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挾間美帆、世界的ジャズ作曲家がデビュー10年で培った制作論「私の曲作りにメソッドはない」

Rolling Stone Japan / 2023年9月27日 17時30分

Photo by Dave Stapleton

2020年、グラミー賞のラージ・ジャズ・アンサンブル部門にノミネートされたあたりから、挾間美帆の立場は大きく変わったように見える。著名アーティストや名門ビッグバンド/オーケストラとのコラボも増えたし、次世代の作曲家たちへのレクチャーなどに携わることも増えている。前作『イマジナリー・ヴィジョンズ』からは世界のジャズ・シーンで最も勢いがあるレーベルのひとつ、UKのEdition Recordsからリリースするなど、今ではラージ・アンサンブル・シーンの顔として世界中で引っ張りだこになっている。

そんな挾間が自身のプロジェクトm_unitでの新作『ビヨンド・オービット』を発表した。これまでと異なるのは彼女の様々な活動の断片が収められたものであることだろうか。モントレー・ジャズ・フェスティバルから依頼されて書いた曲、資生堂150周年 メッセージフィルム 『「うつくしい」は、いのちの話。』のために提供した曲をもとにした曲、自身のラジオ番組『挾間美帆のジャズ・ヴォヤージュ』(NHK FM)のテーマ曲など、いくつかの提供曲をもとにした曲も収められている。

ただ、面白いのはタイアップの集積に全く聴こえないことで、挾間は何をやっても強固に自分の創作意欲に従って音楽を書いていることが伝わってくる。そのうえで、m_unitでの過去3作品よりもチャレンジングなサウンドになっている。挾間は一度だって守りに入ったことはなく、いつだってオフェンシブな音楽家だが、ここにきて一層攻めているように感じられる。グラミーへのノミネートなどにより獲得した地位や立場がもたらした余裕や安心感は音楽をさらに自由に、さらに大胆に飛躍させている。挾間はそういう音楽家だ。

今回のインタビューでは、敢えてざっくばらんに話をしてみた。僕は彼女を天才だと思っているが、それはそれとして、もしくはだからこそ、ちょっと変わった側面がある人でもある。ここでは我々の理解を超えた凄みの片鱗が引き出せたような気がする。



―m_unitでは久しぶりのアルバムですが、今回はどういうコンセプトですか?

挾間:コンセプトを一言で表現すると「デビュー10周年」です。m_unitとしては5年ぶりですが、その5年間で自分のオーケストラとか、自分のコンサートとかではない仕事やポジションが増えて、自分のために費やせる時間というのが非常に減ってしまった。そのなかで、どうしても10周年を記念して、なにか皆さんにお届けしたいという気持ちがありました。悪く言えば無理やりですね(笑)。どうしてもやりたいと言って叶えたレコーディングではあるので、そういった意味では時間をかけてというよりも、本当にできることを精一杯やったものをその時点で切り取った感じです。

―そんなにアルバムを出したいモチベーションがあったんですね。

挾間:そうですね。10周年は大きいなと思いました。NYで10年サヴァイブしたということになるので、それは自分のなかではある程度の勇気になりましたね。

―DRビッグバンドやメトロポール・オーケストラなど、名門の音楽監督を務めてきた5年間でもあると思うんですが、そういった経験もアルバムに反映されていると思いますか?

挾間:どうでしょうね。全く別物として捉えていますが、(m_unitに対する)ホーム感は増したとは思います。演奏しているときに感じるのは安堵感なんですよね。それは他のオーケストラにはないものです。ホームに帰ってきた、ただいま!みたいな。そういう気持ちのほうが強かったです。

―世界中のいろんなレベルのビッグバンドやオーケストラと仕事をしてきて、m_unitだからこそできることって感じたりしますか?

挾間:m_unitには容赦なく(曲を)書けますね。他のバンドの人たちには書けないようなことを、ここでは好き勝手やらせてもらえるんです。やっても「ゴメンね」って言えば済むような信頼感と絆がある。それは今に始まったことじゃなくて、ずっとかな。でも今作では、(m_unitに参加している)ミュージシャンから「今までにない書き方をしてた」「攻めてた」とか「今までの3枚とは違うね」とも言われました。

―例えば、どういうところですか?

挾間:「プラネット・ナイン」はトランペットとソプラノサックスのフレーズがすごく複雑なんですが、「よくもやりやがったな」という顔で、奏者に必ず一回顔を見られますね(笑)。あとは、「フロム・ライフ・カムズ・ビューティー」、ホルン奏者に言われたかな、「今までにないアプローチで書いたね」って。割とメロディーが多くて、しかも挑戦的なフレーズが多かったりするので。

―それはどういうところから来たものなんですかね。

挾間:好き勝手できると思って、羽を伸ばした結果なんじゃないですかね(笑)。

「作曲のプロセスに関しては全くメソッドがない」

―自分では意識してなくても、バンドメンバーは何かしらの変化を感じてるってことですね。あと、この5年で若手に教える仕事も増えましたよね。オンラインでやっているコンポーザーと一緒にレクチャーをするものだったり。そういうことって自分のなかに変化をもたらしたりしていると思いますか?

挾間:オンライン・イベントではゲストの人がお勧めの曲をみんなにシェアして、それについて語るみたいなものが多いですね。あと、自分のラジオ番組にゲストスピーカーが来てくれることが多くて、ゲストにインタビューすることも増えました。

私は以前、ジャズコンポーザーが6〜7人くらい集まって、ジム・マクリーニーとマイク・ホロバーと月一でレッスンしてもらえるっていうワークショップに、MSM(マンハッタン音楽学校)を卒業したあと3年間参加したのですが、その時の感覚に近いんですよね。コンポーザーってひとりで仕事しなきゃいけないので、集う機会があんまりないんですよ。

―たしかに。

挾間:オンラインでもいいから、コンポーザーどうしでハングアウトできるのはすごく大きい。どういう思考回路で曲を書いたとか、どういう思考回路でこの曲を面白いと思ったのかとか、同世代の作曲家たちがどういうことを思いながら生きているのかとか。そういうことを知ることができるだけでも全然違う。いい刺激になってるんじゃないかなと思います。

―僕(柳樂光隆)はライター講座をやってるんですけど、教えると自分がやってることの解像度がより高く見えたり、違う角度から見れたりみたいなことがあるような気がするんですけど、そういうのってないですか?

挾間:どうだろう? 自分のなかで作曲っていうのは、決まりがあって作っているわけじゃないんですよね。メソッドがないんです、作曲する過程に於いては。だから一曲一曲を説明することはできるけど、それが自分のやっているプロセスの解像度の拡大には全くならない。その曲ごとに作るアプローチが全然違うから。そういう意味では、自分の曲について喋ると「こういうことを昔考えてたんだ。よくやったな」くらいは思いますけど、それが将来の自分に繋がるっていう感覚は正直ないんですよね。

―なるほど。

挾間:「教える=学ぶ」ってみんなよく言うし、私も同意するんですが、教えるためにはメソッドが必要だと思います。私の作曲のプロセスに関しては全くメソッドがないので。私は朝起きて「作れますか? 作れませんか?」から「今日は作れませんでした!」みたいな、そんなんばっかり。それだと全然メソッドにならないですよね?

―(笑)自分なりのメソッドがないと。

挾間:ないです。だって朝起きて寝るまでに曲ができるかできないかだから。

―曲はどういうところから出てくるんですか?

挾間:例えば「エリプティカル・オービット」だと、太陽系外惑星について調べていて、そこからイメージを得ました。あと、(この曲にゲスト参加している)クリスチャン・マクブライドのライブに行ったときの強烈な音が印象に残っていたので、その二つを組み合わせて作ったのですが、それってもう無茶苦茶じゃないですか。そんなことを人に説明しても伝わらないというかね。「朝起きて急にそう思ったからやることにしました」って言われても「はあ?」みたいな。

―(笑)そうですね。

挾間:ほかにも例えば「ア・モンク・イン・アセンディング・アンド・ディセンディング」はエッシャーの騙し絵で有名な「アセンディング・アンド・ディセンディング」っていう階段を登ってるんだか降りてるんだかわからない、終わりがない絵があるのですが、そこにお坊さんがいっぱいいるんですよ。その中の一人のお坊さんの目線に立った曲を書くという謎のコンセプトが出てきたんですよね。



―どういうきっかけでエッシャーなんですか?

挾間:元々騙し絵がすごく好きで、福田繁雄さんが好きで本を持っていて、それを見てたんです。デザインでもちょっと騙し絵っぽい感じのバウハウスが大好きなので、そういうのを眺めてたら出てきただけです。

言葉にするのは難しいですが「降りていくコード進行を書いてるけど、気づけば上がってる」のを繰り返しているように見えて、実はだんだん変わっていくっていうイメージなんですよね。繰り返しているはずなのに、ひとつずつピースが変わっていって。結果的にミニマルミュージックに近い形のジャズになったかなと思っています。

―こういうふうに一曲ずつのインスピレーションやディテール、仕組みは答えられると。

挾間:でも、そこに(特定の)プロセスはないんですよね。作れなかった日はそれで終了です。毎日、時間を無駄にしていく。自己嫌悪に陥らないようにするということだけがメソッドですかね。

―メソッドがないってことは、AIで挾間美帆っぽい曲を作るというのも難しそう。

挾間:AIにはできないんじゃないんですかね。参照できるプロセスがないから。あと、ジャズの場合は即興がある。AIには立ち向かえない強みがあるんですよ。


Photo by Dave Stapleton

―曲が作れなかった日、自己嫌悪に陥らないためには何をしてるんですか?

挾間:寝る!(笑)もうそれは訓練されました。もともとすごくせっかちな人間なので、一日をどれだけ効率よく過ごすかとか、どうやってこの列を早くやり過ごそうかとか、そういうことばっかり考えてる人だから、一日が何の収穫もなく終わるっていうことに対してものすごい嫌悪感を持つ人間なんですよ、本来は。

でも、そんなこと言ってたら一生作曲なんてしていられない。それでもいいから作曲するってことは、音楽を書くことが相当好きなんだなと思うことにしたんですよ。もう何千回と自分自身に「はい、今日はもう怠ける日です」「怠けて大丈夫な日です」って言い聞かせて、10年経った結果がこれ(アルバム資料を指差して)。

―挾間美帆のせっかちさは逸話がいろいろあるくらいなんですけど、それでも作曲のための効率のいいシステムは敢えて自分で作らないと。

挾間:だって、そんなことしたって浮かんでこないものは浮かんでこないから。それに追い込むことも諦めました。結局辛くなっちゃうだけだし、本当にいいものが出た試しが一切ない。

―へぇ。

挾間:でも、この前「もう嫌だな」と思いながら書いた曲は決して悪くなくて。そうか、追い込むのもアリなのかってちょっと思いました。とはいえ、そういう感じですよ。常にセルフやる気と闘うだけの職業というか。

―出たとこ勝負なのは、意外と心根がジャズミュージシャンっぽいといいますか。

挾間:たしかに。でも「この1週間か2週間は作曲に費やそう」ってことだけは(事前に)決まってるんですよ。その無駄にするかもしれない2週間の予定は、ずっと前から決めてある。そういう几帳面さはあります。

―ちゃんと曲を書くためのスケジューリングは先にしっかりしておくということですね。

挾間:(そのスケジュール内には)収まり切らないんですけどね。でも、その2週間だけはすっごく綺麗に手帳に書いてある。実際の中身はもう滅茶苦茶なんですけど。

ゼロから作る人って「毎日朝6時に起きてから~」とかってできるものなんですかね。昔のクラシック作曲家の一日のタイムスケジュールを一覧にしたものがあって。確かチャイコフスキーだったと思うけど、朝2時間と昼2時間しか作曲せず、あとは楽譜を書く時間ではないんですよ。「時間を決めて作曲して、なにか浮かんでくるものなの?」っていうのが私の大いなる疑問なんですよ。朝6時に起きたって眠いときは眠いし、めっちゃイケてるときはイケてるし、全然違くない?って思うんですけどね。

―村上春樹は同じ時間に机の前に座って、ランニングして、みたいなことを毎日繰り返しているそうですよね。そういうふうにルーチンにして。

挾間:私とは全然違いますね。あと、食べるのが大好きだから、それを生きがいにしてます。とりあえず書けないから食べようとか、とりあえず書けないから寝ようとか、そういうのばっかり。

―挾間美帆のパブリックイメージとしては、もっときっちり仕事してそうなのに。

挾間:ただ、事務的なことを先にやっつけてから作曲に向き合いたいから、作曲するときは朝に全部メールをして、お昼から先はメールを開けない。朝なんとかそれをやって、お昼を食べて、お昼寝して、さあ満を持してと作曲に取り掛かり、何も浮かばなくて終了するのがいつものパターンですね。たまに浮かぶと大変なことになる。夜までイエーイ!みたいな感じ。

―そのまま寝ずにやるみたいな。

挾間:そうそう。

―昔のアーティストみたいな感じですね、気合!って感じで。今のアーティストはもう少し規則正しい生活をしているイメージがあります。最近はポップミュージックだと、みんなで書く(Co-Write)ほうが一般的かもしれないですね、アイディアをみんなで出し合って。

挾間:そっかそっか。(スナーキー・パピーの)マイケル・リーグみたいな。

―でも、ジャズ作曲家だと複数の人と書く機会はあまりなさそう。全てを自分から出さないといけないと考えると大変ですよね。

挾間:そうかもしれないです、共作したことがないから分からないけど。でも、この前初めてアントニオ・ロウレイロとそういう感じのワークショップをしてきました。

アイディアはSF、理数系、幾何学的

―ここからはアルバム収録曲について個別に聞きたいんですけど、「エクソプラネット組曲」はモントレー・フェスからの依頼で作られたんですよね。どういう経緯で?

挾間:まず、モントレーって西海岸にあるのですが、私は西海岸だと全くの無名なんですよ。でも、なぜかモントレー・フェスが委嘱(オリジナルの楽曲の作曲を依頼すること)してくれたんです。ティム・ジャクソンというプロデューサーが毎年、誰かに委嘱していて。「30分ぶんの曲」というのが彼からの委嘱の内容でしたが、プレイヤーに頼むとリードシート(メロディーとコード進行をまとめた簡易的な楽譜)で片付けたような曲をいっぱい持ってくる人が多かったみたいで、久しぶりにがっつり作曲したものをやりたいと思ったみたいです。でも、マリア・シュナイダーにもビリー・チャイルズにも過去に頼んじゃったし「最近の人で誰かいない?」となって、マリア・シュナイダーに電話したら出てきた名前が私だったらしくて。

まだ私がグラミーにノミネートもされていない頃に連絡をくれて、結局やると決まった後にノミネートされたんですけど、それくらい無名だったのに誘ってくれたんです。ただ2020年9月に初演予定だったのですが、その年は(コロナ禍で)フェスが中止になっちゃって、1年延期になった。翌年の9月に初演した作品です。

―なるほど。

挾間:ただ、2019年にオファーをいただいて2020年の9月に演奏する予定だったので、2020年の3〜4月の時点ではまだ予定通り披露できる可能性が残っていた。その間に書かなきゃってときに、NYでロックダウンになってしまった。そこからオンラインは情報過多になって、アメリカ大統領選挙もあったし、ブラック・ライブズ・マターも起こって。スマホを持ってるだけで気が狂いそうになっていたんですよ。アメリカはもうエクストリームすぎて、そのペースについていけなくて。もう地球のことを考えるのは止めようと思ってしまったんです。

その時に、自分はもともとお星様とかお月様を観るのが好きだし、地球以外のことを考えようと思って、SFを読んでみたり、太陽系外惑星の話を読んだりしてたら、太陽系外惑星で面白いアイデンディティーを持つ星がいくつかあることを知って、それを題材にして曲を書こうと思った。それが(組曲内の)最初の2曲、楕円形の軌道を描く惑星の「エリプティカル・オービット」と、3つの太陽を持つ惑星の「スリー・サンライツ」ですね。ただ、3つの太陽を持つ惑星は、2021年に誤報だったとして撤回されちゃったんですよ。それは間違いで、望遠鏡の埃だったんですって(笑)。

―埃(笑)。

挾間:最悪だと思ったけど、もう書いちゃったからしょうがない。そして、もう一曲の「プラネット・ナイン」は太陽系惑星だって負けてないよという意味を込めました。私たちが生まれたときって、まだプラネット・ナイン(冥王星が太陽系の第9惑星とされていたが、2006年に準惑星に変更されたので、現在、惑星は8つ)とされてたじゃないですか。あれはどうも納得がいかないので、まだ9個目の惑星もあるという希望を込めて。





―マリア・シュナイダーは「ハングライディング」という曲をライブで披露する前に、曲のストーリーを説明するんですよ。「この曲が最初こういう感じで人が走り出して、走り出すところはこの楽器がこういうソロをやります。そこから飛び立って上空へと登っていくところは、この楽器がこんなソロをやります」みたいな感じで、一通り説明してから演奏するんですよね。それによって曲が視覚的に聴こえるようになるんですよ。同じようなことを、この組曲で説明できたりしませんか?

挾間:この曲で? 全然できない。まったく漠然としたコンセプトで作っているので。さっきも話したように、クリスチャン・マクブライドをNYの「ジャズ・スタンダード」に観に行った際に、彼が何かのタイミングで開放弦の「ミ」、一番低い音をビーンって弾いたときに自分のなかで雷が走って。「この音を何度もループさせる曲を、いつかこの人のために書こう」って、この6年くらいずっと思っていたんですよ。で、惑星の軌道はループだしハマるかもと思って、その開放弦を何回もクリスチャン・マクブライドに繰り返してもらう曲を書いたのが「エリプティカル・オービット」です。

「スリー・サンライズ」は、3つの太陽=3つの音として、そのどれかが一曲の中で必ず鳴っている、それでも(音楽の構造的に)大丈夫なようになっている、というのがコンセプト。「プラネット・ナイン」は……わからん!(笑) とにかくやりたいようにやった感じです。

―どういうことですか(笑)。

挾間:「プラネット・ナイン、あったらいいなー」っていう気持ちを10分間に込めただけ。特にストーリーはありません(笑)。

―何か素敵なエピソードでもあるのかなと思ったら。

挾間:いえいえ、そんなことしている心の余裕はなかったんですよ、2020年の私には。本当に必死だったんだから、生きていくのに。

―でも言われてみれば、挾間さんは昔からワンアイディアを発展させていった曲が多い印象です。

挾間:コンセプチュアルなほうが圧倒的に多いですね。そういう意味では、マリア・シュナイダーと曲の作り方が全然違うと思います。彼女はもっと叙情的というか、物語がすごく強いから。


Photo by Dave Stapleton

―資生堂の創業150周年メッセージフィルムのために書いた曲「フロム・ライフ・カムズ・ビューティー」は?

挾間:もともと林響太朗監督の映像が先にあって、そのムービーが2分半くらいだったんですよ。それで最初はBIGYUKIさん、(中村)泰士さん、ケンドリック・スコットとイマニュエル・ウィルキンスに参加してもらって。もともとのキャンペーンソングにストリングスとフレンチホルン、クワイアを入れたんですね。そこからm_unitにも合うかもしれないと思って、当初の2分半を一番最後に持っていき、その前を新たに書き足すことにしました。そういうアプローチをやったことがなかったので、面白いかもしれないと思って。

―もともとの映像に、どういう感じでこの曲をつけたんですか?

挾間:映像を観ながらひたすらピアノを弾いて、その繰り返し。それを自分の携帯に録って、あとで譜面にした感じですね。この曲は全然コンセプチュアルじゃないかな、劇伴的なつくり方ですね。やっぱり目から見えるものに素直に反応したほうが音楽的になるというか。そのほうが逆に視覚と相まった音楽が作れるはずなので。そこでこっちがコンセプチュアルになると頭でっかちな音楽ができちゃうので、それでは映像に寄り添う音楽にはならないかなと思ったんです。でもその結果、m_unitに合うかもと思えるくらい気に入った作品になった。非常に珍しいことですね。



―若手サックス奏者のイマニュエル・ウィルキンスを起用した理由は?

挾間:資生堂のキャンペーンのコンセプトが内面の美しさにフォーカスしたものだったので、それを演奏でいま一番体現していて、ピュアに何の雑念もなく出せる人がいいなと思ったときに、イマニュエルが一番最初に浮かびました。

―彼はどういうサックス奏者だと思いますか?

挾間:雑念がないですね、今の彼は。それこそ自分が20代のときの怖いものなし、やりたいことにまっすぐ向かっていくっていうのを見返しているかのような、清々しい気分になります。自分がやりたいこととかコンセプトに非常に忠実で。でも、あれだけの才能があるから、それを音楽にしっかり出すことができる。だからと言ってチープな方向へ向かわずに、すごい努力のできる人だし、冷静に自分をコントロールできるアーティストです。

―なるほど。

挾間:30代を過ぎてからは、自分以外のところに責任を負わなければいけないことが増えてきたので、ああいうピュアな気持ちで「これがやりたい!」っていうことを素直にやる時間も取れなくなってきたんですよね。会社でいうところの昇進なんだろうし、それはいいことなんでしょうけど。

―キャリアアップみたいなことですよね。

挾間:そう。この5年で私はそういう立場になってきて、自分もすごく変わったと思います。だからこそ、そうではないピュアな状態で、あの才能を表でワッと出せるのは羨ましく、微笑ましく、眩しく、眩しく、眩しく、眩しく見ています。私以上にとんでもない才能とチャンスを掴んでいる人だから。



―僕も大ファンなんですよ。「ピュアでまっすぐ」という意味でも2枚目のアルバム『The 7th Hand』はすごいですよね。

挾間:やりたいことをやっていますよね。1枚目のアルバム(『Omega』)であんなコンセプトのアルバムを出すっていうのも、相当勇気のいることだと思います。かなりソーシャル・ステートメントが入ったアルバムだと思うので。

―サックス奏者としてはどう分析しますか? 僕は挾間美帆の好みじゃないかなと思っていたので意外でした。

挾間:本当に? ニューヨークでアルトサックスとなったら、木の感じとリードの厚い感じの音色が私は大変好みなんです。そう考えるとイマニュエルは大変分厚い音をしているから、すごく私好みの音色をしています。あと、持ってる音楽の言語ですね。ジョエル・ロスから来たかなと思えるような、今風のニューヨークのフレーズも完全に網羅できている。そこも私好みですね。



―次は「アビーム」について。

挾間:ラジオ番組のテーマ曲がほしいなっていう気持ちと、ずっと出てみたかったウィンター・ジャズ・フェスティバル(NYで開催される世界最大級のジャズ・フェス)に出演できることが決まった喜び、その二つを混ぜて「ニャア!」っていう曲。勢いのある曲を書きたかったんです。

―「ニャア!」って(笑)。

挾間:美帆という名前は、ヨットの帆から来ているんです。ヨットの帆は風を90度に受けると、進みすぎて転覆するかもしれないので危ないんですよ。そのポジションのことを「アビーム」と言うんですけど、今回はその”行き過ぎた勢い”みたいなのがほしくて、この名前にしました。あと、自分のラジオ番組の最初の10秒を必死に考えて、「ここで”挾間美帆のジャズ・ヴォヤージュ”って言えるようにしとこう」みたいな感じです。

―ジングル感があるものをちゃんと考えたと。

挾間:そうそう。どこかで切ってジングルにできる部分を忍ばせたりとかして。

―アイディアがあって機能的。本当に抒情的な話が一切出てこないですね。

挾間:そうなんですよ、全然抒情的じゃない。私は基本的にそういう脳みそがない。小西遼と一緒にCom⇔Positionsってビッグバンドもやっているんですが、彼は全てがリリカルで、それこそ(象眠舎として)自分のライブをやるときも、歌手を10人くらい呼んだりしている。抒情的だし、音楽へのアプローチも言葉や物語からなんですよね。私はそういうのが一切出てこない。曲を作るときのモチベーションが真逆なんです。右脳から来てるか、左脳から来てるかくらい真逆に感じるから面白い。だからこそ、一緒にビッグバンドをやってるんですよ。

―そういえば、過去の曲名も理数系チックでしたね。

挾間:巡回数だったり、数字のことばっかり考えてます。パラレリズムとか、平行線について考えるとか、ピラミッドの三角をいっぱい並べたらどうなるかについてとか。そういうことを考えているのが楽しいから、そればっかり。

―天体や騙し絵もそういうことですよね。

挾間:そういうところでまた神経質なA型を発揮するんですけど、パズルみたいにハマるのが楽しくてしょうがいないんですよ。戸棚に綺麗に収められるのと一緒で、そういうデザインが好き。バウハウスとかも全部そうじゃないですか? デンマークのデザインとかも情緒的じゃなくて、幾何学的だから好きなんですよ。




―この流れで突然「キャント・ハイド・ラヴ」をカバーしているのは?

挾間:カバーは毎回入れていて、しかも突拍子もないところから出してくるっていうのが、いつものよくわからない暗黙の了解なんですけど。今回は10周年なので原点回帰だと思って、人生で一番最初にお小遣いで買ったアルバムから選ぼうと思いました。青森で小学4年生くらいのときに買ったのが、アース・ウィンド・アンド・ファイヤーのベスト盤なんですよ。「レッツ・グルーヴ」が好きで、あの曲が入っているアルバムだったら何でもよかった。ただ、「レッツ・グルーヴ」は好きすぎて変えられないからアレンジにならない。それで変えられるポテンシャルを持つ曲を探しました。

―なんでアレンジがサンバなんですか?

挾間:「キャント・ハイド・ラヴ」は上から目線の歌詞なんですよ。「どうせ俺のことが好きなのが隠せないだろ?」みたいな歌詞だから「隠せないですよ、それで何が悪いんですか?」みたいな、売られた喧嘩は買おうキャンペーンにして。最終的には愛を隠さないで終わるっていうコンセプトにしてみました。

―で、隠せないからカーニバルになると。

挾間:そうそう。結局、気が狂って終わるっていう。

―どんちゃん騒ぎになるんだ(笑)。

挾間:ほんと、情緒がないですねぇ〜(笑)。

―「キャント・ハイド・ラヴ」は一応、プリンスやディアンジェロがセクシーにカバーしてきた曲でもあるんですよ。

挾間:それは意識しませんでした。私は考えていることが薄っぺらいんですよね。自分は浅はかだと思うから、「自分はこう思う」って自信を持って言えないんだと思う。例えばイマニュエルみたいに、黒人の文化や歴史、マイノリティについてしっかり意見を持って、それを音楽に反映させる勇気がないんですよ。

―それは音楽に対する視点の問題で、挾間美帆は顕微鏡みたいな視野で物事を見てると思うんですよね。ミクロな視点で掘り下げて、それを元に大きな音楽を作るみたいな感じ。

挾間:それはそうですね。音楽的にはもうちょっと情緒溢れるものになってくれればいいんですけど。

―でも、聴いてる側としては挾間美帆の音楽は映像的に感じたりもするんですよ。

挾間:周りからもそう言われることは多いですね。私の曲は映像が見えるようだと。でも、自分では映像を思い浮かべて作っているわけじゃないから、不思議だなと思ってます。



挾間美帆
『ビヨンド・オービット』
発売中
再生・購入:https://Miho-Hazama.lnk.to/Beyond_Orbits

挾間美帆m_unit日本ツアー2023
2023年9月29日(金)東京・文京シビックホール・大ホール
2023年9月30日(土)大阪・東大阪市文化創造館 Dream House 大ホール

公式サイト:https://www.jamrice.co.jp/miho/

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