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オースティン・ペラルタ、「21世紀ジャズの特異点」がフライング・ロータスとLAジャズに遺したもの

Rolling Stone Japan / 2024年2月26日 18時0分

Photo by Spencer Davies

2012年に22歳で急逝したオースティン・ペラルタ(Austin Peralta)の傑作『Endless Planets』が、デラックス・エディションで再発&初LP化。フライング・ロータスを唸らせ、彼が主宰するBrainfeederの方向性も決定づけた若き天才ピアニストの功績を、音楽評論家・柳樂光隆が徹底解説。(聞き手・構成:小熊俊哉)

『Endless Planets』デラックス版の日本盤ライナーノーツを執筆するために調べ直しながら、オースティン・ペラルタは子どもの頃からジャズピアニストとしての完成度が突出していたんだなと改めて痛感しました。とにかく演奏が巧いし、古いジャズにも精通している。

オースティンが10代だった頃のLAにも、ジャズをやりたい同世代はいたはず。でも、当時はサンダーキャットが兄のロナルド・ブルーナーと共にスイサイダル・テンデンシーズへ参加したように、それぞれが別の方向に進んでいた。そのなかで、10代にしてチック・コリアのような大物とも共演していたオースティンは憧れの的だったんじゃないかなと。

そんな彼も、『Endless Planets』の発表前には伸び悩んでいた時期があったのかもしれません。当時のライブ動画を観ると、サンダーキャットやカマシ・ワシントンなどと様々な編成/スタイルのセッションを重ねながら、既存のジャズに縛られない独自の表現を模索していたようにも映ります。


マッコイ・タイナー的なソロ演奏を披露するオースティン。途中で横切るのはカマシ、映像の終盤(4:15〜)では坊主頭のサンダーキャットも演奏


カマシとオースティンの共演

そういう試行錯誤があったからこそ、『Endless Planets』の時代を先取りするようなサウンドを確立できたのでしょう。僕も初めて聴いたときは衝撃的でした。2011年にリリースされた『Endless Planets』は「早すぎた」作品であり、これから何かが始まりそうな「序章」であり、周囲もオースティンの将来を期待していたはず。ところが、その矢先に彼は亡くなってしまった。

「あいつは自分が持っているポテンシャルを充分に発揮しないまま死んでしまった」と語っていたのはフライング・ロータス。彼がジャズの生演奏を取り入れた『You're Dead!』(2014年)は死後の世界をテーマにした作品で、オースティンを失ったことも大きく影響していたわけですが、この出来事はフライローにとって人生の転機になるほどのショックだったと思うんですよね。あのときを境に、彼の表情や発言はすっかり変わった気がします。

2012年にサン・ラへのトリビュートとして発表された12インチ「Views Of Saturn Vol.2」を聴くと、オースティンの頭のなかに我々の想像が及ばないようなアイデアがあったことがわかります。エクスペリメンタルなサウンドは、サン・ラの再評価が進む今こそしっくりくるもの。そういった生前のオースティンによる音楽を耳にしていたからこそ、フライローは彼のポテンシャルを信頼し、ジャズに傾倒していったのではないかとも思えてきます。




『Endless Planets』が出たときのインパクトについて、マーク・ド・クライヴロウを取材したとき「Brainfeederがオースティンの作品を出したときはみんなびっくりした。いきなりジャズ・アルバムが出たら驚くよね」と語っていたのも印象的です。

2008年設立のBrainfeederはもともと、実験的なヒップホップとエレクトロニック・ミュージックを融合させた「LAビート」の象徴的レーベルとして名を馳せてきました。もちろん、フライング・ロータスとコルトレーン家の血筋については話題になりましたし、カルロス・ニーニョはビルド・アン・アークを率いてLAジャズの歴史を再編するような動きを見せていましたが、2010年前後の時点で「Brainfeederといえばジャズ」と認識しているリスナーやメディアはいなかったはず。『Endless Planets』は想定外のリリースすぎて、誰もが戸惑っていたように記憶しています。

その話で思い出されるのが、オースティンが来日したときのこと。『Endless Planets』のリリースから8カ月後となる2011年10月、彼はBrainfeederのレーベルイベント〈BRAINFEEDER2〉に出演するため日本を訪れています。東京公演の会場は西麻布eleven(2013年に閉店)で、その2カ月前にデビュー作『The Golden Age Of Apocalypse』を発表したサンダーキャットとのデュオでの出演でした。フュージョンをひたすら畳み掛けるセッションで、オースティンの鍵盤も見応えがありましたし、それが深夜のクラブ空間で繰り広げられていたのも痛快でした。というのも、この夜のメインアクトは彼らではなく、トキモンスタ、マーティン、ティーブスといったDJ/ビートメイカー陣だったんですよね。

ちなみに、東京公演の前日には、新宿FlagsのGAP前にある広場でオースティンとサンダーキャットのゲリラライブも敢行されています。そのときの写真や動画を見てもわかるように、集まり具合はそこそこだったはず。同じことを今やったら大変な騒ぎになると思いますが、二人はまだ無名に近いニューカマー、というのが当時の状況でした。


2011年10月29日、〈BRAINFEEDER2〉大阪公演の様子。会場は鰻谷sunsui(2012年閉店)


2011年10月27日、新宿駅で行なわれたゲリラライブの様子

サンダーキャットは2022年の来日公演でのMCで、彼とルイス・コールを引き合わせたのがオースティンだったと語っていました。その日も披露された追悼曲「A Message for Austin」では、坂本龍一さんが作曲した「地中海のテーマ(El Mar Mediterrani)」がサンプリングされています。サンダーキャットはこの曲を盟友であるキャメロン&テイラー・グレイヴス兄弟の家で知ったそうで、「龍一はオースティンのことを知っていて、彼を尊敬していたから許可してくれたんだ」と述懐しています。坂本さんがオースティンの端正なピアノに惹かれたのは、なんとなくわかる気がしますよね。



ルイス・コールとオースティンの共演パフォーマンス

昨年発表の大作デビューアルバム『Les Jardins Mystiques Vol.1』に、生前のオースティンと録音した曲「Eudaimonia」を収録していたミゲル・アットウッド・ファーガソンは、「オースティンはとてもアップリフティングな人で、僕の良さを5千万倍に増幅してくれる存在なんだ。その人の持つ良さを色々な方向から最大限に引き出してくれる。オースティンは若くして、そういうことに長けた人物だった」と語っています。仲間たちから愛されてきたオースティンは、様々なセッションでの交流を通じて、LAのコミュニティ内外にいくつもの出会いをもたらし、シーンの底上げに貢献してきたのでしょう。もしオースティンがいなかったら、Brainfeederの歴史はだいぶ違ったものになっていたはずです。

そういった深い絆とオースティンが遺した音楽は、時間の経過とともにその価値が浮き彫りになってきました。フライローは『Endless Planets』について「俺がBrainfeederに進んでほしい方向性への第一歩」と2011年に語っていましたが、同レーベルと彼自身がジャズに踏み込み、カマシ・ワシントンやサンダーキャット、ルイス・コールが成功していく状況を生み出した最大の転換点が、他ならぬオースティンであったことが今ならよくわかります。



ミゲル、サム・ゲンデルとオースティンの共演パフォーマンス

天才少年と謳われた日本デビュー

伝説的スケートボーダーのステイシー・ペラルタを父にもつオースティンは、LA出身で1990年10月生まれ。5歳でクラシックピアノを始め、10歳でジャズに目覚めるとたちまち頭角を現し、2006年にデビュー作『Maiden Voyage』、その翌年に2ndアルバム『Mantra』(2007年)を発表しています。

この2作はプロデューサーの伊藤八十八さん(2014年死去)が主宰したジャズレーベル、Eighty Eight'sによる日本主導でのリリース。『Endless Planets』発表当時のオースティンは本国で謎の新人みたいな扱いでしたが、日本のジャズリスナーだけはもっと昔から彼のことを知っていたわけです。



2006年頃は、90年代から続くピアノ・トリオのブーム真っ只中。同年に寺島靖国さんによるディスクガイド『JAZZピアノ・トリオ名盤500』も刊行され、ピアノ・トリオ作品が飛ぶように売れていた時期です。ロン・カーター(Ba)、ビリー・キルソン(Dr)という大物が脇を固め、オースティンが14歳のときに録音された『Maiden Voyage』は、そういう背景や”ジャズ界の王子””天才美少年ピアニスト”といった売り文句もあって大ヒット。同年に出演した東京Jazzではチック・コリア、ハンク・ジョーンズ、渡辺貞夫、上原ひろみという豪華セッションに参加するなど一躍時の人になりました。




『Maiden Voyage』はオースティンの演奏スタイルに影響を与えたマッコイ・タイナーやハービー・ハンコックの楽曲を取り上げつつ、手堅くまとめられたオーセンティックな作品でした。そこから翌年の『Mantra』ではメンバーを一新。ロバート・グラスパー世代の筆頭株だったマーカス・ストリックランド(Sax)、東京Jazzでも一緒に演奏したロナルド・ブルーナー(Dr)という当時20代のトッププレイヤーを迎え、コンテンポラリーなセンスを発揮すると共に、アルバム・タイトルが示すようにスピリチュアル・ジャズ志向も顕在化。ここに散りばめられた宇宙的なモチーフは『Endless Planets』にも継承されています。

生前の伊藤さんにオースティンの話をお聞きしたら、「2作目(『Mantra』)で難しい感じになり、そこからは交渉も難しくなってしまった」というふうに仰っていました。日本のジャズ市場が求める演奏と、オースティンのやりたいことが噛み合わなくなってきたのでしょう。彼はここで一度、姿を消すことになります。




ジャズとクラシック、エレクトロニックを横断する感性

オースティンはその後、大学でクラシックを再勉強しつつ、アラン・パスクアやバディ・コレットというジャズの先人たちに師事し、エリカ・バドゥやシャフィーク・フセインと接点を持ちつつ様々なセッションに出入りするなど、音楽を学び直す日々を過ごしていました。

この頃に大きかったのが、『Endless Planets』のアートワークやフライローの3Dライブも手がけたビジュアル・アーティストで、音楽プロデューサーとしてもBrainfeederから作品を発表しているドクター・ストレンジループとの出会い。2010年に二人がカリフォルニア芸術大学の公演スペースで行なったセッション『Live At CalArts - 7.20.2010』は、今振り返ると画期的な音源だったことに気づかされます。

STRANGELOOP · Strangeloop & Austin Peralta ( live at CalArts ) 2010
クラシックの叙情的な旋律、現代音楽的に崩れ落ちるフレーズ。ストレンジループが操る電子音と混ざり合うオースティンのピアノ。日本で脚光を浴びた頃とはまったく違うフリーフォームな演奏は『Endless Planets』の試作品ともいえますし、ジャズのインプロと瞑想的なエレクトロニカが合わさった音像は、LAビート以降の動きを模索していたBrainfeeder周辺の音楽家たちにも大きなヒントを与えたのではないでしょうか。オースティンがその後、ティーブスやデイデラスといったビートメイカーの作品や、サンダーキャットのデビュー作、フライローの『Until The Quiet Comes』(2012年)に起用された理由もそこにある気がします。


オースティン・ペラルタの参加楽曲をまとめたプレイリスト

ジャズとクラシック、エレクトロニックを自由に往来できる感性はイギリスの音楽シーンとも相性抜群。シネマティック・オーケストラがオースティンを重宝したのもそうですし、DJとしてUKのブレイクビーツ・ムーブメントを牽引したあと、鍵盤奏者としてLAのジャズ界隈と交流を深めたマーク・ド・クライヴ・ロウのような人に刺さったのも頷けますよね。

ちなみに、『Endless Planets』のデラックス版には、BBCのスタジオでリチャード・スペイヴン(Dr)、シネマティック・オーケストラのハイディ・ヴォーゲル(Vo)とジェイソン・スウィンスコー(electronics)らと録音したセッション音源が追加収録されています。ここでオースティンが弾くピアノは、LAでのセッションにおける力強いタッチとは異なる、端正かつメロディアスなもの。音楽性の幅広さに改めて驚かされます。



『Endless Planets』を今こそ再発見すべき理由

『Endless Planets』にはそういったオースティンの資質と、様々な交流や試行錯誤によって培われたものが集約されています。「Capricornus」に顕著ですが、高度な作編曲に基づく複雑なリズムとハーモニーは、当時のコンテンポラリージャズにおける最先端を意識したもの。楽曲のポテンシャルを引き出すべく、ピアノ・トリオにサックスを加えた編成にはLAローカルの仲間たちに加えて、現代屈指の名手ベン・ウェンデル(Sax)も参加しています。



ベン・ウェンデルがオースティンに捧げた楽曲「Austin」(2016年作『What We Bring』収録)

同時期にグラスパーがジャズとヒップホップ、サンダーキャットがフュージョンとLAビートのハイブリッドを実践していたのに対し、『Endless Planets』の演奏はストレートアヘッドなジャズそのもの。それゆえ当時のリスナーは困惑したわけですが、よく聴くと録音とミックスはかなり異質で、エレクトロニック系レーベルのBrainfeederから本作が発表された意義もそこにあると思います。

LAスピリチュアル・ジャズの伝統を受け継ぐ「Algiers」での、ベースとタブラが並走するバランス、2管のサックスが立体的に響き合う快感、低音とリズムを強調させた音作りやコズミックな音像はデトロイト・テクノ的ですらありますよね。ジャズのアコースティック楽器でここまで生々しくスペイシーな質感を生み出しているのは驚異的で、この過激なミックスにオースティン本人も携わっていたことも特筆すべき点でしょう。さらに、アルバムの随所でストレンジループによるエレクトロニクス処理も施されている。ここまで野心的なジャズ作品は聴いたことがなかったし、今も比類なき作品であり続けているように思います。



そう考えると、今回のリイシューで初のアナログリリースが実現したのは嬉しいですよね。Brainfeederはここ数年カタログのLP化を進めていますが、そのなかでも群を抜いて音がいい、レコードで聴きたくなるアルバムだと思うので。ジャズ喫茶やミュージックバーの設備で再生したら、作品の印象がまたガラリと変わるかもしれない。

21世紀ジャズの特異点として、リリースから10年以上が経過した今だからこそ気づけることがたくさんあると思うんですよね。『Endless Planets』のデラックス・エディションを世に送り出したフライローが、本作を聞き返しながらどんなことを思ったのか。機会があったら話を聞いてみたいです。


フライロー、サンダーキャットとオースティンの共演




オースティン・ペラルタ
『Endless Planets (Deluxe Edition)』
発売中(CD国内盤/LP限定盤)
初リリース音源4曲を追加収録
詳細:https://www.beatink.com/products/detail.php?product_id=13761

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