SZAロングインタビュー 葛藤を歌うシンガーの新たな季節
Rolling Stone Japan / 2024年1月30日 17時45分
全米アルバムチャート10週1位、第66回グラミー賞9部門ノミネート(授賞式は日本時間2月5日開催)、ローリングストーン誌US版が選ぶ2023年の年間ベストアルバム第1位。セールスと芸術性の両方で大成功を収めたシンガーソングライターのSZA(シザ)が、アルバム『SOS』の裏側を明かす。
SZAは今年度グラミー賞最多の計9部門ノミネート(☆:主要3部門)
☆年間最優秀アルバム賞『SOS』
☆年間最優秀レコード賞「Kill Bill」
☆年間最優秀楽曲賞「Kill Bill」
★最優秀ポップ・デュオ / グループ・パフォーマンス賞「Ghost in the Machine」
★最優秀R&Bパフォーマンス賞「Kill Bill」
★最優秀メロディック・ラップ・パフォーマンス賞「Low」
★最優秀トラディショナルR&Bパフォーマンス賞「Love Language」
★最優秀R&B楽曲賞「Snooze」
★最優秀プログレッシブR&Bアルバム 『SOS』
*
その瞬間、私は、ランボルギーニ製トラクターのボンネットの上に乗ったSZAの美しさに心を奪われていた。ストリップクラブで働いたことのある彼女は、動いているトラクターのボンネットの上でラップ・ダンスのようなセクシーな踊りを披露している。ハンドルを握るのは、相手役のジャスティン・ビーバー。大勢のカメラマンに囲まれながら、「Snooze」のメロディにあわせて上半身をくねらせていたかと思うと、両手を離し、立ちあがろうとした。アスファルトの上には、マットやクッションのようなものは何もない。不吉な予感が脳裏をかすめた次の瞬間、SZAがトラクターから転げ落ちた。
ときは昨年8月の初旬。カリフォルニア州ポモナのだだっ広い駐車場の上には、雲ひとつない青空が広がっていた。制作スタッフ、メイクアップアーティスト、スタイリスト、マネージャー、レコード会社の面々が見守るなか、「Snooze」のMV撮影が行われていた。MVは昨年8月26日に公開され、最初の1週間で900万回近く再生された。SZAの転落シーンがカットされていたことは言うまでもない。
撮影の少し前、私はSZAにMVのコンセプトについて質問していた。MVには、SZAの友人でプロデューサーのベニー・ブランコ、俳優のウッディ・マクレーンとヤング・マジノ、そしてジャスティン・ビーバーが恋人役として出演している。「いろんな人との関係性を描きたかった。私自身、失恋を乗り越えようとしているから」とSZAは答えてくれた。”あなたと一緒にオープンカーに乗っていると、自分がスカーフェイスになったような気分”という歌詞にもあるように、私はてっきりオープンカーが使われると思っていた。だが、MVの監督としてメガホンを取ったブラッドリー・J・カルダーは、よりシュールな視覚効果をねらってランボルギーニのトラクターを選んだ(ランボルギーニといえばイタリアの超高級車メーカーだが、スポーツカーよりも先にトラクターを製造していた)。
本番前、SZAとビーバーはトラクターの試運転を行った。まるで自転車の二人乗りをする学生カップルのように、SZAがビーバーに背を向けてトラクターのボンネットの上に座る。カメラが回りはじめると、運転席に座ったビーバーがトラクターをあてもなく走らせた。そのあいだSZAは、ボンネットの上で立ち上がったりしゃがんだりを繰り返した。
それを見て筆者は、「怖くないのかな」とつぶやいた。SZAの大胆不敵さに少し面食らっていたのだ。実際、彼女はいまでも自分が無敵だと思っている。「ちっとも怖くないみたいです。だから、心配しないで」と、メイクアップアーティストが言った。
ドスン、という鈍い音とともにSZAの体がアスファルトを打つと、無言で彼女に見惚れていた制作スタッフと関係者は同時に息をのんだ。幸い、SZAはニーパッドをつけており、駆け寄ったスタッフに助けられて立ち上がると、何事もなかったかのように笑った。「1時間後に次のシーンを撮影します」と言われると、「せっかくいまから、ヤバイことをしようと思ったのに」とSZAは残念そうに言った。
トラクターの上で踊るSZAを見ながら、私は少女時代の彼女を想像していた。ミズーリ州セントルイスで生まれ、ニュージャージー州メイプルウッドで育った彼女は、柵を飛び越えたりルールを破ったりしながら、無謀とも思えるような自由さで欲しいものを追いかけていたに違いない。世界でもっとも成功したポップスターとしての現在のステイタスも、彼女の豪胆な性格と密接にかかわっている。それは、有名人でありながらも、アートを通じて自らの脆さを余すところなく披露する姿勢とも解釈できる。そんな彼女は、トップからの転落を待ち望む意地の悪い視線にさらされながらも、音楽界の頂点を極めようとしているのだ。
異彩を放つパーソナリティ
2017年に発表されたデビューアルバム『Ctrl』は、SZAが自分に対する自信のなさや絶望感、卑劣さをさらけ出し、欠点ともいうべき自らの弱さを詩的に昇華させた作品である。二番手の女の心境を歌った「The Weekend」、恋人宛の別れの手紙のなかで男友達と浮気していたことを明かす「Supermodel」といった収録曲の歌詞からもわかるように、SZAは自分が”嫌な奴”であることを自覚していた。そのうえで、自分のさまざまな側面を受け入れ、より良い人間になれるとも信じていたのだった。ハスキーな歌声とスタンダードなR&Bとは一味違う危うい”告白”によって、彼女はその他大勢の若手シンガーのなかでも異彩を放つ存在となる。
「オルタナティブR&B」というジャンルにおいても、SZAはそのルックスによって一線を画していた。ご覧の通り、彼女は黒人である。体重は90キロで、古くさいブカブカの服を着ていた。これについては以前、本誌のポッドキャスト「Rolling Stone Music Now」のなかで「私が出てきた当初、(シンパシーを抱いたのは)ジェネイ・アイコやティナーシェ、FKAツイッグスくらいだった。でも、彼女たちはスリムで、私よりも肌の色が明るかった」と語っている。アーティストとしてのキャリアを歩みはじめた当初は、大学中退の落ちこぼれと非難され、一部のオーディエンスから受け入れてもらえなかったという。それでも、『Ctrl』以前からオンラインで楽曲やEPをリリースし、ささやかなファンダムを築き上げていた。筆者もまた、黒人女性の美しさをより自然に表現しているSZAに惹かれてきた人間のひとりである。彼女のルックスのおかげで、より多くの人が楽曲の歌詞に共感したのも事実だ。そういう意味でも、『Ctrl』は、SZAがマスに贈った自己紹介的な作品でもあった。
その後、SZAは凄まじいスピードでスターダムを駆け上っていく。ひっきりなしに仕事が入り、忙しい毎日が続いた。そして、2022年12月に2ndアルバム『SOS』がリリースされると、世間は瞬く間にこれを絶賛した。オープニングトラック「SOS」(歌詞のなかで、ネット上でささやかれていた豊尻手術が事実であることに触れている)をはじめ、何から何まで画期的だったのだ。『SOS』は、(自転車で立ち漕ぎしたくなるような)田舎町特有の閉塞感にはじまり、メディアに追いかけ回されながらも自分の考えを発信し続けるセレブリティとしての彼女の進化を描いていた。
SZAは、『SOS』を通じて『Ctrl』を再現しようとしたわけではない。それどころか、元カレ殺害の妄想やセレブ男性からのメール、自己嫌悪などを盛り込むことで、よりパワフルで大胆な作品に仕上げている。ラップ、ロックソング、壮大なポップバラードを取り入れるいっぽう、ベイビーフェイスが手がけた楽曲をみごとに歌い上げるなどR&B界の懐も潤わせた。『SOS』は、全米アルバムチャートで合計10週にわたって1位の座に輝き続け、ビヨンセやジャネット・ジャクソン、ホイットニー・ヒューストンの記録を抜き去った。
Photo by Gianni Gallant
DRESS BY OTTOLINGER. EARRINGS BY PANCONESI. SHOES BY BY FAR
この1年間、SZAの音楽は世界中の至るところにあふれていた。ロサンゼルスで彼女に張り付いて取材をしていたときも、あらゆる場所で彼女の曲を耳にした。ネイルサロンのスピーカーからはK-POPアーティストによる「Kill Bill」のカバーが流れ、本記事の撮影のためにスタジオに行く道中でも、ラジオから「Snooze」がかかっていた。実際、ヒップホップ専門のラジオ局では、何カ月にもにわたって1位の座を守り続けている。
SZAの豪胆な性格は、その多様な能力に依るところが大きい。人間には複数の能力があるという「多重知能(MI)」の理論を提唱した心理学者/ハーバード大学教授のハワード・ガードナーは、人間の知能を「言語・語学知能」「音楽・リズム知能」「対人的知能」「視覚・空間的知能」「身体・運動感覚知能」「博物学的知能」「内省的知能」「論理・数学的知能」の8つに分類している。SZAは、ほぼすべてを備えているのではないだろうか。
なかでもSZAの「言語・語学知能」と「音楽・リズム知能」は、切っても切れない関係にある。まるで語りかけるかのように自然なその歌唱と歌詞には、リアルで具体的なエピソードがふんだんに盛り込まれている。それだけでなく、彼女のスピード感にも驚くべきものがある。緊密に仕事をしてきたプロデューサーのロブ・ビセルとカーター・ラングは、SZAが複数の代表曲の歌詞——「Ghost in the Machine」と「Kill Bill」のサビ、そして「Snooze」など——をたった20分で書き上げたと明かす。ラングは、SZAの才能は言語だけにとどまらないと言い、彼女のことを最高峰のプロデューサーと絶賛した。「SZAは、自分の目的をわかっています。曲を構成する全要素を聞き分けることもできます。音楽はもちろん、インストゥルメンテーションも大好きです。それらが彼女の歌と作詞のモチベーションになっているのです」。
SZAは、自らの感情と独自性、ある人からは崇められ、ある人からは疎まれるそのカリスマ性に誰よりも敏感だ。まさにこれは、「内省的知能」の高さを証明している。そのせいだろうか、ささいなことにも影響されてしまう。たとえば、「Snooze」のMV撮影中に愛犬のピグレット(9歳のフレンチブルドッグ)が腹痛で苦しそうにしていると、自分も胃が痛くなるそうだ。おまけに彼女は、何かについて常に考え込んでいるようにも見える。そんなふうに考えてばかりいたら、不安になるのも無理はない。
私との時間が長くなるにつれて、「博物学的知能」と「身体・運動感覚知能」、そして「対人的知能」が高いこともわかってきた。大地や風への愛着に加えて、「Snooze」のMV監督としての献身的な態度と圧巻のダンス、そしてチーム内での立ち振る舞いが、それらを証明している。SZAの周りにいるすべての人が彼女を信じている。SZAの勝利は、チーム全体の勝利でもあるのだ。「SZAとの仕事は、私にパーパス(目的)を与えてくれます。それは、私のアイデンティティの一部でもあるのです」とラングは言った。
努力を重ねながら懸命に生きるSZAだって、ときには失敗する。文字通りトラクターから転落することもあれば、ステージ上でマズいパフォーマンスを披露したことも、思い通りのMVが撮影できなかったこともあった(特に「Good Days」のMVは気に入っていないそうだ)。それに加えて、少し前に恋人と別れたようだ。SZAは、元カレたちが自分を身勝手な女だと思っていると信じて疑わないし、自分が”いい子”ではないこともわかっている。だが、いつまでも落ち込んではいない。屈辱を味わいながらも、前に進むのだ。
グラミー賞での屈辱
その日、「Snooze」の撮影現場に到着した私は、2張の大きな青いテントが並ぶ「ビデオ・ビレッジ」なるものに案内された。その先にある小さな建物のなかでSZAとビーバーがベッドルームのシーンを演じるあいだ、チームのメンバーと私は、屋外に設置されたモニターの映像を見つめた。あまりお金のなさそうな若いカップルに扮したふたりは、床に直置きのマットレスの上でタバコを吸っている。SZAは、思いついたばかりのメロディを音声メモに録音するかのように、スマホとビーバーの両方に向かって「Snooze」を歌っている。
撮影がひと段落すると、SZAはピンク色のミニ扇風機を片手に紫煙をくゆらせ続けた(たばこは、単なる小道具ではなかったようだ)。ベッドルームのセットから機材が引っ張り出されたかと思うと、スタッフは次のシーンの撮影に向けて準備をはじめた。ビーバーとのピクニックのシーンだ。いまのところ、誰もが撮影に興奮している。
「Snooze」MV撮影中のブラッドリー・J・カルダー監督、SZA、ジャスティン・ビーバー(Photo by Bucci_@kombucci)
トレーラーの向こうでは、陽が沈もうとしていた。長丁場の撮影は、順調に進んでいる。先ほどSZAはメイクの件で少し揉めていたが、それ以外は終始リラックスしている。「しっかり準備することで、不安がだいぶ解消される」と、SZAは撮影の合間に明かしてくれた。「今回のMV撮影が嫌じゃない理由は、スタイリストと衣装合わせをし、友達にも相談し、全貌を把握できたから。ヘアスタイルやメイクの担当ともグループチャットで話をした。でなければ、私は反抗的な態度を取っていたと思う」とSZAは言った。スタッフと密にコミュニケーションを取り、入念な計画に基づいてMVを撮影するのは、今回が初めてだという。「ビッチにならないため」には、こうした準備が不可欠であることに気づいたのだ。
おかげで、今後のより大きなプロジェクトのための心構えもできたという。「雑誌の表紙やカントリーミュージック協会賞、MTVビデオ・ミュージックアワード(VMA)といった大舞台での(これまでなら断ってきた)パフォーマンスのオファーが来ても、これからは受けるつもり。私の人生を変えてくれるかもしれないから」。
『SOS』の成功によってSZAは、「なぜ自分は、アメリカが世界に誇るアワードの舞台でパフォーマンスをしたいと思うのか?」と考えるようになった。だが、明確な答えは出ていない。トレーラーの外で筆者は、それによって具体的な”何か”が得られるからではないか、と質問した。すると彼女から「そもそも、何が得られるとかじゃないの。そういう場所でパフォーマンスをすれば、自分の人生に計り知れない影響が及ぶ。だから怖いっていうのもあるんだけど。たとえばVMAで素晴らしいパフォーマンスを披露すれば、きっともっとビッグになれる。黒人の私が、伝統的に白人の音楽とされてきたカントリー音楽のアワードの舞台でいいパフォーマンスをすれば、さらにビッグになれると思う。グラミー賞授賞式でパフォーマンスを披露するだけでなく、受賞もできれば、もっともっとビッグになれる。そう思うから、余計に足がすくんでしまう」。
Photo by Gianni Gallant
DRESS BY DI PESTA. SHOES BY BY FAR.
元来負けず嫌いのSZAにとっても、『SOS』はかなりの自信作だった。それでも、同作が大ヒットしたことに驚いたという。「1位になったのは意外だった。どうせテイラー(・スウィフト)に蹴散らされると思ってたから。世間が私にどんな音楽を期待しているかなんてわからないし、どの曲が人気になるかもわからない」。
『Ctrl』の勢いに後押しされ、SZAは2018年の第60回グラミー賞で「最優秀新人賞」など5部門にノミネートされたが、蓋を開けてみると全部門で受賞を逃した。最低でもひとつは受賞するべきだったというのが個人的な見解だが、ブルーノ・マーズやチャイルディッシュ・ガンビーノ、人気絶頂のザ・ウィークエンドといった錚々たる面々が相手では、仕方がなかったのかもしれない。それでもSZAは、授賞式の終盤で『Ctrl』の収録曲「Broken Clocks」を披露して拍手喝采を浴びた。
『Ctrl』の収録曲の半数以上を手がけ、ツアーではベーシストを務めてきたプロデューサーのカーター・ラングは、「ノミネートされた全部門で受賞を逃したのに、ステージで盛り上げないといけない彼女の辛さを思うと、胸が痛みました」と失望感とともに振り返る。対するSZAは、笑い飛ばしながら次のように回想した。「授賞式の夜——その時点で、すでに2部門の受賞を逃していたんだけど——タイラー(・ザ・クリエイター)に『アワードをひとつも取っていないのにパフォーマンスをさせるなんて、そんなことはあり得ないから心配しないで』と言われていた。だから、最後の部門も逃したときは……」と言って言葉を詰まらせた。数列後ろの席に座っていたタイラーをちらりと見て、席を立ったときのことが脳裏によみがえったようだ。
「黒人アーティストたちがこんなひどいことを当たり前のように受け止め、世間が騒がないことに心底うんざりしている」とSZAは言った。彼女の言う通りだ。「授賞式の会場って、私が人生で経験したなかでも一番変な場所かも。あの空間は、そこにいる人たちの期待でいっぱいなの。注目されたい、認められたい、賞を獲りたい自分は価値のある人間だと認めてもらいたい、と誰もが願っているグラミー賞がすべてじゃないけど、私たちにとって意義あるものであることに変わりはない。でも重要なのは、その場に自分がいたということ。それが大事なの」。
SZAはその後、2022年の第64回グラミー賞にて、ドージャ・キャットとのコラボ曲「Kiss Me More」で最優秀ポップ・デュオ/グループ・パフォーマンス賞を受賞
失恋の痛み
グラミー賞を逃したことよりも、撮影の合間に一服するSZAを見ていると、失恋のほうにショックを受けているように映る。数年付き合った恋人と別れたばかりなのだ。『SOS』には失恋による心の痛みを歌った曲が数多く収録されている。そのなかでもお気に入りだという「Ghost in the Machine」は、その昔の恋人のことを歌った曲である。驚いたことに、その人とは婚約までしていたそうだ。
取材中もSZAは、元婚約者の詳細には触れず、ファッションデザイナーとだけ教えてくれた。11年(そのうち5年は婚約していた)付き合ったが、4年前に婚約を破棄したという。筆者は、頭のなかで素早く計算し、彼女が高校生の頃に付き合いはじめたと推測した。それに気づいたかのようにSZAは、「高校を卒業したばかりだった」と言った。
「Ghost in the Machine」では同じく第66回グラミー賞で注目を集めるフィービー・ブリジャーズ(ボーイジーニアス)をフィーチャー
SZAは「(ひとりの人と付き合わずに)ずっとフラフラしているのはイヤ」と語るいっぽう、過去に軽い気持ちで付き合った人がいたことも認めた。そのひとりがドレイクである。SZAがニューヨークにいた2008年頃のことだ。ふたりの関係は、ドレイクをフィーチャーした21サヴェージの「Mr. Right Now」によって明らかになったわけだが、これについて彼女は、「夢中とか、真剣すぎて重いとか、そういう関係ではなかった。若者同士のノリみたいなもの。ものすごく子供っぽい関係だった」と語った。
「境遇のせいか、常に自分のことを認めてくれる人、いつもそばにいてくれる人が必要だった。ひとりになったり自分の嫌な部分を直視させられたりするのが怖くて仕方がなかった」とSZAは振り返る。そう言いながら、女性がもっとも魅力的といわれる30代に長期的なパートナーと出会えないのではないかと心配する。まるで30代を超えると、その美しさが失われてしまうかのように。
「外見やその人のエネルギーがすべてじゃないことはわかっているけど、私も人間だから、どうしてもそういうことを気にしてしまう。理想の人と出会うときのためにも、これ以上歳をとりたくない。私がその人に恋をするように、私に夢中になってほしいから。でも、こういう考え方はそろそろ捨てないとね。きっと、歳をとったときの自分の外見が想像できないから、こんなに不安になるのかもしれない」
Photo by Gianni Gallant
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SZAが外見に自信を持てるようになるまで、長い時間がかかった。メイクにも助けられたし、メイクのおかげで自分の長所を引き立てる方法もわかったという。いまでは、ありのままの自分をある程度受け入れているようだが、その度合いも日によって変化する。彼女は、そうした気持ちを掘り下げることで、数多くの素晴らしい音楽をつくってきた。その一方で、自ら提示した「不安定な人」というアイデンティティとも格闘している。
「どうやら世間は、私のことを誤解しているみたい。『不安定さは、SZAのトレードマーク』と人は言うかもしれないけれど、それは違う。私はただ、自分の感情に正直なだけ。今度そんなことを言う人がいたら、お尻をひっぱたくからね」。
実際、SZAには自嘲的なところがある。まるで姉が妹をいじめるように、自分を嘲るのだ。だが、誰かが自分を傷つけようとすると、身を挺して妹を守る姉のように、憤然と立ち向かう。「誰かに傷つけられることもあるけど、泣いて許しを乞われることもある」と言い、次のように続けた。「不安定な自分がすべてじゃないことも、私が面白いと思えば、意図的に自分の脆さを表現できることもわかっている。強い人を演じられるのはかっこいいけど、個人的には感動しないかな。私は、自分の心を動かすことを歌にしている」
リゾへの想い
MV撮影の数日後、SZAは編集作業のためにカリフォルニア州のプリティバード(ビヨンセ「Formation」のMVを手がけた映像制作会社)を訪れていた。編集の方向性について監督のブラッドリー・J・カルダーと議論し、編集室を出ようとするとき、「自分が言いたいことをもっと自由に言えたらいいのに。どうしてそれができなかったんだろう」とSZAは言った。さらに彼女は、いたずらっぽく続ける。「『SZA? あいつはダメだ』といった声を聞くと、もっと自己主張すればいいのかな、もっと実績を自慢しまくればいいのかな、と思ってしまう」。実際、彼女はいくつもの偉業を達成してきた。『SOS』は全世界で10億回近く再生され、「Kill Bill」は全米シングルチャートの頂点に輝いた。だが、勝利をひけらかすのは自分らしくないと考える。「私はただ、前よりもいいものをつくりたいだけ。誰かと比べられることが避けられないなら、相手よりもいいものをつくりたい。それが私の性格だから。私は生来の負けず嫌いなの。そんな自分に満足している。別に私は、誰かを傷つけたいわけじゃない。ただ、最高なものをつくりたいだけ」。
そう言いながらも、負けず嫌いな性格が苦しみの根源であることもわかっている。それは、彼女にとって運命のようなものなのだ。「自分の欠点を全部まとめて受け入れることで、はじめてそこから立ち直れるような気がする。それに私は……世間からいい子だと思われなくてもいい。勝ち気な人間だと思われても構わない」。
筆者が「あなたのことを優しい人間だと思っている人もいるはず」と指摘すると、優しい人間ではなく、弱い人間だと思われているのだとSZAに訂正された。「腹立たしいことに、世間は私のことを弱い人間だと思っている」と。自分の不安定さを歌にしたことで、それが自身のイメージとして定着してしまった。世間は、SZAないし楽曲のひとつの側面だけを見て、それがすべてだと思ってしまう傾向がある。
Photo by Gianni Gallant
OUTFIT BY Y/PROJECT. RINGS BY BONY LEVY & SZAS OWN.
私は、セクハラ疑惑の渦中にあるリゾのことを思った。SZAとリゾは、10年近くの友人なのだ。ふたりが初対面を果たしたのは、ミネアポリスのライブ会場だった。いちファンとしてライブに来ていたリゾは、SZAと一緒に写真を撮った。その翌年にリゾは、SZAの2015年のミニツアーのオープニングアクトを務めた。近年、ふたりは互いを称え、支持を表明し合っている。リゾのヒット曲「Special」にSZAがゲストボーカルとして登場するリミックス版が発表されたり、『SOS』に収録されている「F2F」にリゾがボーカルとして登場したり……レコーディング中にEPとしてリリースできるほど大量のロックソングも共同で書き上げた。2023年の初めにSZAは、「リゾと私ほど息の合ったコンビは、音楽シーンに存在しない」と語っている。
私は、SZAが不安定で弱い人間という世間の偏ったイメージについて話すのを聞きながら、リゾのことを考えていた。リゾは、痩せていることが美しいという従来の価値観にとらわれず、ありのままの体型を愛する「ボディポジティブ」と人々に自信を与える「エンパワーメント」の体現者とみなされてきた。そのため、元ダンサーの3人がセクハラ(職場でのいじめや性的いやがらせなど)でリゾを訴えたとき、ファンは大いに失望と怒りを感じたのだった。
ふたりのアーティストのイメージがそれぞれの音楽によって決まり、そうしたイメージをくつがえすかのような情報が出てくる。身も蓋もない言い方だが、これはSZAとリゾに向けられた非難の正当性に疑問を投げかけるうえでの重要なポイントだと思う。だからこそ、私はあえてこの点に触れたのだった。
献身的で周りを元気にできる人というリゾのイメージは、SZAにとってはリアルなものである。「カーテンの後ろに、すべてを操っている人がいるのでは?と誰もが思いたがっている。まるで『オズの魔法使い』のように。でも、必ずしもそうとは限らない。カーテンの後ろには、誰もいないことだってあるんだから」とSZAは言いながら、完璧な人間ではないけれども、本物のシンガーであるリゾのことを思って目に涙を浮かべた。SZA自身、状況が複雑なことに加えて、自分は詳細を知らないこともわかっている。だからこそ、公の場ではこれ以上言おうとしない。「私はただ、リゾという人間の価値とそのエネルギーに基づいて彼女を見ている。この件の関係者全員の心の傷が癒されることを願っている。誰にでも傷を癒やし、安全で愛されていると感じる権利があるのだから。すべてが語り尽くされてひと段落したら、せめてそう思えることを願っている」
名声との向き合い方
昼食を終えると、SZAとカルダーは編集作業に戻った。長い夜に備えて、SZAのパフォーマンスショット選びをはじめる。指で銃を撃つポーズと、「Snooze」の”私は嘘をついたし、あのビッチを殺すこともできる”という歌詞を象徴する、大きく手を振るジェスチャーとのあいだで迷っているようだ。
SZAに関する議論が、彼女の多彩な感情と才能を軸に展開されるかどうかは筆者にはわからない。日記のような誠実さが称賛されることもあれば、それによって批判されることもあるからだ。『SOS』がリリースされたばかりの頃、SZAと彼女の失恋に共感する女性たちは、未熟だとSNS上で非難されていた。そうした人たちがSZAに「サッドガール」のレッテルを貼り、TV出演を逐一批判し、過去の恋愛をほじくり返したのだった。だが、彼女を批判する人も、称賛する人も、この編集室で何が起きているかは知らない。SZAが正確さ、ビジョン、広いマインド、技術的手腕を注いで自身のアートをつくっていることを。SZAを崇める熱烈なファンがいるのは事実だ。だが、果たしてSZAは、その人気に見合った尊敬を得ているのだろうか? 多くの人はSZAのことを見て楽しんでいるが、それは彼女という人間を本当に見ていることになるのだろうか?
SZAは、転落や失敗を恐れているわけではない。それによって衆目にさらされるのが嫌なのだ。「見られること」とはなんだろう? その瞬間、ドレスアップして、リムジンからレッドカーペットに降り立ったときの記憶がSZAの頭のなかでよみがえった。振り返って歩き出そうとした瞬間、動けなくなった。有名人として「見られること」のあまりの孤独さに、体が凍りついてしまったのだ。
Photo by Gianni Gallant
DRESS BY DI PESTA.
「いつだって世間は、『好きで選んだ道なんだから』的なことを言う」と、SZAはトレーラーの外でタバコを吸いながら言った。「だから怖いの。だって、私が選んだわけじゃないから。私は、音楽をつくり、アートを分かち合うという道を選んだだけ。私は大学を中退しているし、ひとつの仕事をずっと続けることもできなかった。それでも、スマートでクリエイティブな人間だということ、パーパスと役割があることをわかってもらいたいの」。
お金が欲しいなら、ドラッグを売ったり、かつてのSZAみたいにパーテンダーやストリップダンサーなど給料のいい仕事につけばいい。「それが目的じゃない」とSZAは言う。「権力がほしいわけでもない。私自身のためなの。これでいいんだ、って思えるようになりたいから」。
From Rolling Stone US.
Produced by RHIANNA RULE. Production Manager: XAVIER HAMEL. Photography direction by EMMA REEVES. Styling by JARED ELLNER for THE ONLY AGENCY. Hair by DEVANTE TURNBULL. Makeup by DEANNA PALEY. Nails by JOHANA CASTILLO. Tailoring by ALLISON ACHAUER. Contributing stylist to SZA: ALEJANDRA HERNANDEZ. Production assistance by PETER GIANG and TCHAD COUSINS. Lighting Director: BYRON NICKLEBERRY. Photography assistance: DOM ELLIS. Digital Technician: JUSTIN RUHL. Styling assistance: BROOKE FIGLER, MAYA SAUDER. Post production by ANGIE MARIE HAYES for THE HAPPY PIXEL PROJECT INC.
SZA
『SOS』
発売中
ボーナストラック2曲追加収録 / 歌詞対訳付き
再生・購入:https://SZAsmji.lnk.to/SOS
グラミー賞ノミネート・アーティスト特集(Sony Music Japan International)
https://www.sonymusic.co.jp/PR/grammys/info/559551
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