スピード狂、麻薬密売、薬物乱用…カントリーの旗手、エルヴィー・シェーンが語る波瀾万丈の人生
Rolling Stone Japan / 2024年5月1日 17時45分
2020年発表の楽曲「My Boy」で脚光を浴びたカントリーシンガー、エルヴィー・シェーン(Elvie Shane)は労働者階級の新たな代弁者になろうとしている。1988年生まれでケンタッキー州出身の彼が、麻薬密売や薬物乱用を重ねた後に得た償いの日々を経て、いかにニューアルバム『Damascus』に昇華させたのかを語った。
筆者はボウリング・グリーン(ケンタッキー州)のレース場で、エルヴィー・シェーンと待ち合わせていた。約束の時間まで数時間という時に、着信があった。
痩せた体中にタトゥーを彫ったカントリー・シンガーが2020年にリリースした曲「My Boy」は、USカントリー・エアプレイ・チャートのNo.1を飾った。シェーンは、最高時速300km/hに迫る2024年型コルベットE-Rayを試乗するために、待ち合わせ場所へと向かっていた。その途中で彼は、車をぶっ飛ばす感覚がたまらない、などとテキスト・メッセージを送ってきたのだ。
「俺はあんたを一度しか殺せない。度肝を抜いてやるから楽しみにしていろ」と彼は書いてきた。
若い頃からスピード狂だったシェーンはかつて、愛車の1999年式三菱・ディアマンテに仲間の一人を乗せて、ケンタッキー州警察のパトカーを時速130km/hで振り切った。車のトランクには、1kgものマリファナが収まっていた。パトカーのサイレンとランプを背に受けながら、シェーンはさらにアクセルを踏み込み、同乗の友人をビビらせた。「Jump out or ride(飛び降りるか、このまま乗るかを選べ)」とシェーンは友人に言い放った(友人はもちろん乗りつづける方を選んだ)。後にシェーンは、その時に口にした「Jump out or ride」という言葉を、右肩にタトゥーとして彫り込んだ。コメディ映画の主人公リッキー・ボビーが言いそうなセリフだ。
NCMモータースポーツ・パーク(ケンタッキー州ボウリング・グリーン)で2024年型コルベットE-Rayを運転するエルヴィー・シェーン(Photo by COLE CARROLL/NCM MOTORSPORTS PARK)
シェーンは12万ドルのハイブリッド車コルベットE-Rayを試乗するために、NCMモータースポーツ・パークに現れた。チェック柄のVansを着てジーンズの裾を折り返した彼は、「Support Blue Collar(労働者の味方)」と書かれたTroll Co. Clothingのベースボール・キャップを被っていた。シェーンは、労働者階級の出身であることを誇りに思っている。待ち合わせ場所から45分ほどの場所にあるケンタッキー州のキャニービルで生まれたシェーンは、ボウリング・グリーンのウェスタン・ケンタッキー大学へと進学した。しかしその後、音楽活動に専念するため退学している。
ところがその後は、トラブル続きだった。「何度も捕まって、よく違反切符を切られた」とシェーンは言う。「バカばかりしていた」。
かつてナショナル・コルベット・ミュージアムで他のスタッフと一緒に敷地の草刈り仕事をしていた時、シェーンは乗っていた草刈り機を、展示していたスポーツカーにぶつけそうになって怒鳴られた。またある時は、捕まえてきたヘビを勤務先の造園会社のオフィス内に放したこともある。その後シェーンは解雇されたが、「オフィスの中にネズミが出て困っていたからさ」とニヤリと笑う。
シェーンは、自身のワイルドな性格を隠すことはない。例えば、熊手をかついだ悪魔を描いた上腕のタトゥーが、彼のやんちゃさを示している。筆者を助手席に乗せてコルベットのハンドルを握った彼は、いかにも不吉なセリフを吐いた。
「他人の運転で事故に遭ったら、それはムカつくよな」というシェーンの言葉が消えるか消えないうちに、我々の乗ったコルベットは全長約5kmのコースへと飛び出した。ヘアピンカーブを抜けて、コーナー手前の急ブレーキでは車外へ飛び出しそうになる。コーナーを立ち上がって直線に入るところで、シェーンはさらにアクセルを踏み込んだ。
「おお、これはヤバいぜ!」とシェーンは、唸るエンジン音に負けじと叫んだ。スピードメーターは165km/hを指している。「そこに座っているのもゾクゾクするだろう」とシェーンはこちらへ目を向ける。
彼の言うことは決して大げさではなかった。爽快な4周回を終えて、シェーンはコルベットをピットに停めた。我々の興奮が冷めるまで、しばらくかかった。「俺の愛車はフォードだが、今日からはコルベット・ファンになった」と息を整えながら、シェーンは言う。
NCMモータースポーツ・パーク(ケンタッキー州ボウリング・グリーン)を訪れたエルヴィー・シェーン(Photo by COLE CARROLL/NCM MOTORSPORTS PARK)
コルベットからより大人しいフォード・ブロンコに乗り換えて、我々はランチへ向かった。シェーンが連れて行ってくれたのは、オーバータイムと言う名前のスポーツバーだった。シェーンが厨房でピザを焼いていた時に、ウェイトレスとして働いていた妻のマンディと出会った場所だ。彼はブロンコをバックで駐車スペースに入れた。「前向きに駐車しておけば、いつでもすぐに逃げられるからな」と彼は言う。
35年の人生で、シェーンは何度も逃走を試みてきた。成功したこともあれば、失敗したこともある。シェーンは、当時の愛車だった三菱で警察のパトカーを振り切ったこともある。「勝手知ったる道だったからな」と彼は言う。しかし2009年に彼は、マリファナ密売の容疑で警察に逮捕された。当時のルームメイトに密告されたのだ。逮捕された夜に彼は、留置場から母親に電話をかけた。母親は彼に「朽ち落ちてしまえ」とだけ言って、電話を切った。「いつかこうなるだろう、と母は俺によく予言していた。そのとおりになってしまった」とシェーンは言う(今の二人は良い関係にある)。
シェーンは、ボウリング・グリーンで暮らしていた頃の処方薬やメタンフェタミンの乱用について、オープンに話す。ある時LSDでハイになっていた彼は、飼っていたピットブル犬のリードを放してしまった。隣家へ逃げ込んだ犬の後を、シェーンはハイな状態のまま追いかけたという。2013年に結婚する1年前、彼は薬を断ってクリーンな体となった。そしてギターを置いて、工場で働き始めた。
ある時シェーンは、同郷のケンタッキー出身の歌手スタージル・シンプソンが歌うホンキートンク曲「You Can Have the Crown」を聴いて衝撃を受ける。それをきっかけに、再び音楽の世界に戻る決心をした。彼はまた、同じくブルーグラス界のクリス・ステイプルトンや、ナッシュビルのカントリー・ロック・トリオであるザ・キャデラック・スリーの音楽にものめり込んだ。2023年にシェーンは、キャデラック・スリーとのコラボレーションを実現させた。共作したノリの良い楽曲「Hillbilly」は、薬物乱用を警告する内容の作品だ。
キャデラック・スリーのニール・メイソン曰く、バンドのメンバーとシェーンは「気の合う仲間」になったという。
「エルヴィーと会って一番印象的だったのは、彼のソングライティングだ。彼は自分の曲に対する独自の視点を持っている。その辺の奴らとは違うユニークな視点だ」とメイソンは証言する。「俺は、自分の内面や孤独感をテーマにする傾向があるが、彼も同じだった。彼は、もっと求めたいと思うことや、真剣に考えるべき問題なんかをテーマに歌っている」。
薬物依存を乗り越えた「歌う伝道師」
2016年にシェーンは、テレビ番組『アメリカン・アイドル』に出演して「House of the Rising Sun」をソウルフルに編曲して歌った。番組は第1ラウンドで敗退したものの、数年後にナッシュビルのBBRミュージック・グループと契約した。2021年に彼は、デビューアルバム『Backslider』をリリースし、ローリングストーン誌のベスト・カントリー・アルバムの1枚に選ばれた。アルバムからのシングル曲で、継父と息子との関係を歌ったソフトなバラード曲「My Boy」は、各チャートでヒットした。しかし、そんな成功の日々も長くは続かなかった。シェーンは再び薬の瓶に手を伸ばすようになっていた。
「贅沢な悩みってやつだったのさ」と彼は、チャートのトップからの陥落について語った。「俺は妻に、”俺の周りで変化が起きている。これからどうするかを考えなければならない”と告げた。『Backslider』が完成した後は、”これで終わりじゃない。やるべきことがもっとある”という考えで頭が一杯だったからな」。
シェーンは再び薬を止めて、『Backslider』のプロデューサーを務めたオスカー・チャールズと、いくつかの新曲をレコーディングした。ジョニー・キャッシュのほか、マック・ミラーやニプシー・ハッスルら今は亡きラッパーたちからの影響を色濃く受けた作品だった。ダマスカスを目指した使徒パウロのごとく、シェーンはレコーディング・セッション中に変化を遂げたという。スタジオで生まれ変わったシェーンは、聖書の物語と、超強力な鍛造鋼であるダマスカス鋼にちなんで、ニューアルバムのタイトルを『Damascus』と名付けた。
今年4月19日にリリースされた『Damascus』は、深刻なテーマをメインストリームのカントリー・ミュージックに再び取り込むことを目的とした、輝かしいプロジェクトだと言える。アルバムには、刑務所制度の非人間化(「215634」)、田舎における麻薬の蔓延(「Appalachian Alchemy」、「Pill」)、社会に馴染めない感覚(「Outside Dog」)などを歌った13曲が収録されている。
ゴスペル風の「Does Heaven Have a Creek」をはじめ収録曲の多くには、シェーン自身の宗教的な生い立ちの影響が感じられる。13歳でザナックスを吸い、17歳で大麻に手を出すなど麻薬に溺れた10代を過ごしたシェーンは、18歳の時にバプテスト教会の牧師になることで人生の軌道修正を図ろうとした。
「歌う伝道師と呼ばれていたんだ」と、チキンとブルームーン・ビールのランチを取りつつ、先程レース場で誰かからくすねたタバコをふかしながら、シェーンは言う。
教会内部の対立に苛立ったシェーンは、ある時、説教の途中で突然教会を去った。「檻の中の動物のように感じて、聖書を閉じて出て行ったのさ」と彼は言う。「でも教会は好きだし、教会から得たものは多い。特に『Damascus』がそうだが、俺の音楽には教会からの影響が取り込まれている。」
一般のカントリー・ファンが1年間に稼ぐ金額の3倍はするスポーツカーに試乗したシェーンだが、彼には、社会から取り残されたと感じる人々に共感する才能がある。『Damascus』に収録された楽曲「Forgotten Man」で彼は、達成不可能なアメリカン・ドリームを情熱的に非難している。マール・ハガード「Workin Man Blues」の現代版といった感じだ。「ガソリンは高いし、土地の値段も高い。祖先から受け継いだ土地以外は買うことができない」と吐き捨てるように歌う。リトル・ビッグ・タウンをフィーチャーした楽曲「First Place」に登場する主人公は、バーテンダーに氷を少なめにするよう頼む。そうやって少しでもウィスキーの量を多くしようと考える。「銀行預金と予算と給料の金額を見比べながら」と彼は歌う。「俺には街で飲み歩く金が無い」。
今年4月初旬に開催されたロック・ザ・カントリー・フェスティバルでは、キッド・ロックとジェイソン・アルディーンがヘッドライナーを務めた。同フェスティバルのオープニング・ウィークエンドに出演したシェーンは、ニューアルバムから「Forgotten Man」を披露し、熱狂的な反響を呼んだ。政治に関してシェーン本人は「かなり中立的」だと言うが、彼はこの保守的なフェスティバルでのパフォーマンスを選択した。シェーン曰く、フェスティバルに集まるオーディエンスについてよく理解しているからだという。
「俺も彼らと同じ境遇の出身だ」と彼は言う。「マレン・モリス、ブラザーズ・オズボーン、シェリル・クロウなんかが出演するフェスティバルだったとしても、俺はオーディエンスと共感できただろう。閉鎖的なカルチャーの小さな町で生まれ育った俺は、幸運にも、そこから世界へと飛び出せたんだからな」。
刑務所にまつわる記憶、労働者階級の苦闘
留置場で一夜を明かした出来事を除けば、シェーンは一度も服役経験がない。しかし楽曲「215634」でシェーンは、牢の中の寒々とした雰囲気を巧みに描いている。エリック・チャーチの「Lightning」やジョニー・キャッシュの「San Quentin」と並ぶ、偉大なるプリズン・ソングの1曲と言えるだろう。「俺の名前はもはや俺の名前ではない。ここでは”215634”と呼ばれるのさ」とシェーンは歌う。
シェーンによると「215634」は、「同じ山間の近所に住んでいた」幼なじみがモデルだという。その友人は刑務所から出たものの、再び服役することになる。仮出所中に、自分の身を守るため、人を撃ってしまったのだという。
「友人が付き合い始めた彼女の元カレというのがイカれた奴で、友人のことを殺してやると脅してきたらしい。そこで友人は、護身用に闇のルートから銃を仕入れた」とシェーンは言う。「ある日、彼女の元カレがドアを蹴破って家に押し入ってきた。だから俺の友人は引き金を引かざるを得なかった。正に曲で歌ったとおりさ」。
「ある日、刑務所にいる友人と電話で話した」とシェーンは続ける。「”俺は名前を変えられちまった”と彼が言うから、”何て名前になったんだ?”と尋ねた。”215634さ”と彼は答えた。”ここは生まれ育った山間や町のストリートと同じだ。とにかく必死で生きなければならない”と、電話の向こうで彼は言った。」
シェーンは友人が語った言葉を書き留めると、コラボレーターのアダム・ウッドやベン・チャップマンと共に曲として仕上げ、「215634」とタイトルを付けた。「自分自身で経験したことのない苦難だったから、彼の話をどうやって伝えたらいいか分からなかった。でも彼の言葉を聞いて、町で生き抜くことがどういうことか、理解できた」とシェーンは言う。「俺は山間で生まれ育ってきたから、そこで暮らす閉塞感はよく知っている」。
その後シェーンは、刑務所や厚生施設でのコンサートを行うようになり、今後も続けていくつもりだ。しかし彼が常に意識しているのは、受刑者やホームレスや薬物依存者を含む広い意味での「労働者階級の苦闘」に焦点を当てることだ。
「生まれ故郷に帰って気づいたのは、最も深刻な問題を抱えながら刑務所や厚生施設を出たり入ったりしている人々の中には、建築現場で働いたりトラックを運転しながら必死で生きている人もいる、ということだ」とシェーンは言う。「90年代の何もかもがクールな時代に、俺はそこで暮らしていた。それからメタンフェタミンが小さな町にも広がって、今やフェンタニルやヘロインだ。そんな状況が労働者階級を破滅に追い込んでいる」。
シェーンが好んで着るブランドTroll Co. Clothingのシャツには、「Dirty Hands, Clean Money(自ら苦労して働き、クリーンな金を手にしろ)」という労働者階級のスローガンがデザインされている。彼は若者たちに対して、それぞれの職業にはチャンスと誇りがあり、お金も稼げるということを伝えたい、と思っている。「みんなテレビの”CSI”シリーズなんかを見て、自分も法医学者になれるなんて勘違いして大学へ行ったんだよ」と彼は言う。「大学が向いていないと感じたら、そんな罠にはまるなよ、と若者たちに言いたい。大工の見習いをしたり、専門学校で車の塗装方法を学んだりして、手に職を付けた方がずっといい」。
我々はランチを終えて、彼の愛車ブロンコまで歩いた。特に急ぐ用事もなかったシェーンは、筆者が車を停めた場所まで送り届けてくれながら、自身のタトゥーについて話し出した。彼の片手の甲には「Fast(速く)」、もう片方の手には「Slow(ゆっくり)」とタトゥーが彫られ、「大胆に生きながらも、ゆっくり歩め」という教訓を忘れないようにしている。「もしも音楽で上手く行かなければ、俺は交通整理でもするよ。きっと上手くやってみせるぜ」と彼はジョークを飛ばした。
信号待ちで車を停めると、シェーンは「これをあんたにやるよ」と言って後部座席に手を伸ばし、デイバッグから『Damascus』のCDを取り出した。筆者に手渡しながら、書かれたメッセージを読むように言った。「これを手にしたということは、俺があんたを殺さずに済んだということだ……おめでとう!」と、そこには書かれていた。
From Rolling Stone US.
エルヴィー・シェーン
『Damascus』
再生・購入:https://elvieshane.lnk.to/damascus
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