BTSのVが語る、ソロアルバム『Layover』発表までの道のりとメンバーたちの支え、ジャズからの影響
Rolling Stone Japan / 2023年10月9日 12時0分
いまさら言うまでもないことだが、10年にわたってBTSのメンバーとして活動してきたVは、K-POPアーティストとして不動の地位を築いた。それだけでなく、2016年には韓国ドラマ『花郎(ファラン)』に出演し、俳優としても高く評価された。また、シンガーソングライターとしての顔も持つ。各方面で実力を発揮するVだが、自分が探している答えはまだ見つからないと語る表情は朗らかだ。
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ミュージシャンであり、俳優でもある27歳のV(本名:キム・テヒョン)は、過去3年の間にひたすら曲を書き、完成した曲をたまに行うライブ配信でファンに披露しては、また最初から書き直す、というプロセスを繰り返してきた。そうすることでソロデビューアルバムにふさわしい方向性を模索していたのだ。そして9月8日、Vのソロデビューを飾るアルバム『Layover』がリリースされた。
アルバム制作当時、Vは自身の広義のキャリアについて考えていた。それは、BTSのアイデンティティが大きく変化した時期でもあった。2020年にシングル「Dynamite」を、2021年にシングル「Butter」をリリースしたBTSは、世界的名声を欲しいままにしていた。だが、2022年にはそれぞれのメンバーがソロ活動にフォーカスする方向にシフトした。当時、多様なジャンルの音楽を聴き、さまざまな作曲スタイルを模索していたVは、最終目的地に向かってがむしゃらに進むことは、必ずしも自分が望んでいることではないと悟った。道草をしたり、新しい可能性を見つけたりしながら道中を楽しむ——自分はそういうタイプの人間だということに気づいたのだ。
「目的地に直行するのではなく、どこかで足を止めてしばらくそこにとどまったり、乗り換えたり、次の便を待ったり……(訳注:ソロデビューアルバムのタイトルにもなっている「レイオーバー」という言葉には、待ち時間や中断という意味がある)仮に、私の人生がどこかに向かっていたとしても、そこにまっすぐ向かうようなことはないと思ったんです」と、酷暑のソウルでVは通訳を介して本誌に語った。
BTSのメンバーがひとり、またひとりとソロ作品をリリースするのを見ながら、Vはやがて自分の順番が回ってくることを覚悟していた。ゆっくりではあったが、後に『Layover』としてリリースされるアルバムの楽曲の歌詞を磨き上げていった。そこには、ゆったりとしたR&Bとソウルの影響が感じられるポップスの間を行ったり来たりしながら、憧れや悲しみ、切望といった感情の重なりを楽しむVがいた。また、雨の日や青みがかった夜空のイメージを取り入れることで、日々の生活においてふと考え込むような瞬間を描き出した。要するにVは、自分が思い描いた雰囲気を見事に表現したのだ。TikTok時代を生きるアーティストにとって、これは不可欠なスキルだ。
アーティストとしての成長の証
ソロデビューアルバム『Layover』は、2019年の「Scenery」や「Winter Bear」をはじめとするVの過去のソロ曲の延長線上にあるような作品だ。そこには、2020年にリリースされたBTSのメランコリックなバラード「Blue & Grey」で悲しみと孤独を表現するのに用いられた、花々に彩られた街路や雪のイメージにも通じる世界観がある。また『Layover』には、ロマンチックな気持ちで過去を振り返って感傷にひたる、一種のノスタルジーのような複雑な感情も込められている。Vは、韓国ドラマ『梨泰院クラス』(2020年)の劇中歌「Sweet Night」や『その年、私たちは』(2021年)の劇中歌「Christmas Tree」を通じて、こうしたコンセプトを温めてきたのだった。それは、15歳でビッグ・ヒット・エンターテインメント(現HYBE)の門をくぐった彼自身のアーティストとしての成長の証でもある。VはBTSのメンバーとして、ラッパーのDMXばりのヒップホップ満載のボーカルやエネルギッシュなEDMダンス、遊び心あふれるパーティラップを披露し、アーティストとしての多彩な才能とカリスマでオーディエンスを魅了してきた。そんな彼はいま、自分が決めた道を歩みはじめようとしている。「キム・テヒョンという絵を描きはじめたばかりなんです」とVは言った。
『Layover』の楽曲はV自身が手がけたものだが、エグゼクティブ・プロデューサーを務めたのはミン・ヒジン氏である。HYBE傘下レーベルのADORの社長を務めるヒジン氏は、90年代の世界観にインスパイアされたガールズグループ、NewJeansのプロデューサーとしても知られる。だが『Layover』では、90年代よりもさらに過去の時代が掘り下げられる。アルバムは、Vが愛してやまないジャズとクラシック音楽の世界を想起させる、ジャジーなピアノや温かみのあるベース、軽やかなフルートの音色に彩られているのだ。
『Layover』はVの豊かなバリトンボイスを披露すると同時に、チェット・ベイカーやフランク・シナトラ、サミー・デイヴィス・ジュニアといったジャズミュージシャンたちへの愛情と敬意を表現した作品でもある。トランペットやバイオリンをかじったことのあるサックス奏者のVの歌声は、抑揚とリズムを少し変えただけで無数の感情を語る。その歌声は温かいが、少しばかりブルーな悲しみをたたえている。哀愁と明るさの両方を感じさせる、不思議な歌声だ。
そんなVだが、HYBEの会議室で行われたインタビューでは終始明るかった。通訳者がVの言葉を訳している隙に会議室のホワイトボードにおどけた顔の絵を描き、ツッコミが入ってもとぼけたりと、いたずらをするのだ。そのいっぽうで、ソングライティングのプロセスやBTSのほかのメンバーのソロ活動、風景へのこだわり、「ロマンチック」の個人的な定義などについて真摯に語ってくれた。
Vが明かすアルバムの秘密
—「Layover」というアルバム名には、どんな意味が込められているのでしょうか? この言葉を聞いてVさんご自身が思い浮かべる感情や、どうやってそれを表現したのかを教えてください。
自分の人生とキャリアの最終目的地、そしてそこにたどり着くための方法について考えていた時に「Layover」というタイトルを思いつきました。そこには、スタート地点という意味が込められています。私は、キム・テヒョンという絵を描きはじめたばかりなんです。
その時、自分の最終目的地までの道のりはまだまだ遠いことに気づきました。でも、そこに行くには、いろんな方法があります。せっかくなので、休んだり自分を見つめ直したりしながら、新しい目標をつくっていくのはどうだろう? と思ったのです。そうこう考えているうちに「Layover」というタイトルにたどり着きました。このアルバムを聴いてくれる方々にとっても、たまには休憩を入れながら自分の人生を振り返ったり、目標について考えたりするような機会になれば嬉しいです。
—2022年のWeVerseマガジンのインタビューで、ソロアルバムのために書いた曲を全部ボツにして最初から書き直したと話していましたが、そうしたのは、まったく新しい方向性を模索していたからでしょうか?
ここ3〜4年間、ずっと曲を書いたり、音楽をつくったりしていました。その間、自分の音楽のスタイルや好み、理想とする音楽の形が毎年、毎月、コロコロ変わることがすごく気になっていました。ソロアルバムに向けて気合が入っていたからかもしれません。「こんなことも表現したい、あんなことも表現したい」と思っていましたから。だから、曲のスタイルが変わり続けていったのかもしれませんね。
完成から時間がたったいま、改めて聴いてみると改善点もいくつか見えてきます。また、当時の自分がいまとは違う視点で取り組んでいたこともわかります。ソロデビューアルバムということもあり、少し照れくさい気持ちもあったのかもしれません。思ったよりも時間がかかってしまったのは、そのせいかもしれませんね。でも、今後は自作の曲を披露する機会がますます増えるだろうと思ったので、まずはソロアーティストとしての自分を知ってもらうことが大切だと思いました。アルバムには私という人間を表す、いろんなスタイルの音楽が収録されています。曲づくりは、いまも続けています。ちなみに、いま取り組んでいる楽曲は、このアルバムとはまったく違うスタイルです。
「ロマンス(ロマンチックに考えること)」の真意
—『Layover』がめざしたスタイルとはなんでしょうか? 個人的には、ジャズやクラシック音楽の影響を感じましたが。
おっしゃる通り、ジャズとクラシックは大好きなジャンルですから、そうしたものを自分でもつくってみたいという想いは常にありました。ジャズもクラシックも、子どもの頃からよく聴いていました。自由時間ができたり、仕事と仕事の合間に時間ができたりすると、いまもジャズとクラシックをよく聴きます。聴いていると心地よさを感じるんです。なので、聴いてくれる人がほっとできるような音楽をつくりたいと思っていました。アルバムの準備段階で、「ジャズとクラシックを聴くと、いつも穏やかな気分になれる。それなら、ARMYのみんなにもそういった音楽を届けて恩返しできないだろうか?」と思ったのです。
—初めてジャズを聴いたのはいつ頃ですか? ジャズに惹かれた理由は?
ジャズを聴きはじめたのは、14歳頃からだと思います。中学一年生の頃ですね。でも、当時は自分から聴こうと思って聴いたわけではありませんでした。サックスをはじめたので、学校の試験のために練習しなければいけなかったんです。試験勉強として、ジャズをたくさん聴きました。でも、本当は大嫌いで。試験が終わったら、もう二度と聞くもんか、と思っていました。
でも時間が経つにつれて、自然とジャズに反応するようになりました。街を歩いていて、ふと音楽が聞こえてくることってありますよね。その時に「あ! この曲知ってる。あの曲も知ってる!」ということが増えていって。なんだか新鮮でした。仕事や勉強の一部でなくなったことで、ジャズが私の中で新しい意味を持ちはじめたんです。何気なく聴いているうちにジャズが大好きになり、良さがわかるようになりました。20代前半にジャズの魅力を再発見したんです。
—ジャズの影響もあると思うのですが、『Layover』の楽曲からはノスタルジーのようなものが感じられます。Vさんご自身は、ノスタルジックなタイプですか?
このアルバムには、青春をテーマにしたBTSの「花様年華」シリーズにも通じるものがあると思います。過去を振り返って、センチメンタルな気分になる感じですね。昔のことを思い出しながら「あの頃は良かったな。あの頃に戻れたらいいのに」と思うような、不思議な感覚です。『Layover』には、こうした感情が投影されていると思います。それが特に強いのが「Love Me Again」。過去に戻りたいという気持ちを歌った曲です。MVにも、こうした感情が表現されていると思います。でも、「私の人生がもっとも輝く瞬間」は終わっていないですよね?
—終わっていませんよ。まだそんなに若いんですから。最近は、多くの若者が過去を振り返って「昔はよかったなぁ」とロマンチックに思い描く傾向があると思います。ご自身にとって「ロマンチック」とは?
「ロマンス(ロマンチックに考えること)」という言葉はよく使います。実際、よく使う言葉のひとつだと思います。私はどちらかと言うと、日常の風景の雰囲気や空気感が大好きです。何事にも意味を見つけようとするタイプの人間なんです。だから、美しい場所に行ったり、おいしいものを食べたり、きれいな景色を眺めたりなどが私にとっての「ロマンチック」なんだと思います。「スタイリッシュに生き、スタイリッシュに死ぬ」という言葉にもあるように。
—『Layover』の楽曲とVさんが手がけた過去の楽曲には雨、雪、月、夜といった自然のモチーフが度々登場します。こうしたものを通じてご自身の感情を表現しているのですね?
そうです。BTSのリーダーのRMは、詩情豊かな歌詞を書くのがとても上手です。なので、いつもRMから学んでいます。作詞を勉強したり、自分でも歌詞を書いたりする時は、自分の好きな言葉を選ぶ傾向があります。その中でも「夜」はよく使う言葉のひとつです。一日の中で一番好きな時間であり、考え事をしたり過去を振り返ったりする時間ですから。四季の中で一番好きなのが冬なので、「雪」もよく出てきます。「夜明け」も最高ですね。私は、ひとつの方向から物事を見て、シンプルに考えられる人間なので、こうしたお気に入りの言葉で自分の曲に彩りを与えたいと思っています。RMを見習いながら、一つひとつの言葉が持つ美しさを引き出すようにしています。
ヒジンさんとの対話
—2022年以降、BTSの他のメンバーがソロアーティストとしてアルバムやシングルをリリースしました。ご自身のソロ活動に向けて学びや刺激などはありましたか?
何よりもまず、一人ひとりのパフォーマンスをすべて見るようにしました。これに関しては、私ほど熱心なファンは世界中のどこにもいないと思っています。実際、メンバーたちのソロ活動を追うことで自分のモチベーションアップにもなったと思います。みんなの活躍を見て誇らしい気持ちになるいっぽう、ステージ上での情熱やかっこいい姿を見て、涙ぐむ時もありました。不安にもなりました。自分の順番が来るのがわかっていましたから。正直なところ、このアルバムの収録曲の歌詞を何度も変えた理由はここにあるんです。細心の注意を払いながら、じっくり考えて丁寧に楽曲を仕上げていかないといけないと思ったんです。みんなのソロ作品に触れるたび、「自分もがんばらないと」と気持ちが引き締まる思いでした。
—メンバーには、なんらかの形でアルバム制作をサポートしてもらうことはあったのでしょうか? たとえば、楽曲を聴いてもらって感想を訊くとか。
いま思うと、メンバーのみんなには制作過程をあまり見せていなかったと思います。最初の頃は、J-HOPEに聴いてもらいました。最初にソロアルバムをリリースしたのがJ-HOPEでしたから。その後、JUNG KOOKと一緒に制作中の曲を聴いて、アルバムの方向性について話し合ったりもしました。メンバーのみんなと話したあとに気づいたのですが、音楽という点では各自がそれぞれの「色」を持っているのが本当に面白いです。一人ひとり違ったアプローチがあり、パフォーマンスの見せ方も違います。おかげで、メンバーと話し合うのはとても楽しかったです。
—メンバーに楽曲をあまり聴かせなかったのはなぜでしょう?
単純に、一対一で会う機会があまりなかったのです。それぞれの活動で忙しくしていましたから。その頃、私は『ソジンの家』(訳注:韓国の人気バラエティ『ユン食堂』のスピンオフ)を撮影していました。なので、会う機会があっても近況を報告し合うくらいで、音楽について話し合う時間がありませんでした。
—『Layover』のエグゼクティブ・プロデューサーは、あのミン・ヒジンさんです。ヒジンさんとの制作プロセスについて詳しく聞かせてください。どんなことを話し合いましたか?
当時私は、自分の人生の最終目的地について考えていました。アルバム制作がはじまった頃にヒジンさんと話をする機会があり、いろんなことについてじっくり話し合いました。小さなアイデアをはじめ、さまざまなアイデアを共有しながら、一枚のページにまとめようとしました。ヒジンさんはいろんなアイデアを持っていて、私自身が見過ごしていたことも提案してくれました。ですから、このアルバムは私たちのアイデアの融合の賜物なんです。とても楽しいプロセスでした。
ヒジンさんとは、個人的なレベルでも共感し合えると思いました。私の強みや情熱を心から理解してくれている気がします。私の才能や個性を引き出し、見事にこのアルバムに取り入れてくれました。個人的には、このアルバムを仰々しいアートピースのようなものにはしたくありませんでした。聴いてくれる人にとってのささやかなプレゼントになるような、ナチュラルでシンプルなものにしたいと思っていました。
—最後に、俳優業について質問させてください。何かの記事で「悪役を演じてみたい」とおっしゃっているのを目にしました。ちょっと意外な気がするのですが、悪役に惹かれる理由は?
私は、とにかく映画を観るのが大好きです。映画を観ていると、気づくとヒーローよりも悪役に惹かれているんです。映画を観る時は、全体を俯瞰するというか、木よりも森を見なければいけません。映画の全体像を完成させるという点で悪役は、とても重要な役割を担っていると思います。自らのカリスマを駆使して映画に命を吹き込まなければいけないのですから。悪役に深みや個性がなければ、キャラクター同士の化学反応も生まれません。となると、ヒーローも輝かない。ですから、私は気づくといつも悪役のほうに注目してしまうんです。友人や周りの人たちには、一度でいいから悪役を演じてみたい、と話しています。
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