思考の種を蒔き、偏見を打ち破る UKジャズ重要人物キャシー・キノシの音楽論
Rolling Stone Japan / 2024年6月27日 17時55分
サックス奏者のキャシー・キノシ(Cassie Kinoshi)は現在のロンドンにおけるジャズシーンを体現するミュージシャンのひとりだ。カリブやアフリカにルーツを持ち、教育団体Tomorrows Warriorsで音楽を学び、その後、トリニティ・ラバン大学に進学。ヌバイア・ガルシアやジョー・アーモン・ジョーンズ、シーラ・モーリス・グレイらと活動を共にしながら、ロンドンのシーンで存在感を示してきた。
Tomorrows Warriorsの女性ミュージシャンのサポート・プログラムから生まれたネリヤ、シーラ・モーリス・グレイ率いるアフロビート・バンドのココロコといったグループでのキャシー・キノシの貢献度は計り知れない。なぜなら彼女はロンドンのシーンで活動する多くのミュージシャンとは異なる感性の作曲家だったからだ。例えば、ネリヤに提供した「EU (Emotionally Unavailable)」を聴けば、彼女の楽曲はいわゆるUKジャズの範疇では捉えきれないものだとわかるだろう。
その自身の作曲家としての在り方を全面で表現していたのがSEED Ensembleもしくはseed.という名義のプロジェクトだった。SEED Ensemble名義でのデビュー作『Driftglass』(2019年)ではハイブリッドなサウンドを10人編成のアンサンブルで表現し、その年のマーキュリー・プライズにもノミネートされた。
前作はJazz re:freshedからのリリースだったが、その後、マカヤ・マクレイヴンやジェフ・パーカーも所属するシカゴのInternational Anthemへと移籍。そして今年リリースしたのがCassie Kinoshi's seed.名義での『gratitude』だ。エレクトロニクスやストリングスを導入し、前作とは大きく異なるサウンドを提示しているが、それは新たなチャレンジというよりは、むしろ彼女が本領を発揮した作品なのではないかと僕は感じていた。
先日、日本に旅行に来ていたInternational Anthemのマーケティング担当アレハンドロに「今度、キャシー・キノシの新作出すんですよね? 僕はそのうち、彼女のインタビューしたいと思っている」と伝えたら、「じゃ、今回やればいいんじゃない?」ということで彼に繋いでもらって実現したのがこのインタビューだ。キャシーの話にはUKジャズ云々というよりも、現在世界中のジャズ作曲家たちが考えているもっと大きな範囲にまたがるトピックが含まれていた。僕はそこにUKジャズの成熟を感じている。
2019年、マーキュリー・プライズ授賞式でのパフォーマンス
―10代の頃によく聴いた音楽を教えてください。
キャシー:色々聴いていた。アメリカのジャズ、西アフリカ……特にナイジェリアのアフロ・ビート、あとは父が西欧のクラシック音楽がとても好きだったので、私も自然と聴いて育ったという感じ。大学に入って、エレクトロニック・ミュージックやインストゥルメンタル・ミュージックを聴くようになり、いわゆる現代音楽や実験的なサウンドにも興味を持った。
―エレクトロニック・ミュージックは例えば誰とか?
キャシー:大学に入る前からも少し聴き始めてて……Loscilとか、Max de Wardenerもとても好き。フライング・ロータスも大きいわね。 日本のリョージ・イケダも。
―現代音楽では?
キャシー:大学の作曲の授業で出会った(カイヤ・)サーリアホとか……20世紀のバルトークとかもよく聴いたし。クラシックとエレクトロニックを融合させたガブリエル・プロコフィエフとかも。
―Tomorrows Warriorsではどんな経験をしましたか?
キャシー:私はロンドン近郊の街の出身。ロンドンの学校に通うようになり、トランペット奏者マーク・カヴーマから「こういうセッションがあるからおいでよ」と誘われたことが、Tomorrow's Warriorsを知るきっかけ。加えて、1年生の時に住んでた家に住んでた人たちの多くが、同じ大学に通い、Warriorsにも顔を出してた。ジョー・アーモン・ジョーンズは私の部屋の上に住んでたし、ルーベン・ジェイムスも近所だったし、当然、シーラ・モーリス・グレイもね。シーラとヌバイア(・ガルシア)と私はTomorrows Warriorsを通じて、同じバンドをやることになったわけだから、Warriorsが私の成長過程に欠かせない役を果たしてくれたことは間違いないと思う。
ヌバイアの「Tiny Desk (Home) Concert」出演時、キャシーはバックボーカルで参加。鍵盤はジョー・アーモン・ジョーンズ
―トリニティ・ラバンではどんなことを学んだんですか?
キャシー:学んだのは作曲。トリニティはコンテンポラリー・アート・パフォーマンスの授業に力を入れている学校だった。あと、エレクトロニック・ミュージック。ジョン・ケージの研究にも熱心だった。私はジョン・ケージを通じて、ジュリアス・イーストマン(近年再評価が高まるクィアの黒人作曲家)などを知ることができた。先生の一人であるアンドリュー・ポピー(電子音楽やスポークンワーズを取り入れたイギリス人コンポーザー)には共感する部分が大きかった。オーケストレーションはアメリカ人作曲家のスティーヴン・モンタギューに師事したし、とても興味深い授業だった。
―ジュリアス・イーストマンのことを大学の授業で知ったということですか?
キャシー:ええ。私のとっていた授業はジョン・ケージの研究に熱心だった。そこで自分でリサーチをするうちに、同じような音楽的分類ということでジュリアス・イーストマンを知ったの。
―進んでる大学ですね! 特に研究したサックス奏者がいたら教えてください。
キャシー:ジャッキー・マクリーンからはすごく影響を受けた。他にもスティーヴ・リーマン、ケニー・ギャレット、ミゲル・ゼノン……アルトサックス奏者が特に好きだったというのもあるけれど、彼らが自分自身で作曲もするところが好きだった。ジャッキー・マクリーンはどんな曲で吹いていても、すぐに彼だとわかるサウンドだった点が好き。彼の教育に対する姿勢も好きだし。プレイヤーやパフォーマーが各自のサウンドを探し、音楽を通じて素直に自己を表現することを彼が促し、支援していることがインタビューなどを見てもわかるし、彼自身がそれを実践していた。トロンボーン奏者のグレイシャン・モンカー3世と作ったアルバム(『Evolution』)がとても好き。すごくクールな音楽だと思う。
―ジャッキー・マクリーンの教育に対する姿勢というのは、ブラック・コミュニティをサポートし、ブラックミュージック・ヒストリーを教えた……ということですよね。そこに感銘を受けたと。
キャシー:そう。私自身、ワークショップで教えたり、パフォーマンスをするのがとても好きなの。年下のアーティストたちのモチベーションをあげ、サポートすることが自分にとって、とても大切なことだと考えているから。
―2番目にスティーヴ・リーマンの名前が出たのは珍しいかと思うのですが、どんなところが好きですか?
キャシー:彼の場合も、聴けばすぐに彼のアルトだとわかるサウンドを持っているってところが好き。微分音を追求し、それを作品の中、サックスで見つけようとしている。フランスのオーケストラとのコラボレーションの新作(『Ex Machina』)は素晴らしかった。そこにはエレクトロニクスもあれば、ヒップホップ、ラップへの愛も感じられる。そういった様々なサウンドのミクスチャーもだけれど、同時にインプロヴァイザーとしてもすごい人だと思う。
―ジャズでいうと誰の曲を研究しましたか?
キャシー:デューク・エリントンの『Blues in Orbit』からの曲のハーモニーをトランスクライブして、ラージアンサンブルのホーンをどう用いたかを研究したりした。ギル・エヴァンスも。オーリン・エヴァンスも好き。あとはマリア・シュナイダーが大のお気に入り。彼女のやることは全て好き。本当に美しい音世界を作り出す人だと思う。
―具体的にマリア・シュナイダーのどんなところから影響を受けたんでしょうか?
キャシー:彼女が紡ぎ出す豊かで色彩豊かな音楽のタペストリーの上に、インプロヴァイザーは座って自由に演奏できる。たとえば『Concert in the Garden』でやったようにアコーディオンを入れてみたり、サウンドの追求もとても面白い。また、ビッグバンドを率いる女性の一人として、女性がラージアンサンブルを指揮し、作曲する姿を見るのはとても嬉しいし、すごく重要なことだと思ってる。2015年にロンドンで彼女と初めて会う機会があったのだけれど、若手アーティストの教育に実に前向きで、ラヴリーな人だった。私にとって、そこも重要なポイント。
―マリア・シュナイダーやギル・エヴァンスはフランスの近現代クラシックからの影響もある人たちで、ジャズとクラシックの融合という点で、あなたも関心があるのかな思いますが、どうですか?
キャシー:ええ、その通り。
―では、クラシック音楽のコンポーザーで特に研究したのはどのあたりですか?
キャシー:プロコフィエフが大好き……と言ってもガブリエル・プロコフィエフじゃなくて、オリジナル(セルゲイ・プロコフィエフ)の方(笑)。彼を含むロシアの作曲家の作品がとても好き。なので当然、ショスタコーヴィッチやストラヴィンスキーも。あと、タケミツ(武満徹)も大好きよ。クラシック・アンサンブルの作曲においては、旋律と美しい音のコンビネーションももちろん好きだけど、そこにぶつかり合うハーモニーがあるのが好きだから。タケミツはそれで有名だし、得意だと思うから。あとは……バルトークと……最近見つけた人で……デュティユー(アンリ・デュティユー:Henri Dutilleux)。
―プロコフィエフの名前が出ましたが、どういうところがお好きですか?
キャシー:彼の場合も、豊かな旋律とハーモニーのコンビネーション。そこに記憶に残るようなぶつかり合う印象的なハーモニーがある点。ロシアの音楽という枠の中で、彼はとても叙述的に物語を語るタイプだと思う。私はそこがとても好きなのだけど、当時彼の音楽はあまり好まれなかった。作品によっては攻めるものも多くて、自分の領域を押し広げていたの。新しいサウンドを試し、新しいことを試し、随所におもしろいリズムだけでなく、独自のフォークロアと呼べるものを織り交ぜていたことが聴くとわかる。そういうところが好きなんだと思う。同時に、ラヴェル、ドビュッシーといった、ただただ美しい色彩を持つフランスの作曲家たちも好き。
―プロコフィエフとかストラヴィンスキーって、ジャズ・ミュージシャンがシンパシーを感じる作曲家ですよね?
キャシー:そうだと思う。というか、彼らの作品にもジャズが取り入れられていると思う。特にストラヴィンスキーはクラシックにジャズを融合している。だからじゃないかな?
言葉のない音楽で思考の種を蒔く
―Seed Ensembleはどんな音楽性を目指したグループなのか聞かせてください。
キャシー:コミュニケートとコネクト……かな。あくまでも私の個人的なプロジェクト。自分の心の奥深いところにある考えや感情、政治的スタンスを表現し、観客やミュージシャン仲間と繋がり、共有するための場かな。
―「SEED Ensemble」と「Seed」という二つの表記を使い分けてきましたよね。
キャシー:改名して、今はただのseed.にしてる(全部小文字、最後にピリオドが正式)。「Ensemble」という言葉がフォーマルすぎるように、その時は思えたから。同時にseedと全部小文字にしたかった。そうすることで、バンドというより、私たちが共有したいメッセージがより重要なのだというのが伝わると思ったから。
―「seed」という言葉に何か意味を込めたのですか?
キャシー:ええ、このバンドにとって重要なことは、メッセージとコミュニケーション。意識の種を蒔いて、それが成長し、花が咲き、別の何かになるという考えがいいなと思った。つまりは、思考の種を蒔く……人々の心に色々な考えの種を蒔くということ。
―あなた自身の深い部分と観客たちとのコミュニケーションを、どうやって実現しよう取り組んでいますか?
キャシー:作品のテーマによっても違ってくるかな。たとえば、最初の作品『Driftglass』では、私が感じるイギリスの政治状況についての考えがたくさん詰まっていた。聴いた人が共感してくれるかどうかは別として、私自身が感じたことを人々と共有しようとした。それに比べて『gratitude』は、個人的な作品ではあるという点では一緒だけど少し違う。私の精神状態やメンタルヘルスについて知ってもらい、それを共有することで、聴いてくれた人が自分なりに共感し、メッセージを受け取ってくれたらいいなと思っている。
―デビュー作『Driftglass』の音楽面でのコンセプトは?
キャシー:SFやアフロフューチャリズム的なもの。つまり、新しい未来の形を想像すること。例えばサミュエル・R・ディレイニーとかオクテイヴィア・バトラーが描く世界のような、単なるアフリカ的なものだけでなく、ディアスポラや他の文化のブラックネスも含んだもの。イギリス文化の中には、私たちがより団結したコミュニティであるための弊害となることがあることを、人々にもっと知ってもらい、風穴を開けたい。そして新しい未来を想像し、そこに到達するためにどんな手段をとればいいのかを想像する、というのもコンセプト。
―『Driftglass』の政治的なコンセプトを言葉ではなく、音楽のどんな要素を使って表現しようとしたのでしょう?
キャシー:つまりは、音を通して感情を解釈すること。それで意味が通じるのであれば……前にもある人と話したことがあるのだけど、音というのはとても個人的なもので、その人が育った文化によって異なるもの。文化が違えば意味するものも違ってくる。たとえば「W A K E (for Grenfell)」という曲でぶつかり合うハーモニーを多く用いたのは、あの出来事(※)に対して私が感じた怒りや心の傷を表現するため。あえて過剰なくらい、大げさな大音量の演奏を用いたのはそういうことだったの。なので、曲によって色々違ってくると思う。
※2017年6月にロンドン、ノース・ケンジントンの公営住宅で72人が死亡する火災(管理不備から起きた人災だと言われた)のこと
―最新作『gratitude』のコンセプトについても聞かせてください。
キャシー:ヨーロッパのクラシック音楽と、エレクトロニクス、ジャズ、即興音楽を融合させるというのがコンセプトだった。どれも私が作曲する上で大好きな世界。それらすべてを一つにして提示することが、作曲家としての私が取るべき次のステップであり、次のレベルなのだと思っている。
―管楽器だけでなく、弦楽器を効果的に使ったサウンドが印象的です。
キャシー:一つ気をつけたことがあって、私はオーケストラや弦楽四重奏のために作曲することが大好きなのだけど、それらをジャズを融合する上で、何も考えず、ただストリングスを上に貼り付けるようなことはしたくなかった。アンサンブルが作り出す音世界の中心にストリングスがあるような、そういうものにしたかったから。
―管楽器と弦楽器の響きと、エレクトリックギターのエフェクトやターンテーブルが自然に溶け合ったサウンドが素晴らしいですが、どんなことを意図しましたか?
キャシー:生楽器とターンテーブルの差がほとんどわからなくなるくらいに、幽玄で、まるで生演奏と呼べるほどのエレクトロニックなサウンドを作りあげようとした。それらが融合することで、実際にはシンセサイザーを使っていないのに、生演奏のシンセのようなサウンドが生まれた。ターンテーブラーのNikNakはロンドン・コンテンポラリー・オーケストラと録音したものをターンテーブルでかけながら、実際の生楽器とブレンドする、というようなことをしている。
―今回のアルバムって、オーケストラとエレクトロニックなもののミックスや録音にすごくこだわったんじゃないのですか?
キャシー:実は驚くことにそうでもなかった!(笑)とっても短いレコーディングだった。1日とかそんなもの。使ったのも手持ちの機材だけ。録ったものをNikNakが持ち帰り、サンプリングし、信じられないようなマニピュレーションを施してくれた。だからあっという間だった。
Cassie Kinoshi's seed.(Photos by Keziah Quarcoo and Daragh, collage by GURIBOSH)
―先ほど最新作はメンタルヘルス、セルフケアといったことがテーマにあると仰ってましたよね。そういった複雑な感情を表現するための抽象的な色合いや質感のサウンドを作るために、どんなことを意識したのでしょう?
キャシー:今回、1曲を除いて、曲にタイトルをつけなかったのもそれが理由。つまり、アルバムを通じてメンタルヘルスという包括的なコンセプトがあることを、聴いた人は誰もが理解するわけよね? でも同時に、リスナー自身の個人的なメンタルヘルス体験と結びつけて、自分なりの解釈を加えられるように、曖昧性を保っておきたかった。作曲をしていた間、私にはいろんなことが起きていて、とてもつらい精神状態だった。だから曲を書くことが私にとっても大きなカタルシスだったし、自分にとっての喜びをもたらすものを見つけ、自分自身と再び繋がり、自分を取り戻すことができた。(作曲は)まさに癒しのプロセス。そうやって書けたのが今回のアルバムだった。でも、私が感じていること以上に、誰もがその音の世界に身を置いて必要なものを受け取れるような、そんな余白を残すことを心がけた。
―メンタルヘルスというテーマだと、ヒーリング系の心地よさを追求するケースもありますが、あなたは自分の内面を告白し、複雑な感情を表現するようなサウンドを作りあげている。しかも、前作では言葉が多用されていたけど、今回は内省的なものを言葉を使わずに表現している。
キャシー:言葉を用いない音楽で人と繋がれることに、私はすごく興味がある。それは私にとって最も大きな興味の一つだと言っていいと思う。
―イントゥルメンタルの音楽ができることの可能性を信じている、ということですか?
キャシー:その通り。言葉がないことで、他人の解釈だけではない、聴く人それぞれの内面を音楽に投影することができるようになると思う。より個人的な方法で人と音楽が繋がるための余白が残される、ということ。
ルーツと向き合いながら偏見を打ち破る
―実は気になっていたことがあって。他のインタビューではサミュエル・コールリッジ・テイラーについて言及していましたよね。彼のどんなところに惹かれますか?
キャシー:アフリカのルーツとヨーロッパのクラシック音楽をブレンドをしている点。それに彼は唯一と呼べるほどの、イギリス人ブラック・コンポーザーの手本の一人。だから自分と似た見た目の、似たバックグラウンドを持ち、ヨーロッパのクラシック音楽の世界で仕事をしているがいること、それが政治的に何を意味するのか……作曲を学ぶ人間として、私にとって重要なことだったから。
―サミュエル・コールリッジ・テイラーって、イギリスでは一般的に知られているのでしょうか?
キャシー:いいえ。だからこそ、私にとっては彼が重要。知られるようになったのはごく最近。彼の作品を支持するミュージシャンたちが増えてきたおかげだと思う。
―アフリカ系アメリカ人だとウィリアム・グラント・スティル、フローレンス・プライスのようなクラシック音楽の作曲家もいます。彼らにも関心がありますか?
キャシー:ええ。特にフローレンス・プライスには興味がある。でも、サミュエル・コールリッジ・テイラーは私の同じイギリス人だったので、ルーツの観点からより関心があった。それでもアフリカ系アメリカ人の作曲家たちも、クラフトという意味ではとても重要だった。
―フローレンス・プライスはアメリカ出身者で初のアフリカ系女性の作曲家ですよね。どんなところに興味があるのですか?
キャシー:いかに彼女の音楽が見過ごされてきたか、という点。人種を理由にこれまでずっと軽視されてきて、つい最近まで私たちは彼女のことを知らなかった。だから今ようやく彼女が支持され、それに値する評価を受けていることは、とても興味深い。でも私自身、まだ彼女の音楽について知らないことが多いから。
―僕はアフリカ系のクラシック作曲家がいるというイメージをずっと持っていませんでした。クラシックなら白人、ジャズはアフリカ系という偏見を持っていたんだと思います。でも色々と調べていくなかで、今お話してもらった作曲家たちの存在を知ったんです。そこから彼らのことを調べるようになり、メトロポリタン・オペラで(黒人作曲家である)テレンス・ブランチャードのオペラが上演されることを知りました。『gratitude』を聴いて、あなたは世の中にあるそういったイメージ、レッテル、既成概念と戦っていたり、打ち破ろうとしてきたのかもしれないと思ったのですが、いかがですか?
キャシー:素晴らしい質問! ええ、その通り。あなたが言った通り、偏見というのは今もあるわけで、特定の人は特定の音楽のジャンル(箱)の中に入れられている。実際には、世界ではあらゆる物が融合し、異なる音世界を探求してる人たちが大勢いるのだとしてもね。だって、ウィントン・マルサリスでさえ、彼はクラシック音楽を演奏するわけでしょう? 最近もウィントンは新しいヴァイオリン協奏曲を書いた。そうやって常にあらゆる異なる音楽の間のクロスオーバーは行われてきた。そして私も間違いなく、そういった偏見を何度も経験してきた。でも誰だって、自分が楽しめるのならどんな音楽を書いてもいいし、世界中の様々な音の世界と共鳴していいはず。そのことを私は示したいと思ってる。
Photo by Aurore Fouchez
―以前、あるアーティストにインタビューした時、「世界中の人がアフリカのことをロマンチックに語りすぎる。でもアフリカ人も日本人のことをロマンチックに語るから、みんなそうなんだよね」という話をしていたのが記憶に残ってるんです。あなたはアフリカにルーツを持つイギリス人です。周りからアフリカ/カリブ系イギリス人のイメージに沿った音楽をやることを期待されたかもしれない中で、すごく自由にイメージやレッテルやジャンルを乗り越えてやっているように思えます。
キャシー:ええ、間違いなくそういった先入観は存在する。私のルーツはカリブとアフリカにある。だからヘリテージということであれば、その両方の地域を受け継いでいることになる。そうすると、そういうバックグラウンドを持つ人間特有の曲の書き方、交わり合い方、音楽の使い方はこういうものだと勝手に期待されてしまうことがある。でも私が曲を書く時にやりたいことは……もちろん、カリビアンのリズムとか西アフリカのリズムといった私自身の伝統も所々にフィーチャーするけど、それだけでなく、それ以外の自分が興味を持つ音楽にもこちらから飛び込んで行って、取り入れている。それは一人のアーティストとして、他人の期待に応える音楽を作るのではなく、本当に自分が作りたい音楽をオーセンティックに作ることで、自分自身を確かめたいから、でもあると思ってる。
キャシー・キノシズ・シード
『gratitude』
再生・購入:https://international-anthem.lnk.to/gratitude
日本盤詳細:https://www.ringstokyo.com/cassie-kinoshis-seed-gratitude/
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