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そりゃ退屈も事故もないほうがいい、はず。けどいざなくなってみると世界は

Rolling Stone Japan / 2024年12月26日 17時45分

幡ヶ谷フォレストリミットにて撮影

中年ミュージシャンのNY通信。のはずが今回は東京滞在記が届きました。ジャムセッションのイベントを通して見えてきた日米の違い、それはなんだか安全安心快適なはずなのに息苦しい、われわれの暮らしを浮き彫りにしているようで……。

※この記事は2024年12月25日発売の『Rolling Stone JAPAN vol.28』内、「フロム・ジェントラル・パーク」に掲載されたものです。

例年、日本に一時帰国した際には自分のライブをさせてもらったり誰かの出番に呼んでもらったりしてきたんだけど、今年は新しい試みとしてジャムイベントを主催してみました。

「ジャム」という言葉の射程はとても広範なのですが、私にとって馴染みのあるジャムというのはファンクやハウスやドラムンベースみたいなループ型の音楽をその場で生成していくスタイルで、スタンダード曲の演奏を主眼とするジャズ・フュージョン界のジャムセッションや、ポップス界のオープンマイクとはちょっと趣向が異なります。とはいえ即興音楽ほどアヴァンギャルドでもありません。

打ち合わせもなく提示されたループの種みたいなものを曲っぽい何かに育てていくので、どんなサウンドに発展していくのか、主催する私にも見通しが立ちません。加えてオーディエンス参加型なので、どんな技量の人どうしが合奏するのかもわからない。不確定要素しかない。それがおもしろいところです。


マイメンBIGYUKIを筆頭に第一線のミュージシャンが何人も遊びに来てくれて、けどしごく普通にアマチュアの人たちとジャムしてくれたので、彼らのオープンマインドに感謝を述べておきたいです。

幡ヶ谷のフォレストリミットがクラブ営業を終えたあと、深夜0時からフロアを使わせてくれて、そんな無茶な時間にもかかわらず、ほとんど告知もしなかったのに楽器を持参したプロ/アマ混淆のミュージシャンで満員に埋まったので、東京ってのはすごい都市だなーというのがまずもっての感想なんですが、なんか来た人にやたら感謝されたんですよ。

それも「こんな音楽体験は初めてでした」とか「こういうのがいま東京に必要なイベントです」とか、だいぶ大げさだと思うんだけど、これまでの音楽人生でかけられたことのないような言葉で(これまで何だったんだ)。

そう言ってもらえるのはありがたいことだな、と素直に受けとるのと同時に、私はホンマかいな、とも思っていました。私が暮らしていた2000年代の東京にはまだ、渋谷のTHE ROOMやPLUG、池袋のマイルスカフェなんかにファンク系のジャムイベントがあったはず。話しかけてくれた若いミュージシャンの人にそう聞いてみたのですが、どうやら、いまはどこもやってないらしい。Lin Hayashiさん(私なんかとは次元が違う凄腕ベーシスト)が帰国時にレクチャー形式で開催してるくらいだ、と。

でも待てよ。私最近、インスタでとあるジャム動画を見かけたことがありました。そのイベント名を言ってみると「あれはもともとブッキングされたプロミュージシャンが参加していて、オーディエンスは見るだけなんです」との答えが。ちょっと様子がわかってきました。

最初に述べたとおり、ジャムなんてサウンドも予測不能、メンツも予測不能、だから当然のように事故ります。私個人の体験でいえば、演奏してたらマイク・ミッチェル=現Blaque Dynamiteが入ってきたというのが人生イチのホラー体験ですね。2分とメンタル持たずに交代してもらいましたが(いま思い出しても嫌な汗が出る)。

そこまでじゃなくても、奏者のレベルがアンマッチで演奏が噛み合わないとか、おかしなやつが乱入してきちゃって追い出すとか、ただなんとなく音楽がどうにも発展しなくてしんどいレベルに留まってしまうとか、当然のようにあるんです。ただプレイヤーもハコも客側もそういうときのレジリエンスというか、まあ事故ったら事故ったでそんときはそんとき、という適当さがあって、それでイベントが続いていく。

東京のミュージシャンの技量はとても高いけれど、もしかしたらそういう失敗のハードルみたいのも高くて、ハコも参加者も主催者も事故りたくなくて、それでジャムイベントが流行らないのかもしれないね、とかそういったことを話しました。

別のお客さんには「さっきみたいにサウンドを変化させていくのってどうやってるんですか」と聞かれました。さっきみたい、というのはたぶんリハモナイゼーションのことで、リハモというのはたとえばあるメロディを繰り返していくうち、それまでとは違うコードに付け替えていくこと。ジャムにおいては割と中核をなすテクニックのひとつです。

ただ日本のポップスにおいては音源でもライブでもこのリハモがほとんど出現しません。それで耳馴染みがなかったのだと思います。なぜ出現しないかというと、必要とされないからです。プレイヤーがリハモに至る動機というのは端的に言えば「うんざり」にあって、ああもう繰り返しにうんざりしてきたからコードを付け替えて色彩を変化させよう、となる。

進行が複雑で繰り返しの少ない日本のポップソングは、刺激が次から次へと補充されて、リスナーをうんざりさせる前に曲が終わってしまう。素晴らしい技巧です。素晴らしいけど、でもそれだとうんざりする体験が得られない。うんざりを知らないから、うんざり回避のテクニックも普及しない。そういうメカニズムなんじゃないかな。

などと与太を飛ばしていたら、話の輪にいたあるお方が、それもあるけど、そもそもサポート仕事でリハモとか許されないし、たとえアーティストが望んだとしても客が許してくれない。音源どおりの演奏を望む客が大半で、もし都度アレンジを変えたりしたら事故ったように言われてしまう。と教えてくれました。うーん、また事故防止かー。安全猫が流行りすぎるのも、ちょっと考えものな気がしてきました。


唐木 元
東京都出身。フリーライター、編集者、会社経営などを経たのち2016年に渡米。バークリー音楽大学を卒業後、ニューヨークに拠点を移してベース奏者として活動中。趣味は釣り。X(Twitter):@rootsy

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