スティーヴ・レイシー来日公演を総括 軽やかさと親密なムード、表現力豊かなギターで魅了
Rolling Stone Japan / 2024年2月21日 17時30分
ソングライター/プロデューサー/ギタリストのスティーヴ・レイシー(Steve Lacy)の来日公演が2月14日・15日に立川ステージガーデン、16日にZepp Osaka Baysideで行われた。レイシーはジ・インターネットのメンバーで、ケンドリック・ラマーからヴァンパイア・ウィークエンドまで幅広いアーティストのプロデュース経験もあり、ソロとしての活躍も著しい才能溢れる1998年生まれのアーティストだ。
筆者が訪れた15日の気温は2月中旬としては7年ぶりに20℃を超えるという4月並みの暖かさだったため、立川に集った多国籍なオーディエンスは服装も多様であった。ダウンジャケットとノースリーブが混在する異様な温度感のフロアを初めに盛り上げたオープニングアクトはSTUTSだ。サックスとキーボードを従える3人編成のジャジーなセットで、後半にはラッパーのJJJがスペシャルゲストとして登場。STUTSがMPCでずっしりとした低音のドラムを打ち、場がそれに応える30分のパフォーマンスで会場は温まっていく。
転換後しばらくするとマック・デ・マルコの「Chamber of Reflection」をBGMにスティーヴ・レイシーのバンドが登場。2ndアルバム『Gemini Rights』の冒頭を飾る「Static」のメロウなイントロでスタートしたが、開始早々機材トラブルにより音が途切れてしまい、戸惑った観客の合唱だけが虚空に響く。そこにフードを被ったレイシーがフラっと現れる。背後のSFチックな映像と対照的なほどゆるい登場の仕方で、そのリラックスした姿にはもはや貫禄すら漂っていた。
Photo by Kazumichi Kokei
Photo by Kazumichi Kokei
2曲目はなんとレイジ・アゲインスト・ザ・マシーン「Killing in the Name」のカバーで、先ほどのゆったりとした演奏が嘘だったのかと思うほどの激しいギタープレイで観客のド肝を撃ち抜いた。切れ味鋭くリフを刻んでいくトム・モレロというよりは、雄叫びを上げるようなジミ・ヘンドリックス的演奏スタイルで、引き延ばされたアウトロはレイシーの足元の機材でより一層サイケデリックに拡張させられていた。続く「Helmet」はそのムードを引き継いだ演奏で空間を塗りつぶす。「Sunshine」も余白多めなプロダクションを施された音源を変貌させたという点で共通していた。
一方、妹の部屋で録音したという2019年のデビューアルバム『Apollo XXI』からプレイされた「N Side」は、音源の宅録感を大きく越えたヘヴィでロックな演奏でオーディエンスを揺らす。「Lay Me Down」で6/8拍子のグルーヴィなアウトロをたっぷり浴びたあと、ジョー・パスのようなボサノヴァのギターを挟んでからワルツ調の「Mercury」に繋ぐことでムードを切り替える。あまりに気が利いた流れだ。そしてそのまま「Give You The World」の甘くドリーミーなムードへ。さらにその耽美なムードを引き継ぎ、それを深化させるように演奏されたのがザ・ビートルズ「I Want You (She's So Heavy)」のエンディング部分である。ジョン・レノンによる重厚感溢れる一曲で、執拗に繰り返されるブルーズ的なフレーズが強烈に頭にこびりつき、それ一色の世界に引きずり込まれていく。ムードは完全にレイシーの掌中にあった。
友人と接するようなコミュニケーション
他アーティストへのプロデュース参加曲も含め、レイシーの音楽は日常生活にフィットするようなサウンドが特長だ。しかし、ライブでは容赦なく受け手を圧倒し、ムードを自在に操る。それでいて観客からの声援に全て返事していたように、終始フレンドリーだ。とにかくエンターテイナーとして一流で、ショーマンシップに溢れた青年なのだ。
ギターのチューニングを終えると、ファンの間では一際人気が高い短めの弾き語り曲「C U Girl」を皮切りに、しっとりとしたローファイなギターサウンドでの弾き語りが続く。ジ・インターネットの「Curse」や「Infrunami」での歓声も大きく、一気に会場は親密な空間へと変貌する。客席でボードを掲げたオーディエンスのリクエストに応えて「HateCD」を披露する場面もあった。
Photo by Kazumichi Kokei
Photo by Kazumichi Kokei
実際にライブを体感して印象的だったのは彼が圧倒的に優れたギタリストであるという点だ。驚くほどヘヴィなプレイだったり、繊細な心情の機微を描いたような表現だったり、ギタリストとしての表現の幅が広く、それでいて歴史的な連なりも感じさせる。ギターのサウンドがムードだけでなくリズムまで規定しているようでもあった。
「Love 2 Fast」では徐々に明るいムードを醸し出し、レイドバックした重い「Buttons」でバンドにスイッチを入れる。当時18歳で制作された『Steve Lacy's Demo』(アートワークはレイシーとギターの3ショットだ)から「Ryd」「Some」を歌い、おそらく2020年代の名曲として記憶されることになるであろう全米No.1ソング「Bad Habit」で緩やかに会場に幸福感が充満していく。ここでもレイシーはサービス精神旺盛だからなのか、長く引き延ばした間奏で裏からスタッフを連れてきてステージをやや賑やかにしていた。最後は「Dark Red」で無事大団円を迎え、最前列のファンが持つレコードにサインをして帰っていった。
レイシーはきっと、リスナーとの密なコミュニケーションをいつも大切にしているのであろう。友人と接するような軽やかな振る舞いを見ていると、この人がグラミー受賞アーティストでもあることも忘れてしまう。そういう人となりまで伝わってくるような一夜だった。
Photo by Kazumichi Kokei
スティーヴ・レイシー
『Gemini Rights』
配信:https://SteveLacyJP.lnk.to/GeminiRightsRS
アナログ盤LP:https://SonyMusicJapan.lnk.to/SteveLacyGeminiRightsVinylRS
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