増加する実録犯罪ドキュメンタリーへの疑問、殺人犯に発言の機会を与えるべきか?
Rolling Stone Japan / 2023年11月26日 21時40分
2020年3月、キム・デヴィンスさんはFacebook経由でメッセージを受信した。Plum Picturesでプロデューサーをしているイギリス人ローリー・バーカー氏からで、娘のビアンカさんをテーマにしたドキュメンタリーへの出演を依頼する内容だった。
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デヴィンスさんは何年もこうしたメッセージを受信してきた。2019年7月、当時17歳だった娘が惨殺され、その画像がDiscordやInstagramで拡散してからというもの、デヴィンスさんは限られたドキュメンタリーやメディア(本誌も含む)の取材を受け、娘のことや、殺人の凄惨な画像をソーシャルメディアに利用されまいとする活動について語ってきた。ローリングストーン誌が拝見したそのメッセージによると、バーカー氏は「現在世界にはびこるソーシャルメディアや暴力がテーマ」で、暴力的なコンテンツを寛容する「ソーシャルメディア各社の責任を追及する」企画だと説明し、とくに害はないように思えた。
だがデヴィンスさんはすでに別の制作会社と独占契約を結んでいたため、バーカー氏の出演依頼を辞退した。「こういうメッセージは山のように来ます」とデヴィンスさんはローリングストーン誌に語った。「たいていの場合、私たち家族が出演しないとわかると、向こうも諦めます。今回もそうだろうとタカをくくっていました」。
驚いたことに、先週バーカー氏から追加のメッセージが届いた。ドキュメンタリーが完成し、イギリスのChannel 4で放映予定だというのだ――しかも、2022年3月に打診を受けた時の内容とは似ても似つかない内容だった。タイトルもずばり『Interview With a Killer(殺人犯との対話)』で、ビアンカさん殺害で懲役25年の刑に服している男、ブランドン・クラーク受刑囚との長尺インタビューが登場するという。その上、放映日はバーカー氏からメッセージを受け取ってからわずか10日先の11月6日だった(註:ローリングストーン誌はまだドキュメンタリーを確認できていない)。
デヴィンスさんは茫然とした。ドキュメンタリーの内容が当初聞いていた話とかけ離れているだけでなく、クラーク受刑囚とのインタビューが登場するのだ。「加害者ではなく、被害者にフォーカスを当ててほしい」という思いから、デヴィンスさんは他の制作会社の番組に出演する際、クラークの名前をできる限り出さないようにすることを条件にしていた。
有罪判決を受けた犯人にコメントを求めることは報道ではよくある手法だが、犯人の視点をどれだけ盛り込むかは個々のジャーナリストの裁量に大きく委ねられる。犯行が大きく劇的に取り上げられたことから、デヴィンスさんにとっては娘の殺人を報道する際に、犯人の意見に光を当てないことがとくに重要だった。クラークは犯行直後、「悪いな、くそども。他に追っかける相手を探すんだな」というキャプション付きでビアンカさんの遺体の写真をDiscordに投稿した。警察によれば、逮捕直後のクラークは事件を報道したメディア媒体の数を気にしていたという。効果は絶大で、遺体の画像はそこら中に拡散し、今もなおデヴィンスさんの元にはネットトロールから嫌がらせメッセージや脅迫メッセージが届き、当然の報いだと言うコメントに問題の写真が添えられている。
「最初から全部、注目を集めるのが目的でした」とデヴィンスさん。「私たち家族は、犯人の思惑通りに注目を与えたくないんです」。
バーカー氏のメッセージを受け取ったデヴィンスさんはChannel 4とPlum Picturesに手紙を書き、ドキュメンタリーの放送中止を求めた。「私の意見では、ブランドン・クラークとのインタビューを放映することで、制作中の怠慢により女性たちが危険にさらされることになるでしょう」とデヴィンスさんは書き、番組はビアンカさんの遺族や友人に「計り知れない精神的ストレス」をもたらすとも指摘した。
Plum Picturesの代表者はデヴィンスさんの手紙にメールで返答した。ローリングストーン誌が入手したそのメールには、「筆舌に尽くしがたい恐怖を耐え忍んでいらっしゃることに心から同情」するものの、『Interview With a Killer』の趣旨は「ブランドン・クラークに発言の場を与えることではなく……むしろその逆で、インセル文化の危険性や女性に対する暴力増加について啓蒙するきっかけになればと思っています」と書かれていた(事件直後の報道でクラークは「インセル」、すなわち女性に対して不合理な憎悪をたぎらせて「意図せず禁欲生活を送る」男性と描写された。もっとも、本人はそうとは自覚していないようだ)。メールの最後は「重要な啓蒙メッセージを発信し、公共の利害にも大きく絡む問題を取り上げた」番組であることから、予定通りChannel 4で放映すると締めくくられていた。現時点でアメリカでの放映予定はないという。
デヴィンスさんはこの返事に失望した――Channel 4のwebサイトで『Interview With a Killer』の番組告知を目にし、さらに失望感は増した。そこには囚人服を着たクラークがカメラを直視するサムネイルが表示されていた。「タイトルも番組告知も、まるで犯人が主役のようです」とデヴィンスさん。「(Channel 4の)メールに書かれていた内容とは全然違います」。
Channel 4にコメントを求めたところ、代表者からは次のような声明文が送られてきた。「これが非常に難しい話題であることは我々も認識しています。この事件は広く報道されてきましたし、ソーシャルメディアに触れる若者の安全性が問われている中、極めて重要で、現代に通じる話題です」。またキム・デヴィンスさんに出演を打診したものの、別の制作会社との独占契約を理由に断られたとも書かれていた。
キム・デヴィンスさんと『Interview With a Killer』製作陣との確執は、実録犯罪ものを巡る広義の議論とも共通する――被害者よりも加害者のストーリーを取り上げるのが果たして適切なのか? 遺族の参加や同意なしに事件を扱うのが果たして妥当なのか? こうした議論は合法性とは無関係で――当然ジャーナリストや製作陣には、自分たちが希望するテーマを取り上げる権利がある――問題なのはむしろ、実録犯罪ものによって倫理的問題が持ち上がる可能性だ。ひいき目に見ても、このジャンルは啓蒙的と言えるのか、被害者を搾取しているのではないか。そうした疑問の声が次第に高まっている。
デヴィンスさん以外にも、こうした問題に声を上げている被害者遺族がいる。2017年にルームメイトから殺害されたブルック・プレストンさんの姉ジョーダン・プレストンさんは、妹の事件をテーマにしたHuluのドキュメンタリー『Dead Asleep』に異を唱え、2021年にTikTokで署名運動を起こして話題を集めた。デヴィンスさんと同じく、ジョーダンさん一家もドキュメンタリーへの出演を辞退した。ブルックさんを殺害したランディ・ハーマン・Jr.とのインタビューがメインになると分かったからだ。犯人は犯行の際に夢遊病にかかっていたと主張したが、第1級殺人罪で有罪となり、終身刑を言い渡された。
「夢遊病の弁護を深く掘り下げるとかなんとか言われました」と、2021年に『Dead Asleep』のプロデューサーから打診された時のことをジョーダンさんは語った。「わりとはっきり、妹ではなく犯人がメインになると言われました。犯人主体のものに、なぜ私たちが協力しなきゃいけないんでしょう? あいつは私たちから妹を奪ったんですよ。あいつは世間に申し開きができるのに、どうして妹はできないんですか?」(当時ローリングストーン誌も番組ディレクターのスカイ・ボルグマン氏にコメント取材を申請したが、返答は得られなかった)。
キム・デヴィンスさん同様、プレストンさんも『Dead Asleep』のプロデューサー陣が法律に違反していない点は認識している。だがこの番組も含め、実録犯罪ドキュメンタリーは家族の同意なしに制作されるべきではないと強く感じている。「間違ってます。遺族は悲しみに暮れているんですよ」とプレストンさん。「なぜ私たちを利用したがるんですか? あの人たちは私たちの痛みをスクリーンにさらして、私たち家族を傷つけているんです」。
実録犯罪というジャンルは近年大ブームだが、Podcast『Serial』やTVドラマ『殺人者への道』のヒットにより、こうしたコンテンツがオーディエンスや被害者遺族に向けて何を意図しているのか、疑問の声も上がっている。実録犯罪ものは被害者の声を代弁しているのだとか、安全や犯罪防止について無防備な市民を啓蒙する公共サービス的な役割を果たしているのだ、と弁護する人もいる。だが、実録犯罪ブームは制御不能になっているという反論も多い。その例として、RedditやTikTokでは素人探偵が大人気で、実際の犯罪被害者に関する破廉恥な陰謀論を定期的に報じるクリエイターの存在が指摘されている。
AIの登場により、被害者のディープフェイクが殺人の生々しい様子を語るTikTok動画が出回るようになり、実録犯罪ものが被害者や遺族にもたらす影響の倫理問題はさらに複雑化している。ニューヘイヴン大学で刑事司法を専門とするポール・ブリークリー助教授は以前ローリングストーン誌の取材で、「この手のものは、すでに被害に遭われた方々が再び被害を受ける可能性をはらんでいます」と語っていた。
『Interview With a Killer』の放映日が間近に迫り、デヴィンスさんも放送差し止めをあきらめた。それでも声を上げたのは、「実録犯罪ものが被害者遺族に与える影響について、認知を広めたかった」からだそうだ。
「Plum Picturesは殺人者に嘘をまき散らす場を与えずとも、力強い啓蒙メッセージを発信できたはずです」と本人。「殺人犯にインタビューせず、被害者や残された人々の痛みをテーマにすることができたはず」なのに、代わりに「娘を殺した犯人に、望み通りの注目を与えたんです」。
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