ブラック・クロウズが語る再結成の真実、ロックンロールとロビンソン兄弟へのラヴレター
Rolling Stone Japan / 2024年3月25日 17時30分
これでもか!!のロックンロール一直線で、痛快にドライヴする。実に15年ぶりとなるスタジオ・レコーディング新作『Happiness Bastards』を発表したブラック・クロウズ(The Black Crowes)。ジョージア州アトランタでクリス&リッチ・ロビンソン兄弟を中心に結成され、89年にデフ・アメリカン(当時)と契約。90年のデビュー作『Shake Your Money Maker』は、オーティス・レディングのカヴァー「Hard to Handle」のスマッシュ・ヒットもありロングセラーとなって、この年の米年間チャートで3位を獲得する大ヒットに。時代遅れだの懐古趣味だの言われることもあったが、平均年齢21歳の新人バンドは、グッド・ロックンロールは90年代でも有効であることを証明して見せた。
2ndからは本インタビューでリッチ自身が語っているように、即興を取り入れた長尺ジャムでグルーヴを操るような曲が増えていくが、それでも元来のロックンロール・マインドを失うことはなく、またジャム・バンドとしての人気も得ることになった。が、度々起きた兄弟の衝突、メンバーの入れ替わりも激しく、2002年に最初の活動停止。05年に再開して、10年にはデビュー20周年アルバムも発表するが、同年末より再び休止。13年に復活するも、15年にはバンドの権利を巡って兄弟が決裂し解散。もうダメかな、と思うこともあったが、この間、クリスもリッチも音楽から離れることはなく、そのことが再結成への望みをつないでいた。
クリスは『Happiness Bastards』を「ロックンロールへのラヴレターだ」と話しているそうだ。ロックンロール一筋に愛を注ぎ、しつこくこだわり、しがみつく。これ、人間ならほとんどストーカーだけど、この愛が報われますようにと願わずにはいられない。それくらいブラック・クロウズのロックンロール愛は無邪気で一途で純なのだ。
─マグパイ・サルート(リッチが組んでいたバンド)の来日公演が2019年1月。あの時あなたは「クリスとは5年以上話していない」と言いました。同年10月にマグパイの『High Water Ⅱ』がリリースされるのに先立ち9月に電話で話を聞き、マグパイの未来像は?と質問したら「どうだろう。未来はどうなるか予測がつかない。何だって起こり得る」と答えています。ほどなく、11月にクロウズ再結成を発表。19年1月から11月までに起きたことを教えていただけますか?
リッチ・ロビンソン(以下リッチ):そうだね。マグパイ・サルートの最後の方は、バンド内で問題が起きていたんだ。マーク・フォード(Gt)の昔の悪習が再発して、彼とジョン(・ホッグ:Vo)を中心にバンド内で不協和音が生じていた。飲酒とドラッグ絡みだよ。それが積もり積もって、とうとう二人は僕に矛先を向けるようになった。バンドの資金面を支え、曲作りも作品のプロデュースも全部僕がやっていたのに、メンバーに責められてまでやる意味があるのかと思い始めた。だからツアーを終えて、「わざわざ険悪な空気に身を置く必要はない」と考えたんだ。その時点で、既にマグパイの2作目は完成していた。元々2枚分を一気に作ったわけだからね。それが発表されることは決まっていたけど、自分がその先どうしたいのかはわからなかった。そこからはちょっとしたことの積み重ねだよ。
覚えているのは、新曲を2〜3曲書いてみた時に「クリスが歌ってくれたら最高だな」と思ったこと。兄弟として彼が恋しかったというのもある。まあ、恋しかったのは仲よくやっていた時の彼で、仲違いしていた時の彼じゃないよ(笑)。それに、曲作りのパートナーとしての彼も恋しかった。で、クリスと共通の友達にさりげなく「ロックンロールの曲ができたんだけど、クリスが歌ってくれたら最高なんだけど」と話した。ほんの軽いノリでね。そしたら彼が「実は、数日前にクリスも全く同じことを言ってたよ」と言ったんだ。
─すごいタイミングですね。
リッチ:そうなんだよ。強いシンクロニシティを感じた。他にも、マグパイの最後のツアーで、シカゴでプレイした同じ日に、クリスもシカゴにいたりして。その数カ月後に僕が家族とニューヨークに行ったら、たまたま同じホテルに彼も泊まっていた。その時に彼とも話をしたし、僕の下の子供たちにも初めて会わせることができた。彼の娘もその時いてね。そういう偶然がいくつも重なったんだ。ニューヨークで話したのをきっかけにもっと話すようになって、その最中に『Shake Your Money Maker』30周年ツアーのオファーが来て、「これ、どう思う?」「せっかくの30周年で、いい話だと思うからやってみるか」ってことになったんだ。
それからもいろんな話をしたよ。険悪な空気を持ち込んだり、何かを企んでいたりするような人はバンドに入れないようにしよう、とかね。これまでクロウズの歴史を通してバンドに関わった人やメンバーの中には、僕とクリスの間に亀裂を生じさせるようなことをする人たちがいたからね。
そして、ツアーをやるなら、お金が目的の1回限りで終わるものにするつもりもなかった。というのも、クロウズが解散してから毎年のようにツアーのオファーは来ていたんだ。でもすべて断ってきた。「今じゃない」と思ったからね。でも6〜7年経ち状況が整って「やってみるか」と思えたんだ。
クリスと僕は、今回初めて自分たちの関係性を一番優先させた。バンドがデビューした頃、僕たちはまだ若造だった。僕なんか20歳だったからね。で、もの凄い短期間で大成功した。ドラゴンの背中に飛び乗って、振り落とされないように必死だった。考える余裕もなかったよ。クリスも僕も、チャンスが目の前に到来したから、それに飛び乗って行き着くところまで勢いに任せるしかない。で、そういう時というのは大抵の場合、誰も自分の人生や生き方について深く考える余裕がない。しかも僕たちの場合、「生き急ぐな」「もっとこうしてみたほうがいい」とたしなめてくれる人もいなかった。ましてや僕なんかその若さだ、誰の言うことにも耳を傾けるわけがないよ。
─確かに(笑)。
リッチ:バンドを組んで、曲を書いて、世に出してみたら、予期していない成功に見舞われた。その波に乗って行けるところまで行こうという過程で、クリスとの関係がないがしろにされてしまった。「バンドが優先されるから、今大事なのはこれだ」とか言われてね。さらにはドラッグやエゴが加わって、悪化していった。だから今回は、プロになってから初めてやり方を変えて、自分たちのサポートに徹してくれるメンバーを入れることにして、以前のようなことにならないように、オープンなコミュニケーションと関係性を何より優先して、後のことはそこから派生するようにした。
─現在の正式メンバーは、あなたとクリスの二人という認識でいいですか?
リッチ:僕とクリスとスヴェン(・パイピーン:Ba)もだ。スヴェンとは、もう40年の付き合いになる(笑)。もともと高校でお互いライバル・バンドにいて、その後18〜19歳の時に実家を出たクリスは、スティーヴ(・ゴーマン:元ブラック・クロウズ)とスヴェンと同居していた。彼とは、97年にクロウズに加入して以降ほぼずっと一緒にプレイしている。今回、スヴェンには是非戻ってきて欲しかったし、彼は自分の役割をきちんと把握している。他はみんな新メンバーで、スタッフもマネージメントも一新したよ。
─実際ツアーに出るにあたり、プロモーションやリハーサルをしていく中で、クリスとの関係性が変わった部分を実感することはありましたか?
リッチ:間違いなく変わった。クリスも僕も、離れて活動したことで、物の見方が変わった。離れている間に、それぞれやりたいことをやった。僕もいろんなことを経験できた。初めて映画音楽を手がけて、《Experience Hendrix Tour》に参加して、演劇舞台の音楽も手がけたし、油絵の個展もやった。他のバンドのプロデュースをしたり、人のために曲を書いたり。ソロ・アルバムを4枚、ソロEPを2枚出して、マグパイ・サルートもやった。クリスもCRB(Chris Robinson Brotherhood)をはじめ、いろいろ活動していた。解き放たれて、自由な活動ができたんだ。どの経験も、人間として成長を促してくれるものだし、お陰で視野も広がった。例えば、自分のバンドの誰かの行動を見てイラッとした時に、昔の自分も同じことをやっていたなと思い出した。クリスが一方的に悪いわけじゃなかったってわかった。自分も火種を作っていたんだってね。クリスも同じことを言っていたよ。9年かけてお互いそれぞれカウンセリングをやっていたようなものだ。二人でまた一緒にやるなら、つまらない意地とか持ち込まず、ちゃんとやろうという、大局的なものの見方をどちらも得ることができた。
原点回帰と大胆不敵な試み
─ブラック・クロウズとして新作アルバムを作ろうと決断したのは、どのタイミングでのことでしたか?
リッチ:君がさっき言ったように、11月にツアーを発表して、11月に数本ライヴをやった後、ヨーロッパとアメリカでBrothers of a Feathers名義での公演をやった。これがすごく良かった。そこで準備は整った。ただ、先のことは決めず、目の前のことから一つずつやることだけに専念した。これまでも先のプランを決めることはなくて、せいぜい決めても半年先か1年先くらいだ。僕たちはそういう性格なんだ。
そうして準備が整ったところで、コロナ禍が1年半続いてしまった。だったら曲作りをするか、と思ったんだ。曲作りは常時やっていることだし。でも『Shake Your Money Maker』以来、初めて仕事がない時間が長くできた。その時間を使ってじっくり考えながら、曲を書くことができて、結果40曲以上書いた。自宅スタジオでね。別に目的があったわけじゃない。ただひたすら曲を書いた。できた曲をクリスに送ったら、彼の隣人がスタジオを持っていて、そこに行って、歌を入れたものを僕に送り返してきた。それを聴いて「なかなかいいじゃん」って。僕からは43くらいのアイデアを送って、彼はその中から心を動かされたものに歌を入れて送り返してくれた。そんな調子でやっていたら、コロナ禍が明けてツアーができるようになって、『Shake Your Money Maker』30周年ツアーに出たってわけだ。
ツアー中もサウンド・チェックの時間を使ってさらに曲を書いた。ツアーは21年から23年頭までの2年間かけてヨーロッパ、アメリカ、日本、オーストラリア、南米と回った。それが終わってアメリカに戻ったところで「じゃあ、レコーディングしようか」となった。元々かなりの曲ができていて、さらに新しい曲もあった。で、プロデューサーが欲しいねってなった。セルフ・プロデュースを何度かやってみて、「自分たちでやらないほうがいいんじゃないか」ということを学んだからね(笑)。というのも、僕には僕のやり方があって、クリスにもクリスのやり方があるから、俯瞰してものを見られる人がいた方がいい。客観的な意見を言ってくれる人が必要なんだ。何人かと話をして、クリスも僕もすぐ「ジェイ(・ジョイス)がいい」ってなった。彼の何が魅力だったかというと、カントリー作品をたくさん手がけているけど、実はクリーブランドのパンク・ロック・シーンから出てきている。いろんなバンドでプレイしたギタリストで、好きな音楽でも僕たちと気が合ったから、彼しかいないと思った。彼のスタジオがナッシュヴィルにあるから、そこでレコーディングしたんだ。
─エリック・ドイチュ(key)とニコ・ベレシアートゥア(Gt)は最近のクロウズのツアーも共にしていて、ブライアン・グリフィンもツアーに参加していたと思います。本作レコーディングのメンバーは、何を基準にどんなプレイが欲しくて選びましたか?
リッチ:ニコは、僕のソロ作品やマグパイでも一時プレイしていた。エリックに関しては、今回クリスと一緒にやろうとなった時に、試しに合わせてみた一人だった。ブライアンに関しては、当初決めていたドラマーがコロナ中に「もうドラムはやらない」って言い出したんだ。あの時期、人生を考え直した人は多かったと思うけど、彼も全く違うことがしたくなったんだ。それで急遽誰か探さなきゃと、ツアーに出る直前にブライアンを見つけた。ドラムは安定しているしいい奴だったんだけど、バンドの成長について来ることができなかった。だから今はカリー・サイミントン(オッカーヴィル・リヴァー、カーシヴ、コナー・オバースト、アフガン・ウィッグス他)が参加してくれている。みんな彼を気に入っている。とにかく最高だよ。若いけどグルーヴもあって、パワフルだし、バンドにもすごく馴染んでいる。ようやくバンドっぽい音になった気がするよ。ずっとそれを求めていたんだ。時間がかかるのはわかっている。バンドを結成して、ステージに上がって一緒にプレイして、100回やってようやく、みんなの音が一つにまとまり始めるもので、今まさに僕たちは、そこにいると思う。
─アルバム1曲目の「Bedside Manners」からエンジン全開、すごい勢いで飛び出してきて、思わず笑ってしまうほど嬉しかったです。あなたが、このアルバムを象徴していると思う曲はどれで、その曲にはどんなバックグラウンドがありますか?
リッチ:最初に書いた曲は「Wanting and Waiting」だった。『Shake Your Money Maker』30周年ツアーをやって良かったのは、改めて振り返ってみて、あのアルバムがいかに作品として焦点を絞れていたかが分かったこと。ソングライティングもそう。曲が3分半で無駄がない。『Shake Your Money Maker』の後は、長尺の曲を掘り下げるようになった。ジャムを基調として、深く掘り下げることで音楽的に成長していった。いろいろ探求したし、いろんな試みもした。その姿勢は『Before the Frost...』(2009年)まで続いた。だから改めて『Shake Your Money Maker』を聴いて、ツアーをしたことで、3分半の曲ならではの輝きについて考えることができた。その骨組みの中で何ができるのかって。今回はそこに重点を置いたんだ。
と言いつつも、このアルバムでは試みもたくさんしている。「Wilted Rose」や「Kindred Friend」みたいな曲もあれば、「Flesh Wound」のように僕とクリスのパンク・ロックの影響を垣間見ることができる、これまでと違う傾向の曲もある。若い時はXとか大好きでよく聴いていたよ。アルバムを象徴する曲だとどれになるのかな。「Bedside Manners」はアルバムの雰囲気をかなり捉えているよね。パンチがあって大胆不敵で、ド直球っていうね。
俺たちはハッピーなろくでなし
─このアルバムは、ロックンロールを葬り去ろうとする世の中への宣戦布告のようにも聞こえます。2024年のブラック・クロウズは、何を目指して本作を作り上げましたか? この時代に鳴らすロックンロールは、30年前のロックンロールと何が違うと、何が違っているべきだと思いますか? あるいは同じですか?
リッチ:クリス曰く「ロックンロールはまだ生きていて、これはロックンロールへのラブレター」なんだって。つまり、考え方の問題だと思う。この50〜60年間の間に音楽はどんどんジャンルが細分化されてしまった。でも、僕たちがロックンロールに触れ始めた頃というのは、レッド・ツェッペリンもいればジョニ・ミッチェルもいて、マイルス・デイヴィスやスライ・ストーンがCS&Nやフリーと同じ括りで語られていた。ジャンルなんて存在しなかったし、障害物もなく、型にはめようなんてこともなかった。そこに存在する広範囲に及ぶ音楽性もさることながら、それぞれのアーティストの個性が讃えられていた。
それに対して今は、同じようなサウンドを出すテクノロジーをみんなが使っているように感じる。実際ポップ界の多くの人がみんな同じサウンドに聞こえる。区別がつかない。ポール・ロジャースの歌を聴いた瞬間、それがポール・ロジャースだってわかった。ロッド・スチュワート、ジョニ・ミッチェル、ディランもそう。でも今はノイズの識別が難しくなっている。
僕たちの姿勢は昔から変わっていない。それはロックンロール創世記の精神に根付いている。そして、それは今でも存在する。ただ、それを貫くには亜流でやっていくしかないとも言える。僕たちはこれまでもそれをやってきた。これはよくする話なんだけど、『Shake Your Money Maker』でレーベルと契約した当初は、誰も僕たちに見向きもしなかった。ジョージ以外はね。ジョージ・ドラクリアスだけがバンドとアルバムを気に入ってくれていた。誰も僕たちに関心がなかったから、何も言ってこなかった。で、『The Southern Harmony And Musical Companion』(1992年)を出す頃にはすごく売れていたから、逆に誰も口出しできなくなっていた(笑)。そうやって僕たちは幸いにも自分たちが作りたい作品を作り続けることができたんだ。リスクもたくさんとった。商業的には損失と思えるリスクもあったけど、アーティストとして創造性を満たすことができた。だから、躊躇うこともなかったんだ。
─タイトルの『Happiness Bastards』は、この混迷と混乱の時代にあって、楽天的とも取れるし、皮肉とも取れるし、素直に言葉そのままに前向きなものとしても取れると思うのですが、由来を教えてください。
リッチ:生意気なジョークだよ。「俺たちはハッピーだけど、今もろくでなしだ」っていう。笑ってくれればそれでいい。深い意味はないよ。アートワークも気に入っている。『The Southern Harmony』のジャケットを白く塗りつぶしたんだ。
─そう、ファンの間でも話題になっています。その意図が知りたいです。
リッチ:イカした表現だと思ったからだよ。過去を認めつつ、それをさらに新たに塗り替え、そこに過去もちゃんと透けて見える、というね。
─時間もないので最後になります。活動休止期間もありながらデビューから30年以上バンドをやってきた身として、あなたたちのようなベテラン・バンドが現在の音楽業界でサヴァイヴしていくために、あえて必要とされるものがあるとすれば、それは何だと思いますか?
リッチ:自分たちの話しかできないけど、僕たちは出てきた時からずっと孤立した存在だった。流行りに乗っかろうとしたことはない。自分たちが揺さぶられるものしかしてこなかった。それが何かというと、自分たちの心を掴んで離さない音楽の魅力だ。今でも音楽を作るのが好きだし、音楽が何よりも好きでたまらない。人生で一番大切なものを三つあげろと言われたら絶対に音楽が入る。その中で、本物であることを大切にしてきた。できのいい、悪い、毛色が違うに関係なく、そこで表現していることに嘘はない。巧妙な嘘やごまかしはない。曲を書いて、ステージに上がって演奏する。それをひたすらやるだけ。先頭に立つ者として、何をやるにしても、本気でやって、それが本物で、誠実であれば、居場所は必ずあると信じているよ。
ブラック・クロウズ
『Happiness Bastards』
発売中
再生・購入:https://orcd.co/happinessbastards
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