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ワイズ・ブラッドが語る、地獄のような時代にノスタルジックな音楽を追求する理由

Rolling Stone Japan / 2023年7月31日 18時55分

ワイズ・ブラッドことナタリー・マーリング(Photo by Masato Yokoyama)

フジロック2日目のRED MARQUEEに登場し、神秘的なパフォーマンスで観客たちを魅了したワイズ・ブラッド(Weyes Blood)ことナタリー・マーリング。その数時間後には、古くからの友人であるキャロライン・ポラチェックとの夢の共演でも話題を集めた。

『Titanic Rising』(2019年)、『And In The Darkness, Hearts Aglow』(2022年)という直近2作のアルバムで大きく躍進。ノスタルジックな作風で知られるが、かといって単なるレトロ風味のシンガーソングライターではない。「ノーマルに聴こえるけどクレイジーなサウンド」が目標だと語る彼女のバックグラウンドは広大な銀河が広がっている。フェス出演前の彼女にインタビューを実施し、会場の苗場スキー場で撮影を行った。

【写真ギャラリー】ワイズ・ブラッド フジロック撮り下ろし(全12点)

ーよろしくお願いします。

ナタリー:あら、スパークス!(筆者がPCに貼ったステッカーを目にして)

ー好きなんですか?

ナタリー:ええ。ずっと音楽を続けていて、面白い曲を作っているところが好き。

ーわかります! 「長く続ける」というのはご自身にとっても大切なポイントですか?

ナタリー:うん、「忍耐強くあるべき」っていう考え方は好き。たとえ早い段階でヒットしなくても、それでも活動を続けるっていうのは、つまり自分たちのために音楽をやっているっていうことだから。

ーあなたの歩みもまさしくそうですよね。その点でロールモデルと言えそうな存在は?

ナタリー:私は救済(redemption)という考え方が好きで、レナード・コーエンが亡くなる前、ツアーについて語ったことがとても印象に残っている。というのも、彼はずっと修道院にいたから、自身の存在の偉大さや、音楽の世界に戻って大きなショーをすることがどれだけ重要なことか自分で気づいていなかった。そんな彼の生き方は、とてもエモーショナルだと思う。


Photo by Masato Yokoyama

ーこの前にキャロライン・ポラチェックを取材してきて、あなたと古くからの友人で、フジロックが終わったら一緒に旅行する予定だと教えてもらいました。彼女とはいつ頃、どのように知り合ったのでしょうか?

ナタリー:彼女がチェアリフトにいた時に、音楽友達を通してニューヨークで知り合って。だから最初に知り合ったのは10年くらい前かな。それから、Ramona Lisa(キャロラインの2014年頃のソロ名義)として活動しているときに仲良くなった。で、彼女がロサンゼルスに引っ越してきたこともあって関係も近くなったの。

ー過去に何度か共演していますよね。キャロラインと共演するのはどんな気分ですか?

ナタリー:とても楽しかった! 彼女のライブに出た時に、たくさんの人が私を知っていて、歓声を上げてくれたことにびっくりした。彼女のショーはとても素晴らしいし、お互いのことを理解しているから、過度に緊張することもなかった。家族のメンバーと演奏したような感覚だったな。

ーキャロラインのアーティストとしての個性について尋ねられたら、どのように説明しますか。

ナタリー:彼女はミュージックスクールの優等生という感じで、プロダクションにおけるコアな部分を変えていく存在。どこか謎めいていて、サイバーファンタジー・ユニバースのような自分の世界観を持っていて、その表現方法もとてもオープンに感じる。強さと寛大さを持った人。ずっと素晴らしい音楽を作り続けていて、キャリアにおいて彼女が(最新アルバムで)新しいチャプターを迎えたことも刺激になっている。

ーあなたのキャリアにおける「新しいチャプター」はいつ頃でしょう?

ナタリー:『Titanic Rising』が私にとっての新しいチャプターになると思う。それまではアンダーグラウンドで活動してきて、できることにも限りがあった。『Titanic Rising』を通して、可能性のドアが少し開いたと思う。



ーそのアルバムに収録された「Andromeda」は名曲中の名曲ですよね。ここではどのような音楽を作ろうとしたのでしょう。

ナタリー:作り始めた当初は、別に意気込んでいたりしなかった。薄汚れてカビっぽい、230平方フィート(6.5坪)の小さなバンガローでギターを片手にただ座って「ほら、曲を作るのよ。ここから抜け出すために」って自分に言い聞かせていた。あの頃はバリー・ギブやビージーズを聴いていて、ポピュラーソングのようなグルーヴ感を含みつつ、私の独特なコードを取り入れた曲を考えようって思ったの。何も特別なことをしようとしていたわけじゃなくて、アルバムの収録を終えて聴いてみたら、結果的に「Andromeda」は際立っていた。

ー「Andromeda」は歌詞もいいですよね。曲の主人公は解き放たれたようにも、いまだに縛られているようにも感じられるのですが、ご自身の解釈は?

ナタリー:ギリシャ神話に出てくるアンドロメダは岩に鎖で縛りつけられていて、誰かの助けを待っていた。恋愛に当てはめると、それって危険な構図だと思う。誰かに救われない限り、自分は救われないという考え方はうまくいかないというか……。愛は相互的なものであって、一方的に救いを求めることではないと思うんだよね。


Photo by Masato Yokoyama


Photo by Masato Yokoyama

ーあの曲のような美しいメロディはある日、突然ひらめくものなのでしょうか?

ナタリー:私は曲っぽいもの、意味があるかどうかすら曖昧なものを作ろうと思っているだけ。「A Lots Gonna Change」(『Titanic Rising』収録)を作った時は何時間もコード進行を考えたから達成感のようなものがあったけど、「Andromeda」みたいに収録されるまでその魅力に気づかない曲もある。何かの力がはたらいて、突然美しい曲が生まれることもあるみたい。

ーメロディをひらめく瞬間というのは音楽家にとってのブラックボックスとも言えそうですが、あなたの場合は突然降ってくるわけですか。

ナタリー:とりあえずギターを弾くこと。頭で考えるんじゃなくて、まずは音を出してみる感じかな。

ーあなたにとっての究極のメロディとは?

ナタリー:たくさんある! たとえばホーギー・カーマイケルの「Stardust」。私はオールドクラシックのクルーナーの曲(ゆっくりなテンポでささやくように歌う)が好き。「Love Is a Many-Splendored Thing」とかね。あとはエタ・ジェイムズ。オールドクラシックの曲には、コードチェンジとセンチメントな歌詞に鍵となる関係性があると思う。

それからジョージ・ハリスンも大好き。「Long, Long, Long」「While My Guitar Gently Weeps」とか。彼のコードチェンジからは、どこかに悲しさの表情を感じる。幼い頃はビートルズの曲が好きだったんだけど。いつも新しい音楽を探してるわ。好きなメロディがありすぎて、どれか一つを選ぶことはできない。




ー自分が書いたメロディの中でベストだと思う曲は?

ナタリー:うーんと.....「Something to Believe」かな。メロディと歌詞がうまくマッチしているから。アウトロが映画のエンディングのようで、私が表現したい雰囲気と合っていた。新しいアルバムなら「It's Not Just Me, It's Everybody」のメロディは特に気に入っている。




アバンギャルドとポストモダン

ー前回のインタビューで「ミュージシャンだった父のおかげで、XTCの音楽と出会えたことに感謝している。彼らがお気に入りだったなんて、父も本当に変わっていたなと思った」と話していました。やっぱりXTCというバンド、もしくはXTCを聞く人は変わり者なんでしょうか?

ナタリー:(笑)私の父はとてもニュー・ウェイヴに入れ込んでいた。70年代前半に高校を卒業して、10代後半を迎えるあたりでトーキング・ヘッズに出会ったのをきっかけにね。私はXTCのことを「カラフルで風変わりなバンド」だと認識していたからそう言ったんだと思う。母はもっとクラシックな人で、ジョニ・ミッチェルが大好きだった。

ーXTCは日本で根強い人気があるんですよ。

ナタリー:そうなんだ!

ーお気に入りの曲やアルバムは?

ナタリー:一番よく聴いているのは『English Settlement』で、収録曲でいうと「Runaways」と「Ball and Chain」。あと、「Green Man」(『Apple Venus Volume 1』収録)は後期の作品だけどすごく良い曲だと思った。



ー『English Settlement』はリズムの作りも凝ったアルバムですが、あなたが音楽を作るうえでリズムはどのくらい重視していますか。

ナタリー:私の音楽にとって、リズムはとてもシンプルなもの。信頼できるドラマーを見つけるか、ドラムマシンを使う。「Grapevine」(最新アルバム収録)みたいに、たまに複雑なリズムを思いつくこともあるけど、ドラマーの演奏を聴いてリズムを掴むことが多い。私は複雑さを意識していないし、あえて作ろうとしたこともない。

ーメロディ、リズムと話してもらったので、ハーモニーの哲学も教えてもらえますか。

ナタリー:合唱団に所属していたことがあるから、ハーモニーについてはベースのアイディアがあって。メロディやハーモニーは簡単に思い浮かぶの。私はクレイジーなコードを合わせるというよりは、ナチュラルに聴こえる音でありつつ、音楽の域を広げられるようなサウンドを作りたいと思っている。いかにも「これが自分がやりたかったサウンドだ!」って主張するような変わったメロディを作るのは簡単。ノーマルに聴こえるけど、コードはクレイジーなサウンド、それが私の目指すゴールね。


Photo by Masato Yokoyama


Photo by Masato Yokoyama

ー2006年にソロ活動を始める前後に、アバンギャルドなシーンで活躍していた時期があったそうですよね。その頃に体験した印象的なエピソードを聞かせてください。

ナタリー:ツアーがとても楽しかったことを覚えてる。小さなステージを渡り歩きながら交流するコミュニティがあったの。「一晩中レコードを聴くから泊まっていきなよ、良いバンドを教えてあげる」っていうように、みんなとの距離も近かった。パフォーマンスに関しても、何もかも自由。毎晩同じセットを30日間演奏する今の状況とは違って、毎晩違うセットにしてもよかった。小さなコミュニティゆえの自由と「古き良き価値観」みたいなものが良い交流をもたらしてくれた。今と当時ではバンドの関係性も違って、昔みたいに友達と一緒に過ごして、いつも新しい出会いがあるっていう感じではなくなったかな。

ー前衛的といえば、あなたも過去に在籍したジャッキー・オー・マザーファッカーが2000年代後半ごろに来日したとき、フォーキーかつ混沌とした即興演奏を延々続けていたのが印象的でした。あのバンドに参加したことでどんなことを学びましたか?

ナタリー:インプロビゼーションの魅力について学んだ。毎晩ステージ上で繰り広げられる即興のエネルギーに、一度きりの夜、どこに向かうかわからない状況で演奏するための精神面での強さ。彼らはとても刹那的な態度で取り組んでいて、これなら私にもできるかもしれないと思ったの。



ーあなたが出会ってきたなかで、もっともアバンギャルドなアーティストは?

ナタリー:Usurperっていうバンドがいるんだけど、コンタクトマイクに布巾みたいなものを被せて大きな音をさらに増幅させようとしていて、「一体、何してるんだろう……」って釘付けになったわ。あと、ラナ・デル・レイは完全にアバンギャルド。彼女はメインストリームのポップスターだけど、やりたいことを突き詰めて実験している。私は「ノイズミュージシャンかぶれ」なんかよりも、彼女はずっとラディカルだと思ってる。大事なことは、いかに自由であるか、挑戦する意欲があるか、どれだけ実験的であるかじゃないかな。



ラナ・デル・レイとワイズ・ブラッドの共演曲「For Free」

ーあなたはソングライターとしてジョニ・ミッチェルと比較されるほどの評価を確立していますが、その一方でアルバムを聴くと、斬新なサウンドを生み出すことへの野心も伝わってきます。今も自分のなかで実験精神を大切にしていると言えそうですか?

ナタリー:ええ、もちろん。それはレコーディングやプロダクションのスタイルによって違う形で生まれると思う。かつて、ジョニはスタジオであらゆる実験をしていて、とても革新的な存在だった。私たちの世代は、エレクトロニックミュージック、ポストモダニズムといった多くのことが起こったあとに、さらに新しい何かを追求する必要がある。ビョークを例に挙げると、X世代の彼女はそれをやってみせた。ミレニアル世代の私たちは今興味深い状況にいて、行き過ぎてしまった世の中においてノスタルジーをどう扱うか、その葛藤と戦っている。私はノスタルジーを意味のあるものに連れ戻したいと思っている。だって毎晩叫んで発狂しても、私たちの世代に連帯感をもたらすことはできないんだとわかったから。だから、この地獄のような場所で何か意味を探すために、私たちの世代は曲を作っていると思う。

ー今おっしゃってくれた音楽観は、今日の社会状況にもそのまま当てはまると思いますか?

ナタリー:残念なことだけど現在、私たちに希望のある選択肢は残されていない。だからといって、今を否定して過去に状況を戻そうとすることで問題が解決されるわけでもない。私は、過去と現在の中間地点を探すことが大切だと思っている。私自身、行き過ぎたポストモダンを望んていないし、親世代の生活を見て育ってきたからその頃に対する憧れもある。さらには、今からまったく新しい様式の社会にするのも無理があると思う。過去にすがるのでもなく、否定するのでもないバランスを見つけることが鍵になるんじゃないかな。「もう出産も、結婚も、独立した生活もやめて、みんな同じ方法で暮らそう」なんて言えないし、事実そんなことはできないと思う。環境問題の解決には繋がるかもしれないけどね。 

ーそうなると、この先に訪れる未来をポジティブに捉えるべきなのか、それともネガティブに捉えるべきなのか。

ナタリー:私は避けられない未来をポジティブやネガティブという視点で捉えないようにしている。世代ごとに考え方は変わって、それに応じて価値観も変化するわけで、重要なのは良し悪しではなく、物事にどう反応するか。私はそのことについて意識的でありたいと思っている。今の状況を受け入れて、その上で前向きに行動していきたい。「仕方ないから諦めて、バケーションでも行こう」って逃避したくはない。それから「世界を救うのは個人の責任」という資本主義の概念に対して懐疑的になること、現実問題として向き合う必要があるんじゃないかな。自己責任として考えて、自分を責めすぎないことが必要だと思う。 ニューエイジとスピリチュアリティ

ーインタビューでたびたびエンヤに言及していますよね。彼女はどんな点がスペシャルだと思いますか?

ナタリー:エンヤはとても挑戦的だと思う。アイルランドで「伝統音楽を作ろう、シンセサイザーを使って」っていうところがね。それから彼女の曲には、ギターソロやドラムサウンドはみあたらなくてフェミニンな部分を保ち続けていた。彼女は彼女であり続けているし、そのことが世界規模での大ヒットにつながった。彼女の姿勢はまさに音楽の基盤のようなもの。伝統的であり、かつ現代的でもある。その二つをとても良い形で結びつけたんだと思う。



ーあなたの曲のなかにも、ニューエイジ風のシンセサイザーがたびたび使われていますよね。先ほど話したような困難な時代を生きていると、あのサウンドに「癒し」を感じとっているリスナーもたくさんいそうな気がします。

ナタリー:ええ。みんな癒しを必要としていると感じる。近年アンビエントに注目が集まっているのも、そのことが強く関係しているでしょうしね。

ーニューエイジという音楽はスピリチュアルな思想と切っても切れない関係にあり、そのことが批判の対象にもなってきたわけですが、あなたはスピリチュアルというものに対してどのように向き合っているのでしょうか?

ナタリー:いい質問ね。私自身、特に固執している考えがあるわけじゃないけれど、スピリチュアルなものを否定するんじゃなくて、存在するものとして受け入れている。だって、そういったものは定義するのが難しいし、スピリチュアリティは科学で定義できないでしょ? ただ、世間のムードとして、それをネガティブに捉える意見もあって、例えば、自分で説明できないことを目の前にしたとき「この人はおかしい」と言ったり、何も信じないといった態度をとる人もいる。そのことを残念に思うわ。この宇宙で意識的な生物は人間だけだと考えることはとても傲慢な考え方だし、世界は理解できないことで溢れている。だから、スピリチュアリティはたしかに存在して、時間軸や線で描かれないものの存在が認められているのだとすれば、それは科学的にスピリチュアリティが証明されているような物だと思う。


Photo by Masato Yokoyama


Photo by Masato Yokoyama

ーあなたのパフォーマンスを観ていると、なんというか神々しいものを感じます。自分のステージを通してどのようなことを伝えようとしているのでしょうか?

ナタリー:スピリチュアリティが否定されている今、私はその可能性を取り戻そうとしている。理解の域を超えるものの存在を信じてもいいんじゃないかって。それと、消費資本主義はスピリチュアリティの代わりにはなれないということ、エンターテインメントより魅力的なものがあるっていうことを証明したい。みんなの考えをコントロールしたいわけじゃないし、意図的にスピリチュアルなことをしようとしているわけでもない。ただ、純粋な気持ちが伝わっているんだと思う。

ーこれまでやってきたライブで、深く印象に残っている出来事は?

ナタリー:ライブの最後の曲をみんなと歌って別れの歓声を聞いたときとか、自分がやっているのはパーティーミュージックでもないのに、まるでパーティーのようなムードが生まれているときはとてもワクワクする。フェスといえば、大音量でアップビートでしょ? 私のセットはローキーの曲が多いから、お客さんも休憩を兼ねて来ているだろうから(笑)。

ー自分でフェスを主催するとしたら、どんなアーティストを呼んで、どんなものにしたいですか。

ナタリー:キンクスのレイ・デイヴィスを呼びたい。彼はヘッドライナーにぴったりでしょ? それからキンクスのリユニオン! あとはジョックストラップにも出てほしい、好きなバンドなの。もちろんキャロラインもね。それから、ブロードキャストのトリビュートバンドをやりたい。私が(亡くなったボーカリストの)トリッシュ・キーナン役をやるわ。会場は絶対に野外がいい! 湖か川を泳いだりするのはどう?

【写真ギャラリー】ワイズ・ブラッド フジロック撮り下ろし(全12点、記事未掲載カットあり)


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