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ペール・ウェーヴスが語るブリティッシュな原点回帰、クィアな愛を祝福する音楽

Rolling Stone Japan / 2024年9月30日 17時30分

Photo by Kelsi Luck

9月27日にリリースされたペール・ウェーヴス(Pale Waves)の4thアルバム『Smitten』は、非常に特別な一枚だ。ゴス的な衣装・化粧を身に纏い、ロックやポップパンク的な音楽性を志向してきたかれらが、本作で目指したのは「あらゆる意味で自分たちのルーツに戻る」こと。ザ・キュアー、コクトー・ツインズ、クランベリーズ、サンデイズなど、80年代〜90年代にかけて主に活躍したアーティストからの影響を如実にサウンドに反映し、かつ、ホームタウンであるイングランド・マンチェスターを舞台に、揺れ動く10〜20代の心情を映画的、あるいは文学的な語り口で生き生きと描き出す。

それは、冷たい雨が降り頻る石畳の上をひた走る、一人の若者の頬を染める血潮と、ため息にも似た荒い呼吸のような——思春期・青年期に誰しもが感じる鋭敏でナイーブな感覚を捉えた、焦燥感と切なさに満ち満ちている『Smitten』は、かつて傷つきやすい少年少女とそれ以外だった人々の心を否応なく打つものだ。クィアであることを自認するバンドのフロントパーソンであるヘザー・バロン・グレイシーは、本作について「自信に満ちた」「ブリティッシュな作品」であり「クィアな愛を祝福するもの」であると語る。愛や友情、人生における様々な人との出会いの「記憶」を振り返りながら本アルバムをつくりあげたという彼女に話を訊いた。



「ブリティッシュなアルバム」の背景

ー『Smitten』は今までの作品の中でも最も自信を感じる作品だと思いました。素晴らしいです。

ヘザー:ありがとうございます! リリース前にこの作品を聴いてくれた人たちからは熱烈な感想をもらっていて。今まであまりそんなことなかったから興味深いし、嬉しいですね。ほとんどの人が「自信に満ちた作品だね」って言ってくれるんです。自分たちではそういう意識はなかったんだけど、もしかすると以前ほど、他人にどう見られているかを気にしなくなったのが影響しているのかもしれない。書きたい曲を書いて、曲の中で言いたいことを言って、プレッシャーをあんまり感じずにこの作品はつくれた気がします。

ー今回のアルバムは、音楽面でもヴィジュアル面でも大きな変化があった作品だと思います。かつ、ペール・ウェーヴスの本来のルーツが透けて見えるような感じがあって。

ヘザー:そうですね。「ルーツに戻った感じがするね」というのもよく言われる感想の一つです。今回の制作期間では、珍しくあまり新しい音楽は聴かなかったんです。だから、より自分が好きな音楽に忠実になれたんだと思います。昔からザ・キュアー、コクトー・ツインズ、クランベリーズ、サンデイズみたいなバンドに惹かれていて、今聴いても全然飽きないんですよね。『Smitten』は80年代風のサウンド、コーラスがかかったジャングリーでキラキラしたギター、切なく響くボーカル……みたいな要素が、たっぷり詰まった作品になったと思います。


Photo by Niall Lea

ーペール・ウェーヴスはゴスやパンクロックというジャンルに分類されることも多いバンドですが、この『Smitten』は明らかにそれとは違いますね。定義するのが難しい、実にペール・ウェーヴスらしいペール・ウェーヴス的なサウンドというか……何にも言ってないに等しい感想ですが。

ヘザー:ははは(笑)。自分たちが特定のジャンルや枠に当てはまらないバンドであることは、いいことだなって思ってます。大きな流行やムーブメントの一部じゃない自分たちが好きです。自分たちみたいなサウンドのバンドは今の時代にはあまりいないと思うし、80〜90年代の音楽を聴いていると時々「自分たちは今の時代よりも過去に存在していた方が自然だったのかも」なんて思うこともある。でも、だからこそ今のシーンにはペール・ウェーヴスのサウンドが必要とされてるんじゃないかなって。

ー本当にその通りだと思います。『Smitten』というアルバム名にはどのような想いが込められてるんでしょうか? 日本語だと「夢中になる」という意味ですけど温かくてロマンチックな響きのある単語で、まさにこのアルバムのドリーミーな雰囲気を的確に表しているな、と。

ヘザー:「ぴったりだな」と、自分たちでも思っています。このアルバムで作り上げようとした世界観に当てはまる、すごくブリティッシュで、時代を超えても通用するような古風な感じの単語ですよね。この言葉を見つけた時に「これだ!」って、すぐにピンときたんです。

ーかわいらしさもある単語ですよね。制作は、アメリカとイギリスの両方で行われたんですよね?

ヘザー:ほとんどはイギリスで録音していて……でも「Perfume」「Glasgow」「Kiss Me Again」「Thinking About You」みたいなシングル曲に関しては、アメリカで友人のサイモン(・オズクロフト)と一緒に彼の小さなスタジオでレコーディングをしました。イギリスに帰った後に、その時のマテリアルをちゃんと再録しようと思ったんですけど、サイモンと一緒に作っていた時に感じた魔法のような感覚を再現できなくて。結局、そのまま使いました。音楽の魔法って瞬間的なものですよね。



ーこのアルバムを最初に聴いた時に「めちゃくちゃUKっぽい!」って思ったんですよ。たとえば「Glasgow」を聴くと、雨が静かに石畳に降り頻る様子や、冷たい風が熱い頬を撫でる感覚が浮かんできて。同時に、街を縦横無尽に駆け巡る若者たちの心臓の鼓動も聞こえてくるようで……。なぜ、ここまでブリティッシュなアルバムを作ろうと思ったんですか?

ヘザー:ありがとう。そういう感想が聞けて嬉しいです。今話してくれたようなヴィジュアルイメージを喚起させる作品を作りたいと思っていたので……。この作品がブリティッシュなサウンドとイメージを志向しているのには理由があるんです。まず、そもそも『Smitten』は、音よりも先にヴィジュアルのコンセプトから考え始めたんです。自分たちが暮らした日々の風景を描きたかった。「こうしたい」という美学がまずあり、それに音が付随したというような感覚が近いです。前作の『Unwanted』(2022年)が想定していたよりもアメリカ的な音に仕上がったから、今作では自分たちのルーツに立ち戻ることが必要だったんだと思います。つまり、私たちはマンチェスター出身のバンドなんだってことですね。

ー「Gravity」のミュージック・ビデオは、あなたの実家の近辺で撮影されたんですよね?

ヘザー:そうそう、地元のランカスターで撮影しました。グラスゴーの北部では他に「Thiking About You」のビデオも撮りましたね。本当に親しい友達4人だけで撮影して、すごく楽しかった。大規模なクルーで高い予算をかけて撮るより、全然こっちの方がいいじゃんって思いました(笑)。



クィアとしての記憶を辿り直す

ーこのアルバムは「記憶」を追体験することがテーマになっていると自分は思うんですけども、まずはヘザーさんの幼少期と、今のあなたを形作った印象深い思い出について伺いたいです。

ヘザー:家に閉じ籠るよりは外で遊んでいる方が好きな子どもでした。キャンプに出かけたり、スケートボードをしたり、サッカーをしたり、7歳年上の兄がいて、彼の後を追いかけて一緒に遊んでいました。父と一緒にアコースティック・ギターを一緒に演奏していたことが、すごく記憶に残っていますね。父が好きだった曲を一緒に弾いて歌って……その経験があったから、ギターを弾きたいとか音楽をつくりたいと思ったし。アーティストとしての今の自分に繋がる、大切な思い出です。

ーペール・ウェーヴスが結成された街である、マンチェスターに関してはいかがでしょう?

ヘザー:今でもマンチェスターで暮らしていた日々のことはありありと思い出せます。街の中心部にある、Night & Day Caféとか懐かしいですね。小さなヴェニューなんですけど、リハーサルスタジオが併設されていて、私たちはそこで何年も練習していたんです。寒くて暗い地下室で、正直言ってかなり憂鬱な場所でしたけど、ペール・ウェーヴスの物語はあの場所から始まったんです。


Photo by Kelsi Luck

ー先ほど、このアルバムは「記憶」がテーマになっているのでは?という話をしましたが、実際、ヘザーさんは『Smitten』を作り上げていく過程で、10代から20代にかけてのご自身のクィアとしての目覚めや出会い・別れを振り返りながら、曲を書いたそうですね。

ヘザー:そうですね。一部の曲では最近の出来事も描いていますけど、ほとんどは古い日記帳を引っ張り出すように、過去の思い出や経験したことを掘り下げていきました。今回はどこまでも正直に、今まで語ってこなかったことに関しても書いています。悲しい話や切ない話も多く含まれているけれど、大きな枠組みとしては、クィアな愛を祝福するような内容になっているんじゃないかと。

ー素人考えですけど、過去の経験を現在の自分が曲にするのって、すごく難しいことだと思うんですよ。その時の生々しい感情を、現在地から捉えなおさなきゃいけないわけじゃないですか? 何か工夫した点ってありますか?

ヘザー:たしかに10代や20代前半の頃の自分のマインドセットに完全に戻るのは難しいことだと思います。さまざまなことを経験した今となっては、あの頃の出来事をある程度、客観視できるようにもなっているし。でも、このアルバムでモチーフにした経験に紐づく感情は、いまだに自分の中に強く残っているものばかりなんです。ある意味で、今の自分自身を形作った出来事だからこそ、なかなか忘れることはできない。正直なところ、そんなに困難なことではなかったと思います。

ーそれにしたって「痛み」の深度が生々しく深いですよね。自分もクィア・コミュニティの一員なんですけど、このアルバムを聴きながら自分が10代だった頃の日々を思い出しました。些細な出来事に感情を強烈に揺さぶられ続けて、毎日を生き抜くだけで、へとへとだったな……と(笑)。

ヘザー:若い時って、身の回りのすべての出来事が天変地異のような大ごとに思えるんですよね(笑)。年齢を重ねるにつれて「そんなにいちいち敏感に反応する必要ないな」って思えるようになるんだけど……その只中にあるときは冷静に考えることはどうやっても無理で。自分が誰なのかを模索して、すべての「初めて」を体験する時期だから、痛みが伴うのは仕方のないことですよね。自分の感情こそが世界を定義するすべてだと思ってしまう。クィアだったら尚更だと思う。自分を見つけることが、辛く長い旅路になることもありますよね。



ーこの作品ではさまざまな人々との出会いが描かれていますが、そのどれもがなかなかにヘビーですよね。「Gravity」ではキリスト教の敬虔な信者であるが故に、自分が女性を愛してることを認めたがらない女性との恋愛の風景が描かれていたり、「Perfume」ではセクシュアルな関係に発展しているにも関わらず、ガードが固く彼女にはなってくれない女性との微妙な関係が歌われていて。ヘザーさんの人生の中で、最も印象深い他者との出会いとはなんでしょうか?

ヘザー:ガールフレンドのケルシ(・ラック)との出会いですね。私たちはもう何年も一緒にいるんですけど、本当に多くのことを学んでいて。彼女は本当に賢くて、クリエイティブな人で、私が人として成長するのを助けてくれたんです。ありのままの自分を愛してくれて、決して変えようとせず、きちんと見守ってくれる人と素晴らしい関係を築けていることは本当に特別なことだなって思います。

ー『Smitten』を聴いて「真実の愛を見つけよう」というメッセージが込められているようにも感じたんですよね。その試行錯誤が描かれているような気がして。それは簡単なことではないけれど、見つけることさえできれば、人生は美しくかけがえのないものになりうるのだ、と。

ヘザー:そうそう。だからさっき「クィアな愛を祝福している」って言ったのには理由があって。世の中にはクィアがモチーフやテーマとして描かれているカルチャーがたくさんありますけど、悲しい結末や残念な終わり方をするものがほとんどだと思うんですよ。二人の女性が愛し合っているにも関わらず、最終的にはどちらかが死んでしまったり、男性のもとにいってしまったりとか……。最近はそうじゃない幸せなクィアストーリーも増えてきているけれど、私はこの作品でクィアである人が体験するリアルな感情の旅を描きたかったんです。悲しみもあるけれど、喜びもあるという。

大好きな日本への特別な想い

『The Honey POP』というメディアのインタビューのなかで「Not a Love Song」がアルバムの推し曲だと仰っていましたけど、その理由について聞かせてください。

ヘザー:ああ、この曲は家のリビングでアコースティック・ギターをつまびきながら一人で書き始めた曲なんですけど、ヴァースが最初に浮かんできたんです。でも、そこで止まってしまって、何カ月か経ってサビの部分ができました。ちょっと時間がかかった曲なので、その分、思い出深いというか。クィアであることを自分自身で認める準備ができていない女性と短い関係を持った時の話を歌詞には書いてるんですけど結構、強烈な体験で……彼女は私を振り回しまくって、結果的にめちゃくちゃ傷ついちゃったなって歌ですね(笑)。



ー他に特に印象深い曲はありますか?

ヘザー:あ、そうそう。日本盤のボーナストラックに収録する予定の曲があるんです。「Anna」って曲なんですけど。この曲は高校時代に夢中になっていた女の子について書いたんですけど、彼女はクィアじゃなくて完全なストレートだったんですよ。絶対に一緒になれないってわかっているけど、好きだという気持ちを伝えたいっていう彼女に向けた切ないラブレターみたいな曲ですね。日本の皆さんだけに贈る、特別なトラックです。

ーインタビューの冒頭で今作の制作過程ではリファレンスとなるような音楽を聴かなかったと仰っていましたが、映画や文学からは何かインスピレーションは受けましたか? 別のインタビューではジャネット・ウィンターソンの小説『オレンジだけが果物じゃない』を挙げてらっしゃいましたが。

ヘザー:クィア文学や映画はとにかくたくさん読んだり・観たりしていました。『オレンジ〜』以外だと、小説だったらリタ・メイ・ブラウンの『ルビーフルーツ・ジャングル』、サラ・ウォーターズの『ティッピング・ザ・ヴェルヴェット』。映像作品だったら『ハンドメイズ・テイル/侍女の物語』や『燃ゆる女の肖像』『ロニートとエスティ 彼女たちの選択』『サマーランド』とかですかね。他にもいっぱいあったと思うんですけど、今思い出せるのはこれぐらいかな。音楽を聴く代わりに、こういうコンテンツを大量に吸収しながら『Smitten』は作りました。

ー『Smitten』が聴く人に情景を喚起させたり、物語性の強い作品になったのは、それが理由かもしれないですね。このアルバムは映画のサウンドトラックとしても通用しそうです。

ヘザー:いっそのこと映画を作った方がいいかもしれないですね(笑)。ペール・ウェーヴスの音楽はサウンドトラックにぴったりだって、自分たちでも思ってるから、日本の映画関係者の方、もしよかったらぜひ使ってください(笑)。

ー先ほど「クィアな愛を祝福する」というお話がありましたが、実際、このアルバムを聴いて救われる全世界のLGBTQ+の若者たちは多いんじゃないかと思うんです。私自身、若者ではないにせよ、勇気づけられた人間の一人で。ヘザーさんに伺いたいのは、今のあなたが過去の苦しんでいるあなたに声をかけるとしたら、どんなことを伝えますか?ということなんです。過去のあなたはこの素晴らしいアルバムを聴くことはできないので。

ヘザー:ははは、そうですね(笑)。そうだなあ、なんて言おうかな……。「時間がすべてを癒してくれるよ」って言ってあげられたらいいなって思いますね。時間が経てば、今感じている辛いことや悲しいことは、そんなに大きな問題ではなかったってことに気づくことができる。時間がそのことを教えてくれるし、あなたを癒してもくれるから、心配しなくていいよって言ってあげたいですね。

ーそして、その時、経験した感情から素晴らしい作品を生み出すこともできますしね。

ヘザー:その通りです。悪い経験をポジティブなものに変えたり、イケてる曲を書くことだってできるようになるんだから、大丈夫!


Photo by Kelsi Luck

ー最後に、12月には来日も予定されています。本当に力強いアルバムなのでどんなライブになるのか今から楽しみです。

ヘザー:『Smitten』の世界観をステージ上で再現したくて、ロマンチックでフェミニンな雰囲気のセットにしたいなって考えてるんだ。それをそのまま日本に持っていけたらいいなって思ってるけど、どうなるかはまだわからないです。さっき話した日本盤のボーナストラックの「Anna」も演奏するかもしれない。

ー今からすごく楽しみにしています!

ヘザー:そうそう、最後に言わせて欲しいんですけど、私、本当に日本が大好きなんですよ。いつもスタッフに「いつまた日本に行けるかな?」って何度も聞いてるぐらい夢中で。人も文化も本当に素晴らしい。そんな大好きな日本のツアーでは他とは違う特別なことができたらなって思ってるので、ぜひ遊びにきてくれたら嬉しいです!





ペール・ウェーヴス
『Smitten』
発売中
再生・購入:https://lnkfi.re/PXOjvbSs


ペール・ウェーヴス来日公演
2024年12月9日(月)大阪BIGCAT
2024年12月10日(火)東京・豊洲PIT
詳細:https://www.creativeman.co.jp/event/pale-waves24/

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