WONK × Jinmenusagi鼎談 バンドとラップで生み出すグルーヴ、「カオス」という主題
Rolling Stone Japan / 2024年8月9日 17時0分
リズムのバリエーションと押韻の鋭さで知られるラッパー、JinmenusagiとWONKが共作したシングル「Here I Am」は、ダークなサイエンス・フィクションめいた楽曲だ。ドラマーの荒田洸(Dr)が舵を取って制作が進められたこの曲の「混沌=カオス」という主題は、制作の過程で立ち上がったという。Jinmenusagiのラップ/リリックもそのテーマを受けて書かれている。ピアノ、ストリングス、コーラスなどから成る1分あまりの荘厳なイントロダクションは、SFドラマ『ウエストワールド』のオープニングの音楽を想起させる。
バンドとヒップホップのラッパーが組んで、どのようにお互いの力を最大限引き出し合うかというのはいまだ重要なテーマと言えよう。そうした音楽制作における具体的な技術論、Jinmenusagiのリリックに対する井上幹(Ba)の見解、また音楽におけるムーブメントとされるものへの考え方の変化など興味深い対話が展開された。Jinmenusagi、荒田、井上、三者へのインタビューをお送りしよう。
息をするようにラップする
―WONKとJinmenusagiさんの出会いから教えてもらえますか。
Jinmenusagi:Sweet Williamとのアルバム『la blanka』(2019年)をEPISTROPH(WONKのレーベル)から出したときにめちゃくちゃいっしょに仕事をしたんです。
荒田:リミックス(「energy equal (WONK Remix) feat. WONK」)もやらせていただきましたし。
Jinmenusagi:他にもプロモーションでラジオに出たり、Ginza Sony Parkさんでライブをやらせていただいたり。俺ひとりだと辿り着けない場所でのライブが多かったのでよくおぼえています。仕事をやるなかでWONKがどういう人たちかを見させてもらって。こんな文句のつけようのない人たちがいるんだなと。
荒田:嬉しいです(笑)。『la blanka』の曲を僕らが参加してライブでやるときに、完成されたものを壊さないようにいかにやるかというプレッシャーがすごかった。
井上:ヒップホップもバンドの音楽も好きな人間としては、ヒップホップの曲をバンドでやるのは取扱注意案件なんです。ヒップホップのトラックの良さは、それ自体で完結しているものだから。JinmenusagiとSweet Williamのコラボレーションの曲を聴いたときも、パッケージとして完璧だった。それをバンドで演奏する試みは面白いけれど、トラックの良さを100%活かしながら生演奏にするのはほぼ無理で。あのときも、ウィルくん(Sweet William)にトラックも流してもらって、我々ができるところを演奏した感じでした。
荒田:ライブで生楽器が入ると、音圧が出て、ライブ感がより出るのは良いですね。
―ミュージシャンのお2人から見て、Jinmenusagiさんのラップの魅力や強みはどこにありますか? お2人はラッパーのISSUGIのライブ・セットへの参加の経験もありますよね。
荒田:Jinmenusagiののラップは生活っぽいんですよ。Electrik神社という、よく行く六本木のバーで外国のミュージシャンのジャム・セッションが起きるんですけど、そういうときに海外のミュージシャンは息をするように演奏する。「よっしゃ! かましたる!」っていう肩に力が入った感じじゃなくて。Jinmenusagiのラップはそれに近くて、息をするようにラップしていて、それが生活っぽいという意味です。
―Jinmenusagiさんは、リズムの展開のキレ味が鋭く、技巧的にも突出した才能のあるラッパーだと思うのですが、そのリズムに関してはどうですか?
荒田:とんでもなく上手いと思います。レベチですね。
Jinmenusagi:WONKは肩の力を抜いて演奏することのできるエクスペリメンタル・ソウルバンドだと思いますけど、今回はどっしりしたダークな曲調で来たなと。しかもテーマが「混沌=カオス」ということで、ラップにも尺をかなり使ってもらっていたから、いかに疲れないように聴かせるかは考えました。リズムに関しても普段より裏で乗ることを意識しましたし。
荒田:特にコンセプトを決めずに作り始めた最初のデモ段階のものがちょっと生ぬるいなと感じて。それでどんどん刺々しさを出して行ったら、自然とダークで狂った感じのヒップホップっぽいトラックに仕上がって。そこでラッパーに頼みたいと考えたとき真っ先に思い浮かんだのがウサさんでした。他の候補とかは特にいなかったですね。
井上:この曲は荒田がほぼ全編作っていて、僕はベースも弾かず、ミックスとマスタリングだけやっています。荒田が「ウサさんに頼みたい」と言ったときはその通りだなと思った。ラッパーでもアーティストでも、じっさいの生活が破天荒でカオスを地で行く人はいると思うんです。でも僕らはそうじゃなくて、カオスを俯瞰して見ているタイプだし、この曲に合う表現ができるのもニヒルでクレバーなラッパーだと思ったから、バッチリ適任だなと。
Photo by Kohei Watanabe
―リリックにはサイエンス・フィクションの要素もありますよね。
Jinmenusagi:ありのままに描写し過ぎるとあまりに殺伐として辛辣な感じでただただ暗くなってしまうから、自分の得意な世界観と混ぜないと落としどころがなかったんですよね。それで、みんなが頭のなかで想像できるような退廃的でサイバーチックな世界観を作ろうと考えて。
―たとえば、WONKの4枚目のアルバム『EYES』にもサイエンス・フィクションめいた意匠やアイディアがありました。
井上:今回は宇宙をテーマにしたわけじゃないですけど、地上がカオスになると、そうじゃない場所を目指したくなるというのはありますよね。それはアフロ・フューチャリズムしかり。僕は『ブラック・ミラー』(SFドラマシリーズ)が大好きで。あのドラマシリーズは現在の問題をサイエンス・フィクションのエンタメにしているけど、じつはいまよりももっと悲しくて殺伐とした未来が待っている、と伝えていますよね。僕はそれをけっこう真に受けて深く絶望しちゃう(笑)。だから、この曲の歌詞からもそういうものを感じて。
井上:感覚的に作った自分のトラックにラップを入れてもらうことで気づかせてくれるものがありましたし、曲としてよりわかりやすくしてくれたと思います。
バンドとラップが生み出すグルーヴ
―インストのトラックにラップやボーカルが乗ってまったく別の曲になったときの感動ってありますよね。バンドの演奏やサウンドとラップを融合するときの面白さと難しさはどこにありますか?
井上:難しさだらけな気がします。生楽器では出せないヒップホップのトラックのグルーヴとその音を拾っていく過程で磨かれてきたラップの技術がありますから。僕は、いわゆる16ビートのファンクのトラックにラップが乗っているのが好みじゃなくて。
Jinmenusagi:ファンクにラップを乗せてカッコよく成立させるのはクソ難しい。
井上:そうじゃない形でラップが生きる音をバンドでいかにやるかがテーマですね。端的に言うと、ドラムをはじめとした楽器のリズムが先にあるバンドとしてではなく、打ち込みのトラックとラップがやったらどうなるか、という発想をスタートにしないと。荒田も基本、ドラムを叩きながら曲を作るわけではなくて、トラックが先の発想だと思う。トラックが先にあって、そのトラックのどこにドラムとか楽器を加えたらより良くなるかという作り方をしないとラップも上手くハマらないことが多いし、セッションで作るのはもってのほかですね。
荒田:セッションで作るのはマジで危険ですね。ただ「イエ~イ!」とノリだけで演奏して成り立つ世界じゃないから。
井上:しかも、音数がごちゃごちゃ入っていても成立しないことが多い。それぞれに役割のある楽器を足し算して作って行くと、役割があるからこそ、それで埋まってしまう。だから、曲を成立させるためには身を引かなきゃいけないこともあって、僕は今回ベースを弾いていない。荒田が作ってきたベースラインでトラックとして完成していたから、それでいいと思うし、バンドとしてベースがいないとだめだよね、みたいな話はしたくなくて。トラックが良ければ、楽器のベースはなくてもいいという判断もときには必要で。
荒田:今回の曲ではキーボードの(江﨑)文武もほぼいないですね。イントロと中間で演奏しているぐらいで。
Photo by Kohei Watanabe
Jinmenusagi:ラップのトラックは引き算が必要なので。だから、音楽の成立のさせ方が違う同士が相対したときに作り手の工夫がもろに伝わると思う。ヒップホップは基本、機械が出している音にしゃべりを乗せるものだから、歌詞とメロディの合わせ技ではない。パンチラインとリズムの雑音の音楽じゃないですか、ヒップホップは。そういうところまで考えてくれる人と曲を作れるのであれば、最高ですね。今回は、そういう細部まで考えている人同士で作れた。俺はバンドの音にラップを乗せるの、日本で一番上手いと思います。
荒田:おおおぁぁ!
Jinmenusagi:この曲は本当に良いのでみんなに本当に聴いてほしいですね。ただただ上手いラップを乗せればいいってわけじゃないっていう問題もまたありますから。
―その話を聞くと、今年出たDJ KRUSHさんとの「破魔矢 -Hamaya-」の方はラップの上手さをとことん見せつけるスタイルだったなと思い出しました。
Jinmenusagi:「云/鬼 呼 生 - たま よび いく」(2022年。DJ KRUSH『道 -STORY-』収録)っていう志人さんとKRUSHさんがやった曲があったじゃないですか。あれを聴いたときにほんと日本人で良かったわあって思いまして(笑)。最高!って。ああいう曲が世に出たあとに自分がKRUSHさんと曲ができるというのは日本人のラッパーとしてすごいことなのでは、と舞い上がってしまって。これは文字数で表現するしかないと一生懸命リリックを詰めて書いて。ただ、後半からのヤバい構成とブレイクは俺がラップを乗せたあとに、KRUSHさんが展開を作ってくれたものです。俺の詰めたラップをさらに活かす構成に手直ししてくれて完成に至っています。だから、今回のWONKのお仕事とは物事の伝え方が違うので、たしかにこの両曲を引き合いに出すと面白いと思います。
―「Here I Am」はより物語性がありますね。
Jinmenusagi:そうですね。カオスをテーマにして、歌詞のなかにみんなが共通認識しやすい悪役、悪しきものを作って。たとえば、ヴォルデモート(『ハリー・ポッター』に登場する悪役)とかですね。あと、ナチュラン・デモントはホラー映画の『死霊のはらわた』に出てくる呪文で。悪魔の力が封印されている呪われた本の封印を解いて全員呪われてぶっ殺されるんですけど、その封印を解く言葉がナチュラン・デモントなんです。成功とか名誉とかと引き換えに魂を売るようなことをみんな気づかずにやっているけど、それは悪魔を呼び出すぐらいヤバいことだよと。そんなに深く読み込んで聴く人がいるかわからないですけど、自分はそういうことを考えて書きましたね。
―「暴力的コンテンツ」とか、いまけっこう多くの人が聞いてピンとくる単語もあったりしますね。
ムーブメント無き時代の音楽
荒田:ところで、歌詞を書くとき、ここは16で刻もうとか、こっちは32で刻もうとか考えるんですか?
Jinmenusagi:えっと、まず入りと終わり、起と結だけ考えるんですよ。で、ワンヴァースの承と転の部分はもらったトラックを聴きながら出てきた言葉やリズムをハメていく作業です。リズムの正解を2、3個叩き出して、ここは3連符で行こうとか、サビに行く前はいちばんおいしい感じで終わろうとか、そうやって作りますね。
荒田:頭のなかでリズム・パターンをいくつか出して当てはめていく感じですか?
Jinmenusagi:曲の展開によっては、音が増えたり減ったりするじゃないですか。そういう曲の展開のあるところでフロウを切り替えたりしてやると、聴いている人がビートやトラックの展開が耳に入って来やすいじゃないですか。そういう風にビートが活きる書き方をしますね。だから僕はビートがないとリリックを書けない人なんですよ。メモは日頃からしていて、単語や固有名詞はそこから抜くけど、曲は必ずトラックやビートを聴いて書きます。だから、プラモデルを作るみたいにリリックを書いて、曲を作って行きますね、
―歌詞に関して井上さんはどうでした?
井上:クレバーですよね。最近の日本のヒップホップの「リアル・サグライフ」のラップは自分にとっては隔絶された文化というか関係ない世界ではあるんです。さっきの歌詞の話につながりますけど、そういう「暴力的コンテンツ」は何かを楽しむときのとっかかりでしかなくて、より面白いのはその構造を見ることだと思う。そういう意味でウサさんの歌詞には色んなカルチャーが入ってくるし、人の人生や営みが単純なものではないことが汲み取れるリリックになっていて素晴らしいと思いますね。
荒田:含みがありますよね。すべてを説明し切っていないし、想像をリリックの外の世界に広げられるから面白い。
井上:抽象的という意味でフワッとした要素はあるけど、そこに聞き覚えのある単語が散りばめられているからとっかかりもあるし。自分のリアルは歌っているけど、リリックの内容はそれだけじゃない。ストーリーの中にリアルも虚構もあるから何層にも楽しめる。
Photo by Kohei Watanabe
―ところで、いま3人が海外でも日本でも夢中になったり気になったりしている音楽やアート、触発される音楽のムーブメントはありますか?
井上:僕は音楽のムーブメントへの関心が年々薄れていますね。先駆者がいてそこにフォロワーがいて、ワーッと塊になって起こるムーブメント自体が違うんじゃないかと思い始めていて。色んな人の個々の表現が点在しているのが、今後の未来じゃないかと。1人の才能ある人物が大量のリスナーやフォロワーを抱えて引き連れていくのではなく、点在した色んな才能や音楽を雑食的に聴いていくような。だからジャンルでもないと思うし。今回の曲もそうですけど、イントロがクソ長いし、弦楽器も録音して、ドラムはあるけど、生のベースはない。「ジャンルは何?」と訊かれたら、僕はヒップホップではないと思うけど、他のジャンル名でも答えようがない。そういう音楽がたくさんある未来の方が僕は面白いと思う。
―それは近年、考え方に変化があったということですか?
井上:そうですね。僕らはやっぱりロバート・グラスパー世代だったとは思うんです。その周辺ミュージシャンもめちゃくちゃ聴いていましたし、僕らがデビューしたころぐらいから、たとえばハイエイタス・カイヨーテみたいなフューチャー・ソウルと呼ばれるバンドも出てきた。そういうのはたしかにいちムーブメントだったと思います。ただ、昔のムーブメントと違って、フォロワーとリーダーがいたかと言うと、そうじゃなくて、みんながいろんなジャンルを聴いていて、それが一時的に混ざってできた音楽の現象だった気がしていて。そうやって混ざり切ったあとは離散して点々となって行くんじゃないかなと。
荒田:現状そうなってきているしね。
井上:どんなジャンルと訊かれても、簡単に答えられないバンドが増えたし。
Jinmenusagi:それはラップの世界も一緒ですよ。いま僕はアジア人特有の音楽の作り方やリズム、メロディに関心があって、今後はそこをもっと研ぎ澄ませていきたい。たとえば中国、韓国、日本では作る曲のテンションがそれぞれ違うし、そこが面白くて。シティ・ポップがリバイバルしたり、YMOが再評価されたり、海外の人がイメージする日本やアジアの音楽と、日本に住む自分らが聴き馴染みのある音楽の相性の良いところを導き出したい。海外に出しても面白いし、自国でも人気のあるものを作れたら最高だなと。あとから考えて、Jinmenusagiは日本人でしかできないことをやっていたと認知してもらえたらいいなと。そういうビジョンは、WONKとやれたからこそ見えてきたものでもありますね。
WONK, Jinmenusagi
「Here I Am」
配信リンク:https://virginmusic.lnk.to/HereIAm
EPISTROPH presents WONK x cero』
日時:2024年8月12日(月・祝)
会場:Zepp Shinjuku (TOKYO)
出演:WONK(※ゲスト:Jinmenusagi)、cero
公演詳細:https://www.wonk.tokyo/live/2024/8/12/epistroph-presents-wonk-cero
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