音楽を「撮る」ことの意味、愛だけではなく「手法」や「哲学」の大切さ
Rolling Stone Japan / 2024年1月25日 12時0分
写真家・ハタサトシと、音楽ライター/編集者・矢島由佳子が、「音楽を”撮る”」と題した対談を実施。アーティストを撮影・取材する際の心構え、「写真や記事はアーティストを売るためにあるのか?」「『作品に愛を感じます』は褒め言葉ではない」などをテーマに、様々なアーティストと関わりながら仕事をする二人の考えを語り合った。
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※本記事は2023年10月28日に渋谷PARCOにて行われた「PARCO PRINT CENTER」内のトークイベントを書き起こしたものです
アーティストをかっこよく撮るのは誰でもできる
ハタ:知り合ったのは意外と最近なんですよね。
矢島:ハタさんが写真を撮って私が文章を書くものが、BMSG(SKY-HI主宰のマネジメント/レーベル)関連の記事などこれまでたびたびあったんですけど、意外と現場で話したことがなくて。Aile The Shotaさんの名古屋公演でご挨拶させてもらったことがきっかけですよね。ハタさんは自分のエゴよりもアーティストを立てているというか、アーティストとちゃんと向き合っていることを写真から感じていて、そういった熱量や姿勢みたいなものをリスペクトするし、おこがましいですけど共通点を感じていたところがありました。
Aile The Shota/Photo by Satoshi Hata
ハタ:矢島さんの文章から、考えていることや伝えたいことの距離感が近い方だなと思っていたので、今回PARCOさんからトークイベントの機会をいただいた際に、「一緒にしゃべりましょう」と。
矢島:お誘いいただき大変光栄です。普段みんながSNSやネットで見るハタさんの写真はアーティストものが多いと思うんですけど、去年PARCOでやられた個展では、ハタさんがいろんなところを旅する中で撮影した写真を展示されていて、そのどれもが本当に美しくて。『Outside The Spotlights』というタイトル通り、スポットライトの当たってない人たち含めて、「誰しもの人生がしわくちゃだけれど、それでも美しいんだ」ということを表現されているように感じました。
『Outside The Spotlights』
ハタ:こんな世の中、「スポットライトが当たってない」と思っている人が大半じゃないですか。というか、「なんで当たってないんだろう」という考えを持ってしまう現状がおかしいとも思う。自分自身を肯定するって難しいけど、それだけをしてほしいじゃないですか。自分を肯定できたら確実に人生はハッピーだし、それができて人にも優しくできるし。自分を肯定できる要素をみんな探していると思うんですけど、「探さなくてもあるよ」ということがあの展示では伝わるといいなと思ってました。それは、僕がスポットライトを当たっている人たちを追いかけているから気づけた部分でもあります。
矢島:写真に写る人の綺麗な一面を切り取るのではなく、人生や生活の皺までが見える写真ですし、ちょっとした一瞬のきらめきの前後のストーリーが浮かんでくるような写真だなと思ったんですよね。
ハタ:その人の中では通常の流れのワンシーンだけれど、それを見返したときに、その前後や、その人の生きている時間の流れが見えるものが好きなんだと思うんですよね。ニューヨークのサブウェイで撮った写真も、僕が階段を下りたときに、サブウェイから降りてきた人が自転車を担いで階段を上ろうとしていて。僕からするとめっちゃかっこいいと思って切り取った一瞬だったけど、多分この人にとっては特別な一瞬ではない。でも「急いでるのかな」「誰かが待ってるのかな」「仕事に行くのかな」って頭の中で想像できるじゃないですか。その時点で、僕の中で彼は彼の人生をちゃんと生きていると思う。そういう写真が好きなんですよね。
矢島:そういった感覚は、アーティストの写真を撮るときも同じですか?
ハタ:音楽の写真においても、そういうものが撮れたらいいなと思ってます。正直、かっこいい写真を撮ることなんて誰でもできるんですよ。(被写体が)みんなかっこいいから。それより、何かに対して悩んでいるとか、苦しいとか、嬉しそうとかが垣間見えて、その一瞬から前後を想像できるものに惹かれるのかなと思うんですよね。
写真や文章は「アーティストを売るため」にあるのか?
矢島:ハタさんの過去のインタビュー記事とかを読むと「人生」というワードが何度も出てきて、きっとそれがご自身の創作の大事なテーマなんだろうなと思っていたんですよね。
ハタ:そうですね。 僕がお仕事で撮っているアーティストさんも、アーティストの前にいち人間だから、「この人が売れるための写真」には正直興味ないという気持ちがちょっと、というか、かなりあるんですね。僕の中では、その人がつまずいちゃったときとか、何かを思い返したいタイミングに、「自分を自分で認められる」という写真であることが絶対条件。「あのとき、あなたは生きてましたよ」ということが見えて、その人自身が喜んでくれたら一番嬉しいです。そのアーティストを応援しているみなさんが喜んでくれることよりも、本人の「嬉しい」という感情が何よりも重要で、そのために写真を撮り続けたいんですよね。5年後、10年後とか、何かあって見返してもらったときに、そういう写真になっていたらいいなという想いが、仕事の写真では強いかもしれないです。
Aile The Shota、SKY-HI/Photo by Satoshi Hata
矢島:アーティストって、「私たちとは違う華やかな世界で派手に生きている」みたいなイメージで世の中に捉えられることがあると思うんですけど、そうじゃなくて、同じように1人の人間で、1人の生活者なんだ、ということは私もインタビューをするときに大事にしている視点ですね。
ハタ:僕たちも気を遣うところはあるけど、「あなたはアーティストですよね」という接し方よりも、「同じ人間として」というふうに話したほう方が確実に何かが見えてくる感じがしますよね。
矢島:「アーティストが売れるための写真を撮ってない」という話でいうと、私の場合、そこは難しいラインだなと思っていて。正直、アーティストが取材を受けるときやライブレポートを発信したいときって、目的の半分以上はプロモーションで、私自身もアーティストや作品を広めることを考えなきゃいけない立場に立たされる。でも本質的なところでいうと、インタビューとは、そのアーティストがまだ言語化できてない思考の巡りを形にして、それが次の作品やライブに活かされていくような、クリエイティブの循環のひとつとしての機能もあるはずで。あとはもちろん、文化的資料を残すためでもある。商業音楽の世界だとどうしても「プロモーションのため」が表面上では強くなっちゃうけど、私たちが今、たとえばビートルズや坂本龍一さんの昔のインタビュー記事を読んで感動したり学びを得たりするように、歴史を紡ぐ役目もあるはずなんですよね。アーティストやその周りのスタッフ、メディアの会社の方とか、いろんな立場の人と関わって仕事をするので、どの考え方も無下にはできないと思いながら、どうすればアーティストや文化にとって本当にプラスになる記事を作れるのかを常に試行錯誤してますね。
ハタ:もちろん、商業的な面もめちゃくちゃ大事ですからね。
矢島:アーティスト本人も「商業のためだけに音楽を作ってるわけじゃない」「でもそこも大事だ」というところに常に立たされていると思うし、それは周りにいるクリエイターたちも同じですよね。音楽記事が「商業」か「文化」かでいうと、「ウェブメディア」と「雑誌」、それぞれの役割もあると思います。みんなに拡散されたい、誰かに検索されたときにいつでも情報にたどり着ける状態にしておきたい、といった商業目的ならウェブが適しているけど、ウェブに載っている記事は、その会社が潰れたりプラットフォームがなくなったりすると一生読めなくなる可能性があるじゃないですか。消える危険性が常にある。このさきがどうなるかわからないですけど、今はまだ紙に印刷されているものしか歴史的財産として残っていかないから、たとえば50年後も読み継がれるものは雑誌しかないと思うんです。だから私はウェブの仕事をしつつ、雑誌の仕事もやっているところがあるんですよね。
「愛を感じます」は褒め言葉ではない
ハタ:これは多分矢島さんも経験者だと思うんですけど、たとえばAというアーティストの記事を書いたときに、「Aへの愛を感じます」って言われるじゃないですか。それは多分、褒め言葉で言ってくれていると思うんですけど。
矢島:はい、ありますよね。ファンや読者の方からいただく言葉。
ハタ:愛があったら誰が撮ったものも一緒なのか、ということを話したいなと思って。
矢島:はははは(笑)。
ハタ:1枚の写真における、みなさんが感じている「愛」というのは、いろんなものを含めた分量の中では正直小さいんです。全然関係ない。愛があるアーティストでも、関係値が低いアーティストでも、1枚の写真における「愛」の分量は関係なくて、それ以上のものが確実にあるんですよね。それを文章でも写真でも伝わるように僕たちはしていかなきゃいけないし、見て感じ取ったものは「愛」以外の言葉で伝えようよと思ったりもします。たとえば、さきほど話したような「人生の中の画」に愛を感じるというのなら、それは愛じゃない。……難しい話かもしれないんですけど。
矢島:自分の感性、クリエイティブ力、技術みたいなものを高め続けていって、それをいかに相手と掛け合わせるのか、というところですよね。
ハタ:そうなんですよね。愛じゃないんですよ。たとえば家族写真とか、愛で撮れる写真もたくさんあると思います。でも仕事においては「愛」とかではない。いろんな技術、感性、感覚によって生まれる、自分の作品の手法みたいなところですよね。
矢島:ハタさんにとってこの仕事を続けるモチベーションって何ですか?
ハタ:「なんでこの仕事をしているんだろう」ということは常に考えていて、その答えは雲の流れのように、ときによって変わっていくんですけど、今僕の中で行き着いているのは、記録物としての美しさを伝えたいということ。僕、約2年前に父親を亡くしたんですけど、そこから家族の写真を飾るようになったんですね。それが本当に大事だなと思って。それをやったことがない人は絶対にやってほしい。息絶える瞬間に「何か伝えたいことは?」って言われたら、「家族の写真を飾って」って言うくらいの感覚ですね(笑)。それはアーティストの写真を撮っている僕にとっても大事なことで。アーティストの親に感謝されるスタッフNo.1なんじゃないかなと思うくらい、本当に喜ばれるんですよね。それは、さっき話したようなことが伝わっているからなのだと思うし、自分がやっていることはそういうことなんだなと思います。でもあなたが撮る家族の写真は何よりも最高だから、そういう写真を飾ってほしい、ということが伝わるといいなという気持ちが根底にありますね。その想いを持って技術とか感性が伸びていったら確実にたくさんの人に伝わると思うし、それを伝えたいという想いが写真を撮る原動力になっている感覚があります。
矢島:ちょっと話がずれるかもしれないですけど、デビューからずっと追わせてもらっていたミュージシャンが亡くなってしまって、そのあとも関連の記事を書かせてもらっている中で、ある日突然ご家族からメールをいただいたことがあって。亡くなった方について触れることは、やっぱり結構難しくて。それを読んだご遺族がどう思うかも気にかけるし、感傷的すぎる文章を書くのも違うし、とか色々悩むんです。具体的な内容は伏せるんですけど、そのメールをいただいたときに、この仕事をやってる理由や意味のひとつをもらえた気がしたんですよね。
ハタ:だから僕らの仕事が美しい、素晴らしいと言いたいのではなく、みなさんがやっていることも絶対誰かのためになっていると思うんです。それがどの対象になるのかという部分で、もちろん自分が自分でいれるためでもあるし、アーティストに喜んでもらうためというのもあるけど、それ以上に見えているものが自分の家族だということですね。
インタビューの中で気づいた、会話の醍醐味
ハタ:矢島さんがこの仕事を続ける理由は?
矢島:私は中学生くらいの頃から、音楽そのものや、音楽雑誌のインタビューとかに、人生の迷えるときのヒントや思考の出口をもらい続けてきた気がしていて。いまも自分自身がインタビューするときに「ヒントをもらいたい」みたいな気持ちはありますね。人生のステージによっても、時代によっても、悩みや思考の巡りは尽きないから。「今、このことについてみんなどう考えているんだろう」「こういうとき、あの人はどう考えたんだろう」みたいな、生き方のヒントや考え方のかけらを回収して、それを発信する作業が自分のライフワークになっているのかなと思ったりします。
ハタ:すごく面白いインタビューって、めっちゃヒップホップじゃないですか。ヒップホップというか、リアルですよね。何かをほじくり出そうとして、ハプニング的に言葉が出てきて、それに本人がまた気づいて、みたいな。
矢島:インタビューの醍醐味のひとつはそれだと思います。私が言葉や質問を発して、それに相手の脳が反応して、本人も思いもよらないことが口から出てくるみたいな。そこで本人も予想してないくらいのパンチラインが出てくることもあるし。インタビューに限らず、それが会話の醍醐味ですよね。
ハタ:それでいうと、映像のドキュメンタリーってやっぱり面白いなと思っちゃうんですよね。表情とかは、もしかしたら写真の方が鮮明に頭に残ったりするかもしれないけど。自分が映像を回して何か聞き出すということをやったら、何を聞くんだろう、どういうことを引き出せるんだろうって、最近めっちゃ思ってます。
矢島:やってくださいよ! ハタさんのドキュメンタリー映像、見てみたいです。絶対にいいものを作られる気がします。なんなら一緒にやりたいです!
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