藤井 風やyamaも出演、『tiny desk concerts JAPAN』知られざる番組誕生秘話
Rolling Stone Japan / 2024年7月29日 11時0分
アメリカの公共ラジオ局NPR(National Public Radio)よりライセンス供与を受け、NHKの制作で『tiny desk concerts JAPAN』が今年春より放送開始。初回ゲストに藤井 風を迎えて注目を集めると、5月よりNHKの国際放送「NHK WORLD JAPAN」でレギュラー放送がスタート。KIRINJI、君島大空に続いて、7月29日放送の第4回にはyamaが登場する。人気音楽コンテンツの日本版が立ち上げられた経緯とは? 東京・渋谷のNHKオフィスでyama出演回の収録現場を見学させてもらったあと、チーフ・プロデューサーの柴﨑哲也さんが取材に応じてくれた。
収録現場で体感した「ありのままの音」
7月某日の午後。NHK広報局の方に案内されたのは、同局エンターテインメント番組のスタッフルームの一角だった。マイクや楽器が設置されたスペースを囲むようにセッティングされた小型のカメラを、技術スタッフが入念にチェックする。赤い棚には音楽雑誌やレコード、ビデオ、「どーもくん」などNHKキャラクターの小物が飾られ、L字型に並んだ机のうえには、けん玉やNPRのロゴ入りマグカップと共に、トイピアノや鉄琴、MPCが置かれている。
オフィスの片隅を使っての収録は『tiny desk』のお約束だが、デスクとの距離は想像よりも遥かに近い。カメラの画角を少し外れると、職員が机に向かって業務に取り組む、一般企業と同じような光景が広がっている。
見学に集まったNHKのスタッフに向けて、「生声なので近くで観てください」と呼びかける声。まもなくyamaとバンドメンバーが音合わせを始めると、生々しい楽器の鳴りに周囲がざわめく。PAは一切用いず、アンプの出音も最小限。ドラマーの吉田雄介は音をミュートするため、スネアに布をかぶせている。録音の妨げにならぬよう、カメラの脇にあった小型サーキュレーターの電源もオフにされると、プロデューサーの前説を挟んで、いよいよ本番が始まった。
yamaはボーカロイド曲の歌い手というルーツを持ち、人気アニメのテーマ曲を通じて海外にもファン層を広げているミステリアスなシンガー。『SPY×FAMILY』EDテーマ曲「色彩」で幕を開けると、アンニュイで澄んだ歌声が臨場感をもって聞こえてくる。そこから「a.m.3:21」「Oz.」「偽顔」と続いていくなかで、バイオリンやチェロを含む8人編成が、『tiny desk』のために用意されたオーガニックな特別アレンジを奏でる。途中、有島コレスケの弾くギターの弦が切れるトラブルもあったが、収録はそのまま続行された。撮影はNGなしのワンテイク、それがこの番組の信条である。
yama、『tiny desk concerts JAPAN』出演時の場面写真
曲間のMCにて、イヤモニや転がし(モニタースピーカー)を用いずにライブをするのは初めての経験で、「自分の耳で生の音を聞きながら奏でるのが新鮮」と笑顔で語ったyama。そのあとに白い仮面を着けてパフォーマンスする理由や、ステージに上がるために弱さを克服していった過程をエモーショナルに打ち明ける。自分のストーリーを世界中の視聴者とシェアし、孤独感を肯定するように「ないの。」を歌ったあと、最後に披露されたのはyamaの名を一躍知らしめた代表曲「春を告げる」。軽快なイントロから拍手が巻き起こり、多幸感に包まれながらパフォーマンス及び収録が終了した。
「yamaさんはネットカルチャーという出自も令和を感じますし、他の番組でご一緒したことがあり、ボーカルの表現力が素晴らしいことも知っていたので、『tiny desk』に出演してもらったらどうなるだろうと期待しながらオファーしました」
そう語るのは、『tiny desk concerts JAPAN』チーフ・プロデューサーの柴﨑哲也さん。1992年にNHK入社して以来、『紅白歌合戦』の制作統括を務め、『SONGS』『おげんさんといっしょ』など数々の音楽番組を手がけてきた彼は、自身の役割をこのように説明する。
「番組制作を家づくりに例えると、大工さんの役割を担うのがディレクターで、僕の仕事は設計図を書くこと。どういう番組を作るのか企画して、編成と交渉して枠と予算を取り、出演者と交渉してアサインし、収録〜編集して番組というパッケージに仕上げ、広報に協力してもらいながらパブリシティする。そうやって番組が生まれるところから送り出すところまでの全部をまとめ上げるのがプロデューサーですね」
そんな柴﨑さんは『tiny desk』の日本版を立ち上げる前、テレビの音楽番組のあり方について「このままでいいんだっけ?」と危機感を抱いていたという。
音楽番組への危機感、アメリカ版からの学び
『tiny desk concerts』はNPRが2008年にスタートさせた動画シリーズ。タイトル通り、オフィスにある「小さなデスク」で生演奏のセッションを披露する。親密なサウンドとアットホームな雰囲気が人気を博し、テイラー・スウィフトやBTSのような大物から幅広いジャンルの実力派まで、過去18年間で1200本以上のプログラムを配信。世界中のアーティストが出演を夢見るプラットフォームとなっている。
狭いオフィスで撮影することによって生じる制約、そこから生まれるエクスクルーシブなパフォーマンス。『tiny desk』が人気コンテンツになった要因を、柴﨑さんはそう分析する。
「もともと公共ラジオ局であるNPRがインターネットを手にして、映像を使った音楽コンテンツを自分たちジャーナリストのキュレーションでやろうとしたのが『tiny desk』の始まりなんですよ。そこに彼らの矜持があって。撮影用のスタジオや照明も持っていなかったからこそ、小さな机の周りでできることを撮影していった。そういう制約があったらからこそ面白いものが生まれたんですよね」
『tiny desk』の設立者はNPRの看板ニュース番組「All Things Consided」のホストも務めたボブ・ボイレンと、同局ミュージック・エディターのスティーブン・トンプソン。記念すべき第1回の出演者はシンガーソングライターのローラ・ギブソン。米フェス・SXSWでローラのライブに足を運ぶも騒音で歌声が聞こえなかったため、ボブのデスクに彼女を招いて演奏させたのが始まりだった
日本からはコーネリアス、CHAI、上原ひろみ、おとぼけビ〜バ〜がアメリカ版『tiny desk concerts』に出演している
星野源を迎えた『おげんさんといっしょ』『おげんさんのサブスク堂』というチャレンジングな音楽番組を通じて、視聴者の好奇心を大いに刺激してきた柴﨑さんは、『tiny desk』の存在を早くから認識していた。
「『おげんさん』を2017年に始めたとき、星野さんと『tiny desk』について話しました。番組の第1回で、狭いキッチンに林立夫さんのドラムを入れたり、石橋英子さんにピアニカを吹いたりしてもらったのも『tiny desk』の影響なんです」
\只今「おげんさんといっしょ」放送中!/
生放送中に家族みんなで写真を撮っちゃった!おげんさん一家の自撮りはどう?NHK総合で絶賛オンエア中です。まだ間に合うからテレビの前に集まれ、大きいお友達~ ( C・> #おげんさん #星野源 #高畑充希 #宮野真守 #藤井隆 #細野晴臣 pic.twitter.com/U1xvkHstf4 — おげんさんちのねずみ~(C・> (@nhk_ogensan) May 4, 2017
その一方で、テレビの最前線で活躍してきた柴﨑さんは、ネット上の音楽コンテンツに対して脅威を感じていた。
「コロナ禍を経て、最近はアーティストがダイレクトに発信するようになったじゃないですか。YouTubeなどを見てもそうだし、MVも20年前とは比べものにならないほど作家性が上がっていて、アーティストの自己表現の一つになっている。そちらの方が自由度も高いし、『面白そうなことをやってるな』って感じがするんですよね。僕らもテレビで面白いものを作っているつもりだけど、既存のレールの延長線上でしかない気もする。そういう危機感があったので、今『tiny desk』を一緒に作ってる若いディレクターたちと、たくさん予算をかけて、スタジオに大きなセットを作って、派手な照明を駆使して……みたいな既存の音楽番組とは違うものを作りたいと話し合っていたんです」
そんなところに去年の夏、アメリカからの働きかけで思わぬ転機が訪れる。
「NPRとNHKは公共放送どうしで繋がりがあるんですよ。それでNPRの渉外担当と、NHKのニューヨーク支局のスタッフに交流があったみたいで、先方から『tiny desk』の日本版をやりませんかと提案されたんです。ちょうどその頃、韓国版の『tiny desk korea』(昨年10月スタート)を立ち上げる関係でNPRのスタッフが何度もソウルを訪れていたので、東京にも立ち寄ってもらい、ミーティングを重ねながら実現に向けて動いていきました」
今年3月にはワシントンにあるNPRのオフィスを訪問し、R&Bシンガーのヤヤ・ベイ(Yaya Bey)が出演した回の『tiny desk』(今年4月17日配信)を視察している。「僕らは日程的にすれ違いだったけど、ジャスティン・ティンバーレイクの回(今年3月15日配信)はすごかった。あの狭い空間に16人もミュージシャンを入れるだなんて相当チャレンジングですよ」と語る柴﨑さん。『tiny desk』のリサーチを進めるうちに番組づくりの常識も覆されたそうだが、特に衝撃的だったポイントは?
「音が裸ですよね。モニターがないというのは今日の環境からしたら普通はありえない。 そういうふうに撮影しているらしいというのは知っていましたが、ワシントンで収録を見てきたら本当にそうなんです。みんな耳をそばだてて演奏している感じ。だからこそ他にはない、パーソナルな音像が生まれるんですよね」
どうやったらアメリカ版『tiny desk』のような音と雰囲気が生み出せるのか。NPRのスタッフと対話を重ね、彼らの手法とポリシーを受け継いでいくことで、柴﨑さんとNHKの制作陣は多くの学びを得ていった。
「ミュージシャン同士の間隔が15センチ動くだけで、音の聞こえ方がまったく変わるんですよ。そういう並び方や距離感のノウハウを彼らは持っている。彼らのやり方を見て、自分たちでやってみると全然違うんですよ。あとは狭いオフィスだから大きなカメラは入れられなくて、彼らは一眼の小さいもので撮っていたので、NHKでそういうカメラはあまり使ってこなかったけど、技術スタッフに扱い方を勉強してもらいました。それから彼らは『tiny desk』をドキュメントとして捉えているので、 間違えてもやり直しをさせないし、それこそがアートだと本気で信じている。だから僕らもアーティスト側に、『これは一期一会のステージなんです』とリハーサルの段階から伝えるようにしています」
ホームラン級の好発進と今後の展望
『tiny desk concerts JAPAN』のスタートに向けてNHKの局中をロケハンするも、「スタジオじゃないところで音出しすると業務の妨げにもなりかねないし、他の階にお邪魔して撮るのはありえない」という事情から、自分たちが働くフロアの会議スペースを収録場所として採用。床が赤いカーペットだったことから、「赤と白」で統一すべく棚のみ作り替えたが、資料や小物はもともとオフィスにあったものがそのまま飾られているそうだ。
今年3月16日に放送された初回は、藤井 風が登場。音楽の喜びを体現するような歌と即興性、Yaffleら仲間たちと奏でる至高のアンサンブルは、『tiny desk』で求められるパフォーマンスの理想形というべきもの。SNS上でも絶賛の声が溢れかえった。
「NHKで『tiny desk』を制作するにあたり、日本のアーティストを海外に知らしめることが大きな役割だと思っていて。 藤井さんはアメリカやタイ、インドなどでも人気を獲得していますし、グローバルなポテンシャルという点でも最有力の候補として、この企画が立ち上がった当初からお声がけしていました。でも、ここまでの反響は想像以上でしたね」
藤井のパフォーマンスは後日、NPRで記事化されたほか、同局のYouTubeチャンネルにも掲載され、800万を超える再生数回を記録。収録を見届けたNPRチームも手放しで称賛した。
「収録にはNPRのプロデューサー3人が来日して立ち会ってくれたのですが『哲也、これはホームランだね』と言ってもらえました。『風は素晴らしいね』って。藤井さんのミュージシャンシップ、音楽力はグローバルに響くんだなって思いました」
藤井はYo‐Sea、にしなのコーラスを含むスペシャルメンバーで出演。「『tiny desk』の大ファンである藤井さんがシンガー2人をコーラスに参加させたのは、僕らのなかでもリファレンスになって。その後の出演者にも『他では見れない編成で』とお願いするようになりました」
5月からスタートしたレギュラー放送で、最初に出演したのはKIRINJI。現在は堀込高樹のソロプロジェクトとして活動しており、独自の詞世界と洗練されたサウンドが熱心なファンを惹きつけ、若い世代からも支持を集めている。シティポップの文脈とも繋がりをもち、アジア圏でも人気が高い実力派のベテランを、藤井 風の次に起用したのは英断だろう。
「NPRチームは、自分たちが公共放送のジャーナリストであるという自負から、アーティストのキュレーションに対して誇りをもっているんですよ。そういう姿勢にも刺激を受けつつ、藤井さんが開いてくれた可能性を広げ、世界に紹介していくべき日本独自の音楽性を持つのは誰だろうと考えたときにKIRINJIが思いついた」
KIRINJI楽曲にフィーチャーされたことのあるYonYon、Maika Loubtéの2名がコーラスで参加した特別編成。小田朋美のキーボードにも注目。「NPRチームはスタンドなんていらない、テーブルのうえに本を積めばいいじゃないかと言うわけです。実際やってみると『tiny desk』っぽくなるんですよ」
※KIRINJIのライブ動画はこちら
6月は君島大空が登場。繊細なメロディと前衛的なサウンドを兼ね備え、同業のミュージシャンも羨む圧倒的な才能の持ち主が、バンドセット「合奏形態」で別次元のライブを披露した。凄まじいスキルがあるからこその強烈なバンドサウンドに加えて、ピアノの音をスマホで録音し、その音をギターのピックアップで拾い、エフェクターで加工するという西田修大の独創的なアイディアも冴え渡る。
「たまたま君島大空さんのライブを観て、合奏形態による爆音のライブに圧倒されまして。(大音量を出せない)『tiny desk』に出てもらったら面白そうだと思ったんです。とてつもない才能ですよね。プリンスみたいだなって。こんな人いるんだってびっくりしました」
君島大空、西田修大、新井和輝、石若駿からなる合奏形態に加えて、バンドと縁のあるermhoi、Kuro(TAMTAM)がゲストコーラスで参加。YouTubeで配信されている「都合」では、メンバー4人とも余裕の笑みを浮かべながらアクロバティックなプレイを披露している
※君島大空のライブ動画はこちら
そして、7月は冒頭のとおりyamaが出演。月1回ペースで放送され、強い意思を感じるラインナップが続いている。今後の展望についても語ってもらった。
「『tiny desk concerts JAPAN』はこの先、9月30日(月)から総合テレビでも放送していく予定です(午後11時~)。これまでの回は海外に届けることを意識してきましたが、『tiny desk』の文化をもっと日本に広めていきたいと考えています。あと、『tiny desk』の魅力はネット上でカタログ化されている点にもありますよね。僕らとしてもレギュラー放送のストックを貯めていきながら、どこかのタイミングでネットにアップして、アーカイブをいつでもどこでも視聴できるようにしていければいいなと。世界中からアクセスされる音楽の財産を作っていけたらと思っています」
音楽番組の制作を通じて、日本の音楽シーンを長年見守ってきた柴﨑さんは、この国のポップミュージックの現状をどのように捉えているのか。
「あまり楽観的ではないですが、希望は持っています。『tiny desk』を始める前も『SONGS OF TOKYO』(2018年1月〜2023年4月まで放送)という国際放送の番組で、日本国外向けにいろんなアーティストを紹介してきましたが、結局この10年くらい、ポピュラリティという点に関しては韓国勢、K-POPの後塵を拝しているわけですよ。そのなかで、日本の音楽はどうやったらプレゼンスを高めていけるのか。〈Gacha Pop〉という言葉も生まれたように、日本の音楽はいい意味で多様性があるので、いろんな音楽性の人たちを紹介していくことが大切だと思っています。あとはYOASOBI、新しい学校のリーダーズのように海外でライブを行なう人たちが去年くらいから急激に増えていますよね。今はそういう波が来ていると思いますし、そこからもっとグローバルに愛されるアーティストが出てくるといいですよね。『tiny desk』がその一助になればいいなと思います」
tiny desk concerts JAPAN「藤井 風」再放送
2024年9月23日(月・祝)午後5:30 ~ 午後6:00
詳細:https://www.nhk.or.jp/music/programs/671941.html
<NHK総合>
2024年9月30日(月)午後11時~放送
(※出演アーティストラインナップは決定次第発表)
番組公式ページ:https://www3.nhk.or.jp/nhkworld/en/shows/tinydeskconcerts/
▼NHK WORLD-JAPAN(国際放送局)ホームページ
https://www3.nhk.or.jp/nhkworld/ja/ ※アプリでもご覧いただけます。
ダウンロードサイト:https://www3.nhk.or.jp/nhkworld/en/app/
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