チャペル・ローンが語る、ポップの超新星が歩んできた「茨の道」
Rolling Stone Japan / 2024年11月12日 18時30分
喜びに満ちたポップアンセムで人々の心を掴み、第67回グラミー賞で主要4部門含む6部門でノミネート。2024年最大のブレイクを果たしたチャペル・ローン(Chappell Roan)。そこに至るまでの長く険しい道のりで負った傷の数々、手にした名声に対する戸惑いについて赤裸々に語った、ローリングストーンUS版のカバーストーリーを完全翻訳。
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#グラミー賞 全6部門ノミネート
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⁰#チャペル・ローン が、第67回グラミー賞で、主要4部門(最優秀レコード賞、最優秀アルバム賞、最優秀楽曲賞、最優秀新人賞)含む、全6部門にノミネートされました!@ChappellRoan #GRAMMYs pic.twitter.com/eD7CSigW5E — チャペル・ローン Chappell Roan 日本公式アカウント (@Chappell_RoanJP) November 9, 2024
「プリンセス」が掴んだ規格外の成功
「私のグラインダーをデコレーションしてみる?」
ヴィンテージの洋服ダンスの前に立ち、銀色のハーブグラインダーを手にしているチャペル・ローンは、今日何をすべきか考えている。気持ちよく晴れ渡った7月の暑い金曜日、数々のフェスでの圧倒的なパフォーマンスで話題をさらっている彼女は、珍しく休日を過ごしている。トレードマークの腰まで伸びる深紅のウェーブヘアはアップにし、アイラインを除けば化粧は全くしていない。ステージで着用しているピンクのカウガールスーツやハンナ・モンタナのウィッグ、あるいはラテックスのレスリングウェアではなく、今日はグレーのカーゴパンツとそれに合ったボディースーツを選んだ。「普段はグレーと黒しか着ないの。ステージ衣装みたいな派手なのは、プライベートじゃとても無理」と彼女は話す。
ロサンゼルス郊外の静かな住宅街にある、最近借りた1ベッドルームの一軒家には、ポップスターとしての彼女の痕跡が至る所に見られる。即席のクラフトルームにある洋服ダンスの向かいには、仮想チャペル・ローンとなるマネキンがあり、今日は「Casual」のMVで着た透けて見えそうなほど薄いシーフォームカラーの着物と、ニューヨークのガバナーズ・ボール・フェスティバルのステージで使用した自由の女神のウィッグという出立ちだ。引っ越し後の荷物の整理はまだ完全には終わっていないようだ。床にはアンティークのランプや、半分開封された箱が散見される。それでも、ダイニングテーブルの上のヴィンテージのジェダイトの塩コショウ入れや、壁にかかったパステル調の小さな水彩画などが、この家にわずかな生活感をもたらしている。一変した生活と同じく真新しい家だが、その空間は安らぎと温もりを感じさせる。
Photo by Inez & Vinoodh
この春以降、ローンは「快進撃」という言葉では到底物足りないほどの成功を収めている。オープニングアクトを務めた友人のオリヴィア・ロドリゴのツアーは、4月に千秋楽を迎えた。このツアーは、昨年9月にリリースされたローンの快活で鮮烈なデビューアルバム『The Rise and Fall of a Midwest Princess』の勢いを加速させたが、決定打となったのはコーチェラでのステージだった。他のアクトのパフォーマンスと同様に、午後の早い時間に登場したローンのライブはYouTubeで生中継され、現場にいた何千人もの観客はもちろん、画面越しにその瞬間を目撃した数百万人を魅了した。そのクリップはソーシャルメディアでリアルタイムに拡散され、大きな反響を呼んだ。
多くの視線が注がれるなか、ローンはニューシングル「Good Luck, Babe!」を初披露した。この曲では、自分が女性を好きだとまだ認められずにいる女の子に恋をするという、女の子どうしの恋愛が描かれる。80年代のシンセサウンドと、ファルセットで歌い上げるビッグで力強く問答無用のサビという、彼女が得意とするスタイルでクィアの少女の切ない思いを歌ったこの曲は、すぐさま彼女の最大のヒット曲となった。コーチェラ2週目のステージでさらに多くの観客を動員した彼女は、明るいピンク色の蝶のような姿でカメラをまっすぐ見つめ、自らを「あなたの好きなアーティストの好きなアーティスト」と称した(サーシャ・コルビーの「あなたの好きなドラァグクイーンの好きなドラァグクイーン」というコメントへのオマージュ)。「みんなに最高のものを届けるよ!」と語りかけた彼女は鳥肌もののパフォーマンスを披露し、オーディエンスはスターが誕生する歴史的瞬間をリアルタイムで目撃した。それ以降、彼女の人生は一変した。
チャペル・ローンはMTV VMA 2024にて最優秀新人賞を獲得、ジャンヌ・ダルクをオマージュした「Good Luck, Babe!」のパフォーマンスを披露した
「まだ慣れなくて」と話しながら、ローンはグルーガンをコンセントに差し込み、ダイニングテーブルの前に座った。私たちを隔てている白いユーティリティカートには、小学校の先生がうらやましがるほどのクラフト用品がぎっしり詰まっている。ノラ・ジョーンズの曲が携帯から静かに流れるなか、ローンは宝石やラインストーンのシートを広げて、3時間かけてそれらをグラインダーに丁寧に貼り付けていった。作業の合間には、Erewhonのベラ・ハディッドのスムージーを飲む。「不眠症のせいであまり眠れなくて」と彼女は言う。「リラックスできなくて苦労してる。今の環境になかなか馴染めないの」。
アイコニックな瞬間はコーチェラの後も次々に生まれた。6月に行われたガバナーズ・ボールでは、自由の女神の衣装をまとったローンが大きな赤いリンゴの中から登場した。クールに巨大なジョイントを吸う彼女の写真や動画は、SNSで大きな話題となった。ロラパルーザではヘッドライナーではないにも関わらず、同フェス史上最大の観客を動員。シングル群もチャートインし始めており、そのうちのひとつは2020年にリリースされた楽曲だ。故郷のテネシーを離れてサンタモニカ・ブールバードにあるゲイバーで踊る少女を描いた、2つのギターソロとキャッチー極まりないサビが魅力の黄金のパワーポップ、「Pink Pony Club」はダンスフロアの定番曲となっている。2022年の「Casual」はTikTokでバズり中だ。チアリーダーにインスパイアされた「HOT TO GO!」は野球場でも流れており、「YMCA」スタイルのダンスは男子たちでさえ知っている。
ガバナーズ・ボール出演時の様子。「HOT TO GO!」での「YMCA」ダンスで大盛り上がり
ガバナーズ・ボールの後、ローンはあることに気づいた。「1日にフォロワーが10万人近く増えてたの。最初は何かの間違いだと思ってた」と彼女は振り返る。「実際にデータを見せられても、『違う、違う、そんなはずない』って返すしかできなくて。自分が成功しているなんて信じられなかった」。8月の時点で『The Rise and Fall of a Midwest Princess』は、テイラー・スウィフトの『THE TORTURED POETS DEPARTMENT』に次ぐ2位にランクインしていた。
踊れること、パーティーで盛り上がること、そしてアガることがポップミュージックに求められている今の状況を、ローンは待ち続けていた。彼女は何年にも渡って、壮大なアンセムを書き、自身のドラァグ・ペルソナを作り上げてきた。圧倒的な存在感を放ちながらも、リアルで身近な存在のように感じられるローンは、まさに「中西部のプリンセス」であり、彼女自身が言うところの「Goodwill(アメリカのリサイクルショップ)のポップスター」なのだ。
Photo by Inez & Vinoodh
OUTFIT BY MAXIMILLIAN RAYNOR. SHOES BY BOTTEGA VENETA.
「ある日スタジオに歩いて向かう途中で、彼女がこう言ったのを覚えてる。『もう人から何を言われても気にしない。自分が好きならそれでいい』」とオリヴィア・ロドリゴは話す。「これは彼女の決意表明なんだって思った。それが彼女を特別にしている」。
一部の人はローンが一夜にして成功を収めたと思っているかもしれないが、彼女は無数の困難を乗り越えながら、10年近くにわたってキャリアを築いてきた。4年前に最初のレーベルから契約を切られた時、彼女は一から体勢を立て直さなければならなかった。しかし、短期間ではあったが意義深いインディーアーティストとしての活動を経て、彼女は自分の直感を信じることの大切さを学んだ。クィアとしての喜びを表現する楽曲を書き始めた彼女は、その過程で大きなファンベースを獲得した。「ムカつくのは、今ようやくみんなが私のことを気に留めるようになったってこと」と彼女は言う。「私はずっとここにいたのに、マヌケのあんたたちは今頃気づいたの?って感じ」。
しかし、ローンもこれほどの成功は予想していなかった。以前の彼女にとっての"普通”はもはや存在しない。上を目指して奮闘していた頃の彼女は、ショーの規模が少しずつ大きくなっていくことに満足していた。しかし今や、ファンが求めるイメージに応えるだけでなく、今の圧倒的な成功をどう維持するか、あるいはそもそも維持したいのかについて頭を悩ませ、重圧を感じている。「心のどこかでは、もう二度とヒットなんて出したくないと思ってる。そうすれば、誰も私に何も期待しなくなるから」。彼女は静かにそう話す。
一方で、そのキャリアが何度も命さえ脅かしたにも関わらず、このフィールドで戦い続けたいと思っているもう一人の自分が存在していることも事実だ。彼女はこれまでに、今よりも困難な状況を乗り越えてきた。「これが私が夢見た世界だから」と彼女は話す。「今の状況がずっと続くとは限らない。そう考えると怖くなることもある」。
成功に至るまでの長く険しい道のり
豊かな自然と保守的なコミュニティで知られる中西部のオザーク山地の中央に、ウィラードというミズーリ州の町がある。この町の人口は、最近になって6500人を僅かに上回った。ケイリー・ローズ・アムスタッツは、1998年にこの町で生まれた。彼女がチャペル・ローンと名乗るようになるまでは、ケイリーの高校は2人のオリンピック選手(バレーボールと陸上競技)を輩出したことで知られていた。獣医の母親と看護師の父親の間に彼女が生まれたとき、2人はともに23歳で大学生だった。4人きょうだいの長女のケイリーは、怒りっぽく、落ち込みやすく、反抗的で、感情的で、他人を弄び、意地悪だった自分に両親が手を焼いていたことを自覚している。「子供の頃はずっとひどく惨めだった」と彼女は言う。彼女は親に口答えし、問題を起こしてばかりいた。「父も母も、できるだけのことをやるしかなかった」。
彼女が双極性障害II型と診断されるのは何年も後のことだ。それが判明していなかった10代の頃、少なくとも彼女はその症状を緩和する手段を把握していた。彼女は自然を愛し、工作が好きだった。また彼女はアスリートでもあり、ランナーとして州レベルの大会に出場し、クロスカントリー選手として大学に進学する寸前だった。当時のケイリーは著しく内向的で、自分で服を作るような少女だったが、クラスの変わり者たちのコミュニティさえ馴染めなかった。「私は変人で、すごくシャイで自意識過剰で、引っ込み思案だった」と彼女は言う。「だからこそ、ポップミュージックを作り始めたときの揺り戻しは大きかった。子供のままの内なる自分を解放しないといけないと思ったの」。
13歳のとき、タレントショーに出場して初めて人前で歌った彼女は見事優勝し、翌年もその座を守った。その2年後に、彼女は初めて曲を書く。それは好きな男の子についての曲だった。2人は信仰心が重んじられる中西部における「宿命の恋人」のような関係だった。彼女は無宗派のクリスチャンであり、彼が育った敬虔なモルモン教徒の家庭では、信仰の異なる女性と付き合うことがよしとされなかった。彼が宣教に出る準備をするなか、胸を痛めていた彼女は張り裂けそうな思いを5分間の「退屈なバラード」に込めた。
モルモン教徒の彼との恋はうまくいかなかった。「あいつは本当にひどいやつだった」と、今となっては彼女は認める。「すごく意地悪だった」。彼が宣教に出た後も、彼女は曲を書き続けた。そしてある日、自分にその才能があることに気づいた。
チャペル・ローンの誕生のきっかけは、2014年の夏に太平洋岸北西部の森の中で行われたキャンプだった。当時10代だったケイリーは、音楽や映画に興味のある才能豊かな子供たち向けのプログラムに参加した。キャンプのディレクターが振り返るところによれば、彼女にはほとんど指導の必要がなかったという。「彼女はすでに、レノン=マッカートニー級の作曲スキルを持っていました」と彼は振り返る。
Photo by Inez & Vinoodh
OUTFIT BY THOM BROWNE. EARRINGS BY HOUSE OF EMMANUELE. HEADPEICE BY PIERS ATKINSON FROM RESIDENCY EXPERIENCE.
彼女はその夏、ロード以降のサッドガール・ポップど真ん中の「Die Young」という壮大な曲を書き、YouTubeに投稿した。26歳になった今、彼女はそれを「地球上で一番ダサい曲」と評している。ダサいかどうかはともかく、「Die Young」は然るべき人々の目に留まった。数カ月のうちに、レーベルの幹部たちはショーケースやミーティングを企画して彼女と両親を飛行機で呼び寄せるようになった。彼女は17歳でAtlantic Recordと契約し、2016年には本名ではなく「チャペル・ローン」と名乗ることを決意する。この新しい名前は、亡くなった彼女の祖父デニス・K・チャペルと、彼が好きだったカーリー・フレッチャー作の有名なカウボーイバラード「The Strawberry Roan」から来ている。
2年間にわたって、ローンと彼女の家族は、レコーディングやミーティングのたびにミズーリからロサンゼルスやニューヨークへ飛んだ。ローンは高校の最終学年を丸ごと欠席し、プロムや卒業式にも出なかった。そして19歳になった2017年、彼女のムーディなデビューEP『School Nights』が満を持してリリースされた。その翌年には、ローンは単身でロサンゼルスに移住することを決意。彼女はその街で、クィアの女性として堂々と生きるようになる(最近ではレズビアンであることをカミングアウトしている)。「ここでは本当の自分でいられると感じる」と彼女は2022年に語っている。「それですべてが変わった」。
人として成長する一方で、彼女のキャリアは停滞気味だった。新しく雇ったマネージャーのニック・ボベツキーに、彼女は「もううんざりするほど落ち込む曲を作ったり歌ったりしたくない」と語ったという。彼女がやりたかった音楽、それはパーティーで映えるようなものだった。2018年、ボベツキーは彼女にダン・ニグロを紹介する。ロックバンドのAs Tall as Lionsの元ボーカリストである彼は、オリヴィア・ロドリゴ、スカイ・フェレイラ、カーリー・レイ・ジェプセン、カイリー・ミノーグの楽曲にも携わるソングライター兼プロデューサーだ。ニグロは2018年10月に自身のスタジオで初めてローンに会った時の印象について、「最初のうちはとてもシャイだった」と語っている。彼はその場で、しばらく温めていた「すごく幻想的なコード」をギターで弾いた。ローンがそれを気に入ったため、ニグロは短いループを作った。「彼女は何も言わず、1時間くらい黙々とノートに何かを書き込んでいた。好きなようにやらせようと思ったんだ」と彼は話す。やがて彼女はノートから顔を上げ、マイクの前に立ち、「Love Me Anyway」として世に知られることになる曲を歌い始めた。
翌年、ローンとニグロは彼女が思い描いていた大胆なポップ路線への移行を後押しする楽曲をさらに2曲制作した。特に「Pink Pony Club」は大きな転機となる曲だった。ニグロもローンも、この曲が幅広い層に届くと確信していた。しかし、ローンによれば、Atlantic Recordはこの曲のリリースを思いとどまらせようとしたという。「すごくショックだった」と彼女は振り返る。「自分の判断に自信が持てなくなってしまったの」。
ローンとニグロは「Pink Pony Club」を出すべきだと訴え続け、最終的に同レーベルは2020年4月に曲をリリースした。しかし、ローンの新たなポップ路線への反応は当初こそ好意的だったものの、彼女のキャリアを支え続けるほどではなかった。その夏、パンデミックで業界全体が苦境に立たされる中、Atlanticは彼女との契約を解消した。
極端さと滑稽さこそがキャリアの基盤
レーベルを失ったその週に、4年以上付き合った恋人との関係も終わった。その年の後半に双極性障害II型と診断されたことで、自分がなぜこんなにも悲しく怒っているのかという長年の疑問に答えが出た。22歳の時点で、彼女の人生とキャリアの行方は不透明だった。
ローンはミズーリに戻って傷を癒そうとした。そして彼女と家族は、一緒にセラピーを受けることにした。「あれが私たちを救った」と彼女は話す。「すごく病んだ子供への対処方法を知らなかったことで、親を一生憎み続けたくなかったから。あの頃は本当に辛かった」。
その後の1年間、ローンは人生を立て直そうと努めた。ドライブスルーでの仕事を経て、再びロサンゼルスに戻ってからはベビーシッターや制作アシスタントとして働いた。2021年の夏、彼女はニグロと再びタッグを組み、インディペンデントのアーティストとしてリリースする最初の楽曲制作に取りかかった。
一方で、ローンは自身のプレゼンテーションにもっと趣向を凝らすようになり、思い入れのあるドラァグコミュニティとの結びつきを強めようと、志を同じくする大胆なクリエイティブディレクターのラミシャ・サッターを雇った。「Naked in Manhattan」と「My Kink Is Karma」がリリースされると、彼女のファンダムは固まり始める。すでに「Pink Pony Club」は特別なプロモーションなしに数百万回再生されていたが、楽曲だけでなく、彼女がTikTokに投稿した音楽業界やデートに関するジョークやミームも大きな話題となっていた。「TikTokで相当クレイジーなことをしていたときに、フォロワーが一気に増え始めたの」と彼女は話す。
投稿やプロモーションを積極的に続けていた当時、ローンは双極性障害II型の典型的な症状であり、気分の高揚や活動水準の増加を特徴とする軽躁状態にあった。「当時はほとんど寝てなかった」と彼女は話す。「間違った薬を飲んでいたの。極端なエネルギーに駆られたり妄想に耽ったりして、精神疾患がこういうアプリの原動力になってるってことに気づいた。マジで本当に」。
2022年、ローンはセラピーに通い始める。以前にも自殺願望を抱いたことはあったが、その頃の彼女は初めて具体的な実行方法について考えていた。幸いにも、彼女は自分がどん底にいることを自覚するだけの冷静さを保っていた。同年5月、ローンはニグロを通じて親しくなったロドリゴのオープニングアクトを務め、『SOUR』ツアーのサンフランシスコ公演では9000人の観客の前で歌ったが、その直後に治療を再開している。
「このままじゃやっていけないって思った。自殺したくなるほど落ち込んだり、途方に暮れているようじゃ生きていけないって。自分を根本的に立て直す必要があった」と彼女は話す。現在のような圧倒的名声を短期間のうちに獲得する前に助けを求めたことを、彼女は幸運に思っている。「1年前の私だったら、絶対に対処できなかったと思う。きっと押し潰されてしまってた」。
Photo by Inez & Vinoodh
DRESS BY THE BLONDS. TIGHTS BY ONYA QUEEN. SHOES BY MARC JACOBS. ACCESSORIES: VIOLET CHACKIS PERSONAL.
レコード会社から声がかかり始めていた2022年末の時点で、ローンはすでにデビューアルバムを完成させていただけでなく、ヘッドラインツアーの全日程を完売させていた。彼女は数カ月間かけて新たなレーベルを慎重に選んだ。「地獄を見せてやったわ」と彼女は話す。「本当よ。私はこう言ったの。『マーケティング戦略のプレゼン資料を見せて。キャリアプランニングの資料を作って。5年後の展望は? 仮説すらうまく立てられないのに、実現なんてできるわけないでしょ。あんたらとは絶対に契約しない』」。
ローンは最終的に、二グロの新しいレーベルAmusement Recordsを通じてIslandと契約する。2度目のメジャーレーベル契約によって、彼女は渇望していた創作面の自由に加えて、レーベルの潤沢な資金や様々なリソースを手に入れた。かつてホットグルーでシャツにグミを貼り付けていた彼女は、"The Tonight Show"で特注の白鳥のドレスを着たり、ステージ上で煌びやかな衣装を身にまとうようになる。
ローンはかつてAtlanticから、数多くのスタイルを追求したり、10代の頃の自作ブランドのカラーからかけ離れるべきではないと警告されたことを覚えている。だが今では、その極端さと滑稽さこそがローンのキャリア全体の基盤となっている(Atlanticの広報は本稿に対するコメントを拒否)。リリースから4年を経て、「Pink Pony Club」はトップ30に入った。「彼らが間違っていたことを証明できて清々してる」と彼女は言う。「彼らはほんの少しじゃなくて、とんでもない大間違いをしてた。自分の直感が正しかったと確信することほど気持ちいいものはないわ。意図的に復讐したって気持ちは晴れないけど、こういう偶然の復讐はマジで最高」。
有名になることの弊害、音楽仲間や偉大な先輩の支え
ローンはカントリー歌手のオーヴィル・ペックに返信し忘れたことに気づいた。ローカルのドラァグクイーンたちにツアーの各公演の前座を務めてもらうというのは、もともと彼のアイデアだ。「彼に返事をしてないなんて、だらしないにもほどがある」。少し苛立った様子でそう話しているうちに、彼女はビリー・アイリッシュにもテキストを送るつもりだったことを思い出した。
最近の彼女は常にこんな感じだ。普段はすぐ返信するようにしているが、彼女のスマートフォンには200件以上の未読メッセージが溜まっている。「いつもはこんなふうじゃないの」と彼女は言う。「今は私らしくないことのオンパレード。すっかり変わってしまった自分に、ひどく失望してしまう」。
有名になればなるほど、かつての自分との距離が広がっていく。「頭が混乱していて、自分が自分じゃないみたい」と、彼女は繰り返し口にする。「ある女性のことをすごく好きになったけど、積極的になれないの。誰も私のことを理解してくれない気がして。アーティストとは付き合いたくない、頭のおかしい人ばかりだから。私はすごくネガティブで、『彼女には私のことが絶対に理解できない。うまくいきっこない』って思ってしまう」。
Photo by Inez & Vinoodh
OUTFIT BY VERSACE. SHOES BY JEFFREY CAMPBELL
ローンの新しい恋の相手は「業界とはまったく無縁」の人で、辛抱強く、今の混乱に満ちた状況について理解してくれているという。「彼女は本当に素晴らしくて、自分に自信があって、『無理しなくていいよ。友達のままでいたいならそれでもいい』って言ってくれた」とローンは話す。「今の私は首を切られた鶏みたいにあちこち駆け回っていて、『え? 結婚なんて無理!』って感じだから。今はそういう妄想ばかりしてる」。
今年6月、ノースカロライナ州ローリーでのヘッドライナー公演の最中に、ローンは感極まって泣き崩れてしまった。涙を流しながら、彼女は観客に「今日はちょっと調子が悪い」と打ち明けた。猛スピードで変化していく環境に、彼女はついていけずにいるからだ。「必死でがんばってた。劇団員みたいに『キャラクターになりきらなくちゃ!』って」と彼女は話す。「動画で私の情けない姿を見たら、みんな幻滅するんじゃないかって不安だった。あの日の私は本当にダメで、正直に伝えないといけなかった」。
ローンはファンとの関わり方を見直さないといけなかった。彼女は「ケイリー」と呼ばれても反応せず、写真撮影にも滅多に応じない。あるファンから一緒に写真を撮ってほしいと頼まれた時、恋人と喧嘩していた彼女は明らかに様子がおかしかった。
「私のことをどこにでもいる平凡な女として見てほしい」。筆者の前で発したその発言を、彼女は8月に投稿した不気味なファンの行動についてのTikTok動画でも繰り返している。「その辺にいる見ず知らずの女に怒鳴るなんてありえない。それってキャットコールやハラスメントだから」。
「ストーカーがいるの」。彼女は不意にそう口走った。ミズーリで会ったその人物は、彼女の両親の家やニューヨークのホテルの部屋にまで現れたという。「おかげで警備をつけなきゃいけなくなった」と彼女は認める。「マジで最悪」。
身の危険を感じた出来事はそれだけではない。7月にローンがシアトルへ飛んだ際、そのフライト情報を手に入れたファンが空港で待ち伏せしていた。ある男性は彼女がサインを拒否したことに腹を立て、空港警察がやって来るまで彼女を罵倒し続けた。その男性は、彼女がロサンゼルス国際空港に戻ったときもパパラッチの一団と共に現れた。「家に辿り着いた瞬間、膝から崩れ落ちた」と彼女は話す。「今は薬の影響で滅多に泣かないけど、その時は嗚咽して叫んだ」。
8月、ローンが友人の誕生日をバーで祝っていたとき、あるファンが彼女に無理やりキスをした。その夜、彼女の父親の電話番号がネットに流出し、誰かが父親に電話をかけたことを知った。我慢の限界に達した彼女は、TikTokやInstagramに先述のような動画やコメントを投稿した。
@chappellroan
音楽仲間たちも彼女のことを心配していた。チャーリーXCXは『BRAT』の大ヒットで多忙な日々を送っていたにもかかわらず、真っ先に連絡してきた友人のひとりだ。ローンの様子を常に気にかけているビリー・アイリッシュは、「Good Luck, Babe!」が今年一番のお気に入りの曲だと語っている(ローンが返信を忘れていても)。ヘイリー・ウィリアムス(パラモア)は彼女にDMを送り、いつでも話を聞くと伝えた(「彼女は最強よ」とローンは言う)。ケイティ・ペリーからはコメントを読まないようにというアドバイスを、ロードからは空港で目立たないようにするための秘訣のリストをもらった。バンドのMunaからは夕食に誘われ、マイリー・サイラスからはパーティーに招待された。レディー・ガガは電話番号を教えてくれたものの、恐縮してまだ連絡できていない。ルーシー・ダッカスやジュリアン・ベイカーとは一緒に散歩したり、コーヒーを飲んだりした。同じくボーイジーニアスのメンバーであるフィービー・ブリジャーズはローンの自宅で共に時間を過ごしながら、ますます「攻撃的で暴力的」になっている一部のファンの行動について苦言を呈した。
今年の顔と言うべき存在のサブリナ・カーペンターは、会ってお互いの近況報告をしようと誘ってくれた。「私たち2人とも、今はものすごくクレイジーなことを経験してる。何もかもが凄まじいスピードで飛び交っていて、振り落とされないようしがみついているだけで精一杯だって彼女は言ってた」とローンは話す。「そう感じているのは私だけじゃないって知って、すごく勇気づけられた」。シカゴのVic Theatreのバックステージで、ローンはその朝に届いたミツキからの長文メールを見せてくれた。そこにはこう綴られている。「世界最低の非公開クラブにようこそ。ここでは見知らぬ人があなたを自分のものだと思い込み、あなたの家族を特定して嫌がらせをしてきます」。
Photo by Inez & Vinoodh
(L) OUTFIT BY THOM BROWNE. EARRINGS BY HOUSE OF EMMANUELE. HEADPEICE BY PIERS ATKINSON FROM RESIDENCY EXPERIENCE.
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ローンは携帯に登録されている有名人の名前を挙げている途中で、それがどう受け取められるのか不安に思い、言葉を止めた。「有名人の友達がいることを自慢しているわけじゃないの」と彼女は話す。「私が言いたいのは、優しい女性たちがお互いを助け合っているということ。名前を出したのは、彼女たちがいい人だってことを知って欲しいから」。
皆がそうだというわけではない。「『いつでも話を聞くよ』って言ってくれる男性はあまりいない」と彼女は指摘する。これまでに声をかけてくれたのは、オーヴィル・ペック、トロイ・シヴァン(ローンの初期からのファン)、ノア・カーン、そしてエルトン・ジョンの数人だけだ。「長い間、それこそ子供の頃からずっと憧れてたアーティストから連絡をもらうと、本当に嬉しくなる」。
2023年初頭に彼女を知って以来ファンになったエルトンは、彼のラジオ番組「Rocket Hour」で「Pink Pony Club」を流している。今年の夏にローンとニグロを自宅に招いて一緒にピザを食べた彼は、それ以降彼女の様子を気にかけており、よく見知らぬiCloud番号から電話をかけてくるという。当初ローンはそれがエルトンからの電話だとは気づいていなかったが、彼は5日間で11回も連絡を試みていた。「ファンが私のiCloudを見つけたのかと思ったの。マジでムカついて、友達と一緒にイタ電かけてやろうとしてたんだ」。彼女は笑ってそう話す。「ある日その電話に出てみたら、エルトン・ジョンだった。すごく辛いって正直に伝えたら、彼は『立ち止まる必要があるなら、やめると言えばいいんだ』って言ってくれた」。
「彼女のことは大切に思っているんだ」とエルトンは話す。「彼女は優しくて、純粋で、素晴らしい人だ。ステージを降りた彼女はチャペル・ローンではないんだよ。僕と少し似ているのかもしれない。ずっと前からの友人のように思える、私にとって特別な存在なんだ」。
ローンが男性からの連絡が少ないことに気づいたのは、業界の二重規範に敏感になってきたからかもしれない。SNSで飛び交う「インダストリー・プラント(業界が作り上げたアーティスト)」という無意味な言葉は、狂信的なファンが集うTwitterのコミュニティでは特に女性に向けられることが多い。「知りもしない誰かを業界の操り人形だって決めつけるなんておかしい」と彼女は言う。「単に自分が情報に疎いだけかもしれないって考えないのかな」。
ローンが8月にTikTokに投稿した動画に対する批判は、業界の二重規範の存在をより明確にした。これらの動画がきっかけとなり、SNS上では名声や権利意識、あるいは「有名税」についての議論が巻き起こった。しかし批判する人々は、何年にも及ぶ活動にも関わらずほんの数カ月前までほぼ無名だった若い女性が、状況の急激な変化に伴って直面する安全面の懸念を見落としがちだ。
映画館やバー、スーパーに気兼ねなく行けるよう、ローンは髪を切って茶色に染めることを考えた。実際のところ、ネット上で「ファンに対してもっと寛大」とされているセレブたちも、外出するために何十万ドル、あるいは何百万ドルものお金をセキュリティ面に費やしている。
「私は閉じこもりたくない。私と同世代のアーティストの大半がそう感じてる」と彼女は話す。「みんな私と同意見。誰もがファン絡みで嫌な思いをしてる。中にはすごく我慢強い人もいるけど、私はそうじゃない」。
ホワイトハウスからの招待を拒否した理由
7月4日、ローンはミズーリ州に帰省した。今でもそこで暮らしている彼女の両親と3人のきょうだいは、長女である彼女の躍動に胸を躍らせつつ応援している。それでも、保守的で信仰が重んじられるオザークは地雷原のようにもなり得る。その当日、彼女は一時的に自身の意見を脇に置き、湖畔でのんびり過ごし、花火を眺め、家族の友人からの「気まずい」写真撮影のリクエストをうまくかわしていた。
ローンが故郷の保守的な親戚や友人に対して一定の共感を抱いていることに、東西の海岸部の人々は時に戸惑うようだ。「私の親類には共和党を強く支持している人もいる。彼らは私を愛してくれるし、私も彼らを愛してる。東西の海岸部で育った人たちには、私が彼らを理解していることが不思議で仕方ないみたい。昔の私が持っていた価値観は、無知がもたらす恐怖から生まれたものだったんだって、今ははっきり理解してる」。
彼女は長い間、自分自身の性的アイデンティティを恐れていた。「あけっぴろげなゲイの人たちが怖かった。そう教えられてきたから」と彼女は言う。「(私が気づいたのは)一部の人がそういうゲイの人たちを嫌うのは、彼らが女性らしさを発しているからで、女性も嫌っているということ。そういう小さなことがきっかけで、『世の中は間違ってる』って思うようになる」。
両親は彼女をキリスト教徒として育てたが、娘のキャリアやカミングアウトに理解を示し、積極的にサポートしてきた。「多くのことを学び直す必要があったし、まだ混乱している部分もある。自分がゲイであることを誇れないのはそのせいだと思う」と彼女は話す。「どうしてそれが自分にとって重大な問題なのか理解できない。そんなことないはずなのに、何かが引っかかっていて、それを認めざるを得ないの」。
ローンは自分を再構築する必要があった。彼女は自身のセクシュアリティや人間性を深く恥じていたが、そういった感情の一部とは折り合いをつけられるようになった。たとえば、若い頃に家族と一緒に祈りを捧げたオパールの純潔の指輪を、彼女は今でも身につけている。「可愛すぎて外せないの」と話しながら、彼女は婚約したばかりであるかのように指輪を見せびらかしていた。
今年、彼女はオハイオ州でのショーの最中に、自分がレズビアンであることをステージ上で公表した。以前の彼女は男性とのセックスを楽しむことができず、自分に問題があると信じ込んでいた。「ようやく気づいたの。『わかった、私はゲイなんだ。問題なんて何もなかったんだ』って。単純に、私は男性と関係を持つべきじゃなかったの。今じゃ男性とキスすることを考えるだけでも、少し嫌悪感を覚える。女性の方が断然いいんだから」。
今年の夏に一気に有名になった彼女は、自分の性について度々口にすることなく、あるがままにゲイとして生きることを学ぼうとしている。「必ずしも声高にカミングアウトする必要なんてない」と彼女は言う。「ひっそりと祝福するのでもいいと思う。ゲイであることを誇りに思っていても、毎日のようにそういうことを話したいわけじゃないから」。彼女は今、ビリー・アイリッシュやレネー・ラップ、ヴィクトリア・モネ、Muna、ボーイジーニアスなど、ポップ界を席巻するゲイやクィアの女性、ノンバイナリーのアーティストたちのひとりとなった。「人々がそういうアーティストをクィアだっていう事実とは関係なく評価するようになったことは、とても素晴らしいことだと思う」と彼女は話す。
Photo by Inez & Vinoodh
ガバナーズ・ボールのステージで、ローンはホワイトハウスが主催するプライドパレードへの招待を断ったことを明かした。「My Kink Is Karma」を歌う前に、彼女はこの曲をバイデン政権に捧げるとし、ガザの街の破壊やパレスチナの民間人の死への関与に抗議の意を示した。「私たちが求めているのは、すべての人が自由と正義を享受すること。それが実現したら、その時は行ってもいい」と彼女は言った。
自宅で筆者と話していた時に、ローンは当初「遥かにヤバい」計画を立てていたことを明かした。彼女は招待に応じ、出席した上でパフォーマンスを拒否し、その場で詩を読み上げて抗議するつもりだったという。「パレスチナの女性たちの詩をいくつか選んでおいた」と彼女は言う。「できるだけ品のいいやり方にしたかったの、ただ叫ぶんじゃなくてね。私の考えを反映したものではなくて、知的で核心を突いた意義深いものを見つけないといけなかった。大統領にこれほど近づくチャンスは二度とないかもしれないもの。やるなら今だと思った」。彼女がその計画を広報担当者に話したところ、彼は理解を示しながらもこう指摘した。「大統領や政府を敵に回すと、君だけじゃなく家族の安全も脅かされるかもしれない」
結局ローンは招待を断ったが、彼女が明確だと考えていたメッセージを誤解した人もいた。「『彼女はトランプ支持者なの?』っていうTikTokの投稿をいくつか見たわ」。ローンはそう話しながら、嫌悪感で顔を思い切りしかめた。「一方を嫌いで他方を好きみたいな、そんなに単純な話じゃない。どんなふうに言ったって、何かしらの理由で誰かが腹を立てるの。私がホワイトハウスに行かないのは、プライドパレードの見せ物にされたくないから。それにしても、行かなくて本当に良かった。だって、数週間前にトランスジェンダーの子どもたちに関する重大な声明が出たから」。彼女が問題にしているのは、バイデン政権が6月にトランスジェンダーの未成年者に対する性別適合手術への反対を表明したことだ(同政権は1カ月後にその発言を撤回した)。
Photo by Inez & Vinoodh
筆者がローンの家を訪れたのは、その時点では大統領選の民主党候補に指名される可能性が高かったジョー・バイデンによる、お粗末な記者会見の翌日だった。ローンと筆者は、その会見と先日のトランプとの討論会の酷さについて嘆きあった。その時点で、ローンの見解は多くの若い有権者の声と一致していた。その背景には、複数の戦争、ドラッグの禁止、トランスジェンダーの人々や中絶を希望する人々の医療アクセスの悪化などがある。「はっきり言って、政府も今起きていることも全部最悪」と彼女は言い、両手の中指を立てた。「私は(左翼・右翼の)どちらの側でもない。両方嫌いだから。今起きている何もかもを、心の底から恥ずかしく思ってる」。
7月の後半、バイデンは大統領選への出馬を断念し、カマラ・ハリスが民主党候補に指名された。ホワイトハウスからの招待を断ったにも関わらず、彼女は選挙キャンペーンの一部を担うことになる。Kamala HQの公式TikTokの投稿には「Femininomenon」が使われた。"Harris-Walz"の迷彩柄の帽子は、オレンジのフォントまで含めてローンのグッズにある"Midwest Princess"のロゴをあしらった迷彩キャップと酷似している。彼女は「これ本物?」というキャプションとともに、2つの帽子が並んだ写真をXでリポストした。民主党全国大会では、ミズーリ州の代表団のロールコールに「Good Luck, Babe!」が使用された。
「今はかつてないくらい、一票に重みがある。人々の権利、特にLGBTQ+のコミュニティの人々を守るためなら、私はどんなことでもするつもり」。彼女は8月に、筆者に向かってそう言った。「それは一貫して私の倫理観や価値観と一致しているし、候補者が誰であろうと変わらない。有色人種の女性が大統領候補になるっていう、歴史の大きな節目に生きていることをすごく幸運に思ってる」。
チャペル・ローンが思い描く未来
8月1日にシカゴのGrant Parkで開催されたロラパルーザで彼女がステージに立つ頃には、客席の盛り上がりは最高潮に達していた。ローンは紛れもなく当日の目玉だった。
主催者の報告によると、屈強なボディビルダーたちに囲まれたローンと彼女のバンド(80年代のレスラー姿で登場)のパフォーマンスを観るために、約8万人のオーディエンスが集まったという。会場周辺の非公式グッズ売り場の状況や、上空からドローンで撮影したオーディエンスの映像からは、ハリー・スタイルズやバービーを象徴していたピンクのカウボーイハットの事実上の所有権が、今やローンへと完全に移ったことがわかる。
ロラパルーザの話題を独占したローンだが、彼女はその前日にわずか1400人収容の小さなVic Theatreで公演を行った。「Chappell Roan Universe」というテーマを掲げた当日の公演には、彼女のルックを真似たファンたちが招かれた。午後4時を過ぎた頃には、街の一角を埋め尽くすほどのファン(主に少女たち)が悪魔の角やピンクのカウボーイハット、自由の女神の全身コスチュームなど、お気に入りの「チャペル・ローン・スタイル」で炎天下のなか行列を作っていた。会場内の彼女はアーミーグリーンのカーゴパンツと「BDSM」とプリントされた黒いシャツ姿で、バンドとともにリハーサルを行っていた。
サウンドチェックを終えたローンが駆け込んだ控え室には、マリー・アントワネットの衣装が広げられ、当日の「Femininomenon」のパフォーマンスの最中に落下してしまう白いブーファンのウィッグがスタンドに乗せられている。「ネイルしながら話すわね」と話す彼女は、椅子に座って赤いプレスオンネイルを貼り付けていた。彼女はこの週末、街から街へと移動しながら3つのフェスティバルに立て続けに出演することになっている。また今年の後半にはヨーロッパツアーを行い、その後はアメリカでさらに多くのフェスに出演する予定だ。
彼女は週に2回セラピーに通いながら、12月まで続く多忙なスケジュールを乗り切るための計画を立てている。「多分11月から5月中旬までは曲作りに時間を充てられると思う」と彼女は話す。「アルバムを作るには、自分を退屈させるしかない。私は退屈して頭の中が空っぽにならないと、何かを生み出せないタイプだから」。
Photo by Inez & Vinoodh
Jacket & Pants: Vintage Charles Jeffrey Loverboy
現時点で、彼女とニグロは出来に納得のいくものを5、6曲仕上げている。「カントリーもあるし、踊れる曲もある。80年代風の曲もあれば、アコースティックの曲もあるし、オーガニックで70年代っぽい生演奏の曲もある。とにかくヘンなの」と彼女は話す。「The Subway」はこの夏にステージで度々披露しているが、次のシングル候補ではないという。「あれはライブでやるのが楽しいっていうだけ」と、彼女は肩をすくめて話す。「他にもやりたい曲が2つあるけど、どうなるかはわからない。ピンと来てないんだよね。これだっていうやつは、いつもはっきりわかるから。とにかく『The Subway』ではないと思う」
彼女が嫌悪する「失敗作」という言葉が脳裏をよぎる。新作のレコーディングに入ったときは特に心配していなかったが、今では「Good Luck, Babe!」に引けを取らないものを作らなければならないというプレッシャーを感じ始めている。「次のシングルにはもっとガッツが必要なの。ポップのガッツ、ロックのガッツ、あるいはインパクトのある歌詞とか」。そう話す彼女は、最近はジョーン・ジェットに夢中だという。「ジョーン・ジェット、ハート、(レディー・)ガガ、私が聴いてるそういうアーティストたちの感じ方を知りたい。自分を鼓舞してくれるそのフィーリングを形にしたいの」。
ネイルを仕上げて、アイスのデカフェオーツラテを手にしたローンは、携帯で直近のストリーミングデータを確認する。その日、彼女以上に再生回数を稼いでいるのはケンドリック・ラマーだけだという事実を知り、彼女は「マジであり得ない」とこぼした。数字を確認するたびに、彼女は「オーマイゴッド」と繰り返す。「Good Luck, Babe!」は4億900万回、「Red Wine Supernova」は1億7300万回、「Hot to Go!」は1億6800万回だ。「オーマイゴッド」。
ローンはエルトンのアドバイスに従って、ノーの意思表示をしている。彼女は音楽に寄与しないものには一切関与しない。「お金はすべて世界観の構築目的で使う」と彼女は話す。「だから今はどんなブランドとの契約も断ってる。この世界観に合致するかどうかって考えると、H&Mは絶対にノー。そもそもH&Mなんて大っ嫌い。どんなにお金を積まれても、誰とも仕事をする気はない。世界観と100%マッチしない限りはね」。
自身の曲が進化し続ける今の状況を、彼女は楽しみ始めている。自分の曲が結婚式や卒業式といったお祝いの場でかかることを、彼女は大いに歓迎している。また「HOT TO GO!」がスポーツアンセムになればいいと思っている。「イギリスのサッカーファンを取り込まなきゃね」。彼女は笑いながらそう話す。「ワールドカップが『HOT TO GO!』を使ってくれたら、私は一生安泰」。
彼女は決して、名声を欲してはいなかった。彼女の願いは、友達を休暇に連れて行ったり、お気に入りの街シアトルにいつか家を買うことだった。「私が夢見ていたのは、自分の理想のショーを実現させることだけだった」と彼女は言う。ロラパルーザの舞台に立ち、ステージから見えるようにピンクのアイテムを身につけて欲しいという彼女のリクエストに応じたファンで埋め尽くされた客席を見たとき、ローンは涙を流した。その嬉し涙は、彼女が抱える不安を溶かしていくようだった。キャリア史上最大のステージで、ラテックスのレスリングウェアを着たバンドと一緒に自分の曲を演奏しながら、彼女はこれまでのすべてが何ひとつ無駄ではなかったことを悟った。
From Rolling Stone US.
「Good Luck, Babe!」
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『The Rise and Fall of a Midwest Princess』
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