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ラスマス・フェイバーが語る新境地、日本文化への共鳴、アニメ/ゲーム音楽の制作から学んだこと

Rolling Stone Japan / 2024年10月24日 18時30分

ラスマス・フェイバー

スウェーデン出身のDJ/プロデューサー、ラスマス・フェイバー(Rasmus Faber)が、ニューアルバム『Where Light Touches [A NIMA Story]』を今年5月にリリースした。本作は自身初のヴァイナル化も実現し、LPが10月25日に発売される。

10代の頃から地元ストックホルムでジャズピアニストとして活躍していたラスマスは、2002年、ハウスミュージックに魅せられて制作したデビューシングル「Never Felt So Fly」が評判を呼び、UKの名門ハウスレーベル「Defected Records」と契約。その後、自身のレーベル「Farplane Records」を立ち上げ、レーベル第1弾作品となったシングル「Ever After」(2003年)が世界的なヒットを記録し、ここ日本でも、2000年代のクラブシーンを席巻した”乙女ハウス”ブームの立役者として絶大な支持を獲得する。

また、日本のアニメ音楽から影響を受けたという彼は、2009年に日本のアニメソングをジャズアレンジでカバーするプロジェクト「プラチナ・ジャズ」シリーズを始動。スウェーデンの気鋭ジャズプレイヤーが演奏で参加した本シリーズは、ジャンルの枠を超えて人気を集めた。さらに坂本真綾、中島愛、ワルキューレといったアニメ/声優シーンで人気のアーティストへの楽曲提供、アニメやゲーム作品の劇伴音楽の制作など、多岐に渡る活動を行っている。

そんなラスマスの最新プロジェクトとなる今回のアルバムは、ロサンゼルス在住のイラストレーター、ロス・トランによるアートブック「NINA」にインスパイアされた作品。美しいメロディーと深いアンビエンス、フルオーケストラによる豊かな演奏と繊細な電子音が融合した、ネオクラシカル的な作品になっている。常に新鮮な気持ちで音楽を追求する彼が、今作で取り組んだ新たな挑戦に迫る。



―ニューアルバム『Where Light Touches [A NIMA Story]』は、ロス・トランのアートブック「NIMA」にインスパイアを受けて制作されたとのことですが、どんなところに魅力を感じたのですか?

ラスマス:ロスの作品に触れた時、僕が音楽に対して持っているのと同じような野望を感じたんだよね。現実逃避するための手助けになるような、現実世界よりもより美しいリアリティへ誘う作品と言うか。彼は色遣いと形状について素晴らしい感覚を持っているし、それが僕を別の世界へと誘ってくれるような気がするんだ。彼は日本のイラストレーションに影響を受けているけど、僕もアニメの仕事をたくさんしているからシンパシーを感じたし、とてもオープンで特定の国籍や伝統に囚われていない感じがする作風も僕と似ている気がする。僕自身、ある特定の国の持つ伝統や音楽には、どこにも属していないと思っているからね。


「NIMA」について、ロス・トランみずから解説した動画

―今回のアルバムではアンビエント/ネオクラシカル的な作風に挑戦されていますが、そのアイデアは「NIMA」のどんな部分に触発されて導き出されたのでしょうか。

ラスマス:アイデア自体は以前から僕の中にあったものだね。というのも、僕はこの数年、ゲームや日本のアニメの音楽をたくさん手掛けてきて、サウンドトラックを制作するためのテクニックにとても興味を持っていたので、そうした曲作りのメソッドを使いながらも、クリエイティブな面において自由度の高い作品を作ってみたいと考えていたんだ。それで曲を書き始めていたんだけど、物語や世界観のようなものが欠けていると感じていた。そんなときに「NIMA」と出会って、方向性が固まったんだよ。「NIMA」は”ワールド・ビルディング・ブック(世界を構築するための本)”とでも言うべき作品で、物語ではなくNIMAの世界観を詳細に描いた本なんだけど、今回のアルバムに収録されている楽曲はどれも、NIMAの世界に存在する特定の場所やキャラクターやシナリオを描いているんだ。いわばNIMAの世界のサウンドトラックという感じだね。

―制作を進めるなかで意識したこと、こだわったポイントを教えてください。

ラスマス:完成したアルバムはストリングスが主要な部分を占めているけど、最初は自分のスタジオにあるグランドピアノやマリンバを使って楽曲を書き始めたんだ。グランドピアノはとても素敵な音色だから弾いていて楽しいし、僕は丸みのある木琴の音が好きだから、そういう木の感触をサウンドに取り込みたかったんだよね。そこにエフェクト音を足していくなかで、「このアルバムにもっと豊潤なテクスチャー(感触)を与えたいな」と考えて、制作の終盤でオーケストラによるストリングスを取り入れることにした。だから、このアルバムはミニマルな感じで始まって、最終的にはある意味ロマンチックで美しいものへと発展していったんだ。結果的に本当にたくさんの要素がバランスよく混ざり合ったものになって、とても満足しているよ。

―そういったピアノやマリンバから作り始める行程は、普段ハウスミュージックを制作するときのアプローチとは異なる?

ラスマス:ハウスミュージックを作るときはプロセスがちょっと違っていて、毎回違うアプローチを試みている。ナイスなグルーヴを探す必要があるし、楽器に関してもベースやドラムが大切になるからね。ただし、ひとつだけ例外があって、数年前にリリースした『Two Left Feet』(2019年)というアルバムは、ピアノとマリンバを使ったミニマルなスタイルで、ハウスミュージックで映画音楽的なものを追求したんだ。僕にとってはかなり興味深い実験的な作品になったね。今はよりグルーヴィでクラブサウンドをベースにしたハウスミュージックに立ち返っているよ。

「Healing Rain」 アルバム「Where Light Touches - A NIMA Story」より NIMAにインスピレーションを受けて、@RossDraws が制作 プロフィールのリンクからどうぞ pic.twitter.com/3FFrChv8vW — ラスマス・フェイバー (@rasmusfaber_jp) May 5, 2024
―また、本作はDolby Atmosで制作・ミックスされているのも特色です。作曲や楽曲制作の時点から、サラウンドサウンドを意識して取り組まれていたのでしょうか。

ラスマス:うん。このアルバムの制作にあたって、すべてをサラウンドサウンドで作るというのは初期から構想していたアイデアのひとつだった。その少し前に映画音楽の仕事を通してDolby Atmosについて研究していたからね。だから、自分のスタジオにサラウンドサウンドのシステムを完備したんだよ。ピアノやストリングス、他の多くの楽器に関しても、それぞれ違った技術を駆使して、サラウンドサウンドでレコーディングを行った。部屋中にたくさんのマイクをセッティングしてね。エレクトロニックなエフェクトについても、サラウンドでプロデュースすることを心掛けていて、このアルバム全体がとても深みのあるサラウンドサウンドの精神を持っていると言えるだろうね。

―今作の収録曲の中で、特にサラウンドサウンドを活かせたと思う曲を挙げるとすれば?

ラスマス:正直なところ、アルバム全体で感じられるとは思うけど、いちばん最初の曲(「Train To Nimbus」)はその良い見本だろうね。もちろん、Apple Musicで聴いても、特別なオーディオを通して聴けばとても深みのある音を感じられると思う。家にいくつかスピーカーがあって、そういうシステムが揃っていればの話だけどね。でも、ヘッドフォンでもある程度はこの壮大な空気感を感じてもらえるようには作っているよ。ただし、コードレスのイヤフォンだけは、少し空間の隙間を感じてしまって、幻想を完全に再現することは難しいかもしれないけど。



―例えば「Warden」といった楽曲では、いわゆる現代音楽に由来するミニマルミュージックの要素を強く感じました。今作を作り上げるうえでリファレンスにした音楽や作曲家、ご自身の創作の影響源としてより色濃く出たと思うジャンルがあれば教えてください。

ラスマス:僕の場合は、プロジェクトごとに特定の作曲家を参考にしたり直接的な影響を受けるとういうのではなく、自分の好きなものがあって、それが他の作曲家と共鳴して、自分のライブラリーに蓄積されていくエネルギーのようなものを与えてくれるという感じかな。ただ、このプロジェクトに関しては、スティーヴ・ライヒやフィリップ・グラスのような、ミニマリスティックで抽象的な作曲家がインスピレーションになっているかもしれないね。このアルバムではメロディよりもテクスチャーのようなものを重視しているから。それに、あまり有名ではないインディペンデントな作曲家の中にも、こうしたサウンドを追い求めている人がたくさんいて。しかもそういうサウンドをコンピュータをベースに、新しい解釈で開拓しているんだよね。例えば”Botanica”という、エレクトロニックなアンビエントっぽいサウンドを追求しているジャンルがあったりして。美しいサウンドトラックの中にも、こうした考え方を作曲に取り入れているものがたくさんあるよ。


「Botanica」楽曲をまとめたプレイリスト

日本文化への共鳴、アニメ/ゲーム音楽の制作から学んだこと

―ラスマスさんはこれまでにも、アニメやゲーム作品の劇伴音楽を多数手掛けていますが、それらの経験は今回のアルバムの制作にどんな影響を与えていますか?

ラスマス:とても大きな影響を与えているよ。ゲームのサウンドトラックの仕事をしている時に、オーケストレーションやオーケストラのアレンジについて多くのことを学んだんだ。それに、曲を書く時に頭の中に情景を描くこともね。曲そのものにフォーカスするというよりも、自分の中にイメージを湧き上がらせる手助けをしてくれたとでも言うのかな。もちろん、純粋に実践的な意味でもね。このアルバムに参加してくれたストリングオーケストラは、色々なゲームのサウンドトラックで一緒にやった人たちだったから、それも大きな助けになったね。

―ラスマスさんは初めてのアニメ劇伴のお仕事『学戦都市アスタリスク』(2015年)の時点で、オーケストラと電子音楽の融合に挑戦していました。また、坂本真綾さんや中島愛さんといったシンガーへの楽曲提供のお仕事でも同様のアプローチをされていますが、ご自身の創作において「オーケストラと電子音楽の融合」というモチーフはどんな意味を持ちますか?

ラスマス:僕は常に、あらゆる種類の音楽的な感情をミックスして、それを僕が表現したい感情にブレンドさせているんだ。ハウスミュージックを作り始めた時は、ハウスとラテン音楽をミックスさせることで、音楽的な表現にあらゆる感情を詰め込んだりしていた。そうした様々な違った要素やパートが全体の表現に寄与することで、より豊かな感情を引き出してくれるんだ。中島愛のために作った曲にも映画音楽的な良さがあると思う。ストリングオーケストラが様々な方向性の感情をより強く表現する手助けをしてくれたし、リズムも自分の役割を大いに果たしてくれたね。もちろん、僕だけがストリングスとエレクトロニックなサウンドをミックスした唯一の人間ではないし、そうした映画的なサウンドを取り入れるのは、アニメソングというジャンルにおいての刻印とも言えると思う。僕はそれがとても楽しいし、コンセプトを出来る限り活かして、最大限の感情を伝えようとしているんだ。



ラスマス・フェイバーが作編曲を手がけた、坂本真綾の最新シングル 「nina」 (TVアニメ『星降る王国のニナ』オープニングテーマ、11月6日リリース)

―例えば、日本のアニメソングをジャズアレンジで届けるプロジェクト「プラチナ・ジャズ」のように、ラスマスさんはさまざまなジャンルを融合もしくは越境した作品を多く生み出しているように感じます。そういった取り組みの根源にはどんなルーツがあるのでしょうか。

ラスマス:特に理由のようなものはないけど、僕はひとつのことをやり続けるのが苦手で、常に色々なものに挑戦しているから、たくさんのことに興味があり過ぎるのかもしれない。それとプラチナ・ジャズに関しては、音楽としてアウトプットされたものはすごくトラディショナルなジャズになっているから、知らない人が聴いたら、その曲のオリジナルがアニメソングだとは気づかないと思うし、それこそがこのプロジェクトの意図するところなんだ。今日ジャズのスタンダードと呼ばれる楽曲の多くは、アメリカの古いミュージカルから生まれたものなんだけど、僕たちはアニメソングを、ジャズの曲になったアメリカの古いミュージカルと同じように扱いたかったんだ。だから、プラチナ・ジャズのアルバムの副題は”アニメ・スタンダード”にしたんだよ。僕たちはプラチナ・ジャズでは何かを融合したとは思っていない。常に純粋にジャズの表現を用いていて、それこそが僕が興味を持っているもののひとつなんだよね。



―なるほど、よくわかりました。では、今回の「NINA」のように特定の作品に向き合って音楽を制作するやり方は、ご自身の創作活動においてどんな経験になりましたか?

ラスマス:ゲームやアニメの仕事とは違って、脚本のようなものがない完全に自由な状態で曲を書くというのは、僕にとっては新しい経験だったね。このアプローチを活かして、今後も自由度の高い状態で、特定のジャンルに囚われることなく創作活動をしてみたいと考えているよ。その上で、次のプロジェクトではボーカルを取り入れた作品を作りたいと思っているんだ。単に情景的なサウンドというだけではなく、ボーカルトラックに印象的なキャラクターを取り入れたものを作ってみたい。これまでに一緒に仕事をしたことのある日本のボーカリストを含め、様々な国のヴォーカリストとコラボレーションして、それを1枚のアルバムにまとめたら、すごく面白い映画作品的な経験になると思うんだ。今作は、そういう意味で僕の次のプロジェクトへのインスピレーションを与えてくれたと思う。

―ラスマスさんは音楽家としてのキャリアも長いですが、今と昔でアーティストとして何か変化を感じていることや、届けたいものが変わって来たところはありますか?

ラスマス:うん、そう思うよ。僕はまず音楽で表現することを第一に考えていて、オーディエンスとの交流ということはその次の段階だと思っているんだ。だから、ハウスミュージックを作り始めた頃は、まだDJすらやっていなかった。DJとしてプレイすることへの必要性が高まってきたのは、その後のことだね。僕は常に自分が表現したいものを探し求めているし、その情熱に突き動かされてきたんだよ。この2~3年は、僕が歳を重ねたせいもあるし、パンデミックの影響もあって、音楽表現全体のテンションが少し落ち着いてきたところがあって、サウンドトラックを作りたいという欲求も、音楽表現がより内省的なものへと向かっていることの表れなのかもしれない。でも、最近はクラブミュージックがまた少し魅力的に思えてきていて、やってみようかなと思っているところなんだ。まだはっきりとは分からないけれどね。



―あなたは昔から日本でとても良く知られていますが、日本に対してシンパシーを感じるところはありますか?

ラスマス:日本の仕事もたくさんやっているし、長い間訪れて来ているから、日本には何か繋がりを感じる。日本での音楽プロジェクトは、どれも僕に多大なインスピレーションを与えてくれているんだ。それに僕のいくつかの曲が、僕が初来日するより前に日本で人気が出たことは興味深いよね。僕は日本の文化と共鳴するというか、文化的な表現をシェアしているように思うんだ。僕にはHideo Kobayashiという日本人DJの友だちがいるんだけど、彼は郊外に住んでいて、自然の中を歩きながら今回の僕のアルバムを聴いて「素晴らしい日本人の作曲家だ!」って思ったんだって(笑)。僕には彼の言いたいことがとてもよくわかるけど、なぜなのか、その理由はわからない。だって、僕はこういう音楽を日本から影響を受ける前から作り続けて来たからね。だから、なぜ僕のサウンドのトーンが日本の文化とマッチしたのか、好奇心をそそられるよ。

―最近日本について何か関心があることがあればお聞きしたいです。

ラスマス:良い質問だね。プロとしては、最近日本のゲーム音楽の仕事を少しするようになったことかな。以前にやったことがなかったから、日本のゲームを探求することに興味があるよ。個人的なことでは、これまでに試したことのない食べ物といった、シンプルなことに常に興味を持っているね。田舎とか、行ったことのない場所にも。でも、日本に限らず全体として興味を持っているのは、クラブシーンへの回帰なんだ。クラブシーンについては、もうかなり長い間焦点を当ててこなかったんだけど、最近は様変わりしていると思うし、音楽の楽しみ方の形も変わってきていると思うから、そうしたシーンが僕の音楽的好奇心とどのように関わっていくのか、とても興味があるよ。

―今回のアルバムはレコードでリリースされますが、自分のアルバムがレコードで発売されることに対して特別な関心はありますか?

ラスマス:いや、特にはないね。レコードでアルバムをリリースするのは今回が初めてなんだ。僕の最初のハウスのシングルはレコードでリリースされたんだけど、僕自身はDJをCDで始めた世代だから、DJセットでレコードをプレイしたことは一度もないんだ。ちょっと恥ずかしいと思うこともあるけど(笑)。ただ、ロスのイラストの素晴らしさを音楽と共に届けられるという点では、レコードでリリースするというアイデアはとても良いと思ったよ。僕の意図通りにみんながこのアルバムを楽しんでくれたら嬉しい。僕は過去や音楽の歴史に関してノスタルジックに感じるタイプでもないし、古いテクノロジーを使うことに何も感じないんだ。もちろん、クラシックなものやオールドスクールなものに思い入れを持つ人の気持ちは尊重したいけど、僕は常に新しいものに挑戦したいし、未来を見ているからね。



ラスマス・フェイバー
『Where Light Touches [A NIMA Story]』
再生・購入:https://kud.li/fp076#

LP購入:
disk union
tobira records

試聴リンク:
Farplane Records
Spotify
Apple Music

公式サイト:https://www.rasmusfaber.com

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