追悼シネイド・オコナー 不条理な世界と闘ってきたシンガーの必聴10曲
Rolling Stone Japan / 2023年8月3日 17時30分
シネイド・オコナー(Sinead O'Connor)はスタートからいきなり激しく燃え盛った。「自分の感情を表に出さないのがどんなに危険かを示すいい証拠が私かもね」と、ローリングストーン誌のマイカル・ギルモア記者に語ったのが1999年。この年、記憶に残る声を持つアイルランド人シンガーはセカンドアルバム『蒼い囁き』で国際的スーパースターになった。当時収録された楽曲は今もエネルギーに溢れ、56歳という若さで他界した今だからこそなお活き活きとして聞こえる。
彼女の過去の作品を掘り返せば、ヒット曲以外にも胸を打つパフォーマンスはまだまだ見つかるだろう。「長い間、自分の気持ちを表現できずにいた」と、先のインタビューで本人はこう続けた。「だから音楽が支えになったのね。音楽が何よりも強力なツールである理由もそこだと思う。誰かが表現したくてもできない感情を表現することができるから。激しさであれ、愛おしさであれ、感情を表現できずにいるときっといつか爆発する」。
「Nothing Compares 2 U」(1990年)
「私の中では、これは私の曲よ」とかつてオコナーは言った――彼女は正しかった。おそらく「Nothing Compares 2 U」は、プリンス以外のアーティストがプリンスの楽曲をオリジナルよりも見事に歌い上げた唯一の例だろう。史上最高の傷心バラードに、オコナーは一生分の苦悩を詰め込んだ。繊細な囁き声から一気に歌い上げ、アイルランドのブルーアイド・ソウルとしてはヴァン・モリソン以来の最高傑作。間違いなくキャリアを決定づける出世作だ。何もない黒をバックに、母親との辛い思い出を思い浮かべながら本当に涙をこぼすオコナーへカメラがズームしていくミュージックビデオもまた圧巻。-B.H.
「Drink Before the War」(1987年)
ティーン特有の怒りをたぎらせた当時15歳のオコナーは、何が何でもクリエイティビティを弾圧しようとする男性(彼女が通っていたキリスト系学校の校長であることが後に判明)をテーマに渾身の挽歌を書いた。15年後、ロック評論家のスティーヴ・モース氏とのインタビューでオコナーは、1987年のデビューアルバム『The Lion and the Cobra』の収録曲に今はもう共感できないと語った。「「Drink Before the War」は大っ嫌い」と本人。「なんかぞっとする」。それでもファンは、ささやかな抵抗を歌った歌詞に今も心を通わせる。「私たちが間違ってるとあんたは言う/自分たちの歌を歌ってはならないと」という囁きの後、カタルシスの波が押し寄せる。シネイドいわく、「自分の日記を読んでるみたいだわ」 -J.H.
「Mandinka」(1987年)
『The Lion and the Cobra』のジャケットに映し出された丸刈り頭は、たちまちオコナーを他とは違う存在にした。だが彼女のすべてがポップ界のルールを書き換えることになるのがはっきりしたのは、「Mandinka」だった。エッジの効いたギターと西アフリカのマンディンカ族にちなんだタイトルは、80年代ポップのカテゴリーには馴染まなかった。泣き叫びながら死を告げるアイルランドの妖精バンシーのようなコーラス部分は、当時類をみないサウンドだった。ロック史上もっとも妥協を許さないアーティストの到来を告げたのは、外見よりも「Mandinka」の切れ味鋭い歌声のほうだった。-D.B.
「The Emperors New Clothes」(1990年)
『蒼い囁き』の中でも異彩を放つアップテンポな楽曲――騒々しいと言ってもいいほどだ。だがテーマは決して明るいとは言えない。元恋人に宛てたと思われる痛烈かつ詳細な三行半は、オコナーを批判し続ける大衆に宛てたものでもあった――歌詞の中にもあるように、「大勢の人々が/こうしたほうがいいと余計なおせっかいを言ってくる」(後に本人いわく、実はU2に向けた反発だったそうだ)。当時オコナーはシングルマザーになったばかりで、この曲でも「妊娠による変化」に触れ、終盤にはきっぱりこう宣言する。「私は自分のポリシーで生きる/曇りなき良心を抱いて/穏やかに眠りにつく」。
「Black Boys on Mopeds」(1990年)
本人いわく、一度聴いたら耳から離れないこの曲を書いたきっかけは2人の黒人の少年だったそうだ。少年たちは人から借りたスクーターに乗っていたが、警察から盗んだと疑われ、追跡された末に衝突死した。数十年後、演奏中にオコナーも苦々しく語ったように、「イングランドには絶対住みたくなくなるような曲」だ。オコナーの作品でもとくに重みのある辛辣な主張がこめられたの曲のひとつ「Black Boys on Mopeds」は、シャロン・ヴァン・エッテンやフィービー・ブリジャーズ、最近ではシンガーソングライターのシェイ・ローズにもカバーされ、新たな意味合いを帯びている。Black Lives Matter抗議デモを契機に、まさにオコナーが30年以上前に扱った「警察の暴力」への関心が再び高まっている。-J.A.B.
「I Am Stretched on Your Grave」(1990年)
報われない情事を主題にしたアイルランドの伝統的な詩を「Funky Drummer」のループに乗せて読み上げながら、オコナーは「I Am Stretched on Your Grave」でこの世のものとは思えぬ声の力を総動員し、結果的に90年代初期の作品は時代を超える楽曲へとなった。「私のリンゴの木、私の輝き、2人でともに過ごした時間」というくだりを、これほど切に歌い上げるアーティストは他にいるだろうか? さすがはオコナー、他のヒット曲と同じ熱量、同じ存在感で1600年代の詩をみごとに歌い上げた。晩年コンサートのクライマックスを飾ったのがこの曲で、時にはうっとりするアカペラで演奏された。2012年、ホイットニー・ヒューストンが他界すると、オコナーはわずか数週間後にこの曲を捧げた。-S.V.L.
「The Last Day of Our Acquaintance」(1990年)
唄い出しから穏やかなギターの爪弾きと囁くような声でリスナーを惹きつけた後、ギターとパーカッション、力強いコーラスが炸裂する「The Last Day of Our Acquaintance」は、セカンドアルバムの中でもっとも感情をかき乱される1曲だ。最初の夫でプロデューサーのジョシュア・レイモンド(この曲でも演奏し、オコナーとはキャリアを通じてコラボレーションした)と離婚する前年にリリースされたこの曲は、恋愛関係の終わりの物語。後に元恋人となるカップルが「他人のオフィスで再会」するが、「あなたは私の話を聞こうともしない」とオコナーは歌う。だが曲が展開するにつれ、そんなことはどうでもよくなる――彼女の誠実さ、反抗心、純粋な声が、別離の痛みを解放と前進という固い決意に変えていく。-S.P.
「All Apologies」(1994年)
1994年は誰もがカート・コバーンを悼んでいたかのようだった。その中には、コバーンが憧れていたニール・ヤング(アルバム『Sleeps With Angels』をコバーンに捧げた)やパティ・スミス(後に「Smells Like Teen Spirit」をカバー)の姿もあった。だがオコナーはコバーンの死からわずか数カ月後に「All Apologies」を全身全霊で歌い、一二を争う感動的なトリビュートソングを世に送り出した。彼女のバージョンはオリジナルよりもシンプルで、「塩の巣窟を見つけて/全部僕が悪いんだ」という歌詞の切なさを、ありえないほど繊細なボーカルで表現した。1994年にリリースされたアルバム『Universal Mother』に収録されたこのカバー曲は、彼女が手がけた別のアーティストのカバー曲に比べると影が薄いが、オコナーが亡くなった今、より一層胸にしみる。-A.M.
「Thank You for Hearing Me」(1994年)
オコナーのベストアルバム『Universal Mother』に収録され、ピーター・ガブリエルとの束の間の恋から着想を得たと言われる伸びやかなこの曲は、おそらくもっとも円満な別れを歌った曲といえるだろう。どのバースも同じ歌詞――「付き合ってくれてありがとう」「一緒にいてくれてありがとう」など――が繰り返され、さながら讃美歌のような印象を与える。そこへシネイドの穏やかな歌声が加わり、内省的で円熟した雰囲気が漂う。苦々しい思いは一切なし、感謝の気持ちにあふれた別離の曲だ。D.B.
「No Mans Woman」(2000年)
怒り、それも抑圧されて怒りを吐き出すことはオコナーの得意分野。2000年にリリースされた『Faith and Courage』に収録されたこの曲で、彼女は正論をぶちまける。「私には他にやりたいことがある/こんなところまではるばるやって来たのは/つまらない男の女になるためじゃない」 だが美しいヒップホップ調から胸の内を吐露するコーラスに移ると、「No Mans Woman」はタガが外れた暴徒と化し、オコナーは困惑を乗り越えて音楽の中に美と解放を再び見出す。-D.B.
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