蓮沼執太が語る「純粋な自分の音楽」、小山田圭吾や灰野敬二らと録音した「環境の記録」
Rolling Stone Japan / 2023年10月10日 12時0分
アート、演劇、映画など、幅広い分野で活動する音楽家、蓮沼執太。様々なミュージシャンたちが集ったプロジェクト、蓮沼執太フィルでの活動が長らく続いていたが、ソロ名義としては7年ぶりの新作『unpeople』が完成した。
インストゥルメンタル作品としては『POP OOGA』以来、実に15年ぶりとなる本作は、「純粋に自分の音楽を作りたい」という思いのもと、5年間にわたって制作された。エレクトロニクス、生楽器、フィールドレコーディングなど様々な音が入り混じり、さらに小山田圭吾(コーネリアス)、灰野敬二、ジェフ・パーカー、コムアイなど多彩なゲストが参加。コンセプトもテーマもなく、気持ちが赴くままに作り上げた本作は、蓮沼執太という音楽家のエッセンスが詰まった作品なのかもしれない。新作について蓮沼に話を聞いた。
ーソロ名義としては7年ぶりのアルバムですが、「純粋に自分の音楽を作りたい」という気持ちが作品の出発点になっているそうですね。
蓮沼:日々なにかしら曲を作っているのですが、その大半が誰かのため、あるいはプロジェクトのためのものなんです。もちろん能動的に作っているんですけども、演奏家や楽器割りが決まっているので、ある種制限のあるなかで曲を作っている。そういう仕事があるのは嬉しいことではあるんですけど、そんななかで「自分の現在地はどこなんだろう?」っていう疑問が浮かんできて。自分がやりたい表現ができないケースもありますからね。それが嫌だっていうわけではないんですけど、そういう時に小さなストレスが生まれたりする。だから、次のプロジェクトが始まるまで、1週間とか2週間とか、時間がある時に、自分の身の回りの範囲内で何か曲を作ってみようというのが始まりでした。
ー宅録状態でコンセプトもプランもなく曲を作る?
蓮沼:そうです。いつも自分の作品にはコンセプトがあって、その枠組みのなかで作品を作っていくことが多いんですけど、今回はそういうものが一切なく、ただ音を鳴らして、それを未完成のまま記録しておいて、また時間ができた時にその音を引っ張り出してきてゴソゴソやる。そんななかで、曲に仕上がるものもあればボツになるものもあるっていう感じでした。
ーそういう作り方をしたことは、これまでにもあったんですか?
蓮沼:以前は曲を作り始めるとすぐにできちゃったんです。曲作りは最初が肝心だと思っていたので、「これはあまり良くないかも」と思ったら、寝かさずにゴミ箱に捨てていた。今回は結果的に寝かすことになったんですけど、2カ月後に聴き直してみると前には聞こえなかったものが聞こえたりして、それも面白いと思えたんです。曲をちゃんと完成させようと思ってなかったから、そんな風に思えたのかもしれない。だから、音の扱い方とか曲の作り方も普段とは違うことをやってみようと思えたし、自分をどれだけ活性化させて、どれだけフレッシュなことが出来るのか?みたいなところを試していたんだと思います。
ーアルバムを聴いた時、遊びの感覚があると思いました。一見、抽象的な音の作りをしていながら、難解さより自由さを感じました。
蓮沼:それはすごく嬉しいですね。普通の作品作りとは違っていたのは確かです。何の制限も、明確な目的もないなかでの作業だったので。
ー曲を聴く限り、曲作りの出発点はメロディーやリズムではないですよね。
蓮沼:僕がシンガー・ソングライターだったら、言葉や歌から出発するかもしれませんが完全に違う。といって、ピアノや楽器を使って曲を作るという感じでもないので最初は音ですね。(曲作りの)入り口はできれば非楽器で開けたい。でも、そうするとただの音になってしまうので、音から音楽に近づける際に大きな役割を果たしたのがシンセでした。シンセや楽器を入れるとことで音が音楽に少し近づく。フィルをやっていると、どうしても楽器を意識して曲作りしなくてはいけないのですが、僕は本来、音から出発して音楽に向かっていくということを再認識しました。
ー音といえばフィールドレコーディングした音源が曲に使われていますね。以前から蓮沼さんはフィールドレコーディングをされていましたが、今回はどういう目的で使用されたのでしょうか。
蓮沼:フィールドレコーディングという手段は、あまりこういう録音音楽のためには使ってはいませんでした。どちらかというとインスタレーションとかプロジェクトに投入するメソッドなんです。それを今回は曲で使用しようと思った。フィールドレコーディングした音が曲の出発点になっているんです。
ーフィールドレコーディングの音源から、どんな風に曲を作り上げていくのですか?
蓮沼:例えば、緊急事態宣言が出た翌日に渋谷の街でフィールドレコーディングしていたんですよ。そしたら、「外に出ちゃいけない」って言われているのに子供達がサッカーをしてて(笑)、それが面白いと思って録ったんです。その音を聴いているとハーモニーやリズムみたいなものが自然に浮かんでくるんです。頭の中で音を分析しているのかもしれないんですけどね。例えばシャソールというフランスのミュージシャンがいて。
ーはい。いま話を聞いていてシャソールのことを思い出しました。彼もフィールドレコーディングした音源から曲を作りますよね。鳥の鳴き声からメロディーを見出して、それを発展させたり。
蓮沼:そうそう。あそこまで環境音を音階としてディフォルメしたいとは思わないけど、(環境音を)音楽的に紐解けるポイントがどこかにあるんです。ここにモジュラーシンセを入れてみたりして、意外にあうな、と思ったら繰り返して入れてみる。そういうことをやってるうちにグルーヴが生まれて、そこにメロディーを入れてみたりするんです。
小山田圭吾や灰野敬二らと録音した「環境の記録」
ーそして、さらにゲストが入ったりもするわけですね。今回ゲストの顔ぶれもユニークですが、小山田圭吾さんとは最近ライブを一緒にされていましたね。
蓮沼:2人で即興ライブをしたんですよ。小山田さんはあまり即興はされてなかったので、どうなるのかわからなかったんですけど、やったらめちゃくちゃ面白くて。インプロのギタリストのような感じではまったくなく、いつも通りの小山田さんでくるんですけど音の組み立て方がすごかったです。それで(新作に収録された)「Selves」という曲を作った時に、小山田さんにデモと一緒にライブを録音した音源も送ったんです。「こんな感じでお願いします」って。そしたら、全然違う感じで返ってきた(笑)。でも、それがすごく刺激的だったんですよね。
ージェフ・パーカーもギターで参加していますが、同じようなやり方だったんですか?
蓮沼:彼が参加したのは「Irie」という曲なんですけど、入江をボケーっとみている時に感じたことを曲にしたんです。何かが始まるわけでも終わるわけでもない曲なんですけど、曲が「ジェフを入れれば?」って言ってきた(笑)。それでラフを彼に送って自由に弾いてもらいました。そしたら、「ノーマルギター」というのと「アンビエントギター」っていうのと2つトラックが返ってきたんです。好きな方を使ってください、みたいな感じで。それでその2つを重ねて使ったんです。
ージェフのギターは幾何学的だけどオーガニックでもあり、このアルバムにはぴったりですね。
蓮沼:そうですよね。僕の音がいらないくらい(笑)。だから、ジェフさんのギターを入れてから自分の音をどんどん削っていったんです。音が多すぎる気がして。
ー灰野敬二さんの参加にも驚きました。灰野さんはギター以外も演奏されていますが、どんな風に参加されたのでしょうか。
蓮沼:灰野さんとは不定期でライブをやっているんです。その際にスタジオでリハをやるんですけど、ある日、灰野さんがたくさん楽器を持って現れたんです。ギター、笛、ドラムマシーン、エレクトロニクス、いろいろ持ってきて。これは何か面白いことが起こるかもしれないと思って、僕が持っていたレコーダーをすべてオンにしてリハをやったら、やっぱり面白かった。そのセッションの音源を切り取ってラフを作り、こういう展開があると良いな、と思うことを自分で加えて曲にしました。
ー他の曲とは少し違ったプロセスだったんですね。
蓮沼:ちょっと違いますね。ただ、リハをしたスタジオは灰野さんが住んでいる近所の川越にあるんです。自分が訪れた場所で記録するというのはフィールドレコーディングの拡大解釈として捉えていて。その時に面白いと思った音は使おうと思っていました。デイヴィッド・トゥープは、こういったレコーディング(取材を録音しているICレコーダーを指差す)もフィールドレコーディングだ、とも言及しています。要するに、その場の環境を録音している、ということなんですよね。
ーそう考えると、小山田さんやジェフが録音した演奏も違う環境の記録であり、曲の中に複数の空間が交差しているわけですね。
蓮沼:全然違う空間が楽曲に流れ込んで来ることで、ひとつの楽曲が持つ時間に複数性が生まれる。そういうことっていうのは、作り手としてもすごくやりたいことなんです。特に「Irie」には複数の時間が流れている。そういうことをコンポジションとしてやるのは、自分のために作った音楽じゃないと無理なんじゃないかと思います。
ーレコーディング技術の変化で、曲の中で空間や時間が編集できるようになったというのは大きな出来事ですね。
蓮沼:音楽家として活動を始めた頃、自分の作品に欠けていたのは空間性なんですよね。空間性の学習が足りてなかった。その後、サウンド・インスタレーションとかダンスや演劇の音楽を作らせてもらうなかで徐々に勉強していって、ひとつの空間に3つぐらい時間を入れるとか、そういうことができるようになった。いろんなジャンルでのコラボレーションで学んできたことを、いまレコーディングを通じてやっているようなところはありますね。
ー新作にはこれまでに経験から得たことが昇華されているわけですね。『unpeople』というタイトルも印象的でした。フィルに比べて人が少なくなった。一人で録ったというのもあるでしょうし、パンデミックで人が少なくなった街の風景が頭に浮かんできたりもして、いろいろとイメージが広がりますね。
蓮沼:コロナも終息気味になると、みんな何事もなかったように生活している。コロナ以外のことでも現実的には危機的だけど、みんなそれを見向きもせずに、危機として扱わない状況があると思うので、そういった物事に対してなにか訴えかけるようなタイトルであればいいと思いました。
ー人類学者レヴィ=ストロースの「人間がいないところで世界は始まったのだから、人間がいないところで世界は終わるだろう」という言葉を思い出しました。
蓮沼:それはまさに『unpeople』ですね。この1〜2年ぐらい、次に作る作品のためにリサイクルとかエコシステムみたいなことをリサーチをしてて。例えば、自然が足りないからと言って、人間の判断で植物を植えることが環境にとって良いとも言えません。そうすると元の生態系ではなくなってしまいます。「こうであるべき」っていうのを人間の判断が正しいのかどうかも考える必要がある。危機的な状況なのは確かだし、ただただ悲観的になっていても仕方ないと思っています。
ーだからといってメッセージ性が強い作品ではなく、サウンドはノンジャンルで自由度が高い。そこに『unpeople』というタイトルが付くことで想像力が刺激されますね。
蓮沼:インストの音楽集でもあるので、日頃、歌を中心にしたものを聴いている人には異質な音楽かもしれませんが、アルバムを聴きながら、いろいろと想像してもらえると嬉しいですね。
蓮沼執太
『unpeople』
発売中
再生・購入:https://virginmusic.lnk.to/unpeople
アルバム特設サイト:https://un-people.com/
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