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ジュリアン・ラージが語る、ジョー・ヘンリーと探求したアメリカ音楽のミステリー

Rolling Stone Japan / 2024年3月19日 17時30分

Photo by Alysse Gafkjen

ジュリアン・ラージ(Julian Lage)はギターの化身みたいな存在だ。ペダルを使わずに、指先のコントロールだけでカラフルな音色を奏でてしまう驚異的なテクニックで世界を驚かせてきた。そのうえでジャズやブルース、ブルーグラスやカントリーをはじめとする幅広いギター音楽について熟知していて、それらを巧みに織り交ぜながら、独自の音楽を奏でている。ここまでギターに深く向き合っているギタリストもなかなかいないだろう。

だからこそ、ジュリアンは自身のギターを中心にした編成で音楽を奏で、それを録音してきた。ベースとドラムを交えたトリオでの録音が多いが、ギタリストとのデュオやソロギターのアルバムも発表している。これまでに自身の名義で録音した14作のアルバムとEP の多くはギターが軸の小編成だった。例外は2009年のデビュー作『Sounding Point』と2011年の2作目『Gladwell』。今、改めて聴くと片鱗は覗かせながらも、2000年代的なコンテンポラリージャズ色も強く、ジュリアンならではの個性が完成する前のプロトタイプのようにも聴こえる。おそらく、自身の音楽性を確立する前の段階では、管楽器やピアノを入れていたのだろう。2015年の『World's Fair』、2016年の『Arclight』から先の作品には、そのどちらも入っていない。

ところが、15作目のリーダー作『Speak to Me』では再び管楽器とピアノが入っているほか、ヴィブラフォンなども加わり、これまでで最も大きな編成での作品となっている。しかも、ここではプロデュースをジョー・ヘンリーが務めている。

ジョー・ヘンリーはアメリカのルーツミュージックを尊重しながら、それを現代にフレッシュに響かせ、その新たな魅力を炙りだしてきた奇才だ。ヘンリーはブルースやカントリー、ゴスペルだけでなく、ジャズへのアプローチも独特だった。ドン・チェリーやオーネット・コールマンやドン・バイロンらを自作のゲストに迎え、ジャズの深淵からアメリカ音楽としての本質を引きずり出すようにジャズに向き合ってきた。そう考えると、ジュリアンがジャズの世界において取り組んできたことと最も近いことに取り組んできた人物とも言えるのかもしれない。

ジュリアンのディスコグラフィにおいても特別かつ異質なものになった『Speak to Me』について、本人にたっぷり語ってもらった。


Photo by Alysse Gafkjen


―まず、『Speak to Me』のコンセプトを聞かせてください。

ジュリアン:いくつかのことが絡んでいるんだ。あまり詳しくは語れないんだけど、家族や身内のことでいくつもの悲しい出来事が起きたんだ。ごく最近のことだよ。だから単純な言い方をすれば、そういった感情を尊び、音楽という”家”を与えて自分の気持ちと折り合いをつけ、つらい思いを癒すため……ということかな。

音楽面での一番の変化は、オーケストレーション。ずっと前から、より大きなアンサンブルのプロジェクトに取り掛かりたいとは思ってたんだ。何年も前だけど、何枚かそういうアルバムを出してはいる。『Sounding Point』も『Gladwell』も5〜6人編成だった。今回はパレットが大きくても、インプロヴィゼーションに基づいたものにしたかったし、さらには、オーケストレーションの良さがちゃんと聴こえるシンプルな楽曲にしたかった。つまりは「トリオの自由度を6人で出せるのか?」というかなり壮大なコンセプトなんだ。

楽曲の構成的には、時にミステリアスで悲しげ、同時にすごく美しくて「この曲はこういう曲だ」という焦点を絞った直接的な曲ばかりだ。それぞれの曲に明確な目的があると言っていい。



―ジョー・ヘンリーにプロデュースを託した経緯を教えてください。

ジュリアン:ジョー・ヘンリーは誰よりも革新的なプロデューサー/ミュージシャンの一人だと言えるよね。彼自身のアルバムでやってきたことも信じられないくらいすごいし、プロデューサーとして関わった作品では、常にそのアーティストのベストを引き出していると思う。ジョーとはここ数年で親しくなったこともあり、「これまでとは何か違うことがやりたい、ジャズの理解がありながらも、僕を違う方向へ後押ししてくれる誰かがいないだろうか?」と思っていたので、ジョーこそが夢を叶えてくれるプロデューサーだと思った。そして嬉しいことに、彼もイエスと言ってくれた。

ジョーは、器楽奏者をシンガーのように聴くタイプだ。実際、その二つに差はない。僕がバンドのリードシンガーだということを彼は理解してくれた。歌詞はないけれどやっていることは同じ。僕がシンガーの役割を演じ、バンドがその周りを埋める。だからやっていてとてもやりやすかったよ。このプロジェクトは実現可能だ、決して無謀なことではない、と思わせてくれたんだ。実際、やっていて何度も「この曲はもっと長くしなきゃ、もっといろんなものを詰め込まなきゃ」と僕が思ってしまう場面があった。でもそこでジョーが「やめろ、それで十分だ、その30秒があればそれ以上はいらない」と、うまいこと僕を止めてくれたんだ。例えば「Omission」はそんな一曲だ。あれは他の曲の導入部だと考えていたんだけど、ジョーが「あれだけにしよう」と言ってくれた。「South Mountain」も「Nothing Happens Here」もそう。彼のおかげで、僕はペンを置くことができた。それは良かったことの一つだね。



―ジョー・ヘンリーはこれまでに数多くのジャズミュージシャンを効果的に起用して、傑作を作ってきました。そういった彼のジャズとの繋がりも、あなたのインスピレーションになっていますか?

ジュリアン:もちろん。彼は、いわゆるシンガーソングライターでありながら、即興音楽への深い敬意を示してきた数少ない一人だと思う。ドン・チェリーやオーネット・コールマンだけでなく、ミシェル・ンデゲオチェロ、ブライアン・ブレイドなどなど。あと、彼が作るレコードのサウンドにはコントロールされすぎた感じがない。ジャズのアルバムのような解放感があるんだ。まるでファーストテイクであるかのようで、生身の人間が音楽を作っている音がする。実際、僕はジョーからジャズのことをたくさん学んできたしね。

―ジョーがジャズミュージシャンとやってきた作品で、特に好きなのは?

ジュリアン:『Scar』は当然ながら名盤だ。最新作の『All The Eye Can See』にはビル・フリゼールが全面的に入っているし、リヴォン(・ヘンリー:ジョーの息子)も入ってる。T・ボーン・バーネットがプロデュースし、ドン・チェリーを起用した『Shuffletown』もいいね。




―ジョーはあなたのヒーローであるオーネット・コールマンとも共演してますよね。

ジュリアン:ジョーからオーネット・コールマン に連絡を取って「こういうことがやりたい」と言ったらしいんだけど、マネージャーはそれを断った。だけどオーネットがジョーの音楽を聴いて、彼からの手紙を読んで「ちょっと待て、この男には何かある。ぜひやってみたい」と思ったらしい。そんなふうに人を惹きつける魅力がジョーにはある。しかもエゴ抜きで、純粋に音楽を作りたいというだけなんだ。だから僕にとっては、彼とオーネットが一緒に音楽を作るというのも驚きではない。二人のやっていることは同じだと思うから。

彼みたいな人って本当にいないんだよ、僕の知る限り。どの世界にも彼は馴染んでしまう。シンガーソングライターの音楽の世界でも、ポピュラーミュージックの世界でも、アメリカーナでも、ジャズでも、言葉の世界でも……。彼は本も書く優れた作家であり、優れた発言者だからね。彼はある種、音楽の宇宙のど真ん中にいて、彼の発する言葉は全てそれ以外のことに絡み合っている。でもそんな人間はそう多くない。ジョーのように様々なことをやってる人はたくさんいるけれど、ジョーと同じことができる人間は他にいない。特徴的でユニークなのに、多くの人を受け入れられる。大抵その二つは両立しないものだよね。何かに特化した人はそれ以外のことをしないものだし、なんでも出来る人はその人にしかできない個性がない。ジョーは他にいないタイプだね。

「余白」をどれだけ残せるか

―『Speak to Me』の話に戻ると、あなたのリーダー作にホーンやピアノが入るのは十数年ぶりですよね。しかも、今回はヴィブラフォンやクラリネットも使われている。こういった編成でアルバムを制作する構想はいつから持っていたものなのでしょうか?

ジュリアン:自分の無知さ、というか恐怖心を告白することになるんだけど……トリオのサウンドを変えたり、広げたりすることにしばらく恐怖を感じていたんだ。なぜかと言えば、そこから他のいろんな疑問を生むことになるから。だって、一番重要な点として、誰と一緒にやりたいか? でもその誰かは、ジャズというコンテクストを受け入れつつも、違う方向へ導くことを恐れない人じゃなければならない。それは誰だ?ってこと。ピアノ、サックス、ベース、ギター、ドラムでジャズバンドを組むのはわりと簡単に想像できる。でも今回、僕がやろうとしたことを遂行するには特定の人間が必要なんだ。

ジョーに会って、僕から二つの提案をした。「何よりパーソナルなアルバムが作りたい。素直なものにしたい。今、僕の人生に起きている色々なことを、フィルターにかけず全て出したい。変に整理してきれいなものにしたくない。なるべくオーセンティックにしたい。その方法として、一つはソロギターがふさわしいと僕は思う。ソロギターには独自の力があり、とても直接的で、そこが大好きだからだ。もしくは、より大がかりなサウンドを目指すか。でもそれだとソロギターの自由度は失われる。いきなり礼儀正しく、必要以上にバンドに迎合するようなことはしたくない。僕は自分がやるべきことがやりたいんだ」ってね。

ジョーは僕の気持ちを理解した上で、こんな素晴らしい回答をくれたんだ。「ソロギターが悪いわけではないし、そうしてもいいと思う。でも心配なのは、君のメッセージはもっと大きなオーケストレーションにも、その衝撃にも耐えられるものだ。聴いた人から『彼のソロなら前にも聴いたことがある』『聴かなくてもわかる』と言ってほしくない。君のメッセージ自体を拡大させ、大きなアンサンブルに合わせればいい」とね。僕はそれを聞いて、アイデア自体はすごくいいけど、僕自身がサックスやピアノのパートを書くことにはすぐに乗り気にはなれなかったんだよね。すると彼が「そこは心配しなくていい。どうすればいいかわかる人間を僕が集めてくるから」と言ってくれた。

―さすがですね!

ジュリアン:実際、その言葉を彼は実践してくれたんだ。アルバムでリヴォンとクリス、パトリック(※詳しくは後述)が演奏しているパートは全て彼らが書き、なんの指示も出していない。ファーストテイクなんだよ。本当にすごいことだと思う。実は1月に、アルバムの曲を初めてコンサートで演奏したんだ。レコーディングは去年の6月だったので、時間はだいぶ経っていたし、その間、誰とも一緒に演奏していない。リハーサルも何もなしだ。ステージ上ではすべてが新しいアイデアに生まれ変わっていた。それも素晴らしかったよ。つまりこのアルバムは、ミュージシャンがすべてだということなんだ。



―今作には、これまで共演してこなかったミュージシャンも参加していますよね。彼らに合わせて曲を書いていったわけですか?

ジュリアン:ほとんどの曲は、楽器をたくさん使うものにしたいと思って書いていた。全長1時間とかなり長いアルバムだけど、あと45分、曲数にして10〜12曲は書けてたよ。でも録音する時間がなかったし、実際必要がなかった。選んだのはどれもミュージシャンが貢献する余地がある曲だ。唯一の例外はソロギター曲の「Myself Around You」。あれは、もしソロギター・アルバムになっていたら、どうなっていたかという例だと思う。たった一つの楽器だけなのに、すべての情報、すべてのオーケストレーションが詰まっていて、他の楽器を加えようとはしたけれどどうしてもうまくいかなかった。あれは音楽の中の転換シーンのような一曲なんだと思う。

もう一つ意識したのは、オーケストラに向いた曲を選ぶこと。そして音が多くなりすぎないようにすること。あまりに”曲を書きすぎて”しまうと、誰かが何かをする余白がなくなってしまう。書き過ぎるより、書き足りないくらいの方がいい、と思ったんだ。



『Speak to Me』に参加したホルヘ・ローダー(Ba)とデイヴ・キング(Dr)、リヴォン・ヘンリー(Sax, Cl)、パトリック・ウォーレン(Keys)、クリス・デイヴィス(P)とのパフォーマンス映像

―リヴォン・ヘンリーとパトリック・ウォーレンは、いつもジョー・ヘンリーと仕事をしている一流のミュージシャンです。ただ、普段あなたが作っている作品に参加する人たちとはタイプが違いますよね。そんな彼らがもたらしたのは何だったのでしょうか? 

ジュリアン:パトリックは映画音楽のコンポーザーなんだ。なので、彼はスコアのように曲に取り組む。どうすればクールに弾けるか、どうしたら面白いソロが弾けるか……ではなくて、曲におけるドラマのために何をするか、曲の強度に自分はどんな貢献ができるのかを考えてくれる。そこで重要なのは、どれだけの余白を残せるかなんだ。パトリックはすごく関わっているけど、同時に全部を自分で埋めない。曲によって彼はいくつかの完璧な音以外、何も弾いてない。でもそれでいいんだ。なぜなら彼がドラマを監修しているからね。もしすでにドラマが起きていたら、彼はあえて立ち入らない。もしドラマがなければ、弾くべき中身と同時にサウンドを見つけ出す。彼がアルバムで用いたサウンドは本当に幅広くて、僕にはその半分も理解できていない。中には彼が編み出したものもあれば、他の楽器をサンプリングしたサウンドもある。リヴォンがやってくれたことはパトリックと同じなんだけど、彼はそれを”空気”、つまり木管楽器でやってくれてる。なので、リヴォンが下す決断は常にパトリックと一緒、音色だけが違うんだ。パトリックとリヴォンは二人で一つなんだと思えるよ。二人はジョーのプロデュースだけでなく、これまでにたくさんのレコードを一緒に作っているから、もはやチームなんだよ。それも今作のスリリングな要素になっているね。

―彼らが参加していることで、あなたと以前からトリオで演奏してきたホルヘ・ローダーとデイヴ・キングもまた、普段と違うものを聴かせているということですよね。

ジュリアン:トリオにとって重要だったのは「パトリック、クリス、リヴォンが僕らの対話を邪魔してるみたいに感じることのない演奏」を僕ら自身がすることだった。だって、そうなりがちでしょ? 僕らが僕らの普段やってることをやり、彼らがちょっと控えめに「OK、ここにちょっと足そうか。でもほとんど君達ですべてカバーされてるんだよな……」というパターン。そうならないことが重要だった。

実際、新しいメンバーといつものメンバーが一緒にやり始めたら、ホルヘとデイヴが敢えて余白を残すような演奏をしてくれたことに気づいたんだ。「これは自分たちにしかできないことだ」と思えることだけに専念して、新たなメンバーが彼らにしかできないことを足せるよう余白を残してくれた。パワーシフトが起こり、各自が互いを尊重し合う演奏をしてくれたんだ。

その成果を多くの曲で聴くことができる。タイトル曲「Speak to Me」も面白い。あれはデイヴ・キングがドラムでたくさん叩こうと思えば叩けたのに、あえてグルーヴをキープすることに徹し、それがずっと続く。そのグルーヴの上にみんなで、ジョー・ヘンリーが言うところの「気象システム」を作り上げたんだ。ここで雲が張り出してきて、雨が降り、雷がなる……ということだね。全員のベストが引き出されているし、彼らのベストなプレイを聴くことができる。それは僕が何かやったからではない。ただ全員がそこで起きていることを楽しみ、祝福していたからだ。だから僕は、これまでとは違う大きなバンドとして演奏することを大いに楽しませてもらったよ。



最高の音楽はたくさんの疑問を投げかける

―『Speak to Me』に参加しているメンバーで最も気になったのは、ピアニストのクリス・デイヴィスです。彼女の存在が今作を面白くしていると思います。

ジュリアン:クリスは僕が知る最も革新的なコンポーザー、即興演奏家、ピアノ奏者、バンドリーダー、プロデューサーの一人だよ。ジョーと僕とでチーム作りをしていた時、かなり早い段階ですぐに彼女の名前が挙がったんだ。いつか機会があれば一緒にやりたいと思っていたからね。彼女は大胆かつ冒険やリスクを恐れない貢献を果たしてくれたし、ドラマへの意識もある。つまり、どうすれば音楽がドラマチックになるかがわかってる人ってこと。ジョーや僕にとって、それが大切なポイントだった。彼女は必要不可欠だったよ。

―クリス・デイヴィスがもたらした「リスク」とか「ドラマ」ってどういうものですか?

ジュリアン:実は僕にもわからない(笑)。クリスのハーモニックな言語は、おそらくオリヴィエ・メシアンやリゲティ、ブーレーズといった現代音楽の巨匠たちからの影響があるように思う。そこにジョン・ケージやプリペアド・ピアノの世界が加わっている。要は、アコースティック楽器でエフェクトを何も使うことなく、豊かな倍音や変わったサウンドを出してみせるんだ。すべてを楽器で行なってしまう。それって、僕のギターに対する考え方と似ている。僕も何かをするのにペダルを使うのは好きじゃない。それよりは、倍音が鳴らす音の情報、豊かさ、実際の機械であるピアノやギターがそれぞれに作りだす音、それを音学的に用いるためのクリエイティブな方法を見つける、ということをしたい。ドラマを感じる要因の一つもそこだと思う。特に木管と鍵盤が揃うと、たくさんの情報が発せられ、より豊かなサウンドが生まれる。彼女は仮定から結論を導き、こちらがやらないことをやるタイプだ。サプライズがあるというか、パワーとワイルドな自由さが交互にやってくるんだよ。アルバムでもそれが実証されていると思う。



―現代音楽の作曲家たちの名前を挙げてくれましたが、『Speak to Me』には現代音楽などのアバンギャルドな部分を持つ曲があるように感じました。アメリカ音楽をいろんな角度から再解釈してきたあなたが、今回はアメリカの現代音楽に光を当てているようにも映ったのですが、いかがでしょうか?

ジュリアン:実に的を射ているね。僕が音楽を勉強している時に聴くのは、少し変わった、音の触感を教えてくれる音楽なんだ。それが僕にとっては重要で。音色の触感、オーケストレーションの触感……そういったことに僕はワクワクさせられる。なぜなら、何が起きているか、自分でもわからないからさ。ただ、その感覚が好きなんだ。特にアメリカの伝統音楽は僕らが勉強し、称え、ロマンを感じ、馴染みがあると思える部分が多い。でも知らない部分が絶対あるわけで、そこに敬意を払うことが重要だと思うんだ。

たとえばビッグ・ビル・ブルーンジー(1930〜50年代に活躍したデルタ・ブルースの巨匠)のレコードを聴いた時、使われてるコードやメロディは当然ながら僕も知っている。でも、なぜああいうサウンドになるのか、こういう気持ちにさせられるのかはわからないし、永遠にわからないのかもしれない。それでいいんだよね。そこにはミステリーがある。僕は自分以外の誰にもなれないわけだから、ミステリーを追求し、疑問を抱き続けていいんだ。実際、最高のアメリカ現代音楽はたくさんの疑問を投げかけ、人に物事を考えさせる音楽なんだと思う。



―あなたが好んで聴く現代音楽の作曲家は誰ですか?

ジュリアン:さっきも挙げたメシアン、ブーレーズとリガディの3人。ジョン・ゾーンも優れた現代音楽の作曲家だと思う。ゾーンのMasada……ストリング・セクステット、カルテット、クラシックピアノ、サイクルズなどは100%オリジナルでユニークだし、同時にベルクやヴェーベルン、もしくはもっと若い作曲家たちの流れも汲んでいて素晴らしいと思う。他にもデレク・ベイリーも即興はするけれど、現代音楽と呼んでいいと思うし、エヴァン・パーカーもそう。すべてリスクを負うことを恐れない人たちさ。最近だとキャロライン・ショウ、ニコ・ミューリー……中でも一番聴くのはトーマス・アデスかも。アデスはもう若手とは呼べない、かなり実績のある作曲家の一人だけれどね。

―『Speak to Me』はこれまでの作品以上に、幅広くバラエティ豊かな「アメリカ音楽」が含まれているように思いました。

ジュリアン:ジャンルの幅広さということ以上に、今回のサウンドを多様化させているのは、エレクトリックギターとアコースティックギターの両方をリード楽器にしている点だと思う。大きく分けるなら、基本的にあるのはブルースとジャズのフィーリング……「Northern Shuffle」のようなエレクトリックギターによるブルース感と、「Two And One」のようなアコースティックギターによる、それとはまるで違うブルースの一面だ。ギターを持ち変えることで、ジャンル以上に幅広いフィーリングを網羅している。なぜなら僕にとってはどれもブルース、もしくはゴスペル、スピリチュアル風の曲なんだ。「Hymnal」「Nothing Happens Here」「South Mountain」のようにリフレインがあって、一緒に歌えて、メッセージがある。例えば、「Hymnal」なら賛美歌だよね。音楽群としては小さいけれど、それが多様なオーケストレーションによって編曲されている、ということかな。




―あなたが賛美歌やゴスペルを演奏する際のインスピレーションになったものはどういうものですか?

ジュリアン:ずっと自分の周りにあったものだと思うんだ。それを聴いて育ったとか、今好んで聴いているのかは、自分でもわからない。例えばレイ・チャールズ、アレサ・フランクリン、ポップ・ステイプルズ……ブラック・ミュージック、アフリカン・アメリカン・ミュージック、そして教会とのつながり……そこに僕が共感を覚え、自分にとってオーセンティックな音楽だと感じられるのは、プレイヤーとして、リスナーとして、心を癒される音楽を書きたいと強く渇望する自分がいるから。それがずっと夢だった。

例えば、踊らせるための音楽を書くことができるように、音楽は人に何か考えさせることも、何かを感じさせることもできるよね? 音楽を作っている時は、そういった海原をなんとかナビゲートしながら進んでいるようなものなんだよ。でもゴスペルに関しては僕個人というより、もっと大きな人間としての経験って感じかな。率直に言うと、僕にとってのゴスペルはプレイする必要がある音楽、もしくは自分は大丈夫だと感じたいからプレイする音楽。それが僕なりのゴスペル、それは捧げものなんだよ。特定の神に対して言ってるんじゃなくて、大いなる知性に対して「今、僕たちはこうすべきだと感じるんだ」と言っている感覚。それにどう対処するかはあとで考えるとしても、僕はこのことを今書かなければならない……って気持ち。それが僕とゴスペルとのつながりかな。

―今のお話は冒頭で話してくれたように、今作があなたの個人的な経験から出発していることとも関係ありそうですね。今作はあなたのキャリアの中でも特異な位置付けの作品になると思います。そのなかでも、ご自身の過去作と強い繋がりを感じられるアルバムはありますか?

ジュリアン:ソロギター・アルバムだった『Worlds Fair』がそうかな。どちらもストーリーテリングのアルバムだという点で似ているから。それにどちらもオーケストレーションという意味で、必ずしも一つのジャンルに留まっていない。ソロギターではブルーグラスだって、ジャズだって、ブルース、エクスペリメンタル……なんでも弾けるわけで。でもベース、ドラム、ギターのトリオだったら、ジャズ、スウィング……というふうに、ある程度ジャンルが決まってしまう部分がある。変な言い方かもしれないけど、『Speak to Me』と『Worlds Fair』は両方ともニュートラル(中立的)なんだ。結果、聴こえてくるのは音楽そのもの。そこが最も強い繋がりじゃないかな。

【関連記事】ジュリアン・ラージのジャズギタリスト講座 音楽家が歴史を学ぶべき理由とは?





ジュリアン・ラージ
『Speak to Me』
発売中
再生・購入:https://julian-lage.lnk.to/SpeakToMe

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