スクエアプッシャー『Ultravisitor』20周年 真鍋大度が語る、間近で見た「鬼才の凄み」
Rolling Stone Japan / 2024年11月22日 17時30分
言わずと知れた鬼才、スクエアプッシャーことトム・ジェンキンソンの7作目のアルバムにして、その評価を決定づけた金字塔的作品『Ultravisitor』が今年でリリース20周年を迎え、トム・ジェンキンソン自らの監修のもと【Loud Mastering】のジェイソン・ミッチェルによって、オリジナルテープからリマスタリングされ、レア音源や豪華ブックレットを加えた『Ultravisitor (20th Anniversary Edition) 』として再発。
そんなタイミングで、トムと親交の深いオーディオ・ヴィジュアル・アーティスト/DJ/プログラマーの真鍋大度を招いて話を訊いた。2013年のZ-MACHINESのプロジェクトで初めてコラボレーションして以降、2015年に行われたスクエアプッシャーの来日公演ではオープニングアクトを務め、2017年のショバリーダー・ワンのライヴではヴィジュアルを担当、2020年のアルバム『Be Up A Hello』に収録された「Terminal Slam」のMVを手掛け、2022年のジャパン・ツアーにも帯同するなど、数々の共演、共作を重ねた真鍋はスクエアプッシャーの音楽を、『Ultravisitor』をどのように聴いたのだろうか。
機械と人間、どっちが鳴らしているかわからない面白さ
─まずは真鍋さんがスクエアプッシャーの音楽と出会ったときのことについて教えていただけますか?
真鍋:当時の僕の情報源のほとんどはレコ屋の推薦文だったので、スクエアプッシャーの存在もそこで知りました。当時の僕はどちらかと言うとヒップホップ系のDJで、聴いている曲もヒップホップ寄りのものが多かったから、彼の作るドラムンベースを進化させたような音楽にはあまり触れていなかったんですけど、それでもかなりの衝撃があった。「とんでもない人がいるんだ!」と思った記憶があります。それにあの頃の自分はMPCやSP-1200を使っていたから「どうやって作っているんだろう?」という疑問もあった。たぶん『Hard Normal Daddy』(1997年)以降の彼の音源はほぼリアルタイムで聴いているんじゃないかな。
─その頃の音楽好きの盛り上がりも凄まじかったのではないかと思います。周囲の反応はいかがでしたか?
真鍋:当時の僕の周りは本当にヒップホップのDJの友達ばかりだったので、そこまでではなかったんです。その中で僕はサンプリングネタを探す意味合いの方が強かったですけど、いろんなジャンルを聴いている方だったんですよね。IDMという言葉をトムは嫌いだと思うんですけど、便利なんで使ってしまうと、IDMや〈Warp〉系と呼ばれていた音楽を聴く仲間が増えたのは僕がIAMAS(岐阜県立国際情報科学芸術アカデミー)という学校に行ってからで。2002年くらいからなんです。
─では『Ultravisitor』が2004年にリリースされたときはすでにいっしょに聴く仲間ができていたんですね。『Ultravisitor』を初めて聴いたときの印象は覚えていますか?
真鍋:それまではグラフィックなどが使われていたジャケットが彼自身のポートレートを用いたものになっていて、「こんな人なんだ!」というインパクトがあったし、きっと何か心境の変化があったんだろうと考えたりしました。それに、いつもそういうタイプの曲を作っていると思うんですけど、やっぱり期待に応えつつ予想を裏切ってくるような感覚があって。でもパッと聴いてすぐにその良さがわかったわけではなかったなと、今あらためて聴くと思いますね。
─『Ultravisitor』は収録時間も長いですからね。時間をかけて理解していったんですか?
真鍋:理解したと言えるかわからないですけど、自分の耳が成長した上で聴き直すとまた違った発見があったり、どんどんそのスゴさに気づくポイントが増えていくんです。そういう意味でも、すごく良いアルバムだと思います。でも同時に、例えば「Iambic 9 Poetry」のような、本当に聴きやすいメロウでロマンチックな曲もあるし、疾走感に溢れた曲もある、振れ幅の大きいアルバムなんですよね。
─では現在の真鍋さんにとって『Ultravisitor』はどのような作品ですか?
真鍋:リズムが中心にあるアルバムなんじゃないかと思っています。これは本人に聞いた話もありつつですけど、すごく複雑にドラムのプログラミングをやっているように感じるけど、一方で人力でやっている部分もあり、ベースなどの生楽器がいろんな形で使われていたりもする。ドラムとベースで作る新しい音楽にチャレンジしているようにも感じますし、機械と人間の対比が即興とプログラミング、打ち込みの組み合わせによって表現されていて。「プログラミングかな?」とか「生音かな?」とか思ったら、そうじゃなかったりすることが全体を通していくつもあって面白いんです。
それに彼のスゴさは、彼自身がマルチプレイヤーとして訓練を重ねて人間の演奏スキルの限界を表現していることにもあります。打ち込みを使わなくても音楽ができる強さがあり、だからこそ説得力が生まれている。機械と人間、どっちが鳴らしているかわからないという面白さは彼が生演奏できるからこそなんだろうなと。
2004年、東京でのライブ映像。『Ultravisitor』収録曲「Tetra-Sync」をプレイ
間近で見たトム・ジェンキンソンの「凄み」
─ちなみに今回再発盤『Ultravisitor (20th Anniversary Edition) 』には貴重な写真やポスター、録音資料が掲載されたブックレットも付属しています。すでにご覧になりましたか?
真鍋:(録音資料を見ながら)こうやってみるとさらにソフトウェアで作っているリズムとゴリゴリの打ち込み、人力でのプレイが混在していることがわかります。この波形の編集画面は録音したものを人力で一生懸命切り刻んでいる感じなんでしょうね。この画面はReaktorですね。たしかに2004年だったら僕を含めみんなReaktor使っていましたもんね。この時代にコンピューターで音楽を作っていた人は特に面白いと思います。
『Ultravisitor (20th Anniversary Edition) 』封入のブックレット(上はCD、下はLP)
─『Ultravisitor』からお気に入りの曲をあえて一つ挙げるとしたら、真鍋さんはどの曲を選びますか?
真鍋:ベタかもしれませんが「Iambic 9 Poetry」がこのアルバムの中では一番好きな曲ですね。ずっと綺麗なウワモノが最後までループしているけど、その土台がずっと変わっていく。これは彼といっしょに仕事をし始めてわかったことの一つなんですが、彼は演奏するときにクリックを聴かないんです。ショバリーダー・ワン(スクエアプッシャー率いる超絶技巧バンド)でも(クリックを)聴かずにやっていたりする。だからかと思うんですが、このアルバムもテンポがずっと変わり続けている曲が多くて、「Iambic 9 Poetry」も生のドラムで、かなり変化しているんですけど、同じループだけどすごく細かくドラムが展開していくんです。僕はドラムとベースの関係性を探るように聴く癖があるので、こういったリズムの面白さについ惹かれてしまいます。
─先ほどからお話の中に実際にトムと会い、共演、共作を重ねた真鍋さんだからこその視点がありすごく興奮しています。トムと直接コミュニケーションを取るようになってからの、彼に対する印象について教えてください。
真鍋:めちゃくちゃストイックです! 本当にそれに尽きますね。僕はライブだったら映像制作、MVであれば監督として関わってきましたが、本人とコミュニケーションを取りながらやったのはショバリーダー・ワンのライブで映像をやったときがおそらく最初で。そのときはかなり細かい決め事がありました。本当に曲を聴き込んで、展開を隅々まで覚えないと映像が出せない、いわゆるループミュージックでVJをやるのとはワケが違っていましたね。
それに2022年の日本のツアーでは、どの曲をやるかはなんとなく決まっているんですけど、本番になってもはっきりしたセットリストはなくて。「お前は俺の曲を知っているし大丈夫だよな」と、ほとんどインプロで最初から最後まで、その場で聴いてやっていましたね。ツアーなので回を重ねていくとなんとなくパターンのようなものがわかってくるから、それをなぞりながらやる部分はあるんですけど、本当に映像を管理している僕にも即興性、その場で感じて表現することを求めていた。だからいわゆるVJよりもライブパフォーマンスに近い、いわばセッションですね。
スクエアプッシャー、2022年10月27日の来日公演。渋谷Spotify O-EASTにて。真鍋は当日のVJに加えてオープニングアクトも務めた(Photo by TEPPEI)
─それはただならぬ緊張感ですね。
真鍋:しかも彼はツアー中は全然お酒も飲まないですし、コンディションを最高にするために全力を尽くしている。ライブが始まる前もベースを2時間くらいずっと練習していたりするんです。完璧主義者と呼んでいいと思います。いわゆるジャズの早弾きのスタンダードですけど、よく彼が影響を受けたとインタビューなどで話しているジャコ・パストリアスの「Donna Lee」を弾いていて驚きましたね。しかも完璧に弾くんですよ、彼は。
あと、これは僕も最近彼の真似をしているんですけど、トムは本番前に静かに1人で10分くらいずっと手を洗っているんですよ。清めているんでしょうね。僕もそれはおまじない的に大きなライブなどを迎えるときはやるようにしているんです。
─そんなライブ前のルーティーンがあったんですね。
真鍋:さらにストイックさを感じたのは「Terminal Slam」のMVをやったときで。彼は本当に1フレームごとに細かく見てオーダーをくれるんです。特にデジタルでのグリッチ表現に対してはかなりこだわりがあるので、リリースのギリギリまで電話で話していました。最初の頃よりお互い遠慮のようなものがどんどんなくなって、共通言語も多くなったのもあると思うんですが、ストレートに意見を伝えてくれます。こんなに言ってくれる人いないよなってくらい(笑)。それも、めちゃくちゃ的確で。だからすごくやりやすい。
同時に僕はWarpの懐の深さも感じました。アーティストの要望を叶えたり、締め切りを延ばしてあげたり、とにかくクオリティを優先しているレーベルなんです。「Terminal Slam」のMVを制作しているときも、いわゆるポケモンショック、光過敏性発作を引き起こす可能性のある箇所があり、編集が必要かもしれないと思っていたんですが、〈Warp〉は「別にテレビで流すわけじゃないし、これがいいならこのまま出すべき」と言ってくれて。彼らは作品性や作家の意思をすごく尊重してくれるんです。いつも思います、「このレーベル、すごいな」って。
─だからこそレーベルに多くのファンがついているのかもしれません。
真鍋:それに僕らがやっている電子音楽やオーディオ・ヴィジュアルのようなものって、ルーツを辿っていくと〈Warp〉なんです。もちろん電子音楽やオーディオ・ヴィジュアルにはそれ以前の歴史もありますが、〈Warp〉はそれを多くの人に知らせた存在ですよね。オウテカをはじめ、初期の〈Warp〉のアーティストたちがコンピューターで音楽を作り、それを大爆音で流して、フロアで踊るってことをやってのけた。自分は彼らのやってきたことに影響を受けているというより、ずっとDNAに刷り込まれている。
『Ultravisitor』はがっつり向き合うべきアルバム
─20周年を記念してリイシューされる今回のタイミングで、新たに『Ultravisitor』に出会う若いリスナーもいると思いますが、真鍋さんのおすすめの聴き方はありますか?
真鍋:これをまだ聴いたことがないなんて羨ましいです。特に『Ultravisitor』はBGMとして何かしながら聴くのには向いていないアルバムだと思うので、スピーカーで大音量で聴くのが難しかったらヘッドフォンでも、最初から最後までがっつり時間を作って向き合って聴くのが良いんじゃないかなと思います。今の時代はどうしても簡単に聴ける環境が整っていて、僕もそうすることが多いですけど、がっつり向き合ってもすごく楽しめるアルバムだと思います。僕は目をつぶって聴くことが多いですね。
─今の時代、アルバム一枚と向き合って聴く機会は減ってしまったかもしれませんね。
真鍋:いろんな楽しみ方が出てきて良いと思いますし、僕自身もそうしていますが、僕なんかはアルバムを買ってきたら部屋を掃除してお香を焚いて友達を呼んで一枚聴くようなことをやっていた世代なので、そういう楽しみ方もあるからやってみて欲しいなと。
『Ultravisitor (20th Anniversary Edition) 』Disc 2に収録された『Venus No.17 Maximised』には、日本では初回限定盤CDに収録された『Square Window』、EP作品『Venus No.17』を合わせた計8曲を収録
─現在活動している若いアーティストにとって『Ultravisitor』はどのような作品になっていると思いますか?
真鍋:この頃の作品は本当に良いものが多くて、今の時代、いろんなツールができて便利に簡単になって、情報もいくらでも手に入れられるようになったのに、この時期の作品を超えるものが作れる人は本当に一握りだと思うんです。だからすごく考えさせられます。僕のやっているオーディオ・ヴィジュアルも今はすごく簡単になってきましたけど、当時の〈Warp〉のMVなどと比べても劣っていると感じてしまうことも多いです。誰でも同じようなことができるようになったのは良いと思う一方で、パイオニアたちの作品の強度の高さは昔の作品を観たり聴いたりするとあらためて感じますね。だからこそ、若い人たちがこれを聴いてどう感じるのかすごく気になります。
それにトムの場合、コンピューターを使うことで彼自身がどんどん大変になっているんです。コンピューターを使うことで楽になることが今はすごくたくさんあると思うんですけど、彼はそれに対応して演奏を進化させなきゃいけないという試練を自分に与えるためにコンピューターを使っている。一般的には生活や仕事を便利にするために使うのに、彼はそれと真逆な使い方をしているんです。
もっと言うと、機械で生成していたとしても彼は作り終わった後にかなり直しているんですよね。もちろん人間だけでは作り出せないリズムだけど機械が作り出したものをそのまま出すようなことはほとんどやっていない。機械が生成したものをちゃんと自分がコントロールしている。そのこだわりのスゴさは別次元です。コラボレーションしているのはすごく光栄なことだし、ありがたいですけど、それでも今も別次元の人だなと思いながらいっしょにやっています。レベルが違うので、本当に。自分と並べて話せるような存在じゃないんです(笑)。
─最後に、真鍋さんが目にしたトムのおちゃめな一面があればぜひ教えてください。
真鍋:ツアーの最後の日に打ち上げで、2人でB2Bをやる機会があって。クール&ザ・ギャングの「Summer Madness」という曲があって、この曲は一般的にオリジナルの方が良いとされていて、僕もオリジナルバージョンの方が好きなんですけど、そのときオリジナルが見つからなくて、とりあえず僕がライブバージョンを掛けたら「お前わかってないな!この曲はオリジナルバージョンだろ!」って冗談混じりにダメ出しされたのは面白かったですね(笑)。ツアーが終わってオフになると彼はDJを遊びでやってくれたりもするんです。それまではずっとストイックなんですけどね。
スクエアプッシャー
『Ultravisitor (20th Anniversary Edition)』
発売中
◎日本限定高音質2枚組UHQCD仕様
◎日本語帯付き3枚組LP
◎輸入盤2枚組CD
◎輸入盤3枚組LP
◎Tシャツ付セット
詳細:https://beatink.com/products/detail.php?product_id=14411
真鍋大度
1976年東京生まれの真鍋大度は、音楽家の両親のもと、幼少期から音楽やシンセサイザーを楽しみ、ビデオゲームやプログラミングを通じてインタラクティブな表現に触れて育つ。若くしてヒップホップカルチャーに没頭しDJとして活動、その後プログラミングとジャズバンドでの活動を通じてデジタル表現の領域を広げていく。東京理科大学で数学を学んだ際にはIannis Xenakisの影響を受け、音楽生成における数学的アプローチの研究を始め、これが後の創作活動の基盤となる。
エンジニアとしての経験を経てメディアアートを学んだ後、2006年にライゾマティクスを設立。演出振付家MIKIKOと共にPerfumeとELEVENPLAYのコラボレーションを通じて、テクノロジーと身体表現の融合を探求し、その革新的な表現はリオ五輪の閉会式での「フラッグハンドオーバーセレモニー」のAR演出など大規模プロジェクトへと発展する。また、坂本龍一、Björk、Arca、Nosaj Thingとのコラボレーションや、OK Go、Squarepusher、Grimes、Holly、Machinedrum、FaltyDLの映像演出やシステム開発を手がける。その独創的なAudio Visualパフォーマンスやインスタレーション作品は、Sonar Barcelonaをはじめとする世界各地の国際フェスティバルで発表されている。
近年は、神経科学者や研究者との協働を通じて、生命と機械を融合する作品へと領域を拡大。Xenakisの研究を発展させた3次元音響生成ソフトウェア「PolyNodes」の開発や、培養神経細胞を用いた独自のバイオフィードバックシステムを用いた作品の制作を行っている。
音楽と数学という原点から、最先端のバイオテクノロジーまで、アート・テクノロジー・サイエンスを横断する表現を追求。現在はStudio Daito Manabeを主宰し、ダンサー、研究者、アーティストとの協働を通じて、人間と機械、現実と仮想の境界線を探求する革新的な作品を展開している。
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