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小西康陽が語る65歳の現在地 歌うこと、変わり続けること、驚くほど変わらないこと

Rolling Stone Japan / 2024年11月20日 17時30分

小西康陽

スタジオ録音としては初のヴォーカル・アルバムが話題を集めている小西康陽。旧知の間柄である音楽評論家の高橋健太郎が再びインタビューを行なった(※前回はこちら)。

2020年の『前夜 ピチカート・ワン・イン・パースン』から4年、小西康陽が初めて本人名義のアルバムを発表した。「小西康陽シングズ小西康陽」的な内容という点では4年前のライヴ・アルバムと重なるが、アレンジ、サウンドは攻めた作りだ。3曲目の「衛星中継」(オリジナルは1989年のピチカート・ファイヴ『女王陛下のピチカート・ファイヴ収録』)を初めて聴いた時には面食らった。こんなセルフ・カヴァーもありなのかと。過去40年間、彼の音楽は驚くほど変わらない側面を持つ一方で、音楽家あるいは音楽愛好家としての小西康陽は常に聴き続け、考え続け、変わり続けている。ソロ・デビュー作と言ってもいい今回のアルバムはそれを強く印象づけるものになった。

インタビューも4年ぶり。いつもながら緊張した。なので最初のうちは「さんづけ」で。


和声を削ぎ落とした裸のヴォーカル

—4年ぶりのアルバムですけれど、今回、本名名義じゃないですか? ピチカート・ファイヴあるいはPIZZICATO ONEで、40年ぐらいピチカートという名前のもとに音楽を作ってきた。それをやめて本名名義にした動機は何だったんですか?

小西:う〜ん、重たい決意は全然なくて、去年、丸の内でライヴをした時になぜか小西康陽名義でやっちゃった。そのスコアをそのまま使って、今回レコーディングしたので、じゃあ、そのままでいいかなと。


『失恋と得恋』ジャケット写真
今作に収録されたレパートリーの多くは、2023年8月に丸の内コットンクラブにて行われた公演「小西康陽・東京丸の内」のために編曲されたもの。ピアノ、ベース、ドラムス、ギター、チェロという5人編成のアンサンブル・メンバーがスタジオに再集結し録音。ピチカート・ファイヴ時代のレパートリーを中心に、提供曲やカヴァー曲を小西自身の歌声で聴かせる

—なるほど。でも結果としてはどうでしたか? ピチカートという名前を背負わない、あるいはそれに隠れなくなって、自分の中で何かありました?

小西:そうですね、シンガー・ソングライターのレコードを作ったという気持ちはある。

—おおお。4年前のライヴ・アルバムも全曲自分で歌ったものでしたが、あれは曽我部恵一さんの誘いがきっかけでしたよね。

小西:まさにそうです。

—今回はどうだったんですか? 自分から能動的に動いた? それとも何か依頼があって?

小西:やっぱりライヴの依頼ありきですね、で、大きいコンサートをやる時っていうのは新しいアレンジの勉強のチャンスだと思っているんです。それで今回はチェロを入れた。ずばり言うと、去年の前半、チコ・ハミルトン・クインテットのレコードをずっと聞いていた。フレッド・カッツって人がチェロを弾いていて、そのチコ・ハミルトンの編成でやってみたいと思って。ただ、チコ・ハミルトンの場合は木管が一人いて、それだとヴォーカルが入る余地がなくなってしまう。

—となると、ドラムス、ベース、チェロ、ギター?

小西:うん、でもピアノレスだとちょっと心配なので、ピアノは入れました。



—なるほど、4年前のアルバムはヴィブラフォンをフィーチュアした編成でやるというのがテーマだったと思いますが、今回はそれがチェロになったと。

小西:そうですね。こういうアンサンブルでやりたいっていうのはいつも考えていて、例えば今一番やりたいのはパーカッションをメインにしたバンドで、カルテット・トレ・ビアンって、昔に僕、健太郎さんにレコードを借りたんじゃないかな。

—そんなことあったっけ?

小西:ピアノ・トリオにパーカッションの編成のカルテット。僕はそれをツー・パーカッションにしたい。あと、トニー・ベネットの「Crazy Rhythm」が入ってるアルバム。それは本当にパーカッションにピアノとベースだけみたいな編成でやってる」




—なるほど、でも今回のアルバムはピアノレスの曲も多いですよね。あるいはギターもいなくてコードレスな曲もある。前回のインタビューでは、ピアノがストレートにコードを弾いているので、小西康陽的なコード感のエッセンスが分かりやすいって、僕は言ってたんですね。ところが、今回はそのコードがまったく鳴らされない曲がある。コードに支えられない裸のヴォーカル。こんなの今までやったことないですよね?

小西:確かにやってないですね。極端に和声を削ぎ落としたアレンジは。夏木マリさんのアルバムでベースとヴォーカルだけというのはやった。あとはリミックスでヴォーカルとパーカッションだけとか。

—小西康陽の音楽のシグネイチャー的なコード感をあえて鳴らさなかったというのは何か理由があるんですか?

小西:おっしゃってるのは「きみになりたい」みたいな曲のことだと思うんですけれど、あの曲は前作にも『わたくしの20世紀』にも入れた曲で、僕はもう入れないつもりだったんですけれど、事務所の社長さんが絶対入れろって言って、で、レコーディング前のリハーサルまでは去年のライヴと同じアレンジでやってたんですよ。ところがレコーディングの直前に閃いちゃって。僕が閃いたというのは、とあるレコードと出会ったということですけれど。チェロとヴォーカルだけの。

—ええ? 何だろう?

小西:アーサー・ラッセル。アーサー・ラッセルを聴いて、やってみたら成立した。この録音はチェロと二人で向かい合ってやりました。





時を経て、遠いところまで来た姿

—3曲目の「衛星中継」もドラムスとコントラバスとチェロという編成で始まりますよね。途中からピアノやギターも控えめに入ってきますが、基本はドラムス&ストリングス。小西康陽名義でどういう音楽をやるんだろうと思って聴き始めたら、イントロダクション的な2曲に続いて、この「衛星中継」が出てきて、これは攻めたアレンジだなと思いました。オリジナルとの距離も絶妙なストレンジ・ミュージック。それが小西さんのヴォーカルにすごく合っている。

小西:嬉しい。ありがとうございます。チコ・ハミルトン・クインテットの特徴的なサウンドを使用するのに一番ピッタリだったのが「衛星中継」なんですよ。



—ヴォーカルも前作とは違うところに到達した感が。

小西:そうですね。ライヴでは自分ではちゃんと歌えてたと思えなくて、ピッチ下げた方が良いかとかいろいろ考えたんですけれど、レコーディングでは歌えた。こういう自分の憧れるジャズ・シンガーみたいな感じのも頑張れば行けるんだと思った。

—生々しさと深みがあって、すごく言葉が入ってくる歌声です。

小西:ここまで褒めるのは怪しい。

—いやいやいや。それでアルバムはシングズ・ピチカート・ファイヴ的な内容で進んでいくじゃないですか。でも、さっき言ったようにコード感が希薄で、オリジナルから遠いところに来ているものが多い。シンガー・ソングライターのレコードって、例えばキャロル・キングだったら、作曲家だった彼女のデモが良いって評判があって、じゃあ、そのソングライターの書いた時の原型を聴きたいというので作られたところがあると思うんですよ。でも、そういうのとは全く違う作り方ですよね。

小西:そうか。うん。

—小西康陽のシンガー・ソングライター・アルバムへの期待としては、デモをそのまま聴きたいというのもあるんですよ。作者のファースト・ヴァージョンって聴きたいじゃないですか。でも、僕はつきあい長いけれど、実は小西くんのデモって、一回も聴いたことない。曲を提出する時にどういう形で渡しているのか、知らないままです。

小西:一時期は割とギター弾いたデモが多かったですね。あるいは譜面で渡したり。

—オケまで作ってということは少なかった?

小西:あんまりしなかったな。

—リズミックな曲も?

小西:リズミックな曲はいきなりスタジオ行って。

—マニピュレイターと作る。

小西:そうそう。

—僕はスクーターズの「かなしいうわさ」をミックスしましたけれど、あれもデモは聴いてないんです。オリジナルのリズム・トラックがあるなら聴きたかった。

小西:あれはもうスクーターズありきのアレンジを僕の仕事場で、マニピュレイターの人とちゃんと作りましたね。

—例えば、ロネッツの「Be My Baby」(1963年)の作者のエリー・グリーニッチがソロ・アルバム(1973年)で歌ってる「Be My Baby」は三拍子なんですよね。彼女のオリジナルは三拍子で、それをフィル・スペクターが作り変えたのか、それとも作者が後年、ひとひねりしたのがあの三拍子ヴァージョンなのか、いまだに分からないんだけれど。

小西:どちらもあると思いますね。

—時を経て、作者が歌うって、そういう謎かけみたいなところもあるじゃないですか。原型なのか、それとも遠いところまで来た姿なのか。

小西:今回のアルバムでは「そして今でも」なんかは自分でも遠くまで来たなと思いますね。




—『カップルズ』の曲ですよね。佐々木麻美子さんと高浪敬太郎さんのデュエットで歌われていた。今回、小西さん自身の歌で聴いたら、こんなに悲しい曲だったのかと思いました。この頃から、こんな悲しい歌ばかり書いていたのかと。

小西:そうか。その頃からずっと同じことを歌ってんだよな。

—それが裸になったのが今回のアルバムという気がします。今まで歌ってもらってきたシンガーの人たちについて、自分で歌ったことで気づいたことはありますか?

小西:いやもう感謝しかないですよ。こんな難しい曲だったんだって思って、その反省も大きいし。ブレスするタイミングを忘れてますねっていう曲が多過ぎて。でも田島(貴男)くんなどは上手かったから誤魔化せたのか。すごいなって。

「あなたのことがわからない」変わらぬ恋愛観

—アルバムを聴き進んで、ようやくシンガー・ソングライターらしいサウンドが出てきたと思ったのが8曲目の「朝」で、これはカヴァーだと最初は気が付かなかった。若林純夫さんのオリジナルは武蔵野タンポポ団で聴いていましたが、全然違うじゃないですか。 カントリー・フォーク的な元歌を70年代シンガー・ソングライター的なコード感の曲に作り変えてある。

小西:う〜ん、ちょっと残念。

—え?

小西:残念だ。いや、健太郎さんにはその先まで気づいて欲しかった。あの若林さんが作った「朝」って、詩を読めば、ランディ・ニューマンの「Living Without You」をモチーフにしているんですよ。

—あ……。そういうことか。それをさらにランディ・ニューマンに……。若林さん、2006年に亡くなられていますが、生前からご関係が。

小西:そうです。大学時代に。

—お店に行ってた? 渋谷のZOOですよね。

小西:よくご存知で。高校3年の時に受験で東京行くって、和田珈琲店の和田博巳さんに伝えたら、和田さんが店に行けと言った。若林純夫がいるからと。でも、あまりに渋谷の奥の方で分からなかったんだけれど、大学入って最初に音楽の話で仲良くなった同級生がZOOに通い詰めてたんですよ。それから大学時代は4年間、ほぼ毎日のように若林さんと会ってたと思う。

—ああ、じゃあ札幌の和田さんみたいな存在だった。

小西:そうそう。だから僕が今こんな服を着てるのも若林さんの影響が大きいです。

—若林さんはファッションの人でしたものね。でも、今回のタイミングで若林さんの曲をカヴァーしようと思ったのは何故だったんですか?

小西:それはね、下北沢で最近、定期的に弾き語りのライヴやってるんですよ。そこで ブレッドの「Make It With You」とか、ニール・ヤングの「Only Love Can Brake Your Heart」とか、そういう曲を僕が勝手に日本語に訳して歌っているんです。それで、そういえば若林さんもこんなのやってたなと思い出した。





—さっきのソングライターのオリジナル・デモという話に戻ると、一番その原型に近い曲はどれですか?

小西:「あなたのことがわからない」かな。

—これは未発表曲ですね。いつ頃書いた曲ですか?

小西:4年くらい前。ある女性歌手の人と知り合って、その人のレコードを作りたくて、ずっと準備してたんですけど、レコード会社が決まらず作れなかった。この曲のインスパイアは分かります?

—いや……。

小西:バッファロー・スプリングフィールドの「It's So Hard To Wait」。

—ああ、リッチー・フューレイの歌ってるバラード。

小西:こんなにネタばらしていいのか。




—でも、この「あなたのことがわからない」も小西康陽の変わらぬ恋愛観を表した曲ですね。曲作りの根幹にあるのは、貴方と私は分かり合えないということだったり、いつか別れるってことだったり。恋はしてるけど、もう終わりだって思っている。そういう状態。それが40年間続いている。

小西:そうですね。変わらない。

—4年前にも同じような話をしたかもしれないけれど、僕達はそれからまた歳をとりました。少し前にS-KENさんと話した時に、S-KENさんは70歳になったら70歳なりの歌いたいことがあると言ってたんですけれど、一方で小西康陽はこんなに変わらない。それは実人生が変わらないからですか? それとも音楽的に変わらないだけ?

小西:どっちとも言える。答えにくいことを聞きますね。でも本当にどっちとも言える。うん。

自分の弾き語りは音楽活動だと思っていない

—定期的に弾き語りのライヴを始めたのは、自身の意思なんですか?

小西:そうですね、それは割と自主的に。2年前にノラオンナさんに誘われて、二人で2時間やるというライヴがあって、やったらできちゃったので、その喜びが大きくて。俺もついにシンガー・ソングライターだよって思えて。

—ガット・ギター一本での弾き語り。

小西:そう、それが今一番やりたいこと。シンガー・ソングライターのレコードを集中的に集めて聴いた時もさ、ギター弾き語りのレコードってあまり聴かなかったんですよ。リズム・セクションの入っているものを好んで聴いていた。それが今は完全に入ってない方がいい。だからフォークウェイズとかフォークレガシーとかのレコードも好んで聴くようになった。人間変われば変わるもんだなと思いますね。

—僕もそういう傾向あります。ライヴよりレコードが好きで、丁寧にプロダクションされた録音作品が好きな人間だった。でも、最近はたった一人の弾き語りの何もコントロールされない感じがピンと来るようになった。

小西:僕がやっている弾き語り、あれは音楽活動だと思っていないから。演芸というか、漫談みたいなものだと思っている。あるいはDJに近いかもしれない。

—弾き語りのための新曲は書いてないんですか?

小西:まだ書いてないですね。でも、弾き語りやるぞって時にすでに自分で歌いたい曲をたくさん書いてたってことは嬉しかった。あとはおびただしい数のカヴァーをやってます。

4年前のインタビュー記事の最後に、小西康陽のヴォーカルは喋りと歌がシームレスだということを書いたんですよ。喋りと歌がシームレスだった代表はビング・クロスビーで、彼のラジオショーを聴くと、ゲストのシンガー達はみんな歌になると歌の声になるけれど、ビングだけは喋りと歌が同じトーンで、行ったり来たりする。小西康陽のヴォーカルも在り方が似ているんじゃないかと。

小西:そう言われたら、すごく嬉しい。弾き語りではすごく小さな声で歌うから、注意して聴いてくださいと言ったりするんだけれど。

—自分の音楽の聴き手のことは想定しますか?

小西:もちろんします。

—今回のアルバムはどういう聴き手を想定しましたか?

小西:正直に言うと、同じ年齢ぐらいの人に向けて作りました。

—ああ、そうなんだ。

小西:あと、若いけれど、多分僕の年ぐらいまでは音楽やりたいなと思っているだろう人たちに向けて。そういうことは考えましたね。

 *

雑談的な会話の中で、最近はキューバのフィーリンを聴いているという話も出た。僕は現代の甘ったるいフィーリンは好きではないが、その源流にあるセサル・ポルティージョ・デ・ラ・ルスの弾き語りは大好きだ。彼は1940年代からジョアン・ジルベルトにも比する繊細なギター弾き語りをしていた。その話をしたかったのだが、インタビューの場では名前が思い出せず、セサル・ポルティージョ・デ・ラ・ルスと伝えることができなかった。

帰宅してから、久しぶりにセサル・ポルティージョ・デ・ラ・ルスの残された数少ない録音を聴いてみた。そして驚いた。声のトーンが小西康陽と似ていることに。次に会う機会があったら、それを伝えたいが、彼がこの記事を読んでくれれば、その必要はないかもしれない。

【関連記事】小西康陽が語る、自分の曲を自分で歌う意味「OKと思えるのに40年かかった」





小西康陽
『失恋と得恋』
発売中
再生・購入:https://yasuharu-konishi.lnk.to/LoveLostAndFound

アルバム発売記念ライブ
「小西康陽 東京・大阪・福岡」
2024年11月27日(水)東京・丸の内コットンクラブ
2025年1月24日(金)ビルボードライブ大阪
2025年2月1日(土)福岡・ROOMS

小西康陽 (vocal)
矢舟テツロー (piano)
鈴木克人 (bass)
柿澤龍介 (drums)
田辺充邦 (guitar)
平山織絵 (cello)

公式サイト:https://www.readymade.co.jp/journal/

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