〈Gacha Pop〉誕生から1年 プレイリストの躍進を象徴する5組、海外展開の新たなトレンド
Rolling Stone Japan / 2024年8月6日 18時30分
昨年5月のローンチ以来、大きな注目を集めてきた〈Gacha Pop〉。J-POP、シティポップ、アニメ、ゲーム、ボカロ、VTuberなど多様でカラフルな日本の音楽カルチャーを世界に届けてきた同プレイリストは、この1年でどのような成果を残してきたのか。エンタメ社会学者・中山淳雄に解説してもらった。
海外リスナーが8割、世界で聴かれている〈Gacha Pop〉
2023年5月にSpotifyはプレイリスト〈Gacha Pop〉を公開した。折しもそのタイミングはYOASOBI「アイドル」が主題歌となってアニメ「推しの子」人気とともに世界を席巻していたタイミングである。「What pops out!? Roll the gacha and find your Neo J-Pop treasure.(何が出るかな!? ガチャを回して新しいJ-POPのお宝を見つけてね)」という形でJ-POPの枠組みを解き放ち、Ado、YOASOBI、imase、米津玄師、ずっと真夜中でいいのに。、なとり、藤井 風、新しい学校のリーダーズなどの楽曲が75曲並べられている。
すでに世界で6.15億人の月間アクティブユーザーがおり(2024年Q1)、有料プレミアム会員が2.4億人とほぼNetflixと変わらない規模になっているSpotifyは日本の音楽にとって世界に届けられる希少なプラットフォームである。だが日本の楽曲がメインのプレイリストには、「日本の中で聴かれている」ものもまだ多い。その中で、キラ星のように海外ユーザーが殺到しているプレイリスト――それが〈Gacha Pop〉なのだ。
2023年に始まった〈Gacha Pop〉は、Spotify Japanの芦澤紀子氏の言葉を借りれば、ローンチから1年も経たないうちに「完全にフラグシップ・プレイリストになった」という。そのリスナーの8割は海外からのものであり、むしろ海外でバズってから日本で人気になった楽曲も含まれている。リスナーの国別リストをみると米国がトップだが、メキシコ・インドネシア・台湾に英独仏の欧州3大国などかなり広い範囲で聴かれていることがわかる。そしてリスナーの半分以上はZ世代で若い世代が中心というところも特徴だろう(日本においてはミレニアム世代が中心)。
そんな〈Gacha Pop〉、日本でもローンチ当初に注目されていたが、実は日本では”配信型”トップアーティストが話題になりにくい事情がある。それは音楽市場が世界と構造的に大きく異なる点があるのだ。日本音楽市場はCD:配信が3:1、いまだに市場の半分以上はCDで売れるかどうかで決まる。日本芸能界たたき上げのトップアーティスト達のなかで、いまだに配信で検索しても楽曲が出てこないアーティストも珍しくはない。これはすでにCD:配信で1:4となって、配信こそが流行の起点となっている世界音楽市場では考えられないことだ(世界でも日本だけが本当にそういう歪な状況にある)。そうなると〈Gacha Pop〉で取り上げられ、世界で聴かれている、はずの日本アーティストが国内オリコンランキングでは10位以内に入ってこない、といったことが起こってしまうのだ。
〈Gacha Pop〉を象徴する5組と「非アニメコラボ楽曲」の海外進出
以下の図は〈Gacha Pop〉の代表的なアーティストが毎月世界の配信ランキングでどのくらいの位置にあるかを示している。テイラー・スウィフトからBTSまでスタープレーヤーがひしめく世界ランキング、その中では大リーグに挑戦するNPB選手のごとく、J-POPアーティスト達は最高位としても500位以内に食い込んでくるのはYOASOBIやCreepy Nutsくらいなもの。ただそれらは『推しの子』や『マッシュル』などアニメ人気とともに上がってきた楽曲で文脈も異なるが、本稿の対象とするのは藤井 風、imase、新しい学校のリーダーズ(ATARASHII GAKKO!)、星街すいせい、yamaである。
この5組の共通点は、アニメコラボ楽曲ではない流行だ。それぞれが純粋な楽曲として歌い上げたものが〈Gacha Pop〉を通じて世界中のリスナーから聴かれている。もともとドメスティックなものとして取り扱われて、海外展開が厳しい厳しいといわれ続けたJ-POP。そんな1990~2010年代を越えて、なぜ2020年代の今になって急激に海外に浸透しているのだろうか。
※Spotify、Tiktok、YouTubeなど16のストリーミング、SNSプラットフォームでの視聴数指標を使ってアーティストのパフォーマンスを順位化したChartmetricのDailyランキングを月別平均をとってまとめた
最初の変化は2022年7月からはじまる、藤井 風の「死ぬのがいいわ」(2020年5月に発売されていた本人の1stアルバムの収録曲)の世界的ヒットだ。タイのTikTokerが広げて同国のさまざまなサイトでランクインしたことをきっかけに東南アジア、東アジア、中央アジア、中東、欧州へとランクインする国が広がっていき、ちょうど1.5カ月かけて米国にも到達。9月には(それまで日本人では米津玄師やYOASOBIくらいしか入ったことがなかった)世界ランク1000位以内に入り、SNSのバイラルによりボトムアップで広がっていく様は、これまでのようなレーベルがトップダウンのプロモーションで一気に認知を拡大するマーケティングとは大きく異なっており、新時代の音楽の広がり方を象徴していた。
1997年生まれの藤井は12歳からYouTube上で演奏動画を投稿していた岡山出身のアーティストだが、2019年にユニバーサルミュージックよりメジャーデビュー、3年以上にわたって20曲以上ものオリジナル楽曲を発表し、ツアーや海外展開も行っていた。「死ぬのがいいわ」は2020年に発表済の曲であり、バズの発火点となったTikTokerはこの曲をBGMにして『呪術廻戦』の狗巻棘のシーンを”自己編集”したものであった(公式には「死ぬのがいいわ」と『呪術廻戦』は関係がない)。『呪術廻戦』自体も2021年3月に第一期のアニメがすでに終わって久しかった段階だ。
ここで注目すべきは1〜2年前に発表済の、それぞれ文脈の異なる楽曲と流行映像を、すでにフォロワーをもっているインフルエンサーが勝手に編集したものが発火点となり、次々と隣国市場のチャートを席巻していったということだろう。SNSでは複数の創作を組み合わせて二次創作的に広げる歌ってみた、踊ってみたといった「連作クリエーター」がコロナ禍で急激に増えた。「死ぬのがいいわ」も例に漏れず、その連作クリエーションの波に乗ったのだ。だが「日本語で歌われた楽曲」でありながら、数十万本というTikTok動画が”自己編集”され広がり各国のチャートに次々にランクインしていく様は痛快を通り越して、音楽マーケティングが違う次元に確変してしまうかのような恐ろしさすら感じた。
藤井のランクはその後も高位安定しており、2024年4月には最新曲「満ちてゆく」がタイのTOP50チャートにランクイン。同曲を主題歌に起用した映画『四月になれば彼女は』のヒットにより海外にも楽曲が広まった。
新しい学校のリーダーズもまた、遅れて現れたヒットといえる。2015年に結成、きゃりーぱみゅぱみゅをプロデュースしたことでも有名なアソビシステムに所属。レトロな日本セーラー服の4人組は音楽というよりはその不思議なダンスも含めて視覚ファッション的なカルト人気で有名にはなっていったが、2020年1月で公式YouTubeフォロワー0.9万、21年1月で11万という数字から、コロナ前まで人気アーティストとは言い難い存在だったように思う。それが26万(22年1月)→37万(23年1月)→155万(24年1月)と累乗的に広がったのはなぜだろうか。
彼女らが一度5000位に到達するのは2021年1月「NAINAINAI」で全世界デビューし、3月「Freaks」でインドネシアのシンガーソングライターとコラボしたことがきっかけ。だがその人気は安定せず、しばらくの潜伏期間がある。ここもまた”2020年5月”にリリース済の「オトナブルー」の首振りダンスが2023年に入ってバズリ、ずっと1000~2000位台を維持するようになる。そしてその認知度は2023年末の紅白歌合戦と2024年4月のコーチェラ出演によってもはや不動のものになったといっていい。
新しい学校のリーダーズはコーチェラ出演後、特に海外で「Tokyo Calling」への注目が高まっている。お気に入り数でも「オトナブルー」を抜き、新たな代表曲となった。
imaseもまたミラクルストーリーが異次元の領域だ。2000年生まれのZ世代で20歳になって初めてギターを購入し、DTMで音楽づくりを学びながらできた曲はショート動画でTikTokに投稿することを常としてきた。ちょうど藤井 風の旋風が巻き起こった2022年秋から「NIGHT DANCER」のヒットでランキングがグッとあがり、2023年5月にBTSのJUNG KOOKが同曲の歌唱動画を公開した瞬間に順位が急上昇、あっというまに1000位台につけてしまう。楽器を初めて2年足らずで世界トップ級に躍り出るシンデレラストーリーだ。
「NIGHT DANCER」はダンスチャレンジ動画にも多く使用されるなど雪だるま式に広がっていき、韓国を筆頭に世界31カ国のSpotifyバイラルチャートでランクイン。imaseはSpotifyで1億回再生を突破した2023年7月初週より〈Gacha Pop〉のカバーを飾っている
yamaはボーカロイド楽曲の「歌ってみた」制作をルーツに持ち、2020年の楽曲「春を告げる」でブレイク。2021年の1月「THE FIRST TAKE」出演、5月JAPAN JAM出演ごろから注目を集めたあと、藤井 風ブームの2022年秋から順位の顕著な上昇がみられ、2023年10月にキタニタツヤとのコラボ曲「憧れのままに」が話題を集めたタイミングで3000位台にランクインしている。。
2023年7月、インドネシアで開催された「Impactnation Japan Festival 2023」に出演するタイミングでyamaの楽曲を〈Gacha Pop〉の上位に入れたところ顕著に反応がよかったとのこと。〈Gacha Pop〉のカバーに採用された2023年10月は「憧れのままに」が話題を集めると共に、自身初の海外ツアーを翌月に控えるタイミングでもあった。〈Gacha Pop〉のキュレーションは話題作やバイラルヒットを集めるだけでなく、海外公演もモーメントの一つとして反映されている
こうした文脈からさらにノーマークだったのはVTuberの星街すいせいだろう。2018年からVTuberとして活動、2019年にVTuber事務所二大大手の一角カバー社に所属しながら、雑談やゲーム実況がメインのVTuber達の中で1人レベルの高い歌唱動画を上げ続けた。2021年9月で最初のフルアルバム「Still Still Stellar」と10月の自身初のライブ公演でようやくランキング1万位に入るようになった段階。そこからカバー社自体が日本発といえるVTuberをどんどん輸出していく波にのって、ファンたちに押されるかのように2022年秋から順位を上げていく。2023年1月の「THE FIRST TAKE」で284人目のゲストでありながら、16万人という史上最大同時視聴数を記録し、3日で500万回再生されたのは「ファンダムの威力」をまざまざと感じる”事件”であった。
星街すいせいは2024年3月「ビビデバ」リリースの翌週にカバーを飾ると、同時期に公開されたインパクト抜群のMVの話題性に加えて、イラストや楽曲の魅力、〈Gacha Pop〉との相性もあり、同プレイリストにおける今年上半期アクセス数No.1アーティストとなった
〈Gacha Pop〉がフィーチャーする「新たなトレンド」
そもそもSpotifyはなぜ〈Gacha Pop〉というタイトルをつけたのだろうか。Spotify Japanの芦澤氏いわく、「2021年までは海外リスナーに人気のある楽曲はほとんどがアニメ関連曲でした。でも藤井 風の『死ぬのがいいわ』のバズが東南アジアのTikTok発で世界中に広がったあたりのタイミングから、突然違う文脈が出てきました。その数年前から起きていた日本のシティポップブームや、アニメと直接関係のないYOASOBI『夜に駆ける』が海外でロングヒットを記録している現象など、一見するとバラバラに見える事象が、もしかすると海外のリスナーには”日本のクールなポップカルチャー”という同じ地平で繋がっているように見えているのかもしれない、と考えるようになったんです」という。それを表現するにはJ-POPという既存の言葉ではなく、新しい表現で括り直す必要があると考えた。Spotify Japanのなかで様々なアイデアブレストがあったなかで、何が出るかわからない面白さやカラフルさに加え、語感上、日本的なイメージを想起させる「Gacha」が取り入れられたのだ。
プレイリストを実際に公開してから、改めて気づいた発見もあったという。「日本のボカロカルチャーが、そこから派生した歌い手や隣接しているVTuberなども含め、海外のリスナーを惹きつけるユニークな要素のひとつになっているところです。ボカロPを経由してシンガーソングライターやユニットとして活躍したり、世界観や作品性をイラストやアニメーションで表現するアーティストも多い。ヨルシカやロクデナシなど、〈Gacha Pop〉で安定してパフォーマンスの良いアーティストにはそうした共通点があるのではと分析しています」。YOASOBIやAdo、星街すいせいもそこに当てはまる。だが今回の〈Gacha Pop〉で特筆すべきはそれを皮切りにしながら、藤井風、新しい学校のリーダーズ、imaseなど純粋なJ-POP的アーティストの台頭だ。グッドメロディの歌謡曲やシティポップなど日本独特のコード進行を自分のフィルターで昇華した新世代アーティストが、アニメ・ボカロ文脈と並行して聴かれ「日本のポップカルチャー」に接合されていったという点で、2023年のムーブメントはこの10年のアニメ・ゲームが先導した日本文化浸透の発展形ともいえる進化を見せている。
ブームはきっかけこそ1人のアーティストが起点であっても、結局は「集団の力」が巻き起こすものだ。点と点がプレイリストなどによって線になってはじめてジャンル化し、視聴が固定する。今回取り上げた非アニメ文脈の〈Gacha Pop〉アーティスト達がフィーチャーされる流れには、確実にその「集団で波ができた」タイミングが存在した。2021年春のTikTokブーム、2022年秋の藤井 風からのJ-POPブーム、そして2023年春の〈Gacha Pop〉プレイリストを通じた高位安定期である。この3つの波を乗りこなした最初の〈Gacha Pop〉第一世代が敷いた世界認知のインフラにのって、これからは(いままでほとんど浸透することができなかった世界文脈に)日本人アーティストがこれまでと違う広がり方をするという”世界線”が、いま強く期待されているタイミングだ。
アニメが世界的人気になってきたことは誰もが知っていることだろう。2010年代後半からNetflixやCrunchyrollにのって何千万人と視聴されているアニメの主題歌人気でこの4〜5年順位をあげたアーティストは多い。だが上述の5組に関しては、インフルエンサーの”自己編集”での非公式動画を発火点に、ボトムアップで広がっていき、これまでJ-POPアーティストが巨大資本と世界ツアー行脚を繰り返しても到達することができなかったポイントにまで急激に駆け上がってしまった。
なぜアニメ人気と無関係にあがってきたのだろうか。その実態として顕著なのは「韓国・タイ・インドネシアなど北米・南米とつながっているアーティスト達が取り上げ、そのTikTok・YouTube人気でSpotifyで順位を上げた」というものだ。いわばアーティスト自身がキュレーションをして、インスパイアされた楽曲として彼らの曲が世界中に広がっていったのだ。
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中山 淳雄(なかやま・あつお)
エンタメ社会学者。1980年生まれ。東京大学大学院修了(社会学専攻)、カナダのMcGill大学MBA修了。コンテンツの海外展開がライフワーク。2021年、エンタメ企業のコンサルティングを行うRe entertainment創業。主な著書に『クリエイターワンダーランド 不思議の国のエンタメ革命とZ世代のダイナミックアイデンティティ』(2024年)、『推しエコノミー「仮想一等地」が変えるエンタメの未来』(2021年)など。
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