Diosが語る、ポップミュージックで「自由」を歌う限界と可能性
Rolling Stone Japan / 2023年9月7日 19時30分
17歳で天才リリシスト/ボーカリストとしてデビューしたたなか(ex. ぼくのりりっくのぼうよみ)、マシン・ガン・ケリーの作品などにも参加する世界的ギタリストIchika Nito、ボカロ〜アニメカルチャーで活躍するビートメイカー/アーティストのササノマリイといった、卓越したスキルと確立されたシグニチャーサウンドを備える3人から成るDiosが、2ndアルバム『&疾走』を完成させた。
完成直後に実施したこのインタビューは2時間を超えた。1stアルバム『CASTLE』も、濃い個性を持つ3人がアートを追求した素晴らしい作品であったが、それから約1年のあいだ、音楽面でも、人間としての内面においても、Diosとしての数字的な成果の面でも、「変わりたい」という想いが3人を掻き立たせた。その数々の変化を深く聞き出すには、2時間でも足りないほどであったのだ。
「ありのままで美しい」や「自由」を訴えるメッセージが陳腐化していく世の中で、Diosが新たに提示したい”ただしいフォーム&疾走”とは一体どのような思想であるのか。「ぼくのりりっくのぼうよみ」としてデビューし、現在は「たなか」という無記名性の名前で活動する彼が、日常生活においても一人称を「ワイ」から「俺」へと変えるようになったのはなぜか。果たしてそれが歌詞の変化にもつながっているのか。『CASTLE』では静寂な森や城を彷彿とさせる世界観を作り上げていたにもかかわらず、なぜ今回はポップなイラストを用いたアーティスト写真やジャケットを起用したのか。そして3人が考える、ポップミュージックが人間に及ぼす影響の可能性と限界とは。それぞれが異なるフィールドでポップス最前線に立つ3人だからこそ、音楽や社会の時代性にまつわる話は深まっていくばかり。そこに様々な角度からツッコませてもらった。
―『&疾走』、自分たちとしてはどんなアルバムが仕上がったと感じていますか。
Ichika Nito(Gt):Dios第2章だね。
たなか(Vo):そうだね。最近僕の中で音楽の定義が変わってきていて。前は自分の思う美しさを自分のために表現しているところが大きかったんですけど、最近はそこへの興味がほとんどなくなって、世界を前に進めることとか、聴いてくれた人の意識を変容させ得ることに重きを置いて作るようになって。なのでこのアルバムは、自分の内側を満たしていくというよりは、聴いてくれる人のために作った一枚になりました。生きる上で欠かせない思想を構築する補助線みたいなものとして機能してくれたらすごく嬉しいなという想いで僕は作りましたね。
Ichika:この3人で作れる音楽をいかに最大化させるかがテーマで。『CASTLE』は、3人とも強い個性を持っているんですけどみんな人がいいから特に衝突もせず、つるっとした作品になっていたというか。曲として完成はしているんですけど、「もっと面白いものができたのになあ」みたいな反省があったんです。それがちゃんと数字にも出ていたし。今作はどうやって3人の個性を削ぎ落とすことなく音楽を作れるかを考えた過程で生まれたアルバムだと思います。
ササノマリイ(Key):僕にとっては、より自分勝手にやらせてもらえたというか。今回、ほとんどの曲を外部の方――川口大輔さん、TAKU INOUEさん、Hironao Nagayamaさん――に作曲やアレンジをお手伝いしていただいて。今まで僕自身が、自分が作ったものを触ってほしくないとか、関わってもらったことによって自分の意図しないものが出てくることが嫌だとか、そういうことに拒否感を持っていた人間だったんです。でも今回はそれを面白いと思えるようになりました。向こうからの提案にまた自分の案を乗せることで、逆に自分らしさをより出せたんじゃないかなと思って。それを経て、最後にできあがった”Struggle”は、3人だけで作るときにもちゃんと無責任にやれて、各々のよさを際立たせて出せるようになったのかなと思います。そういう成長の一枚です。
―前作にも3人のシグニチャーサウンドは強く出ていたけれど、今作は、各々が持っている個性のより多くの種類を出しながら、より高いレベルでの相乗効果を生み出すことに挑んだ作品であると感じました。1曲目「自由」からササノさんのよさとTAKU INOUEさんのよさがバチバチに編み込まれていて、すごいバランス感だなと思ったんですよね。
ササノ:僕、コンピレーションアルバムに曲が入るときとか、一番燃えるんですよね。だって並べられて比べられるわけだから、負けたくないじゃん? 今回もそれに近くて、経験値でいったら僕の方が明らかに少ないわけだけど、TAKUさん、Nagayamaさん、川口さんを超えてやるぜって。そういう意識がこのアルバムではよく出てるんじゃないかなと思いますね。
ササノマリイ、たなか、Ichika Nito
Ichika:3人とも個性が強いんですけど、それぞれの得意なところと得意じゃないところのパラメーターがある程度わかってくるんですよね。具体的にいうと、たとえばたなかだと、歌唱能力と作詞能力はすごくステージが高いけど、メロディを作ることにおいては、その2つと比べるとそこまで突出していないと思うんですよ。僕はソロギターの奏法によって出てきた独特なスタイルがベースにあるけど、スタジオギタリストの方たちがレコーディングで入れるようなベーシックなギターをやろうとするとそこまで魅力的ではない。ササノに関しては、リズムトラックにおける執念はすごいけど、上モノはちょっと苦手な部分があったりするやん? 今までのDiosは苦手な部分も自分たちでやろうとしていたんですけど、得意な部分だけやって、足りないものは外部の方たちに補ってもらうおうと。今まではお互いの音楽性が好きだから「いいな」ってなっていたんですけど、ちゃんと突き詰めると、なんかもったいない部分があるんだよなって。
たなか:今回は「妥協しない」がテーマというか。妥協しないし、引くところはめっちゃ引いて、人にやってもらう。やっぱり出すところを出しまくるために引くのが大事なんですよ。それがちゃんと「バンド」だからできたよね。
3人の内面を表す、キャラクターたちの意味
―Dios「第2章」の象徴として、ジャケットやアーティスト写真に登場しているキャラクターたちのことも気になります。これらのビジュアルはどういった発想のもと作っていったのでしょうか。
たなか:新しく入ったクリエイティブディレクターの方が「バーチャルなキャラクターを作ってみよう」と提案してくれて……最初はすげえ嫌だと思ったんですよ。
Ichika:なんならあのときのササマリ、ちょっとキレてたよね(笑)。
たなか:顔が険しかったよね(笑)。でも嫌だと思う気持ちって、物事が前に進むときの兆候でもあるから、いい予感がしたんですよね。外見ではわからない3人の内面や精神性をぶっこ抜いてデフォルメしたキャラクターで表現するといいんじゃないというところに落ち着いて。自分たちの見た目からは遠ざかっているんだけど、メンタルの本質に近い表現。
―3人のどういった内面、精神面が出ていると思いますか?
たなか:ササノは、ポンコツロボです。
Ichika:うん、まさに。満場一致でしたね。最初に俺らでラフイメージを作ったんですけど……。
Diosの3人を描いた最初のラフイメージ(画・Ichika Nito)
Ichika:そこから浅野さん(浅野直之。『おそ松さん』『サマーウォーズ』などのキャラクターデザインを手がける)が今の形を作ってくださって。
ササノ:もうまさにこれ、みたいな。僕自身ポンコツだし、曲を作ってるときは機械ありきの人間でもあるし。
ササノマリイ
Ichika:ギャルがロボットを掴んで投げて壁壊して進んでいく、みたいな。カートゥーンとかNickelodeon(『スポンジ・ボブ』などを放送するアメリカのテレビチャンネル)でありそうないじられキャラの扱い。Diosでササマリの可愛さがあんまり伝わってないよね。すごく知的でクールなトラックメーカーみたいな印象を受けると思うんですけど。
ササノ:まあ実際そうなんですけど。
Ichika・たなか:…………。
たなか:もうツッコんであげないんだから。
―この沈黙が物語ってる(笑)。
ササノ:最近ちょっと大人になってきて、ちゃんとしようと思って、(バンド内の)最年長としてちゃんと頭を働かせてるわけですよ。まともになってきてるでしょ? だから褒められると思ったんだけどね。
Ichika:今ここで自分がまともであるって弁明し続けてる時点で、もうそうじゃない。褒めてほしい小6の振る舞いなのよ(笑)。……っていうのがこのロボットに全部出ています。
―なるほど(笑)。ギャルはIchikaさんのことですよね。
Ichika Nito
たなか:Ichikaはギャルの擬人化みたいなところがあって。僕の中のギャルって、ファッションの話ではなく、ファッションに至る思想のことで。ギャルは、世界そのものを肯定できていて、この地球という空間は自分が獲得可能な場所だと心底を思えている人。世界に美しくない場所はいっぱいあるし、望み通りにいかないこともいっぱいあるんだけど、原理としては自分が獲得できるものであると。適切な方法で、適切な鍛錬と、適切な時間を積んだら、ちゃんと広がっていくはずだと。そういう陽の確信を持った上で、適切な努力ができる人が僕の中で「ギャル」。Ichikaは、見た目はギャルじゃないけど、ギターでギャルをやってるっていう。
Ichika:そうですね。基本的に練習すればなんでもできるものだと思ってるし。何かを始めるときにネガティブな考えは一切なくて、「これやって失敗したらどうしよう」とか、「できなかったらどうしよう」みたいなこともない。失敗しても「まあいっか」くらいに思うし。自分の手の届かないものはどんどん獲得していこうっていう。
たなか:素晴らしいですよ。
―今の話は今作全体の歌詞に通ずる精神性だと思うので追って詳しく聞かせてほしいのですが、先にたなかさんのキャラクターについても聞かせてもらうと、これはどういうイメージですか?
たなか
Ichika:たなかはクラッシュ・バンディクーがいいっていうのがあって。
たなか:キャラを3体出すときに、ロボット、人、人だと、ちょっとバランスが悪いなと思ったんですよね。それで動物とかの方がいいよねということでみんなで一致して。なんかいいよね。こういう姿勢であろうという、ね。
―どういう姿勢が具現化されていると感じますか?
Ichika:このポージングとか特にそうだなと思うんですけど、ひねた感じがありますよね。パジャマ着てるし。たなかは人に正面から向き合っていくことを避けがち。
ササノ:そうだねえ、うん。
たなか:……あぁ……動悸が……。
Ichika:たなかの一人称がずっと「ワイ」だったんですけど、最近「俺」になったんですよ。2ちゃんねるのモニターから現実を見ているようなところから、ちゃんと一人称視点で見られるようになった。
たなか:そう、そうなんです。俯瞰地点からの脱出ですね。「ワイ」と言ってる時点で「自分サゲ」から始まってるんですよ。過剰に下にいくことで、既存の枠組みから外れて、「そこではないところにいまーす」みたいな。
Ichika:王冠をかぶってるところとか、完全にそうなったわけじゃなくて、「なりたい」という気持ちの表れなんだよ。パジャマの寝起きの感じとか、そこに向かっていく過程みたいな姿勢が出ていてすごくいいなと思う。
たなか:そうだね、まだ完全な主観にはなれてないから。
Ichika:でも人と真剣に向き合わないのはたなかだけじゃなくて、3人ともに共通しているところで。3人とも理由は違うんですけど。僕は人と向き合うことをめんどくさいと思うタイプで、ササマリは人と向き合うことへの恐れがあったりして。でもバンドとしてやってるからその障害を乗り越えるいい機会だと思う。だからここは更生施設みたいなものです(笑)。
―3人ともが変わっていくという意味での「第2章」でもあったんですね。
Ichika:ありますね。前作はそこに無自覚でただ普通にいい音楽を作ろうという気持ちで作ったものだとしたら、今作はよりお互いの内面に向き合ったかな。
たなかの人間としての成長
―今回のアルバムでたなかさんが表現している歌詞は、ニヒリズムから抜け出して、さっき話してくれた「ギャル」的な考え方で世界を愛すための道標みたいなものだと思うんです。そこはIchikaさんの影響が大きかった?
たなか:かなり大きいですね。『CASTLE』のときは、生きていく上ではギャルの価値観の方が便利だとわかりつつも、そこに順応できない人のもがきみたいなものが美しいと思っていたんですけど。僕はずっと、ほっといたら世界は全部消えていくし、何かゲットできたとしてもそれは一時的なものでいつか消えていくんだ、みたいな感覚で生きてきたので。そこからどうすれば「ギャル」になれるのかについていっぱい考えて、歌詞を書いたのが『&疾走』というアルバムです。
―これまでは物語調の書き方が多かったと思うけど、今回は主観的なメッセージ性を感じる歌詞の綴り方で。
たなか:そうですね、「俺がこれです」という。ファンタジーの世界に対して興味がなくなって現実に向き合おう、というはあるかもしれないですね。もう8年くらいずっとその書き方をやってきたので本質的には飽きていて、次のやり方を探していて、やっと見つかったという感じですかね。冒頭の話に戻るんですけど、自分のために音楽を作る必要がもうなくなっちゃったので、そうなると音楽で何ができるのかなと思ったときに、思想の刷り込みだなと思って。その人の脳をちょっとずつ乗っ取ることができるのが音楽だから、悪い方向ではなくて、正に向かっていくためのことをやりたいなって。
―たなかさんは、ソングライターとして書く歌詞と、ひとりの人間として生きる自分自身の内面が、すべてつながっているという安直な捉え方はされたくないタイプだと思うんですけど、さっき話してくれたような一人称の変化や自分への向き合い方や意識変化が今回の歌詞の変化につながっていると思いますか?
たなか:まあでもつながってると思いますよ。俺が俺であること、つまり自分自身を引き受ける姿勢みたいなものと分かち難く結びついていて。「俺」を採用してから、なんていうか、「ダサくあってもしょうがない」みたいなところがより骨身に染みてできるようになってきた感がある。
Photo: Yukitaka Amemiya
2023年8月30日 Spotify O-EASTで行われた『&疾走』発売記念プレミアムイベント
Ichika:たなかの歌詞を読んでると、成長日記を見てる気分。俯瞰で見る話とか、一人称の話とか、物事の見方とか、人生のタームにおいて変わってるじゃん?
ササノ:わかるわあ。
―そうなんですよね。ぼくりりの楽曲から遡って振り返るとより成長日記だなと思うんです。”世界は美しいんだ/認めて何が悪い?”とたなかさんが歌っていることがすごい変化だなと思うんですよね。
たなか:まあ、わかります。一般的に見ると、僕がそういうことを認められなくてもがいてる人みたいな見え方になってるのはすごくわかる。
Ichika:でもそれはあんまり納得いかないんだよな。普段はどちらかというと、一瞬一瞬のなんでもない瞬間、景色、風景、挙動にフォーカスして、刹那の幸せみたいなものを常に感じながら生きているなと思う。キラキラしてるものを見つけるのは得意だよね。
ササノ:その時代(ぼくのりりっくのぼうよみの時代)から隣で見てきた自分からすると、それは一回潰れきった人間が見えてくる世界なんじゃないかなと思う。名の通り転生してる感じがする。だから、Diosの歌詞をこのまままっさらな状態で受け取られることももちろん面白いけど、たなかの歴史として捉えてもすごく面白い見方ができるなと思う。僕がそういう見方してるし。
Ichika:これってさ、唯一無二のものを生み出せると思うんだよな。だって、大抵の人は、小学生とか10代のときに一人称のことを通ってるのよ。大人になった今の感性を備えた上でその経験をすることってないから。たなかならではのものが生まれるよね。
―だからこそこのアルバムはただ「ギャル」なマインドを持ってる人たちだけじゃなくて、ルサンチマンに浸ってる人とか、世界をちょっと憎んでる人にもちゃんと寄り添いながら引っ張る音楽になっている気がします。ギャルマインドを歌ってるんだけど、ちゃんと非ギャルたちを引き連れている。
たなか:そうですね、非ギャルが歌ってるので。その人たちは「ワイ」の傾向が多分強いと思うので、「ワイ」と「俺」の中間にいる自分やるのはちょうどいい。……はあ、つらい(笑)。
ササノ:すごいバランスだと思うんですよね。僕自身、だいぶひねくれてる人間なんですけど、ひねくれてる人間が見ても嫌な気がしないんですよ。もっと説教くさいものとかあるじゃないですか。これも説教くさいはずなんですけどね。それでも拒否感なくちゃんと受け止められるのは特殊だよなと思う。
ポップスの構造で「自由」を歌うことは無理
―今作は最初にたなかさんが言ってくれたように、聴いた人が生きる上での思想を構築するためのヒントやアイデアがアルバム全体に散りばめられていますよね。3人が今の世の中やポップミュージックをどう見ていて、どんなメッセージを発信したいと考えたのか。そのあたりを聞かせてください。1曲目は「自由」というタイトルですが、「自由」をどう捉えるのかは今作の全体のテーマのひとつでもありますよね。
たなか:そうですね。「自由」って、ポップスの3大テーマのひとつみたいな――自由、恋愛、あとなんだ?
―夢、とか?
たなか:そう、夢とか。自由がね、僕、一番嫌いなんですよね。「空を自由に羽ばたいて」みたいな。もっと現実に即した感じでやっていきたいなって。そもそも自由について歌うことは、ポップスの構造上、無理なんじゃないかな。
Ichika:根本で自由になったところで、「じゃあどうするの?」っていう。自由の先を提示してくれなきゃと思うし、提示された時点でそれは縛りになるんよ。
たなか:そう。無責任なんですよね。テクノロジーの発展によって自由を手にできる人たちが増えてきたと思うんですけど――まあもちろん、その逆には貧困問題とかもあるんですけど――自由を手にした人たちがそれを上手に行使できないということがもう目に見えてわかるようになってきて、そうなると「やっぱり自由というのはまだ人類には早いんじゃないか?」と思って。自由になるんじゃなくて、むしろあえていろんな規則や鎖に縛られることによって、初めて自分は成長できる、どこかで進んでいける、という考えが僕の中にはあって。
Ichika:そもそも黒人たちが音楽で「自由になろう」と歌うのはわかる。今のポップスは、そこから「自由」というテーマ性だけが引き継がれているんだけど、今における自由は昔の自由とまた違うんだよ。それで「ん?」という部分が生まれるんじゃないかな。時代において求められるものは違うから、「愛」や「夢」は普遍かもしれないけど、「自由」には違う概念が必要だと思う。結局1人で生きてるわけじゃなくて社会で生きていて、社会に縛りはなくちゃいけないから。なかったらなんでもありになっちゃうし。
ササノ:そういうところの流れで、世捨て的な歌詞とか「今世は踊ろう」くらいのものになってきちゃうのかなと思う。終末思想も、それはそれで俺は大好きなんだけど。でもその歌を歌いながらも「明日もバイトだしな」みたいな感じでしょ。「この世の中、踊ってはいられないっすよね」って、ふとよぎるから。終末論を抱きながら生きていても、終末には行けないし、結局変わらないじゃん、みたいな。
Photo: Yukitaka Amemiya
Ichika:Diosでやるからにはそれを許さないからな。
―終末論はギャルじゃないですもんね。
ササノ:そうそう。だから俺も諦めてるなりに前に進んでる。
―だから”自由になろう”という歌詞じゃなく、”自由を捨てろ/自分を捨てろ”になるんですね。
たなか:そうなんですよ。「自分」なんて大したことないですからね。時として、自分が望む形ではない鎖にあえて縛られることも、まあ非常にいいよねと。自分が定義できる自分って知ってる範疇でしかないので、結局閉じた世界にずっといてしまうだけで。「ありのままの自分でいよう」ってよくいうけど、自分に新しいものを供給していかないとどんどん薄くなっていくので、メッセージとして不十分だと思うんですよ。
Ichika:それも一種の終末論なんだよね。
たなか:そう、「今の自分で完成!」みたいなね。そうじゃなくて、本とか読んだ方がいいし、知らない人としゃべった方がいいし、新しいバイトをしてみた方がいいし。そういう感じですかね。
―ここ数年「ありのままの自分でいよう」みたいなメッセージがよくあって、それのおかげで生きやすくなった人もいるとは思うんだけど、その言葉の意味がどんどん肥大化したことで破綻してきた部分もあると思っていて。だから世の中全体がその次の適切な言葉を求めている気がして。
たなか:いや、そうなんですよ。
Ichika:それが「&疾走」だよね。
たなか:そう。「自由」で鎖を持つことが大事だとか、今の自分たちがぼんやりいいと思っている「自由」という概念の陳腐化について歌ってて、それに対して「じゃあ実際どうすればいいのか?」の具体的な方法を示しているのが”ただしいフォーム&疾走”。たとえば、歩くことにおいて反り腰にはならず、胸を張りつつ、腹筋に力入れて、ただしいフォームで歩いていく。その比喩が、仕事の向き合い方とか、人との関わり方とか、いろんなことに転用されて幅のある曲になってくれたらいいなと思います。ただしいフォームに沿って日々生きていくことを徹底すれば、どう考えても人生は開けていくはずなんですよ。最近どんどん、基礎の積み上げが軽視されているじゃないですか。
Ichika:ハズレ値を出したら勝ちみたいなところあるからね。それはあんまりよくないよね。
たなか:結局それはラッキーでしかないから。再現性を伴った、ただしいフォーム。日本の人には宗教が薄くて正解/不正解を決める根本的な基準がないからみんな困っていて。「Diosが神様になります」みたいな話になるとそれは一瞬でおかしくなるので、そうではなくて。思想の柱がない問題に対して僕らが1個提示する答えのサンプルとして、”ただしいフォーム&疾走”であるということですね。
Photo: Yukitaka Amemiya
”ただしいフォーム”について、さらにツッコんで聞く
―その「ただしいフォーム」というのはどこからやってくるんですかね? 自分が思っている「ただしいフォーム」が本当にただしいのか、というのはまた難しいところで。
たなか:それはおっしゃる通りで。僕の中で「ただしいフォーム」と「鎖」が一体化しているんですけど、自分で決めるものではないっていう。例えば、歩くことにおいてのただしいフォームは、骨のつき方とかで決まっていて、それはトレーナーさんとかに教えてもらって矯正していくもので。寿司職人とかだったら、大将が握っているところを見て、盗んで、失敗して、ということを繰り返す。結局鍛錬って、自分1人で完結することはほとんどないと思う。
Ichika:ここで言ってる「ただしいフォーム」というのは、「自分で見つけなさい」じゃなくて、理想値があって、それを見つけることも含まれていると思う。
たなか:そう。だから、ただしいフォームを発掘することもスキルだよねとは思います。
―自分でただしいフォームだと信じ込んでいたものが実はただしくなかったとわかったときの絶望って大きいですよね。その経験も未来に活かせる、と信じきれたらいいけれど。
たなか:でも、活かせなかった人を否定したくないんだよなあ。
Ichika:でもそれは無理だと思うぞ。これを出す時点でさ、もう表裏一体じゃん。今までも切り捨てたものがすでにいっぱいあるのよね。
―ひとつの音楽で全員を救うことはできないというのは真実だと思います。でも、この作品は片足を暗いところに突っ込んでいる人にこそ届け得る音楽だという希望は持っていたいですよね。
ササノ:ちゃんとまだ心に光が宿っている人間には届くと思う。
たなか:もう真っ暗まで行くと、ね。
Ichika:それは音楽でどうこうするレベルではない。両足どっぷりじゃなくて、片足自分で抜け出せてるけど、もう片足が浸かっちゃってる、みたいな人たちに向けたアルバムじゃない?
たなか:そういう人たちに「自由」「アンダーグラウンド」で気づいてもらって、「じゃあ何をすればいいんですか?」って言われたときに、”ただしいフォーム&疾走”、これです(笑)。
―最後に、10月に行われる『Dios TOUR 2023』はどういうツアーにしたいと考えているかを聞かせてください。
たなか:ただしいフォームについて歌うからには、僕らがただしいフォームでやらないと話にならないんですよ。鍛練を積み続けて、その果てに出る一撃というのが誰かの人の心に響くものだから。「&疾走」でもまさにそういうことを書いているんですけど。
Ichika:本当に、それを俺たちが体現しないとね。
たなか:”飽きにすら飽きてくその後に/やっと来る一撃”とありますけど、ただしいフォームがわかってくると、サボりたくなっちゃうんですよね。それをちゃんと練習し続けた結果、黄金比をちゃんと捉えたような、自分たちをとんでもない遠いところに連れていってくれる一撃が出ると思っているので、それを出したいですね。
Ichika:これは強烈な鎖になるよ。音楽的表現も、自分の出せる最高のパフォーマンスを練習して出さなきゃいけない。
たなか:いやそうなんだよ。僕ら自身がただしいフォームで疾走しつつ、お客さんにとって、ちゃんと美しくて、エンタメとして成立してる楽しいもの、面白いものを届けたい。その上で、2時間で完結する空間じゃなくて、”ただしいフォーム”というのがみんなの中に少しでも染み込んで、いい鎖に縛られてくれたらいいなって思いますね。
Ichika:どんな形でもいいから、家に帰ったあと実践してほしいよね。
Photo: Yukitaka Amemiya
Edited by Yukako Yajima
<リリース情報>
『&疾走』
Dios
発売中
1.自由
2.アンダーグラウンド
3.&疾走
4.渦
5.また来世
6.花束
7.ラブレス
8.Struggle
9.裏切りについて
10.王
https://dios-andshissou.carrd.co/
<LIVE INFORMATION>
Dios Tour 2023
10 月 7 日(土)仙台 Rensa
10 月 8 日(日)札幌 PENNY LANE24
10 月 11 日(水)福岡 DRUM LOGOS
10 月 12 日(木)広島 LIVE VANQUISH
10 月 19 日(木)大阪 BIG CAT
10 月 20 日(金)名古屋 BOTTOM LINE
10 月 23 日(月)東京 Zepp DiverCity
https://linktr.ee/dios_tour2023
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