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日本で音楽都市を実現するための、音楽文化を「翻訳」する方法

Rolling Stone Japan / 2024年11月21日 17時0分

Photo by Kaoru Mochida

都市と音楽には密接な関係がある。街を歩けば必ずどこかで音楽がかかっているし、「ジャズの街」「ロックの街」のような言い方で街の魅力を発信する自治体も少なくない。とはいえ、都市に音楽は本当に不可欠なものなのだろうか。その理由をはっきりと説明することができる人は多くないだろう。その答えを考えるカンファレンスイベント「なぜ都市に音楽は必要なのか? みんなで考える音楽都市のつくり方 Music City Conference Vol.00」が、9月20〜21日に東京・九段下で開催された。

Music City Conferenceは、「音楽都市」というコンセプトをかかげ、音楽を用いた施策で世界各地の都市を豊かに開発してきたイギリスのコンサルティング会社「Sound Diplomacy」の創業者シェイン・シャピロが2023年9月に上梓した『THIS MUST BE THE PLACE: How Music Can Make Your City Better』の邦訳版制作をきっかけとしたものだ。邦訳版の出版元となる黒鳥社が、単なる翻訳書の出版にとどまらず、これをきっかけとして「日本で音楽都市を実現するためにどのようなことが可能なのか」を考え行動していくためのプロジェクトのキックオフにあたる。本プロジェクトには黒鳥社に加え、ナイトタイムエコノミー推進協議会、ハード・ソフトの両面で「居心地の良い街づくり」を実現する東邦レオ株式会社も携わる。



音楽都市とは「都市の課題を音楽で解決するソリューション」

初日となる20日は自治体向けのセッションとして、シャピロによる「音楽都市のつくり方」のレクチャーに加えて「音楽×まちづくり」を実践する5つの自治体(川崎市、浜松市、福井市、京都市、福岡市)の施策担当者によるプレゼンテーションとディスカッションが行われた。
本稿では一般公開された翌21日の模様をお伝えする。イベントは、まずシャピロによるプレゼンから始まった。


シェイン・シャピロと通訳のラッセル・グドール。ラジオDJのようなノリノリで流暢な通訳に、会場から度々笑い声が上がっていた

Sound Diplomacyは2013年に設立され、これまでに40ヶ国・130都市において音楽にまつわる都市政策にアドバイスを行っている。シャピロらの長年の主張は「再開発、観光、教育といった都市に関する政策において、音楽が必ず何らかのかたちで関係しているにもかかわらず、音楽そのものや産業従事者があまりにも軽んじられすぎている」ということだ。

日本のさまざまな都市でも、音楽フェスティバルの立ち上げやライブ施設の建設など、音楽を通してその街の経済成長や課題解決を試みる施策は行われている。その一方で、シャピロはナイトクラブの騒音規制や営業規定をはじめとする各種規制の厳しさや、ハード面以外のインフラ──つまり音楽に関わる人材へのサポートの薄さを指摘する。

「クラブは軍の基地、刑務所、空港の次に規制が多い施設なんです。音楽があらゆる領域に関わる営みだからこそ、こうした音楽にまつわる施設は、他の法律や規制に多大な影響を受けてがんじがらめになってしまうのです。
政府や行政は、音楽を経済成長のためのドライバーとしたいにもかかわらず、音楽産業を形成するビジネスモデルやエコシステムについて、あまりに知識が不足している状況ではないでしょうか」

Sound Diplomacyが提唱する音楽都市に向けた施策とは「音楽イベントの開催」「音楽教育支援によるアーティスト育成推進」といった、直接的なアプローチだけではない。その都市に音楽の持続可能なエコシステムを構築するための、より広範囲にわたる取り組みが不可欠だというのがシャピロたちの考えだ。

これまで同社が手掛けてきた実績例を挙げると、世界的に「歌の国」として知られるウェールズにおいては、草の根の取り組みから大規模なイベントまで、あらゆるレベルの音楽産業の保護と発展を任務とする音楽委員会を設立した。加えて国際的な音楽フェスティバルの創設、1万5000人規模の新アリーナ建設などについても支援している。また中米のベリーズでは、観光産業の強化や国内の雇用増加に向けた施策として、新たなレコーディングスタジオを設立するとともに、世界中からアーティストを呼び込むための奨励プログラム策定をセットで支援した。



こうした施策を実現させるためにSound Diplomacyが行っているのが綿密なリサーチである。以下はその一例である。
・レコード店、楽器店、音楽教室、教会、ラジオ局など音楽関連スポットのマッピング
・音楽にまつわる各種規制の調査
・音楽産業にかかわるビジネス環境の調査(どれだけの雇用を生み出しているか、音楽関連企業が銀行から借り入れできるかなど)
・アーティストの発掘・育成・プロモーションの仕組みをその地域がどの程度保持しているかの調査

シャピロは「多くの都市では、音楽にまつわる政策を文化関連の部署が担当していますが、大抵は縦割りでその他の部署との関わりが薄いのが現状です。しかしながら、音楽は文化政策の範疇を超え、都市計画、ビジネス促進、ヘルスケアなどの領域にもインパクトが与えられるものです。音楽を政策のためのツールとして真剣に捉えてもらうためにも、音楽文化になじみがない人でも理解できるデータを揃え、わかりやすいことばに通訳できる存在が必要なのです」と語った。


黒鳥社より登壇し、さまざまなディスカッションに参加した若林恵

業界団体の結束と「つまらないことば」が行政を動かす

続いてシャピロ、黒鳥社コンテンツディレクターの若林恵、弁護士/ナイトタイムエコノミー推進協議会代表理事の齋藤貴弘による鼎談が行われた。プレゼンを踏まえ、Sound Diplomacyの実例から日本で音楽都市を実現するための論点を整理する時間となった。

2015年の風営法改正に精力的に取り組み、いまだ厳しい規制が残るもののナイトクラブの合法的な24時間営業が可能になる枠組みづくりを進めた齋藤は、その後のナイトタイムエコノミー推進協議会設立の経緯についてこう説明する。

「都市に多角的な価値をつくり出し、どれだけの人が自由に自分らしく生きられるか。そこにどんなコミュニティや文化が生まれ、刺激が加えられるのか。それを考えていくなかで、夜の経済圏に関する価値を発信していく活動を行うこととなりました」

その活動の課題となっているのが、行政やデベロッパーなど「昼の経済圏」に対してアピールする際に発生する、ナイトタイムエコノミー独特の概念や用語の伝わりにくさだという。
シャピロもそれに同意した上で、以下のように語る。

「わたしたち音楽都市をつくろうとする人びとは、良い翻訳者、良いデータアナリストであるべきだと考えています。自治体は『音楽は生活にとってとても大切なんです』といったことばで情に訴えても大抵聞き入れてはくれません。ですので、ときには楽しい音楽の取り組みを、非常につまらないことばに翻訳することも必要です。プロジェクトを進めていくうえで、音楽業界がビジネスとして立派に成り立っていることを理解していない人の前で話さなければならないことがいくらでもあります」

「一方、政府・自治体側から聞こえる不満は『どんな支援を求めているのか不明瞭』ということです。それが支援をしない言い訳に使われています。例えばベルリンにはクラブコミッションという、商工会議所的な集まりがあり、スポークスパーソンがいます。ナイトクラブがどんな価値を生み出しているのかを基準化し長年アピールしてきた結果、猥雑な施設のような扱いだったところから、都市計画のなかにナイトクラブの項目が入るまでに至ったのです」


キャプション:弁護士/ナイトタイムエコノミー推進協議会代表理事の齋藤貴弘

シャピロたちは、具体的にどんなデータを収集し、政策を実現してきたのだろうか。一例として挙げられたのはアメリカ、アラバマ州にあるハンツビルの事例だ。多くの市民がライブを観るために、隣接する〈カントリーミュージックの聖地〉ナッシュビルへと外出してしまう状況を調査し「毎週50万ドルの喪失がある」と具体的な数値に落とし込んだ。それをきっかけに、8000人規模の野外シアターの設立を実現したのである。

「これまでの音楽業界はデータを使う文化があまりありませんでした。街のマッピングやデータ収集をすることで、もっと多様な提案を行うことができるのです」



日本で「都市の文化」をもう一度つくる方法

最後に若林と、CANTEEN代表である遠山啓一の対談「アーティストに自由を――都市文化を生み出すCANTEENの挑戦」が行われた。

CANTEENは、ラッパーTohjiをはじめとするアーティストのマネジメント/作品制作をはじめ、アートギャラリー「CON_」の運営など、インディペンデントにクリエイティブ・ビジネスの成長をサポートする2019年創業の企業だ。直近でも「都市と文化」をテーマにした両者の対談が行われている。

遠山は「アーティストがもっと自由に活動できるためにはどうすれば良いかという発想からCANTEENをやっている」と語り、自らの会社を「都市文化の会社」と規定している。

「僕は具体美術協会という、1960〜70年代に関西で活躍したファインアート集団の拠点であった『グタイピナコテカ』に大きな影響を受けています。代表の吉原治良はアーティストでもあり、食用油メーカーの社長でもありました。グタイピナコテカが特徴的だったのは、そこがアトリエ、スタジオ、社交場の機能をすべて兼ね備えていたことです。そこはルーチョ・フォンタナ、サム・フランシスなどの展示が行われ、イサム・ノグチやジャスパー・ジョーンズのような作家が集まる場所になり、評論家のクレメント・グリーンバーグや世界的なコレクターであるペギー・グッケンハイムなどが頻繁に出入りすることで、具体の活動を一気に世界的なレベルに押し上げました。外的な要因に囚われず制作/発表が可能になると、今度はその場所でやる意味──つまりアイデンティティやオーセンティシティが必要になります。場所が機能するとさまざまな資本が流れ込み、批評が生まれ、外部との接続が生まれる。解釈を拡大していくと都市自体にもそうした機能があると僕は考えています」


CANTEEN代表の遠山啓一

遠山はシャピロが語った、行政担当者が音楽や周辺ビジネスに対する知見に乏しい現状に同意しつつ、このように持論を語った。

「行政担当者の不知を嘆くのは簡単ですが、政府や行政担当者に支援してほしいとロビイングするならば、ほかの文化・芸術ジャンルはもちろんのこと、例えば観光や飲食産業を差し置いても、なぜ音楽が重要で価値があるものなかを正しく訴えなければなりません。ただ、一癖も二癖もあるアーティストやギャラリストらと公務員が共通の言語で話し合うというのは難しい面も確かにあります。だからこそ、コミュニケーションが円滑に行われるようなデザインをどう設計するのかが重要です。それが『政治力』ということなのだと思います。芸能やマスメディア、アニメなどを除くと、音楽に関わるほとんどの人材が実際の政治からとても遠いところにいると感じています」

彼は、日本が世界2位の音楽市場を持っているのにも関わらず、海外アーティストのバイオグラフィに日本でライブを行ったことが明記されない現状、いわば文化的に軽視された立ち位置にあることに大きな憤りを感じ続けていると言う。一方で、ロンドンで目撃した都市文化のエコシステムの強固さには非常に驚いたと話す。

「自分がロンドンにいたころ、友人のアーティストたちがアーツカウンシルや、PRS Foundation(イギリスのJASRACのような団体が出資している基金)などを日本よりもずっとカジュアルに活用しているのを横で見ていて、日本の公的基金や補助金との差を強く感じました。それ以外にも公的組織と民間による絶妙な協力関係による都市文化のエコシステムがありとあらゆる場所で機能しており、いまの日本では絶対に勝てないと衝撃を受ける日々でした」

「数年前、CANTEENもある自治体から音楽事業者の活性化に関する政策提言のような仕事を請け負ったことがあります。コロナ禍において、その自治体は音楽に関わる事業者をサポートしようとしたのだけれども、そもそもビジネスモデルやプレイヤーが不明瞭で、コネクションもない状況だったんです。具体的にどんなプレイヤーが存在しており、どんなニーズがあるのかがわからないと話していました。なので、それを定性/定量的に知るためのフィールドワークを担当者と一緒に行いました。その街で夜、若者はどんなことをして、どう遊んでいるのか。まずこうした状況からのスタートだったんです。例えば飲食業であれば、コロナ禍が始まったと同時に、業界団体との連携により、補助金をはじめとして具体的な支援策がどんどん実行されていたように思います。音楽というものが、ある種遅れた立ち位置にいるという認識を強く持つ必要があるなと再認識したプロジェクトでした」

CANTEENについて若林は「都市を起点に自主的な文化が育つ機能」の最新形だと感じたという。世界中でダンスミュージックのイベント/配信を手掛けるBoiler Roomと、CANTEEN所属アーティストTohjiが主催するパーティ「u-ha」のコラボイベントに参加したレイブクルー「みんなのきもち」のDJプレイは約170万回再生を越える。ここに映される日本とは思えない盛り上がりは「新しい東京のイメージ」そのものだ。



遠山たちは「イベントはアーティストだけではなく、観客の振る舞いも含めた全体で作り上げるものです。だからもっと主体的に楽しんで参加してほしい」という意図をもとにイベントにおける場所やコミュニケーションのデザインを何年もかけて積み重ね、こうした場を作り上げたと語る。

「僕らはお客さんたちを、ムーブメントを一緒につくる仲間だと思っています。演者と観客をきれいにわける必要はないんです。イベントをひとつ企画するにあたっても、さまざまな工夫をしています。会場内もフロアに段差を作って踊りが目立つお客さんが見えるようにする、装飾を自分たちでやる、鳴り物を配る、普段のフロアと違う照明を入れるといった工夫をすると、お客さんの行動が変わります。空間に対して身体が主体的に動いていくことが大事なんです。たとえ作品をつくっていなくても、踊ることもまた音楽の解釈であり、そこには自分のアイデンティティも関わってきます。なのでこうした活動をしていると、お客さんのなかから自然と個性を持ったクリエイターも出てきます」

「アーティストやイベントプロダクションだけではなくて、お客さんがパーティの雰囲気や強度を作る。産業やプレーヤーだけではなくて、お客さんがパーティの雰囲気をつくるし、それは政治やまちづくりにも同じことが言えるはずです。その場にいる人を巻き込んだ共創が生まれるためには、強度の高いコンテンツとそれを通じた適切なコミュニケーションの設計が大事です。良い空間だけあってもだめ。良いコンテンツやテナントがそこにあるだけでも不十分。都市文化が生まれるためには、その上でどのようなコミュニケーションを行えば正しい方向に進むのかを各事業者やプレイヤーが考えイニシアチブを共有する必要があると考えます」

本イベントの主催でもある黒鳥社若林は「文化を生み出すためにリアルな空間が必要な理由について、非常に高い解像度で聞くことができました」と対談を締めくくった。

Music City Conferenceは今回がキックオフの位置づけとなる。「いまの東京はつまらないよね」「行政のエンタメ・カルチャー支援が的外れに感じる」といった不満が語られる場はいくつもあったが、では何をどうすれば良いかを真剣に考える場はまだそこまで多くないはずだ。そうした考えに共感する人は、ぜひ次のイベントに参加してみてほしい。


会場となったのは、山口家5代目山口萬吉の私邸として1927年に建てられ、登録有形文化財にも選ばれたkudan house。東急電鉄、竹中工務店、東邦レオの3社共同で改修し、企業や組織の枠を超えたコミュニケーションを促すイノベーション拠点として再生された


イベント終了後の懇親会ではイギリス出身のDJ、Submerseによるプレイも行われた

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