ヌバイア・ガルシアが語るUKジャズの多様性、音楽を通じて再接続したアイデンティティ
Rolling Stone Japan / 2023年9月21日 18時25分
先日、エズラ・コレクティヴが2023年のマーキュリー・プライズを受賞した。ここ数年もスケプタ、サンファ、デイヴ、アーロ・パークス、リトル・シムズといったUKを象徴するアーティストが獲得してきた賞を、ジャズのグループが受賞したことに驚きの声も上がっていたが、ジャズミュージシャンたちが現地の音楽シーンに欠かせない存在になっている現状を鑑みれば、決して不思議ではない。それこそ、サンファの来たる新作『LAHAI』にもユセフ・デイズやシーラ・モーリス・グレイといったUKジャズの名手が多数参加しているし、彼ら自身のリーダー作も世界中で高い評価を得ており、もはやUKジャズはあらゆる場所で完全に定着している。
そんなUKのシーンの顔といえば、大半の人がシャバカ・ハッチングス、もしくはヌバイア・ガルシア(Nubya Garcia)を挙げるだろう。特にヌバイアは現在のUKシーンがもつ魅力をそのまま体現しており、まさしく象徴的な存在である。彼女の作品はカリブ海やアフリカからの移民が持ち込んだ文化を反映しているだけでなく、今年7月リリースの新曲「Lean In」でUKガラージを取り入れたりと、UK独自のクラブカルチャーとも繋がっている。さらに彼女が、トゥモローズ・ウォリアーズをはじめとしたロンドンの教育機関の出身であり、同地のシーンが推し進めてきた女性ミュージシャンへのサポートをきっかけに台頭した点も重要だろう。UKジャズの特徴として多く語られる「多様性」を誰よりも体現しているのがヌバイアだと思う。もちろん、テナーサックスの腕前も一級品だ。
そんなヌバイアが、10月2日〜4日にブルーノート東京で初来日公演を行う。それを記念して、ジャズの名門コンコードからデビューアルバム『Source』を発表した際に行った2020年のインタビューを公開する。彼女の核になっている部分がたっぷり語られていると思う。
音楽への扉を開く教育環境
―UKのジャズ教育と言えばトゥモローズ・ウォリアーズが有名です。あなたはこのNPOが輩出したスターの一人でもありますが、そこに通うようになったきっかけを教えてください。
ヌバイア:とあるワークショップに参加していたら、友達が「今度、別のワークショップに行ってみるけど、一緒に行かない?」と誘われて参加したのが最初。その日に代表のゲイリー・クロスビーとも会って、シーラ・モーリス・グレイ、モーゼス・ボイド、マーク・カヴューマ、シャーリー・テテといった(今日のUKジャズを代表する)面々とも初日に知り合ったんです。そこで「毎週やってるから来れば?」と言われ、それから3年間くらい定期的に通っていました。新しいレパートリーを学べるのも良かったけど、みんなと一緒にグループで演奏することから学ぶものが大きかったと思いますね。私のなかでのプライオリティは新曲を学ぶことと、即興演奏をすること、それをいかに上達させられるかということ。それに何よりも、コミュニティに対する意識が芽生えたのがすごく良かったです。
―トゥモローズ・ウォリアーズで指導してくれたのは、どんな人たちですか?
ヌバイア:もちろんゲイリー・クロスビーと、ビンカー・ゴールディング、ジェイムス・マッケイ、ナタニエル・フェイシー。自分より一世代くらい上の人たちがトゥモローズ・ウォリアーズにはいて、彼らに指導してもらえたのが大きかったと思います。
―なるほど、少し歳上の先輩たちが先生役を兼ねていたんですね。
ヌバイア:あと、それとは別にマスター・クラスも受講していて。そこでゲスト講師として教えてくれたのがスティーヴ・コールマン、アンブローズ・アキンムシーレ、ケンドリック・スコット。そういったミュージシャンからも学ぶことができました。
トゥモローズ・ウォリアーズのドキュメンタリー、ヌバイアも登場
―アメリカのトップ・プレイヤーが訪英したときに教えに来てくれることもあったんですね。あと、トゥモローズ・ウォリアーズには「Female Collective」という女性だけのプログラムがあって、あなたもそこに参加していたと思います。
ヌバイア:Female Collectiveは元々、ジャムセッションのための場だったんです。プロ・アマ・年齢を問わず、ときに学生も交えながら、女性のミュージシャンが集まって一緒に演奏するという。若手にとっては少し年上の人たちと演奏できたのも魅力的で、私も先輩の(サックス奏者)カミラ・ジョージがいたから勉強になりましたし、素晴らしい場だったと思いますね。ここから私も在籍しているネリヤというグループも生まれたわけですし。ちなみに今はシーラ・モーリス・グレイが運営していて、彼女がプログラムを継続させています。
―以前、ロンドンでトゥモローズ・ウォリアーズを取材したとき、代表のジェニー・アイアンズが「元々は移民や黒人の若者、それから女性に演奏の機会を与えたかった」と語っていました。まさにFemale Collectiveは、女性のための場だったわけですね。
ヌバイア:ええ。トゥモローズ・ウォリアーズの功績の一つは、多くの人々に(音楽への)アクセスを広げたことにあります。音楽に限らず、何をするにもお金はかかりますけど、トゥモローズ・ウォリアーズはイギリスで唯一の全てが無料のワークショップなんです。例えば楽器に関しても、多くの生徒が無料で使える環境づくりのために予算を作ったりしている。そういう意味で、トゥモローズ・ウォリアーズはあらゆる人々に扉を開いたと思います。
ネリヤのパフォーマンス映像(2014年)。トランペットはシーラ・モーリス・グレイ、ギターはシャーリー・テテ
―お金の話が出たので、PRSファウンデーション(以下、PRS)についても聞かせてください。PRS for Music(日本でいうJASRACに近い著作権管理団体)が運営するアーティスト育成団体で、あなたもサポートを受けているんですよね?
ヌバイア:そうですね。PRSはUKのミュージシャンにとって生命線ともいうべき、なくてはならない存在だと思います。私も去年、PRSから資金面も含めていろんな支援をしてもらいました。次のステージに進むにあたって資金面が障壁になっている場合、その部分をPRSは助けてくれるんです。ツアーを組むことだったり、アルバムのためのレコーディング費用だったり、必要な機材のための経費だったり。私が2枚目のEP『When We Are』(2018年)を作ることができたのも、500枚のヴァイナルを作るためのマスタリング費用を工面することができたのもPRSの資金援助があったから。それにPRSは、Steve Reid InNOVAtion Award(ジャズ・ドラマーの故スティーヴ・リードの名を冠した賞で、受賞者は助成金とアーティストから指導を受ける権利を得られる)のようないろんなアワードを開催していて、周りのミュージシャンたちの多くがその恩恵を受けています。
「Steve Reid InNOVAtion Award」を受賞したヌバイアを紹介するパフォーマンス映像、キーボードはジョー・アーモン・ジョーンズ
―ロンドンのトータル・リフレッシュメント・センターでは、「今のロンドンはコンペティティブ(競争的)ではなくてサポーティブ(協力的)だから面白い」という話を聞きました。その点についてはどう思いますか?
ヌバイア:「これやりたいから来てくれない?」「ギグあるから出てくれない?」みたいに、電話一本で駆けつけてくれる豊かなコミュニティがロンドンにはあると思います。そのポジティブさが自然で当たり前なこととしてあって、とてもリアルに感じられますね。エズラ・コレクティヴやジョー・アーモン・ジョーンズとは10年以上の知り合いで、私はこれからも永久に彼らをサポートし続けるだろうし、この関係性こそ本当の意味での友情なんだと思います。
音楽を通じてアイデンティティを捉え直す
―ここからは『Source』について。まずはアルバムのコンセプトを教えてください。
ヌバイア:自分がどこから生まれてきたのかについて形にしたものです。自分が所属するコミュニティのことや、集合的な歴史と個人的な歴史、自分のアイデンティティ、自分の家族のことや家族にまつわる歴史、それらは例えば「自分の両親がどこから来たのか」みたいなことを考えることでもある。そういうことを形にしたのがこのアルバムです。
―あなたの母親は南アメリカのガイアナ共和国、父親はカリブ海のトリニダード・トバゴの出身ですよね。「どこから来たのか」という部分を、どういう形で表現したのでしょうか?
ヌバイア:直接的に言うと、3曲目の「Source」はダブ/レゲエのカルチャーを反映しています。それらはカリビアンのカルチャーでもあるんだけど、それだけじゃなくて、もともと自分が育ったイギリスにおけるUKブラック・カルチャーが育んできたダブの文脈もあるので、その両方のカルチャーを取り入れています。5曲目の「Stand with Each Other」はボーカルとトランペットが互いに混じり合い、滝が落ちるような感覚があると思います。そこにはナイヤビンギ(ジャマイカの宗教/思想的運動ラスタファリの集会で演奏される音楽)のグルーヴがあって、ここにもカリビアン・カルチャーが聴こえるはずです。そして、8曲目の「Before Us」には、父のトリニダードと母のガイアナの両方の要素がある。特に強く出ているのはガイアナの要素で、「もしも私が母の育った街で、ガイアナの音楽を聴いたらどんな風に感じたんだろう?」というふうに、自分を母親の立場に置き換える想像をしながら作った曲です。
―両親が家で流していて、若い頃に触れていた音楽ってどんなものがありますか?
ヌバイア:レゲエやダブ、カリプソやソカですね。(カリブ海発祥の)カリプソやソカを実際に現地で聴いたのは、10歳の頃に行ったトリニダードのカーニバル。その時に父方の家族にも会うことができました。あとは義理の父がノッティングヒルでお店をやっていたので、4歳のころからノッティングヒル・カーニバル(カリブ系移民が黒人排斥運動に反発した1958年のノッティングヒル暴動を背景に持つ、カリブ系主体のカーニバル。70年代からはサウンドシステムが持ち込まれ、ロンドンを代表する音楽イベントに発展)にはいつも行ってました。だからロンドンにいてもカリプソやソカは身近でしたね。あと、母はキューバ音楽が好きだったから、『ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ』が家でよく流れていました。
―カリビアン・ミュージックをどこかで学んだことはありますか? 例えばロンドンには、カリプソやアフリカ音楽などが混ざった音楽を若者に教えているキネティカ・ブロコというマーチング・バンドもいますが。
ヌバイア:実は1年間だけ、キネティカ・ブロコに在籍していたことがあります。創始者の息子が大学の時に知り合った友達だったから。私は少し年上のプレイヤーから若手をサポートする役割を頼まれ、先ほども名前を挙げたシーラ・モーリス・グレイやマーク・カヴューマ、テオン・クロスなどと一緒に演奏しました。マーチング・バンドは3〜4時間ぶっ通しで演奏するので、その1年間ですごくスタミナがついたと思います(笑)。
―『Source』に収録された「La cumbia me está llamando」では、コロンビアの音楽クンビアをやってますよね。
ヌバイア:去年の9月にあるプロジェクトでコロンビアに行ったとき、現地のミュージシャンたちとセッションする機会があって。そこでコロンビアの音楽がすごく長い歴史をもっていることを知り、もっとコロンビアの音楽のことを知りたくなって、強く学びたいという気持ちとともに帰国したんです。その後、コロンビアで知り合ったラ・ペルラ(La Perla)のダイアナ・サンミゲルがロンドンを訪れたときに再会して、「一緒に何かやりたいね」という話になって。12月に再度コロンビアに行って、そこで作ったのがあの曲。その頃、私はクンビアに夢中だったんです。
―ラ・ペルラは、かなりストイックにコロンビアの民族音楽を追求してるグループですよね。
ヌバイア:9月にラ・ペルラと一緒にやったときにも、自分がやっている音楽と似ている部分がありそうだと感じていました。即興の要素もあるし、彼女たちも(ヌバイアと同様に)エレクトロニックな音楽家ともコラボレーションしていることもわかった。だから、私の音楽とラ・ペルラのクンビアはオーガニックな組み合わせだと思います。音楽は相手の音をいかに聴いて、その上でいかにコミュニケートするかが大事だから、私にとってはこのコラボもシンプルなことでした。
―カリブ海に面した国々の音楽は、アフリカから連れられた人たちが生み出したものがルーツにあることが多いですよね。それこそクンビアみたいに、カリブ海に面した国で演奏されているアフロ・コロンビアの音楽を演奏することは、ディアスポラ(移民)である自身の境遇について考えることにも通じる気がしました。
ヌバイア:今回のアルバムでは、自分のアイデンティティとリコネクト(再接続)することがコンセプトにありました。カリビアンに関しては自分と音楽的にも、人間的にも近いところにある。そこをより理解しようとすることにこのアルバムでは取り組んでいます。そして、そういった行為や意識がディアスポラであることと繋がるんじゃないかと思う。私はカリブやコロンビアで話されているスペイン語を理解できるわけじゃないけど、言わんとしていることを理解しようとしているし、深く感じ取ることならできる。その音楽をもっと知りたい、理解したいという気持ちがあることが重要だと考えています。実際、コロンビアの太平洋側にはブラック・コミュニティが多く定住している街があると知って、そういった場所にも足を運んだりしましたし、(コロンビア出身の)ニディア・ゴンゴラの音楽から大きなインスピレーションを得て、最近かなり聴き込んでいますね。
―サックス奏者としての話も聞きたいです。これまで特に研究してきたサックス奏者を教えてください。
ヌバイア:ジョン・コルトレーン、ソニー・ロリンズ、デクスター・ゴードン、ウェイン・ショーター、ジャッキー・マクリーン……サックス奏者以外だとリー・モーガン、ハービー・ハンコック、マッコイ・タイナー、ソニー・クラーク、レイ・ブラウンなど。サックスに限らず他の楽器も採譜して、コピーしながら研究してきました。それをサックスに置き換えるのが面白いんじゃないかと思ったから。
―近年のサックス演奏に関して追求してきたテーマは?
ヌバイア:メロディのクオリティ。そして、いかにストーリーを語るかを目標にしてきました。
―『Source』ではすごく丁寧に、リッチなトーンで吹いているのが印象的でした。リズムの手数が多くなっても、あなたはエレガントにフロウしていて、僕はそこに引き込まれました。
ヌバイア:即興演奏をするにしても、何事も焦ってそこに頭から飛び込んでいかないような、自分が好きなアプローチをやった結果だと思いますね。
―今、音楽家として目指していることの参照点となるアーティストはいますか?
ヌバイア:たくさんいるけど、強いて挙げるならウェイン・ショーター。彼はいるべきところに必ずいる。楽曲に関しても、即興に関しても正しい位置にいるし、ストーリーテリングのクオリティも尋常じゃない。それは最近のライブを観ても、60年代の音源を聴いても思いますね。そういうところに惹かれます。
ヌバイア・ガルシア来日公演
2023年10月2日(月)・3日(火)・4日(水)ブルーノート東京
開場17:00 開演18:00 / 開場19:45 開演20:30
ミュージック・チャージ:¥9,900(税込)
詳細:https://www.bluenote.co.jp/jp/artists/nubya-garcia/
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