戦火から9000km、NYで繰り広げられているしょーもない戦争
Rolling Stone Japan / 2023年12月28日 17時0分
旅行時にスーツケースをぐるぐる巻きにする用のラップで簀巻きにされた電柱。もはやポスター読めなくなっているのだがそんなことはどうでもよく、両陣営とも意地になっているだけのような気がしている。その間にガザでは1万8000人が死んだ。(Photo by Gen Karaki)
中年ミュージシャンのNY通信、今回はめずらしく時事ネタが届きました。イスラエルによるガザ地区への軍事侵攻によって揺れているアメリカの政情。それをに呼応するようにストリートでは別次元のバトルが繰り広げられているようで……。
この原稿を書いている12月初旬、ニューヨークはハヌカーの後半にさしかかったところです。ユダヤ暦の9月25日、西暦だと今年は12月7日からの8日間を、火を灯したキャンドルを増やしながら祝うハヌカーですが、今年はどうにも不穏ムードが拭えません。理由はもちろんイスラエルとハマスとの大規模衝突、およびそれに続くガザ地区侵攻です。
そもそもハヌカーがなぜ火を灯して8日間を祝うのか。紀元前2世紀、イスラエルはセレウコス朝シリアの征服下にありました。シリア王はギリシア人です。ユダヤ教を禁止して、ユダヤ人にギリシア宗教を強要しました。ユダヤ教の中心地であるエルサレム神殿もゼウス信仰の神殿に作り替えてしまい、これにブチ切れたユダヤ人が大規模蜂起を起こすに至りました(マカベア戦争)。
ユダヤ人は奇襲攻撃によってエルサレム神殿の奪還に成功、これをふたたびユダヤ教の神殿とするのですが、儀式を照らすための清められたオリーブオイルが1日分しか残されていませんでした。ところが追加のオリーブオイルが届くまでの8日間、そのオイルランプは火が消えなかった、という言い伝えが残っています。燃料1日分なのに8日間燃え続けた。これって奇跡じゃん?
というのが火を灯しながら8日間を祝う由来で、つまりは奪還記念祭です。もうお気づきかと思うんですが、聖地奪還とか奇襲攻撃とか、いまの状況と食い合わせが悪すぎるんですよ。そんななかホワイトハウスでバイデンがハヌカーを祝うニュースが流れ、民主党支持者はスーンとした気持ちでそれを眺めています。
いまアメリカはたぶん、かつてない、と言っていいレベルで分断のさなかにあります。右と左とかじゃないですよ、そんなもんとうの昔に断絶してるんでいまさら分断なんて呼べない。リベラルが親イスラエルと親パレスチナに、コンサバもコンサバで親イと親パに、ユダヤ人も親イと親パに割れてるんです。ホワイトハウスのなかも、メディア各社内もたぶん割れてる。控えめに言ってぐちゃぐちゃです。
いち生活者としての私にこのカオスがどう見えてるかと言うと、超正統派のユダヤ人たちが反イスラエルデモをやっているから見に行こう、とか、ブルックリンブリッジの出口で親パレスチナデモを反パレスチナのユダヤ人たちが旗持って待ち伏せしてるらしいから見に行こう、とかそういうのもあったんですが、なにより身近だったのはポスター戦争です。
10月7日のハマスによる奇襲からほどなく、誰かがうちのマンションの掲示板に「KIDNAPPED(誘拐されました)」ポスターを貼り始めました。これはハマスに人質に取られたイスラエル人の具体的な顔写真と名前、年齢を明示したもので、やっぱり人間、いたいけな少年少女の写真と具体名とか書かれると、自動的に「なんてむごい……」と感情を揺さぶられるもんで、一定の政治的効果はあるものと思われます。
10月14日、同じポスターが今度はウチを出てすぐの電柱に4枚。近所を探すと20種以上のバリエーションが確認できました。翌15日、マンションの用務員の人が迷惑そうに剥がしているのを目撃。19日朝、今度は空間恐怖症なのかなって量のポスターがあたりの電柱と壁にビッシリ貼られています。これは労力的にも資金的にもひとりやふたりの仕事ではないな、と確信しました。夕方のニュースで各社取り上げるも詳細は不明。
Photo by Gen Karaki
どうやらポスターはダウンロードURLがユダヤ人の間で出回っているらしく、義務感に駆られた人がプリントアウトしては手弁当で貼っている。そんな噂が聞こえてきました。そんな折24日の未明、明らかに清掃とか関係ない人が、闇に紛れて誘拐ポスターを剥がして回ってるのをバルコニーから見かけてしまいました。さあ、戦争の勃発です。
剥がされたらまた、親イスラエルの誰かがポスターを貼る。貼られたら親パレスチナのターン、誰かがその上にマジックで「FREE PALESTINE」とか書き殴っていきます。10月31日、ニューヨーク・タイムズにポスターをデザインした首謀者と、それを剥がして回ってるリベラル活動家のインタビューが載ります。やはり世俗派のユダヤ人を中心にしたムーブメントであることが確定しました。
11月7日、今度は「ハマス=イスラム国」というステッカーが作られ、落書きを覆い尽くすように貼りまくられています。11月11日、ふたたび誰かがポスターごと剥がし、14日には親イスラエル派が貼り返すわけですが、ここで新趣向が登場、貼ったあと電柱ごとラップでぐるぐる巻きに保護するテクニックがドロップされました。もちろん数日後、夜が明けるとラップごとカッターでジャギジャギに切り裂かれています。報復が止まりません。
Photo by Gen Karaki
にしても街角の落書きポスターというのは侮れないもので、唐突に息子から「あの誘拐された人は返ってきたの? パレスチナ人は悪い人なの?」と聞かれます。子供には事情を説明したのち「CEASEFIRE NOW」「STOP GENOCIDE」など数種のステッカーをオンライン注文、私も停戦要求派としてステッカー戦争に参戦してみることに決めました。
さて私が夜な夜なポスターの上からステッカーを貼って回ってる12月初旬のハヌカー真っ最中、じつは誘拐ポスターの応酬ペースが落ち着いてきています。代わりに増えたのが手書きステッカーで、これは郵便局でタダで配ってる宛名シールに「ISRAEL FOREVER」とかメッセージを書いて貼り散らすもの。オンラインで印刷とかしてる自分はお行儀が良すぎましたね。
そしてもうひとつ、ペースの落ちた要因として、親イスラエル派による高はしごの導入があります。アホみたいな話なんだけど、手の届くところだと応酬になるから、もう誰も手を出せないほど高いところに貼ったれ、って地上6メートルくらいのところに貼るようになったの。親パレスチナ派もこれには手を出さなくなりました。なぜかというと、高すぎて誰の目にも入らなくなってしまったからです。
Photo by Gen Karaki
唐木 元
ミュージシャン、ベース奏者。2015年まで株式会社ナターシャ取締役を務めたのち渡米。バークリー音楽大学を卒業後、ニューヨークに拠点を移して「ROOTSY」名義で活動中。twitter : @rootsy
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