ビリー・アイリッシュが語る、再出発への決意
Rolling Stone Japan / 2024年5月20日 17時30分
3年ぶりのアルバム『HIT ME HARD AND SOFT(ヒット・ミー・ハード・アンド・ソフト)』をリリースしたビリー・アイリッシュ。キャリア史上最高傑作と呼ぶにふさわしいアルバムを作るため、アイリッシュは自らの過去を再訪し、すべてを新しい視点から作り直した。
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その時、ビリー・アイリッシュは水を張ったプールの底にいた。身体が勝手に浮いてこないようにと、両肩にいかつめの重りまでつけられている。控えめに言っても、当の本人がこの状況を楽しんでいるようには見えない。「6時間ぶっ通しで水責めにされていた」と、後になって22歳の歌姫は私に打ち明けた。「どういうわけか、苦しくて仕方がないとは思わなかった。でも、決していい気分ではなかった」
アイリッシュはショートパンツに黒いバギーパンツを重ね、長袖の防寒インナーの上にボタンダウンシャツを着ていた。ストライプのネクタイを締め、アームウォーマーもつけている。いろんなスタイルのシルバーリングとゴシックなスタッズ付きブレスレットだけでも重いのに、きわめつきはあの重りときた。そして、息を止めては水に潜る、という行為を先ほどから何度も何度も繰り返している。1回で潜れるのは、最大で2分程度だ。その間、フォトグラファーのウィリアム・ドラムが水中に漂うアイリッシュの姿をカメラに収めていく。水の中にいる2分間、アイリッシュはずっと眼を開けている。ゴーグルや鼻栓といったものには一切頼ろうとしない。
2月某日の午後、私たちはロサンゼルスの北にある、サンタクラリタという街の撮影スタジオにいた。雨が降っていて肌寒かった。その日、アイリッシュは40人近いスタッフに囲まれていた。スナック菓子やジンジャードリンクがぎっしり並んだテーブルの隣には、アイリッシュのスタイリストとマネジメントチームの面々、そしてケータリング業者たちが立っている。アイリッシュが水面に顔を出すたびに酸素マスクを持って駆け寄るスタッフもいる。そのひとりが「あと3回息をしたら、もう1回潜ります!」と叫び、彼女が再び潜るまでのカウントダウンをはじめた。アイリッシュの母親であるマギー・ベアードがプールの淵に座り、熟練のダイバーでさえ音を上げるほどの苦しみに耐える娘の姿を心配そうに見つめた。
こうした苦しみは、いったい何のためなのか。すべては5月17日リリースの3rdアルバム『HIT ME HARD AND SOFT』のためである。アイリッシュは、ニューアルバムのジャケット撮影に臨んでいたのだ。「今回の撮影についてひとつだけ言えるとしたら、それは私がこの地獄のような苦しみを自ら望んだってこと」とアイリッシュは言った。「私は、昔からこうやって生きてきたし、これからもこうやって生きていくと思う。私の作品の多くは、いろんな意味で身体的な痛みを伴う。でも、私はそれが大好き。そのために生きてるんじゃないかって思うくらい」
Photo and Directed by Aidan Zamiri
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このおよそ48時間前、アイリッシュは見事グラミー賞を獲得した。映画『バービー』のサウンドトラックのために書き下ろした優しくも切ない大ヒット曲「What Was I Made For?」が第66回グラミー賞授賞式で年間最優秀楽曲賞に輝いたのだ。授賞式を終えてもアイリッシュはベッドに入らず、翌朝の7時半までずっと起きていた。それからまるで電池が切れたように眠り、午後1時に起床。アボカドをのせたトーストを食べ、今日の撮影に備えて赤い髪を真っ黒に染めた。
奇妙な道のりだった、とアイリッシュは振り返る。「What Was I Made For?」がまさかここまでヒットするとは思ってもいなかったのだ。ここ数カ月間は授賞式の連続で、記憶があいまいになっている。しばらくの間——少なくとも、ニューアルバムがリリースされるまでは——この世界から消えたいと願っている。「いったい何回歌えば満足してもらえるの?って感じだった」とアイリッシュは言った。「来る日も来る日も、毎秒ごとに『バービー、バービー』って連呼された。それはそれですごく嬉しいんだけど、アカデミー賞が終わって私が(歌曲)賞を逃したら、きれいさっぱり消えるつもり。文字通り、姿をくらますんだ」
自らの予想とは裏腹に、アイリッシュは見事アカデミー賞にも輝いた。「What Was I Made For?」が第96回アカデミー賞にて歌曲賞を受賞したのだ(2022年に『007/ノー・タイム・トゥ・ダイ』の主題歌で同じ賞を受賞して以来、2度目の受賞)。3月10日に授賞式が行われたロサンゼルスのドルビー・シアターのステージでオスカー像を手にした彼女は、アカデミー賞を2度受賞した最年少アーティストという記録を打ち立てた(訳注:ビリー・アイリッシュだけでなく、共作者である兄のフィニアス・オコネルも同様)。「昨夜、悪夢にうなされました」とアイリッシュはオーディエンスに向けて言った。「こんなことが現実になるなんて、思ってもいませんでした。すばらしい幸運に恵まれたと思うと同時に、とても光栄です」
2019年(当時17歳)にリリースしたデビューアルバム『WHEN WE ALL FALL ASLEEP, WHERE DO WE GO?』で世界的なセンセーションを巻き起こして以来、アイリッシュの人生は、こうした非現実的とも思えるような予想外の出来事の連続だった。このアルバムは、自身の繊細な心と不安感をリアルに描いた作品として、いまでは名盤の仲間入りを果たしている。アイリッシュは、自身のダークな世界観——青みがかったグレーの瞳から黒い涙が流れたり、口の中からクモが這い出てきたり、まるで堕天使のように天から落ちてきたりといった独自の世界観によってオーディエンスを虜にしたのだった。
3rdアルバム『HIT ME HARD AND SOFT』は、出だしから私たちをそうした世界に突き落とす。うつ病との壮絶な闘いから、自身の一挙手一投足が世間の憶測を生むことに対する嫌悪感まで、アイリッシュ自身のさまざまな感情が描かれているのだ。さすがに今回は思いもよらないところからクモは出てこないが、アイリッシュは自身の闇と触れ合うことで再び自分らしさを取り戻すことができたと感じている。これについて彼女は、「このアルバムは、まさに自分って感じがする。ひとりのキャラクターを描くというよりは、『WHEN WE ALL FALL ASLEEP, WHERE DO WE GO?』の自分版、みたいな感じ。青春時代や子供の頃の感覚を呼び覚ましてくれた」と語った。
2019年は、アイリッシュにとって目まぐるしい一年だったに違いない。だが実際は、自分がそれを生きている、という実感がなかったと明かした。「人生最高の一年だったけど……」と口を開き、次のように続けた。「今回のアルバム制作は、17歳の自分に戻っていくようなプロセスだった。私は、17歳の自分を失って悲嘆に暮れていた——いつの間にか彼女は、世界とメディアという波に呑まれて、いなくなってしまったから。それ以来、ありとあらゆる場所で彼女を探し続けてきた」
はじまりは、パンデミックの足音が忍び寄る2020年にまでさかのぼる。「独りでいすぎたせいで、自分のことを客観的に見られなくなっていた」とアイリッシュは回想した。「だから髪を金髪に染めた。その瞬間に『これで誰だかわからなくなった』と思った」。ロックダウン下の混乱の時期に2ndアルバム『Happier Than Ever』(2021年)をレコーディングし、その内省に富んだジャズ寄りの楽曲は、アイリッシュのきらびやかなドレスと新しいヘアスタイルとともに絶賛された。そのいっぽうで、同作はデビューアルバムの目も眩むようなまばゆさを欠いていたのも事実である。アイリッシュの兄であり、もっとも近しいコラボレーターでもあるフィニアス・オコネルは、苦しくて混乱した時期だったと振り返る。「あの頃は、ストームシェルターの中でおとぎ話を読んでいるような、不思議な気分でした。それは、あのアルバムに対処するための心の作用だったのです」
アイリッシュは、あの頃のことを後悔していない。昔の自分を取り戻すには、コンフォートゾーンから抜け出して新しいことに挑戦しなければならなかったことを理解しているのだ。「『HIT ME HARD AND SOFT』に取り組むことは、いろんな意味で過去と向き合うことでもありました」とフィニアスは語る。「このアルバムには、過去の亡霊が取り憑いているような気がするんです——もちろん、いい意味で。アルバムに収録されている楽曲の中には、5年前から温めていたものもあります。当然ながら、そうした曲にはそれ自身の過去があります。私は、このアルバムのそういうところがとても気に入っています。ビリーにとっての『WHEN WE ALL FALL ASLEEP, WHERE DO WE GO?』時代は、まさにこうした”気取り”と”闇”の時代でした。それなら、世界中の誰よりもビリーが得意なことは何だろう、と考えました。このアルバムは、まさにそれを模索した結果なのです」
懐かしい闇にどっぷりと身を浸し、弦楽四重奏やダンスフロアを想起させるきらびやかなトランスといった新しいサウンドを盛り込んだ『HIT ME HARD AND SOFT』は、アイリッシュのキャリア史上最高傑作と呼ぶにふさわしい作品である。2ndアルバムのタイトルトラック「Happier Than Ever」に象徴されるウィスパーボイスは健在だが、いくつかの楽曲では、「囁いているだけ」と批判する人たちを一蹴するかのようなフルスロットルのボーカルも披露している。
「ビリーは、ストーリーテリングが何たるかをあの若さで理解しています」と、ドナルド・グローヴァーは語る。アイリッシュは、グローヴァーが手がけたドラマ『キラー・ビー』で俳優デビューを果たした。「さらに彼女は、自分が経験したことを隠したり誤魔化したりしません。誰かのためではなく、自分のために人生を生きているのだと思います」とグローヴァーは言った。
6時間にわたる水中での撮影がようやく終わった。クランクアップと同時に、アイリッシュがトレーラーに駆け込む。それから20分間、とめどなく流れる鼻水と格闘し続けた。「身体の中が全部鼻水になっちゃったんじゃないかって思うくらい、かんでもかんでも鼻水が出てきた」と、アイリッシュは後日、私に語った。鼻水がひと段落すると、ふらふらとした足取りで実家のソファに倒れ込んだ。重りのせいであざができ、喉が痛くて声も出ない。鼻の痛みを和らげようと、鼻うがいをする。髪を2回洗い、フェイスマスクをして肌のケアも忘れない。過酸化水素、アルコール、ぬるま湯の順に入念に耳を洗うと、辛い食べ物で腹ごしらえをした。
Photo and Directed by Aidan Zamiri
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Photo and Directed by Aidan Zamiri
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「『家に帰って、ゆっくり湯船につからないと!』ってみんなに言われたことを覚えている。そうだよね、だって6時間も水の中にいたんだから」とアイリッシュは振り返った。言われた通りにすると、実家の裏庭の異変に気づいた。「光が線のように連なり、その周りに光輪のようなものができていた。徹夜続きだったから、自分がハイになって酔っ払っているのかと思った。『ママ、何あれ? 見える?』って訊いても『いったい何のこと?』って返されちゃった」
その後、アイリッシュは気を失ったかのように9時間ぶっ続けで眠った。普段の彼女からすると異常事態だと心配した母親は、わざわざ寝室まで行って娘の様子を見に行ったほどだ。「撮影後にあそこまでダウンしたのは、あれが初めてだった」とアイリッシュは回想した。「撮影のために、あんなにつらい思いをしたのも初めて。きっと、子供を産むのもこんな感じなんだろうな。経験したことのないような痛みに12時間耐え抜いて、最高のジャケット写真を撮る——そういうことなんだよね」
子供の頃、アイリッシュは水が怖くて仕方がなかった。ひとりで泳げるようになるまで水の中から出してくれなかった水泳教師や、海で波にさらわれてライフガードに助けてもらったことなど、水に関するつらい思い出には事欠かない。勇気を振り絞って飛び込めるようにはなったが、泳ぐことを考えると、恐怖で心臓がバクバクすると言う。クジラも大の苦手だ。
「世の中の人は、どうしてクジラを見ても平気なの? あんなに巨大な生き物がこの世に存在するなんて! 鳴き声も超怖いし! マジで怖すぎる!」
『HIT ME HARD AND SOFT』というタイトルの由来
撮影から2日が経ち、ロサンゼルスでは雨が続いていた。アイリッシュと私は、ロサンゼルス屈指の景観を誇るロスフェリスにあるフィニアスのホームスタジオにいた。ピンク色の椅子に座り、パソコン画面を見つめる。画面が真っ青に光っている。と、アイリッシュが兄のキーボードを手に取り、「タイピングを習わなかったことを後悔してる」と言った。「親も教えてくれなかったし」。アルバムのジャケットのヒントになった動物たちの動画を私に見せようとYouTubeにアクセスすると、「マジ! てかフィニアス、(YouTube)プレミアムに入ってないの!?」と驚きの声をあげた。
アイリッシュはお目当ての動画を見つけられなかったが、そのイメージは頭の中に鮮明に刻まれているようだ。思い描いたのは、発光する海の生き物や青すぎて黒く見える蝶など。アルバムに取り組んでいる間、音を聞くと色が見える”共感覚”の持ち主であるアイリッシュの頭の中には、常にひとつの色——青という色が浮かんでいた。
「自分でも変だなって思うんだけど、昔から青ってあまり好きじゃないんだよね。それなのに、ずっと髪を青く染めたりしてさ、バカみたいだよね」とアイリッシュは言い、さらに続けた。「でも、実は青くしたかったわけじゃないんだ。ある時、青味の強いヘアトナーをうっかり使ったせいで、ラベンダーみたいな色になっちゃって……その後、髪の色がどんどん青くなっていって、とうとうあの青髪になった。あれは最悪だったな。何カ月もかけて色を落とそうとして、やっとグレーっぽい色になった。でも、この2年間は『ちょっと待って、青って私の本質を表す色じゃない?』って考え続けていた」
『HIT ME HARD AND SOFT』というタイトルは、兄との会話から思いついたそうだ。その時アイリッシュは、音楽制作ソフトウェアに内蔵されているシンセサイザーがこのような名前だと勘違いしていた。「このアルバムの意図を見事に表現している言葉だと思った」と解説する。「そもそも『強くやさしく叩いて』なんて、無理なお願いだよね。そんなことできっこないんだから。でも、私は極端な人間だから、身体的な痛みを感じることも好きだし、やさしくて心地よい感じも大好き。相反するふたつのことを同時に求めている。だから、私という人間を表現する言葉としてこれ以上のものはないと思ったし、それが叶わぬ願いだということもすごく気に入っている」
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そう言うアイリッシュは、この日は黒い髪を後ろでゆるくまとめ、ドルサインをモチーフにしたダイヤモンドのピアスをつけていた。「バージンのまま死ぬ奴なんていない、みんな世の中にヤられてしまうから」という、カート・コバーンが遺したと言われている言葉が書かれた黒いTシャツをはじめ、全身黒コーデだ。回転椅子に座ってくるりと回るたびに、黒いタトゥー——背骨の上を這うカオス的な線の数々——が、Tシャツの下からのぞく。タトゥーを入れるのは楽しかった、とアイリッシュは言った。「ある意味、このタトゥーに救われたのかも。背骨に入れたから、その日は丸一日何も着られなかった。ブラもつけずに上半身素っ裸でいるのは、すごく心地よかった」
アイリッシュの左隣には、ペトロフ社のピアノがあった。その上には、2021年に『サタデー・ナイト・ライブ』に出演した際のカンペが。そこには「ハーイ、今週のサタデー・ナイト・ライブで音楽ゲストと司会を務めるビリー・アイリッシュです」と書いてある。Sequential Prophet XLからヴィンテージのMemorymoogといったシンセサイザーに加えて、棚いっぱいにアコースティックギターとエレクトリックギターが並んでいる。どれもフィニアスの機材である。レンガ色のベルベットのソファの近くには、コロンビア社製の蓄音機(見たところ、新品同等の状態)が置かれ、ドアのところにはグッチとXboxの限定コラボモデルがある。その向こうにはバスルームがあり、壁一面に兄妹が共に作り上げたプラチナディスクが並んでいた。
時代遅れだとわかっていながら、著作権の関係上、ホームスタジオに名前をつけなければいけなかった、とフィニアスは言った。こうしてスタジオは、スペイン語で宇宙船を意味する「Astronave」と命名された。「バカバカしくて大仰」だと思われないかと気を揉む彼に対し、私は素敵な名前だと言って彼を安心させた。実際、プラスチックのバナナやオレンジ色のシェーカー、目玉焼きの形をしたインセンスバーナー(黄身の真ん中にお香を立てる仕組み)といった遊び心あふれるオブジェが醸し出す雰囲気ともよく合っている。インセンスバーナーの下には、ニック・ホーンビィの『ハイ・フィデリティ』とダグ・ビーレンドの『In Search of Mycotopia: Citizen Science, Fungi Fanatics, and the Untapped Potential of Mushrooms(マイコトピアを求めて——シチズンサイエンスとキノコ愛好家、私たちが知らないキノコのポテンシャル)』が置いてある。
フィニアスは、ロサンゼルスのハイランドパークにある実家——スターダムを駆け上がる妹に密着したR・J・カトラー監督のドキュメンタリー『ビリー・アイリッシュ 世界は少しぼやけている』(2021年)によって一躍有名になったあの家——を出て、2019年にAstronaveを設立した。妹と離れて暮らすことで創作プロセスに悪影響が及ぶのでは、と思われるかもしれないが、距離ができたことで兄妹の関係により良い影響があった、とフィニアスは明かした。
「実家にいた頃は、いつも頭の中に『仕事しないと』という気持ちがありました」とフィニアスは言い、次のように続けた。「『ビデオゲームをしたり、ガールフレンドとビデオ会話をしたりする代わりに、ビリーに部屋に来てもらって曲作りをしたほうがいいよな』と思い続けていました。ですから、家を出てよかったと思います。仕事のためであれ、それ以外のためであれ、ビリーが僕の家に来る時は、何が目的かはっきりしています。おかげで、何もアイデアが浮かばない時は無理して働くのではなく、ピックルボール(訳注:テニスと卓球とバドミントンを掛け合わせたようなスポーツ)をして遊ぶという具合に、メリハリをつけられるようになりました」
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Photo and Directed by Aidan Zamiri
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アイリッシュの愛犬シャーク(灰色の毛並みのピットブル)が彼女の後ろで尻尾を忙しなく振っていた。明日はシャークの4歳の誕生日で、アイリッシュは誕生日プレゼントとして一緒にハイキングに出かける予定なのだ。だが、いまは大好きなご主人様にかまってもらえず、アシスタントに抱っこしてもらうのを待っている。「わかるよ、今日は人生でいちばん退屈な日だったよね」と、アイリッシュはなだめるようにシャークに言った。
シャークがフィニアスのスタジオにいるのは、実はこの日の朝、アイリッシュの自宅でちょっとしたアクシデントがあったからだ。スムージーを作ったアイリッシュがマグカップを床に落としてしまい、割れた破片が部屋という部屋(正確には3部屋)に散らばったのだ。アイリッシュは、イチゴとブルーベリー、パイナップル、ヴィーガンヨーグルトで作った自慢のスムージーをプラントベースのソーセージと一緒に食べるはずだった(アイリッシュは子供の頃からずっとヴィーガンである)。
(ちなみに、割れたマグカップは友人であるヘイリー・ビーバーからの贈り物だった。ヘイリー・ビーバーは私の取材に対し、「ビリーの魂には、何度も触れてきたような気がします。ビリーは、一世代にひとりのアーティストとして自らの地位を確立しました。それは、とても特別で貴重なことです。私は50代、60代になっても、ビリーと一緒にロックし続けていると思います。私にとってビリーは、そういう存在なんです」と答えてくれた)
愛犬シャークは、ニューアルバムにカメオ出演——息の音やじゃらじゃらと首輪を鳴らす音から、それがシャークであることがわかる——を果たしている。だが、ゲストはこれだけではない。アイリッシュとフィニアスの他に5組のアーティストがゲストとして出演しているのだ。ひとりはドラマーのアンドリュー・マーシャル。アルフォンソ・キュアロン監督によるApple TV+のドラマシリーズ『Disclaimer(原題)』の楽曲制作の際にフィネアスが出会ったアタッカ四重奏団も、そのうちの一組である。アタッカ四重奏団が紡ぐ、濃密でありながらも繊細なストリングス——アルバムのタイトルにもあるように、「強くやさしく」という表現がしっくり来る——は、アルバムの途中やラストに登場しながら、一本の線のように他の10曲をつないでいる。
「ひとつの曲だけが孤立してしまうのは耐えられない」
ソファに座っているとフィニアスが合流し、村上隆の虹色のクッションの隣に腰を下ろした。これから『HIT ME HARD AND SOFT』を聴かせてくれるのだ(フィニアスは、インタスコープ・レコードの面々とアイリッシュのふたりの友人を除いて、私が初のオーディエンスであるとさらりと言った)。ミキシングとマスタリングの締め切りが来週に迫っているため、聴きながら気になるところをチェックしていくそうだ。「あなたがアルバムを楽しんでくれている間、僕らは顔をしかめながら、改善点を書き留めていくんです」と、フィニアスは冗談混じりに言った。
アイリッシュとフィニアスは、このアルバムを「アルバムのためのアルバム」と呼ぶ。要するに、コンセプトアルバムではなく、個性派バンドやアーティストたちによる過去およそ15年のアルバム——たとえばコールドプレイの『VIVA LA VIDA OR DEATH AND ALL HIS FRIENDS / 美しき生命』(2008年)やラナ・デル・レイの『Born to Die』(2012年)、タイラー・ザ・クリエイターの『Goblin』(2011年)、マリーナ・アンド・ザ・ダイアモンズの『Electra Heart』(2012年)、ヴィンス・ステイプルズの『Big Fish Theory』(2017年)など——からインスピレーションを得た楽曲の集合体なのだ。これについてフィニアスは、「誰かのアルバムの世界に放り出される感覚が大好きです」と口を開き、「最初から最後まで自分の好きなものだけが詰まったアルバムに出会うと、心の底から嬉しくなります。『このアルバムを聴きながら夕食の支度ができるなんて、マジで最高かよ!』という気分になるのです」と語った。
アルバムを聴くという行為は昨今においては下火である、と私は指摘した。実際、ほとんどの若い子たちはアルバム全体ではなく、曲単位で音楽を聴いているのだ。これについてフィニアスは、「聴く対象は、曲全体でさえなくなっています」と言い、「たとえば2回目のヴァースがTikTokでバズったと言うように、僕らは一時間前に誰かが作ったコンテンツを上から下へと消費しているのです」と続けた。そのいっぽうで、昨年の”バーベンハイマー”のように誰もが映画館に詰めかけたのと同じように、音楽を聴くという古き良き方法も必ず復活すると考えている。「すべては、ムーブメントに対するカウンタームーブメントなんです。それがアルバムの世界に没入する、という行為につながっていくと確信しています」とフィニアスは言った。
アイリッシュがニューアルバムからシングルをリリースしない理由もここにある。「アルバムのシングルカットは好きじゃない」とアイリッシュは言う。「好きなアーティストがアルバムというコンテクストなしにシングルをリリースするたびに、聴く前からその曲のことを嫌いになってしまう。コンテクストからはみ出したものが大嫌い。このアルバムは、家族のようなもの。小さな子供が部屋の中でひとりぼっちでいるように、ひとつの曲だけが孤立してしまうのは耐えられない」
Photo and Directed by Aidan Zamiri
FACE GUARD: CUSTOM MADE BY STEFAN COOKE.
再生ボタンを押すや否や、私はアイリッシュの言う通りであると直感した。オープニングを飾る最初の曲(訳注:「SKINNY」)は、「What Was I Made For?」の妹のような曲である。前にアイリッシュは、「What Was I Made For?」を思いつくまで兄と一緒に深刻なスランプに陥っていたことを明かしたが、これよりも先にこのオープニングトラックができていたことは明かさなかった。この曲は、ヒットを生むための”触媒”のような存在だったのだ。美しいメロディに重なるアイリッシュの囁くようなヴォーカルが魅力のこの曲には、「What Was I Made For?」にも通じる繊細さがある。そのいっぽうで、痩せることが幸せという誤った考え方に抗おうとする歌詞は、聴く人の胸を強く打つだろう。
2曲目の「LUNCH」は、サウンドとテーマの両方において正反対の楽曲である。重厚感あるベースが特長のセクシーなパーティトラックとも言うべきこの曲でアイリッシュは、想いを寄せる女の子とのセックスを食事になぞらえる。フィニアスは、この曲をインタースコープ・レコードの関係者に聞かせたところ、誰もが座りながら音に合わせて身体を揺すっていたことをいまでも覚えていると言った。「オープニングトラックの面白い点は、それがまったくの嘘の約束だということです」とフィニアスは言った。「『What Was I Made For?』を聴いた人であれば、再生ボタンを押した瞬間、『はいはい、この世界観は知ってます』と思うかもしれません。それに続くかたちで『LUNCH』のドラムが入ってくるんです。映画の主人公を殺してしまうような、強烈なビートです。『スクリーム』(1996年)の最初の5分間にドリュー・バリモアを出しておいて、それから殺してしまうようなものです。そんなことをしたら、『ドリューを殺してしまうなんて! あり得ない!』と誰もが思うでしょう?」
それから2週間後、アイリッシュと私は、ピットブルのシャークを連れて散歩をしていた。散歩の途中で、郵便受けに郵便物を取りに行く年配の女性に出会した。女性はアイリッシュの服装に目をやると——その日は、骨柄の黒いスウェットパンツにノトーリアスBIGのチビT、黒いスケートシューズ(オシリスとFUCKTHEPOPULATIONのコラボモデル)というコーディネート——「素敵なハロウィーン衣装ね!」と言った。アイリッシュは礼を言って通り過ぎようとしたが、こらえきれなかったのか、「マジでビビった!」と言って吹き出した。
警備員やシャークといった存在がいながらも、過去にアイリッシュは何度も恐ろしい目に遭っている。自宅に突然ストーカーが現れたこともあった。シャークは犬用の抗うつ剤を服用しているかもしれないが、ご主人様を守れないわけではない。「不安症を抱えているからといって、この子が侵入者を攻撃しないとは限らない」とアイリッシュは言った。これらはすべて、ごく普通の人たちが考えもしないこと——有名人であることの代償なのだ。私は、まるでホラー映画の筋書きのような恐怖体験のことを聞き、アイリッシュを慰めようとした。
「ありがとう」とアイリッシュは返事をし、声を出さずに笑った。「確かに、こういうことがあるってことは、アーティストの職務記述書には書かれていない。プライベートで本当に怖い思いをしたこともあるし、身の危険を感じたことも2回ほどあった。私の人生の大事件だと思ってる。でも、それを受け入れたうえで生きていかなければいけない。わかってはいるんだけど、自分の家にいても安心できなかった頃は、自分の人生が本当に嫌になった」
Photo and Directed by Aidan Zamiri
FACE GUARD: CUSTOM MADE BY STEFAN COOKE.
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アイリッシュは、以前よりも外に出ることを心掛けている。それは、過去の自分を取り戻すために通らなければならない道でもあるのだ。アイリッシュにとっての過去の自分とは、彼女が探し続けてきた『WHEN WE ALL FALL ASLEEP, WHERE DO WE GO?』時代の自分であり、彼女はそれを愛情を込めて「2019年の私」と呼ぶ。外出を心掛けるもうひとつの理由は、昨年の夏に発症したうつ病に起因する。後になって彼女は、日記の1ページを見せてくれた。そこにはすべて大文字で「自分が恵まれてるってことはわかってる/でも、私はなんて不幸なんだ」書いてあった。
「経験したことがないくらい、差し迫った感覚だった」と、アイリッシュは当時のことを振り返った。「私は、自分が幸せな人間だと思ったことは一度もない。陽気な人間だったことはあるけど、幸せな人間だったことはない。楽しいことがあれば、喜びを感じたり笑ったりする。でも、基本的には暗い人間。いままでずっと、うつ病と闘ってきた。心の中で何かが起きるたびに『大丈夫、いつまでも続くわけじゃないから。波はあるし、悪くなることもあるけど、良くなるから大丈夫』と自分に言い聞かせてきた。そうすることで、心を落ち着かせることができた。でも、あの時は『もう、どうでもいい。良くなってほしいなんて思ってもいない』って本気で思うくらいつらかった」
アイリッシュは、母親のマギーと父親のパトリック、兄フィニアス、子供の頃からの親友であるゾーイ・ドナホーのおかげで、あの頃の苦しみを乗り越えられたと語る。その時に、家に引きこもってばかりいないで、もっと外に出ないといけない、と実感したのだ。「私にとってのターニングポイントだった」とアイリッシュは言う。「『やばい、7年間何も楽しいことをしていない』ってハッとしたの。自分は、楽しいことをしていると思い込んでいた。だって、17歳でグラミー賞5冠を達成したんだから、そう思うでしょう? でも、私生活においては、ほとんど何も経験していないことに気づいた。5年間、一度も外出をしなかった。そんな私が人生経験を積むなんて、無理な話だよね」
ジョン・メイヤーの予言
まずは、小さな一歩からはじめることにした。近所のスーパーに行ったのだ。昨年は、ロサンゼルスのオーガニックスーパー「ラッセンズ」の敷居をまたいだ(子供の頃に来て以来、ずっと来ていなかった)。その後、シルバーレイクにあるセレブ御用達の高級スーパー「エレウォン」を訪れた。ターンスタイルのコンサートにも行き、ターゲットやCVS、古着屋にも足を伸ばした。パーティにも行った。親友のゾーイと一緒に店の中に入ってアイスクリームを買った(普段であれば、車の中で待っているのだが)。先日の夜は、ムスタファ・アーメッドと一緒に朗読会に行った(遅刻して最後のところしか聞けなかったそうだが、一応数に入れておこう)。
「怖いんだよね」とアイリッシュは言った。「それには、ちゃんとした理由がある。人が怖いし、世界が怖い。こうしたものは、私みたいな人には恐怖でしかないんだ。怖くなかったとしても、いつどこにいても誰かに見られ、撮影され、さらされる。でも、それを理解したうえで、自分がもっと恐怖を感じるようなことを進んでやってきた。歯を食いしばりながら生きてきたんだ」
「そのことについて、少しだけビリーと話し合ったことがあります。彼女のそうした正直なところがとても好きです」と、アイリッシュの友人でもあるヘイリー・ビーバーは言った。「私は、ごく普通の青春時代を送りました。ですから、ビリーや(夫の)ジャスティンのような人に共感を抱くことはできません。彼らは、普通の人が経験するようなことをほとんど通ってきませんでしたから。私は、どんな人も——とりわけ若い女性は——世間の目を気にしたり、あれこれ言われたりせずに、人生の良い部分や悪い部分を経験するべきだと思っています。それができないのがビリーの可哀想なところですね。でも、自らをさらけ出して、22歳の女性が経験するあらゆることを経験しようとしているところは素晴らしいと思います」
アイリッシュとフィニアスの心には、2019年にジョン・メイヤーから言われた言葉がいまでも刻まれている。一躍有名になって戸惑っていたふたりに、メイヤーは次のような言葉をかけた。「『こんなことが永遠に続くのかって思うかもしれないけど、そんなことはない。いつかは君たちが望むようなかたちになる。世間の熱も冷めるし、ビリーが姿を現すたびにビッグフットか何かのように大騒ぎされることもなくなる』と言われたのを覚えている」とアイリッシュは振り返った。「あの言葉にはびっくりした。当時の私は『嘘だ。これは一生続くんだ。私はこれからもずっと、まるでオバケか何かのように、行く先々でみんなに騒がれる』と思って信じなかったけど」
メイヤーの予言は、いまのところ実現していない。だがアイリッシュは、外に出ることで以前ほど人々が騒がなくなることを期待している。「正しくやれば、私は生きられる」とアイリッシュは言った。それを聞いたフィニアスは、スーパー「トレーダーズ・ジョー」を引き合いにして妹に助言をした。「トレーダーズ・ジョーに4回も行けば、いつかは誰も驚かなくなる。誰かが初めてそこに行って『うわ! 有名人がいる!』と思って友人に自慢したとしても、『てか、あの人、しょっちゅうあの店に来てるし』と言われるだけさ。普通の生活に溶け込むことが最善の方法なんだ」
「普通の人にはとても理解できない感覚だと思います」と、アイリッシュの友人のゾーイ・クラヴィッツは言う。「何をするにも万人に見つめられたり、大統領のように手を振ったり、誰かの視線に気づいていないかのように振る舞うのは、かなりのエネルギーを使います。多くのアーティストが『それなら、今日は家にいよう。今日は見た目も最悪だから、散歩に行かないでおこう。いい天気だから、残念だけど』と考えてしまうのは、そのせいなんです。こうしたささやかな日常が自分から奪われていくのです」
Photo and Directed by Aidan Zamiri
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アイリッシュが外出したがらない理由は他にもある。ずっと家にいることで、”謎めいた人物”というイメージを維持できるからだ。「昔の私なら、そうなるためにあらゆる努力をした。あの頃は、謎めいた存在になることにこだわっていたから。友達を作らなかったのは、完全にそのせい。誰にも自分のことを知ってほしくなかったし、ミステリアスでかっこいい人間だと思ってほしかった。世間が私に対してそういうイメージを抱いていると考えただけで嬉しくなった。でもある日、『私はこうして家にひとりでいて、みんなからかっこいいと思われていることを喜んでいる。でも、いいことなんて何ひとつない。自分の人生を少しも楽しめていない』って気づかされた。
20歳の誕生日パーティで、いわゆる”実存的危機”を体験したとアイリッシュは言う。「部屋の中を見渡して、全員が私のスタッフだということに気づいた。その時に初めて、『本当に、友達ひとりもいないんだ。私の周りには、上下関係なしに私を見てくれる人がひとりもいない。みんなが私のことを恐れているんだ』と思った。ビートルズの「With a Little Help From My Friends」やリリー・アレンの「Smile」といった友情がテーマの楽曲にまったく共感できなかった。それどころか、聞くたびに吐き気を覚えた。
ちょうどこの頃にゾーイ・クラヴィッツから頻繁に遊びに誘われたが、アイリッシュは徹底してその誘いを断った。そして、ある日突然、クラヴィッツから電話がかかってきた。「『なんで一緒に遊んでくれないの?』って訊かれて、『だって、一緒に遊んだら、私がどういう人間か知られてしまうから。私は、あなたが思うようなかっこいい人間じゃない。それに、嫌われたくないし』と答えた。ビリー・アイリッシュという普通じゃない存在であることにこだわりすぎていた。でも、いまはそんな考えは捨てて、いろんな人と出かけてる。私がどういう人間かを知られても、気にしなくなった」
「私はビリーと同じ射手座ですから、その気持ちはよくわかります。自分自身、そういうところがありますから」とクラヴィッツは言う。「詳しいことは覚えていませんが、そんなことはどうでもいいから、さっさと乗り越えなさい、と彼女に言ったような気がします。それ以来、彼女とは大の仲良しです。知れば知るほど彼女のことを嫌いになるどころか、ますます好きになりました」
普通の生活を送る、というアイリッシュの試みの中でも、とりわけ目を引く出来事があった。メキシコ料理のファストフードチェーン「チポトレ」にふらりと入り、従業員ふたりと自撮り写真を撮ってSNSに投稿したのだ。「かわいくない?」とアイリッシュは言った。「店に入った瞬間、『どうしてあなたがここにいるの?』ってみんなにびっくりされた。だから『入りたかったから。お腹も空いたし』って答えると、『何でも好きなものが食べられるじゃない? 世界一の料理だって食べられるのに。専属シェフはいないの?』って訊かれた。だから『いないよ。そんなセレブじゃないし。それにチポトレってマジで楽しい』って答えたんだ」
セレブらしくないことは、アイリッシュにとって重要なことである。彼女ほどの成功者であれば、専属シェフがついているのは当たり前、と思われるのが大嫌いなのだ。「グリルドチーズサンドイッチくらいなら、自分でも作れるし」とアイリッシュは冗談を飛ばした。ポルシェのEVモデルを持っているが、運転手はいない。バカンスにもあまり行かないので、プライベートジェットも持っていない。そんな彼女が持っている唯一のセレブらしいものは何か? と尋ねると、しばらく考えてから「私が持っている、唯一のセレブらしいものは……えーっと……お金かな」と言ってニヤリと笑った。
アイリッシュはアクティブな人間だ。ワークアウトも好きだし——時には何かに取り憑かれたかのように運動することもある——ここ最近はダンスも再開した。13歳で腰を傷めるまでは、ダンスが主な自己表現方法だったのだ。
アイリッシュが語る、セルフプレジャーの重要性
何をしている時にリラックスできるか?と質問すると、「セックス」という答えが返ってきた。「基本的には、機会があればいつでもセックスのことを話してる。お気に入りの話題なんだ。私は、ひとりの女性として世間からものすごく変な目で見られてきた。女性が自分のセクシュアリティを心地よいと感じ、それを発信するたびに、世間は居心地の悪さを感じるみたい。そんなことについて話すもんじゃない、っていう認識は変えるべきだと思う。やっぱり、いちばんのリラックス方法はセックスだと思う。言葉にするだけでも、救われる気がする。正直なところ、これ以上のリラックス方法は見当たらない」
さらにアイリッシュは、同じく女性にとってタブーとなっているマスターベーションについても言いたいことがあるそうだ。自分を満たすことでもっと自信が持てるようになった、とアイリッシュは明かした。「こんなこと知りたくないって言われるかも知れないけど、セルフプレジャーは私の生活の重要な一部であり、私にとってすごく大切なこと。いい加減、世間も受け入れるべきだと思う。自分の身体のことでいままで散々悩まされ続けてきた人間として、セルフプレジャーの重要性を改めて強調したいと思う」
鏡の前でそうした行為に及ぶのが好きだ、ともアイリッシュは言った。「ひとつは、興奮するから。もうひとつは、自分の身体とリアルなつながりを感じられるから。昔はそうは思わなかったけど、いまは自分の身体が好き。あと、鏡を見ながら『私、イケてる』って思いながらやるのもおすすめ。自分がいちばん良く見えるシチュエーションを自分で作り出せるのも魅力だと思う。照明を落として暗くしたり、興奮するような服装や体勢を選んだりするのもいい。自分を見ながら自分を満たすことは、自分を愛して受け入れるだけじゃなく、心地よさとエンパワーメントを感じるうえで何よりも重要だってことに気づいた」
ようやく話したかったことを話せてほっとしたのか、アイリッシュは深く息を吐き、ソファに沈み込んだ。そして「マスターベーションの博士号を取るべきだった」と呟いた。
私たちは、時間をかけてアイリッシュにとっての再出発と『HIT ME HARD AND SOFT』のプロモーション方法について話し合った。そのいっぽうでアイリッシュは、自身のメンタルヘルスやプライバシー、ウェルビーイングを優先させてきたことを語ってくれた。これらをすべて頭に入れたうえで、アイリッシュはジャーナリストの前で本作のテーマ——とりわけ「LUNCH」のような性的なテーマ——について語る心の準備ができているのだろうか?と私は自問した。「『LUNCH』のおかげで、私はなりたかったリアルな自分になることができた」とアイリッシュは言った。「歌詞の一部は、実際に女性と事に及ぶ前に書いたもので、残りは事後に書いたもの。私は、昔から女性が好きだったけど、昨年ようやく、自分は女性器に顔を埋めたいんだってことに気づいた。でも、自分のセクシュアリティについて語るつもりは一切なかったし、ずっと黙っているつもりだったから、ああいう形でカミングアウトしてしまった自分がなんかムカつく」
アイリッシュは、昨年の秋に行われたヴァラエティ誌のインタビューのことを言っているのだ。そこで彼女は「肉体的に女性に惹かれる」と発言し、世界中を驚かせた。その翌月にはロサンゼルスで開催されたヴァラエティ誌のイベント、ヒットメーカーズブランチに出席し、レッドカーペットでレポーターから「意図してカミングアウトしたのか?」と質問され、「そうじゃない。(私がクィアであることは)明らかじゃない?と思ったから」と答えた。その後、アイリッシュは「賞をありがとう。あと、午前11時にレッドカーペットの上でアウティング(訳注:本人の同意を得ずにセクシュアリティを公表すること)してくれたことに感謝。他にも大切な話題があったのにね。私は男性も好きだし、女性も好き。でも、こんなのはどうでもいいこと。だから放っておいてほしい」とSNSに投稿し、同誌を批判した。
あの投稿は過剰反応だった、とアイリッシュは振り返りながら認めた。そのいっぽうで、次のように反論した。「もう、マジでどうでもよくない? ある日突然、誰かが私のセクシュアリティを勝手に決めたのに、私はどうすることもできず、何も言い返せなかった。誰かにひとつのセクシュアリティを無理やり押し付けるなんてあってはならないことだと思うし、最大限の配慮が必要だと思う。私は40代、50代、60代になっても自分のセクシュアリティを受け入れ、それを心地よいと感じられない人をたくさん知っている。自分のセクシュアリティを知ることは時間がかかる。だから、ネットによって無理やり型にはめられるのは本当に不公平だと思う」
世界中を駆け巡った例のレッドカーペット発言については、ファンやネットユーザーに面白いと思ってもらえるような答えを捻り出したつもりだ、とも言った。「インタビューモードのビリー・アイリッシュを発動したの。『マジでどうでもいいし。好きなように言えばいいじゃん。ってか、明らかじゃない?』ってね。でも、後になって『ちょっと待って。私はカミングアウトしちゃたわけ?』って思った」
だが、アイリッシュはそれよりも大きな教訓を得たと言う。「何年も前から世間が私のセクシュアリティを気にしていたことは知っている。でも、私はいまになってそれを自覚しようとしている」とアイリッシュは言った。「正直に言うと、あの時は世間が言っていたことをそのまま繰り返しただけだから、おかしいよね」。さらには、感じの良いジャーナリストだったので、失礼な対応をしたくなかったとも言い添えた。その結果、こうしたかたちで利用されてしまったのだが。「マジで、あの時は喘息で死ぬかと思った。苦しくて、息もできなかった」
過去に戻ってやり直せるなら、あの時の質問には答えなかった、とアイリッシュは言った。だが、これよりも悪い結果が待っていたかもしれないこともわかっている。「あんなことを言っても特に大きなダメージをくらわない時代に生まれてラッキーだった。多くの人は、もっとつらいことを経験しただろうに」
「ロールモデルになりたいと思ったことは一度もない」
インタビューの2日後、アイリッシュから電話がかかってきた。ロサンゼルスをドライブしながら、私に余計なことまでしゃべってしまったのでは、という不安に襲われたのだ。その時、私は義理の母と一緒にニューヨークの百貨店のハンドバッグ売り場にいて、そのことを伝えると、電話の向こうから安心したような笑い声が聞こえてきた。私たちは、翌週また会う約束をした。
Photo and Directed by Aidan Zamiri
ロサンゼルスに戻ると、先日とは別のスタジオでアイリッシュが私を迎えてくれた。一般的なレコーディングスタジオで仕事をすることはないが、遊び場として気に入っているそうだ。エナジードリンクのロゴが入ったオーバーサイズの黒いTシャツ(ニューヨーク出身の新進気鋭のデザイナー、ウィリー・チャヴァリアのものらしい)を着ている。青い照明に照らされたコントロールルームへと私を案内し、私たちはソファの両端に腰を下ろした。
またインタビューしてくれてありがとう、と私に礼を言うと、「私の人生をさらけ出しすぎた」と口を開いた。「強迫観念みたいなものなんだよね。何かのことを話すたびに、ひとつひとつの小さなディテールまで話さないと気が済まない。駆け出しの頃はそうだった。誰彼構わずに、思っていることを全部話した」
アイリッシュは、このインタビューがセラピーのような効果をもたらしたと言った。『バービー』とは無関係のインタビューに応じたのは一年ぶりで、ずっと取り組んできたニューアルバムについて語る準備も万端だった。同時に、自分自身のことと音楽について考え直す機会にもなったと言う。そしていま、すべてをさらけ出す覚悟もできた。
「ヘトヘトに疲れ切ったおかげで、こう思えるようになった気がする」とアイリッシュは言った。「世間のせいで、自分が口にするすべてのことに過剰に不安になるようになってしまった。発言するたびに文脈とはまったく切り離された言葉が見出しを飾るのはものすごく疲れるし、常に被害妄想に取り憑かれてしまう」
アイリッシュは、いくつかのことを明確にしておきたいと思っている。その中でももっとも重要なのが、メンタルヘルスのスポークスパーソンになる気はさらさらない、ということだ。「私は、メンタルヘルスの問題を抱えている最中なの。そんな人にスポークスパーソンになれなんて、変な話じゃない? 重要性はわかっているし、多くの人が苦しんでいて、声をあげる必要があることもわかっている。でも、うつ病のロールモデルにはぜったいになりたくない。私がみんなに嫌がられるようなバカなことをしたら、いったいどうするつもり?」
何らかの方法で誰かにインスピレーションを与えられる存在になるとしたら、環境に関するコミットメントがそうだと語る。これまでにアイリッシュは、公の場で気候危機に反対し、ツアー中もサステナビリティを推奨し、母親が運営する非営利団体Support + Feed(プラントベースの食料システムを通じて気候変動と食料不安に立ち向かうことを目的に掲げている)とも提携してきた。「ロールモデルになりたいと思ったことは一度もない。なるとしたら、環境保護やよりコンシャスな生き方、CO2排出量、アニマルハズバンドリー(訳注:肉、ミルク、卵などの生産物を得るために飼育される動物に関わる農業の分野)といったテーマくらいかな」
アイリッシュは、新しい自分を知ってもらうためにいくつかのことを変えようとしている。「このアルバムは、私からみんなに共有するものとして、再出発のようなものだと思う」と彼女は言う。彼女の意思を尊重し、ここではビリー・アイリッシュという人物を改めて紹介させてほしい。学校に通わずに自宅で勉強をする17歳のスーパースターはいまでは22歳になり、彼女の2倍は生きている人よりも高い自己認識力を持っている。そんな彼女は今後も成長を遂げ、ひとつの型にはめられずに自分自身が何者であるかを知りたいと願っている。イメージキャラクターでもなければ、TEDスピーカーでもない。では、ビリー・アイリッシュとはいったい何者なのか? アイリッシュは、きわめてシンプルな言葉でまとめてくれた「私は、ただの女の子」。そこには、普通の人として受け入れられたいという切実な願いが込められていた。
『HIT ME HARD AND SOFT』
Billie Eilish
https://billieeilish.lnk.to/HITMEHARDANDSOFT
PRODUCTION CREDITS
Photography Direction by EMMA REEVES. Video Direction by KIMBERLY ALEAH. Styling by SPENCER SINGER. Produced by OBJECT & ANIMAL. EMI STEWART and ALEX BRINKMAN, Executive Producers; REESE LAYTON, Creative Producer; JAMI ARCEO and EVAN THICKE, Video Cover Producers. Video Cover DP: BEN MULLEN Video Cover 1st Assistant Camera: BRADLEY WILDER. Video Cover 2nd Assistant Camera: CHASTIN NOBLETT. Video Cover Editor: NEAL FARMER. Tailored by ANNA TELCS. Hair by BENJAMIN MOHAPI for BENJAMIN SALON. Makeup by EMILY CHENG at THE WALL GROUP. Manicure by ERIN MOFFAT at ART DEPARTMENT. Production Designer: GRACE SURNOW. Leadman: KEVIN LOPEZ. Stunt Coordinator: SARA BEKO. Stunt Utility: NATHAN KAYN. Eco Set Representative: MAYA EL-HAGE. Set Medic: JOSE TONY BAUTISTA. Object & Animal Production assistance: DANIELLE DARLING, BEN NAKHUDA, IZZY STRAUSS and ISAAC FRIEDENBERG. Digital Technician: CALEB SHANE. Photographic assistance: ANDRES CASTILLO and SAÚL BARRERA. Styling assistance: JEMMA FONG and RAY BRAUNGART. Set Dressers: EVELYN JIMENEZ; LEO JOHNSON and T. MARSH.for for
from Rolling Stone US
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