音楽検索マニアを悩ませていた「17秒の曲」の正体が明らかに 米
Rolling Stone Japan / 2024年5月18日 20時35分
1980年代、Who‘s Who名義で活動していたクリストファー・セイント・ブースとフィリップ・エイドリアン・ブース(COURTESY OF CHRISTOPHER SAINT BOOTH AND PHILIP ADRIAN BOOTH)
長年にわたる捜索活動と数えきれないガセネタの末、「Everyone Knows That」、略して「EKT」と呼ばれていた謎の1980年代ポップソングの正体が判明した。
【動画を見る】アダルト映画のサウンドトラックで使われていた曲
本来のタイトルは「Ulterior Motives」で、クリストファー・セイント・ブースがのんきな楽曲のボーカルを、一卵性双生児のフィリップ・エイドリアン・ブースがギターを担当した。もともとは1986年のアダルト映画『Angels of Passion』のサウンドトラックに使われていた曲で、若かりし双子の兄弟はいくつかのポルノ映画でスコアを手がけた後、実りのいい映画業界に足を踏み入れようとしていた。
ハンドルネームcarl92という匿名ユーザーが音質の悪い17秒の素材をWatZatSongにアップロードしたのが2021年。以来「Ulterior Motives」は”失われた音源”――作曲された経緯も作曲者もわからないまま残された、耳について離れない音源の元ネタを追跡する愛好家コミュニティのネット探偵を魅了し続けてきた。一度聴いたら忘れられないフックと郷愁たっぷりなサウンドが功を奏し、ネット時代にもっとも探し求められた音声遺産に挙げられ、数万人がsubredditで大捜索を展開した。誰がこの曲を書いたのか? ひいては、どうすれば完全音源を手に入れられるだろうか?
ブース兄弟はつい先日まで曲の存在を長いこと忘れていた。曲の一部がネットで拡散していたことも全く知らなかった。2人のredditユーザーが事件を解明して元ネタを突き止めると、途端にブース兄弟のもとには留守番電話やソーシャルメディアへのコメントが殺到。最初のうちはわけが分からなかった。ファンや友人からの問い合わせで、ようやく兄弟は忘れ去られていた過去の作品の影響力を理解し、元ネタ発掘のために人々が注いできた労力に胸を打たれた。そして今回、ローリングストーン誌の取材で「Ulterior Motives」誕生秘話や、長い年月を経てこの曲が再評価された喜びを語ってくれた。感謝の気持ちをこめて、当時のまばゆいポップソングの数々とともにこの曲のリメイクバージョンをリリースする計画もあるという。
ーご気分はいかがですか?
クリストファー:最高だよ! 今の状況にひたすら圧倒されて、驚いている。つい2日前までは全く知らなかったんだ。
フィリップ:2人ともびっくり仰天だった。正直、2021年からずっと続いていたなんて知らなかったよ。
ーどういう経緯で知ったんですか?
クリストファー:10年ほどSyFyチャンネルで仕事をしてたことがあって、超常現象のドキュメンタリーとかSonyのホラー映画とかをやっていた(映画『エクソシスト』のヒントになった実際の事件をテーマにしたドキュメンタリー『The Exorcist File』など)。そのプロモーション映像を投稿していたら、「EKTをリリースして」「Ulterior Motives」というコメントが届き始めて、「何だそりゃ?」という感じだった。あの曲のことは完全に忘れてたんだ、40年も前だからね。そしたらすごいことになった。おたくの記事(失われた音源のフルバージョンを探すネット探偵の記事)のリンクが送られてきて、それで「なるほどね」と思い、それから曲を聴いて「確かに、自分たちだ」と。それで知ったんだ。
フィリップ:正直なところ、1人の人間としてすごく胸が熱くなった。これだけ大勢の若者がこの曲を口ずさみ、傑作だと言ってくれるのを見て、思わず涙が浮かんだよ。こんなに喜んでもらえて、ミュージシャンとしてはこの上ない喜びだ。自分たちの名前が明るみになって、電話は鳴りっぱなし、ソーシャルメディアも大変なことになってる。自分たちはそんなにTikTokを追いかけてないからね――娘からも「パパ、すごいわね。TikTok中で話題になってるわよ。みんなあの歌を歌ってる」というメッセージが来て、「おいおい、どうなってるんだ?」と思ったよ。
ーそれは驚きですね。これはお2人が音楽活動を始めたばかりのころの曲ですよね?
クリストファー:2人とも結構有名なSweeny Toddというロックバンドに所属していたんだ。カナダ出身のバンドで、一番のヒット曲は「Roxy Roller」。オリジナルメンバーのニック・ギルダーに代わってブライアン・アダムスがボーカルで加入して、その後ブライアン・アダムスがクビになった。その後自分がボーカルに抜擢されて、フィルがギターを演奏した[編集部註:もう1人の兄弟ジョンはドラムを担当]。アメリカに進出して、(LAの)Rainbow BarとかWhiskey a Go Goで演奏するようになった。かなりヘビメタ色が強かったんで、モトリー・クルーも後押ししてくれた。
フィリップ:まさに80年代初期だよ。
クリストファー:「Ulterior Motives」は1986年ごろ、ポップソングとして収録した。それから金を稼ごうと――ミュージシャンだから、金を稼ぐためにはとにかく何でもやった。今のほうがもっと大変だけどね。映画の仕事をもらって、撮影美術部のアシスタントとして大作映画にいくつか関わった。そしたらアダルト映画をやってた友人が、美術関係や力仕事のスタッフを探してたんだ。
フィリップ:俺たちは20代前半だったかな。
クリストファー:プロデューサー陣とも知り合いで、すごくいい人だった。音楽を探してたのでBGM用にいくつか曲を渡したら、相当なギャラを払ってくれた。当然こっちもお金が必要だったからね。成り行きでそうなった。巷で言われてるのとは違って、あの曲はアダルト映画用に書いたわけじゃない。ポップソングとして作曲したのを、アダルト映画に転用しただけなんだ。
ーアダルト映画で使われていたとは思わなかった人も大勢いると思いますよ。今どきのアダルト映画はあそこまで手をかけませんから。
フィリップ:正直、当時あの業界は今とは全然違った。本当の映画を作るみたいに、ストーリー仕立てで、フィルムで撮影してたんだよ。
クリストファー:当時の値段で予算は1万~1万5000ドルぐらいかな。
フィリップ:今はビデオレコーダーやら携帯やらで事足りるけど、当時は一大産業だったんだ。自分たちも音楽使用料とか現場の仕事を学んだ。撮影の仕方も覚えて、すっかり夢中になって、しまいには映画製作をしてみたくなった。アダルト系じゃない映画をね。カメラとか照明とかを見るとすごくワクワクした。80年代、スモーキー・ロビンソンのプロデュースとかデヴィッド・バーンの「Stop Making Sense」を手がけたゲイリー・ゴーズマンにプロデュースしてもらったことがあってね。完成した曲を聴かせたら、気に入ってくれた。レーベル契約までこぎつけて、いくつか曲をリリースした。でも(「Ulterior Motives」といった)それ以外の曲は忘れ去られた。その流れで80年っぽい曲でアルバムも1枚出したよ。当時の音楽はとにかく陽気なのがすべてだった。ああいうメロディとか、無邪気さとかが満載だった。だから今どきの人が口ずさんで話題にしているのは本当にびっくりだよ。
ーこの曲を収録したのは40年前ですが、改めて聴いてみていかがでしたか?
フィリップ:まずは開口一番、「どうしよう? みんな新しいバージョンを聴きたがってる、ノイズのないリマスターバージョンを聴きたがってる……」。
クリストファー:本当に目頭が熱くなったよ。最高だった。音楽は本当に感動ものだね。ずっと音楽人生だったし、今も映画音楽に携わっているから、音楽は自分の人生そのものだ。自分でも大きなスタジオとかPro Toolsとかを持ってるけど、映画用にドルビーサラウンドサウンドを作るのがメインで、いつもポップソングを作ってるわけじゃないけどね。当時はフィリップも僕もジョージ・マイケルやカルチャー・クラブのファンだった。それからナイン・インチ・ネイルズやピーター・ガブリエルに影響を受けた。(あの曲を)聴き直して、20代当時に戻った気分だったよ。
フィリップ:大勢の若者があの曲を歌って、わざわざ動画を撮影してるのを見て、どれだけ驚いたことか。時代を越えても大事にされるなんて、ミュージシャンとしてはこれ以上ない幸せだよ。それで決心したんだ、スタジオに入って、自分たちに今できることを考えてみようってね。
ーサンセット大通り沿いの往年のクラブで、ライブで聴けたら最高でしょうね。
フィリップ:Viper Roomはもうない? もう閉店した?
ーいえいえ、今も健在です! ついこの間もヘビメタの演奏を見ました。今も賑わってますよ。
フィリップ:懐かしいな、Roxy Theatreでベイビーズを見に行ったっけ。自分たちが演奏する時はTroubadourだったな。
クリストファー:あの曲を書いた直後だ。当時はシンセブームにハマり出したころだった。あの頃はヘヴィーロックにのめり込んでいたっけ。あらゆるジャンルに手を染めたからね――カントリーは除いてだけど。音楽は最高の若さの源だと思う。
ー「Ulterior Motives」の歌詞のヒントになったのは何だったか、覚えてますか?
クリストファー:ああ、浮気した女の子だよ。口ではこう言いながら、ふたを開けてみると全然違ってたっていうね。
フィリップ:「Everyone Knows That」という歌詞にちなんで、巷では「EKT」と呼ばれてたんだろ。歌詞を投稿したら、ファンは「そうか、thatじゃなくてitだったんだ!」って言ってた。
クリストファー:音源が残ってるかどうかを確かめるのに、40年分のテープを掘り起こさなきゃならなかった。見つからなかったら、最初から収録し直すつもりだった。今あの高音を出すには、相当気合入れなきゃならなかっただろうけど。とりあえずリズムトラックは見つかったので、今はボーカルトラックを探してるところだ。見つからなかったらスタジオに入って、できるだけオリジナルに近い形で録り直すつもりではいる。ただし、現代のレコーディング技術を使って今っぽいサウンドになるようにする。とにかくやってみて、みんなが求めているものを提供するつもりだ。ヒットするかどうかは分からないけど、やれないことはないと思う。
フィリップ:ピーター・ガブリエルにしろガンズ・アンド・ローゼズにしろ、みんな今も新しい作品を作ってるけど、世間が聴きたがってるのは40年前の懐かしソングだっていうのと同じだね。ファンを喜ばせるのが大事だと思うよ。自己満足に浸ってちゃいけない。自分自身もこの曲がこんなにキャッチーだと気づいていなかった。それが今じゃ、自分でも歌わずにはいられない。すごいのは、音源を探しているうちに当時手がけた似たような楽曲がアルバム1枚分ごっそり出てきたんだ。「アルバムとして出すべきだ」ってみんなから言われてる。人生ががらりと変わったよ。
クリストファー:冬眠から目を覚ますには相当のエネルギーがいるけどね。
フィリップ:とにかく、このタイミングを逃したくない。もう自分たちだけの話じゃなくなってるしね。
ー失われた音源探しコミュニティはチェックしてみましたか?
クリストファー:いまだに圧倒されてる状態だから、まだチャンスがないんだ。いろんな記事やRedditは読んだよ。コミュニティの全体像をつかむために、TikTokのストーリーやYouTubeの動画もたくさんフォローしたり。
フィリップ:carl92というユーザーは、アダルト映画でこの曲を耳にしたと白状するのが嫌で姿を消したらしいね[編集部註:後にWatZatSongから姿を消した匿名ユーザーは2021年に投稿した音源について、音声の抜き出し方を覚えた頃に『バックアップ用のDVD』で見つけたと主張していたが、具体的にどうやって入手したのかは不明]。まあ、carl92には相当感謝しなくちゃ。Sweeney Toddで一緒にプレイしていたもう1人の兄弟Johnny Bにも電話して、「あの曲覚えてるか?」って聞いた。「もちろん」って言うんで、ちょうど読んでいたローリングストーン誌の記事を送ってやった。あいつも昔から生粋のミュージシャンで、ローリングストーン誌はずっと大リスペクトしてたんだ。3人であの曲をもう1回やろうって言った。こういうことはめったにあることじゃない。実際よりも大きな力が働いてるに違いないんだ。待ちきれないよ、感謝の気持ちを伝えて、この興奮を分かち合いたい。
ー他の未発表音源について、教えていただけることはありますか?
クリストファー:ティファニーやニュー・エディションを手がけたプロデューサーと制作した楽曲がわんさと見つかった。当時のサウンドはああいう方向性で、かなりよく仕上がっていた。カバーもたくさんやった。テンプテーションズの「Just My Imagination」のカバーは最高だった。スタジオ収録の音質なので、リマスターも可能だ。「Ulterior Motives」に関してはリズムトラックが手元にあるので、そこにギタートラックを加えるつもりだ。80年代のシンセギターでね。
フィリップ:、「あのギターのサウンドはどうやって出したのか?」とよく訊かれるんだ。当時はMIDIギターっていうのがあってね。MIDIギターでは入力が2つあって、ひとつはジャックからギターのヒズミを拾って、もうひとつはキーボードの音を出力する。演奏するとキーボードの音とギターのヒズミが同時に出てくるんだ。
クリストファー:ボーカルも録り直そうかな。やれる自信はあるよ。13歳の女の子みたいな声だけど。ニュー・エディションとか、昔はああいうサウンドが求められてたんだ。
フィリップ:TikTokやYouTubeでは声を分析してフィルターをかけてる人もいたね。
クリストファー:ああ、どうやら俺は日本人の女の子らしいよ!
フィリップ:(音源探偵の口ぶりをまねて)「最初は男性だと思っていましたが、捜査を進めた結果、アクセントから日本人の女の子の声に聞こえます」だってさ。笑っちゃうよな!
クリストファー:この後は曲をリリースして、好評してもっと聴きたいって言われたら、似たような楽曲を集めたアルバムを1枚リリースするつもりでいる――カルチャー・クラブ、デペッシュ・モード、ジョージ・マイケル、ABC、80年代に僕らが影響を受けたような人たちのようなサウンドだ。実はレコード契約でイングランドに行って、キャピトルレコーズと契約したこともあったんだ。理由はさておきいろいろあって、そっちは上手くいかなかったけど。それで映画作りをするようになった。音楽活動も続けてたけど、あのころは映画音楽の方がメインだった。
ー昔使っていた機材は今もお持ちですか?
フィリップ:今もMIDIギターはあるよ。昨日引っ張りだしてきたところだ。ビデオもいくつか撮影しようかな。
クリストファー:天に運を任せるよ――最近ふと、昔の70年代のシンセサイザーをまた使ったらどうだろう、って考えが浮かんだんだ。なぜかは分からないけど、ムーグとかをもう一度引っ張りだしてみようという考えが頭から離れないんだ。昔キーボードの技術担当としてキース・エマーソンと仕事をしたことがあって、自分のスタジオにもいろんなキーボードを入れ始めたことがあったけど、その時からつながっているんだと思う。
フィリップ:その手の古い機材は今もある。名器と呼ばれたドラムマシンLinn Drumとかね。「Linn Drumの音であることを突き止めた」と言ってたネット探偵がいたっけ。そこまで掘り下げてくれるなんて最高だね! いずれにせよ80年代のサウンドが求められているんだと思う。再録する場合は当時の機材を使うつもりだ。
ー音源をリリースする際には、どんなバンド名になりますか?
フィリップ:分からないな、そこはおたくの力を借りないと。昔もバンド名については頭をひねったよ。自分たちは一卵性双生児だから、周りからよく「どっちがどっち?」って訊かれてたので、Whos Whoってバンド名にした。プロモ素材とかもぜひ見てほしい。ヘアスタイルとか諸々最高だから。
クリストファー:ヘアスプレーのジャケ写とかいいかもね。
ー「Ulterior Motives」というバンド名でもいいと思いますよ。いろいろ案はあると思いますが。
クリストファー:多分ファンが考えてくれるんじゃないかな。がっかりさせることだけはしたくない。大勢の人たちが時間を割いて、(これだけの)熱意で関わってくれたんだから。自分たちも思い切って曲をリリースして、気に入ってもらえたら最高だ。俺たちは大満足だし、感謝の気持ちでいっぱいだ。
ー本当に特別な出来事ですよね、アートの力を物語っています――音源の一部を聴いて、「フルバージョンが聞けないなんておかしい。この曲は世に知られるべきだ、作曲した人も世に知られるべきだ」と言った人がいたわけですから。
フィリップ:それもたった17秒だよ。
クリストファー:自分たちもすごく楽しみだ。映画やTV番組ではかなり上手くやっていけてるし、個人的にも映画のサントラやアルバム制作をやっている。『SkyPolar』という昔のシンセサイザーを彷彿とさせるようなアルバムも作った。エマーソンとか、レイク&パーマーとか、ピンクフロイドとか、ハンス・ジマーにナイン・インチ・ネイルズを掛け合わせたような感じだ。だから(「Ulterior Motives」の再録を)絶対やらなきゃいけないわけじゃない。だけど、感謝の気持ちとしてやらなきゃいけない気がした。何年も時間をかけて突き止めてくれた人のためにもやるべきだ。
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