続・J-POPの歴史「新しいバンドたちが新しい扉を開けた1994年と95年」
Rolling Stone Japan / 2023年8月14日 6時50分
音楽評論家・田家秀樹が毎月一つのテーマを設定し毎週放送してきた「J-POP LEGEND FORUM」が10年目を迎えた2023年4月、「J-POP LEGEND CAFE」として生まれ変わりリスタート。1カ月1特集という従来のスタイルに捕らわれず自由な特集形式で表舞台だけでなく舞台裏や市井の存在までさまざまな日本の音楽界の伝説的な存在に迫る。
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2023年7月の特集は「田家秀樹的 続90年代ノート」。「J-POP LEGEND FORUM」時代に放送した「60年代ノート」「70年代ノート」「80年代ノート」の続編として、今年5月に特集した「田家秀樹的90年代ノート」の続編で、よりパーソナルな内容の90年代特集。PART3は、1994年、1995年のヒット曲10曲をピックアップする。
こんばんは。「J-POP LEGEND CAFE」マスターの田家秀樹です。今流れているのは、EAST END×YURI「DA.YO.NE.」。94年8月発売、彼らのデビューシングルですね。日本のヒップホップ初めてのミリオンセラー。今日の前テーマはこの曲です。
EAST END×YURIは90年結成、92年にデビューしたヒップホップグループEAST ENDに、東京パフォーマンスドールのYURIさんが加わって誕生したユニットですね。EAST ENDのラッパーは今もソロで活躍しているGAKU-MC。彼らのステージやレコーディングには、94年に結成されたRIP SLYMEのSUさんも加わっておりました。EAST END×YURIの結成を進めたのがファイルレコードの佐藤善雄社長だった。シャネルズ、ラッツ&スターの低音担当ですね。EAST END×YURIのレコード会社はシャネルズ、ラッツ&スターのエピックだった。そういう流れだったんだと思いました。
95年2月に出た2枚目のシングル『MAICCA〜まいっか』もミリオンセラーですね。「DA.YO.NE.」はミリオンだったんですけど年間チャートは33位で、『MAICCA〜まいっか』は年間23位。セールスは『MAICCA〜まいっか』のほうが上だったんですが、歴史的という意味でこの「DA.YO.NE.」にしました。「DA.YO.NE.」の関西弁バージョン「SO.YA.NA」っていうのも出ましたね。ピチカートファイブ、ORIGINAL LOVE、フリッパーズギターと、続いて90年代、渋谷系、ヒップホップ黎明期でもありました。そんな中で生まれたスタンダードをもう1曲を聞いていただきます。
94年3月発売、小沢健二 feat. スチャダラパー「今夜はブギー・バック (Nice Vocal)」。91年に解散したフリッパーズギターの小沢健二さん、そして90年にデビューしたスチャダラパーとのコラボレーションですね。同じ発売日に違うレコード会社から、スチャダラパー featuring 小沢健二「今夜はブギー・バック (smooth rap)」というのも出ましたね。そういう二つのレコード会社から同じ曲を出す。これを仕掛けたのは、EMIにいたプロデューサー近藤雅信さんでしたね。
関西のバンドという存在感を強烈に印象づけられた人たちの曲を2曲お送りしようと思います。
1週目でNHKが「BSヤングバトル」という全国のバンドコンテストを90年に始めたという話をしましたが、1回目の優勝がGAOですね。そして2回目の優勝がシャ乱Q「ラーメン大好き小池さんの唄」。92年にメジャーデビューしたんですね。当然そういう番組で優勝したわけですから争奪戦が展開されて、シンガーソングライターのKANさんが所属していたアップフロントが獲得しました。
でも94年ですからね。もうバンドブームは衰退の一途、むしろ逆風ですね。トレンディドラマとラブソングの時代。これは先週のテーマでもありましたけど。シャ乱Qもなかなかヒットが出なくて、初めてのヒットが4枚目のシングル94年1月の『上・京・物・語』。これは契約打ち切りの危機の中で発売されて、その後の94年10月の『シングルベッド』が1年以上のロングセラーでミリオンを達成した。片や、トレンディドラマの主題歌がミリオンを記録しているときに演歌の曲のように1年以上かかって飲み屋さんとかスナックとか有線でじわじわ広がってミリオンになったんですね。
そういう背景を受けて、この「ズルい女」が登場した。かっこいいですよね。ファンク、歌謡ダンスミュージックという感じがありますね。94年はMr.Childrenの「innocent world」が年間チャート1位を獲得したという歴史的な年でもあったんですけど、そういう若者たちのメッセージとは違う泥臭さ、生活感、庶民性、これは関西のバンドじゃなかったら歌えなかっただろうなという曲でした。
もう1曲、そういうシンボリックな曲。典型のような曲をお聞きいただきます。この曲聞いたときはひっくり返りました。94年8月発売、ウルフルズ4枚目のシングル「借金大王」。
94年8月発売、ウルフルズ4枚目のシングル「借金大王」。アルバムも同じ8月に出た2枚目のアルバム『すっとばす』ですね。
これびっくりしましたね。ツイストですからね。踊りながらこれを歌うっていうセンス。借金は上田正樹さんが歌ったりしてましたけど、こういうお笑いの感じがクレイジーキャッツと思ったんですね。植木等かトータス松本かと思いました。ユニコーンもクレイジーキャッツの系譜を引いてるなと思ったりしてましたけど、ユニコーンはバンド全員の音楽的な遊びがありましたけど、このウルフルズのナンセンスさはそういうのを超えてました。「すっとばす」の映像にもびっくりした。関西のどっかの商店街でしょうね。みんな股間を押さえて商店街を行進している。おばさんたちがあっけに取られて見てて、演奏シーンもない。あの映像が流れたときには唖然として、面白いなこいつら、と思いました。
バンド結成が88年で、92年「爆発オンパレード」でデビュー。94年に伊藤銀次さんがプロデューサーに加わって、特訓したんですね。スタジオで泣きながら弾いてたという時期がありました。アルバム『すっとばす』には、大瀧詠一さんの「びんぼう'94」が入ってた。伊藤銀次さんですからね。大滝さんをやればウルフルズはブレークすると思ってるんでしょう。
95年5月に『大阪ストラット・パートII』が出て、その年の12月に『ガッツだぜ!!』が発売になって、彼らは全国区になるんですね。初めて見たのは日大文理学部の学園祭。なんで彼らを見に行ったかというと、当時キャンパスチャートっていうのが割と脚光を浴びてて、そのチャートで聞いたことない名前が上がっていた。ウルフルズ、妙な名前だなと思って見に行ったんですよ。それでびっくりしちゃった。アルバム『バンザイ』が出るのが96年1月ですからね。これから面白くなるというときに見ることができた。そんなバンドでしたね。
90年代に入ってちょうど5年目ですね。やっぱりみんないろんな転機を迎えてるときで、次の人たちは日本の夏を歌うようになって、5年目で最大のヒットが出ました。
94年5月発売、TUBEの「夏を抱きしめて」。この曲は94年の年間チャート21位。21位でもミリオンセラーだった。そんな年です。デビューが85年で、初めて日本の夏をテーマにしたのが「あー夏休み」、これが90年ですからね。88年から横浜スタジアムのライブを始めて、91年から甲子園球場、92年からナゴヤ球場。TUBEのスタジアムコンサートは夏の風物詩として定着していく、そんな90年代でした。
THE BOOM、95年3月発売のシングル『風になりたい』。アルバムは94年11月に出た『極東サンバ』でした。
80年代にデビューした人気バンド、自分探しというのはこの頃ですね。ユニコーン、ジュンスカ、THE BOOMという、PATi PATiの人気3バンドと言っていいでしょうけど、それぞれが変わっていきましたね。ユニコーンはメンバーがそれぞれ自分たちのオリジナリティをぶつけるという形で、脱力系・お遊び系という新しいナンセンスさを獲得した。THE BOOMはもうちょっと生真面目に音楽をやってましたね。90年の3枚目のアルバム『JAPANESKA』で沖縄音楽に出会って、92年に「島唄」が生まれたんですね。でも宮沢さんは沖縄にとどまってなかった。さらに南下して、ブラジルにたどり着いた。
『極東サンバ』の共同プロデューサーは、チト河内さんとモーガン・フィッシャーだった。チト河内さんは元GSのザ・ハプニングス・フォー、それから新六文銭、トランザムのドラマーですね。THE BOOMのドラムの栃木孝夫さんのドラムの先生でした。モーガン・フィッシャーは元モット・ザ・フープルのキーボードだった。これ今回改めて気づきました。この『極東サンバ』はブラジル音楽をやりましたっていうところにとどまってなかったですね。「風になりたい」は日本発のサンバを作りたいということで作った曲ではあるんですけど、日本で流行ってる音楽が地球をぐるっと反対側に回って、こういう形になった。音楽の通底、実験のように思えたんですね。このアルバムは面白かったですね。ブラジルツアーを行った最初のロックバンドがTHE BOOMだったんじゃないでしょうか?
次の曲の入ったアルバムはロンドンで制作されました。布袋寅泰さん、94年6月発売『GUITARHYTHM IV』から「さらば青春の光」。
94年6月発売、布袋寅泰さんのアルバム『GUITARHYTHM IV』から「さらば青春の光」。布袋さんの曲の中で、間違いなく僕はこの曲が一番好きですね。これはいい曲だなと改めて今も思っております。シングルで出たのが93年ですね。布袋さんがロンドンに滞在して各地を旅しながら作ったアルバムが『GUITARHYTHM IV』だった。「さらば青春の光」という映画がありましたね。ザ・フーの『四重人格』を基にした青春映画。舞台になったのがイングランドのブライトンという港町。モッズの記念碑と呼ばれてる映画ですね。
『GUITARHYTHM』は88年に1作目が出て、テーマがありました。ギターとコンピュータの融合。でも『GUITARHYTHM IV』はそこから離れて、もう少し青春の色、人間の色、街の色とか、そういうものが表れてるアルバムで。この曲が、その中に入ってました。95年3月、阪神淡路大震災のチャリティーコンサートが武道館であったんですよ。そこに氷室さんと布袋さん、2人ともソロで出たんです。武道館で顔を合わせることはなかったんですけど、同じ武道館の会場に2人がいたということだけで話題になった、そういう時期ですね。
95年、氷室さんは自分のレーベルを設立して、ポリドールに移籍して初めてのバラードシングル『魂を抱いてくれ』を出した。そんな年でした。90年代半ばにピークを迎えた人、ご紹介します。松任谷由実さん「春よ、来い」。
94年11月発売、松任谷由実さんのアルバム『THE DANCING SUN』の中の「春よ、来い」。シングルは94年10月に発売になりました。ウィークリーチャートはもちろん1位で22週間チャートインしていた。ミリオンセラーを達成しましたね。
さっきピークとあえて申し上げたんですけど、ユーミンにピークはないわよと思われた方もいらっしゃるでしょうね。そして彼女のピークはいつかと聞いたときの答えも皆さん違うんじゃないかと思うんです。70年代っていう方もいらっしゃるでしょうし、80年に『守ってあげたい』がでて、その後に訪れた第二次ユーミンブームのときという方もいらっしゃるでしょう。でもセールス的には90年代前半なんですね。93年に『真夏の夜の夢』が出て、94年7月に『Hello, my friend』が出て、この「春よ、来い」とシングルが3作続いて全部1位になって、全部ミリオンセラーになった。セールス的な意味でのピークと思っていただけると助かるんですが。シングルチャート1位は75年『あの日にかえりたい』だけでしたからね。そして、アルバムで最も売れたのが、この曲の入った『THE DANCING SUN』だった。そういう中で、あえてピークというふうに申し上げました。
大御所が存在感を見せつけたのが94年95年でもありますね。全くそういう今までのご紹介したアーティストとは違う活動の先頭に立ったのがこの人でした。泉谷しげるさん「It's gonna be ALRIGHT」、95年のアルバム『追憶のエイトビート』からお送りします。
泉谷しげるさんの95年のアルバム『追憶のエイトビート』の中の「It's gonna be ALRIGHT」。93年に北海道南西沖地震、通称奥尻島地震がありました。泉谷さんは札幌でチャリティーコンサートを行ったんですね。で、94年に雲仙普賢岳が噴火しました。長崎で「メッセージソングの日」というコンサートを行って、その流れで「日本を救え!!」というスーパーバンドを作りました。武道館コンサートもありました。95年1月に阪神淡路大震災が起きて、泉谷さんは全国ゲリラライブ「お前ら募金しろ!」というストリートのライブを展開しましたね。
「メッセージソングの日」があったときに、『メッセージ・ソングス』というアルバムを出して、その中に「黒い波」って曲もあったんですね。被災地で無神経に取材しているメディアに対しての怒りをぶちまけていて、「お前らこそ 黒い波にのまれちまえ」って本当に激しい歌だったんですが、「It's gonna be ALRIGHT」は、そういう曲ではなかったですね。とっても優しくて、大丈夫だよと。阪神・淡路大震災に印税が全部寄付されました。天災と自然災害に翻弄される今の日本列島。この辺から始まったのかもしれませんね。
チャリティーという概念が定着していったのが90年代前半、特に94年95年だった気がします。大物同士の、そんなコラボレーションをお聞きいだだきます。95年1月発売、桑田佳祐&Mr.Children「奇跡の地球」。
95年1月発売、桑田佳祐&Mr.Childrenで「奇跡の地球」。この曲は95年の年間チャート7位なんですね。93年12月から「Act Against AIDS」というチャリティーイベントが始まりました。1回目の武道館、桑田さんが中心でしたけども、泉谷さんも駆けつけてました。さっきお話した泉谷さんの札幌奥尻チャリティーコンサートには桑田さんとか、清志郎さんとか、小田和正さんが応援に駆けつけたんですね。
「奇跡の地球」はこの「Act Against AIDS」の一環として生まれました。プロデュースしたのが小林武史さんですね。小林武史さんは2000年代に入って、Mr.Childrenの桜井さんや坂本龍一さんたちとap bankという低利子融資団体を発足するんですね。そうやって音楽が繋がっていくんだという一つの例でしょう。
流れてるのはこの番組の後テーマ、竹内まりやさんの「静かな伝説」。
1週目に80年代後半からのバンドブームという話をして、2週目がラブソング全盛。今週はその後の転機にあたりますね。90年の年間チャート1位がMr.Children『innocent world』だった。新しいバンドがこのへんから主流になってくるんですね。80年代の終わり頃にバンドを組んで、90年代前半にデビューして、ある種の試行錯誤があって、そういう人たちが一気に新しい扉を開けるという時期ですね。これは5月にもお話したんですけど、小室哲哉さんとビーイングのブームが始まった時期でもあります。
大御所たち、スーパースターの人たちの動きということで言うと、さっき話に出た94年3月13日、長崎市公会堂「メッセージソングの日」。「日本を救え!!」と泉谷さん提唱のスーパーバンドが誕生したきっかけになったライブですね。その時、飛行機の中で陽水さんに会ったんです。空港で、「どこ行くんですか?」って聞いたら、ちょっと様子見に行こうかなと思ってと言ってましたが、シークレットゲストで登場してました。拓郎さん、小田さん、清志郎さん、さださん、浜田さん、大友さん、みんな楽屋に揃ってたんですよ。いやあ夢のようだなと思いながら見ておりました。90年代というのは、そういういろんな意味でも劇的だったなと思いながらお送りしてます。でも今も、そういう動きはきっとあるんですよ。僕らの目が届かなくなってるだけで。そういう人たちがこういう話を10年後ぐらいにするようになるんだろうなと思いながら終わろうと思います。
<INFORMATION>
田家秀樹
1946年、千葉県船橋市生まれ。中央大法学部政治学科卒。1969年、タウン誌のはしりとなった「新宿プレイマップ」創刊編集者を皮切りに、「セイ!ヤング」などの放送作家、若者雑誌編集長を経て音楽評論家、ノンフィクション作家、放送作家、音楽番組パーソリナリテイとして活躍中。
https://takehideki.jimdo.com
https://takehideki.exblog.jp
「J-POP LEGEND CAFE」
月 21:00-22:00
音楽評論家・田家秀樹が日本の音楽の礎となったアーティストにスポットを当て、本人や当時の関係者から深く掘り下げた話を引き出す1時間。
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