アジカン後藤正文の〈Gacha Pop〉談義 海外で聴かれる「マジカルな体験」を広めるために
Rolling Stone Japan / 2023年9月26日 18時0分
後藤正文(ASIAN KUNG-FU GENERATION)がホストを務めるSpotifyのポッドキャスト番組『APPLE VINEGAR -Music+Talk-』では、つやちゃん、矢島由佳子、小熊俊哉(本誌編集)というレギュラー陣とともに、ユニークな視点で音楽トピックや楽曲を紹介している。今回は同番組との連動企画で、日本のポップ音楽を世界に届けることを目的としたプレイリスト〈Gacha Pop〉をテーマに音楽談義。Spotify Japanの芦澤紀子氏をゲストに迎えて大いに語り合った。
※編注:本記事のポッドキャストは今年7月下旬に収録
後藤:まずは芦澤さんに改めて、どういう経緯で〈Gacha Pop〉というプレイリストが生まれたのかをお訊きしたいです。
芦澤:2020年くらいから日本のアーティストの楽曲がジャンルとか時代とか言語の壁を越えて海外のリスナーに届いていくという事例がたくさん出てきたんです。具体的に言うと、松原みきさんの「真夜中のドア」という40年前にリリースされたシティ・ポップがバイラルチャートで18週連続1位を記録したり、cinnamons × evening cinemaの「summertime」が東南アジアでのブレイクをきっかけに世界ですごく聴かれたり、ということが起きた。その後も、YOASOBI「夜に駆ける」、藤井 風「 死ぬのがいいわ」などが世界的にヒットしましたよね。
最初、これらは一見バラバラな現象のように見えていたんですけど、ストリーミングの浸透やTikTokなど動画投稿型のSNSが世界中に浸透し、プレイリストやアルゴリズムを通じてのリスニングが普通になった結果、海外の人が日本の曲を発見しやくすなり、地続きのクールなポップ・カルチャーとしてそれらを捉えられているのではないか、という仮説が出てきたんです。それを踏まえて、これまでになかった新しい言葉で日本のいまのクールなカルチャーを括って、海外に提示できたらおもしろいんじゃないかと考えた。そこで〈Gacha Pop〉というプレイリストが生まれたんです。
後藤:ワクワクする話ですね。昔は英語で歌わないと世界には通用しないと思われていたけど、YOASOBIが日本語で歌って、世界で聴かれているという状況はすごく素敵だと思います。藤井 風さんがアジアで聴かれてたりするのも最高だなって。
つやちゃん:ちなみに、〈Gacha〉はガチャポンのガチャからきているんですか?
芦澤:そうです。スマホのガチャ・ゲームが流行し、〈Gacha〉って言葉自体が世界に浸透してきているという話を聞いたので。日本のポップカルチャーを形容する言葉としてよさそうだと思ったんです。
つやちゃん:〈Gacha Pop〉は〈日本のポップ〉という括りはありつつ、サウンド面でのジャンルにはとらわれていないところがおもしろいですよね。
芦澤:むしろ〈Gacha Pop〉で取り上げたいと思った楽曲自体が、ジャンルという面でボーダーレスという印象でしたので、逆に均質化されていない、特定のジャンルにまとまっていないという魅力を先入観なく打ち出していけたらと考えていました。
J-POPはこれまでよくガラパゴスと揶揄されていたと思うんですけど、日本の音楽マーケットが海外ではなく国内に向いたものであったことで独自の発展を遂げていった結果、海外のリスナーから「こんなにおもしろい音楽が日本にあるのか」と発見され始めている。宝探し感というかワクワク感みたいなものを与えられているんじゃないかなと思うんです。ネガティブに思われてきたものをポシティブに捉え直す、そういう価値観の転換を提示できたらいいなというのはありました。
後藤:ガラパゴスの話はおもしろいですね。たしかにJ-POPのサウンドメイクと似たような音楽は、欧米の音楽シーンからはなかなか出てこないですもんね。
芦澤:Aメロ、Bメロ、サビ、そのあと大サビがあってといった展開はJ-POP固有のもので、グローバルには通用しないと言われていたこともあった。いまは逆にそれが新しく見えているんでしょうね。
後藤:そう思います。僕はJ-POPについて考えると村上隆さんのアートが思い浮かぶんですよね。ああいうポップさとか立体感、浮世絵や屏風絵から続いている情報量の多さ、水墨画の奥行きというよりは漫画に繋がっていくような表現というか。そういうところがJ-POPのサウンドと共通項があるような気がしていて。結局、グローバルでの受容をめざして日本人が英語で歌っても、逆に個性が見えづらくなってしまうし、世界競争のなかで存在感を示すのは難しい。海外の人が東京に来たら、やっぱり寿司とか天ぷらとか日本特有のものを食べたいわけで、世界中のどこでも食べられるようなものは食べないですよね。「ならでは」のものを楽しみたいという気持ちのほうが、海外の人も強いんじゃないかな。
言語・ジャンル・時代の分け隔てなく聴かれる時代
矢島:もちろんアジカンの功績も〈Gacha Pop〉に無関係ではないですよね。日本のアニメカルチャーやアニソンが世界で人気になって、K-POPが世界的にブレイクして、という文化の流れがあってこその〈Gacha Pop〉だと思うんです。YOASOBIの「アイドル」がまさにそうですけど、今海外の人たちが〈Gacha Pop〉と呼ばれる日本の音楽を面白がっている要因のひとつとして、洋楽にはない複雑なコード進行や展開、構成がありますよね。K-POPはヴァースによってジャンルの違う要素を詰め込んでいくような構成を世界に浸透させたと思うんですけど、最近のJ-POPもその影響を受けているし、それまでのアニソンやボカロ音楽の要素も掛け合わせてより複雑で情報量の多い音楽を作っている。だから〈Gacha Pop〉は面白くてユニークだというふうに世界の人たちが受け入れてくれていると、一説としては言えるのかなと思います。
芦澤:K-POPは韓国語で歌っても世界で成功できるんだという前例を作ってくれましたよね。ラテンポップやレゲトンも近い現象だと思うんですけど、言語の壁がストリーミングによって崩れていくなかで、海外の人が日本語の歌をそのまま楽しめるようになっている。それこそYOASOBIの「アイドル」は、めまぐるしい構成のなかにK-POPに通じる展開もあれば、アニソンっぽいサウンドも入っている。そういう手法は日本ならではだし、その独自性がグローバルでここまで支持されるというのは、すごくおもしろい時代がきていますよね。
後藤:日本で作られた音楽が、欧米のみならずアジアやアフリカでも聴かれている。そういう可能性をSpotifyのようなストリーミングサービスが開いてくれた面もあるでしょうしね。
芦澤:リスナーのなかでも、何十年も前の曲であっても「出会ったときが新曲」という感覚が普通になっている印象です。新しい学校のリーダーズ「オトナブルー」が3年前の曲なのに今年に入ってからブレイクしたように、TikTokやYouTubeでバズが起きるのは新曲だけに限らないですし、たとえばCDの時代だと2週間で店頭の展開がなくなることもあったと思うんですけど、いまは時代とか世代を越えて発見される可能性が広がっていますよね。
矢島:夢という観点から言うと、まさにimaseは〈Gacha Pop〉ドリームを体現する存在のひとりですよね。岐阜の自宅で曲を作りはじめて、その1年後にはデビュー。「NIGHT DANCER」が大バズりして、韓国で人気者になり、遂にはLE SSERAFIMの曲「ジュエリー (Prod. imase)」を書き下ろしてナイル・ロジャースの曲と並んでCDに入るという。昔ではありえないかたちで夢を実現しているなって。もちろんそれは彼の感度のよさと、大人たちがマーケティング的発想でやっていることをナチュラルに楽しんでやってしまえる強みがあってこそだと思うんですけど。
芦澤:〈Gacha Pop〉でも「NIGHT DANCER」が突出して聴かれているんですよね。もちろんYOASOBI「アイドル」、米津玄師「KICK BACK」とか強い曲は多々あるんですけど、「NIGHT DANCER」は(昨年8月の配信リリースから)ずっと継続してトップパフォーマンスを叩き出してる。もともと韓国を起点にバズが起きて、それが世界に広がっていき、バイラルチャートでも36カ国でチャートインしていて、本当に勢いが衰えないなと。imase自身、K-POPのアーティストと一緒にコラボダンスを披露してみるとか、韓国のBIG Naughtyというラッパーとリミックスを作るとか、そういうアクションも早いですし、ついにはJUNG KOOK(BTS)が歌うというミラクルまで起きた。どこまで行くんだろうと楽しみに見ています。
矢島:SNS発のバズをロングヒットさせた、一番いい事例ですよね。SNSでバズったあとに細かく何をやるべきなのか、レコード会社のスタッフの方たちも「NIGHT DANCER」から学ぶものは多いだろうなと。
小熊:ヒットといえば、最近はXGの世界進出が目覚ましいですよね。彼女たちも〈Gacha Pop〉でプッシュされている印象ですが、芦澤さんはどう捉えていますか?
芦澤:XGは〈Gacha Pop〉のなかでは異色の存在ですよね。グローバル・スタンダードをめざして結成されたグループですし、歌やダンスのクオリティも圧倒的に高くて、歌詞も英語。「いままでにないレベルの日本人アーティスト」として、一部の音楽ファンの間ではデビュー当初から話題でしたよね。先日発表された「GRL GVNG」という曲もリリース週に70以上ものプレイリストに入っていたし、カバーも9つ飾っていた。どんどん記録を作っているアーティストですし、すごく注目しています。現状、彼女たちのリスナーは8割が海外なんですよ。特異なスタンスのアーティストだし、むしろ日本のリスナーにもっと聴いてほしいという気持ちで〈Gacha Pop〉に入れているところもあります。
つやちゃん:海外の方は、XGを「日本人のグループ」としてではなく、おそらく「K-POP」として受容していると思うんです。ねじれた構造になっていますよね(笑)。そういうグループが〈Gacha Pop〉に入ることで「日本発なんだ」と気づく人もいるだろうし、日本の音楽に興味を持つ入り口にもなりえると思う。プレイリストをきっかけに音楽の旅が始まることもあるでしょうし。
芦澤:New JeansもK-POPという感覚で聴いている人って実は少ないかもしれないですよね。特にデジタルネイティブの世代はジャンルレスな感覚で音楽を聴いているし、昔のCD屋さんでフロア分けされていたような邦楽・洋楽・K-POPみたいな区別はなくなってきているように感じます。出自や活動場所、何語で歌っているかは関係なく、音楽がよかったらいろいろな国のリスナーに刺さっていく時代になっていますし、日本からもその成功例が増えていってほしいなと。
後藤:いまはジャンルもフラットだし、時代もフラットに遡れるわけですもんね。70年代に出たものを新曲として聞くみたいな。ある意味ではヘルシーな感じがしますよね。「みんな好きなことやればいいじゃん」という時代になったとも言えるわけで。
自分の音楽が海外に届くのは「マジカルな体験」
小熊:「〈Gacha Pop〉は新ジャンルになるのか?」と少し前に議論になってましたけど、そのあたりはいかがですか?
芦澤:新しいジャンルを作ろうという考えはなかったです。プレイリストをラベリングする名前として〈Gacha Pop〉と名付け、いろいろな日本のカルチャーを発信・紹介していこうというコンセプトだったので。J-POPという言葉を否定するつもりもなかったので、思わぬところで議論が起きたなというのはあります。
小熊:そんな反響もあったりして、〈Gacha Pop〉は5月9日のローンチ後、すぐに人気プレイリストの仲間入りを果たしたそうですが、リスナーは日本と海外のどちらが多いんですか?
芦澤:いまは約7割が海外からですね。当初は海外比率がもっと高かったのですが、その後は日本でも伸びてきています。もともとは海外向けのプレイリストという立て付けで、ここまでのロケットスタートになるとは想像していなかったですけど、「いいね!」の伸びが早くてびっくりしています。
後藤:海外のリスナーが多いのはすごいですね。それはみんな〈Gacha Pop〉に入れてもらいたいですよ。むしろ海外で聴かれている音楽を意識してセレクトしている感じですか?
芦澤:そうですね。エディターが各国の再生データなどをすごく見ていて、海外でバズが起きていたり注目されていたりする曲を積極的に入れるようにしています。どこかの国や地域でおもしろいと思われているものであれば、どんどんチャレンジして入れていくという姿勢ですね。
矢島:「このアーティストはまだ海外に届いてないけれど、きっとこれから届くに違いない」という観点でプレイリストに入れることもあるんですか?
芦澤:エディターの裁量でいきなり上位に入れることはないですけど、曲を加えてみて反応を見たりはしていますし、そこで反応が良かったらポジションを上げていますね。曲の発見される可能性を高めていくことには力を入れています。
小熊:ここまで名前の挙がったアーティスト以外で、「実は伸びてきている」というアーティストがいればぜひ知りたいです。
芦澤:最近急に伸びてきたのはチョーキューメイですね。あとはインドネシアが牽引していると思うんですけど、有華「Baby you」も人気が出てきています。ちょっと前の曲が注目されるパターンで言うと、なとり「Overdose」もロングヒットしていますし、あいみょん「愛を伝えたいだとか」がここにきてすごく上がってきていて。何がバズになるか予測できない感じになってきていますね。キャッチーな言葉が繰り返されているとか、日本語の意味がわからなくても訳を読んだときに共感されやすいとか、曲ごとに分析はできるんですけど、だからと言って意図的に仕掛けられるかというと難しい。
後藤:なるほど。狙ってできることではないと。でも、レコード会社や業界の思惑ではなく、リスナー主導のヒットが出るというのはいいですよね。
芦澤:あと以前は日本の音楽といえば、北米や中南米でアニメの曲を中心に人気だったんですけど、いまはインドネシアやフィリピン、タイなどですごく聴かれるようになっている。東南アジアの人々がトレンドセッターの役割を果たしているのもフレッシュだと感じています。
後藤:それも不思議な現象ですね。
芦澤:東南アジアの国々は人口も増えてきていますし、Spotifyのアクティブ・リスナーの数もすごい勢いで伸びていて。しかも、リスナーの平均年齢が低くて、10〜20代の人たちが、ちょっと前の曲、なんなら40年前の古い曲とかを聴いて「カッコいい」と受け止めているのもおもしろい現象です。
矢島:東南アジアはTikTokがプラットフォームとして人気でユーザーも多いので、他の地域よりも曲の拡散力が強い印象です。若い人たちの熱狂度合いというのはやっぱり大事ですよね。
後藤:ポップミュージックはユースカルチャーという面が大きいですしね。どうしても大人になると感度が鈍ってくるし、聴くものが固定化されちゃう。若い人たちのエネルギーが音楽を動かしますよ。俺も〈Gacha Pop〉に入りそうな曲を作ってみようかな(笑)。
小熊:最近も「ヒットしそうな曲を作りたい」という話をしていましたよね。
後藤:ヒットする曲というか、コンセプトとかに逃げないで、みんなのフィーリングに刺さる曲はどうやったら作れるんだろう、ということに興味があるんです。ずっと音楽をやってきたなかで、売れるというのがいちばん難しくて。本当にわからない。「リライト」がヒットするなんて思ってませんでしたからね。
ASIAN KUNG-FU GENERATIONというバンド名も、アジアのロックバンドであることを意識して付けたバンド名だし、10代の自分はいつか欧米にも出ていけたらと思い描いていたわけですよ。その頃の夢に立ち返って、どんな曲を書くのがいいのかなって最近は思います。それこそ〈Gacha Pop〉の一番上にくるような曲を作ってみたいし、若い人たちが書いてる素敵な曲と張り合えたらいいなと。そういう意味でも刺激になりますよね。
小熊:アジカンは海外でもすごく聴かれてるわけですけど、やはりミュージシャンとしては、自分の作った音楽がいろんな国の人に聴かれるのっていいものですか?
後藤:自分の曲を遠くの街の人が聴いているのって夢みたいだなと、アジカンの初期から感じていましたよ。自分たちが作ったデモCDを広島とかで聴いている人がいるなんてすごく不思議だなって。それがいまや海外に広がっていて、行ったこともない場所で聴かれていることは本当に素敵なことだと思うし、実際に行って演奏する機会を持てたならば、 ミュージシャンにとってはもう特別な体験ですよね。僕も例えばメキシコシティに行って演奏したこと、ブエノスアイレスでライブをしたことは、一生の宝物だと思っています。それって本当に奇跡的でマジカルな体験なんですよ。この〈Gacha Pop〉に取り上げられているような若いミュージシャンも、この機会を使って世界に飛び出して、それぞれで素敵な体験をしてほしいですね。 キラキラしていて、美しくて、幸せなことだなと思います。
小熊:日本のバンドが海外でライブをしたら、海外でのほうが合唱の声が大きかったみたいな話も聞きますよね。そういう点に関しても、〈Gacha Pop〉を含めたストリーミングが寄与してる部分は大きいのかなと。
後藤:僕らも今度インドネシアで初めてライブをするんですけど(※8月18日に実施)、昔はインドネシアにファンベースがあるなんて簡単にはわかりませんでしたからね。そういうのがSpotifyとかを通じて可視化されたことで把握できるし、すごい可能性に満ちている。サブスクリプションはアーティストへの還元とかを含めて、まだ完璧なプラットフォームではないでしょうし、そこは引き続き議論しながらよりベターなものになっていくべきだと思うんですけど、ないよりは絶対にあったほうがいい。音楽がシェアされることに関しては夢のある時代になったし、〈Gacha Pop〉はその象徴のひとつと言えるんじゃないかな。
【関連記事】〈Gacha Pop〉がJ-POPを再定義する? 日本の音楽を海外に発信するための新たな動き
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