girl in redが語るポジティブな新境地とフジロック「日本は最高にクールな国」
Rolling Stone Japan / 2024年7月24日 19時5分
みごとソールドアウトになった初来日公演から1年半、ノルウェー人シンガー・ソングライターのガール・イン・レッドことマリー・ウルヴェンが、フジロックにやって来る。その1年半の間に2作目『I'M DOING IT AGAIN BABY!』を完成させ、敬愛するテイラー・スウィフトの「The Eras Tour」の北米6公演で前座を務めて、自らもキャリア最大規模のツアーを始めた彼女に、自分の心の脆さを赤裸々に綴った傑作1st『if i could make it go quiet』(2021年)のそれとは一線を画す、現在のモードについて訊いた。
ハピネスを受け入れるまでの葛藤
―新作『I'M DOING IT AGAIN BABY!』が4月にリリースされてから数カ月が経ちました。ファンやメディアの反応やライブで得た手応えを踏まえて、この作品について改めてどんな風に感じていますか?
マリー:やっぱりこうして少し時間が経って、その間にアルバムが世に出て独自の命を得て、成長しているようなところがあると思う。みんながここに収められている曲を知ってくれて、愛してくれて、どんどん浸透していくのを目の当たりにするのはすごく楽しいし。それって私には想定外で、リリースしてみないと分からないことだから、特にライブでのみんなのリアクションを見ていて興味深かった点かな。
―ちなみに本誌は、昨年1月に来日した際にもインタビューをさせて頂いたんですが……。
マリー:そうだよね! 覚えてる。東京公演の会場のバックステージで会ったんだったっけ?
―そうです。その時にアルバムの進捗について訊いたら、「今の私は奇妙な宙ぶらりんの状態にあって、何を書いていいのか分からなくなっている」とあなたは言っていました。少々行き詰まっているように見えたんですが、その後何が起きたんでしょう?
マリー:確かに私はライターズ・ブロックに悩まされていて、結構長い間そういう状態が続いたんだけど、最終的には、当時の自分のポジティブな気分から生まれるエネルギーをうまく活かすことができた。そしてそこから導き出したのが、タイトルでもある”I'M DOING IT AGAIN BABY!(もう一回やるよ、ベイビー!)”というコンセプト。要するに、自分が世界の頂点に立っているように感じていて、自己肯定感に満ち溢れているんだという想いが、込められているんだよね。こういうモードで行こうと納得したところから物事が順調に進むようになって、どんどん楽しいアイデアを思い付いて、ヴィジュアル面を含めてアルバムの周りに独自の世界を構築していった。そうやってライターズ・ブロックを克服したわけ。つまり私自身が、「そうか、今回は悲しいアルバムにはならないんだな、アップビートで楽しいアルバムになるんだな」と認めることが重要だった。とは言いつつも、今ツアーでソルトレイク・シティにいて、空き時間に新曲を作っているんだけど、ここにきてまた悲しい曲が出来てしまって(笑)。本当にその時々で違うし、どんな曲が生まれるか分からないんだよね。だから何が面白いかって、アルバムのリリースから1カ月以上経って、すでに新しいアイデアが続々湧き出ていて、次に言いたいことが色々あって、音楽を作っていて楽しいのはやっぱりそういう部分なんだよね。とにかく作り続けて、上を目指していくっていう。
―なるほど。やっぱり”サッド・ガール”的なイメージがあるあなたの場合、楽しいとか気分がいいとか、ハッピーな内容の曲を受け入れるまでに少し時間を要したんですね。
マリー:その通り。最初は葛藤があった。何しろ私が曲を発表するようになってからそれなりに時間が経っていて、その間に、ガール・イン・レッドの音楽は少し悲し気なものだという認識がある程度定着していたわけだから、ある種のメンタル・ブロックみたいなものがあったことは否定できない。「いやー、別に誰がどう思おうと関係ないから!」って強がることもできるけど、究極的には、自分が作った音楽を大勢の人に聴いてもらいたいじゃない? そのせいで、間違いなく自意識過剰になっていた。よりハッピーでアップビートなサウンドで、ラヴとか高揚感といったテーマを歌う作品を作ることを躊躇するというか。そんな葛藤と向き合いながら、私はずっと心理セラピーを受けていたんだけど、ある日セラピストにこう言われたの、「無防備であることは、悲しみを表現することだけを指すわけじゃない。ハピネスを表現することもまた、無防備さの表れなんです」と。その言葉が心にすごく強く響いて、考え方を切り替えることができた。「ハッピーでアップビートな曲を作るからって、自分の感情に寄り添っていないことを意味するわけじゃないんだ。むしろ、自分の感情に正直であるために、ハピネスを受け入れたらいいんだよね」と。
―それに1stの時とは違って、新作を心待ちにしているファンが大勢いたわけですから、そういう期待感もあなたが言う自意識過剰な状態に影響したのでは?
マリー:うんうん、新しい曲も気に入って欲しいと思うわけだから、間違いなく自意識に影響があった。ただ今は奇妙なことに、すごく解放感がある。「もう私はあれこれ気にしない、これからは自分がサイコーだと思うものだけを作るぞ!」っていう感じで、それを気に入ってくれる人がいるならクールなことだし、ようやく”2ndアルバムのプレッシャー”ってヤツが一掃されて、ものすごく気分がいいんだよね。
―「Im Back」に”The ups and downs and what-ifs / Its all a part of being alive.(アップとダウンと色んな仮定/全ては生きることの一部分)”と歌っている箇所があります。究極的に、ここが全体を総括しているんじゃないでしょうか?
マリー:まあね。そういうところもあるんだけど、私はそもそも、みんながやたら物事を”総括”したがることにちょっと違和感を覚えていて。世の中に、そんなにイージーに総括できることってあまり無いんじゃないかと思う。確かにこのアルバムは様々な異なる要素を包含していて、たくさんのアップとたくさんダウンとその間にあるものが網羅されているわけだから、総括するんだとしたら一番適したフレーズなのかもしれないけど。
「17歳の無敵感」を取り戻す
―コラボレーターは前作から引き続き、同じノルウェー人のマティアス・テレズ。彼の拠点であるベルゲンで、作詞作曲から演奏にプロデュースまで、マティアスとほぼふたりだけで行なっています。ほかのオプションは全く考えなかった?
マリー:うん。彼は私の親友だし、音楽的な意味で私をすごく理解してくれていて、自分にとって手足がもうワンセットあるような、そういう存在。と言いつつも、次のアルバムではお互いのために、もうひとりかふたりコラボレーターを加えてもいいかなって思ってる。もちろんマティアスと私は十分にお互いを高め合えるし、最初の2枚のアルバムは彼と全面的に組むことが正しかったと思うんだけど、今後はほかにも人がいたほうがプラスになりそうな気がしていて。
―スタジオでのマティアスとあなたの作業は、どんな雰囲気で進むんでしょう?
マリー:そうだな、すごく心地良くて、楽しくて、仲良しの友達がスタジオで最高の時間を過ごしているっていうノリ。でもそんなふたりでも、やっぱり行き詰まって仕事にならない日もあるから、人生においてあらゆるものがそうであるように、グッド・デイとバッド・デイがあるよね。ツアーも同じこと。最高のショウを披露できたかと思えば、ツアー・バスで寝られなくて、翌日は最悪なパフォーマンスになったりして。
―サウンド面に関しては、ふたりでどんな話をしたんですか?
マリー:マティアスは当初、私のヴィジョンを完全には理解していなかったと思う。自分で作ったデモを持っていったんだけど、その出来が悪くて(笑)。各曲のエッセンスはちゃんと含まれていたんだけど、あれらのデモからアルバム完成までの道のりは長かったな。だから結局のところ、私が「こういうサウンドにしたい」と伝えてそれに準じて作業を進めたというより、色んな表現を掘り下げて、納得が行くまで試してみたという感じ。私はいつも、曲に相応しいサウンドに行く着くまで粘り強く追及し続けるタイプで、「これくらいでいいんじゃない? 次にいこーか」みたいに、中途半端なもので満足することって絶対にない。全ての曲において完璧さを求めているから。
―基本的には、歌詞の題材や歌詞を通じて伝えたいフィーリングが、サウンドの色付けたと思っていいんでしょうか。
マリー:うんうん、まさにそのフィーリングがサウンドを決定付けたと言える。「この曲ってどういう感情を醸しているんだろう?」と問うことから始まって、言葉とメロディと楽器の響きをうまくひとつに束ねて、そのフィーリングを伝えようとしているってこと。
―フィナーレの「★★★★★(5 Stars)」がまたユニークな曲で、他と一線を画していますよね。アーティストであることの奇妙さを論じているところもあって。
マリー:まず、私は列車とかパスポートとか旅行にまつわる物事にすごく関心があって、「★★★★★(5 Stars)」はまさに、外国を旅している時に聴きたくなるような曲なんだよね。私が思うに、ウェス・アンダーソンの映画的なヴァイブがある。今後自分が目指している場所に向かって旅しているようなイメージで。と同時に、このアルバムを作りながら自分が色んな段階で感じていたことを振り返って、まとめているような感じもあるから、「いったいみんなどう反応するのかなあ」と逡巡していたり、「少しばかり自惚れてないとミュージシャンになんかなれないよね」と嗤っていたり、「自分が作っている作品に自信を持たなくちゃ」と言い聞かせていたり……。だから最近の私が執着していた物事と、アルバム制作中の心境を一緒に詰め込んだ曲で、アルバムにまつわる私の考え方を整理して箱にしまっているーーといったところかな。
―そしてあなたは、”Can I do it again?(だからもう一回やってもいい?)”と歌って幕を引きます。次のチャプターに目を向けて、ポジティブにアルバムを締め括っていますね。
マリー:そういうこと! ただ、このアルバムがコケちゃったら次はないかもしれないわけで、「もう1回挑戦するチャンスをもらえる?」って恐る恐る確認している自分もいる。「アルバムを作るのはめちゃくちゃ楽しかったら、またやりたい!」という気持ちと、「果たして私の中にまだ音楽は残っているのかな? もう1回できるのかな?」という不安と、同時に向き合っている曲なんだよね。こういう終わり方って笑えるんじゃないかなと思って(笑)。
―では、ちょっと難しいかもしれませんが、あなたが一番好きな歌詞、自分にとって特に意味深い歌詞をアルバムから選ぶことはできますか?
マリー:そうだな……「Too Much」の”So please / Dont say Im too much / That Im over the top / You dont understand me(だからお願い/私がトゥーマッチだと言わないで/大仰だとか/あなたは私を分かっていない)~”と始まる、サビの部分かもしれない。ここは私にとってすごく大切な箇所だから。あなたはどう? 印象に残ってる言葉はある?
―私はタイトルトラックの”Im loving this new self₋esteem / Like the one I had at seventeen / So unfazed by the world and it screams(新しく身に付いた自己肯定感が気に入ってる/17歳だった頃にあったような/当時の私は世界とその叫びに少しも動じることがなかった)”という箇所でしょうか。一抹のほろ苦さを伴っていて、広く共感を呼んでいると思います。
マリー:あー、そこは私も大好き! ほら、人間って20代になると……っていうか、20代だけじゃなくて30代でも40代でも50代でも同じなんだろうけど、人生に押しつぶされちゃって、もはや自分がクールだとは思えなくなるんだよね。私の家の近くに高校があるから、通りを歩いているとよく16、17歳くらいの子たちを見かけて、「うわ、あんたたち、なんでそんなにクールなの⁉ 私なんかもうお呼びじゃないなあ……」って打ちのめされちゃう(笑)。だからこそ最近の私は、若い頃の自分にあったプレイフルさだったり、「誰にどう思われようと構わない」っていう態度を積極的に取り戻そうとしていて、ライブでこの部分を歌っていると、すごく気持ちがいいんだよね。だからほんと、これも大好きな曲。
テイラー・スウィフトからの深い学び
―7月にはフジロック出演のために日本に帰って来てくれます。このフェスのことは知っていましたか?
マリー:うん、富士山の付近で開催されているアイコニックなフェスだと知っていたから、去年東京から大阪まで新幹線に乗った時に、窓から富士山の写真をバッチリ撮っておいた。っていうか、そもそも日本に行けたことは私の人生を変えたと言っていいくらいの重要な体験で、日本についてもっと知りたいし、できれば何カ月も滞在したいって思ってる。マジな話、私がこれまでに訪れた中で最高にクールな国だから、日本語が話せたらって思わずにいられないし、とにかく大好き!
―がっかりさせるようで申し訳ないんですが、会場は富士山麓ではないんです。初回は富士山麓で開催したんですが、豪雨に見舞われて安全性に問題があることが分かり、名前はそのままに会場が変わったんですよね。
マリー:そうなんだ! だったら仕方ないね。安全第一じゃないと(笑)。
―フェスでのオーディエンスは言うまでもなく、ファンばかりとは限らないわけですが、そういうオーディエンスを味方にする秘訣とは?
マリー:やっぱり、そこにいる人たちは自分のファンじゃないんだってことを、常に忘れないでおくのが重要なんだと思う。みんな私の音楽に興味がないかもしれないし、冗談ばっかり言うのはやめて、合間のお喋りも控えめにして、みんなに楽しい時間を過ごしてもらえるように最善を尽くすしかないのかな。
―昨年テイラー・スウィフトの「The Eras Tour」で前座を務めた際も、まさに同じ状況でしたよね。昨年のインタビューで、「人がまばらなスタジアムでプレイすることもあり得るわけで、過剰な期待をするのは良くない」と発言していました。結果的にはどんな体験になりました?
マリー:全然問題なかった!(笑)あの時も間違いなく、オーディエンスを自分の味方につける努力が必要だったし、前座が出演する時間から会場にいる人ってみんな、より熱狂的なテイラーのファンなんだから、まずは自分のエゴを捨てないと。「ここにいる人たちが私というアーティストを記憶に留めて、あとで私の音楽を聴いてもらうために、今この瞬間自分のベスト・パフォーマンスを見せるにはどうすればいいのか」ってことに集中するのが、メインアクトが誰だろうと、前座を務める時の正しいメンタリティだと思う。
―『I'M DOING IT AGAIN BABY!』に向かう気持ちに何らかの影響はありましたか?
マリー:あの時点でアルバムは仕上げ段階にあったから直接的な影響はなかったけど、今後どんな風に音楽活動を続けていくかという姿勢においては、間違いなく影響を受けた。以前にも増してテイラーの大ファンになったし、エモーショナルな面で深くインパクトを受けたから、この先私がやっていくだろうこと全てに、今回の体験が反映されるんじゃないかな。前座を務めていた間、私は毎晩彼女のパフォーマンスを観たんだけど、毎回非の打ち所がなくて……テイラーは東京にも行ったよね? あなたも観に行った?
―ええ。驚異的なショウでした。
マリー:ね、本当にすごかった。例えば30代の男性で、テイラーなんか好きじゃないけど、ガールフレンドが行くから付き添いで観に行くという人がいるとするじゃん。全くテイラーに興味が無くて、ガールフレンドを愛しているから仕方ないっていう。「The Eras Tour」ではそういう人が大勢いたと思うんだけど、みんな観終わった時には「うわー、最高だったね!」と言いながら会場をあとにしたはず。それくらいすごい内容で、おかしなことなんだけど、彼女は今の時代に数少ない、世界をひとつにつなぐことができる存在のひとつなんだよね(笑)。とにかく、それだけのことを成し遂げられるテイラーの労働倫理を間近で実感したし、しかも彼女はユーモアのセンスがあって、エンターテイニングで、コンサートは隅々まで考え抜かれていて、「The Eras Tour」は歴史上最高のショウだと私は思ってる。自分が活動していく上で、参考になることばかりだったな。
―最後に、5月に登場したトーキング・ヘッズのトリビュート・アルバム『Everyone's Getting Involved: A Tribute to Talking Heads' Stop Making Sense』について伺います。クィア女性であるあなたが「Girlfriend is Better」をカバーするのは納得のチョイスなんですが、謎めいた歌詞をどう解釈していますか? デヴィッド・バーンが浮気の反省を題材にしたという説もあるんですが……。
マリー:へえ、その説は初耳! 笑えるね! 私自身は以前からずっと、不条理そのものをテーマにした曲だと捉えていて、歌詞はまさに不条理極まりなくて理解不能だし、そういう意味でデヴィッドが”Stop making sense!(無意味でいいんだ!)”と促しているところが大好き。不条理というコンセプトは多くの人の心に響き得るんだと、訴えているように思う。私はこの曲にポップなエッジと構造を与えようと意識しながらカバーしたんだけど、仕上がりはすごく気に入っているし、実際ポジティブなリアクションが返ってきていて、ホッとした。トーキング・ヘッズと彼らのファンベースに嫌われたくはないから(笑)。
ガール・イン・レッド
『IM DOING IT AGAIN BABY!』
発売中
再生・購入:https://GirlInRedJP.lnk.to/imdoingitagainbabyRS
FUJI ROCK FESTIVAL 24
2024年7月26日(金)27日(土)28日(日)新潟県 湯沢町 苗場スキー場
ガール・イン・レッドは7月27日(土)出演
公式サイト:https://www.fujirockfestival.com/
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