原田知世×伊藤ゴロー対談 音楽で結ばれた絆、高橋幸宏への想い、常に変化し続ける姿勢
Rolling Stone Japan / 2023年10月26日 12時0分
原田知世によるカバーアルバム第4弾『恋愛小説4〜音楽飛行』がリリースされた。昨年のデビュー40周年を経て制作された本作は、シリーズ第1弾『恋愛小説』(2015年)以来、8年ぶりとなる洋楽カバー集。ビートルズやカーペンターズ、ジョニ・ミッチェルなど主に60〜70年代の名曲が並んでおり、プロデューサーの伊藤ゴローが信頼するミュージシャンとともに作り上げたオーガニックなアンサンブルと、優しく包み込むような原田の歌声がどこまでも心地よい。シンプルかつオーソドックスなようで、随所に遊び心を忍ばせたサウンドスケープは聴くたびに新しい発見があり、長く愛聴したくなる一枚だ。
2005年に共演して以来、およそ15年もの間タッグを組み続けている原田知世と伊藤ゴロー。長く良好なパートナーシップを築くコツはどこにあるのだろう。本作を紐解きながら、ビートルズへの愛情、二人とゆかりの深かった高橋幸宏への想いなどたっぷりと語ってもらった。
─本作を聴いて特に印象的だったのは、「In My Life」のカバーです。「Mother Nature's Son」や「Happiness Is a Warm Gun」などビートルズの他の楽曲のフレーズがふんだんに盛り込まれたアレンジには、遊び心を感じました。ビートルズの楽曲を知っていれば知っているだけ楽しめますよね。
伊藤:そんなふうに聴いてもらえたのなら嬉しいです。カバーして気づいたのですが、「In My Life」はボーカルのアプローチが非常に難しい。タイトルや歌詞の内容から、どうしても感傷的なニュアンスが強くなってしまいがちなんですよ。原曲は、ジョン・レノンの若さあふれる元気いっぱいの歌声と、思いのほか速いテンポによってそう感じないのですが、カバーするとノスタルジックな方向へ引っ張られそうになる。
原田:そう。私たちの年齢的にも「人生を振り返りながらしみじみ歌う」みたいな感じにはしたくなくて。
伊藤:「黄昏っぽくなってないよね?」と二人で確認しながらレコーディングを進めていきましたね(笑)。
─もう1曲、ビートルズの「Here Comes The Sun」をカバーしていますが、こちらはジャジーなリハーモナイズがされていますね。
伊藤:この曲は、知世ちゃんが歌っているイメージが最初からすんなり浮かんできたので、やると決めた時からうまくいくと確信していました。アレンジに関してもそこまで悩まなかったし、リハーモナイズも楽しくできました。サブスクの再生回数など調べてみると、ビートルズのレパートリーの中で最も聴かれている楽曲じゃないですか。シンプルですが味わい深く、いまの若い世代にも人気がある理由はカバーしてみて実感できました。
─知世さんは、ビートルズはどのくらいお好きなんですか?
原田:ゴローさんのように掘り下げて聴いているわけではないのですが、ビートルズの音楽は気づいた時には自分の中にありました。私には甥っ子と姪っ子がいるのですが、彼らが中学生の頃の英語の授業などでビートルズが取り上げられ、そこから聴き始めて好きになったりしているのを見ていると、本当に世代関係なく受け入れられているのだなと思います。
伊藤:知世ちゃんの甥っ子と一緒にポール・マッカートニー観に行ったよね?
原田:そうそう。「行きたい!」というから連れて行ったのですが、ものすごく感動していました。ビートルズ時代ではなくて、今のポールがプリントされたTシャツを買っていましたからね(笑)。すごいことだなと思います。
高橋幸宏との思い出を振り返る
─思えば高橋幸宏さんも、YMOの中で特にビートルズが好きな方でした。お二人ともゆかりの深い幸宏さんに関して、今はどんな思い出が脳裏に浮かんできますか?
原田:……まだ、そばにいるような気持ちがしています。実感がないというか。もちろん、もう会えないからこそ「会いたいなあ」とすごく思うし、そのたびに寂しい気持ちになります。幸宏さんは、私が出演しているドラマを見かけると必ず「見たよ」って連絡をくださいました。おそらく、ご自身が関わっている方たちのお仕事の様子とか、離れていてもいつも気にかけてくださっていたのでしょうね。本当に優しい方でした。
生前は、会うたびに「もう一回Pupaをやろうね」とおっしゃってくださっていたんです。私にとって、Pupaは生涯ただ一つのバンド。本当に幸せだと思いながら活動していたし、幸宏さんが出られなかったライブの時は、みんなで集まりその存在の大きさを確認し合いました。私もまた一緒に演奏したかったし、ずっと一緒にそばを歩んでほしかった方です。
伊藤:僕も全然実感がないんです。教授(坂本龍一)の時もそうでしたが、自分にとって特別な人だったのだなと思います。2年ほど前、とあるアーティストのレコーディングに、幸宏さんに誘っていただいて僕も参加させてもらったんです。アレンジしたり、ギターを弾いたり。その時の幸宏さんは、気持ちはすごく元気でも体がなかなかそれに伴わず、すごくもどかしく感じている様子でしたね。幸宏さんにとっては生前最後の仕事は知世ちゃんの昨年出した『fruitful days』の「アップデートされた走馬灯」をビートニクスで作っていただいたものになると思います。
音楽に対しては常に前向きで、会えばいつも「こんなことがやりたい」「あんなことがやりたい」って。若いアーティストの作品も常にチェックされているし、常に好奇心旺盛で。そして自分が手がけた作品も大好きなんですよ(笑)。自分のドラムも好きですし、「そういえば昔、こういう曲をやったんだよね」って、よく聴かせてくれました。
原田:そういう貴重なエピソードを幸宏さんからお聞きするのも楽しくて。本当にいろんなことを覚えていらっしゃるから、いつも周りにたくさんの人が集まっていました。
伊藤:「Here Comes The Sun」はジョージの作詞作曲で、幸宏さんもジョージが大好きじゃないですか。幸宏さんの声を聞くと、ジョージのあの独特の発声を真似ているうちに、幸宏さん独自の歌声が完成されていったのかなとか思ったり。
原田:そういえば、幸宏さんもニール・ヤングの「Only love Can Break Your Heart」をカバーされていましたよね(1991年のソロアルバム『A Day In The Next Life』収録)。私たちの、今回のカバーも聴いてほしかったですね。
今回この曲は私がセレクトしたのですが、10歳離れている兄が高校生の頃によく聴いていたんです。いつも兄の部屋からこの曲をギターで弾き語る声が漏れてきて(笑)。恥ずかしいからか小さい声で歌っていましたが、逆に気になって耳をすませて聴いているうちに私も好きになっていて、いつか歌ってみたいと思っていました。
英語曲のカバーと「新たな試み」
─本作の中で、他に印象に残っている曲は?
伊藤:ロネッツの「Be My Baby」は楽しかったですね。僕は「過剰なアレンジ」オタクなんですよ(笑)。この曲をプロデュースしたフィル・スペクターのウォール・オブ・サウンドもそうですが、最近の音楽でも、いろんなものを詰め込みすぎて「どこを聴いていいのかわからない」みたいな(笑)。そういう曲が好きなんです。
ちなみに今作で一番音数が多いのは、ジョニ・ミッチェルの「Both Sides Now」です。最初から歌にまとわりつくような緻密なアレンジを目指していて、よくこのオケの中で歌ってくれたなと思うくらい、トリッキーなアレンジになっています。「Both Sides Now」は僕も知世ちゃんも好きすぎて、なかなかカバーする機会がなかった。いざやろうと思った時に自分はどんなアレンジができるのか、知世ちゃんはどんなアプローチで歌を入れてくるのか、色々考えました。結構シリアスにカバーしている人が多い印象だったのですが、僕にとってはもっとキラキラした楽曲なんですよ。
原田:キラキラしてますよね。
伊藤:それこそ天使が常に空を舞っているような、そんなお伽話っぽいイメージがあって。ソール・ベローの『雨の王ヘンダソン』の一節からインスパイアされたとも言われているそうですが、実際、当時のドラッグカルチャーを象徴するような楽曲でもある。なので、シリアスな雰囲気ではなくどこかユーモアすら感じられるようなカバー曲になったらいいなと思いながら作りました。知世ちゃんは、一度この曲をカバーしているんだよね?
原田:そう。1994年にリリースしたミニアルバム『カコ』に収録された曲だから、かれこれ30年くらい前になります。ライブでも当時歌っていたので喉の使い方の癖が残っていて、それを全て取れたらいいなと思いながら臨みました。結果、30年前とは全然違うボーカルになったので、今回トライした甲斐がありました。
─本作を作り終えて、どんな手応えを感じていますか?
原田:私は去年デビュー40周年を迎えたのですが、ずっと女優の仕事と音楽の仕事で濃密な時間を過ごさせていただきました。ファンの方たちからも温かい言葉をたくさんいただいたし、幸せすぎて「もうこれで終わってもいいな」くらいの気持ちになったんですよね(笑)。なので、もし次にアルバムを作るなら、ゼロから始める気持ちで取り組もうと思っていました。実際、本作を作ることが決まってからは、歌に対しての興味みたいなものが再び湧いてきたというか。「まだまだやれるかも」というふうに思えたんですよね。
伊藤:それはすごい。
原田:カバーアルバムを作るとなると、やっぱりいろんな人の曲を聴くし、歌い方についても色々模索します。なので、自分のパワーがみなぎっているこのタイミングでアルバムの制作に入れたのはすごく良かったと思っています。なかなかそういうことをするチャンスってないんですよ。
─それはどうしてですか?
原田:日本語でオリジナルだと自分がトップバッターなので、ついつい自分が歌いやすい感じで歌ってしまうし、新しい試みをしづらいんです。でも英語でカバーするとなると、今までの自分とは全く違うキャラクターになった気分で歌ったりすることもできる。オリジナル曲を聴いたり、他にカバーしている人がいれば、参考にそれを聴いてみたりして。「なるほど、こういう歌い方もあるのか」と、たくさんのリファレンスがある状態で、さまざまなアプローチを試せるんです。
伊藤:今回、特に歌へのアプローチは色々試していたよね。ちょっとしたニュアンスや歌い方を、じっくり研究していたなと。知世ちゃんとはもう長い付き合いですが、ここまで歌にこだわっている姿は今まで見たことがなかったかもしれない。
原田:こういう経験は、いつかまたオリジナルをやるときに「自分の歌」として活かせる気がするんです。定期的にこういうチャレンジをするのは、自分にとってすごくいいことだと思っています。
─お二人が出会ったのは2005年。ゴローさんがmoose hill名義でリリースした「ノスタルジア」に、原田さんが参加したことがきっかけでした。アーティストとプロデューサーという関係性が、17年も続くことってなかなかないと思うんですよね。
伊藤:珍しいですよね。僕にとって知世ちゃんは、バンドメンバーのような存在。オファーをもらって取り組むビジネス的な関係性ではなく、自分がやりたいことを一緒にチャレンジできる関係性を築き上げてきたので。
例えば「次のシングルで一発当てよう」みたいな気持ちは僕も知世ちゃんも一切ないし(笑)、本当に純粋に、音楽のために音楽をやるみたいなことができる。それがとても心地いいんです。
原田:ゴローさんは会うたび常に変化しているし、いつも思いもよらないようなアレンジを考えてくれる。遊び心もあるし、一緒に制作をするのがいつも本当に楽しみなんですよね。私も次にゴローさんと会うまでの間に女優の仕事があって、そこで変化しているからお互いに「鮮度」が落ち得なかったというか。しかもゴローさんは、常に私の「声」のことを考え理解してくれているという安心感もある。だからこそ、自分からもさまざまな提案がしやすいんです。
何よりそうやって作られた私たちの作品を、ずっと楽しみに待っていてくれている方がいることが、ものすごく大きな支えになっています。もちろん、新しいリスナーを増やしていきたい気持ちもあって。作品ができると必ず甥っ子や姪っ子に聞かせて意見をもらうようにもしています。常に同じ場所で安住することのないよう気をつけていますし、バンドメンバーからも毎回新鮮なエネルギーをもらっています。自分もその分を返したいと思わせてくれる、そういう関係性ってなかなかないですよね。
─ちなみに普段、お二人はどんな話をしているんですか?
伊藤:本当に他愛のない話ばかりですよ(笑)。
原田:雑談ばかりですよね。
伊藤:知世ちゃんの姪っ子、甥っ子もだいぶ大きくなって、うちの子も同じくらいで。その話題とかね。でも、いい音楽を見つけたら、LINEで送りあったりすることもあります。レコーディング中とか、何か見つけたらすぐ「こんな曲があったよ」みたいなやりとりはまめにしています。今回カバーだったから特にね、「こういう歌い方をしている人がいるよ」「こういう感じもいいね」みたいな。最近は何か聴いた?
原田:最近はYouTubeで探すことが多くて。a-haのモートン・ハルケット(Vo、Gt)が、「Take On Me」を素敵なカフェで歌っている動画が上がっていて。
伊藤:ああ、最近のやつね。あれいいよね。
原田:大好き。素敵に歳を取るってこういうことだなと思いました。もともとすごく素直で美しい高音ボイスの持ち主ですけど、変に崩してなくて、でも味わいがあって。同世代の私くらいの女性が見ながら泣いちゃっていて(笑)。それも含めて素敵なんです。ぜひ見てください。
─では最後に、これからの抱負をお聞かせください。
原田:私は去年、たまたま良いボイストレーナーの方にめぐり合ったんです。ミックスボイスをもう少し自由に使えるようになったら、歌の表現がまた広がるんじゃないかと思っていて。そういう基礎的なことをこれまで全然学んでこなかったのですが、その方に少しずつ教えてもらって今回のレコーディングでも試しています。
以前のインタビューではゴルフを始めた話をしましたが、今も定期的にやっていて、少しずつ上達しているしメンタルも安定しています。歌にもすごくいい影響を与えているんですよ。ボイトレとゴルフ、どちらもちょっとずつですが前進しているのがわかるのが楽しくて。一生続けていこうと思っています。
女優の仕事はとにかく「待つ仕事」で、来た時にどう感じてどうやるかだけなので。特に来るまでは準備もできないけど、来た時にちゃんと刺激を受けて変化できる自分でいようと思っています。そして、やる時には余力を残さず、できることは全部やる。もうペース配分とかしている場合じゃないのかなって。もちろん、体力的にはペース配分は大事ですけど。
伊藤:でも、女優仕事と音楽制作って全然違うアウトプットだから、メンタル的にも切り替え大変じゃない?
原田:例えば女優の仕事で、今までやったことがない芝居ができたと思うと、それが自信になって、「じゃあ歌でやってみようかな」って思えるんですよ。違う作業だけど、気持ちの部分でいい影響があるみたいです。ゴローさんはどうですか?
伊藤:それこそ今の知世ちゃんの話じゃないけど。意外とこの歳になっても、まだまだ新しいことができるんじゃないかと僕も思っています。反面、体がなかなか動かなくなってきているんですよね。やり方を変えればもうちょっと違うものを見つけられるかもしれないけど。
実はコロナ禍であまりギターを弾いていなかったのもあって、左手の握力がかなり落ちてしまった時期がありました。その時に、ちょっと違う楽器でもやってみようかなと思ってバスハーモニカを購入する直前まで行ったんです。ビートルズだと、ポールが「Fool On The Hill」で吹いているやつ。サイモン&ガーファンクルの「Boxer」とか。
原田:へえ!
伊藤:でも、思いのほか高くて。中古でも5、6万するのでやめちゃったんですけど(笑)、もし買っていたら今回のレコーディングで吹いていたかもしれないです。
原田:どうせ買うなら早く買った方が、長く演奏できますよ。
伊藤:そうだね、やっぱ買おうかな(笑)。
原田知世
『恋愛小説4〜音楽飛行』
発売中
初回限定盤(2SHM-CD):¥4,070(税込)
ボーナスCD「40th Anniversary Special Concert ”fruitful days”」付属
通常盤(SHM-CD):¥3,300(税込)
※上掲のジャケット画像は通常版
再生・購入:https://tomoyo-harada.lnk.to/LoveSongCovers4
『恋愛小説4〜音楽飛行』リリースツアー2024
2024年6月13日(木)名古屋市公会堂
2024年6月15日(土)東大阪市文化創造館
2024年6月20日(木)LINE CUBE SHIBUYA
チケット:SS席 ¥16,500(税込) / S席 ¥12,000(税込) / 指定席 ¥9,000(税込)
メンバー:原田知世(Vo) 伊藤ゴロー(Arr, Gt) 佐藤浩一(Pf, Key) 鳥越啓介(Ba) 能村亮平(Dr) 角銅真実(Cho, Per) 伊藤彩(Vn) 結城貴弘(Vc) 坂本楽(Fl)
特設ページ:https://www.red-hot.ne.jp/sp/haradatomoyo/
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