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スクエアプッシャーの音楽革命を総括 IDM〜ドリルン〜ジャズを横断する鬼才の「集大成」とは?

Rolling Stone Japan / 2024年2月29日 18時0分

Photo by Caspar Stevens

スクエアプッシャー(Squarepusher)が最新アルバム『Dostrotime』を3月1日(金)に世界同時リリースする。電子音楽/IDMシーンの先鋭に立ち続ける鬼才の歩みと最新モードを、和田信一郎(s.h.i.)に解説してもらった。


スクエアプッシャーの最新アルバム『Dostrotime』はサブスク配信されない。トム・ジェンキンソン自身の言によれば、その理由は以下のようなものである。

◎時間とお金をかけてレコードを手に入れることで、その内容への関心が増すのではないか。

◎比例モデルで収入を計算するストリーミングサービスでは、あるアーティストの収入が他のアーティストの収入に影響されるので、リスナーの注目を集めるための気の滅入る競争にさらに邪悪な側面が加わる。

◎エクスペリメンタルな音楽は、人々に似たような音楽を聴くよう促すストリーミングのフォーマットと相性が悪い。

◎キャリアを継続するためには金銭的な見返りが必要だということを認識してほしい。

そうした意向から、今作はフィジカル(CDおよびレコード)または高音質ダウンロード音源のみの販売となる。こういう話だけ聞くと、今回のアルバムはとても実験的でマニア向けな内容なのかと思う人も多いだろう。しかし実際は真逆で、音そのものはスクエアプッシャー史上最もキャッチーかつパワフル。曲の並びも流麗で、各曲の配置に論理的な美しささえ感じられるアルバム構成は、全作品中屈指の仕上がりだ。「音楽シーンに強烈な一撃を見舞う問題作」というキャッチコピーがついているが、音のほうは全然「問題作」ではなく、直感的に良いと感じられる度合いはこれまででベストかもしれない。サブスク配信しても普通にヒットしうる傑作であり、入門編としても最適なアルバムだろう。


『Dostrotime』LPの展開写真

今作の音楽性を過去作で例えるなら、『Ultravisitor』の多彩で艶やかなエッセンスを、『Elektrac』(ショバリーダー・ワン名義)並みの分かりやすさ・親しみやすさ水準のもと、クラブミュージックの形式に落とし込んだという感じだろうか。サウンドの質感は前作『Be Up A Hello』(2020年)の延長線上だが、アルバム構成は格段にメリハリが効いていて、コンセプチュアルに洗練されているようにみえる。上物のアレンジには『All Night Chroma』(2019年:トム・ジェンキンソン作曲、ジェイムズ・マクヴィニー演奏)を経たからこその奥行きもある。こうした音楽性は、過去作の多彩なスタイルを一望することで理解しやすくなる部分も多い。その意味において、今作はスクエアプッシャーの集大成的なアルバムになっているようにも思われる。




過去作におけるスタイルの変遷

スクエアプッシャーというと、リチャード・D・ジェイムス(エイフェックス・ツイン)の強烈な後押しによりデビューしたことや、Warpに所属し続けている来歴から、一般的にはドリルンベースやIDMのイメージが強いと思われる。しかし、ミュージシャンとしての引き出しは非常に多く、ベースをはじめとした生楽器のプレイヤーとしても、DAWの使い手としても、卓越した技量とヴィジョンを備えている。

一般的なビートミュージックでは、ループするフレーズが短く凝縮されたものになりがちだが(もちろんそれだからこそ良い場合も多い)、優れた楽器奏者でもあるスクエアプッシャーは、微細な演奏ニュアンスやフレーズ構成力を活かして多彩な展開を作り上げ、長いスパンで流動的に保たれるミニマル感覚を描くことができる(1970年前後のマイルス・ディヴィスのように)。スクエアプッシャーの作品では、こうした生演奏/DAW感覚が様々な配合で組み合わされ、アルバムごとに異なる味わいをみせてきた。

スクエアプッシャーのアルバムを大まかにタイプ分けするならば、以下のようになると思われる。

 *

①ドリルンベース/IDMなど、定型BPM寄りのビートが効いているもの(広義のエレクトロニック路線)


『Hard Normal Daddy』(1997年)
『Selection Sixteen』(1999年)
『Do You Know Squarepusher』(2002年)
『Ufabulum』(2012年)
『Damogen Furies』(2015年)
『Be Up a Hello』(2020年)




②フリーでないジャズ寄り(フュージョン〜ジャズロック色が濃いもの)


『Hello Everything』(2006年)
『Just a Souvenir』(2008年)
『Solo Electric Bass 1』(2009年)
『Shobaleader One: dDemonstrator』(2010年)
『Elektrac』(2017年:ショバリーダー・ワン名義)




③フリー寄り


『Music Is Rotted One Note』(1998年)




④複合/総合


『Feed Me Weird Things』(1996年)
『Go Plastic』(2001年)
『Ultravisitor』(2004年)



スクエアプッシャーの作品を発表順に聴いていくとよくわかるのだが、同じスタイルを続けることがほとんどない。例えば、名作との呼び声高い2ndアルバム『Hard Normal Daddy』でポップなドリルンベースを完成、最大の問題作とされる3rdアルバム『Music Is Rotted One Note』では生楽器の一人多重録音でフリージャズに接近、翌年の4thアルバム『Selection Sixteen』ではアシッドハウス寄りのストレートな作風に。

こうしたスタイルの変遷は「アルバムとアルバムの間である種の綱引きがおこなわれている」とも評され、「僕はどんなものを手にしたって、音楽が作れる」というパンク精神の発露にもなっている。それをフリージャズ寄りの展開のもとで(しかも全作品中屈指の美麗なメロディとともに)網羅したのが傑作『Ultravisitor』であり、直感的に乗りやすいエレクトロニック・ビートのもとで網羅したのが新譜『Dostrotime』なのだろう。そうした意味でも、今作は”最初に聴く一枚”として格好の内容になっているように思われる。

『Dostrotime』収録曲のスタイル、その並びの美しさ

『Dostrotime』を繰り返し聴いていて実感するのが、曲順構成の圧倒的な良さだ。弾き語り的に静謐な「Arkteon」(『Ultravisitor』収録の「Andrei」「Everyday I Love」や『Solo Electric Bass 1』収録曲にも通ずる)のパート1・2・3をアルバムの最初・真ん中・最後に配置し、その間に勢いのあるエレクトロニックビートを並べていく構成なのだが、そのビートの繋がりが実に滑らかで、アルバム全体で1つの組曲になっているようにも感じられる。

アンビエントな序曲「Arkteon 1」から滑らかに加速する「Enbounce」は、70年代のシンフォニックなプログレッシヴロック(U.K.やBrufordあたりも連想させられる)にも通ずる牧歌的な叙情を高速ブレイクビーツで引き立てる構成。それに続く「Wendorlan」では、シンゲリ的な(Nyege Nyege Tapes周辺にも通ずる)ビートがスクエアプッシャーならでのドリルン+ダークアンビエント風味(サン・ラやアシュ・ラ・テンペルのような暗黒宇宙感覚)と絶妙に混ざることで、他にありそうでない類のレイヴ感覚が生まれる。


「Wendorlan」のリミックス

「Duneray」にはヒップホップとシンセウェイヴを混ぜて早回ししているような趣もあって、フィア・ファクトリーにも通ずるサイバー・インダストリアル感にアシッドジャズが混ざる展開は、前曲の仄暗い感じを自然に別の形に変容させている。その意味で「Kronmec」も秀逸な仕上がりで、ベースが終始リードを担う神秘的なシンセオーケストレーションは、クラシック音楽方面のバックグラウンドをうまく引き出しているように思われる。

「Arkteon 2」(「同1」「同3」に比べると70年代の英国フォークロックに近い曲調)に続くアルバム後半の構成も絶妙だ。「Holorform」はシンフォニックなフュージョン/プログレハード風のつくりで、ショバリーダー・ワンにそのまま通ずる洗練されたメロディ展開が楽しめる。その終盤における忙しないビート展開は、続く「Akkranen」のクラウトロック〜ダークアンビエント路線への巧みな橋渡しになっている。泣きのシンセが全体を引っ張る「Holorform」に対し、「Akkranen」では短尺の不穏なリフが軸となっていて、リードパートの異なる在り方が続けて披露されることにより鮮やかに対比されている。その後に続くのがこの2曲の持ち味を足して激しくしたような「Stormcor」……という弁証法的な展開は、アルバム全体のなかでもハイライトと言えるだろう。

そこに連なる「Domelash」のコミカルかつ不穏な(スクエアプッシャーの音楽ならではの”そこはかとないおかしみ”をとても良い具合に滲ませる)アシッドジャズ風味で前曲までの勢いを自然に減衰させ、穏やかな「Heliobat」と「Arkteon 3」でチルアウトする締めくくりも素晴らしく、冒頭の「Arkteon 1」にシームレスに繋がることもあって延々リピートしたくなる。隅々まで美しいデザインがなされたアルバムだと思う。


2022年10月の来日公演より(Photo by TEPPEI)

ロックダウンによる解放とその終焉を祝うこと

以上のようなアルバム構成は、今作に際してトム・ジェンキンソンが述べているコロナ禍の気分をよく反映している。コロナ禍におけるロックダウンは、重要なこと(音楽制作や、何もしないでいること)を妨げる絶え間ない雑念からトムを解放し、大人になってからは馴染みのなかったシンプルな幸福感をもたらしてくれたという。

『Dostrotime』というタイトルは、このような「習慣的な中断がなければ、時間の経過は異なったものになる」ことを示すものだという。トムはこうした期間に様々なレコーディングを行い、その音源のいくつかを2021〜2022年のリスケジュール・ライヴに用いた。そこで体験した爽快感、ロックダウンが終了したという歓喜の雰囲気を反映したアルバムが『Dostrotime』であり、トムは今作を「ロックダウンによって引き起こされた音楽が、ロックダウンの終焉を祝う一部となるという特異性を捉えようとする試み」と位置付けている。

それをふまえて先述のような曲順構成を俯瞰すると、内省的なところも交えつつ景気よく走り抜ける勢いや、突き抜けて人懐っこく親しみやすい雰囲気が生まれている理由が分かる気もしてくる。スクエアプッシャーならではの日和らないポップミュージック。広く聴かれるべき、本当に素晴らしいアルバムだ。

【関連記事】スクエアプッシャーの超ベーシスト論 ジャコからメタリカまで影響源も大いに語る



スクエアプッシャー
『Dostrotime』
2024年3月1日世界同時リリース(CD、LP、DL)
国内盤CD:ボーナストラック追加収録
数量限定のTシャツ付セットも発売
【サブスクリプションサービスでの配信はなし】
詳細:https://www.beatink.com/products/detail.php?product_id=13872

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