートルズの『リボルバー』に収められた「タックスマン」でトムと息の合ったハーモニーを聞かせるギタリストが印象的だが、70〜80年代のハートブレイカーズしか知らない人が見たら「誰?」と思うかもしれない。彼はイギー・ポップ&ストゥージズやモーテルズを経てジャクソン・ブラウンなどのバックで活動していたスコット・サーストン。ハートブレイカーズのツアーにサポートメンバーとして帯同後、1999年から正式メンバーに昇格した、隠れた逸材だ。
そしてトム・ペティ&ザ・ハートブレイカーズにジェフ・リンとダニー・ハリソンが加わった「ハンドル・ウィズ・ケア」では、元メンバーは2名のみだがトラヴェリング・ウィルベリーズが復活! ジョージのパートをトム、ロイのパートをジェフが歌って埋めるが、それぞれ故人の特徴をとらえた丁寧な歌唱が胸に迫る。ここでは元気に歌っていたトムも、2017年に鎮痛剤の過剰摂取が原因で帰らぬ人となってしまった(享年66)。
故人の勇姿として忘れられないのが、「イズント・イット・ア・ピティ」(エリック・クラプトンとデュエット)と「マイ・スウィート・ロード」で力強いボーカルを見せつけるビリー・プレストン。ゲスト参加した『ゲット・バック』セッションで”5人目のビートルズ”としてマジックを起こし、1971年のチャリティ・イベント『バングラデシュ・コンサート』でも見せ場を作ったスベり知らずの男だ。演奏中は何も問題がなさそうに見えるビリーだが、この2002年に腎臓移植手術を受けた。しかし体調が思うように改善せず、心膜炎を患った後の2006年に他界した(享年59)。
劇場公開版ではリード・ボーカルを務めた「オールド・ブラウン・シュー」がエンディングのクレジットで音声が流れるのみにとどまったが、サイドで活躍するプロコル・ハルムのシンガー兼キーボード奏者、ゲイリー・ブルッカーにもご注目を。彼はプロコル・ハルムの前身となったR&Bバンド、パラマウンツ時代にビートルズのUKツアーをサポートしたのが縁でジョージと接近。ツアー中は共に”一服”するほど打ち解けた仲になったそう。そして『オール・シングス・マスト・パス』のセッションに参加したのを皮切りに、ジョージのソロ作に何度も客演する常連ミュージシャンのひとりとなった。90年代にはリンゴ・スター&ヒズ・オール・スター・バンドでもプレイ。晩年まで精力的に音楽活動を続けていたが、昨年がんのため亡くなった(享年76)。
娘のアヌーシュカ・シャンカールが指揮をした「アルパン」やジェフ・リンと共演した「ジ・インナー・ライト」では演奏こそしていないが、ラヴィ・シャンカールも登場。ジョージをインド音楽の深部へと導いた偉大なシタール奏者は、アヌーシュカやノラ・ジョーンズの実父。ジョージより20歳以上も年上だった”師”は長寿に恵まれ、2012年に92歳で亡くなった。
「最大の見せ場」と「影の功労者」
存命の友人たちで活躍が光るのは、やはりジェフ・リンだ。ほとんどビートルズを崇拝していた60年代、アイドル・レースの一員として活動していた時期に、運良く『ホワイト・アルバム』のレコーディングを目撃した貴重な体験の持ち主。ジョージの『クラウド・ナイン』にプロデューサーとして携わった後、トラヴェリング・ウィルベリーズで共に活動、そしてビートルズの復活シングル「フリー・アズ・ア・バード」をメンバーと共同でプロデュースするというミラクルを経験している。”外の血”も積極的に試したジョージによってビートルズ・ファミリーの一員に迎えられたことに対する感謝の念は人一倍強いはず。ボーカルを取った「アイ・ウォント・トゥ・テル・ユー」や「ジ・インナー・ライト」以外でも脇役としてダニーと共にサイドをしっかり固め、全体のまとめ役として機能しているのが一目瞭然だ。
エリック・クラプトンは「恋をするなら」でも「ビウェア・オブ・ダークネス」でも、彼の個性は普段よりかなり抑え、ジョージが残した楽曲に正面から向き合っている印象。特に「恋をするなら」での歌い方は、ここまで素直にビートルズ・ナンバーを歌う面もあるのか、と驚かせてくれる。ジョージに対するリスペクトを、”再生”という視点に徹することで示したかったのかもしれない。クラプトンはこの日の演奏について、DVDのブックレットで「僕はジョージと彼の音楽への愛をみんなと分かち合いたかった。彼のためというより自分自身のためにこのコンサートを主催したんだよ。追悼ライブという形で表現したかったんだ」と、率直にコメントしている。
そしてハイライトになるのは、やはり”元ビートルズ”たち。リンゴ・スターは、まずソロ作『リンゴ』に収められたジョージとの共作曲「想い出のフォトグラフ」を歌う。1971年に二人がカンヌ映画祭へ赴いたときの船上で一緒に書き始めたという、シンプルだが心に響くメロディを持つこの曲は、全米シングル・チャートNo.1を獲得。オリジナルのセッションに参加したジム・ケルトナーが後ろで叩いている点も感慨深いし、「(書いた当時とは)歌詞の意味が変わってしまったけど」というリンゴのMCも涙を誘う。
続いてリンゴが歌うのは「ハニー・ドント」。この曲を選んだのは、ジョージのお気に入りで交流もあったカール・パーキンスのカバーだからだろう。バックにはビリー・プレストンもいるし、アルバート・リーが弾くギター・ソロもご機嫌。リンゴに促されてピアノ・ソロを弾くゲイリー・ブルッカーの姿も見られる。
そして最大の見せ場を作るのは、もちろんポール・マッカートニー。クラプトンとの共演でイントロのピアノをポールが弾く「ホワイル・マイ・ギター・ジェントリー・ウィープス」は”本物感”が抜群で感動的だし、『ゲット・バック』セッションの模様が思い浮かぶ「フォー・ユー・ブルー」、そしてポールのボーカルが意外なほどマッチした壮大な「オール・シングス・マスト・パス」(クラウス・フォアマンがベース!)と、超強力なパフォーマンスが続く。そんな中、ジョージとのエピソードを話してからウクレレの弾き語りで始まる「サムシング」は、何気ないようで故人との結びつきを最も強く感じさせ、落涙を禁じ得なかった。ポールがアコギに持ち替えてバンドでの演奏が始まってからはクラプトンもボーカルを取り、そこにビリー・プレストンのオルガンが優しく寄り添う。そしてドラムセットに目をやると、そこにはリンゴの姿もある。
ウクレレはジョージの遺作『ブレインウォッシュド』にもフィーチャーされていた、彼を象徴する楽器のひとつ。ショウの最後をジョー・ブラウンの「夢で逢いましょう」で締め括る構成はやや意外だが、自宅でリラックスしてウクレレを弾いているときのジョージの姿がよみがえってくるようで、なかなか味があるエンディングだ。熱心なファンなら、ジョーが『ゴーン・トロッポ』『ブレインウォッシュド』に客演していたことを覚えているだろう。
いかにも英国人らしいゲストとして、モンティ・パイソンのスケッチがフィーチャーされていることも強調しておきたい。ジョージが運営していたハンドメイド・フィルムスの助力によって映画『ライフ・オブ・ブライアン』が公開までこぎつけたのは有名な話。2002年の時点では存命だったテリー・ジョーンズは2020年に、そして音楽担当メンバーとして登場したボンゾ・ドッグ・バンド〜ラトルズのニール・イネスも2019年に、それぞれ鬼籍に入ってしまった。
コンサートを振り返って、リンゴは「ジョージはこの晩、ステージにいるみんなと一緒にいた」とコメントしている。言い得て妙で、これだけ豪華メンバーが顔を揃えていても、聴後感として残るのは何よりもジョージが書いた柔和で温もりのあるメロディ。そうなるようジェフ・リン、レイ・クーパー、オリヴィア・ハリスンら制作陣が配慮した跡も窺える、コンセプトにブレがない優秀な音楽ドキュメンタリーだ。
また、トム・スコット、ジム・ホーン、アンディ・フェアウェザー・ロウや故ジム・キャパルディ(元トラフィック、2005年没)といった有名ゲストたちに囲まれて、ジョージのトレードマークであったスライド・ギターを違和感なく弾きこなしたジェフ・リン人脈のミュージシャン、マーク・マンの巧みなプレイにも拍手を送りたい。知名度は彼が最も低いはずだが、随所でジョージの味を存分に感じさせる名演を見せており、本作の影の功労者としてぜひ記憶してほしい人だ。
【関連記事】ジョージ・ハリスンとエリック・クラプトンの関係、『コンサート・フォー・ジョージ』という特別な夜
『コンサート・フォー・ジョージ』
7月28日(金)〜TOHOシネマズ シャンテほか公開
© 2018 Oops Publishing, Limited Under exclusive license to Craft Recordings
公開作HP:https://www.culture-ville.jp/concertforgeorge
『コンサート・フォー・ジョージ』公開記念冊子(来場者特典)
・8Pカラー 表紙:本作アートワーク/裏表紙:本秀康氏描き下ろしイラスト
・寄稿(水原健二・藤本国彦)・作品紹介
ピーター・バラカン トーク・イベント
2023年7月29日(土)19:00〜上映後、アフター・トーク
会場;TOHOシネマズ シャンテ
開映:19:00 トークショー:20:55予定(約30分)
トーク・イベント【第2弾】
2023年8月3日(木)TOHOシネマズ シャンテ
藤本国彦さん(ビートルズ研究家)x本秀康さん (イラストレーター) 対談イベント
19:00〜上映回の上映後にアフター・トーク 20:55スタート予定(約30分)
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