【オースティン音楽旅行記Vol.4】伝説の音楽番組『Austin City Limits』50年の歴史に触れる
Rolling Stone Japan / 2024年11月15日 17時5分
マール・ハガード、トレント・レズナー、デイヴィッド・バーン、フー・ファイターズ、レイ・チャールズ、ジェリー・リー・ルイス…Scott Newtonが撮影した錚々たる顔ぶれ(Photo by Shiho Sasaki)
テキサス州の州都、オースティンの魅力を音楽ファン目線で掘り下げた観光レポート連載(全4回)。第4回は『Austin City Limits』を収録しているThe Moody Theaterを取材。アメリカのTV史上最記録を誇る音楽番組。その50年の歴史と現在地、夢のような環境が揃う「収録現場」兼ヴェニューを案内してもらった。
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そもそも『Austin City Limits』とは?
米公共放送PBSの『Austin City Limits』(以下、ACL)は1974年に始まった音楽番組の草分けで、これまで1000本以上ものパフォーマンスを放送し、年間1億800万世帯が視聴。象徴的なスカイラインのロゴとともに「ライブミュージックの首都」を全国規模でアピールし、ロックの殿堂入りも果たした、同市でもっとも有名な文化プラットフォームの一つである。
番組を象徴するロゴとオースティンのスカイライン。色がついてる建物は左からUTタワー(テキサス大学オースティン校)、テキサス州会議事堂、フロスト・バンク・タワー
オースティン出身、ゲイリー・クラーク・ジュニアが2024年10月に4度目の出演。ACL収録時はスタジオにあるスカイラインを背景に演奏する
「Saturday Night Live」「Jimmy Kimmel Live! 」といったトーク番組のパフォーマンスでは1〜2曲をスタジオで撮るのが通例だが、ACLは「本物のライブを届けること」を信条に、たくさんの楽曲とフロアの興奮をノーカットで届けてきた。公共の電波を使って、今観ておくべき実力派のパフォーマンスを1時間前後にわたって放送。「Great music. No limits.」を合言葉に、若手からレジェンドまで多様なラインナップを起用し、まだ見ぬ才能をお茶の間レベルで浸透させてきた功績も大きい。
21世紀以降はマルチチャネル化にも力を注ぐ。2002年に始まったACL Festivalが、コーチェラやロラパルーザにも匹敵する巨大フェスに成長したのは本連載Vol.1で触れたとおり。YouTubeにも50年の秘蔵アーカイブが多数アップされている。筆者がシカゴからオースティンに移動する際には、アメリカン航空の機内プログラムでジェニー・ルイス/Munaの回を鑑賞した(1本のエピソードに2組が半々ずつ出演するパターンもよくある)。
ACLシーズン49と最新シーズン50の出演者が貼られた柱。The Moody Theaterの楽屋裏にて(Photo by Shiho Sasaki)
ウィリー・ネルソンと共に歩んできた歴史
長年収録に使われてきたのは、テキサス大学のキャンパス内にあった小さな一室。観客数は300人に制限されていたが、その親密さが特別なパフォーマンスを生み出してきた。そこから2011年、市中心部の「ACL Live at The Moody Theater」にスタジオを移してからは、ライブ事業がACLの新たな柱となる。2750人収容と規模感を拡張しつつ、持ち味である距離感の近さはキープ。収録のない日は世界トップクラスのライブ会場として日々使われており、最近では新しい学校のリーダーズが出演したばかりだ。
ここでは事前予約制の見学ツアーも実施されており、ACLの歴史や番組制作の過程、ステージの裏側を知ることができる。今回はACLのブランド開発部長、Ed Baileyさんに案内してもらった。
Edさんと記念撮影(Photo by Shiho Sasaki)
まずはEdさんと、The Moody Theaterの入り口にあるウィリー・ネルソン像で合流する。ウィリーとACLは蜜月の関係にあり、記念すべき第1回を皮切りに歴代最多18回も出演し、2024年10月には番組の50周年記念コンサートに登場したばかり。押しも押されぬ番組成功の立役者であり、ウィリーが街のシンボルとなった大きな理由がここにある。
The Moody Theaterの入り口にあるウィリー・ネルソン像(Photo by Shiho Sasaki)
もともとACLの出発点は、1974年当時のオースティンで活況を呈した、「プログレッシブ・カントリー」の本質を伝えることにあった。そのために制作陣は、ライブハウスの現場でうごめく興奮を収めるべく、生演奏を1時間丸ごと放送するという大胆なアイディアで勝負に挑む。
ウィリーはこの頃すでに新しいムーブメントを象徴する存在だった。彼とバンドの熱演に客席は大いに沸き、番組から伝わるリアルな熱狂と音楽愛は、視聴者だけでなくミュージシャンをも惹きつけていく。その後もルーツミュージック色を今日まで続く伝統として受け継ぎつつ、1979年にトム・ウェイツ、1980年にレイ・チャールズを迎えるなど、様々なジャンルに開かれた番組へと少しずつ変化していった。
1974年、ウィリー・ネルソンが旧スタジオで収録した第1回ACLの映像
ACLの記録を数字とギターで示す展示。下側は歴代最多出演でウィリー・ネルソンは歴代最多の18回出演(Photo by Shiho Sasaki)
最高の番組を撮るための、最高のスタジオ兼ヴェニュー
The Moody Theaterは、出演者も宿泊するW Austin Hotelを含めた複合施設の一画を占めている。四角い箱型の外観は、ミュージシャンがツアーで持ち運ぶトランクから着想を得たもの。まずは裏口から入って、キャパ350人の姉妹スペース3TENを見せてもらう。「大小両サイズのヴェニューを持つことで、あらゆる音楽をカバーできることを誇りに思っています」とEdさん。
続くThe Moody Theaterは、踏み入れた瞬間に声が漏れてしまった。「ステージから一番遠い席でも、距離でいうと77フィート(約23メートル)と比較的近いんです。私たちはこのヴェニューを、アーティストを近くに感じられるような場所にしようとデザインしました。なので、この会場にハズレの席はありません。どの席からもライブを楽しんでもらえるはずです」とEdさん。その言葉に偽りはなく、約1500席が設置されたバルコニーの一番端もベストスポットのように楽しめるだろう。この感覚は日本で味わったことがない。
The Moody Theaterで一番ステージから離れた3階バルコニー端の席。余裕で近く感じる。写真中央上の黒幕を降ろすことで、収容人数に合わせて客席を調整することが可能(Photo by Shiho Sasaki)
1階アリーナから見上げた光景。Edさんは、通常のライブハウスでは味わえない真横からのアングルがお気に入りとのこと。2階にはプレミアムシートやVIPルームがある(Photo by Shiho Sasaki)
1階アリーナは公演によって、シートとスタンディングを使い分けることが可能。こちらもステージとの距離感は申し分ない。この密接さはもちろん番組収録を念頭に置いたもので、TVショーでは旧スタジオからの慣習に則って木製のU字ステージを使用し、観客はその周りを囲むように立ち並ぶ。ステージの高さも若干低めになるそうで、それによってアーティストを真正面から撮影することができるという。
このような形で「スタジオ」と「ヴェニュー」を兼ねた例は珍しいだろう。ACLをTV収録するための施設はThe Moody Theater内に一通り揃っており、見学ツアーでは映像/オーディオ/照明のコントロール・ルームを覗くこともできる。4000万ドル(約61億円)もの建設費が投じられただけあって機器の充実ぶりは圧巻だ。
ステージ上の正面から客席を見た光景(Photo by Shiho Sasaki)
アークティック・モンキーズ、ACL収録時の舞台裏映像(2019年)。木製のステージやカメラの位置に注目
レガシーを受け継ぎ、新たな歴史を紡ぐ
さらに場内を歩いていこう。胸が熱くなったのはACLに45年近く貢献してきた専属フォトグラファー、Scott Newtonの写真を展示したKeller Pfluger Gallery,。
レイ・チャールズ、ジョニー・キャッシュ、ドリー・パートン、B.B.キングといった大御所に、番組を支えてきたカントリーの重鎮たち、フー・ファイターズ、レディオヘッド、ウィルコ、ノラ・ジョーンズ、ケンドリック・ラマーまで。番組のハイライトを飾ってきた歴代レジェンドの「奇跡の一枚」がずらりと飾られている。音楽ファンならいくらでも酒の肴にできそうな空間だ。個人的には、学生時代にACLのライブDVDを入手したデイヴィッド・バーンの写真が嬉しい。
Scott Newtonの写真ギャラリー。ジョニー・キャッシュ、クリス・クリストファーソンなど錚々たる面々が並ぶ(Photo by Shiho Sasaki)
Scott Newtonのギャラリー続き。左の大きい写真はニール・ヤング、右はノラ・ジョーンズ(Photo by Shiho Sasaki)
番組恒例のインタビューシーン収録にも使われる楽屋や、制作スタッフが使うケータリングルーム、ウィリー・ネルソンが愛した喫煙所「Willie's Place」からも出演者へのリスペクトが感じられる。楽屋近くの廊下にはロックの殿堂入り認定証が飾られてあり、出演者は歴史の積み重ねを実感してからステージに立つという。
ここに集う人たちは、みんな音楽とその歴史を愛しているのだろう。Edさんの語り口からもACLで働くことへの誇りと責任感が伝わってきた。
ちなみに、50周年の節目に見学ツアーは一新され、クイズコーナーを含むインタラクティブな展示、ドキュメンタリー映像、番組のセットを再現した記念写真スポットなどが新設されたばかり。筆者の訪問時はまだ準備中だったので、ぜひとも自分の目で確かめてみてほしい(※紹介動画はこちら)。
出演アーティスト用の楽屋。ACLのインタビューシーンでもお馴染み(Photo by Shiho Sasaki)
ACL、ロックの殿堂入り認定証(Photo by Shiho Sasaki)
最後の夜と帰国後に思うこと
The Moody Theaterでライブを観る前に、徒歩1分もかからない近場にあるLambert'sで腹ごしらえ。歴史的建造物を改装したテキサス・バーベキューの名店で、レンガ造りの壁に格式を感じる。2階にはウイスキーバーがあるほか、ここでも日によってライブ演奏が堪能できる。
前菜がわりのチーズ・ナチョスも濃厚な味に驚いたが、プレートに盛られた肉料理はバーベギューの概念が変わりそうなほど美味しい。スモークが効いたブリスケット(肩バラ肉)はジューシーで、こんな柔らかい肉を食べたのは初めてだ。ベイクドマカロニチーズも病みつきになる。量もすごくて胃袋が限界突破しそうになった。
Lambert's、格式ある外観とモダンな雰囲気の内装(Photo by Shiho Sasaki)
バーベキュープレート。サイズはかなり大きめで二人がかりでも食べきれないほど。なおかつ食べたことのない美味しさ(Photo by Shiho Sasaki)
この日の夜、The Moody Theaterに出演したのはキャット・パワー。ボブ・ディランによる1966年の伝説的コンサートを全曲再現した『Cat Power Sings Dylan』(ピーター・バラカンさんも「予想をはるかに超える傑作」と絶賛)のツアーで、1曲目の「She Belongs To Me」でソウルフルな歌声が聞こえだした瞬間、2024年のベストライブになると確信する。
ディランの偉業に敬意を表しつつ、キャット・パワーことショーン・マーシャルは自分の筆跡で感情豊かに名曲の数々を歌い上げていく。オリジナル同様、前半はアコースティックで途中からバンドが加わるわけだが、後者のアンサンブルもアメリカ音楽の旨みを凝縮したかのような素晴らしさ。ウィリー・ネルソンに「想定通りの音を奏でられる場所を手に入れた」と言わしめた会場のオーディオ設備も別格で、最高水準という謳い文句は伊達ではない。アメリカで過ごした最後の夜、本当にいいものを観た。
2006年、ACLに出演したキャット・パワー。Scott Newtonのギャラリーより(Photo by Shiho Sasaki)
*
帰国後も旅の余韻に浸りつつ、ウィリー・ネルソンによる通算153作目(!)の最新アルバム『Last Leaf on the Tree』を聴きながらオースティンについて考えている。
「最後の一葉」というタイトルが示すとおり、本作は死と向き合った作品だ。「気づいてる? 誰もがいつかは死んでしまうことに」と歌うフレーミング・リップスの「Do You Realize??」を、現在91歳のウィリーが歌うことの意味は重い。それでもこのアルバムに軽やかさと希望めいたものを感じるのは、たとえ彼の肉体が滅んだとしても、魂はあの街でずっと生き続けるのだろうと思えるからだ。
オースティンはただ風通しがよくてユニークで面白かっただけでなく、これからの生き方を考えるヒントも与えてくれたような気がする。自分らしく自分のペースで生きること、自分とは異なる他人のあり方を想像して理解すること、音楽という架け橋と「Keep Weird」の精神を信じること。バーグストロム空港で見かけた「Live Music Capital of the World」のネオンを思い出しながら、そんなことを思った。
【オースティン音楽旅行記】は全4記事
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【Vol.1】SXSWを生んだ街が「奇妙」であり続ける3つの理由
【Vol.2】「世界のライブミュージックの首都」どの会場から行ってみる?
【Vol.3】音楽ファン垂涎のレコード店、ホテル、ディープなカルチャースポット巡り
【Vol.4】伝説の音楽番組『Austin City Limits』50年の歴史に触れる(※本ページ)
※取材協力:ブランドUSA、オースティン観光局
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