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韓国の謎多きサックス奏者、Kim Okiが明かすムーディーで柔らかい音色の秘密

Rolling Stone Japan / 2024年5月15日 17時30分

キム・オキ

韓国で活動するサックス奏者/作曲家/プロデューサー、キム・オキ(Kim Oki)は捉えどころのないアーティストだ。これまでに20枚を超える作品を発表しており、それぞれに異なるサウンドが収められている。現代ジャズの流れに通じるものもあれば、アンビエントと生演奏が融合したようなものもあるし、ポップでインディー・ミュージック的な作品もある。振れ幅は広いし、コラボしているアーティストも多数。語りづらいともいえるが、だからこそ魅力的だ。

そんなキム・オキが3月に日本ツアーを行った。ピアニストのChin Sooyoung、ベーシストのJung Su-minとのキム・オキ・サターンバラード名義による来日で、僕は渋谷WWWでの東京公演を観に行ったのだが、その演奏を聴くことで、今回のツアーの意図ははっきりと分かった。

まるでレスター・ヤング、もっと言えばムード音楽の帝王サム・テイラーのような哀愁漂うサックスを軸にした実にムーディーな音楽で、形式としてジャズはジャズなのだが、ジャズというよりはアトモスフェリックな音楽といったほうがふさわしいようなもの。そのなかでキム・オキは、ささやくような小音をマイクで拾わせ、ニュアンスとテクスチャーたっぷりの音色を会場に響かせたり、時にサックスのリードを震わせることなく、吹き込んだ息がそのまま抜けるような音をも音楽に取り入れたり、突如フリージャズ的な抽象的なフレーズや奇妙な音色を発したりと、どこまでも聴きやすく、甘ったるささえ感じさせる音楽に異物感や異質さを組み合わせて個性的な音楽を生み出していた。

「これを庭園や能楽堂、お寺で聴いたらどう感じられるだろうか……」と思わせるもので、長野・上田は映画館、金沢は庭園、京都は能舞台、尾道はお寺と、それぞれの会場だからこそ体験できるものも織り込まれたツアーだったこともよくわかった。それはキム・オキの音楽が導いたコンセプトだったのだろう。

そんなキム・オキはどんなバックグラウンドの持ち主なのか。東京公演の翌日に行なったインタビューではサックス奏者、もしくは作曲家の側面から掘り下げてみた。彼の回答ははっきり言って変わっている。普通のジャズミュージシャンからは出てこなさそうな話だらけだ。キム・オキの作品から厳選12曲を収録した来日記念ベスト盤『LOVE JAPAN EDITION』のレコード化も実現したばかり。彼の面白さを深く聴きとるためのヒントが、ここにはたくさん詰まっていると思う。




ダンスから出会ったジャズのレコード

―まずはサックス奏者としての話を聞かせてください。サックスを始めたきっかけはなんだったんですか?

キム・オキ(以下、KO):若い頃にダンサーをしていて、管楽器がたくさん入っているダンスミュージックを聴いていました。ジャズにも関心はあって、そんな時にマイルス・デイヴィスを聞いたのがきっかけでさらに興味を持ち、自分でもやってみたいと思いました。

―マイルス・デイヴィスからどうやってサックスに?

KO:キャノンボール・アダレイ『Somethin' Else』に収録された「Autumn Leaves」を聴いたときに、彼がサックス奏者だというのは知っていて、普通はリーダーがメロディを吹くじゃないですか? 「Autumn leaves」の最初にマイルスがトランペットでメロディを吹くので、自分はそれをサックスの音だと勘違いしてかっこいいなと思い、それでサックスを吹いてみたくなったんです(笑)。

それがきっかけで色々聞き始めて、特にデクスター・ゴードンが好きになりました。でも、学院(※訳注:韓国では大学に実用音楽科というプロのミュージシャンになるための学科がある。学院はそこに入るための予備校みたいなもの)に行った時に、先生からまずはアルトサックスから始めないとダメだと言われて、まずはアルトから始めました。その後、ちょっとお金ができてからテナーサックスを始めました。



―さっきデクスター・ゴードンの名前を出していましたが、どんなところが好きですか?

KO:レイドバック。ライブをするときにもくつろいで見えます。『ラウンド・ミッドナイト』という映画で、デクスター・ゴードンが座ってサックスを吹く場面があるんですけど、それがすごくかっこよくて。そこから自分も真似して座って吹くようになりました。好きな作品はオレンジのジャケットの『Tangerine』、割とジャズ・スタンダードっぽいアルバムですね。「Days of Wine and Roses」とかやってる。




―ずっと座りながら吹いてたのは、そういう背景があったんですね。

通訳:彼はキム・オキ・ファッキングマッドネスという別のバンドでは立って吹いてるんですよ。今回のサターン・バラードでやるときには座って吹いています。

―立って吹くのも理由があるんですか?

KO:ジョー・ヘンダーソンのポーズがやりたいんです。それだけ。

―型から入るなぁ(笑)。

KO:帽子はローランド・カークです(笑)。


2024年3月18日、渋谷WWWで開催された東京公演のライブ写真

―デクスター・ゴードン以外で、特に研究したサックス奏者はいますか?

KO:ジョー・ヘンダーソン。ファラオ・サンダース。ファラオ・サンダースが一番ですね。愛、ラヴが音楽の中心にあります。スピリチュアル。シンプルな美しさがメロディにあって、ちょっと他のジャズの人とは違う魅力を感じます。全部いいんですけど、「Love is Everywhere」「Youve Got to Have Freedom」が好きですね。

―たしかに昨夜のライブも、ファラオっぽいなと思う瞬間が結構ありました。

KO:一時期、ファラオをかなり聴いていて。同じように吹けるよう練習していました。マルチフォニックの練習をすごくしましたね。



―ちなみに、ジョー・ヘンダーソンはどんなところが好きですか?

KO:すごいパワフル。スピリチュアルな演奏もたくさんやってますし、そういうところが好きです。作品でいうと、タバコを吸ってるジャケットのやつ(『Mode For Joe』)と『Tetragon』、『in Japan』。あとは『Relaxin' at Camarillo』も。

―『In Japan』を挙げる人は珍しいですね。

KO:ベースも鍵盤もエレクトリックだし、オルガンみたいな音がして。ちょっとソウルフルで躍動感があるのがすごくいいです。



―それにしても、たくさんレコードを聴いているんですね。

KO:Otakuです(笑)。

―もしかして、ジャズをプレイするDJやビートメイカーの友達がいたりとか?

KO:ダンスをやっていたから日本のダンサーの映像をVHSで見ていました。それを見てビバップダンスを研究したりしてたので。

―どんなチームを見てたんですか?

KO:TRFにSound Cream Steppers、彼らはレジェンドです。あとは今もいるかわからないですけど、やすらぎという東京のヒップホップチームも。




―TRFのSAMさんはジャズ系のダンスシーンから出てきた人で、日本のクラブジャズの黎明期から関わっていたんですよね。つまり、彼らのダンスで使われていたような音楽を経由して、いろんなジャズを知ったと。ご自分でDJもします?

KO:たまにしますけど、そんなにうまくないので積極的にやったりはしないです。(日本語で)難しいです(笑)。

柔らかい音色とメロディの哲学

―昨夜のライブを見て、キムさんのサックスはメロディアスでボーカルの延長みたいだと思いました。あのスタイルに関して影響を受けた人はいますか?

KO:韓国のジャズミュージシャンに、CJ KIMというギタリストがいます。彼はブルーノートからアルバムも出しています(『Stranger's Tears』)。彼は歌も歌うので、そういう部分では影響を受けたのかもしれないです。彼は様々な楽器に対しても一家言ある人だったので、サックスについても色々話したりしました。




―キムさんはサックスをどんな音色で鳴らしたいと思っていますか?

KO:うーんと……吹くときに独特の感じがあるんです。柔らかくて、なんていうか……。食べ物で例えると、サクサクしてるんだけど柔らかいみたいな(笑)。

―たしかにすごく柔らかい音色ですよね。どうやって出してます?

KO:吹く時に(リードを)しっかり噛んで、すごくゆっくり出しています。大きい音を出す時には強く噛まずに、できるだけ強く吹く。舌もリードに触れるか触れないかくらいで吹いています。音の質感が分厚くでるように吹きますね。



―キムさんの柔らかくて優しい音をうまくマイクで拾って、きちんと鳴らす技術がすごいなと思ったんですが。

KO:マイクとの間隔とか、音の方向だったり、そういうところもかなり試して研究しています。ジャズボーカルの人もマイクの使い方を追求していると思うんですけど、僕はおそらくそういう人たちと似ています。

―ライブでは普通に音を出さずに、ほとんど息が抜けているだけのような小さな音をマイクでしっかり拾って、大きい音で鳴らしてましたよね。

KO:そこも意識しています。繊細にやろうと努力しています。

―ボーカルを参考にしたという話もありましたが、参考にしたボーカリストはいますか?

KO:フランク・シナトラ、ジョビン。僕はボサノヴァがすごく好きで、ジョビンだけすごく聴きました。歌ってる声も好きだしメロディが美しい。シナトラはマイクを一番うまく使う人だったって話があるんですよね。マイルス・デイヴィスがそういう話をしていたと聞いたことがあります。あとはチェット・ベイカー。彼は若い頃よりも、傍から見たらダメになったときの、すごく柔らかいんだけど強い感じが好きです。

―晩年のチェットのほうがエモーショナルですもんね。ジョビンやチェット・ベイカーは小さな声で歌う、声を張り上げないタイプの歌い手だと思います。キムさんも繊細さとか優しさとか、そういうことに関心があるんですか?

KO:あとはサックスをアパートで練習するときに、大きく吹けないという事情もあったんですよ(笑)。本来は大きく吹く練習をしなければならない楽器じゃないですか。でも、自分は小さく吹く練習をしていたので。


東京公演のライブ写真

―それが結果的に個性につながったと。ソングライターや作曲家ではどんな人を研究しましたか?

KO:ジョビン、ファラオ・サンダース、サン・ラー。あとはキム・イルドゥという釜山のシンガーソングライターがいるんですけど、昨日のセットリストの1曲目がその人のカバーなんです。彼は真実味がある人で、あまり裏表がなくて、すごく心が温かい。だから、音楽も温かいんです。過去に一緒にデュオでやったりしています(2022年作『Love Flower』収録の「Forever Love」で共演)。




―サン・ラーはどんなところが好きですか?

KO:なんか変じゃないですか? 見るからに面白いし、音楽も素晴らしい。『Lanquidity』がいいですね(旋律を口ずさみながら)。



―韓国には独自のジャズのカルチャーがあると思います。韓国の管楽器のプレイヤーからの影響はありますか? 例えばサックス奏者でいうと、カン・テファンは日本でも知られています。

KO:実はそんなにフリージャズが盛んな国では全然ないんですよね、本当にカン・テファンしかいないんじゃないかっていうくらい。あるにはあるんですけど、他の国と比べてそこが強いかと言われると弱いんじゃないかと。

―では、キムさんのフリージャズっぽいところはどこから来ているのでしょう?

KO:若い頃、フリージャズがすごく好きでした。今はそこまで好きなわけではなくて、要素としてそういうところから影響を受けた部分を出したりはしていますね。自分の音楽に関しては、いわゆる韓国の学究的なジャズっぽくやりたくないというのは一貫していて、そういう方向にいかないようには常に意識しています。

―フリージャズ系で若い時に好きだったのはどういう人たちですか?

KO:サム・リヴァース。あと、ピエロみたいなジャケットの『Streets』ってアルバムを作った人、誰だっけ……チャールズ・ゲイルだ。彼はテナーサックス奏者で、もともとホームレスだったんですよね。彼の影響から作った『偏見について』(About Prejudice: 2021年)ってアルバムも過去に出しています。




―学究的なジャズはやりたくないとのことですが、逆に自分が作りたい音楽の理想的な形はどういうものなんでしょうか?

KO:できるだけリスナーがメロディを追っかけられる、口ずさめるようなものをやりたいと思っています。例えば、ロックってシンガロングができるじゃないですか。自分の音楽もそういうところがあったらいいなと。

―そういう志向になったきっかけは?

KO:もともとスタンダードな演奏を長い間やってはいたんですけど、ビバップの素質がないことに気がついたんです。だったら、自分には何だったらうまくできるかを考えたときに、そこに辿り着いたのかもしれません。

―たしかに、キムさんはメロディが印象的な音楽を一貫してやってますよね。でも、そこにいきなりフリージャズが入ってきたりする面白さもある。

KO:人によってはフリージャズを難しいと感じると思うんですけど、僕はむしろシンプルな音楽だと思っているんですよ。そこに美しいメロディが入ってくると、そこでリスナーの気持ちを動かすような新しいものが生まれてくるんじゃないかと思っています。

愛と哀愁のディスコグラフィ

―僕はキムさんの音楽に切なさを感じるんですが、自分の音楽において切なさって大事だと思いますか?

KO:うーん、重要だと思っているわけではないんではないんですが、作るとどことなく哀しいものが出てきてしまうのはありますね。

―こうやって話していると、キムさんの人柄はカラッと明るいような感じがします。でも、奏でる音楽はどこか哀しい……。

KO:実は、子供のときに鬱だったことがあるんです。音楽をやっていくうちにだんだんなくなっていった部分があります。若い頃は小心者だったし、しゃべるのも苦手だった。でも、音楽をやることでそこが解消されたんですよね。

―キムさんにとって音楽とはどんなものなのでしょう。自分自身をケアするものだったり、気分を癒すものだったり、自分の中にあるものを吐き出すものだったりするのかなって。

KO:最初の頃のアルバムに関しては、一人で制作をしながら、自分自身を治癒するような意味合いもたしかにありました。その過程で自分の音楽を聴いてくれる人たちも出てきて、そこから僕の音楽によって慰められると言ってくれるような人たちも増えてきたんです。だから、その人たちに何か届けたいと思うようになりました。自己完結していたところから、お客さんとの関係がだんだん育まれてきて、今に至ります。



―今の話を聞いて、キムさんの曲のタイトルに「Love」という言葉がたくさん使われているのも納得しました。最後に、今回の来日と『LOVE JAPAN EDITION』を通じてキムさんの音楽に興味をもった人たちのために、ご自身のディスコグラフィの変遷を紹介してもらえますか?

KO:『fuckingmadness』(2017年)は RHファクター、つまりロイ・ハーグローヴに影響を受けています。『Public Domein For Me』(2018年)はバラード的な部分を聞いてくれる人のことを想定しながら作りました。




『Saturn Maditaion』』(2018年)にはサターンという言葉がついています。これはサン・ラーを意識したから。それこそ今のトリオのバンドもSaturn balladですしね。『Spirit Advance Unit』(2019年)には「Cotard's Syndrome」(コタール症候群:自分はもう死んでいると思い込む精神障害)が収録されています。僕は2年くらい会社員をやっていたんですけど、その時の経験が入っています。





『For My Angel』(2020年)は、とある追想です。『Yun Hyong-keun』(2020年)は韓国の有名な画家ユン・ヒョングンから、彼の展示とのコラボアルバムの提案をもらって作ったものです。彼の絵からインスパイアされた曲を収録しています。




『Everytime』(2021年)は自分に対して書く手紙みたいなニュアンスのアルバムです。あと、僕は最近映画を撮っているんですけど、そのうちフィルム・ノワールを撮りたいと思っていて。そのサントラを先に作ったのが『Strange, true beauty』(2021年)です。銃が出てきたりする映画のサントラですね。




『Greeting』(2022年)は会社員のみなさんが出勤退勤するときに聴く音楽を想定して作りました。『Love Flower』(2022年)は今付き合っている彼女のために作ったものです。最初の曲(「Shine Like a Sunlight」)は彼女の名前にちなんだ曲です。







キム・オキ
『LOVE JAPAN EDITION』
配信・DL:https://ssm.lnk.to/LoveJapanEdition
レコード:2024年5月15日リリース
https://bayonstand.stores.jp/items/65e73540508a10121a0908aa

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