齊藤工監督が語る、新作『スイート・マイホーム』制作秘話と「こだわり」の美学
Rolling Stone Japan / 2023年9月6日 18時0分
音楽、文芸、映画。長年にわたって芸術の分野で表現し続ける者たち。本業も趣味も自分流のスタイルで楽しむ、そんな彼らの「大人のこだわり」にフォーカスしたRolling Stone Japanの連載。俳優から監督まで幅広く活躍している齊藤工が、新たにメガフォンを取った映画『スイート・マイホーム』が9月1日より公開された。本作の制作秘話から齊藤本人のプライベートに至る自身の「こだわり」を聞いた。
「正直なところ、『これは映画にしてはいけない』と最初は思いました」
映画『シン・ウルトラマン』(2022年)の主演に抜擢されたのも記憶に新しく、監督としては長編映画初監督作『blank13』(2017年)が「第20回上海国際映画祭」の最優秀監督賞を獲得。他にも『COPLY+-ANCE』(2020年)や『ゾッキ』(同年)などで、監督やプロデュース業へと活躍の場を広げている齊藤工。彼が新たにメガフォンを取ったのは、2018年「第13回小説現代長編新人賞」を受賞した神津凛子のデビュー作を実写化した『スイート・マイホーム』だ。
舞台となるのは、長野県のとある極寒の町。愛する妻と娘と共に、アパートで暮らす清沢賢二(窪田正孝)は、一軒のモデルハウスに心を奪われる。たった一台のエアコンで家中を隅々まで暖められるその「まほうの家」を、彼は家族のために建てる決心をする。しかし念願のマイホームに越した直後から、奇妙な出来事が起こり始める……というホラー&ミステリーである。
©2023『スイート・マイホーム』製作委員会 ©神津凛子/講談社
前述の「第13回小説現代長編新人賞」で選考委員を務めた角田光代は、「読みながら私も本気でおそろしくなった」と述べ、ホラー漫画家の伊藤潤二は「ミステリーファンのみならず、ホラーファンもきっと満足することと思います」と評したこの作品を、齊藤は映画化することに躊躇したことを明かしてくれた。
「特に幼い命の扱いに関しては、活字だからこそ描ける世界線のエンターテイメントだと思ったので、実は何度かオファーをお断りしていたんです。ただ、原作のことはずっと頭の片隅にありましたし、何度も繰り返し読んでいた時にコロナ禍になってしまって……。誰もが家から出られない状況になり、僕は独り身なのでずっと1人で過ごしていたのですが、テレビのニュースから流れてくるのは、あちこちで起きているというDVの被害でした」
家族にとって「聖域」であるはずの家が、コロナ禍で「地獄」となってしまう。そんな事件をいくつも見聞きしているうちに、「家族とは何か?」「家とは何か?」を今こそ捉え直す必要を感じたという。
「いくつまでに家庭を持ち、いくつで子供をもうけて……みたいな、誰しもが多かれ少なかれ『理想の家庭像』というものに囚われていると思ったんです。でも、それって誰にとっての理想なのか。そこを明確にしないと、理想と現実の埋まらないギャップみたいなものに、多くの人が悩み続けるのではないか? と。僕たちは、コロナ禍で『理想』という言葉の怖さを痛感した。その経験を経て、もしかしたらこの作品を映画として形にすることには、何かしら大きな意味があるのではないかと。そう思い、監督を引き受けることにしたんです」
Photo = Mitsuru Nishimura
「安息」の場所でありながら、「不安」や「恐怖」が内在してしまう「家」。毎日暮らしている場所であるにもかかわらず、屋根裏や軒下など実は普段目にしていない場所がいくつもあり、我々はそこに何かしらの気配を感じ取っているのではないだろうか。
「確かにそうですね。特にジャパニーズホラーを見ていると、日本家屋が一つの生き物のように描かれている作品が多い。比較的海外のホラー映画はアトラクション的というか、エンタメ性が高いのに対して「尾を引く」といますか。見終わった後、トイレに行くのも怖くなるし、部屋を暗くしたくないみたいな(笑)。それって、家の持つ歴史みたいなものと関わってくる気がしたんです」
今回、齊藤はキャストの1人に映画『ヘレディタリー/継承』(2018年)を見て欲しいと伝えたという。カルト教団に侵食され崩壊していく家族を描き、見る者を恐怖のどん底に突き落とし「ホラー映画の新境地」を切り開いたアリ・アスター監督の長編映画監督デビュー作だ。他にも、「生き物のような家」といえばスタンリー・キューブリック監督の『シャイニング』(1980年)を連想するし、「家」という密室で起きるホラー&サスペンスといえば、『呪怨』(2000年)や『パラサイト』(2019年)などの閉塞感を彷彿とさせる。またプロデューサーの中村陽介からは、ドゥニ・ヴィルヌーヴ監督の『プリズナーズ』(2013年)もリファレンス作品として挙がったそうだ。
©2023『スイート・マイホーム』製作委員会 ©神津凛子/講談社
「ホラーならではの絵づくりにもこだわりました。例えば菰田大輔さん率いる照明部の皆さんは、大きな人形を使った陰影を家の中に落とし込み、なんともいえない不穏な雰囲気を作ってくださっています。あと、これは美術の金勝浩一さんにお願いしたのですが、過去に人を殺めたことのある登場人物に関しては、背景にあるモチーフを忍ばせているんですよ。これは映画『昼顔』(2017年)のときに西谷弘監督が、上戸彩さん演じる笹本紗和が働く喫茶店の窓ガラスを、十字架にした手法からのオマージュ。でも、試写では誰1人気づいてくれなかったので、こうやって自分からアピールすることにしました」
そう言って、悪戯っぽく笑いながらたばこに火をつける。この連載のタイトルが、ジム・ジャームッシュ監督の『コーヒー&シガレッツ』(2003年)からのオマージュであることを告げると、生粋のシネフィルでもある齊藤の目が一瞬光った。
©2023『スイート・マイホーム』製作委員会 ©神津凛子/講談社
「たばこもコーヒーも実に映画的なアイテムですよね。特にここ最近、たばこは撮影でも使いにくくなっているので、余計にシンボリックな存在になっている気がします。コーヒーに関しては、撮影スタジオでも必要不可欠。ただし、スタンダードなコーヒーならどこへ行っても飲めるので、僕が現場に行く時にはコナコーヒーというハワイのフレイバーコーヒーを差し入れにしています。よい香りがするからリラックス効果もあるし、喜んでいただくことが多いですね」
仕事場だけでなく、プライベートでもコーヒーを愉しんでいる齊藤。特に朝は、目を覚ますためのトリガーとしてなくてはならないアイテムだという。
「コナコーヒーはもちろん、家にエスプレッソマシンがあるのでそれを使う時もあるし、時間がある時はコーヒー豆をミルで挽いて、自分でドリップして飲んでいます。近所に自家焙煎のコーヒー豆専門店があるので、そこでオススメの豆を教えてもらって買ってくるのもオフの日の楽しみですね」
©2023『スイート・マイホーム』製作委員会 ©神津凛子/講談社
俳優と監督を行き来する齊藤だからこそ作れる現場の雰囲気というものはあるのだろうか。世代も性別も、モチベーションも違うキャストやスタッフとともに、一つの作品を円滑に作るためのコツを最後に聞いてみた。
「昨年の年明けくらいにクランクインをしました。映画業界全体が見直されるタイミングが訪れている今、自分が監督を任されることの意味を考えました。例えば『リスペクトトレーニング』を導入するなど、すべての部署でストレスの少ない、風通しの良い現場であることを目指しました」
昨年出演したNetflixドラマ『ヒヤマケンタロウの妊娠』をきっかけに、撮影現場に託児所を置くことの必要性も強く感じるようになったという。
「そういう試みを続けることで、何か変わるのではないかと。実例をたくさん作り、それを見た他の人が『あんなやり方もあるのか』と思って別のアイデアを試すこともあるだろうし、そうやって選択肢をどんどん増やしていきたい。まさにいま映画業界は、より良い環境づくりのための『種まき』の段階を迎えているところですね」
『スイート・マイホーム』
9月1日 より全国公開
配給:日活 東京テアトル
sweetmyhome.jp
出演:窪田正孝
蓮佛美沙子 奈緒
中島 歩 里々佳 松角洋平 根岸季衣
窪塚洋介
監督:齊藤 工
原作:神津凛子「スイート・マイホーム」(講談社文庫)
脚本:倉持 裕
音楽:南方裕里衣
製作幹事・配給:日活 東京テアトル
制作プロダクション:日活 ジャンゴフィルム
企画協力:フラミンゴ
コート¥121,000
ブルゾン¥97,900
パンツ¥83,600
シューズ¥70,400
すべてTOGA VIRILIS(トーガ ビリリース)
その他スタイリスト私物
お問合せ先
TOGA 原宿店
03-6419-8136
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