鬱病対策でマジックマッシュルームを摂取、「神」と遭遇した人々の証言 米
Rolling Stone Japan / 2024年9月19日 21時20分
Photo illustration by Matthew Cooley. Images used in illustration by Getty Images, 2; Adobe Stock, 2
幻覚剤が鬱病から薬物依存まであらゆる悩みに効果があるとして、アメリカで再び主流化しつつある。コロラド州では嗜好目的での、オレゴン州では治療目的でのシロシビン使用が合法化された。アメリカでの新規利用者は数百万人に上り、中には――意外や意外――信仰に目覚めた人もいる。
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初めてシロシビンを試した時、モルモン教徒で3児の母だったステファニー・ブリンカーホフさんは助けを必要としていた。偏頭痛と慢性疲労に悩まされ、長年服用していた抗うつ剤は効かなくなっていると感じていた。幻覚剤に関するPodcastを聞き漁り、精神疾患に効果があると言われていることを知ったブリンカーホフさんは、調べたことをビショップ[訳注:モルモン教の聖職者]に伝えた。ビショップはとくに否定もしなかった。
「『そうですか、まあ、あなたを信頼していますよ』という感じでした」と言うブリンカーホフさんは、ドラマ『マッドメン』のサリー・ドレイパーを大人にしたような雰囲気の人だ。「『あなたが治療目的でやってみようと思っていて、神秘的なものを感じ、祈りを捧げていたのであれば……うまくいくといいですね』」
とはいえ、当時コーヒーすら飲んだことのなかったブリンカーホフさんは心配だった。「自分にとっては大ごとでした。これから違法薬物を摂取するのね、みたいな気持ちでした」と当時を振り返る。
2021年、ブリンカーホフさんはRetreat.Guruというサイトで出会った自称祈祷師のもとで、人生初のマジックマッシュルームを飲み込んだ。「何も知らずに飛び込みました」と本人も認めているように、マッシュルームで頭の中のおかしな考えがなくなることだけを期待していた。
代わりに、ブリンカーホフさんは神と出会ったそうだ。だが幼少期から慣れ親しんでいた神は「雲の上の存在」で、自分を守ると同時に戒めもうる「親のような存在」だったのに対し、マッシュルームを介して遭遇した神はまるで違っていた。本人いわく、神の存在はもっと具体的で、世俗的で、実際のところ「生命」と同等のものに感じられた。
「組織化された宗教が約束してきたことはすべて、実際は宗教に起因しないことに気づかされました」とブリンカーホフさんは思い起こした。「自分の中で合点がいくと、すべてが崩壊しました」。
3カ月もしないうちに、ブリンカーホフさんは末日聖徒教会を脱会。今ではモルモン教を「魂の盗人」と呼び、教会から奪われた直感と自主性をマジックマッシュルームが取り戻してくれたと絶賛している。
だが脱会したとはいえ、至高の存在に対する信仰は増すばかりだ。
今では「私たちが経験していることそのものが神なのです」と語っている。
ユタ州の一般医ダニー・ワーウッドさんがシロシビンを試してみようと思ったのは、次第に医療制度に失望し、患者に適切な治療の選択肢を提供できないと感じたのがきっかけだった。「私にとっては大事な問題なんです」とワーウッドさんは声を震わせながら語り、意外にもマジックマッシュルームが無神論者だった自分を解放してくれたと振り返った。
マジックマッシュルームと聖なる存在の関連性に直面したブリンカーホフさんとワーウッドさんは、先住民にはおなじみの道を開拓しつつある。だが昨今、マジックマッシュルームをはじめとする幻覚剤は鬱病から薬物依存まであらゆる悩みに効果があるとして注目されているが、超常的なスピリチュアル効果はそこまで強調されていない。幻覚剤を指すサイケデリック(psychedelics)という言葉自体、「魂の顕現」を意味するにもかかわらずだ。他にエンセロゲン(entheogen)という呼び方が好まれることもあるが、こちらのほうはまさにズバリ「内なる神」という意味だ。
これには意図的なねらいがある。現代の幻覚剤提唱者は、「退学して」独自の宗教を興せとアメリカの若者をそそのかしたティモシー・リアリーのようなカウンターカルチャー時代の亡霊に悩まされてきたことから、幻覚剤の医療活用にはおおむね世俗的なアプローチに徹している。今の時代、幻覚剤のイメージには神の生まれ変わりよりも、外傷後ストレス障害(PTSD)を抱えた退役軍人のほうが安全だという理屈だ。
このように、幻覚剤を「医療効果のある宗教ツール」ではなく「精神面の効果も備えた医療ツール」とみなす考え方は、ここへきてほころびを見せている。8月9日、食品医療品局(FDA)はデータが不十分であることを理由に、メチレンジオキシメタンフェタミン(MDMA)を使用したPTSD治療の承認を見送り、承認を申請していたLykos Therapeutics社に臨床実験のやり直しを命じた。今回の決定について、ジャーナリストのマイケル・ポラン氏は初期段階の幻覚治療薬を揺るがす「災難」と呼んだが、寝耳に水だったわけではない。6月には独立専門家機関が、やはり承認を見送るよう勧告していた。
皮肉にも、6月の会合で持ち上がった数々の批判にはMDMA治療の合法化の立役者であるリック・ドブリン博士にまつわるものもあった。博士は医療活用をトロイの木馬にして、奥に秘めた宗教的目的の達成をもくろんでいたという批判だ。幻覚剤をどう売り込もうとも、根本的な意図は覆い隠せないようだ。同じような宗教絡みの疑惑はジョン・ホプキンス大学の研究者、とりわけ故ロナルド・グリフィス氏にも向けられている。ドブリン博士は8月15日にライコス社の理事を辞任した。
マジックマッシュルームで神秘体験に触れた後、末日聖徒教会を脱会したステファニー・ブリンカーホフさん(Stephanie Brinkerhoff)
一方、オレゴン州では治療目的によるシロシビン合法化の試験運用が実施されてから1年が経過したが、多くの診療センターが患者不足に苦労している。少なくとも1カ所の診療所が、需要不足を理由にすでに廃業した。失敗した理由のひとつは診療価格だ――1回の摂取とアドバイザーのカウンセリング2回で、2500ドルもかかる。だがおそらく別の理由は、オレゴン州の住民が必ずしも病院でマッシュルームを摂取したいと考えていないからだろう。オレゴン州保健当局が4400人を対象に行った2022年の調査によると、72%が「なんとなく幸福感を感じる」ためにシロシビンを利用したいと回答したのに対し、鬱や不安症の対策で服用してみたいと答えたのは64%だった。
だが医療活用への道が最初の難関にぶちあたったまさにそのタイミングで、精神世界から風が吹き込み、長らく適切だったと言われてきた道へと促している。5月にはアリゾナ州で、アヤワスカ[訳注:アマゾンで伝統的に用いられている幻覚剤]を使って宗教儀式を行う権利を認められた「イーグル&コンドル教会」が新設された。全米ではブラジルに本拠地を置く1930年創立のサント・ダイミ教会と、やはりブラジルを拠点とする1961年創立のウニオン・ド・ヴェジタル教会に続き、3例目だ。これまで薬物を神聖化する新興宗教を白い目でしか見てこなかった麻薬取締局(DEA)の歴史的政策転換だ。
当然だが、幻覚剤を使ったからといって教会があらゆる悩みを解決することはない。これまでも宗教の名のもとに言語道断な残虐行為が繰り返され、それが理由で大勢が宗教から距離を置いた。そうした旧来の聖杯に理性がぶっ飛ぶ薬物を注ぐのは、危険な組み合わせにもなりかねない。場合によっては、規制された医療環境で幻覚剤を摂取したほうがいい場合もある。例えば高い安全性や厳格な手順などだ。
とはいえ、ボストンのブリガム・アンド・ウイメンズ・フォークナー病院の礼拝堂でケタミン治療を提唱し、ハーバード大学世界宗教研究センターの幻覚剤・宗教プログラム主任を務めるジェフリー・ブレオ氏は、幻覚剤の医療活用を全面的に支持してはいるものの、幻覚剤を社会の主流に乗せるという点では精神世界や宗教で使用するほうが結果的に「有効だろう」と語る。利用者の経験が正確に現れるというのが理由のひとつだ。
「科学はつねに『宗教とは無関係だ』と打ち出したがるものです」と同氏は言い、そこには政治的・方法論的理由の両方が絡んでいると指摘した。「それでも患者さんは、度々こう口にします。『でも実際のところ、こっちのほうが鬱の治療やPTSDの治療よりもはるかに濃厚な体験ができる。あらゆる理解や悟りを得られる』とね」。
こうした悟りの正体については見解が一致していない。開眼した人々にとっては、神が実存することの動かぬ証拠と思えるし、疑り深い人々にしてみれば、クスリでハイになった証でしかない。にもかかわらず、怪しい点はあるものの、神秘体験の報告件数は増加している。ギャロップ社とピュー社の合同調査によると、2009年にアメリカ人の49%が、「突如、宗教的なひらめきや目覚めを感じた瞬間」というざっくりしたくくりで、神秘体験をしたと回答した。対照的に、1962年の調査ではわずか22%だった。幻覚剤に関する著書を出版した心理学者のジュールズ・エヴァンス氏は、こうした経験が「幻覚剤が合法化されたあかつきにはさらに定着するだろう」と予測している。
ほとんどは個別の体験ではあるものの、こうした神秘体験はキノコの胞子が群体を形成するがごとく、大勢がすでに経験していると考えられる。若年成人層の間では、主にマジックマッシュルームなどの幻覚剤の使用率が過去3年間で倍増している。NPO団体「RAND Corporation」の推計では、全米人口の3%に当たる800万人が昨年シロシビンを摂取し、マジックマッシュルームは全米で一番人気の幻覚剤となった――衰退の道をたどる帝国にはぴったりの特効薬だ。
800万人がみな幻覚の向こう岸にたどり着いているわけではないが、科学文献を参考にすると、相当数の人々が幻覚を体験している。2006年のジョンズ・ホプキンス大学の研究によると、少量のシロシビン(体重70kgにつき30mg)を36人の健康的な被験者に投与した結果、22人が「完全な」神秘体験をしたことが判明した。そのうち68%は、人生でトップ5に入る意義深い精神体験だったと回答した。その後被験者の多くは、実体を伴わない統一感(純然たる意識)かつ/または万物が調和した感覚だったと回答した。追加の研究でも、幻覚剤の薬物の種類や投与量によって神秘体験が50~80%という頻度で起きることが判明した。
ホプキンス大学の研究チームはこうした神秘体験を定義するにあたり――宇宙サイズの福笑いでパーツを正確な位置に置くのに似ている――イングランド出身の哲学者ウォルター・ステイス氏の解釈を拝借した。万物とひとつにつながっているという混沌とした感覚こそが、典型的な神秘体験だというのが同氏の主張だ。同氏はまたキリスト教徒、ヒンズー教徒、仏教徒、ユダヤ教徒、イスラム教徒の神秘体験と比較して、神秘体験とは神聖さを感じること、あるいは神聖な存在に遭遇したと感じることだとも定義した。知性を感じること、あるいは経験が意味を持ち、現実よりも現地味を帯びて感じられること。前向きな気分になること、あるいは至上の喜びや平穏を感じること。時空を超越し、時間と空間がふだんとは違って感じられること。言葉では表現できない、筆舌に尽くしがたいと感じること。
ステイス氏は宗教学で言うところの「永遠主義者」だ。すなわち、あらゆる宗教は同一のものを表現しているという考え方だ。「キリスト教徒による基本的な神秘体験は、表現の上ではインドのヴェーダンタ哲学の神秘体験と変わらない」という彼の主張は構造主義者から反感を買った。ブレオ氏もその1人で、人間はみな独自の文化的視点から神を知覚しているのであり、たとえ大量のマッシュルームを投与したからといって決して否定することはできないと反論している。
とはいえブレオ氏も、幻覚剤を介したサイケデリックな精神世界がこの国の宗教の未来――唯一の未来ではなくとも、ひとつの未来を示すと考えている。その例として同氏が挙げているのが、自称無神論者や不可知論者、「特定の宗教に属さない」人々だ。2006年、特定の宗教に属さない人々は全米人口の16%を占めていた。だがピュー社の調査によると、この20年余りで2倍近い28%に増えている。単一集団としては全米でもっとも多い。
こうした人々の大半はいまだ絶対的存在を信じているため、とくに幻覚剤に惹かれやすいのではないか――その結果、幻覚剤によってもたらされるような超常体験も受け入れやすいのではないか、というのがブレオ氏の考えだ。結果として、こうした深遠な体験を共有したいという思いから新たな集団儀式が形成され、奇妙な儀式が復活するだろうと同氏は予測している。
すでにジョージア州サヴァンナには、「望む者すべてに聖なる体験を直接授けることに専念する」キリスト系学会「Ligare」が存在する。また幻覚剤を使用する教会、いわゆるサイケデリック教会を統括する会員制組織「Sacred Plant Alliance」というのもある。加盟教会の指導者の経歴は8~35年と幅があるが、平均信者数は1団体あたり350人。Sacred Plant Allianceのアリソン・フーツ会長によると、こうしたサイケデリック教会は全米に250~750近くあるとみられる。
現在ブレオ氏は、幻覚剤を使用する宗教を民族学的見地から取りまとめる作業を行っている。バーニングマンもそのひとつだ。情報提供者の大多数が、キリスト教徒として育ったものの現在はどの宗教にも属していない人々だという。大半が性的アイデンティティ、あるいは生まれ育った教会と価値観が合わなかったとの理由から脱会している。
同氏がこの点――失望して砂漠を放浪するキリスト教徒――を持ち出した途端、幻覚剤の未来像がつむじ風のように舞い降りた。筆者も以前こうした未来に出くわしたことがある――自ら神秘体験も経験した。バーニングマンの聖地ブラックロック・シティではなく、ソルトレイクシティでのことだ。
2022年、カリフォルニア大学バークレー校のフェリス・サイケデリック・ジャーナリズム・フェローシップから資金援助を受け、筆者はユタ州最大のサイケデリック教会、非中央集権化を徹底したDivine Assemblyについて記事を書いた。創設者のスティーヴ・アーカート氏は元モルモン教徒で共和党選出の州下院議員でもあったが、アヤワスカによる幻覚体験で女性の姿をした神を見て以降人生が変わり、教会からも議会からも追放された。Divine Assemblyの信者も大半が元モルモン教で、各自自宅で集会を開いては、聖餐とされるシロシビンをモルモン教で身に着けた節度が許す範囲でたしなんでいる。
驚くのは最初のうちだけだ。深く調べていくうちに、数々の要因が重なって、今も人口の約40%がモルモン教徒というユタ州がシロシビン宗教に理想的な土壌であることが分かる。
末日聖徒教会がアルコールやカフェインの他、麻薬の使用も禁じているのは事実だが、天然の植物由来の治療薬には好意的だ。何よりモルモン教は、開祖ジョセフ・スミスが見たとされる顕現を追求することを信者に奨励している。そのため一部のモルモン教徒は、幻覚剤が得意とする悟りと啓示に手を伸ばすことになる。
だがモルモン教は「要求の高い」宗教であることでも有名だ。ルールがあまりにも多く、金もかかり、多くの時間を割かなければならない。モルモン教徒たちはそうした犠牲を当然のもの、のどかなコミュニティに貢献するものととらえている。80~90年代にユタ州プロヴォで生まれ育ったブリッジャー・ジェンセン氏も、近所の大人たちが保護者のような存在だったと記憶している。「教会ではみな顔見知りで、教師のような存在でした。翌年には別の教師が現れ、少年バスケットボールチームを指導し、キャンプにも連れて行ってくれました。友だちのお父さんも一緒にキャッチボールして遊んでくれました」と振り返った。
だが中にはブリンカーホフさんのように、ここまで徹底した孤立や、家父長的・異性愛規範的な文化を守らねばならないプレッシャーに耐えられなくなる信者もいる。ユタ州は全米でも鬱を自覚している人の割合が高く、自殺率は全米平均の2倍だ。こうした2つの危機が重なって、政治家は幻覚剤の公共衛生治療を暫定的に検討した。3月、ユタ州は全会一致で上院法案266号を可決。指定病院の医師が施設内で患者にシロシビンやMDMAを処方できる、試験運用が始まった。
法案を提出した共和党議員、カーク・カリモア上院議員とジェイムズ・ダニガン下院議員はユタ州議員の例にもれず、いずれも末日聖徒教会の信者だ。親族や友人、有権者――カリモア氏が言うところの「怪しさを微塵も感じさせない」人々――の体験談にもとづき、幻覚剤は試してみる価値があると考えた。
その法案は蔦が這うがごとく、Divine Assemblyにも忍び込んできた。Divine Assemblyのwebサイトに登録した無料会員数によると、筆者が特集記事を書いた2022年、信者の数はは約1700人だった。今年1月にソルトレイクシティを再訪し、アーカート家が主宰した幻覚剤に関する1200人規模の会議でモデレーターを務めた際、信者は約1万5000人にまで膨れ上がっていた。「昔はよく、南極を除く全大陸に信者がいると冗談を言ったものだ」とアーカート氏。「だがあの後南極にいる研究者から手紙をもらったので、もう封印だな」。
Divine Assemblyの創設者、スティーヴ・アーカート氏(中央) 2022年6月、大ソルトレイク湖の集会にて コミュニティこそ真の治療薬だというのがアーカート氏の口癖だ(Kim Raff for Rolling Stone)
毎週日曜日に行われるDivine Assemblyの集会には100人前後が参加する。地元の家具店で、決まり事はなく、粛々と行われる。信者や入信希望者はマットレスに寝そべり、親交を深める。最後の方になると、Divine Assemblyが75ドルで販売するマジックマッシュルーム・キットの使い方を教える者もいた。
こうした手作り感あふれる社交的な側面が、アーカート氏の思い描く宗教像の中核だ。コミュニティこそ真の治療薬だ、と同氏は口癖のように言う。そのためDivine Assemblyでは毎年6月、「Our Revival」というサイケデリック・フェスティバルを開催している。しまいにはソルトレイクシティ西部に常設のキャンプ場を作ろうと、683エーカー相当の土地まで購入した。Delleと名付けられたその土地に、アーカート氏は湖水浴場と、緑あふれる芝の墓地(希望すれば信者もそこに埋葬され、自然に帰ることができる)、円形劇場(著名な菌学者ポール・スタメッツ氏にちなんで命名される予定)それに数千人を収容可能なキャンプ場と鉄道コンテナの設置を想定している。「地球上でもっとも聖なる場所にしたい」と同氏は言い、「誰でも祈りを捧げることができる。だが祈りの対象は人それぞれだ」。
シロシビンは現在も指定薬物1群に分類されているものの、意外にも弁護士の経歴を持つアーカート氏は、法的トラブルには無頓着だ。おそらく理由のひとつは、ユタ州が宗教に寛容だった歴史にあふれているからだろう。放浪の新興宗教がどういうものか、集団の記録として深く刻まれている。白人ならではの特権だ、とアーカート氏もはっきり認めている。
ユタ州ではつい先日、新たに宗教の自由回復法(RFRA)が可決され、アーカート氏の確信はさらに深まった。多くのアメリカ人にとって、RFRAといえばケーキ職人がゲイのカップルに販売を拒否する権利を認めた法律だ。あまり知られていないが、RFRAは根本的に幻覚剤に関する法律だ。もともとはアメリカ先住民教会がペヨーテという幻覚剤を用いて祈りを捧げる権利を保護するもので、1993年に当時のクリントン大統領が署名した。ユタ州で可決された新RFRAは宗教活動の定義を緩和する一方、信者への妨害行為の罰金額を引き上げ、連邦版RFRAよりも強い効力を持つ。
コックス州知事が法案に署名したのを受けてアーカート氏に電話すると、「あいつら本気かよ!」とアーカート氏は満足げに言った。州政府は図らずとも、州内のサイケデリック教会をよりいっそう保護する形となったのだ。
「宝くじに当たるような確率だ」
ユタ州の裁判所がサイケデリック教会についてどういった判断を下すのかは分からない。一方で、先手を打って宗教と利益を思うがままに融合する市民もいる。
ブリッジャー・ジェンセン氏は「幻覚剤を崇拝する小規模な宗教」シンギュラリズムを創設した。名前の由来は「万物はひとつ」という考え方にちなんでいる。同氏はZoom経由のインタビューで、末日聖徒教会の著名な弁護士を雇った経緯を語ってくれた。「『ご自身の教会に対するのと同じぐらいの熱量で、私の教会のためにも必死になって、最高裁判所まで戦う覚悟はありますか?』と尋ねました」。
「彼はただペンを置きました」とジェンセン氏は回想した。「ブリッジャー、あなたは分かっていらっしゃらないようです」と弁護士は言い、「あなたを守ることで、私の身も守られるのです」。
「牧師とのカウンセリング」が1時間160ドル前後で受けられる――「追加料金はかかりません」――という真っ白な壁の「ウェルネスセンター」で、ジェンセン氏率いるチームは「旅人」と呼ぶ信者らに、シロシビンを使って自我を滅する体験を提供している。日常的に体験しているふだんの自分は幻想であると気づくことが、隠された真の目的だとジェンセン氏は教えてくれた。
「我々はすべての人々とひとつにつながっている。敵とも、味方とも、祖先とも、子孫とも」。カウンターカルチャーのカリスマ、アラン・ワッツ氏を可愛らしくしたような話し方で、ジェンセン氏は語った。ジェンセン氏が「アフォリズム」と呼ぶそうした悟りは、それぞれの旅人の旅路に生きた経典という形で刻まれる。
ジェンセン氏が初めて自我の崩壊を経験したのはブロードウェイだったそうだ。マジックマッシュルームをかじってミュージカル『ブック・オブ・モルモン』を見に行き、主人公と自分が重なることに気づいた。「神の全てを知り尽くしたと思いこみ、世界を救う気満々の傲慢な白人伝道師」だ。
新興宗教シンギュラリズムの開祖、ブリッジャー・ジェンセン氏 シロシビンを介して自我崩壊の経験を仲介する(Bruce Bastian)
その後彼は恥じらいと涙に押しつぶされながら、ようよう劇場を後にした。夜のマンハッタン中を彷徨し、巡礼の末にたどり着いたのがセントラルパークにある不思議の国のアリスの銅像だった。そして青銅のキノコの下で眠りについた。ジェンセン氏はモルモン教を脱会したが、これまでの人生で出会ったモルモン教徒を今でも敬愛し、尊敬していると言う。シンギュラリズムの教義によれば、結局のところ、自分もかつては彼らと同じだった。それは今でも変わらない。
「信仰を肯定するのが我々のルールです」と同氏は強調し、シンギュラリズムでは現役モルモン教徒はもちろん、脱会者も受け入れていると指摘した。「非常に名のあるモルモン教徒も我々のところへやって来ます。あれほど立派な、何世代も続く正真正銘の末日聖徒教会の信者が参加しているなんて、と皆さん驚かれます」と同氏は語った。
「現役モルモン教徒なら、声を聴いただけで誰だか分かるような人たちばかりです」
幻覚剤を使用して、いつでも神秘体験を呼び起こすのが得策と考えている人たちばかりではない。当然の懸念(常用化! 職権乱用!)の他に、精神への影響も考慮しなければならない。ジメチルトリプタミン(DMT)研究の第一人者リック・ストラスマン氏は、ホプキンス大学研究員の間に異様な宗教熱が広がっていると批判する1人でもあるが、幻覚剤の使用を「嵐の中の天国」と呼んでいる。「禅寺で思いついた表現です」とストラスマン氏。「そこでは何よりも経験が求められます。善良な人間になりたいとか、人類を救いたいとは思わない。ただひたすら天国に行くことだけを望みます」。
同時に、幻覚剤が引き起こす神秘体験が治療効果を左右していることが研究結果からもわかってきている。神秘体験を確実に引き起こすことが良いことなのか、悪いことなのかという疑問も持ち上がっている。キングス・カレッジ・ロンドンが2022年から抜本的に検証を行ったところ、12本中10の論文で、神秘体験と治療効果は相関関係にあり、PTSDや依存症治療といった症状で改善が見られたという結果だったことが判明した。つまり幻覚剤による治療には、神経可塑性以外の何かが絡んでいると思われる。
ハーバード大学院医学部と神学部で教鞭をとる神経科学者のマイケル・ファーガソン氏いわく、何かと面倒な科学と宗教のパラダイムも、結局のところ幻覚剤に関しては矛盾しない。「精神世界を基板として、医学的、臨床的結果が生まれる」という考えが受け入れられるようになるだろうと同氏は予測する。
ファーガソン氏自身もモルモン教徒として生まれ育ち、ケンブリッジ教区の聖歌隊を指導している。神経精神学の分野を極めようと思ったのも、博士課程修了後の研修時代に視た、顕現がきっかけだった。ニューラルアーキテクチャー、アリストテレス、アビラのテレサが同じ方向に手招いており、人間はみな精神を宿す「内なる城」「聖なる住処」を抱いていることを表しているかのようだった。
久々に連絡した時、ファーガソン氏はポルトガルのファティマ聖堂に巡礼の旅に出るところだった。筆者の情報提供者の1人、元モルモン原理主義者のアンジェラ・ディジョヴァンニさんの話を聞かせた。多重婚を解消し、アーカンソー州で星空の下シロシビンを摂取したディジョヴァンニさんは、女性の姿をした神が地球に命を宿すのに手を貸すという幻覚を見た。それからは自分が「神の触手」のひとつだと悟り、現実を噛みしめて生きている。ディジョヴァンニさんからは別の考えも度々聞かされていた。聖なる存在は外の世界では見つけられない。「神はあの建物にはいない」と、ソルトレイクシティの大理石の寺院を思い出しながら語った。「神は私たちの中にいる」。
筆者が知りたかったのは、大勢の情報提供者が似たような神秘体験をしていると思われる理由だった。大半が白人で、アメリカ人で、モルモン教徒という共通点以外に何かあるのだろうか? おうおうにして彼らの幻覚が、とくに白人的でも、アメリカ的でも、モルモン的でもないのはなぜなのか? 結局は精神状態と環境のせい? あるいはステイス氏が信じていたような、万国共通の神秘体験のようなものがあるのだろうか?
「果たしてそういうものが存在しうるか、私にはわかりません」というのがファーガソン氏の答えだ。人間の脳の回路には「特異な部分よりも、共通する部分が多く存在する」と同氏は指摘し、学術界が共通の人間性に抵抗を示しているのは、基本的に政治的理由だと述べた。
「もし精神世界を万国共通パターンで限定的に表現した場合、これまで抑圧や差別を受けてきたコミュニティの存在が抹消される、あるいは表から見えにくくなるのではと不安に思うのは当然だと思います」と同氏は説明した。
また同時に、様々な文化圏を見渡すと、「生命をひとつに束ねる大きな力があるというイメージが度々登場します。自分たちはみなそうした偉大な調和の1つであり、あらゆる生命と調和してつながっている。偉大な生命と個々が調和すれば、これほどの喜びと至福が生じるのです」。
三摩地と呼ぶもよし、楽園と呼ぶもよし。社会にもたらす影響が何であれ、幻覚剤はそうした場所へ直接通じる道を数百万人の新規利用者に示している。
関連記事:米政府、幻覚剤研究に約4億5000万円の研究資金提供
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