ジャック・リーが語るネイザン・イーストとの共演、韓国出身ジャズ・ギタリストの数奇な人生
Rolling Stone Japan / 2023年10月5日 17時0分
ベーシストのネイザン・イースト(Nathan East)と初めてコラボしたアルバム『Heart And Soul』のリリースに先駆けて、パット・メセニーも激賞する韓国出身のギタリスト、ジャック・リー(Jack Lee)がプロモーションのため日本を訪れた。ネイザンの息子、ノア・イーストのハモンドB3オルガンをフィーチャーした本作はゴスペル・フィーリングが濃厚。コロナ禍を挟んだ心境の変化が、ふたりをこうしたスピリチュアルなアルバムに向かわせたという。
1966年にソウルで生まれ、80年代初頭まで韓国で育ったジャックは17歳のときに渡米。コロムビア大学でコンピューター・サイエンスを学びながら、学内のFM局でジャズ番組のディスクジョッキーを担当していた、という経歴の持ち主だ。ギタリストとしては90年代から頭角を現し、その後トニーニョ・オルタやボブ・ジェームスとの共演を通してワールドワイドでの名声を獲得。中でもネイザン・イーストとは交流が深く、彼のソロ作『Reverence』(2017年)の日本盤に自作曲を提供、客演もしていた。
ネイザンとのコラボ作が実現した背景と、興味深いプロフィールについて、ジャックにじっくり語ってもらった。
─2019年の前作『La Habana』は旅のアルバムという印象でしたが、新作『Heart And Soul』ではガラッと変わって、聖歌やゴスペル、信仰をテーマにした曲が多く収められましたね。このアルバムはどのようにして始まったのですか?
ジャック:『La Habana』はL.A.に住んでいたときにキューバに行って、そこからインスピレーションを得てああいうロマンティックなアルバムができた。今回は……この3年ぐらいの間に世界がいろんな意味で凄く変わったよね。僕が韓国でいつも行っている教会で、僕の友人──彼は僕の音楽のファンでもあるんだけど、その人からこういうスピリチュアルな面を出したインストゥルメンタル・アルバムを作ったらどうだ、と言われてね。僕もこの3年ぐらいで信仰心が深まったというか、神に対する想いが深まった点があったので、ネイザンに話してこのアルバムを作ることにしたんだ。
─コロナ禍で長いステイホーム期間をあなたも経験したと思います。その間に感じたことや考えたことが、新作に反映されたところはありますか?
ジャック:やっぱり1年目の2020年は、誰にとってもそうだったと思うけどつらい1年だったね。外に出られず、人々とも触れ合えなくなってしまって。2021年もライブができないっていう意味ではさらにひどい年だったけど、それと同時にひとりで自分自身を見つめ直す時間が持てたのは有意義なことだった。それによってソウル・サーチング的なことができたし、そういう時間を経て成熟できたアーティストは多かったんじゃないかな。もちろんギターの練習も欠かさなかったし、家族との時間を持つこともできて、意義のある過ごし方ができたよ。
─選曲は先行シングルになったスティーヴィー・ワンダーの「Have A Talk With God」から、サイモン&ガーファンクルの「Bridge Over Troubled Water」、バッハやフォーレまでと幅広いですね。どのように曲を選んでいったのでしょう?
ジャック:ただスピリチュアルで宗教的なだけのアルバムにはしたくなかったし、あらゆるジャンルを網羅したいと思ったので、ポップスからクラシック、ジャズ、賛美歌、ゴスペル、ソウルまで、メロディを中心に考えて2カ月ぐらいである程度リストをまとめた。その後ネイザンと相談して、やる曲を決めていったんだ。
─アルバムのゴスペル的な側面を支えているのが、ネイザンの息子、ノア・イーストのハモンドB3オルガンだと思います。
ジャック:ノアは天才だよ。耳がいいというか……彼には譜面が必要ない。もちろんアレンジはしたけれど、ノアは絶対音感の持ち主で、素晴らしいギフトを授かったね。言わなくてもわかるっていう意味では真のジャズ・スピリットを持ったプレイヤーだと思う。彼はインプロバイザーとしても優秀だけど、それは他のミュージシャンの演奏をちゃんと聴く方法を知っているからさ。
─アルバムには他にもジョン・ビーズリー、スティーヴ・フェローン、平原綾香など、個性的なミュージシャンが参加しています。レコーディング中に起きたマジカルな出来事、瞬間があったら教えてください。
ジャック:たくさんマジカルな出来事があったけれど、そのひとつは12曲を2日間で録り終えたという奇跡的な速さかな。これはお互い言葉で説明しなくてもわかり合える関係があってこそ、だった。もうひとつは、ちょうどグラミー賞のノミネーション・ウィークにレコーディングしていたら、ジョン・ビーズリーがノミネートされたこと(マグヌス・リングレン、ジョン・ビーズリー、SWRビッグ・バンドのアルバム『Bird Lives』に収録されている「Scrapple From The Apple」が最優秀インストゥルメンタル編曲賞を受賞した)。「きっと神の音楽をやっていたおかげだ」と冗談で言っていたよ(笑)。
綾香が参加してくれたのもマジカルな出来事のひとつだね。最初に音を送った段階では彼女からどういうものが返ってくるか予想できなかったけど、2〜3週間後に歌を入れて戻してくれたトラックを聴くと、バッチリだった。期待以上の歌唱だった上に、彼女はそこにパーソナルなタッチも加えてくれた。実に見事だったね。
─「Bridge Over Troubled Water」の、一旦ブレイクしてからのギターソロもマジカルでしたよ。
ジャック:あれは僕のジャズ・サイドが表れたものだね。アレンジを聴けばわかる通り、ウェス・モンゴメリーへのオマージュでもあるんだ。
─韓国ではキリスト教が盛んですし、母国でもアメリカでも聖歌やゴスペルに触れる機会が多かったのでは、と想像します。あなた自身にとってそういった音楽は、ルーツのひとつと言えるもの?
ジャック:いや、ルーツとまでは言えないかな。キリスト教に本当に深く触れるようになったのはこの10年ぐらいだから。韓国でもニューヨークでもキリスト教的なものに触れる機会はたくさんあったけれど、当時はそこまで深い信仰心を持っていなかった。ネイサンとノアは違う。彼らは僕よりもずっと前から熱心なクリスチャンだった。ネイサンのお兄さんは教会の聖職者なんだ。
結局は自分と神との関係だと思う。教会に行く、行かないとか、そういうことではなくてね。このアルバムも、皆さんに「あなたの神を見つけなさい」と言いたいわけではなくて、「そういうこともあるんだよ」と示したい、という意図で作ったんだ。
ジャック・リーの数奇な音楽人生を振り返る
─ここからは、ティーンエイジャーの頃に戻って訊かせてください。あなたが最初に興味を持った音楽はどういう種類のものでした?
ジャック:最初はクラシックが大好きだったから、セゴビアのようなギタリストが好きになったし、ベートーヴェンとかを好んで聴いていた。12歳ぐらいになると周りの友達もロックを聴き始めていたので、僕もそういう音楽を聴くようになった。韓国では米軍基地が身近にあったから、ロックに触れる機会が多かったよ。ジミ・ヘンドリックスやエリック・クラプトンを他の友達より少し早めに聴いていた。
─ギターを弾き始めたのはいつ頃からですか?
ジャック:10歳ぐらいだね。アコースティックギターを弾き始めた。ピアノのレッスンは4歳ぐらいから受けていたけれど、ギターは独学で覚えたんだ。他の人からギターのレッスンを受けたのはニューヨークに行ってから、18歳ぐらいのときが初めてだったよ。
─あなたの演奏スタイルはアコースティックからエレクトリックまで、本当に幅広いですよね。どんなギタリストに影響されたのか教えてもらえますか?
ジャック:パット・メセニーとウェス・モンゴメリー……ジャズのギタリストで言うと、そのふたりが大きな影響源だった。でも、影響を受けたのはギタリストだけじゃなくて、たとえばハーモニーや空間の使い方はキース・ジャレットを聴いて学んだ。ジャック・ディジョネットのドラミングも好きだし、マイルス・デイヴィスのメロディの吹き方も好き。ディストーション・ギターってことで言うと、僕はジョン・スコフィールドから刺激を受けている。名前を挙げ出すときりがないね。肝心なのは、いろんな人たちからもらってきたものを使って、自分自身のものを生み出すことだと思う。
ネイザン・イースト・バンドで演奏するジャック・リー(2015年)
─ちなみに、今一緒にプレイしているネイザン・イーストの音楽とは、どうやって出会ったか覚えていますか?
ジャック:僕が韓国にいた頃は、彼の存在をはっきりと認識せずに、ボブ・ジェームスやジョージ・ベンソンのレコードを聴いていたと思うんだ。
─80年代にティーンエイジャーだったら、ケニー・ロギンスの「Footloose」も確実に聴いていますよね。
ジャック:確かに!(笑)。当時はネイザンがプレイしているなんて知らずに、たくさんの作品に触れていた。明確にネイザン・イーストというプレイヤーを意識して聴くようになったのはアメリカに渡ってから、フォープレイを聴いたのが最初だと思うよ。
─韓国には17歳までいたそうですね。その頃、80年代までの韓国は、ジャズやフュージョンよりもロックの方が盛んだった印象があります。あなたがプロのミュージシャンとしてデビューした頃には、状況がかなり変わってきたのでしょうか?
ジャック:もしかしたらね。確かに僕がアルバムを出して、初めて韓国でショーをやったときはミュージシャンたちが大勢見に来てくれて、反応を感じた。でも今の韓国の音楽シーンって移り変わりが物凄く早いんだ。ファッションと一緒で、変化があまりにも早すぎる。ミュージシャンもそのときに流行っているものに合わせてどんどん変わるので、今はポップ系のものをこぞってやっていたりする状況なんじゃないかな。
─コロンビア大学でコンピューター・サイエンスを学んでいたとか。その頃の経験が、今の活動に何かつながっている部分はありますか?
ジャック:僕は数学が得意だったのでコンピューター・サイエンスを専攻したんだけど、どうなんだろう(笑)。レコーディングのスタジオツールとしてコンピューターを使うのには役立っているかな。バッキングトラックをいじったり、コードチェンジを考えたり、パソコンは日常的にいろいろな用途で使っているからね。
─大学にいた頃、学内のFM局でディスクジョッキーをやっていたそうですね。その頃のことを教えてくれませんか?
ジャック:コロンビア大学でDJをやったことは、僕にとってとても重要な経験だ。たくさんの素晴らしいジャズ・ミュージシャンに会ってインタビューすることができたし、普通の人が10年かけて学ぶようなことを1年で学ぶことができたからね。それは間違いなく僕を助けてくれた。
僕が話を聞くことができたのは、ギル・エヴァンス、マックス・ローチ、ソニー・ロリンズ、そしてラリー・コリエルやタル・ファーロウといったギタリストたち。つまり、レジェンド級のジャズ・ミュージシャンたちと何人も会うことができたんだ。どの劇場、どのクラブにも入れるフリーパスを手に入れたようなもので、多くの友人を持つことができた。まだ20歳そこそこだったから、学んで吸収するには最高の時期だったし、DJに没頭していたよ。
─あなたがアメリカに渡った頃は今よりも人種差別が顕著だったはずですし、アメリカの音楽界でエイジアンが対等に活躍するのは簡単なことではなかったと思うんです。そういう状況をどうやって乗り越えていったんですか?
ジャック:もちろんニューヨークでも当時から人種差別はあったし、アジア系の移民に対するステレオタイプな考え方に直面したけど、自分は気にしてなかった。それによって自分が恵まれてないっていう風に考えることはまったくなかったよ。その時期のニューヨークは音楽の黄金期だったと思うので、自分の演奏を聴いてもらうためにやれることは何でもやった。
─最近は後輩たちにアドバイスや指導をすることも多いと思います。そういうときに、あなたはどんなことが大切だと教えていますか?
ジャック:バンドや他のミュージシャンと演奏する時間も大切だけど、その前に自分ひとりで取り組む時間っていうのも凄く大切だと思う。そしてひとりでたくさん時間を使って練習した後は、自分より10倍うまい人と一緒にプレイしてみるといいよ(笑)。
─レジェンドたちと共演する機会も多いあなたですが、彼らと接してどんなことを学んできましたか?
ジャック:たとえばパット・メセニーと共演したときは、同じステージにいられるっていうだけで言葉にできない何かを感じるもので……彼がいかに音楽に対してリラックスして取り組んでいるかを見ながら、同時にとてもフォーカスして取り組んでいる様子も目の当たりにした。その瞬間は、彼の名前とか、使っている楽器がどうとか、どれくらい速く指が動くとか、そんなことは一切関係なくなる。ミュージシャンが音楽を生み出しているそのとき、その瞬間というのは、小手先のテクニックでコントロールできるようなものではないんだなっていうことを悟ったよ。
パット・メセニーと共演するジャック・リー(2011年)
ジャック・リー&ネイザン・イースト
『Heart And Soul』
発売中 ※日本盤SHM-CDリリース
再生・購入:https://JL-NE.lnk.to/HeartandSoul
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