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Rex Orange Countyが語る「生身の自分をさらけ出した」大作アルバムの真意

Rolling Stone Japan / 2024年10月7日 17時30分

レックス・オレンジ・カウンティ

まだ17歳だった2015年にデビュー作『Because You Will Never Be Free』を発表し、以来アルバムを重ねるごとに、豊かな音楽知識に裏打ちされた職人的ベッドルーム・ポップに磨きをかけてきた、レックス・オレンジ・カウンティ(Rex Orange County)ことアレックス・オコナー。初の全英ナンバーワンに輝いた前作『Who Cares?』(2022年)を経て、このたび登場したセルフ・プロデュースの5作目『The Alexander Technique』で、彼は驚くべき進化を遂げている。

というのも、慢性的な腰痛に悩まされて医師を訪ねるという実話に基づいた「Alexander」に始まるこのアルバムは、若くして音楽業界に飛び込んだがゆえに、成功を掴みながらも密かに苦悩を抱えプレッシャーに苦しんだ末に、アレックス曰く「今と全力で向き合い、ありのままを受け入れる」に至る長いプロセスを淡々とドキュメント。時にユーモラスで、時に悲痛でさえあるモノローグと、ヒップホップ、ジャズ、ラテン、フォーク、ゴスペル、クラシック……と自由奔放なジャンル・クロッシングを繰り広げるサウンドスケープを、インティメートかつ陶酔的な大作に結実させるに至った。

では、そんな重要なマイルストーンに彼はいかにして辿り着いたのか? 「指摘されるまで気付いてなかったことが色々あるな」と苦笑しつつ、アレックスは饒舌に解き明かしてくれた。


「内省的で壮大なアルバム」を紐解く

―あなたは前作『Who Cares?』に着手する前から『The Alexander Technique』のレコーディングを進めていたそうですね。

アレックス:うん。僕の場合、複数のプロジェクトを並行して進めることが多くて、曲を作りながら、これはこっち、これはあっち……みたいに振り分けているんだ。今現在もまさにそうだし。で、ちょうどパンデミックが始まった頃だったかな、最終的に『The Alexander Technique』へと発展するアルバムの萌芽を確認できたんだ。その後アムステルダムでベニー・シングスに会って何曲か一緒に作る機会があって、「これはまた別のアルバムに発展しそうだな。なんとかして2枚とも仕上げられないものだろうか?」と考えたんだけど、『The Alexander Technique』のほうが長い時間を要するだろうことは明白だった。より広がりがある作品だし、『Who Cares?』はあまり考え過ぎないようにして、シンプルに作るべきアルバムだったからね。純粋に音楽作りを楽しもうっていう。だからすでに全容が見えていた『Who Cares?』を先に完成させたんだよ。『The Alexander Technique』のほうもその間ちょいちょい進めていて、ツアー中に楽屋で曲を書いたりしていたっけ。

―じゃあ、最初からこれだけのスケールとボリュームの作品を想定していたということですか? 今回は計16曲という、かつてなく長尺のアルバムになりました。

アレックス:そうだね。最初の4枚のアルバムは全て10曲程度で構成されていて、簡潔な尺に収めることで多くを成し遂げられるように感じていたんだ。でも、そういうアルバムを何枚か作ってみて、長尺のアルバムを作るのもまたひとつの挑戦として面白いんじゃないかと思った。例えばスティーヴィー・ワンダーの『Songs in the Key of Life』とか、タイラー・ザ・クリエイターの『WOLF』、フランク・オーシャンの『Channel Orange』と『Blonde』、SZAの『SOS』などなど、17~18曲入っているアルバムの中にも大好きな作品があるし、多数の曲を聴き手と分かち合って、色んなオプションを提供するのも素晴らしいことだから。

―結果的には、自分の内面に奥深く潜り込んで、心に重くのしかかっていた想いを取り除き、自分を解放する作品になりましたが、何がきっかけでこういうアプローチを取ったんですか?

アレックス:えっと、今回のアルバムで一番最初に生まれた曲は、僕が医師の診察を受けるという筋書きのオープニング曲「Alexander」だったんだけど、今まで書いてきたラブソングの類には該当しない曲だし、当時の心境を率直に表していたんだよね。あの曲を書き上げた時、自分の中には語るべきことが山ほど蓄積されていると悟ったんだ。しかも、ラブとか成長といった定番のテーマ以外の領域で。もちろんここでもラブや成長に言及しているけど、語り方はより内省的だから、全ては「Alexander」が最初に生まれたことに関係しているんだよ。同時に、『Songs in the Key of Life』をお手本にして、多様なトピックを扱うアルバムを作りたいとも思っていたし。



―オープニング曲と言えば、『Pony』(2019年の3作目)の「10/10」では”この1年の体験に崖から突き落とされるところだった”と歌い、『Who Cares?』の「Keep It Up」では”口を開くたびに後悔する”と歌っていました。そして「Alexander」では”全人生を通じて腰痛に悩まされてきた”と開口一番宣言していて、毎回スタート時点で何らかの苦境に陥っているというパターンがありますよね。

アレックス:ほんとだね。確かに、スタート地点で危機に直面している(笑)。きっとほかの多くの人も同じなんだろうけど、僕には、色んな物事の理由を知りたいという気持ちがあって、「なぜ○○はこうなんだろう?」っていつも考えている。そしてこれまでずっと、自分が目指すべき到達点を探し求めているようなところがあった。でも、自分が100%ハッピーになれて、あらゆる事象の意味がクリアになる到達点など存在しないんだってことを、僕は悟ったんだ。そういう事実を受け入れるに至るまでの過程を、このアルバムで描いているんじゃないのかな。つまり、究極的には成長をテーマにした作品なんだろうね。何が正しくて何が誤りなのか見極めて、あえて回り道をして学んで、子どもから少年、ティーンエイジャーから大人へと変化を遂げ、人生と正面から向き合う……という流れがある。成長って、作詞をする上ですごく充実感を得られるテーマだけに、掘り下げるのが苦にならないんだ。生きている限り永遠に直面し続けるわけだから(笑)。

―アルバム・タイトルも”Alexander”という名前を含んでいますが、こちらも最初から決まっていたんですか?

アレックス:うん、実は2017年くらいから、いつかこのタイトルでアルバムを作れたらクールだなって思ってたんだ。

―”アレクサンダー・テクニーク”とは、緊張やストレスを解くことで肉体的な不具合を解消し、パフォーマーの能力を引き出す療法を指すそうですね。あなた自身も腰痛を和らげる上で助けられたとか。

アレックス:まあ、ちゃんと実践できてはいないんだけど、僕は言葉そのものにもすごく惹かれた。アレクサンダーは僕の本名だし、自分独自の生きるためのテクニックというか、”僕が存在する上で必要なメソード”みたいに聞こえるだろ? それに、僕は実際に痛みに悩まされているわけだから、ダブル・ミーニングとして成立するしね。

―だとすると本作は、”レックス・オレンジ・カウンティ”のフィルターを取り除いて、アレックス・オコナーという生身の人物に出会えるアルバムだと考えていいんでしょうか。

アレックス:それはいい質問だ。多分そうなんだと思うよ。これらの曲は僕という人間からダイレクトに発せられていて、キャラクターをまとっていない。もちろんこれまでもアレックスとレックスの境界は曖昧ではあったんだけどね。そもそも僕は自分の本名が好きじゃなくて、アーティストとしてカッコいい名前とも思えなかった。で、ファーストネームは本名で苗字の部分を変えているアーティストって珍しくないから、僕もやってみたんだ。アレックスとレックスの間に線を引きたいという気持ちもあったし。ほら、ステージに立っていてオーディエンスに”アレックス!”と呼ばれると、どうもバツが悪いんだよね(笑)。僕の人生には、音楽やキャリアとは全く関係のない領域もあるわけで、レックス・オレンジ・カウンティの名義で作品を発表すれば、あくまでクリエイティブな表現として一定の距離を置くことができる。あと、単純に”Rex”って響きがカッコいいと思うんだ(笑)。

―アルバムの随所で若い頃の自分に想いを馳せていることも、内省的な趣に寄与していると思うんですが、「Guitar Song」然り、「2008」然り、過去を振り返ることが、自分の現在地を検証する上で役立ったということ?

アレックス:役立ったのかどうかは定かじゃないけど、ここで一度過去を検証することが必要とされていたんだと思う。年月が経てば人間として優先事項が変わるし、興味の対象も変わるし、自分を取り巻く世界が変わって、ものの見方も変わる。それゆえに混乱してしまって、自分がやっていることの意味が見えなくなっていたところがあるんだよね。でも、若い頃の自分がどんな風だったか再確認することで、今の僕が、自分が望んでいた場所にちゃんと着地しているんだってことが分かった。そういう意味ではめちゃくちゃラッキーな人間だし、14歳の時の僕が今の自分と出会ったらものすごく喜んだだろうし、自分を誇りに思ったんじゃないかな。



フォーキーな軽やかさ、ジェイムス・ブレイクとの共演

―他方で、このアルバムは歌詞の面のみならず、音楽的にも従来の作品とは一線を画していますよね。通常のポップソング的な構成に縛られず、カテゴライズ不能で、一切妥協無しに自由に音を鳴らし、ストリングス隊やホーン隊など多数のミュージシャンを惜しまずに必要なところに配置していて。

アレックス:そう言ってもらえるとすごくうれしいよ。まさに、単一ジャンルの枠に収まらないアルバムを作るのが僕の狙いで、歌詞より曲が先行していた。コードとかプロダクションのアイデアが先にあったんだ。そこが従来のアルバムとの大きな違いでもあって、何を歌っているのかよく分からなくても、サウンドから何らかのフィーリングが伝われば、目標を達成したことになるというか。とにかく美しくて情緒的な音楽を作り上げて、とことん日記的な、可能な限り率直で何も包み隠さない歌詞を綴りたかった。あと、このアルバムを作りながら、ジョニ・ミッチェルからスフィアン・スティーヴンスやモーゼス・サムニーに至るまで、フォーク寄りの音楽をたくさん聞いていたんだよね。アコギを多用している理由はそこにある。僕の場合、その時々にハマっている音楽の影響が素直に表れるんだ。

―なるほど。フォーキーなサウンドの軽やかさが、歌詞の重さを軽減しているかのようなところもありますよね。

アレックス:そうだね。さっきも言ったように僕はサウンドに美しさを求めていて、あらゆる構成要素を意図的に選んでいた。中には偶発的な要素もないわけじゃないけど、例えばコードのひとつひとつに確固とした役割や目的があって、それぞれの曲のしかるべきポジションに配置されていて、単なる思い付きだったという要素は一切ない。それに、フォーク・ミュージックを聞いていると、歌詞がどうしようもなく悲しいのに、耳に触れる感覚は実に軽やかでソフトだったりすることが少なくないよね。まず音の美しさに惹きつけられて、がっちり心を捉えられて、あとになってものすごくダークな歌詞の内容に気付かされたりする。そういうバランスの妙があるから、僕も同じことをやっていたんだと思う。



―となると、セルフ・プロデュースでしか作れなかったアルバムですね。

アレックス:うん。とは言っても実際には、ジム・リード(注:彼のバンドの最古参メンバー)とテオ・ハルム(注:ロサリアやオマー・アポロの作品を手掛けたアメリカ人プロデューサー)というふたりの親友と作り上げたんだ。ジムは10年前から、テオは7年前からの付き合いで、過去に彼らと個別にコラボしたことはあるんだけど、3人での共作は初めてだった。こういうアルバムを作るには、リラックスできる相手じゃないと難しい。何かアイデアを試して、失敗してしまったとしても、親しい人の前なら恥ずかしくないし、彼らと長い時間をスタジオで過ごして、実験を重ねた末に出来上がったアルバムだよ。役割分担についても明確な線引きはなかった。歌詞は僕が全て書いたけど、プロダクションも楽器の演奏も全員が関わって、あとでさらに数多くのミュージシャンを招いて肉付けしていったんだ。そういう意味で、非常にコラボレーティブなプロセスだったね。

―プロデューサーとして、過去にあなたが起用したベン・バプティやベニー・シングスから学んだことも役立ったのでは?

アレックス:そうだね。ベンはサウンドを構築する能力に長けた人だから、彼とのコラボを通じて音を聞き分ける力が身に付いた気がするし、ベニーは僕に、肩の力を抜くように促してくれたんだよね。人間としてもミュージシャンとしても、もっと自由になっていい、細かいことを気に病む必要はないんだと教えてくれた。僕にはすごく完璧主義的なところがあったんだけど、それがマイナスに働くこともあると彼は気付かせてくれたよ。

―あまりにも悲しいブレイクアップ・ソング「Look Me In The Eye」では、ジェイムス・ブレイクとデュエットしています。あなたとジェイムスの共通項と言うとやはり、自分の脆さをさらけ出すことを恐れないところだと思うんですが、以前から親しかったんですか?

アレックス:すごく仲が良かったというわけではなくて、あの曲を一緒に書くまでに2~3回会ったくらいなんだけど、僕はジェイムスの長年の大ファンだった。特に、ピアノを弾きながら歌う時の彼が大好きでね。それに英国人アーティストとしては非常に興味深いコラボ歴の持ち主で、すごく幅広い人たちの作品に関わっている。コラボレーターとして本当に有能な人だし、自分を抑制するってことが一切ない。何か思いつくとすぐに大声で歌って聞かせてくれるんだ(笑)。



日本家屋と庭園が意味するもの

―アルバムを締め括る「Finally」は制作プロセスの終わりに書かれた曲なんでしょうか? 結論として書いたとしか思えない曲ですし、殊にアウトロで長い間鳴らされるピアノの音は、終止符のように聞こえます。

アレックス:その通りだよ。いつもはたくさん曲をレコーディングしてから、流れを考えつつ収録順を決めていたけど、今回は違った。「Alexander」を書いたことで僕は「この曲を出発点にアルバムを作ろう」と決意し、去年の11月くらいにフィナーレとして「Finally」を綴ったんだ。アレンジについては、アルバムが終わるんだというフィーリングを醸したくて、ふーっと長く深く息を吐くようなイメージが頭にあった。緊張が解ける瞬間というか。で、アウトロのピアノはザ・ビートルズの「A Day in the Life」のエンディングをそのまま拝借してる。今回アビー・ロード・スタジオでストリングスを録音したんだけど、それも彼らを意識してのことだよ。僕にとってザ・ビートルズは史上最高のバンドであって、彼らに敬意を表したかったんだ。未知の表現を果敢に探索し、音楽を通じて世界を変えたバンドとして。そして僕自身もこのアルバムで、彼らに倣って可能な限り音楽的に冒険したつもりだよ。



―そんな本作はアーティストとしてのあなたの現在地について何を語っていると思いますか?

アレックス:まず、僕が進化したことを語っていると思う。もうデビュー当時のティーンエイジャーだった頃とは違って、今でも昔の曲をライブでプレイしてはいるけど、以前とは異なる場所にいるんだと。と同時に願わくば、僕が息の長い活動を望んでいることが伝わるとうれしいな。これからもたくさんの音楽を世に送り出したい。色んなサウンドの作品を作りたい。年をとっても音楽をプレイし続けていたい。少なくとも10枚はアルバムを作りたいね。すでに5枚作っているからあと5枚か……いや、もちろん5枚に限定しないけど、とにかく今も僕は進化し続けていて、まだまだどこにも行かないよ!

―アートワークについても教えて下さい。ある意味で無味乾燥なファイルが写っていますね。

アレックス:手掛けたのは、過去のアルバムと同じブラウリオ・アマードというグラフィック・デザイナーで、彼が数曲を聞いてから提案してくれたんだ。というのも、これらの曲を聞いていると、まるで僕の心のファイルの中身に耳を傾けているような気分になると思うんだ。そこには、僕がどういう人間で、どんな嗜好の持ち主で、何を感じているのかが記録されている。しかも、いかにも病院にありそうなファイルだから、「Alexander」で登場する医師に関連付けることも可能だし、僕が好きなアルバム・ジャケットには無地に近いものが幾つかあるんだ。ザ・ビートルズの『The Beatles』だったり、カニエ・ウェストの『Yesus』だったり、「全ては音楽が語っているからアルバムの内容について一切説明する必要はない」と訴えているように感じるんだよね。それに、僕はこれまで全てのジャケットに自分の顔が映っていることを忘れていて、ある日ふと、「うわあ、これってヘンだよな、自分の顔がアルバムの象徴ってどういうこと? 主役は音楽なのに!」と思った。場合によってはシンプルな表現が一番しっくりくるんだ。

その一方で、日本家屋の中で僕が寝そべっている写真を使った、別バージョンのジャケットもある。そっちはまさに「Finally」の世界をビジュアル化していて、ようやく自分と折り合いをつけて、穏やかな気持ちを取り戻している僕の姿なんだ。四六時中携帯電話に張り付いているような時代だけに、みんなにスローダウンしようよって呼びかけているところもあるんだけどね。


『The Alexander Technique』通常ジャケット写真


『The Alexander Technique』別バージョンのジャケット写真

―この日本家屋と庭園は「The Table」及び「Finally」のMVにも登場しますよね。どこで見つけたんですか?

アレックス:実はロサンゼルスにあって、MVを監督したニック・ウォーカーが見つけたんだ。年配の日本人カップルが所有していて、イベントとかに貸し出しているらしいけど、建物が醸す静けさが、僕らが抱いていたビジュアルのアイデアに合致した。「Sliding Dooris(=障子やふすまを指す)」という曲も、ああいう日本式の家をイメージして書いたんだよ。



―間もなくツアーも始まりますが、今回は、大き過ぎないシアター規模の会場に限定して、一カ所で連続公演を行なう、今までにない趣向のライブ・パフォーマンスを行なうそうですね。

アレックス:うん。これまでのキャリアを網羅して、1本のストーリーを伝えるショウを考えているんだ。見せ方も演奏も新しいアプローチを試みていて、視覚的・音楽的にすごく冒険している。舞台セットはかなりシアトリカルだし、音楽が主役であることは間違いないけど、コンサートとシアターをミックスしたような部分もある。何しろ『The Alexander Technique』はライブで再現するのが容易じゃないアルバムだから、6月からずっとリハーサルにかかりきりだったんだけど、腕利き揃いのバンドがいるし、いいショウになると思うよ。





レックス・オレンジ・カウンティ
『The Alexander Technique』
発売中
再生・購入:https://ROCJP.lnk.to/TheAlexanderTechnique

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